幻想郷が結界で閉ざされた。
何の前触れもなく、唐突に。
世界が隔離されたのを感じた、結界の端への道は永遠に続き、外に出ることは叶わない。
今いる世界の性質が変わったのを感じた、目立たないようで、根本的に変わっている。
人間は何も気にせずに暮らしている、だが妖怪は違った。
戸惑ったり、荒れたり、沈黙していたり。
そんなことがあって1年?2年?よくわからんけどちょっと時間が経った。
昼間っから慧音さんの家にお邪魔している。
そして饅頭を貪り食っている。
「饅頭美味しい……」
「昔からそれだな君は」
「そう?あー、確かに?」
昔って言ったら慧音さんと初めて人里に入った時からか……あの時のおばあちゃんのことはまだ覚えてる。
ついでにあそこの饅頭もまだ続いてる。昔から変わらない味だ、というかむしろ美味しくなっている。
「にしても本当に……昔と比べて変わったなぁ」
「あぁ、そうだな」
初めて慧音さんと会った頃、まだ慧音さんは人里の外に住んでいたし人間との距離もかなり空いていた。それが今では普通に人里の中で暮らしている。
そして私も、今人里の中に堂々といる。
「慧音さんが頑張ってくれたからかぁ」
「君のおかげでもある、ずっと妖怪に襲われている人間を助けてくれていただろう?」
「見かけたやつだけ、だけどね」
まあ慧音さんが私のその行動のおかげでもあるって言うなら、きっとそうなんだろう。
「でもここまで来ると感慨深いものがあるよねぇ」
「そうだな、ここまで長かったよ」
私や慧音さん以外にも一部の妖怪は人里に出入りしているみたいだ、まあ私はほとんど入ってくることはないけど。慧音さんに会いにくるくらいでそれ以外のことは何もしない。
「で、わざわざ来て何の用だ?ただ饅頭を食べに来たわけじゃないだろう?」
「そう、今日は真面目な話しにきたんですよ」
「真面目な話?」
「うん」
まだ手に残ってる食べかけの饅頭を頬張り、お茶で流し込む。
「うまっ。幻想郷って結界で閉ざされたじゃないですか」
「そうだな」
「人里の人間たちはどう思ってるんだろうなって」
「む……そうだな……」
もちろん私たち妖怪は自分の存在に関わることだから、結界の事に関しては各々考えていることがあるだろう。
「特に何か話を聞くことはないな、もともとこの土地の人間は幻想郷の外と行き来することはなかったからな。もともと誰もいかなかった出入り口が閉ざされたものだ。それに結界を認知しているものも少ない」
「そっかぁ……じゃあ今度は慧音さんについて質問する」
「あぁ、何でも聞いてくれ」
「結界が張られる以前、何か変わったことはなかった?」
「変わったこと?」
「なんでもいいんだよ、本当に」
「………そういえば、少しだけ体が怠く感じたな、それくらいだ」
「やっぱりかぁ……」
私のその呟きに慧音さんが不思議そうな顔をする。
「私も結界が張られる前、体が怠くなったり気分良くなかったり調子崩したりしてたんだよ……やっぱりあれは前兆だったのか」
「話が見えてこないのだが…」
「幻想郷の外で妖怪が忘れ去られ始めてたってことだよ、幽香さんも似たようなことを感じたって言ったし、他の知り合いも何人か」
「存在が忘れられようとしていたから、不調になっていたということか?」
「多分ね…」
ってことは紫さんは、私たちと同じことを感じてすぐに結界で閉ざしたって言うことなのかな。
「結界が張られてなかったら今頃もっと大変なことになってたんじゃないかな……私は幻想郷から出たことほとんどないから知らないけど、多分この結界の外には私たちみたいな存在はもう……いても数えるほどかなぁ」
「そうだろうな、仕方のないことだが」
それを仕方のないことって思えない奴らがいるから面倒なわけでして……
「慧音さんは?紫さんから結界の話とか聞かなかったの?」
「いや来たよ、その時に色々聞いたからな、結界が張られた時もそこまで驚きはしなかった。君もか?」
「いや私は他の人から」
慧音さんは紫さんが直接かぁ……確かに人里と深く関わってるのは妖怪では慧音さんが一番だろう。
「でさ、最近妖怪たちの噂聞かない?」
「あれか、野良妖怪たちが徒党を組んでるって言う」
