「え~それはないですよぉ」
狭い通信室でいかにも不満だという声が響き渡る。
そんな声を受け、画面に映る男は困ったような笑みを浮かべた。
「とはいってもね。さすがに私もあれだけの予算を費やした軍事機密のナイトメアを盗まれたとあっては庇いきれないよ」
「そりゃあそうかもしませんけどぉ……」
「しばらくは我慢してくれないかい? ほとぼりが冷めればまた元のように予算を組む事もできるかもしれないからさ」
「ホントですかぁ。でもランスロットがないと肝心の研究がぁ……」
「まだ完成していない試験機もあっただろう? 機体を送るからそっちの研究を優先するのはどうだい?」
「う~ん。それしかないですかねぇ。予算が出たとしてもランスロットが戻ってくる訳じゃないし、予備パーツは余ってるからしばらくはなんとかなるかなぁ?」
「君ならきっと大丈夫だよ、ロイド。それにあの試作機の研究という事であれば、多少ではあるけれど予算を融通できるかもしれないよ」
「あは~。そういう事でしたらお任せくださ~い。でも予算の件は早めにお願いしますよ?」
「努力しよう。それじゃあ失礼させてもらうよ。研究成果、楽しみにしてるからね」
「こっちも予算楽しみにしてま~す」
通信が切れて画面からシュナイゼルの姿が消える。
ロイドが通信室から出ると、すぐにそれを見つけたセシルが話し掛ける。
「ロイドさん、通信終わったんですか?」
「うん。やっぱり予算は削減みたい。それに僕らみんな減俸だってさ。世知辛いよねぇ」
「えっ? 一体どなたと話していたんですか?」
通信相手の事を聞かされていなかったセシルは今後の特派に関わる重要情報に目を丸くして質問する。
それに対し、ロイドはいつも通りの気の抜けるようなお気楽調子で答えた。
「ん? シュナイゼル殿下だよ」
「だ、第二皇子殿下ですか!」
思わぬVIPの名前が出てセシルが悲鳴を上げる。
「ロイドさん! シュナイゼル殿下にあんな失礼な話し方してたんですか?」
「あれ? 通信聞いてたの?」
「聞こえたんです! トレーラーの中で通信してるんですから少しくらい漏れ聞こえてきます」
ランスロットに全ての予算を費やしている関係上、特別派遣嚮導技術部は通信室、移動手段、研究場所、その他諸々も全てランスロットのトレーラーが担っている。そして当然研究優先である以上、通信室に防音がついているわけもなく、トレーラーの中にいればわずかだが声が聞こえてしまう事もあるのだ。
「そうなんだよねぇ。ランスロットがスザク君に盗まれちゃったから、その事でちょ~と話してたんだぁ。そしたらやっぱり予算は削減だってさ。粘ってみたんだけどなぁ」
「当たり前ですよ! 本来なら軍法会議に掛けられてもおかしくないんですよ! なのに文句を言ったんですか!?」
信じられないとばかりに声を張り上げるセシルにロイドはうんとあっさり頷く。
「だって嫌でしょ。ランスロットがなくなって、その上予算までなくなっちゃうなんてさ」
「そういう問題じゃありません!」
「じゃあどういう問題?」
「教えて差しあげましょうか?」
「いえ、結構です」
セシルの笑顔に危険を察知したロイドはすぐさま話を打ち切る。
一方セシルはふざけた問答ではあったが、その肝要であるあまりに寛大な処分に驚愕せざるを得なかった。
この特別派遣嚮導技術部は第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニアの肝いりの部隊ではあるが、実際に第二皇子殿下と面識があるのはロイドだけであり、彼が特派に足を運んだことはない。なので肝いりとはいってもそれは結果ありきのものであり、失態を犯した今回の件は厳罰が当然のものだとセシルは思い込んでいた。何せシュナイゼルが組んでくれていた予算の殆どをつぎ込んだランスロットが強奪され、しかもそれが最近デバイサーとして引き入れた名誉ブリタニア人の仕業なのだ。普通の皇族なら怒り狂う。予算とメンツを潰されたと機密漏洩の罪で処刑されてもおかしくはない。いや、むしろそうするのが当たり前だ。少なくともロイドの爵位は剥奪され特派は解体になる未来をセシルは疑っていなかった。
