コードギアス~あの夏の日の絆~   作:真黒 空

8 / 62
お待たせしました。遅筆で申し訳ございません。
今回で幕間は終えようと思ったのですが、長くなったので二つに分けました。
そのせいで再び次回予告詐欺を行ってしまっております。すみません。もう次回予告は止めた方がいいかもしれませんね。
また今回から全編通してサブタイトルの前に話数を挿入しております。
それではルルーシュのおまいう発言をお楽しみください。


8:反逆準備

 

『先日クロヴィス殿下の親衛隊を殺害しブリタニア軍から脱走した名誉ブリタニア人、枢木スザクはいまだに逃走中です。軍では純血派のジェレミア・ゴットバルト辺境伯が捜索の指揮を取り、各地に検問を敷いて枢木スザクを追っています。なお脱走兵である枢木スザクは逃走の際にナイトメアフレームを強奪しているため非常に危険であり、目撃した際は捕まえようとはせずに、軍まで一報するよう捜索指揮を執るジェレミア辺境伯は呼び掛けています』

 

 クラブハウスの空き教室。

 ニュースを消し、ミレイは主君に対し説明を求めた。

 

「ルルーシュ様。枢木スザクとはどのようなご関係なのでしょうか?」

「それを聞くために呼んだのか?」

 

 ミレイがルルーシュに時間を作ってもらおうとする事は滅多にない。生徒会長と副会長としての学園内での用事であれば別だが、主君と臣下の関係において人払いまでして呼び出すのは常にルルーシュの方からだった。それだって急を要する案件以外ではまずないと言っていい。なぜならアッシュフォードの当主はミレイではなくこの学園の理事長でもあるルーベンだからだ。大事があればまず当主であるルーベンと相談するのは当然であり、ミレイはルーベンからルルーシュの方針を聞く。面倒なようにも思えるが、ルルーシュがルーベンよりも先にミレイに話をすれば、アッシュフォードの当主であるルーベンを軽んじていると捉えられ、ミレイはミレイで当主を蔑ろにして主君に媚びを売っていると見られる可能性が高い。結局ルルーシュもルーベンもミレイも誰もが損害を被るだけで誰も得をしないのだから、多少の面倒は許容しても形式を守るのは当然の事だった。

 そのため今回ミレイの方からルルーシュに話し合いの場を設けてもらっているこの状況は、異例ともいえる事態だった。

 

「はい。枢木スザクとルルーシュ様の関係を知る事はセキュリティの対策上必要不可欠であると判断しお時間をいただきました。もし枢木スザクがブリタニアに対し悪意を持つ者であれば、御身に危険が及ぶ可能性がございます」

 

 ミレイがルーベンを通さなかったのは、枢木スザクという存在をルルーシュが祖父に隠している可能性を考えたためだった。ミレイが枢木スザクという人間を知ったのは、突然彼が学園を訪ねてきたからであり、主君からも祖父からもその存在を聞かされた事はない。つまり枢木スザクという男は、ルルーシュがひた隠しにしてきた知り合いという可能性があるとミレイは考えたのだ。この事をルーベンに報告する事も考えたミレイだったが、もしルルーシュがルーベンにも秘匿しており、それを自分が話したとなればいままで築いてきた信用を失う事にもなりかねない。そのためミレイはまずルルーシュの意思を確認しようとこの話し合いを所望したのだった。

 

「なら俺から言える事は一つだ。枢木スザクを警戒する必要はない」

 

 ルルーシュから齎された答えはシンプルであり、しかしそれだけに到底納得できるものではなかった。

 

「なぜですか! 枢木スザクはクロヴィス殿下の親衛隊を害しています。であれば、ブリタニアに敵意のある可能性が高い。ルルーシュ様の正体が知られれば、標的とされる事も……」

「あり得ないな」

 

 本来なら主君が必要ないと言うなら理由も聞かず頷くべきだろう。しかし主君を守り続けてきた誇りと使命感は、状況を不透明のまま流す事を許さなかった。

 しかし反論の言葉は当のルルーシュ本人によって否定される。その反応は、ミレイにとって以前にも感じた悔しさを蘇らせるものだった。

 

「それほどまでに、信頼なさっておいでなのですか……?」

「そういえばお前と出会ったのは、俺が学園に来てからだったな」

「……はい。それがいかが致しましたか?」

「ルーベンから俺の過去は聞いているだろう?」

「はい。あの頃は無知なため存じてはおりませんでしたが、ルルーシュ様と同じこの学園に通う際に、祖父から全て聞き及んでおります」

「ではなぜ俺がブリタニアから日本に来る事になったか言ってみろ」

 

 命令の意図がまるで読めなかったが、拒否する選択肢などミレイには初めからない。

 胸の内に生まれた感情をなんとか封じ込めながら慎重に回答を口にした。

 

「ルルーシュ様のご母堂であるマリアンヌ后妃が暗殺されたためです」

「違うな。正確ではない」

 

 間髪入れずに否定される。

 そして後に続いた言葉は、主君のおそらくトラウマとも呼ぶべき過去を口にする事を強いるものだった。その事実に逡巡しながらも、主君の前で黙り込んでいるわけにもいかず、ミレイは改めて事実のみを述べる。

 

「マリアンヌ后妃が暗殺された後、ルルーシュ様が皇帝陛下へ謁見され、その際にご不興を買ってしまったため日本に人質として、名目は留学生として送られる事になりました」

「その通りだ。以来、俺はブリタニアの地を踏んでいない」

「それがどういう……」

 

