コードギアス~あの夏の日の絆~   作:真黒 空

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70:盤外戦

 

 政庁の会議室では毎日のようにエリア11に関する重要な政策についての話し合いが行われている。

 会議に参加するメンバーは議題によって毎回入れ替わるが、参加率が一番高いのは当然このエリアの総督であるコーネリア、そして彼女の騎士であるギルフォードだ。

 

「1週間前から始められたユーフェミア副総督のゲットー再建の出だしは好調のようです。副総督の指示通りに再建地域のイレブンを積極的に雇用しており、そのおかげか懸念されていた反発は見られません」

 

 話題に上がったユーフェミアはこの場にいない。いまは手掛けているゲットーの再建に手一杯で会議に参加している余裕はないと、本人からも補佐をしているダールトンからも報告を受けている。

 

「テロ活動の活発化も懸念されていましたが、そちらの方はどうですか?」

 

 総督補佐として参加しているマリーベルが疑問を差し挟む。

 特派の特別顧問をしているため欠席する事も少なくはないが、可能な限りマリーベルも会議には参加している。

 

「そちらも目立った報告は上がっておりません。九州の一件と、その後の掃討が効いたのでしょう。あれ以降テロリスト共は大人しいものです。これも全てマリーベル殿下のご活躍の賜物かと」

「まだ機を窺っているだけかもしれません。水面下で何かしている様子はありませんか?」

 

 見え透いた追従(ついしょう)には反応せず、マリーベルは建設な問いだけを口にする。

 その態度に文官は目に見えて慌て、問われた事に対して早口に答えた。

 

「怪しい動きは報告されておりません。テロリストに関わっていた者も摘発されていますが、どの者も大した情報を持ってはいなかったようです」

「ゲットーの再建が行われているこのタイミングでテロに及べば、イレブンからの反感を買う恐れがある。テロリスト共が目立った動きを見せないのはそのためだろう」

 

 文官の答えにコーネリアが納得のいく推測を加えて頷く。

 ならばと、マリーベルは会議に一石の波紋を投じた。

 

「では息を潜めている間に、そのまま沈めてしまいましょう」

「なに?」

 

 異母妹の不穏な発言にコーネリアの片眉が上がる。

 

「それは、テロリストを一網打尽にする策があるという事か?」

「はい」

 

 マリーベルの返事に驚愕で息を呑む音がいくつも聞こえるが、皇族の参加する会議場がざわつく事はなかった。

 静まり返った文官の視線が自分に集まるのを感じながら、マリーベルは策の内容を語る。

 

「このエリアにはテロリストに関与している疑いがあるNACという自治組織があります」

 

 NAC――それはキョウトの表向きの顔であり、日本人を自治する内政省の管理下にある組織だ。

 以前にコーネリアが行った成田連山の日本解放戦線の掃討作戦は、エリア11最大の抵抗勢力の排除に加えて、NACとのつながりを押さえる目的もあった。そのため強制捜査の案も上がったが、NACがいなければイレブンの経済が立ちいかず、総生産にも影響が出る事から実行には至っていない。

 

「テロリストとつながる疑いは濃厚。しかし確たる証拠はなく、捕らえられずに放置している」

「NACを締めあげてテロリストとの関与を吐かせるつもりか?」

 

 話の続きを先読みしてコーネリアが問う。

 しかしマリーベルは首を横に振った。

 

「いいえ。逆です」

「逆?」

「彼らには自分からテロリストについての一切を喋ってもらうのです」

 

 予想外のマリーベルの答えに、その意図を察したコーネリアは目を眇める。

 

「NACを懐柔するというわけか」

「その通りです」

 

 ニコリと、完璧な微笑を湛えてマリーベルは頷いた。

 

「クロヴィス前総督もコーネリア総督も、これまではイレブンやゲットーに利する政策は行っておりませんでした。ですが今回ユーフェミア副総督がゲットーの再建に着手された事で、テロが落ち着けばブリタニアはイレブンに慈悲を与える意思があると示されました」

 

 イレブンにとってブリタニアは冷酷な支配者である。だからこそいままでは反発するか我慢するかの二択しかなかった。

 しかし冷酷なだけではなく、従順に(こうべ)を垂れれば恩情を見せる相手だと分かれば、自然と選択肢は増える。

 

「いまならばNACの心を揺さぶり、こちらに寝返らせる事も可能かと考えます」

 

