黒の騎士団組織図
総司令 ゼロ
副指令 扇要
軍事総責任者 藤堂鏡士郎
技術開発責任者 ラクシャータ・チャウラー
情報・諜報・広報・渉外責任者 ディートハルト・リート
零番隊隊長 枢木スザク
一番隊隊長 紅月カレン
二番隊隊長 仙波崚河
三番隊隊長 卜部巧雪
四番隊隊長 朝比奈省吾
五番隊隊長 千葉凪沙
六番隊隊長 影崎絆
特務隊隊長 宗賀ハクバ
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この半年で目に見えて規模が拡大した組織の情報に目を通すルルーシュは、一人きりの執務室で既に数時間の時を過ごしていた。
最近は大きな戦闘もなく、もっぱら戦力拡大のための地方への出張や事務処理ばかりなので、移動中も含めて書類と格闘している事が多い。表向きはルルーシュに与えている仕事もゼロである時に全て済ませているため、一日の大半は書類仕事で終わると言っても良いくらいだ。
本日もその例に漏れず黙々と書類を捌いていたルルーシュだが、この日はいつもと違って珍客がやってきた。
「調子はどうだ? ルルーシュ」
「なんの用だC.C.」
普段なら与えられたナナリーとの2人部屋でゴロゴロしているだけのC.C.が、ノックもせずに中に入ってきて執務室のテーブルに腰掛ける。ルルーシュがいままさに作業しているテーブルに。
スザクとC.C.には万が一のために執務室のロックを解除するカードキーを渡してはいたが、邪魔するために来られたのでは叶わないと、半眼になってルルーシュは彼女を睨む。
「そう邪険にするな。お前も知りたいだろう? 愛しい妹の様子をな」
ニヤリと笑ってC.C.がそう言うと、ルルーシュは眉間に皺を寄せて黙り込む。
できる限りナナリーと会う時間は確保しているつもりではあるが、黒の騎士団のリーダーであるルルーシュの仕事量は半端なものではなく、思うように時間を取れていないのが現状だ。
ナナリーもそれを理解してくれているし、食事の時間も含めて毎日数時間は必ず一緒に過ごしてはいるが、それでも同室のC.C.の方がナナリーと過ごす時間は圧倒的に多い。
「毎日休まず頑張っているぞ。勉強はもちろんだが団員達との交流にも積極的だから、いまじゃブリタニアへの偏見だけでナナリーを悪く思っている奴はいないんじゃないか? むしろお前の愛人などと噂されている私の方が評判は悪いくらいだ」
「それはお前の態度に問題があるからだろう」
「仲良しこよしをするつもりはないからな。私は黒の騎士団の団員じゃないんだ」
肩を竦めてルルーシュの指摘を流すC.C.。
ルルーシュも彼女の態度を咎める気などなく、すぐに話題を大切な妹に戻した。
「何か不自由を感じている様子はないか? ここでの生活は慣れてきているだろうが、長く過ごしてるからこそ欲しくなってくるものや必要になってくるものもあるだろう?」
「週一で本人に訊いてる事を私にまで訊くな。昔ならともかく、いまのナナリーが些細な事でお前に遠慮などしない事は分かっているだろう。欲しいものがあればとっくに言ってるさ」
過保護な態度にひらひらと手を振り、C.C.はルルーシュが目を通していた書類を見る。
「これは、組織図か?」
「ああ。地方のレジスタンスは可能な限り取り込み、新規の団員も一月ちょっと前から殆ど頭打ちだ。これ以上は大幅に規模が大きくなる事もないとなれば、組織の再編成も必要になる」
「つまりこれが黒の騎士団の最終的な戦力というわけか。日本を取り戻すのには足りそうなのか?」
「やり方次第、というところだな。当初の目算ではもう少し戦力は増えるはずだった。思った以上にユーフェミアとマリーベルの影響が大きかったせいで、少々想定が狂った」
わずかに眉間に皺を増やすルルーシュに、ナナリーとは別の意味で妹に手を焼いてる事を察してC.C.は口の端を吊り上げた。