 理由を訊ねようとし、自らの主君がこういう場で口にする言葉は、突拍子がないように見えても必ずどこかでつながっている事をミレイは思い出す。

 そしてそれに思い至った時、ミレイの頭脳はバラバラだったパズルを正確に組み上げる。

 

「ブリタニアの皇子の留学、となれば当然留学先の住居は日本政府が用意する事になる。日本最後の首相は枢木玄武――枢木、スザク……」

 

 ミレイが自力で真実に近いところまで辿り着いたと同時に、ルルーシュはようやく解答を示す。

 

「スザクは俺の親友だ」

 

 主君の口から告げられる関係性。それは妹以外で初めて聞く完全な身内として相手を認める言葉。

 

「あいつがいなければ、戦争中の日本で俺とナナリーが生き残る事はできなかっただろう」

「そういうご関係でしたか……」

 

 自分と会う前から既に強固な友人関係を築いていたのだと知り、心の中にあったささくれが取れていくような感覚をミレイは抱いた。だがやはり、わずかばかりの悔しさは消えてはくれなかった。

 

「といっても、再会したのは最近だがな。新宿の件、あれで偶然ブリタニア軍人として作戦に従事していたあいつと会った」

「新宿事変。まさかあの時に……」

「ああ。結局また助けられた。あいつが軍から追われているのも、俺を助けようと軍令違反を犯したからだ」

 

 新宿事変の折、ルルーシュは見てはいけないものを見てしまい、それをクロヴィスの親衛隊に知られたと言っていた。つまり枢木スザクが脱走の際に親衛隊を殺害したのは、いままでの話から推測するに親友であるルルーシュのため。

 

「もう一度言おう、ミレイ・アッシュフォード。今後何があったとしても枢木スザクを警戒する必要は一切ない」

 

 自身の正体に関して神経質なほど警戒するルルーシュが断言する。

 主君がなぜそこまで信頼を寄せるのか、その一端を垣間見てミレイは深々と頭を下げた。

 

「かしこまりました。祖父には私の方からお伝えしましょうか?」

「いや、俺が直接言っておく。といっても、あいつが再びアッシュフォードに来るような事態はないだろうがな」

「万が一来られた際は手厚く保護いたします」

「頼む」

 

 主君の声を頭上に聞きながら、できるなら枢木スザクがアッシュフォードに来ない事をミレイは祈った。

 個人的な悪感情があるわけではない。だが主君のためだったとはいえ、枢木スザクは現在軍に追われる犯罪者だ。そんな人間を匿えば、主君の正体が軍や外部に洩れる可能性は格段に上がる。このアッシュフォード学園という主君のための箱庭を預かる番人として、枢木スザクという人間の来訪は歓迎できるものではなかった。

 

「話は終わりか? ミレイ」

「はい。お時間を取らせてしまい申し訳ございませんでした」

「構わない。――それじゃあ生徒会室に行きますか、会長」

「そうね。今日はイベントについてたっぷり話し合うわよ!」

「はいはい」

 

 先程までの主君と臣下の雰囲気を霧散させ、いつも通りの生徒会長と副会長に一瞬で戻った二人は空き教室を出て生徒会室へと向かう。

 同じクラブハウスの中なので、時間も掛からず二人はいつもの扉を開いた。

 

「おっまたせ~。諸君、きちんと働いているかね?」

「遅いですよ会長。ルルも。どこ行ってたんですか?」

「ちょ~とそこでルルーシュと会ったからイベントについて話してたのよ。そしたら思いのほか盛り上がっちゃって」

「ルルーシュ。今回は逃げるなよ。この前なんかお前がいなかったから部活の予算審査が終わらなくて、馬術部が突撃してきたんだぞ」

「……あの悪夢がまた起こったのか。災難だったな」

「他人事みたいに言わないでよルル。ホントに大変だったんだからね。会長も急用とか言って何日も休んじゃうし」

「いや~ちょっと単位の事であれこれあったのよねぇ」

 

 頭を掻きながら誤魔化すミレイだったが、本当はルルーシュがいなくなる事の報告や今後の対応について当主である祖父と話していたため生徒会の仕事をする余裕がなかったのだ。

 

「だから私が入った時クラブハウスに大量の馬の毛があったのね……」

「掃除、大変だったね」

 

 ひっそりと端の方でカレンとニーナの呟きが聞こえる。

 

「ま、過ぎた事を引きずってても仕方ないんだから、前を向いて行くわよ!」

「そうやってすぐ誤魔化すし……」

 

 シャーリーが唇を尖らせているのを華麗にスルーして、ミレイは続ける。

 

「今回のイベントは新メンバーも加わった事だし、去年好評だった『あれ』をもう一度やるわよ!」

「あれ?」

「去年好評……? まさか――」

 

 シャリーが首を傾げ、嫌な予感にルルーシュが顔を青ざめさせる。

 それを見てリヴァルはあれがなんであるかを悟ったのか意味深に頷く。

 

「あ~なるほど。あれね」

「ミレイちゃんがやりたがるなら、多分あれだよね」

「あっ、そっか。あれか」

「えっ? えっ? あれって何? みんな分かってるの?」

 