 人とは現金なものだ。どれだけ理不尽な扱いに不満を募らせ怒りを抱いたとしても、恭順する事で飴が与えられると知ってしまえば、靡く者は必ず現れる。むしろ喜んで靴を舐める者も少なくないだろう。

 

「これまで尻尾を掴ませなかった奴らだ。簡単に事が運ぶとは思えんが?」

 

 しかしマリーベルやコーネリアが相手にするのは一般市民ではなく、テロリストのつながりをこれまで隠し続けてきた一癖も二癖もある老獪な狸共である。イレブンとはいえ、ある程度の生活が保障されているNACの人間が容易く寝返るとは考えづらいと、コーネリアは異母妹の発案に疑問を呈する。

 だがその程度はマリーベルも承知の上だった。コーネリアの疑問を待っていたとばかりに、マリーベルはNACを釣る餌の中身を明かす。

 

「こちらには九州で捕らえた者共がいます。彼らがNACとの関係を吐いたとブラフを掛けましょう。強制捜査までは時間の問題。その前にこちらにつきテロリストの情報を渡すなら、皇コンチェルンなどの他の者が持っているNACの利権も全て与え、加えてブリタニアの貴族の地位を与えるとでも囁いてやれば、喜んで尻尾を振るはずです」

「貴族ですと!?」

 

 マリーベルの爆弾発言に、事務次官が驚愕と共に立ち上がった。

 

「それは問題ですマリーベル殿下! イレブンを貴族になど、帝国の権威に傷が……!」

「名前だけです。実権はありません」

「しかしだからといってイレブンが……!」

「いまあなたが問題視しているように、ナンバーズが貴族になるなど他の貴族が黙ってはいないでしょう。こちらが何もしなくとも、消え去るのは時間の問題です」

 

 反論の(いとま)を与えず、マリーベルは甘言に乗った愚かなイレブンの末路を予言する。テロを憎むマリーベルが、テロリストを支援していた愚物に対して餌を与え放逐するなどあり得ない。相応しい報いは当然用意していた。

 それでもイレブンが貴族になる事など一瞬でも許せない者は一定数おり、事務次官を始めとする何人かが難色を示す。

 

「しかしですな、NACがテロリストとつながりがあるというのは単なる噂で……」

「いかがでしょうか、コーネリア総督?」

 

 もはや実のない反論には耳を貸さず、マリーベルは最終決定権を持つ異母姉に判断を委ねる。

 コーネリアは口元に手を当ててわずかに思案するが、すぐに結論を出した。

 

「失敗してもこちらに失うものはない。反対する理由はないな」

「総督!?」

 

 体面よりも実益を優先するコーネリアの判断に、事務次官達が悲鳴のような声を上げる。

 しかし結論が覆る事はなかった。

 

「マリーベルの献策を採用する。NACの人員を調査し、こちらに寝返りそうな者をピックアップせよ」

「イエス・ユアハイネス!」

 

 総督が決断した以上、議論は重ねる必要はなくなり会議は終わりを告げる。

 コーネリアが真っ先に退出し、その後ろに総督補佐のマリーベル、そして騎士であるギルフォードが続く。

 しばらく無言で歩いていたマリーベルだが、長い廊下に人の気配がない事を確認すると、声を抑えて小声で異母姉を呼んだ。

 

「コーネリア総督。先程強硬に反対した者達ですが、注意深く様子を見た方が良いかと」

 

 理由を語らないその上申の意図をすぐに見抜き、コーネリアは片眉を上げた。

 

「あの者達が裏でNACとつながっていると?」

「あくまでも可能性の話です。当たりを引く確率の方が高そうですが」

 

 含みのある言い方に、殆ど確信しているのだろうと察してコーネリアの目が異母妹を捉えながらわずかに細まる。

 もしNACとつながっている官僚を摘発できたなら、懐柔するまでもなくNACへの強制捜査が可能になり、彼らとつながるテロリストを一網打尽にする事も容易い。

 

「会議での一連の提案は、テロリストを排除するための献策でもあり、身の内の膿を炙り出す撒き餌でもあったという事か」

 

 マリーベルが官僚に対して配慮をしようとしなかったのも、おそらく意図したものだったのだろう。

 自分達の意見が聞き入れられないという印象を大きくし、少しでも焦って動くように仕向けたのだ。

 

「マリーベル。これはお前が考えた策か?」

 

