聞こえてくるのは悲鳴と怒声。
耳にするだけで痛ましく感じてしまうほどの叫びと、反射的に身体が竦んでしまうほどの怒号。
それが至るところから聞こえる原因を作ってしまったのが自分だと思うと、心はどうしうようもなく痛みを訴えた。
「大丈夫ですか? ユイミー様」
自分を抱きかかえる咲世子が問い掛けてくる。
同じ立場である人に心配されている事実を不甲斐なく思い、鋭く息を吐いて頷く。
「ええ。大丈夫よ咲世子さん」
ずっと閉じていた目を開き、混乱して逃げ惑う人の無事を祈りながら答える。
「最初から覚悟してた事だもの」
口にすれば、また心に刃物で傷付けられたような痛みが走る。
本心を言ってもいいなら、巻き込みたくはなかった。
当然だ。誰がこんな光景を望んで見たいと思うだろう。
きっとそれは、この状況を想定しながら自分を送り出した人も同じ。
「最悪の事態にはならないといいんだけど」
「このような状況に備えて、近くに待機していた団員の方が避難誘導をしてくださっているはずです。滅多な事にはならないでしょう」
「そう、よね……」
頷きながらも、不安は消しきれない。
避難活動に従事している団員達を信頼していないわけではない。
騒動の真っ只中にいるここからでは見えないが、きっと少しでも被害が出ないように懸命になってくれているはずだ。
だからこの不安の原因は――
「ブリタニアは、どう動くかな?」
「それは……軍の良識に期待するしかありませんね」
「テロリストがそんなものに期待するなんて、おかしな話よね」
言いづらそうに口にした咲世子の答えに、ため息をつきながら軽口を叩く。
しかしいまは、そんな冗談みたいな期待が実現するのを願うしかなかった。
最悪の事態になった時の準備もしているが、その準備が役に立つという事は、既に一定以上の被害が出てしまっているという事なのだから。
「着きました」
そう言って咲世子が足を止めたのは、病院の給水タンクの影だった。
完全に人の目を切れるわけではないが、覗き込まなければ見られる心配はなく、この混乱の中でそんな事をする余裕のある人間はいない。
「ありがとう。咲世子さん」
お礼を口にして、咲世子の腕の中から地面に
そして金髪のカツラを取ると、その中から現れるのは亜麻色の髪ではなく燃えるような赤髪。
「やっぱり大人しくしてるのは性に合わないわね」
愚痴を零しながら咲世子につけてもらったナナリーの人相仮面を外す。
この変装をする時に監修をしていた
「カレン様。こちらを」
背中のリュックから取り出した薄汚れたコートと黒色のカツラを差し出してくる咲世子。
それを受け取ってカレンはすぐに身につける。咲世子もカレンと同じコートと髪色を茶色にしたカツラを被る。
「この混乱ですから、カツラが取れないようにご注意ください。脱出には予定通りルート3を使います」
「了解よ」
服装を隠すようにコートのボタンを留めながら、カレンはさっきまで自分達がいた方向を振り返った。
「あっちの方は大丈夫かしら?」
「予定外の事が起こらなければ問題ないかと。期待には必ず応えてくださる方です」
カレンの不安を迷いのない即答が吹き飛ばす。
二人にどんな信頼関係があるのかカレンは知らないが、根拠のない事を断言しない人だという事は短い付き合いでも知っていた。
準備を終え、混乱の様子を再び目にした事で痛みを訴える心が、カレンの小さな感傷を形にした。
「ルルーシュとナナリーは、残念がるでしょうね」
「そうかも、しれませんね……」
懐にしまっていた手紙に服の上から手を重ね、それがもう届く事も読まれる事もない事実を惜しむ。
ギュッと拳を握ると、感傷を振り切るようにカレンは混乱に紛れて走り出した。
「…………そうか……ああ、良くやってくれた。こちらも準備に移る」
齎された報告を聞き終えて通話を切る。
つい口から深い息が零れた。
「お兄様……」
「残念だがナナリー。ユフィには会うのはしばらく後になりそうだ」