 去年は生徒会に入ってなかったどころか学校にすらまともに来ていなかったため、カレンには生徒会のみんなが言う『あれ』がなんの事か分からない。盛り上がっているメンバーの中で一人頭を抱えている副会長に近付き、そっとカレンは訊ねた。

 

「ねぇルルーシュ君。ミレイ会長の言ってる『あれ』ってなんの事なの?」

 

 お嬢様の猫を被っているカレンの問いにルルーシュは一瞬眉を動かしたが、それを悟らせずにいつも通りの態度で応じる。

 

「そうか。カレンは会長のイベントは初めてだったな」

「うん。そうなの。だから話にもついていけなくて……」

「最初のイベントが『あれ』っていうのはついてないが、カレンならむしろピッタリかもしれないな」

「えっ? それってどういう……」

 

 カレンが問おうとしたところで、会長は席から立ち上がり声を張った。

 

「じゃあルルーシュとナナリーの帰還祝い兼カレンの歓迎会イベントは『あれ』に決定ね。その名も――」

 

 盛大にイベント名を宣言する会長。

 名前から何をするのか簡単に分かるイベントにカレンは目を丸くし、ルルーシュは深いため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とあるゲットーの地下。

 そこで一人の男が写真立てを見つめながらため息をついた。

 

「なんでこんな事になったんだ……」

 

 男の名前は扇要。少人数ではあるがテロリストグループのリーダーである。

 扇の持つ写真には自身を含めた三人の人間が映っていた。

 扇の親友である紅月ナオト。そしてその妹である紅月カレン。

 ナオトは元々扇がいるテロリストグループのリーダーだった。だが彼はもうこの場にはいない。

 

「やっぱり無理だよ。俺にリーダーなんて……」

 

 扇は先日ナオトがテロ活動中に亡くなってしまった事でその後を継いだ。

 しかしいままで作戦も物資の調達も全てナオトに任せてサポートしかしていなかった扇ではまともにテロ活動などできるわけもなく早々に行き詰った。

 そこでまだ生きていたナオトが考えていた作戦を使ってブリタニア軍の機密を奪う大博打に打って出た。しかし結論から言えば、作戦は失敗した。作戦中に勝手な行動を取った玉城のせいで脱出する際に軍に見つかり、逃げ込んだ新宿ゲットーでブリタニア軍に包囲されたのだ。逃走中にカレンが落とした通信機を軍に拾われアジトが特定されたのを端緒に、攻めてきた軍を相手取って南と吉田が負傷。新宿の住民もろとも殺されそうになったところで突然停戦命令が出て命拾いしたが、あれがなければなす術もなくみんな死んでいた事だろう。盗んだ機密(情報通りならおそらく毒ガス)も作戦のごたごたで見失ってしまい、得たものは何もなく、仲間が二人も負傷し、そして一人は死亡した。しかも新宿の街に住む人達を大勢巻き込んで。

 そんな悲惨としか言いようのない結果を経て、扇は自分にリーダーは無理だと悟らざるを得なかった。

 だが親友であったナオトのために、テロ活動を辞める事もできない。

 何も決断できない自分の不甲斐なさが心底嫌になる。

 扇の心はボロボロだった。

 

「扇、ちょっといいか」

 

 一人頭を抱える部屋にノックの音が響き、ついで聞き慣れた仲間の声が聞こえてくる。

 

「あ、ああ。いいぞ」

 

 ドアを開けて入ってきたのは色合いの違う青い髪をした男女だった。

 

「杉山、井上、何かあったのか?」

「ああ。この前のテロでなくなったトラックなんだが、代わりの足がもうすぐ調達できそうだ」

「そうか! それは朗報だな!」

「ええ。ナオトさんがこういう時に備えて交渉を進めてくれてたみたいなのよ。そのおかげで話が早かったわ」

「ナオトのおかげか。やっぱりあいつは凄いな……」

 

 先の先まで読んで準備する手際の良さに、扇は自分との違いを如実に感じた。

 しかし仲間の前で落ち込んだ姿を見せるわけにはいかないので、なんとか取り繕う。

 

「なら足が手に入り次第ちょっと付き合ってくれないか?」

「それはいいが、どこに行くんだ?」

「ちょっとな、近くのレジスタンスグループを回ろうと思ってる」

「えっ、それってもしかして……」

「ああ。仲間に入れてもらえないか頼むつもりだ」

「おい扇、お前リーダーを辞めるつもりかよ!」

 

 寝耳に水な扇の発言に杉山が食って掛かる。

 仲間にしてもらうという事は、そのグループの傘下に入るのと同じだ。当然扇はリーダーではなくなるし、立場も元からいるメンバーより低いものとなるだろう。そんな組織の進退に関わる事を突然聞かされて、杉山も黙っているわけにはいかなかった。

 

「そうなるな」

「そうなるなって、俺らになんの相談もなしに……」

「やめなさいよ。あんただっていまの状況分かってるでしょ」

「でもよ……」

「扇さんだって思いつきでこんな事を言ってるわけないじゃない」

 

 文句を言おうとする杉山を井上が止める。

 井上にしても不満がないわけではなかったが、聡い彼女は新宿事変以降、扇が塞ぎ込んでいるのをなんとなく察していた。

 

「ありがとう。井上」

「どういたしまして。でも、私も相談くらいはしてほしかったです」

「ああ、そうだな。すまない……」

 

 暗い顔で謝罪の言葉を口にする扇。

 その様子を見て不満を飲み込んだ杉山は、意識を無理やり切り替え建設的な話をする。

 