 足を止め、異母妹の目を見据えてコーネリアは問う。

 テロリストに協力していると思われる組織に懐柔策を仕掛け、その裏で彼らとつながり利益を貪っている獅子身中の虫を炙り出す。

 言葉にすれば単純だ。

 しかしそれを実行できるだけの青写真を描ける者は少ない。

 この策の優れている点は、NACの懐柔と身内の摘発、どちらかが失敗しても、どちらかが成功すれば本来の目的であるテロリストの撲滅が叶うところだ。

 しかも情報を握っている官僚側が焦ってNACに注意喚起しようとすれば、その通信自体が裏取引の証拠となる。かといって注意喚起をしなければ、NAC側は何も知らず懐柔策の餌食となる。

 二つの目的を一つの手段で破綻させる事なく両立させる手腕と、情報共有の難しさを突いた罠と分断。

 考えれば考えるほど上手くできた策だと言えよう。

 だがこれほど緻密な策を、マリーベルが一人で練り上げられるかと問われれば、コーネリアには素直に頷く事ができなかった。

 異母妹の能力を疑っているわけではない。

 しかしいくら優秀でも、廃嫡されたせいで皇族として公的な立場を与えられてこなかった皇女が、ここまで抜け目のない献策をできるとは考えづらい。

 となれば、その裏に何者かの影があると疑うのは当然だろう。そしてマリーベルが誰の下に身を寄せているのか考えれば、その人物は自ずと導き出される。

 

「いえ、シュナイゼルお兄様の発案です」

「やはり兄上か……」

 

 コーネリアの推測通り、マリーベルは異母兄の名前を出す。

 通常エリア政策に宰相が口に挟むというのは好ましくない。軽いアドバイス程度なら問題はないが、あくまでもエリアは総督が管理するものという帝国の原則があるからだ。しかしマリーベルは総督補佐であり、エリアの政策に関与する立場にある。そのため元はシュナイゼルの発案であっても、マリーベルを介する事により総督補佐による提案を総督が承認した、という形を取れる。

 軍事畑のコーネリアを間接的にシュナイゼルが助けたように見える構図だが、実のところ今回の策は、総督補佐まで請け負ってくれたマリーベルに対するお礼として、シュナイゼルが戦場以外でテロリストを潰す方法の一例を教えたに過ぎない。

 しかしそんな事を当然コーネリアは知らず、マリーベルにしてもわざわざ口にする事はないので、結果的にシュナイゼルに借りを作る事になったとコーネリアは認識してしまう。

 

「戦場ならともかく、政治では兄上には敵いそうもないな」

「同感です」

 

 感心しながら肩を竦めるコーネリアにマリーベルも頷く。

 

「それではコーネリアお姉様。わたくしは特派に戻ります」

「ああ。そのうち時間ができたら、ユフィと三人で食事でも取ろう」

「楽しみにしています」

 

 優雅に一礼して去るマリーベルと別れ、コーネリアも執務室へと続く廊下を歩く。

 マリーベルがエリア11に赴任した影響は、目に見える武力以外のところでも確実に根を伸ばしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 珍しく桐原の呼び出しを受けたルルーシュは、秘密裏に密会の場としてキョウトが用意している屋敷の一つに来ていた。

 既にゼロとして皇以外のキョウトの面々とは通信越しで顔を合わせている。しかし黒の騎士団――ゼロとの窓口役は桐原が担っていた。

 それは桐原がゼロの素顔を知っているのとは別に、日本解放戦線の残党を中華に追い出した時のように、時にはキョウトを介さない悪巧みを共有するためである。

 

「宗像にブリタニアから接触があったそうだ」

 

 挨拶もそこそこに、桐原は重苦しい声で本題に入る。

 ゼロの仮面を取ったルルーシュは、その内容に片眉を上げた。

 

「ではやはり?」

「うむ。お主が懸念していた通り、懐柔策よ」

 

 予想通りの答えではあったが、ルルーシュは意外だと言わんばかりに口元に指を当てる。

 

「可能性は低いと思っていましたが、用心しておいて正解でしたね」

「NACの利権に加えて、ブリタニアの貴族の地位までちらつかせてきたそうよ」

「ほぅ。貴族とは、ブリタニアも珍しく大判振る舞いをしたものだ」

「それだけ奴らが本気という事かもしれんのぉ」

「利権だけではいつ取り上げられてもおかしくありませんからね。貴族の立場も持ち出せば、こちらを揺さぶれると考えたのでしょう」

 

 見せかけとはいえ、ナンバーズに対して驚くほど譲歩する姿勢にルルーシュは感心する。

 武人であるコーネリアはこういった搦手は好まないと考えていたが、どうやらなりふり構うのはやめたらしい。よほど異母弟に一杯食わされた事が気に食わないのだろう。

 