「あのお飾りの副総督が立派になったものだな。最近はもう一人の姉妹と同じくらいテレビで良く見るが、ナナリーが顔を見る度に嬉しそうにしていたぞ」
「……ユフィともマリーとも、ナナリーは仲が良かったからな。テレビ越しでも二人の成長した姿を見られる事が嬉しいんだろう。そういう意味では、ユフィの政策が軌道に乗っているのもマリーが活躍しているのも悪い事ばかりじゃない」
黒の騎士団にとっては痛手ばかりだが。そんな風に兄の喜びとゼロの苦悩の狭間でルルーシュは苦笑する。
目下、最も黒の騎士団に被害を与えている二人なだけに内心は複雑にならざるを得なかった。
「それで、想定に届かなかった分の戦力はどうするんだ? 外から傭兵でも雇うのか?」
「その線も考えたが、外部から戦力を招くのは上策とは言えない。ブリタニアに気付かれずエリア11に密入国させられる数は多くないし、傭兵部隊はどうしても連携面に不安が残る。ピースマークのテロリストやジルクスタンの傭兵は優秀だと聞くが、民間人への被害をできる限り抑えようとするなら、ここに招くよりも別の使い方をするべきだろう」
「別の使い方?」
「戦いは勝つだけが全てじゃない。勝った後の事も考えなければ、勝利が全くの無意味になる事も珍しくはないという話だ」
具体的な話をルルーシュはせず、C.C.もそれを聞こうとはしなかった。重要なのはそこではないと察して。
「その言い方だと、決戦は近いようだな」
「ああ。戦力の増加が見込めない以上、時間をいたずらに費やしてもこちらの戦力がただ削られるだけだ。このままユーフェミアの影響力が大きくなれば、戦う事すらできずに敗北する未来もあり得る」
直接的な争いこそ起きていないものの、現在ブリタニアと水面下で行われている盤外戦はそれほど熾烈なものとなっている。
だから、とルルーシュは決然とした面持ちではっきりと今後の目標を明確にした。
「予定通り、東京に国を作る」
その宣言にC.C.は驚きもせずニヤリと笑う。
「建国か。随分と大きな話になったものだな」
「そうでもない。元々この戦いはブリタニアとの戦争だからな。7年前ブリタニアが日本の地を奪ったように、勝てば領土を得るのは当然だ」
話が大きくなったのではなく、戦いが一つの山場を迎えただけだと説いて、ルルーシュは書類に落としていた視線を上げてC.C.を見た。
「これから先、勝つにせよ負けるにせよ俺には他の事に気を回す余裕はなくなるだろう。だからその前に聞いておきたい」
それまでの気軽な雑談をしている態度とは打って変わり、真剣な様子でルルーシュは真っ直ぐにC.C.の金色の瞳を見つめた。
「お前の願いとはなんだ?」
その問いにC.C.はわずかに目を細めながら、いつもと変わらぬ調子で問いを返す。
「藪から棒にどうした? ようやく契約する気にでもなったか?」
「それとこれとは話が別だと言っただろう。――――お前には借りがある。いつまでも借りたままでは、俺の気が済まない」
冗談交じりの問いにも真剣な態度を崩さず、ルルーシュは答えを待つ。
そこまできて、ようやくC.C.からもいつもの飄々とした気配が消える。
「お前に死なれては契約ができない。だから助けた。それだけの事だ」
「だとしても、俺がお前に助けられた事実は変わらない」
成田で一方的に宣言した恩返し。
それを果たすのはいまだと、ルルーシュは引き下がらずC.C.から願いを聞き出そうとする。
彼女にとってはメリットしかないはずの話に、しかしC.C.は乗らず、これまで幾度と断られた提案を返す。
「私がお前に望む事は一つだけだ。――――契約しろ、ルルーシュ。話は全てそれからだ」
差し伸べられた手に、ルルーシュは沈黙を余儀なくされる。