隣にいるナナリーが重ねてくる手を逆の手で重ね返し、ルルーシュは予定が延期されてしまった事実を告げる。
しかしナナリーは残念がる様子を見せずに、こちらを気遣うように柔らかく微笑んだ。
「大丈夫です。それよりカレンさん達はご無事ですか?」
「心配しなくても、三人とも無事だよ。全員脱出して、もうこっちに向かってる」
本当はもう一人現場にはいたのだが、ナナリーはその事実を知らない。そしてその四人目からも、通話の最中に無事を知らせる報告が来ていた。
「それでは…………始まるんですね」
スザク達の無事にホッと息をついたのも束の間、表情が強張せたナナリーが問い掛けてくる。
何を問われているかは、聞き返すまでもない。
「ああ。ナナリーはC.C.と一緒に待っていてくれ」
「はい。無事に……戻ってきてくださいね」
「もちろんだ。約束するよ」
一度ナナリーを優しく抱きしめ、ルルーシュはソファから立ち上がる。
そしてテーブルの上に置いてあった、ゼロの仮面に手を伸ばした。
『私は、ゼロ』
画面にいきなり現れた男は、自らをそう名乗った。
その顔を知る者はどこにもいない。その名を知らぬ者もどこにもいない。
『聞け、日本人よ! 理不尽な力に抗う全ての者達よ!』
そこはどこかの一室だった。
後ろには大きく日本の象徴である日の丸が描かれている。
『私は悲しい』
ゼロが何かを惜しむように拳を握る。
するとゼロの背後の壁から日の丸が消え、何かの映像が映し出される。
『今日、正義を為そうとした一人の若者の命が失われた』
それはいまもネットで拡散されている、ゲットーの病院前で起きた事件の映像だった。
『彼は理不尽な暴力に立ち向かおうとした。危険を顧みずか弱き少女のために身を挺し、たった一人で銃を持つ軍人の前に立ったのだ』
映像の中では車椅子に座るブリタニア人の少女に迫る軍人と、それを庇う日本人の青年の姿があった。
『彼こそが、真に強き者。弱者を守る強者の在り方を体現する正しき人間だ』
映像の中で撃たれる青年をゼロは賞賛する。
そこで映像は消え、ゼロの背後に再び日の丸が現れる。
『彼はなぜ命を落とさねばならなかった? 軍人に歯向かったからか? ブリタニア人の少女を守ろうとしたからか? 違う!』
自らの問いを力強く否定しながら、ゼロは勢い良く腕を真横に薙いだ。
『彼が命を奪われたのは、ここがブリタニアだからだ!』
怒りと共に放たれる非難。
直後、再びゼロの背後の日の丸は消え、病院で演説していたユーフェミアの姿が映し出される。
『ユーフェミア皇女が行ったゲットーの再建は素晴らしいものだ。虐げられる弱者を救わんとする気高き行動を、私は心より尊敬する』
先程までの力強く語り口から一転、穏やかで静かな口調でゼロはユーフェミアを称え、胸に手を当てて敬意を示す。
『しかし――』
背後の映像が亡くなった青年に切り替わると共に、ゼロは語調を激しいものに戻した。
『どれだけ目の前の人間に救いの手を差し伸べようとも、ブリタニアが変わらなければ意味はない! 彼のように正義に殉じて失われる命は増え続けるだろう!』
再び背後に日の丸が戻り、カメラに向かって手を伸ばすと、ゼロは力強く言い放った。
『故に、私は戦う! 正しき者が排除される、この間違った世界を正すために!』
その映像を執務室で見ていたコーネリアは、異母弟の演説に形の良い眉を歪めた。
「相変わらず、口が巧い……!」
舌打ちをしてしまいそうになるのを堪え、無意識に噛み締めた歯が鳴る。
一見自らの正当性を説き、日本人の支持を増やそうとしている演説に見えるが――事実その目論見もあるのだろうが――本当の狙いはユーフェミアの政策を受け入れていた恭順派を取り込むための演説だと、コーネリアは見抜いていた。でなければ、わざわざユーフェミアの名前を出す必要がない。
ユーフェミアのゲットー再建政策により、イレブンの支持は黒の騎士団を推す反抗派と、ユーフェミアを推す恭順派の二つに分かれていた。