「それで、どこのチームに入れてもらうつもりなんだよ」

「埼玉の大和同盟に頼んでみようかと思う。あそこは物資も豊富だって聞くし、受け入れてくれる可能性は高いだろうからな」

「みんなで行くんですか?」

 

 井上の問いに扇は首を横に振る。

 

「いや、ひとまず話をするだけだし俺達三人で行こう。あまり大人数で押しかけても迷惑だろうしな」

「まぁ玉城は交渉には向かないしな」

「カレンも連れてくわけにはいかないわよね」

 

 扇の決めた人選に二人も納得する。

 気に入らない事があると喚き立て、誰彼構わず喧嘩を売る玉城を連れて行けば、折角の交渉を破談にしかねない。カレンの方は人格に問題はないが、まだ高校生であり、しかもブリタニア人の血を引いているのが見ただけで分かる容姿をしている。傘下に入れてもらう際はハーフでありスパイでない事を説明しないわけにはいかないだろうが、まだ話もしていない状態で連れて行けばややこしい事態になりかねない。

 

「カレンは今日学校?」

「ああ。しばらくは活動できるような状況じゃないからな。こちらから連絡するまでは学生をやるように言ってある。その方がナオトも喜ぶだろうし」

「そうだな。ナイトメアを乗るのが上手いって言っても、カレンもまだ学生なんだよな」

 

 成人している自分達と違い、まだ未成年にも関わらずテロ活動に参加しているカレンには、みんな思うところがあった。

 しかしカレンがナイトメアの操縦やゲリラ戦などに強い事も確かであり、本人の意思もあって簡単にテロを止めて学生に戻れとも言えないのが現状である。

 

「じゃあ足が用意できたらすぐに知らせるよ。扇は大和同盟にアポでも取っといてくれ」

「ああ。任せろ」

「何かあればすぐに連絡してくださいね」

 

 そう言って杉山と井上は部屋を出て行く。

 そうしてまた一人になった扇は再び写真を見つめる。

 幸せだった時間。切り取られたその時間はこの小さな紙の中にしかもう存在しない。

 

「すまないナオト。お前の代わりになんて、俺にはできなかったよ……」

 

 片手で両目を覆い、扇は自分の無力を嘆く。

 身の丈に合わない重圧に押し潰されそうな自分が、親友の想いを継いでいけない自分が、どうしようもなく情けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだこれは……」

 

 目の前にある機体のデータに目を通し、ルルーシュは呆然と呟いた。

 

「出力がサザーランドに比べて桁違いに高い。つまり使用されているサクラダイトの量が半端じゃない。それにファクトスフィアが2基はともかく、MVSにヴァリス、ブレイズルミナスに強化型スラッシュハーケンが4基だと? 一体どれだけの予算をつぎ込めばこんなものが出来上がるんだ……」

 

 従来のナイトメアフレームの性能を軽々と凌駕するスペックと、実用化されていないはずの新兵器の数々にルルーシュは眩暈がする思いだった。明らかに量産型ではない、予算をふんだんに使いこんだ最新型。この機体が敵として現れれば即座に撤退を指示するであろうイカれた性能だ。

 

「しかもハイスペックを追及している分、動きがピーキー過ぎる。操縦者に掛かるGも常人に耐えられるかギリギリのものじゃないか。誰が扱えると言うんだこんなもの! おまけに脱出ブロックがついていないだと? 設計者は操縦者の事を考えていないのか!」

「えーと、何を怒ってるの? ルルーシュ」

「……お前はこれを見てもなんとも思わないのか?」

「凄い機体だよね。僕も訓練でサザーランドのシミュレーターに乗った事があるんだけど、動きがまるで違くて驚いたよ」

 

 これだけの機体を凄いの一言で済ませる幼馴染に、ルルーシュは力が一気に抜けていくのを感じた。

 よくこんなものを盗んできておいて呑気でいられるものだ。

 

「おそらくこれは実験途中の未完成機だろうな。でなければ脱出ブロックをつけないはずがない」

「でもロイドさん――設計者の人なんだけど、このまま使うつもりだったみたいだよ? 世界唯一の第七世代ナイトメアフレームって言ってたし」

「なに?」

 

 明らかに設計者と面識があるスザクの発言にルルーシュの眉間に皺が寄る。

 

「そういえば聞きそびれていたが、こんな最先端のナイトメアフレームをお前はどうやって盗んできたんだ?」

 

 ルルーシュの純粋な疑問に、ああそれはね、とスザクは気軽に答える。

 

「実は僕が配置換えされたのがこのナイトメアを作ってる特別派遣嚮導技術部っていうところで、このランスロットのデバイサーを任されたんだ。でね、脱走してくる前にちょっと覗いたらちょうど起動実験してて動かせる状態だったから、そのまま飛び乗って逃げて来たんだよ」

 

 突っ込みたいところが数多くあるスザクの説明。だがその中でも聞き逃せないあまりにあっさりとした強奪劇に、ルルーシュは片手で顔半分を覆い深く息を吐く。

 

「ブリタニア軍の機密管理はどうなっているんだ……?」

「なんだかロイドさん達ってエリア11の常駐軍じゃなくて、第二皇子殿下の肝いり部隊らしいんだ。それで軍からつまはじきにされてるらしくて、軍の施設内には入れてもらえない上に、研究所もトレーラーが一台だけなんだ。だからきっと……」