何度となく持ち掛けられ、そのたびに平行線を辿る事しかなかった契約。
C.C.もルルーシュが断る事が分かっているだろうに、自身の願いを叶える事よりも契約に固執する。
まるで願いを叶える事はおまけで、ルルーシュに力を与える事が目的だとでも言うように。
「一つだけ教えておいてやろう」
手を取る事も答えを返す事もしないルルーシュに、C.C.は告げる。
「ブリタニアにはギアス嚮団というギアスを研究する組織がある」
ルルーシュの目が見開かれる。それがこれまでの計画が根本から崩れるかもしれないほどの重大情報だと瞬時に悟って。
「当然そこにはギアスを持つ者も多くいる。つまりブリタニアと戦うという事はその強大な軍事力に加えて、ギアスも相手にしなければならないという事だ。それがどれほどの脅威か、マオを相手にしたお前なら分かるな?」
ゴクリと、無意識にルルーシュの喉が鳴った。
それを感情の読めない瞳に映しながら、C.C.は腰掛けていた机から降りる。
「慢心に足をすくわれてからでは手遅れだという事を、その優秀な頭脳に刻んでおけ。私から言える事は、それだけだ」
言うだけ言ってC.C.はあっさりと執務室から出ていく。
置き土産として残された爆弾に、ルルーシュは今後の計画の修正を余儀なくされるが、それを邪魔するように今度は別の客が押しかけて来た。
「ルルーシュ!」
いかに黒の騎士団が大きな組織になろうと、ゼロの執務室に入室許可なしに入ってこれるのは二人しかない。
その一人であるスザクの切迫した姿に、ルルーシュの意識が即座に切り替わる。
「何かあったのか?」
「うん! 緊急事態だ。僕についてきて!」
「落ち着け。まずは何があったか説明しろ」
慌てた様子で執務室を出て行こうとするスザクを引き止め、まずは状況の把握から始めようとして、出てきた名前にルルーシュはスザクがこれほど焦るわけを理解した。
「電話があったんだ。ジェレミアさんから」
「……なんだと?」
指定された場所の座標は人気のない山の中だった。
罠である可能性も考慮してスザクとランスロットを近くに待機させルルーシュがそこに行くと、待っていた男がすぐに気付いて駆け寄ってきた。
「ルルーシュ様!」
ルルーシュの前で跪き深々と頭を下げる男の姿は、ルルーシュが記憶していたものよりも大きく異なっていた。
「このような場所にお呼びたてしてしまい、大変申し訳ございません! ジェミレア・ゴットバルト、ただいま帰参致しました」
「ああ、良く戻ってきてくれた。…………大変だったようだな」
ジェレミアの身体は半分以上が人の肌ではなく無骨な機械へと変わっており、見ただけでまともな扱いを受けていなかった事が分かるものとなっていた。
あまり思い出したくない記憶かもしれないと、詳細を訊ねるのはやめるべきかと躊躇うが、ルルーシュはそんな己の甘い判断を即座に切り捨てた。
「何があったか聞かせてくれ」
「イエス・ユアマジェスティ」
迷いなくジェレミアは頷き、己の身にあった事を話し始める。
気がつけばどこかの研究所にいた事。そこでバトレーというクロヴィスの将軍だった男になんらかの実験体にされていた事。その間の記憶は曖昧で、しかも途切れ途切れであるため詳しい事は何も分からない事。その研究所でコーネリアに会ったが、会話の内容までは憶えていない事。部下であるヴィレッタが助け出してくれた事。その際にV.V.とロロという少年が現れて不思議な力を使ってこちらを捕らえようとした事。なんとか研究所にあったナイトギガフォートレスで逃げ出し、その際にヴィレッタがルルーシュに臣従したいと願い出た事。
全てを聞いたルルーシュは口元に手を当てて考え込み、最も気になったところを確認する。
「そのV.V.とかいう子供は特殊な力が効かなかったお前を見て、『C.C.を再現しようとしている』『ギアスが効かない体質』と言ったんだな?」