しかし今回の件で改めて、イレブンはブリタニアの気まぐれや横暴でいつでも自らの命を奪われる可能性がある事を思い知ってしまった。いくら自分達の生活水準が向上しようと、理不尽に生死を握られていると理解しながら安心できる者はいない。
そして何より、ユーフェミアの政策が危うい土台の上に立っているものだと――根本的な解決にはならず、食料を奪いながら飴を施しているようなものだと、民衆は知ってしまった。
病院を建設しながら、開院したその日に病院前でイレブンが殺されたのだ。ブリタニアがイレブンの命などなんとも思っていないのは誰が見ても明らかであり、ゲットーの再建も気まぐれ程度のものに過ぎないと自ら証明したようなものだ。
ゼロはそれをユーフェミアを否定せずに、むしろ肯定してその奥に存在しているブリタニアを非難する事で、ユーフェミアを支持していた日本人を自らの勢力としてそのまま取り込もうという腹積もりなのだろう。
「こうなっては、もう止められん……」
静かに、しかし覚悟を決めたように零れ落ちた言葉を拾い、ギルフォードは息を呑む。
「では……」
「ああ。戦の準備だ」
『私はいまここに、ブリタニアからの独立を宣言する』
政庁でのコーネリアの言葉を肯定するように、ゼロは真っ向からブリタニアへの反旗を掲げた。
『しかしそれは、かつての日本の復活を意味しない。歴史の針を戻す愚を、私は犯さない』
ブリタニア人、日本人問わず、エリア11で暮らすあらゆる者が、顔を仮面で隠したその男の演説に釘付けとなった。
初めて男が民衆の前に姿を現し、黒の騎士団なる組織の立ち上げを宣言した時と違い、誰も男の言葉を笑う事ができなかった。男の言葉を無視できなかった。
『我らがこれから作る新しい日本は、あらゆる人種、歴史、主義を受け入れる広さと、強者が弱者を虐げない矜持を持つ国家だ』
それはもはや愚かなテロリストの妄言ではない。
それはもはや吹けば飛ぶような小さな反逆ではない。
それは稀代の大罪人による類を見ない暴動か。あるいは世紀の改革者による歴史に残る革命か。
いずれにせよそれは、世界を揺るがす宣言となった。
『その国家の名は――――合衆国日本!』
租界で暮らす名誉ブリタニア人が、ゲットーで生きるイレブンが、亡命しようと海外に渡った国を捨てた者すら――日本人の心を持つ全ての者が、その建国宣言に拳を掲げて声を上げた。
『集え! ブリタニアの横暴に憤る者よ! 正義を為さんとする正しき者よ! このような悲劇を二度と起こさせないために、暴力が正しさを呑み込む現状を許してはならない!』
ゼロの言葉に同意するように、エリア11が震える。
それは虐げられ、抑圧された日本人の激情が解放されたが故のどよめきだった。
『今日この日、我らは悪しき支配者の軛を破る!』
世界に自分の存在を刻みつけるかのように、男は己の名を高らかに叫んだ。
『私はゼロ! 間違った力を行使する全ての者への、反逆者である!』
これで第三部・新たなる強敵編は終了です。
次回からは第四部・ブラックリベリオン編が始まります。
そして名前からも分かる通り、アニメ無印の範囲は第四部で終わります。
話は変わりますが、今回の出来事の裏側を作中で全て説明する事はないので、出てきた情報で推測していただければ思います。一応次話でも軽く触れる予定ですが、それでも全ての裏側が明らかになるわけではありません。こういう言い方をしてしまうと感想欄が推測だらけになりそうですが、それに対して正解が返ってくるとは思わないでください。
そして本話でまたしばらく投稿は休止させていただこうと思います。
執筆時間を取るのが難しくなりそうなのが理由で、いつまで休止するかも分からないような状態です。
ただここで筆を折るつもりはなく、この戦いの結末やその後の展開などはかなり詳細まで決まっています。
ですのでいずれ戻ってくる日まで、気長にお待ちいただければ嬉しいです。
次回:開戦