「お主から警戒を促されていなければ、宗像が裏切っていた可能性もなくはなかった。――礼を言う。首の皮一枚つながったようじゃ」

「こちらとしても、いまキョウトに内部分裂を起こされては致命的です。礼には及びません。」

 

 頭を下げる桐原に、大した事はしていないと手を振る。

 実際にルルーシュがしたのは単なる注意喚起程度のものだ。

 今回の件のように、抵抗活動の激しいエリアに対してブリタニアが懐柔策を持ち出した例は多くないが、それでもないわけではない。しかしその結果は、判を押したように同じものとなっている。どのエリアでもブリタニアに取り入ったナンバーズは、大した実権も利益も得られず破滅しているのだ。ブリタニア内の事なので外部には知られていない上に、さすがに貴族にまでなったナンバーズは殆どいないが、いずれにせよ彼らは悲惨な末路を辿っている。

 ブリタニアは競争社会であり、貴族であろうが経営者であろうが否応なく競わされ、負けた者は文句を言う権利すらなく排斥される。外様のナンバーズがちょっと身分や利権を持って参入したところで、寄ってたかって潰されるのは自明の理といえよう。結果的にブリタニア内で安定した地盤を築けたナンバーズは存在せず、ルルーシュは予めその事を桐原を通じてキョウトに伝えていた。ユーフェミアが発表した政策を聞いて、あくまで念のため手を打っただけだったが、まさかそれが吉と出るとはルルーシュ自身想像もしていなかった。

 

「利害関係を築いていたブリタニア側の官僚の方はどうなっていますか?」

「ユーフェミアの政策が発表された時点で接触は断っておる。あちら側に残っている証拠に関してはどうしようもないが、その点に関しては慎重を期していたため、明確に我らにつながる物的証拠はない。富士の内部にしても、口の堅い者だけを残し既に撤退しておる。裏取引した官僚が捕まろうが、儂らにまで手が及ぶ事はないと断言しよう」

 

 NACとしての権限と物資の供給量は保証せんがな、と桐原は肩を竦めた。

 サクラダイトの入手にも確実に影響が出る事を考えれば、あまり楽観視もしていられない状況だが、いまはその程度の被害で済んだ事を喜ぶべきだろう。対策を打っていなければ、キョウトも黒の騎士団も今頃壊滅していた可能性すらあったのだから。

 

「しかし、厄介なのはむしろこれからです」

 

 燃え広がる山火事を小火(ぼや)で食い止められた事実に妥協しつつ、ルルーシュが険しい顔のまま話を次のステージに移すと、言わんとする事を理解していたのか桐原もますます眉間に皺を寄せた。

 

「やはり、この程度では終わらんか」

「懐柔策を仕掛けてきたという事は、ユーフェミアの政策の有用性をブリタニアが正しく理解しているという事です。キョウトへの離間工作が上手くいかないと分かれば、標的を変えてくるでしょう」

「民衆。ブリタニアに不満を持つ日本人じゃな」

 

 正解を口にせずとも答えに辿り着く桐原に、ルルーシュは重々しく首を縦に振る。

 

「ユーフェミアの政策が成功すれば、下手に逆らうよりもブリタニアに従った方が良い暮らしができると考える者は必ず現れます。そうなると、日本人が我々の敵になる事もあり得るでしょう」

「テロリスト摘発の密告か…………日本人が日本人を売る。なんとも醜い身内争いよ」

「売国奴の桐原と呼ばれるあなたも、日本人からはそう見られているのでは?」

「ふっ、言いおる」

 

 ルルーシュの皮肉に口元を歪めて桐原が笑う。

 ブリタニアに積極的な協力の姿勢を見せる桐原や、軍から脱走する前のスザクは、愛国心のある民衆からすれば明確な裏切り者だ。実際名誉ブリタニア人になる事すら、日本の誇りを汚したとして非難する者は一定数いる。

 そしてそんな非難も飲み込んでブリタニアに恭順する者にとっては、ブリタニアに反抗するテロリストなど目の上のたんこぶでしかない。いままでは同国人という事で見逃されていたが、状況が変われば行動を起こす者も現れるだろう。

 

「先程の懸念に加えて、現在我々に協力している支援者や、新規で団員になろうとしている者もユーフェミア側に流れる可能性があります。そうなれば戦力の確保や装備の補給にも支障が出るかもしれません」