「仰る通りです」
その答えを聞き、ルルーシュの眉間に深い皺が刻まれる。
同時にC.C.が言っていたギアス嚮団という組織の事を思い出す。
――V.V.という子供、もしくはロロという子供がギアスを持っている事は間違いないと見て良いだろう。問題はそいつらがどういった勢力なのかだ。状況から見てクロヴィス配下の研究チームとそいつらは別組織。どちらがC.C.の言っていたギアス嚮団かは分からないが、当面の問題となるのはコーネリアが関与しているかどうかだな。
ブリタニアの中にギアスに関する組織があると言うC.C.の言葉は真実だった。
ただ組織は二つあり、それぞれが独立して動いている。そして片方の組織がもう片方の組織を知って接触を測ったところに、ヴィレッタがジェレミアを助けた一連の騒動が重なったというのが今回の顛末だろう。
二つの組織がその後、対立したのか取り込まれたのか協力関係になったのかは不明だが、いまは結論の出ない事に思考を割いている余裕はない。
「確認するが、バトレーという男はクロヴィスの将軍だった。そのバトレーはいまはシュナイゼルの指示に従っている。そして研究所にはコーネリアが来てお前と何かの話をした。間違いないな」
「はい。ただバトレーがシュナイゼル殿下の指示で動いていたかは、私が直接聞いたわけではありません。ヴィレッタが私を助ける前にそういった話を聞いたと申しておりました」
いまの話が全て事実だとすると、バトレーは現在シュナイゼルの麾下となっており、ジェレミアを使ったバトレーの研究の裏にはシュナイゼルがいると見て良い。おそらくはクロヴィスがしていた研究を引き継いだのだろう。その実験体にジェレミアが使われたのは、コーネリアが異母弟を逃がした事に激怒して身柄を譲ったからか。
――だとすると、コーネリアが研究所に来てジェレミアと話したのはなんのためだ? もし俺の居場所を聞き出したかったのなら、シュナイゼルに渡す前に尋問しているはず。身柄を譲る代わりに研究の経過観察を要求した? いや、ジェレミアの意識と記憶が曖昧になっていた事を考えれば、記憶を抽出して俺の居所を探っていたと考えるのが妥当か?
そこまで考え、ルルーシュは頭を振って思考を切り替えた。
コーネリアがジェレミアと話した目的は、この際どうでもいい。いま問題となるのは、コーネリアとシュナイゼルがどこまでつながっているのか、という事だ。シュナイゼルがギアスの事を知っていて研究しており、コーネリアもまたそれを知って協力関係にあるのなら、このエリア11のブリタニアの予想戦力にイレギュラーが加わる事となる。
しかしコーネリアの性格からして、たとえギアスという力を知ったとしても、その研究を自ら主導して行う事はないだろう。いわゆる反則技であるギアスを戦力として数えるのは、彼女の軍人としての気質が許さないはずだ。
――シュナイゼルから見返りとしてギアスユーザーを貸し出されたとしても、おそらくは数人程度。しかもそれを戦力として含めないなら、使い道はただ一つ。
例えば、マオのように心を読めるギアスユーザーがいるなら、捕らえた黒の騎士団の団員やキョウトの人間からアジトの位置を簡単に特定できる。
例えば、人の意思を誘導できるギアスユーザーがいるなら、ルルーシュとナナリーの思いなど無視してブリタニアに縛りつける事もできる。
他にもどんなギアスがあるか分かったものではないのだ。それらに対策を打つ事など不可能に等しい。
「……厄介だな」
深々とため息をつき、帰ったら聞き出せるかどうかは別にして、必ずC.C.からギアスについてもっと深く話を聞く事に決める。
「ところでジェレミア。そのヴィレッタとかいう女は、信用できるのか?」
ギアスの事はひとまず置いておき、別の問題を訊ねる。