 

 セキュリティも大した事がない。と続く言葉を濁すスザク。

 それを全部計算ずくでナイトメアを奪ってきたのなら大したものだが、スザクに限っては100%さっき言っていた通りその場の勢いだけだろうな、とルルーシュは呆れとも感心ともつかない分析をした。

 

「厄介者扱いされるくらいなら本国で大人しく研究していればいいんじゃないか?」

「実践データが欲しかったから抵抗活動が激しい日本に来たらしいよ」

「だろうな。でなければわざわざこんな面倒なエリアになど来るはずがない」

 

 おそらくは煙たがれるのも承知の上だろう。相当な変わり者、研究マニアというところか。

 

「というかスザク。お前俺とナナリーには技術部に配置換えされたと言ったよな?」

「えっ? いや、あれは君とナナリーに心配掛けたくなくて……」

「ほう? それはつまり、心配を掛けないためなら俺達に嘘をついてもいいと、そういう事か?」

「ち、違うんだよ。それにほら、特別派遣嚮導技術部って名前だし、別に嘘はついていないというか、間違ってはいないんじゃ……」

「ナナリーが危なくないのかと聞いた時、お前は大丈夫と言ったな。つまり世界唯一の第七世代ナイトメアフレームのデバイサーをやる事に危険はないと、お前はそう言うんだな?」

「うっ……」

 

 理路整然と、声の調子を全く変えずに問い詰めるルルーシュにスザクは返す言葉を失う。

 何度か口を開いて言い訳を口にしようとし、そのどれもが意味をなさないと声を発する前に断念して、スザクは素直に頭を下げた。

 

「嘘をついてごめんなさい」

「二度目はないぞ」

 

 ギロっと睨まれスザクは項垂れて、小さく「はい」と返事する。おそらく言い訳を続けていればこの程度では済まなかっただろう。

 

「それにしても、デバイサーという事はお前はこれに乗れるのか?」

 

 デバイサーになった時に読んでおくようにと渡されて、ランスロットの中に置いておいたためそのままスザクが盗んできた資料を眺めながらルルーシュは訊ねる。

 

「うん。色々ごたごたしてたから、実際に動かしたのは脱走してくる時だけだったけど、シミュレーターになら何度も乗ったよ」

「ほぅ。適合率はどれくらい出たんだ?」

「確か、94%だったかな?」

「……」

 

 その答えにルルーシュがイエティでも見たかのような顔でマジマジとスザクを見る。

 

「お前、本当に人間か?」

「……ねぇ、さすがにそれは酷くない?」

「こんな暴れ馬みたいな機体に乗れる時点でそんな事を言う資格はない」

「それって褒められてるの? 貶されるの?」

「呆れてるんだ。常識外れの体力バカにな」

 

 シミュレーターとはいえ、94%なんて数値はサザーランドに乗ってもそうそう出るものではない。それをこんなピーキーなハイスペックモデルで出すなど、ルルーシュにしてみれば非常識以外の何物でもなかった。

 

「とりあえずこの機体についてはもう少し調べてみる必要がありそうだな。強化型ハーケンにはロックが掛かっているようだし、未完成でなくともデバイサーに名誉ブリタニア人を選んでいる時点で試作機扱いだろう。どんな欠陥があるか分かったものじゃない」

「調べるって……ルルーシュできるの?」

「ある程度はな。学園にも旧型だがイオシリーズのガニメデがあるから、メンテナンス程度なら問題ない。強化型ハーケンのロックみたいなソフトウェア面であればむしろ得意分野だ」

「ルルーシュって本当になんでもできるよね」

「何もできないさ。だから学生をやっていたんだ」

 

 感心したスザクの述懐に自嘲にもとれる言葉で返すルルーシュ。

 返答に困ったスザクが口を開く前に、ルルーシュは目を通していた資料を閉じた。

 

「おふざけはこのくらいにして、本題に戻るぞ。今後の動きについてだ」

 

 その姿に陰鬱とした雰囲気は見られず、堂々としたものだった。

 

「新しく赴任する総督は誰か知っているか?」

 

 やる事もなく隠れ家にこもっていたスザクの暇潰しはもっぱらテレビだった。なのである程度世情には通じているスザクは迷わず即答する。

 

「コーネリア殿下だよね。ニュースでやってた」

「その通りだ。コーネリアは武人として名を馳せた将。根っからの軍人だ。性格から考えても文治政治よりも武断政治に近い政略を取るだろう事は想像に難くない。となればまずやる事は政府の掌握とテロリストの殲滅、この二つの線が濃厚だ」

「テロリストの殲滅は分かるけど、政府の掌握ってどういう事?」

「簡単に言えば不正の是正とそれに伴う人材の管理だな。実際に見たわけじゃないから確実な事は言えないが、前任のクロヴィスはおそらく政治を文官に丸投げ、もしくは裁量権を大幅に委託している。でなければあんなに多くメディアに出たり、呑気にパーティーを開けるわけがないからな。当然管理するものがいなければ悪さをする者も出る。それが長期間続けば組織は簡単に腐り汚職が横行するだろう。実際にどこまで腐っているかは分かりようがないが、そこら中にクロヴィスの置き土産である膿が蔓延っているはずだ」

 

 まるで見て来たかのように語るルルーシュ。

 その舌峰は止まる事を知らないとばかりに言葉を発する度に鋭さを増す。

 