「しかしだからといって、ユーフェミアの政策を邪魔すれば……」

「ええ。日本人の暮らしを改善しようとするユーフェミアを黒の騎士団が妨害した。そんな噂が広まった瞬間、日本人は完全に我々を見限り、ユーフェミアにつくでしょう。妨害は最もしてはならない愚挙です」

 

 正義の味方を名乗る黒の騎士団と、日本人を救済しようとするユーフェミアの政治姿勢は相反するものではない。もしこの状況でユーフェミアを害すれば、黒の騎士団はいままで積み重ねてきた正義の味方という看板が単なる人集めのお題目でしかなく、他のテロリストと同じくブリタニアに恨みをぶつけるだけの無法者でしかないと自ら証明する事になってしまう。

 こうなると、ユーフェミアの意図はどうあれブリタニアの思惑としては、むしろ黒の騎士団の襲撃を期待している可能性すらあり得る。

 

「ならば、ブリタニア側が自作自演で妨害工作を行うケースも考えねばならんな……」

 

 例えばゲットーで飢えている日本人に金と食料を渡し、代価としてゲットーの再建工事をしている現場で黒の騎士団を名乗らせテロを起こさせる、といった策が考えられる。そうすればブリタニアは大した労力もなく黒の騎士団の大義名分を挫き、日本人からの信頼を失わせる事ができるだろう。もちろんゼロや黒の騎士団のナイトメアが出てこない以上、簡単には信じない者も多いだろうが、確実に黒の騎士団の評判は落とせる。しかもこの策には明確なデメリットもないため、やり得であり実行しない理由がない。

 故に桐原は対応策を検討しようとしたが、ルルーシュはいつもの用心深さをどこかへ放り出したかのようにあっさりと首を振った。

 

「いえ。その心配はいらないでしょう」

 

 放置すれば致命傷になりかねない事態を前に楽観的に構えるルルーシュ。

 その不可解な態度に、桐原は訝しげに視線を鋭くした。

 

「何やら確信があるようだが、なぜ断言できる?」

「簡単ですよ。これがユーフェミアの政策だからです」

 

 桐原の問いに対するルルーシュの答えはシンプルだった。

 しかしルルーシュにとってはそれだけで充分でも、桐原にとってはそうではない。

 疑念の強くなった視線に、ルルーシュは説明を付け足す。

 

「今回のユーフェミアの政策ですが、いままでのテロリスト撲滅を優先するコーネリアの政治姿勢とは方向性を違えるものです。テロリストに対する間接的な攻撃にはなっていても、本来それはコーネリアのやり方ではなく、表面上は日本人――イレブンに迎合しているようにも見えてしまう。こんな政策に、ブリタニアの官僚が諸手を上げて賛同するでしょうか?」

 

 ブリタニアのエリア支配においてゲットーの再建は優先度が低い。

 それはナンバーズを差別するブリタニアの国是のためもあるが、実行したところで利益につながらない事が大きい。

 そして利益が出ない国策を好む官僚など存在しない。

 

「まず間違いなく、反発があったとみてよかろうよ」

「ええ。ではなぜユーフェミアの政策は通ったのでしょう?」

 

 桐原の同意に、ルルーシュはさらに問いを落とす。

 ゲットーの再建を前提とした懐柔策があったからとも推測できるが、お飾りの副総督と呼ばれるユーフェミアが考えた原案にそこまでの深謀遠慮が張り巡らされていたとは考えづらい。

 ならば政策が実行される事が決まってから別の者の手によって懐柔策は立案されたはずだが、そうなると原案の決議の際に内部の反発はどう抑えたのか。お飾りの副総督などと呼ばれているユーフェミアに果たして官僚を納得させるだけの材料を揃える事ができたのか。

 

「姉のごり押し、お主はそう考えておるという事か?」

「むしろそれ以外には考えられない、と言った方が正確でしょうね。ユーフェミアが立案した計画をコーネリアが身内の甘さで許可し、官僚を納得させるために懐柔策を立案した。――もしくは懐柔策はコーネリアらしくないので、補佐に就いてるマリーベルが立案したのかもしれませんが、いずれにしても大まかな流れはこんなところでしょう」

 

 コーネリアとユーフェミアの性格から経緯を推測するルルーシュ。

 しかしその推測は多少的を外していた。ユーフェミアが立案した政策にコーネリアが許可を出し、それに官僚が反発した事までは当たっていたが、懐柔策はユーフェミアの政策が始まってからマリーベルを通してシュナイゼルが立案したもので、ゲットーの再建はコーネリアの鶴の一声で決まっている。