臣従を申し出てきたヴィレッタが自分を捕らえた女だという事は憶えていても、ルルーシュは彼女の事を何も知らない。
「いえ、おそらくはスパイ行為をするつもりだと思われます」
「やはりか……」
予想通りの答え。
後ろ盾も、皇族としての当たり前の権利も持っていない自分に臣従したいなどと考える者などいるはずがない。ジェレミアがブリタニア唯一の例外だろう。
「ヴィレッタは野心の強い女でした。軍での立場を捨ててルルーシュ様への罪滅ぼしを願い出るとは思えません」
ルルーシュの考えを肯定するようにジェレミアが補足する。
そのヴィレッタとかいう女も、すんなり自分が受け入れられるとは考えていまい。
「そうなると、問題は誰の差し金かだな」
考えられる候補は3つ。
コーネリアの搦手、シュナイゼルの計略、ヴィレッタの独断だ。
ただおそらく、コーネリアの手の者という事はないだろう。
こういった盤外戦はコーネリアの好むところではないし、身内を取り戻すために割り切って敢行したのだとしても、純血派という国を裏切ってルルーシュ側についた者がリーダーだった組織からスパイを選ぶとは考えづらい。
そうすると候補は2択なのだが、いまの状況ではどちらともあり得るとしか言えなかった。
コーネリアからゼロの正体がルルーシュだとシュナイゼルに伝わっているのであれば、バトレーとヴィレッタを使ってマッチポンプを仕掛け、ルルーシュの下にスパイを送り込むくらいはあの異母兄ならやりかねない。もしそうならV.V.という子供もシュナイゼルの仕込みの可能性があり、C.C.がこちらにいる事を知って、ジェレミアを使った研究がギアス関連のものだと思わせる意味もあったのだろう。ジェレミアに為された改造は洗脳や暗示の類であり、重要な場面でジェレミアを裏切らせてこちらの身柄を確保しようとしているとすれば、ヴィレッタはもちろんジェレミアを手元に置く事にも危険が伴う。
――いや、これは邪推だな。
ヴィレッタがシュナイゼルの手の者である可能性は否定できないが、V.V.という子供は別口だろう。
ジェレミアを使った研究がギアス関連のものだと思わせたかったのなら、そんな子供を使わずともいくらでも方法がある。わざわざ怪しまれるような人間を使ってまで茶番を仕込むとは思えない。
そしてヴィレッタがシュナイゼルのスパイであるかだが、これを確かめる方法は存在する。
「ジェレミア。ヴィレッタには俺からの指示があるまでブリタニア軍に戻るように伝えろ」
「二重スパイのふりをさせる、という事ですね」
「いや、これは単なる確認作業だ」
もしシュナイゼルの差し金であれば、ヴィレッタはシュナイゼルの研究チームに襲撃を掛けた罪で捕らえられるだろう。第二皇子傘下の者を襲った罰として軍を追放され、体よく身軽になった彼女はルルーシュの下に戻ってくる。自然な流れで黒の騎士団に潜り込む事ができるというわけだ。
そしてもしV.V.という子供がバトレーの研究チームを言葉通り連れ去っていたとすれば、真っ先に疑われるのはジェレミアと共に一時的にでも姿を消したヴィレッタである。そんな人物にそのままスパイなどさせられるわけもなく、念入りな事情聴取が行われた後は研究チームが見つかるまで拘束されるだろう。
どちらにしても、軍に戻ったヴィレッタがそのまま何食わぬ顔でエリア11の軍人として働く事はない。
つまりもしヴィレッタが何事もなく軍に戻れたなら、それは彼女がシュナイゼルの手の者ではないという証明となる。
「まぁ誰の差し金だろうと、あるいは独断であろうと、結局は同じだがな」
コーネリア。シュナイゼル。ヴィレッタ。
誰がどんな思惑をもって動いていようと、ルルーシュにとっては――そしてヴィレッタにとっても同じ事だ。
「もし本心から俺に仕えたいと思ってるならそれでいい。だが、そうじゃないのなら――」