なのに蓋を開ければ予算の削減と減俸だけ。驚くなという方が無理だろう。
「とても器が大きい方なんですね、シュナイゼル殿下は」
「そんなんじゃないと思うけどね。単に無駄な処分が嫌いなだけだよ。人材だってただじゃないんだし」
「それでも普通ならここまで大きな失態を犯した組織を残そうとなんてしませんよ」
「ま、君がどう思おうと自由ではあるけどね」
シュナイゼルの話題には興味がないのか、ロイドは眼鏡を指で押し上げて話題を変える。
「とりあえず今後はシュナイゼル殿下がランスロットの代わりにあの試作機を送ってくれるって言うし、そっちの研究であれば予算も出るらしいから一旦ランスロットの研究は中断するしかないねぇ」
「そうですね。機体がないんじゃデータの取りようもありませんし」
二人ともいまでこそ冷静に話し合えているが、ランスロットが盗まれた直後は酷いものだった。
ロイドは子供のように「僕のランスロットが~」と頭を抱えて叫び続け、セシルは専門でもないのに無言のままスザクの追跡作業を血眼で行っていた。
「まったくとんだ災難だよ。最高のデバイサーが手に入ったと思ったのになぁ」
「……スザク君、なんで脱走なんてしたんでしょうか?」
「大方親衛隊に殺されそうになったからでしょ。あの時彼の服、血がついてたし」
スザクが親衛隊に連れていかれ、そして帰ってきた時、彼は酷い状態だった。
顔中が腫れ上がり、服には所々血が付着し、その表情は強張っていた。
よほどの目に遭った事が見ただけで分かる姿に、セシルは救急車を呼ぶため電話をしながら救急箱を取りに行った。
それがいけなかった。目を離した隙にスザクはそれまで起動実験をしていたランスロットに飛び乗り、そのままトレーラの出口を破壊して乗り去ったのだ。去り際にスピーカーから放たれた『ごめんなさい』という言葉がスザクらしくもあったが、何が起こったのか特派の面々はしばらく理解できなかった。
そんな中ロイドだけは呆然自失になる事なく最初から『ドロボ~!』と大騒ぎしセシル達に軍への連絡を指示したのは、普段ふざけてはいてもさすがは主任の役職についているだけの事はあった。
しかしその迅速な対応も結果的に意味を為さなかった。特派のナイトメアが盗まれたと軍に報告しても、この頃軍ではクロヴィス総督の退陣が決まりかけており、将軍と親衛隊も更迭が殆ど決定していた。つまり軒並み軍のトップがいなくなる事態に陥っており、その混乱が各所で収まっていなかったのだ。そんな状況で命令系統の違う、軍のおまけのような扱いを受けている特派のナイトメア強奪事件は緊急性の高い問題として判断されず、即座に追手を出す事ができなかった。結局親衛隊に命令され警備から一時的に外れていた軍人が、帰りが遅い事に疑問を抱いて様子を見に行く事で、親衛隊が殺されている事が発覚しようやく追手が派遣された。しかし初動捜査が遅れた事で、その頃にはスザクはどこかに潜伏しており足取りは掴めなくなっていたのだ。
責任は当然特派のものとなる。いくら軍の追跡が遅かったとはいえ、スザクは日が浅いとはいえ特派のデバイサーとして配置換えが行われた後であり、軍事機密であるナイトメアフレームの強奪も許してしまっている。この状況で特派に責任がないわけがない。だが実質総督のいない現状、特派を裁ける者はエリア11にはおらずその処分は直属の上司でもある本国のシュナイゼルに一任される運びとなった。セシルとしては気が気でない日々が続き、だからこそ先程の処分が信じられなかったわけだが。
「でもスザク君、親衛隊の人を殺すような子じゃ……」
「殺されそうになったなら殺し返しても不思議じゃないでしょ。人なんてね、命が掛かれば何をするか分からない生き物だよ」
「それはそうかもしれませんけど……」