「軍についても同じ事が言える。コーネリアも親衛隊などの手駒は連れてくるだろうが、現状このエリアに配備されているのはクロヴィスが手綱を握っていた軍隊であり、やはり同じように裁量権は各軍管区の将に一任していただろう。ただでさえ閉鎖された環境にある軍隊という組織の管理がおざなりとなれば、内部が腐るのに時間はいらない。お前にも心当たりはあるんじゃないか?」

「まぁ、それは確かに……」

「それを踏まえて考えれば、軍人であるコーネリアの事だ。まずは腐敗した内部の浄化を行い、それに並行して連れてきた軍を使ってテロリストの殲滅に走るだろう。おそらく内政はその後だな」

「つまりコーネリア殿下は、政府と軍をまとめるために内政を後回しにするって事だよね。それは分かったけど、結局僕達はこれからどうするの?」

「ああ。内政が後回しならNACを使って経済方面から攻める手も考えたんだが……」

「キョウト六家の人達を?」

 

 NACとは旧日本の政治中枢にいたキョウト六家が表向きに名乗っている自治組織の名前だ。皇コンツェルンなど経済界にも大きな影響力を持っており、当然首相の息子だったスザクはキョウト六家の者達とは面識がある。

 

「先々の事を考えればどうしてもエリア民の集合体であるNACでは決定打が足りない。かといってブリタニアの企業を巻き込んでも、コーネリアの脅しで簡単に寝返られては意味がない。戦えはするだろうが、せめて皇族クラスの旗印がなければ勝利をもぎ取る事は難しいだろう」

「正直僕には経済でどう戦うのか想像もできないんだけど……」

「まずは資金や後ろ盾を得る手段としては悪くないのだろうが、時間が掛かりすぎる。クロヴィスならともかくコーネリア相手では、準備が整う頃にはエリア11の反抗組織は根こそぎ壊滅させられているだろう」

 

 一人で問題提起し解決していくルルーシュにスザクが考えるのを諦めた頃、ようやく話が結論へと移行し本題へと戻ってくる。

 

「やはりここはシンプルに、組織を立ち上げてブリタニアに反逆するのが最善だろう。だが新宿の奴らみたいな場当たり的なテロ活動なんて、ただの嫌がらせみたいなものだ。やるからには本気でこの日本を取り返す」

 

 静かに、だが決意に満ちた声で宣言するルルーシュ。

 

「差し当たっては人員の確保が今後の課題になるが、これに関してはそれほど手間取る事はないだろう。ナイトメアを所有しているテロ組織なんて滅多にない。このランスロットと枢木首相の息子であるお前が旗印になれば、小さいテログループであれば簡単に吸収できるはずだ」

「ちょっと待った。旗印って言ったけど、それってまさか、僕が組織のリーダーになるって事?」

「当たり前だろう。お前以外に適役がどこにいると言うんだ。ブリタニアを中から変えようとしたが、その横暴さを目の当たりにした事で不可能と悟り、軍を抜けて立ち上がった日本最後の首相の息子。ストーリー性、ネームバリュー、どちらの面から考えてもお前以外に適任はいない」

「ルルーシュがいるでしょ! 僕にリーダーなんて無理だよ。というか、反逆するって決めたのはルルーシュなんだから、リーダーはルルーシュがやるのが当然だろ!」

「バカを言うな。皇位継承権を剥奪されたとはいえ、俺は元皇族だぞ。ブリタニア人だというだけでも難しいのに、元皇族の人間がテロリストのリーダーになんてなれるわけがないだろう」

「じゃあ仮面でも被って顔を隠せばいいじゃないか!」

「仮面を被ったリーダーなど怪し過ぎるだろうが! 誰がそんな怪しい奴についてくると言うんだ!」

「僕がいるでしょ!」

「お前は俺の正体を知っているからだろう!」

 

 スザクの無茶苦茶な言い分に思わずルルーシュも声を張り上げて反論する。

 だがその程度でスザクも納得などしなかった。

 

「とにかく、僕にリーダーなんて無理だよ! リーダーはルルーシュがやるべきだ!」

「お前は俺の話を聞いていたのか! 元皇族の俺では日本人をまとめられないからお前に任せるって言っているんだ! 俺ができるなら最初からそうしている!」

「大丈夫だよ! ルルーシュならなんとかなるさ!」

「だから話を聞け!」

 

 意固地になるスザクを見て、これは最初から説明しなければ話にすらならないと悟ったルルーシュは、内心ため息をつきながら理由を語り始める。

 

「いいかスザク。お前の言う通り顔を隠してリーダーをやったとして、正体不明の怪しい男などに人は従わない。ある程度結果を出す事ができれば不承不承従うかもしれないが、どうしたって猜疑心は残る。顔を隠すという行為はそれだけで秘密を持っていると喧伝しているようなものだからな。そんな事になればメンバーが命令に従わず作戦に支障が出る事もあり得るし、最悪後ろから撃たれかねない。だがお前がリーダーになればそんな懸念はなくなる。お前には日本最後の首相の息子というネームバリューがあり、それだけで大多数の日本人はお前を支持するだろう。血統や地位に反発を抱く者もいるだろうが、そういう奴らもお前の身体能力を目にすれば親の七光りではない事はすぐに悟るはずだ。組織を運営するにあたって、トップと信頼関係を築けるかという問題は非常に大きい。だからこそ、俺ではなくお前がリーダーをやるべきなんだ」