ニヤリと、ルルーシュは口の端を歪めて邪悪に笑った。
「散々使い倒して、ボロ雑巾のように捨ててやる」
神聖ブリタニア帝国第二皇子、シュナイゼル・エル・ブリタニアのスケジュールは多忙を極める。
30にもなっていない年齢で帝国宰相という地位に就くほど優秀な彼は、内政・外交問わずありとあらゆる問題に対応を求められ、その上で侵略政策を進めるための布石を無数に打ち、さらにはまだ発生していない事態に対しても備えを怠らない。
常人であれば数日を掛けて解説策を捻り出す問題すらものの数分で片付ける神聖ブリタニア帝国の頭脳ともいえる男は、その日エリア11から齎された報告に少しだけ困った顔をした。
「なるほど。全てなくなっていたんだね?」
「はい。職員も実験体もデータも、根こそぎ消えていたとの事です」
副官のカノンの答えにシュナイゼルは手元の報告書を見ながら指先を使って頬杖をついた。
「現場に争った形跡はなく、一人の職員の死体だけが残されていました。事件発生時刻と思われる時間にジークフリートが飛び去ったという目撃情報もあります」
報告書によると、そのジークフリートの無断飛行の理由を問いただすために研究所に通信を試みたがつながる事はなく、再三の通信にも応じなかったため研究所に直接乗り込んだところ、今回の事件が発覚したとの事だ。
現在はシュナイゼルからも捜査員を派遣して状況を確認させ、その詳細の報告結果がいま手元にある。
「これは……中々奇妙だね」
「はい。バトレー将軍の研究は極秘のものでした。エリア11にバトレー将軍がいる事は調べれば簡単に分かりますが、表向きはナイトギガフォートレスの研究となっており、コードRの研究をしていた事は私達と研究チーム、それとクロヴィス殿下しか知りません」
「なのにデータは奪われた。それも研究チームや実験体と共に」
眉間に皺を寄せながらカノンが頷く。
もし襲撃者の狙いがナイトギガフォートレスの機体とデータであれば、その二つだけを奪って逃げればいい。わざわざ時間を掛けてまでコードRのデータを奪う必要はないし、研究チームも口封じに殺しているだろう。捕らえて連れて行くような無意味で手間の掛かる方法を選ぶ理由はない。
また襲撃者の目的がデータではなく、皇位継承権を巡るシュナイゼルへの嫌がらせや弱みを握るためだとすれば、やはりこれもデータだけを奪えばいい。非人道的な実験をしていた証人としてジェレミアと研究チームの責任者であるバトレーを連れて行く事までは理解できるが、他の職員まで連れて行く必要はない。
となると目的は、コードRの研究そのものという事になる。コードRの研究はまだ成果という成果が出ておらず、データだけを奪っても大して意味はない。ならば研究チームも実験体もデータも丸ごと奪うというのは合理的と言えるだろう。
しかしそうなると、極秘の研究をどこで知ったのかという問題が持ち上がる。
「コーネリア殿下からでしょうか?」
「いや。コーネリアには治療と神経電位システムを操るための機械化だと説明している。コードRについて彼女から情報が流出する事はあり得ないよ」
「でしたら……工作員が潜り込んだという線はどうでしょう?」
「その可能性が高いだろうね。後はクロヴィスが研究していた時にどこからか漏れたのかもしれない」
いかに極秘の研究だったとはいえ、表向きはナイトギガフォートレスの研究として偽っていたため、バトレーや研究チームの者も身を隠していたわけではない。軍人ではなく研究員である彼らから情報を抜く事など、その道のプロなら簡単だろう。
「けれど、あの研究に興味を持つ者が私とクロヴィス以外にいるとはね」
両指を組んで、シュナイゼルは想定外だと言わんばかりに嘆息する。