納得いかない様子のセシルだったが、彼女の上司は部下の疑問に付き合ってくれるような優しさも常識も持ち合わせていなかった。
「はぁ。せめてランスロットだけでも返ってきてくれないかなぁ」
「スザク君、見つかってないんですよね」
「総督交代で指揮系統が乱れてるし、軍の混乱も収まってないからね。純血派が捜索の指揮を執ってるみたいだけど、検問を敷いてるくらいで大した人員も導入できてないようだから、スザク君がよっぽど間抜けじゃなきゃ見つからないよ」
せめて捜索がもう少し早かったらと愚痴を零すロイド。
スザクをデバイサーとするのは既に諦めている。彼が見つかったところで処刑されるのは目に見えているからだ。
「とにかくシュナイゼル殿下が機体を送ってくれるまでは、ランスロットの余剰パーツでも使って遊ぶしかないね。しばらくは早く帰れそうだよぉ。お~め~で~と~!」
ヤケクソ気味にそう叫ぶロイドを尻目にセシルはため息をつく。
だがいくら心配しようと彼女にスザクと連絡を取る手段はなく、沈んだ気持ちを奮い立たせながらデータと向き合うくらいしかできる事はなかった。
ルルーシュと話し合った後、スザクは最低限の変装をして外出した。
脱走者として指名手配されているためルルーシュから極力外出は控えるように言われていたが、それでもどうしても行っておきたいところがあったのだ。
しばらく歩き続け、スザクは目的の場所に到着する。
見渡す限りの瓦礫。行方不明者へあてた、壁に張られた手紙。簡易的に作られた数多くの墓と花。
新宿ゲットー。ルルーシュとの再会の地であり、ブリタニアの専横を象徴するようになってしまった街。
戦争から7年。ようやく少しずつ復興し人が戻り始めていた土地も、先の毒ガス騒ぎで起こった新宿事変により人が住めるような環境ではなくなってしまった。
こんな風になってしまった街はここだけではない。おそらくブリタニアが支配するエリアの至る所で、同じ事が起きている。
それを変えるため、自分とルルーシュは戦うと決めた。
きっとその過程で、ここで亡くなった人よりも多くの犠牲を出してしまう事だろう。
より凄惨な悲劇を、生み出す結果になってしまうだろう。
だから目に焼き付けおこうと思った。
これから自分が起こす惨状の姿を。
ルルーシュとナナリーのために犠牲にする罪の重さを。
「出てけよ! ここはブリキの女が来るような場所じゃねぇんだよ!」
不意に近くから人の怒鳴り声が聞こえてくる。
揉め事に首を突っ込むのはまずいと分かっていながら、スザクは条件反射のようにそちらへと駆けていた。
「あなた方にそのような事を言われる理由はないはずです。わたくしは用があってこの場所に来ました。それを果たすまで帰るつもりはありません」
「なんだと! テメェらのせいでこんな事になってんだぞ! ふざけんな!」
日本人の男2人とブリタニアの女性が口論している。
いかにもヤンキーのような姿で、頭にバンダナを巻き女性を威嚇している男と、その後ろで同じバンダナを巻いて女性を睨みつける青髪の男。女性は服装からして貴族かもしれない。少なくとも一般人には見えない綺麗な装いをしているが、気丈にも男達に全く怯まず毅然としていた。
いまにも掴みかかりそうな男の様子に、さすがに見過ごす事は出来ずスザクは間に割って入る。
「やめろ! 二人掛かりで女性を威圧するなんて、恥ずかしくないのか!」
「なんだテメェは! 部外者が首突っ込んでくんじゃねぇよ!」
「どんな理由があろうと、女性に手を上げる事を見過ごす事はできない!」
「テメェはブリタニアの味方すんのか!」
「味方とか敵とか、それ以前の問題だと言っているんだ!」
サングラスをして髪形を変えているおかげか、男達はスザクを指名手配犯だと気付かない。
そして気付かないなら当然口論は白熱し、噛み合わない会話に先に痺れを切らしたのはスザクではなく男の方だった。
「いいから邪魔すんじゃねぇ!」
勢いよくスザクに殴り掛かる男。