「そうそれ。あいつら何考えてるか……まあわかるっちゃわかるけど、人里を襲いにくる可能性もあるでしょ?どうするの」
「その時は……まあやれるだけのことはやるが、多分そうなったら彼女が黙っていないだろう?」
「あぁ、まあそれもそっか」
今の幻想郷の妖怪にとって人間とは、襲う相手でありながらも、存在の維持のためには襲いすぎてはいけないというものになってしまっている。ぶっちゃけ前からそんな感じあったけど。
だから人里をそんな大量な妖怪が襲撃するなんてことになったら、この土地の管理者が黙っていない。
「多分そいつらも今の幻想郷にとっての人間のことはわかっているんじゃないか」
「だといいけど……最近よく噂を聞くようになったし、もしかしたら近いうちにドンパチ始まるんじゃないかなって」
そうなったら争いが起こるのは妖怪が多く住んでるあの山……
「うわぁもうやだよもぉ……めんどい!」
「妖怪の山か……毛糸の友人が何人かいるんだったか」
「何人というか……5人くらい?」
正直私が親しくしてる相手の半数近くはあの山にいるやつらだし……
「あそこの山、立場的には結界張ったことに賛成らしいけど、そうなったらほぼ確実に噂になってる集団と……はぁ……」
いつ始まるかもわからんしなぁ……気が気じゃない。
「なんで紫さんたちは現状何もしてないのかな……」
「……多分、間引きだろう」
「間引き?」
「今後の幻想郷において、邪魔になりそうな妖怪たちを始末する。人間の数に対して妖怪が多くなりすぎないようにって意味もあると思うが」
そんな物騒なことを……まあ合理的ではあるのかな。
それにしてもまぁ……うん。
「はい、この話もうやめる」
「急だな」
「いつ起こるかわからんもんに悶々とするより、まだ平和な今を穏やかに過ごした方がいいと思って」
てわけで饅頭を頂く。
甘味美味しい……こんなものを作ってくれる人間って最高やな。私元人間だけど、多分。
「本当に好きなんだな、それ」
「まあはい、そすね」
「……毛糸って普段何食べてるんだ?」
「はい?あぁ……なんで?」
「いや、疑問に思っただけだ」
「あぁはい」
にしても普段……普段かぁ。
「普段って言っても特に安定しないんですよねぇ……肉ばっか食ってる時もあれば魚ばっか食ってる時もあるし……」
「主食は?」
「米?あぁ……人から貰った時は食べるけど普段は……はい」
あぁ、でもるりがいた頃はちゃんとしたもの食べてたな……一人だと適当になってしまう。
「あ、野菜とかは自分で育ててるから食べる」
「自分で?」
そう、家庭菜園的なあれ。
普段あまりにもやることないので自分で世話してるのである、水やりとかサボってダメにした回数は数えきれない。
まあ最悪幽香さんの妖力で植物の操るやつで無理矢理枯れたやつ元に戻したり成長させたりできるけど……なんか薬品使ってるやつみたいな感覚になるからあんまりやらない。
「まあ……大したもの食べてないなぁ」
「そうなんだな」
「食べるもの気をつけないといけないからさぁ……私毒とかにめちゃくちゃ弱いんすよ」
「毒?」
「もし毒あるものをたべたら普通の人間の数倍の症状でるからなぁ……基本全部しっかり焼いてる」
大ちゃんとかに聞いたりしてるなぁ、野草とか木の実とかは。たまにイノシシに毒味させたり……あいつの肉毒あるんだよねそういや。
フグとか食べたら即死する自信ある。
「もし食べた時はどうするんだ?」
「食べた後に何か異常を感じた時は……なんていうか、ちょっとアレな話になるけど……毒抜き、でいいのかな」
「毒抜き?」
「本当に、嫌な思い出しかないからアレなんだけど……こう、内臓を……ガッとね?」
「あぁ………そうか………」
故に、食べ物には細心の注意を払わなければならない。
あと血液に入ったら腕とか足とかもいで、血だけを全力で再生してめちゃくちゃ血を流す……
「大変なんだな……」
「そう、大変なんですよ……」
解毒薬とか用意しときゃいいんだろうけど……まあ、流石に毒あるものの区別くらいついてるから、そういう事態になることも最近はほとんどない。
どうにかして免疫上げられないかなぁ……解毒魔法とかないかな、キ○リーみたいな。