 

 理由はまだいくらでもあったが、全てを説明してもスザクの頭では理解できないだろうと最も単純な、しかし最も問題となる理由をルルーシュは語る。

 スザクも真剣な様子でルルーシュの言葉を考えこんでいるようで、しばらくすると深く頷いた。

 

「君の言いたい事は分かった。でもそれでも、僕は君がリーダーをやるべきだと思う」

「なぜだ。そこまで意固地になるからには理由があるんだろうな?」

「ストーリー性とかネームバリューとか、そういった形だけのものや損得勘定じゃ人はついてこない。僕はそう思う」

「なら何があれば人はついてくるとお前は言うんだ?」

「強い意志。何かを成そうとする強固な想いが、人を動かすんじゃないかな?」

 

 先程とは違い、ただ否定しているわけではないと分かるスザクの言葉にルルーシュも耳を貸す。

 

「ルルーシュ。僕は君とナナリーを守ると決めた。言ってしまえば僕の目的はそれだけだ。日本を取り戻したいとは思うけど、何がなんでもとは思ってない。結局僕にとって大事なのは、君達二人だから」

「……」

「たとえ僕が組織のリーダーになっても、僕は君やナナリーが危険になれば組織よりも君達を優先する。でもそれって、組織のリーダーとして正しくはないはずだよね?」

「そんなのは俺も同じだ。お前やナナリーが危機に陥れば必ず助ける。その点では俺もお前も変わらない」

「変わるよ。君はナナリーを守る事が第一ではあるけど、僕と違ってブリタニアを破壊する事も譲るつもりはないだろう? リーダーにはそういう揺るがない信念が必要なんだ」

 

 スザクの言葉はルルーシュの発言に対する否定にはなっていなかったが、言いたい事はルルーシュにも分かった。

 言うなればこれは、リーダーの条件というよりは素養の問題だ。

 

「僕にはそれがない。いや、君達を守るって信念はあるけど、それは誰かと共有して一緒に目指すものじゃない。そんな僕がリーダーになっても、きっとみんなついてきてくれないよ。最初は上手くいっても、いずれは破綻する。目的意識が違うんだから、上手くいくわけないんだ」

 

 ルルーシュには母親の仇を見つけるという目的と、ナナリーが安心して暮らせる世界を創るという目的があり、そのためにブリタニアを壊す事を決めている。しかしスザクはルルーシュとナナリーが守れるのであればブリタニアの破壊は必須条件ではない。その差はテロリストの長をやる上で非常に大きいとスザクは語った。

 

「お前の話には一理ある。だがやはり、俺が正体を隠してリーダーをやるよりも、お前がリーダーをやるべきだというのが俺の意見だ。お前がリーダーをやった時に目的意識の違いから破綻するというのは絶対ではない。少なくとも俺が正体を隠してリーダーをやるよりも破綻する可能性は低い。お前の目的意識と違い、俺の場合は顔を隠しているのが目に見えて分かるからな。さらにもし正体がバレれば俺は間違いなく排斥されるだろう。どれだけ組織の規模を大きくできたとしても、それは変わらない。常に組織崩壊のリスクが伴う事になる」

「でもそれは僕がリーダーをやっても同じじゃない?」

「なに?」

「だって僕がリーダーをやったとしても色んな事をルルーシュに頼る事になるから、ルルーシュは僕の腹心とか参謀に収まるわけでしょ?」

「そうだな。変装はするだろうがさすがに顔を隠すのは不自然だ。表舞台には出ず、組織の運営や作戦の立案をするのが妥当だろう」

 

 リーダーであれば矢面に立つ事は必須なので顔を隠さなければならないが、参謀であれば裏方に徹すればいいのだからそこまでする必要はない。むしろ顔を隠せばいらぬ邪推を生むだけだろう。

 

「でもルルーシュがブリタニア人だって事は仲間に分かるよね。そしたらルルーシュが僕の傍にいる事を良く思わない人が出てくると思うんだけど」

「確かにそういった不満は消せないだろう。だがそれも俺が組織のリーダーをやるリスクに比べれば些細なものだ」

「だけどもしだよ、そういう人がルルーシュの素性を調べようとしたらどうするの?」

 

 ルルーシュの経歴は簡単に探れるようなものではない。

 しかし万が一はないと胸を張れるほど、ルルーシュは楽観的に考えていない。

 なぜなら秘密とは、嘘とは、そこにあるだけで常に暴かれるだけの真実を持っているからだ。

 

「顔を隠してた方が正体はバレないだろうし、もしルルーシュの正体がバレれば結局排斥されるのは目に見えてるよね。そしてルルーシュがいなくなれば、僕も組織にいる理由はないから君と一緒に行く。結局組織は維持できないんだから、正体がバレた時のリスクなんて変わらないんじゃない?」

「確かにそうかもしれないが、論点がずれている。俺の正体がバレるリスクは最悪の事態を想定したものだ。正体がバレずとも顔を隠したリーダーでは信頼を得られないという根本的な問題が解決できていない」

「それこそ僕じゃ駄目なの?」

「……どういう事だ?」

「君が言っていたストーリー性とかネームバリューとかは良く分からないけど、僕が君を信頼できるって言って態度でも示せば、みんな納得してくれるんじゃないかな?」

「そんな単純な問題じゃないだろうに……」

 