だが幼い頃は道場に通い、ブリタニア軍で訓練を受けたスザクにとって、ただ勢い任せの男の拳など目を瞑っていてもかわせる。
避けると同時に腕を取って懐に入り込み、勢いを利用して一本背負いを決める。怪我をしないよう手加減はしているので、少し痛い程度のダメージしかないはずだ。
「無駄な争いはしたくない。でも女性に手を上げるようならこちらも容赦はしない」
「んだと! てめ……」
「おいやめろ。いいだろ」
「チッ」
カッとなり向かってきそうだった男を仲間が諫め、そのまま男達は去って行った。
怪我をさせなくて済んだ事に内心安堵し、だがルルーシュに目立つ事はするなと言われていた事を思い出して暗澹たる気持ちになる。
「あの、ありがとうございました。危ないところを助けていただいて」
先程まで絡まれていた女性が声を掛けてくる。
腰の下まで届く長い桃色の髪に、丁寧な物腰、どこか気品を感じさせる雰囲気を見るに育ちが良いのが窺える。もしかしたら貴族のご令嬢なのかもしれない。
「いいんだ。怪我がないようで良かった。それじゃあ僕はここで」
これ以上長居して誰かに指名手配犯だとバレてはたまらない。
すぐに立ち去ろうとしたスザクを、しかし女性は引き留めた。
「待ってください。まだ自己紹介もしていないのに」
「ごめん。ちょっと急いでるんだ。僕の事は気にしないで」
「では連絡先を教えてください。後でお礼をしますから」
「……僕はイレブンだから、通信機は持ってないんだ」
実際にはルルーシュから渡された通信機を持っていたが、無暗に連絡先を教えられないスザクはそう誤魔化した。
「では待ち合わせしませんか? あなたの用が終わってからでいいので、お礼をさせてください」
「お礼なんていいよ。大した事はしてないし」
「いいえ良くありません。助けていただいたのに何もしないなんて、わたくしの沽券に関わります」
大人しそうな容姿とは裏腹な強情な一面を見せ、女性は一方的に名乗った。
「私はユフィ。あなたの名前は」
「僕は……スザク」
指名手配をされている自身の名前を言う事に躊躇し、しかし咄嗟に偽名も思い浮かばず名字を伝えずに名前だけを名乗ると言う中途半端な対応に着地するスザク。もしルルーシュがここにいれば軽率に名前を出した事に対しあらん限りの罵声を浴びせていた事だろう。
しかし幸運な事にユフィと名乗った女性はスザクの名前に特段反応する事はなく話を続けた。
「ではスザク。あなたの用事はいつ頃終わりますか?」
「……強引だね。ユフィ」
急いでいると言ったのに一歩も引く姿勢を見せないユフィに、スザクはどうすればいいか迷う。
一番簡単なのは待ち合わせの約束だけしてその場には行かない事だ。しかしそれはあまりに彼女に対して失礼だろう。お礼をしたいと言ってくれている人を騙すのは、スザクとしては極力避けたい。
しかしお礼を受け取るというのはもっとできない。お礼というからには食事であったりとか物品を貰う形になるだろう。だとすると租界に行く必要があり、指名手配されているスザクがそんな事をすれば変装していようと一発で捕まる。かといって待ち合わせをして物品だけ受け取るというのも悪い気がするし、そもそもまた出歩くというのは避けたい。いまここにいる事すらルルーシュにバレればどんな嫌味を言われるか分かったものではないのだ。
「ごめんユフィ。これからしばらくは忙しくて、ちょっと時間を取る余裕がないんだ」
「そうですか……」
「だからさ、代わりに君がここに来た理由を教えてくれないかい? 用事があるって言ってたよね。ブリタニア人の君がゲットーになんの用なの?」
「それは構いませんが、どうしてそれがお礼の代わりになるのですか?」
「このままじゃ気になって今日眠れそうにないからね」
冗談交じりにそう口にすると、ユフィは一瞬呆気にとられた後クスクスと笑う。
「でもいいんですか? 急いでいるってさっき……」
「少し話を聞くくらいの時間はあるよ」
租界に移動するわけでもないのなら、少しくらい大丈夫だろうとスザクは安易に考え留まる選択をする。