確かにコードRのどんな怪我でも瞬時に回復するという体質は凄まじい。その体質を解析し、再現できれば計り知れない価値を生む事になるだろう。しかし現在はその体質を持つコードRが存在せず、ジェレミアを使った実験も成果を上げていない。他人から見れば成功の見込みのないオカルト染みた無駄な研究に映るはずだ。
そんなものを帝国宰相に喧嘩を売るような真似までして奪い取るのは、リスクとリターンが吊り合っていない。この研究に価値を見出すとすれば、クロヴィスのようにコードRの実物を見た者か、シュナイゼルのように未知のものに脅威を感じる者、そして同じような研究を既に行っている者くらいだろう。
「コードRには気をつけろ、か」
半年前に異母弟が自分に送ってくれた言葉を思い出して、シュナイゼルは苦笑を零した。
「君の忠告は正しかったようだね。クロヴィス」
きっと想定していたような意味ではないだろうけれど。心の中でそう付け加えて、シュナイゼルは今後の対応について指示を出した。
『ユーフェミア副総督が主導されているゲットーの再建は順調に進んでおり、10日後にはゲットーに初めての病院が完成します。それを記念して、開院後の1週間は無料で診療を行う旨が発表されました。診療はゲットーのイレブンも対象となっており、初日にはユーフェミア総督が直接来院され……』
夕食を取り終えた後、ナナリーに部屋を招かれたルルーシュは、二人でソファで寛ぎながらニュースを見ていた。
C.C.は興味がないとばかりにテレビには目もくれずベッドで寝転がり、スザクはもう少しトレーニングがしたいと訓練室に行っている。
「やっぱり、ユフィ姉様は凄いですね」
「昔から彼女は、とんでもない無茶を平気で通してしまうような人だったな」
ニュースの画面に映るユーフェミアを見て、微笑みながら嬉しそうに呟くナナリー。
そんな妹の様子に、ルルーシュは聞くべきか悩んだ問いを落とす。
「ナナリー。ユフィに会いたいかい?」
以前にも同じ事を訊いた。その時は首を横に振られた問い。
しかし今回ナナリーは、微笑みを浮かべたまま頷いた。
「はい、会いたいです。ユフィ姉様にも。マリー姉様にも」
自分の本心を偽らず素直な思いを口にするナナリーはしかし、真逆の言葉を続けた。
「でも会わない方がいいとも思うんです」
「……どうしてだい?」
「会ってお話しできたら嬉しいし、きっと楽しいですけど……私はもう皇族ではありませんから」
ポツリと最後に呟かれた言葉は寂しげで、けれど前向きな意志が宿っていた。
戻れない過去に惜しむのではなく、その過去を受け入れて進もうとする、そんな自立した意志が。
「こうして姿を見られて、声を聞けるだけで私は満足です」
そう言って本当に嬉しそうにナナリーは笑う。
半年前と比べて目に見えて成長した妹の姿が、ルルーシュにはどこか悲しくもあり、誇らしくもあった。
「ナナリー、実は……」
だからルルーシュは、話す事を決めた。
一度は話すべきか悩んだ、いまでも話す事が正しいのか分からない、大事な話を。
その日、日付が変わるまでルルーシュはナナリーの部屋から出る事はなかった。
凄く細かい補足をしておくと、ユフィに会いたいか聞かれたナナリーが、ユフィに加えてマリーベルの名前を出したのにコーネリアの名前を出さなかったのは、最近の勉強でコーネリアがゼロとスザクを誘き出すために埼玉の人間を虐殺しようとした事を知ったため、無意識にコーネリアを話したい人間から外してしまっていたからです。侵略政策の最前線に立ってブリタニアの魔女と呼ばれるコーネリアと、昔アリエスの離宮で優しくしてくれたコーネリアの人柄が自分の中で一致せず、ナナリーの勉強で最大のノイズになっているのがコーネリアだったりします。
あと当然ルルーシュとナナリーが話してる間も、ずっとC.C.はベッドで寝転がっていました。
次回:伝言