……解毒魔法の魔道具とか……アリスさん作れないかな。
「慧音さんは?普通に他の人間たちと同じ?」
「そうだな、変わらないものをたべてるよ」
馴染んでるんだなぁ……本当にすごい。
「ん、慧音さんって普段何してるの?」
「普通の人間には少し厳しい力仕事したり、子供たちに色々教えたり、そんなものかな」
それでお金もらってるのか。
「ん?子供?昔子供にいろんなこと教えたいとか言ってなかった?」
「よく覚えてたな……まあそうだな、確かに言っていた。でも今はまだちゃんとしたことを出来てないからな。そのうちちゃんと建物を建てて、子供を集めて……」
「やりたいことあるっていいなぁ……」
私、特にやりたいことないからなぁ……
「毛糸は何かないのか?やりたいこと」
「なーんにも……なにかやりたいこと、成し遂げたいことを見つけても、いつも暇してるせいですぐに終わってしまうから」
それでまーた暇暇言う日常がやってくると……こればっかりは本当に、昔だから変わらないな。
一体何百年暇って言い続けてるんだか……我ながら呆れる。
そのあとも人間のこととか、色々話してたら日が暮れてしまっていた。
「結構長いこと話してたなぁ……それじゃあ私帰るよ」
「あぁ、気をつけてな」
「………」
あっれおっかしいな……私の家って、こんな台風の被害を受けた廃墟みたいことになってたっけえ?
半壊して瓦礫に埋もれ、道具やら家具やらがぐちゃぐちゃになってしまっている。
前もこんなことあったなぁ……
無惨な姿になってしまった我が家の前で呆然と立ち尽くしていると、後ろから足音が聞こえてきた。
振り向くと、そこにはチルノと大ちゃんがいた。
「毛糸さん……」
「大ちゃん、チルノ……何があった?」
やけに暗い顔をした二人。
もう日も落ちてるんだけど……もしかして私、今夜は宿無し?
「妖怪たちが急にやってきて、この辺をめちゃくちゃにしてった」
「あぁ、例のやつ」
……まあ、家が壊されただけならよかった、二人も無事だったみたいだし。正直かなり腹立ってるけど……
「あ、イノシシは?」
「瓦礫に埋もれてたのを私たちが妖怪たちが去った後に助けて、今は安全な場所に」
あいつも無事だったか、死んでなくてよかった……
「ありがとう、それだけで済んだならまあ……文たちに知らせて……あとはどうにか適当にやるかなぁ」
「それが……その……」
大ちゃんが下を向きながら、小さな声で何かを言おうとしている。
「…ついてきてください」
「…わかった」
大ちゃんとチルノの顔を見ていると不安が込み上げてくる。
大ちゃんに案内されたのは湖の麓だった。
何もないよな、ここ。………ここにあるのなんて……
「毛糸さん……」
「………」
視界に入ったのは、ただ地面が抉れているだけ。
あの人の墓があった場所が、墓が、なくなっている。
「…あたいは、あいつら止めようとしたけど大ちゃんが……」
「そっか……ありがとうチルノ、大ちゃん」
チルノの気持ちは嬉しいし、止めてくれた大ちゃんにも感謝だ。もしチルノが一回休みになってたら……ブチ切れてたかもしれないし、もしくは案外冷静かもしれないけど。
今はもう窪んでしまっている墓のあった場所に立ってみる。
周りには多分、爆発で砕けたのか小さくなった岩が転がっていた。
足元の土を手に持ってみる。
「流石に骨は土に還ってるか…」
「毛糸……」
「あぁ、ハハッ、困ったなぁ、これじゃあの人に祟られそうだ」
いや、もう祟られてるようなもんか……この刀に。
「私がここにいたらよかったのかなぁ……もっと早く帰ればよかったのかなぁ……」
「毛糸さん……」
いろんな考えが、感情が、頭の中を駆け巡る。
「チルノ、大ちゃん、しばらく帰ってこないわ私」
「大丈夫なんですか?」
「うん、大丈夫だよ」
チルノと大ちゃんの元に寄る。
「正直言って家は前も壊れたし」
壊したの私だけど。
「この墓も何百年も前に死んだ人の墓だし」
これが死んですぐとか、骨が残ってたらどうなってたかわからないけど。
「そんなことより二人が無事だったことの方が大事だよ」
並んでる私を見てる二人に腕を回して抱きしめる。
「ただ…」
「毛糸?」
「あいつらをぶっ潰す口実ができただけだから」