その答えに頷いて、ユフィは改めて新宿の街並みに向き直る。
「この街を見ておきたかったんです」
「新宿を?」
「はい。このエリア11の表も裏も、全部」
荒廃した新宿を見つめながら、ユフィは静かに続ける。
「新宿ゲットーはクロヴィスおに――クロヴィス殿下が毒ガステロを鎮圧したと報道ではありましたね」
「うん……」
「これが、その結果……という事なんですね」
新宿は機密をテロリストに盗まれたクロヴィスが、それを取り返すために壊滅させた街だ。その責任の所在がどこにあるのか断言する事はできない。虐殺を命じたクロヴィスか、機密を盗んだテロリストか、それとも遡って戦争を仕掛けたブリタニアか、戦争に負けた日本か、父を殺し日本を敗北に導いた自分か。
だが誰の責任であろうと、こんな虐殺が簡単に起こる国に日本が変わってしまった事だけは、変えようのない事実だった。
「あなたから見て、このエリア11はどう見えますか、スザク」
それはとても危険な問い掛けだった。
占領した側のブリタニア人が、占領されている側の日本人に対し国がどう見えるか訊ねる。
ふざけるなと激高されてもおかしくない、下手をすれば自分の身に危険が及ぶかもしれない質問だ。
しかしそれが分かっているのかいないのか、ユフィは真っ直ぐとサングラス越しのスザクの目を見て問うた。
そこには怯えも気負いも見られず、だが単なる好奇心で問うているわけではないのが分かる真摯さがあった。
「そうだね…………とても、悲しく見えるよ」
少しだけ悩んで、スザクは正直に思っている事を口にした。
「戦争前には租界やゲットーなんてなかったし、街並みも面影がないほど変わってしまってる。日本の象徴だった富士山だって見る影もない」
戦争がこの日本をエリア11へと変えた。言葉にすればそれだけの事だが、それだけの事が全てだった。
「でもそんな事どうでもいいんだ」
「えっ……?」
「変わっていくなんて当たり前の事だから。昔といまとじゃ、街並みが違うのなんて当たり前だしね」
文明が発達すれば街並みも自然と変わる。それこそ100年後200年後にはいまの街並みなんて面影もなく変わってしまっていて当然だ。
だからスザクが言いたいのは、そんな事ではなかった。
「僕が悲しいと思うのはね、イレブン――日本人の顔なんだ」
「顔?」
「誰もね、笑ってないんだ」
あの日から、戦争が終わった日からずっと見続けてきた光景を思い出し、スザクは語る。
「みんな俯いて、沈んだ顔をしてる。生きる事に必死で、何かを楽しむ余裕なんてなくて、誰かの顔色を窺うみたいにこそこそしてる。昔はこうじゃなかった。みんなイキイキして、昼は公園で遊ぶ子供の声が、夜はお酒を飲んで騒ぐ大人達の声がした。街を眺めればショッピングや仕事に精を出す人がいっぱいいて、みんな笑ってた」
在りし日の日本には絶える事のなかった喧騒は、もうゲットーでは聞こえない。
「日本がブリタニアに占領されて、軍事や経済が良くなった事は知ってるんだ。僕には良く分からない事も多いけど、国力は上がって昔より発展してるのは間違いないと思う」
そういう一面もあると、ルルーシュが決して植民地政策を肯定するわけではないと前置きした上で説明してくれた日本の現状を思い返しながらスザクは語る。
「それがブリタニアの言う進化なのかもしれない。いまはつらい時期かもしれないけど、これを乗り越えれば昔よりも強い日本が生まれるのかもしれない。でも……」
弱肉強食。原初のルール。それを国是とするブリタニアは確かに世界最大の国家として覇を唱えている。
だから正しいのだと言われれば、否定はできない。
けれど強さだけが全てだと、スザクにはどうしても思えない。
「その進化のために犠牲にした笑顔は、きっともう戻ってこない。後に残るのはただ強い、それだけの国だ」
母親が死んだ幼い兄妹を人質として敵国に送るような、そんな国。