 ただ細部に関してはルルーシュとしても当たっていようがいまいがどうでも良かった。ルルーシュにとっても桐原にとっても、重要なのはそこではない。

 

「さて話は戻りますが、もしブリタニアが自作自演で妨害工作を行った場合、ユーフェミアの政策はどうなるでしょう?」

 

 改めてルルーシュが問い、桐原が左手で顎を撫でる。

 

「被害の大小によって多少の変化もあるだろうが、おそらくは中止。もしくは延期されるじゃろうな。その方が黒の騎士団に対する日本人の悪感情を煽れる」

 

 ゲットーの再建が妨害工作によって中止になれば、恩恵を受けるはずだった日本人の怒りは原因となった黒の騎士団へと向かう。たとえ再建の続行が可能な状況だったとしても、ブリタニアとしては中止にしてしまった方が都合が良い。

 

「なら政策を主導するユーフェミア自身の評価はどうなると思われますか?」

「……なるほど。お主が心配ないと言ったのはそれが理由か」

 

 ようやくルルーシュの思考に考えが追いついた桐原が納得したように頷く。

 もしゲットーの再建が中止になれば、政策を主導していたユーフェミアの評価は当然下がる。イレブンに余計な温情を掛けるあまり、情勢を見る事ができなかった愚か者として侮られる事だろう。

 そしてそれを、妹を溺愛しているコーネリアは許容できない。

 

「たとえブリタニアの益になると分かっていても、そのためにユーフェミアを犠牲にするような策などコーネリアには実行できません。河口湖の時に、強硬策が取れなかったようにね」

 

 確信を持ってルルーシュは断言した。

 異母姉の性格は囚われた際に直接会って把握している。たとえ傷付くのはユーフェミア自身ではなくその評価だけだとしても、政治に妹を利用する選択を取れる人間ではない。

 

「そうなると、警戒すべきはユーフェミアの政策による直接的な影響のみか」

「ええ。ただそれだけでも充分に脅威です」

 

 不必要な懸念を取り払って、二人は再び話を戻す。

 面倒な自作自演の心配がなくなったとはいえ、ユーフェミアの政策はそれ単体で黒の騎士団にとって非常に有効である事に変わりはない。

 

「ここからは直接的な争いに加えて……」

「日本人の民意を得る戦いとなります。しかも我々は負ければ致命的ですが、ブリタニアは勝てれば儲けもの程度で、負けても痛手を負う事はない」

 

 もし仮にユーフェミアの政策が軌道に乗り、多くのゲットーが再建され日本人の暮らしが向上すれば、『暴力という手段に訴えてまで日本を取り戻す必要があるのか?』と日本人の民意が流れる可能性があり、それは黒の騎士団の存在意義が損なわれる事を意味する。

 キョウトとしても黒の騎士団としてもそれは絶対に阻止しなければならない大事だが、ブリタニアにとっては副総督でありながら政治的な活動をしていなかったユーフェミアの政策であるため、たとえ失敗したところでさしたる損失はない。

 

「まさかあのお飾りの副総督がここまで厄介な存在になるとはのぉ……」

 

 苦々しく零した桐原の呟きにルルーシュも内心同意する。

 ユーフェミアがあくまでも無私の善意から政策を打ち出したのは分かっているが、それを十全に利用できる者がブリタニア側にいるとなれば、このゲットーの再建は紛れもなく黒の騎士団に対する攻撃だ。しかも明確な対抗策が打てない、非常に面倒な類の。

 

「ひとまずユーフェミアの対策に加えて、優先すべきは戦力の拡充です。他のレジスタンスに話は通していただけましたか?」

「その点については問題ない。九州の件を皮切りに例の皇女が積極的にレジスタンスを潰し回っておるのでな、地方の者もいままでのような強硬な姿勢を崩し、無駄なプライドは捨てておる。黒の騎士団との合流には意欲的よ」

「それは幸い、と言っていいのかは分かりませんが、いまのうちにできる限り戦力は確保しておきましょう」

 

 致命的な失敗でもない限り、もはやある程度の民意がユーフェミアに流れる事は避けられないと見てルルーシュと桐原は今後について話し合う。

 これから直面する問題としては、新規入団数の減少や現団員の退団、民衆の通報に物資の取引の停止、一つずつ数えればキリがないほどだが、問題が表面化する前に打てる手がないわけではない。

 マリーベルに続いて予想外の強敵の出現にいち早く気付いた二人のテロリストの密談は、日が沈んで夜が更けるまで続いた。

 





次回:アンチ・ギアス
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