 頭に手を当てて呆れながらため息をつくルルーシュだったが、内心驚いてもいた。

 まさかスザクがこれほど論理的に反論してくるとは思っていなかったのだ。確かに読みの甘いところはあるし、深いところまで詰められていない未熟さはあるが、案そのものは的外れなものではない。そしてその案はリーダーをやるのが嫌だからというよりは、むしろ自分の事を慮ってのものだとルルーシュは気付いていた。目的意識の違い以外でスザクが述べたのは『ブリタニア人であるルルーシュが顔を晒してリーダーである自分の傍にいれば仲間から反感を買うかもしれない』『参謀として変装しただけではルルーシュの正体がバレるかもしれない』『自分の存在がルルーシュを守る事はできないか』の3点だ。そのどれもルルーシュを心配しての発言に他ならない。

 つまりスザクは足りない頭で必死に言われた状況を想像し、ルルーシュに想定される危機と守り方を考えたのだろう。その結果自分ではなくルルーシュがリーダーをやった方がいいと結論付けたのなら、ルルーシュとしても一考しないわけにはいかない。

 

「それにね、やっぱり思うんだ」

 

 ルルーシュが結論を出す前にスザクは続ける。

 その顔は穏やかでありながら強い意志を感じさせるものだった。

 

「ブリタニアと戦うと決めたのはルルーシュ、君だ。僕も同じ道を歩むと誓ったけれど、それでも真っ先に刃を抜くと決めたのが君なら、その先駆けとなるのは君であるべきだ」

 

 真っ直ぐな曇りない深碧の瞳がルルーシュを射抜く。

 その眼が言っていた。逃げるなと。自身が戦うと決めたのなら、その責任から、重圧から、信念から逃げずに向き合えと。

 

 無意識にルルーシュの喉が鳴る。

 スザクは己の信念を曲げて俺達を守る事を決めてくれた。しかし自分はどうだっただろうか?

 舞い上がっていたのかもしれない。突然降り注いだ危機に慌て必死に対処していたと思ったら、唯一の親友に助けられ仲間になると言ってくれた。自分の思惑や行動とは全く関係ないところで状況は好転し、長年踏みとどまらざるを得なかったブリタニアへの反逆ができる状況が整った。

 だからこそこの機を逃すわけにはいかないと、目先のメリットや効率を重視し、ブリタニアを破壊するための最短ルートの構築に全力を注いだ。

 だがそんな事よりも考えるべき事は他にあったのだ。

 

 スザクの言った通り、これは俺が――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアがやると決めた反逆だ。

 虚飾に塗り固められた偽りの平和ではなく、誰もが享受できるはずの本当の平穏を手に入れるためにナイフを抜くと決めたのは己自身だ。

 それを他人の影に隠れて、意志を、思いを、覚悟を、主張する事もなく人形のようにスザクに語らせるのか。

 そんな恥知らずな真似を、俺はしようとしていたのか。

 その程度の生半可な覚悟で、本当にブリタニアを倒せるとでも思っているのか。

 

「くくっ、フハハハハハハハハハハ!」

「ルルーシュ?」

「バカなのは俺の方だったようだな」

 

 深く、ルルーシュは息を吐いた。

 合理的な思考に捕らわれ過ぎ、最も大事なものを見落としている事に気付かなかった。

 こんなにもルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという人間が愚かだったとは。

 いや、ルルーシュ・ランペルージに牙を抜かれたというべきか。

 

「お前の言う通りだ、スザク。これは俺が背負わなければならない覚悟そのもの。誰かに任せるなど、到底認められるものではなかった」

 

 そうだ。決めたはずだ。7年前のあの日。

 俺から命と妹以外の全てを奪った祖国に、必ず牙を突き立てると。

 俺の全てを否定したあの男の全てを否定してやると。

 あの赤い夕陽の射す見るも無残な戦場跡で、目の前の親友と己自身に。

 

「誰にも譲りはしない。ブリタニアをぶっ壊すのは、この俺だ」

 

 忘れるな。あの怒りを。憎しみを。無力感を。

 あの時誓った覚悟は、色褪せる事なくこの胸の中にある。

 

「策を全て練り直す。あとは顔を隠す仮面も準備しないとな」

「名前もね。本名じゃ仮面をかぶる意味がないし」

「手間ばかりが増えるな」

「仕方ないよ。だってこれは僕らが歩き始めるために必要な準備なんだから」

 

 尤もなスザクの言葉に、その通りだと頷く。

 その日、歴史を揺るがす仮面のテロリストの誕生が決定した。

 




幕間回その2。
ルルーシュ説得回。

ギャグとシリアスの兼ね合いが難しいですね。
正直こういう裏事情みたいなのを書いてるのが一番楽しいかもしれません。
前回とは逆でスザクに説得されるルルーシュ。
前書きにも書いた通りもう1話ほど幕間が続きます。ご容赦を。

次回:戦う理由

本当は今回のルルーシュの決意も絡ませてこのタイトルにしたかったのですが、あまりの文字数に断念しました。

また今回はアンケートを実施させていただきます。
お手数ではあると思いますが投票していただけるとありがたいです。
またアンケートの詳細に関しては活動報告を上げたので、そちらで確認いただければと思います。アンケートについてご意見などもございましたらそちらへお願い致します。

外伝キャラの参戦について

  • 亡国のアキトのみあり
  • 相貌のオズのみあり
  • 説明があれば全部あり
  • 全部あり
  • 全部なし

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。