たとえ血がつながっていても、弱者となり死んでこいと言われた兄妹を誰も助けてくれない、そんな強さだ。
「強くなる事が間違ってるとは思わない。でも誰の笑顔も守れないような強さは、虚しいんじゃないかな?」
「…………そうかも……しれないですね……」
ポツリとそれだけ答えて、ユフィは沈痛な面持ちで黙り込んだ。
だがその目は地面ではなく、新宿の街並みへと向けられている。
しばらくして、ユフィが小さく呟いた。
「みんなが笑い合えたら、それが一番いいはずなのに……」
「そうだね。そんな世界だったら、どれだけ幸せだろう……」
スザクが思い出すのは、7年前のあの日々。ルルーシュとナナリーと、土蔵で遊んだ幸せな日々。それは奇しくも、隣でユフィが思い描いていた幸せと酷似したものだった。
「人は……どうして争うのでしょうか?」
その問いを口にしたユフィは、まるで迷子の子供のようだった。
不安と悲しみが同居したような、そんな声音。
寄る辺を失って途方に暮れる幼子のようにスザクに問う。
「それはきっと、みんな同じなんじゃないかな?」
「……どういう意味ですか?」
スザクの言葉にユフィが振り返る。
その瞳をスザクは真っ直ぐ見つめ返した。
「みんな、大切なものを守りたいから、大切な人を幸せにしたいから戦うんだ」
それを思い出させてくれた友がいた。
それが何よりの力になると教えてくれる存在があった。
だからもう、戦う事に迷いはない。
「大切な人を……」
スザクが言った事を繰り返すユフィ。
それはとても彼女の心にすっと入り込み、欠けていた何かが埋まるような心地良さを与えた。
「そう……ですね。あなたの言う通りです。スザク」
何度も頷き、スザクの言葉を肯定するユフィ。
その顔は晴れやかだったが、悲しみの影を消しきれてはいなかった。
「こんな単純な事だったんですね。でもだからこそ、こんなにも難しいんですね」
「そうだね。とても難しい事だと思うよ」
みんなが大切なもののために戦っていると言うなら、誰にそれを止められるだろう。誰に止める権利があるだろう。
争う理由が分かればそれを止める術が見つかると考えていたユフィは、出口の見えない袋小路に答えを出せない。
それは誰もがぶつかる壁だった。そして誰も突破する事のできていない壁だった。
だから人は、いまだに争い続けているのだ。
「ありがとうございます。スザク。とても参考になりました」
「僕も話が聞けて良かったよ。ありがとう。ユフィ」
互いに握手を交わし、笑顔を送り合うユフィとスザク。
今日ここにきて良かったと、二人は同時に心の中で強く思った。
「それじゃあ僕はもう行くね。さよなら、ユフィ」
「はい。今日は本当にありがとうございました。また会いましょう。スザク」
別れの挨拶を口にし、その場から立ち去る二人。
ファミリーネームのない、ただのユフィとただのスザクの邂逅は、そうして終わった。
幕間終幕。
ようやくルルーシュとスザクによる反逆が始まります。
名前だけは準レギュラーとなったルーベン・アッシュフォードは今後登場するのか。負傷した南と吉田の容態はいかに。役立たずになった特派と空気になった純血派の未来は。
乞うご期待ください。
次回:抜かれるナイフ
やめるかもとか言ってたのに性懲りもなく予告します。
また今回でプロローグも終わりという事で、今話までのアニメ本編以外で活用させてもらった資料というか出典、ですかね。そういうのを活動報告に掲載させていただこうと思います。例えばルルーシュの高飛び準備だったりクロヴィスとルルーシュの対戦成績であったりの情報をどこから拾ってきたか、というものです。興味のある方はそちらの方もご覧ください。また、今後は後書きにて各話毎に出典は明らかにしていく予定です。
アンケートの結果、説明さえあれば約7割の方が外伝キャラ参戦もありだと仰っていただけました。ただ2割の方は外伝キャラの参戦には否定的でしたので、その結果も踏まえ今後の展開を検討させていただきたいと思います。投票ありがとうございました。