「始まりましたね」
「そうか」
ずっと遠くの敵陣を能力で見ていたが、とうとう敵が雄叫びを上げてこちらへと突っ込んできた。山を走って駆け抜けていく奴らと、空を飛んでさっさと攻め落とそうとしている奴らに分かれる。
空を飛んだ敵影が瞬く間に頭上を抜けていく。
向こうもここの崩し方は多少なりとも考えているだろう、結論、後衛をさっさと潰してしまえば補給も退路も断たれた前衛はすぐに押しつぶされる。
本来ならそれを防ぐ役割は空を飛ぶ鴉天狗たちが担うべきだが、今回は空からの侵攻を足止めする役割はいない、というのも……
「……落ちてきたな」
「しっかり撃ち落とせてるみたいですね」
頭上を飛んでいた妖怪たちが次々に銃弾に貫かれて墜落していく。
空を飛ぶというのは障害物も何もない場所を通っていくということ、機銃があるこちら側からすればいい的だ。
近くに落ちてきた妖怪の首を間髪いれずに刎ねる。
やはり数年前から射撃訓練を行なっていたおかげかどうかわからないけれど、河童たちの射撃精度は凄い。撃ち漏らした敵は鴉天狗たちが始末する手筈になっていたけれど、ほぼほぼ撃ち落とされているみたいだ。
「楽な仕事ですね、こうやって手負いの相手の首刎ねればいいだけだから」
「何の躊躇もなくするよなお前」
「慈悲なんて無用、向こうもこちらを殺す気できてるのだから、こちらもそれに応えるべきだと思いますが」
「それもそうかもしれないが……」
銃弾に貫かれ、断末魔をあげる敵ども。正直言ってずっとこのままいい的で居てくれるなら楽なことこの上ないのだけれども。
「……退いていきますね」
「案外遅かったな、もっと早くてもおかしくないのに」
「多分その場の勢いに任せて突っ込んできたんじゃないですか、こっちにあんな風な兵器があるのもどれほど認知されていたか知りませんけれど」
「じゃあ今からが俺たちは本番だな」
「そうですね」
こっちは防衛側だ、相手が空と地上から同時に迫ってくるなんてされたら、もともと数的不利が予想されていたのにさらにまずい状況に陥ってしまう。
だから防衛側の得意な土俵に敵を誘い込まなければいけない。
「……退いていきましたね」
「結構当たるもんだね、八人くらい落としたよ、るりは?」
「数えてませんよそんなの……」
……多分十五人くらい。というか今まで何回か触って練習してたけどこの機関銃かなり反動が強い。あたしのだけなんか不良品じゃないかなこれ。
「最初の段階では上手くいったんですかね」
「そうだね、今のところ計画通りだよ」
まずは空からの襲撃を全力で警戒し、対空にかなりの戦力を割く。
これで相手に空からの襲撃は不可能と思わせることが大事、そこから先は白狼天狗たちの正念場になる。
まあそれより先に地雷の爆発に揉まれることになるけれど。
「おお、ちゃんと爆発してるみたいだね、まあこれで不発とかだったら本当に洒落にならないんだけどさ」
「…まず最初に敵の雑兵を減らせるだけ減らす」
「向こうは幻想郷中の野良妖怪たちをかき集めてきたんだろう、でもそれはきっと生まれて百年も経ってないだろう雑魚たち」
「敵の幹部級が出てくる前にそいつらの数を減らす……でしたよね」
「そう」
……またこの山が死体で埋め尽くされそうだなあ。
「といっても地雷は予測される敵の侵攻路にしか置いてない。あれは爆発がそれなりに大きいけど一回しか爆発しないからなあ、どれだけ数を減らしてくれるかは運次第だねぇ」
「…そろそろ前に出ておきますか、白狼天狗たちも前に行ってるみたいですし」
「うん、そうだね」
そう言ってにとりさんは手に持っていた通信機に何かを喋った。
「これからの時代、大切なのは迅速な情報伝達による即行性だよ」
最低限の荷物を持って、次の防衛地点へと向かった。
「ふむ……今のところは上出来…大切なのはここからですね」
空から他の鴉天狗たちと共に戦場を見下ろす。
最初の機銃掃射と地雷で減らせた数は全体のおよそ……まあ、多く見積もって2割くらいか。
寄せ集めの野良妖怪の集団ときっちり訓練を積んできたこちら側がまともにやり合えば、まあ結果ははっきり言って分かりきっているけれど、数の差はなかなか馬鹿にできない。
これが鬼対天狗とかなら余程の数の差がない限りは鬼が勝つだろうけど、生憎天狗というのは鬼ほど優れた種族じゃない。
もちろん戦っているのは天狗だけじゃないが、大体天狗だ、河童が担っている後衛の役割は銃さえ使えたら誰でもできるし。
まあ河童は他の知識も多いから起用しているんだけれど。
「さーてと……そろそろ地雷地帯が突破される頃合いかな」
白狼天狗たちとの交戦が始まれば、私たち鴉天狗は建物の多くある場所への侵入を防ぎつつ負傷兵の回収とか遊撃とか戦況把握とか……まあ結構やることある。
空から見下ろしていて気になったのは、二つの大きな妖力。
空から見下ろしているからこそ、異様な存在感を放っているその二つの妖力がより際立つ。
まあ〜正直毛糸さんのに比べたら劣るけれど……あれはあの人が特別おかしいだけだ。
その二つの妖力を持つ存在の周りを妖怪たちが囲んでいる。多分あれが向こうの指揮官とか、そう言う感じの役割なんだろう。
あの程度の実力で妖怪の賢者たちに喧嘩を売るようなことをするとか、よっぽどの馬鹿か無知なのだろう。
でもそれは妖怪の賢者にとっての話であり、妖怪の山にとってはなかなかの脅威となるだろう。妖力だけで向こうの実力を判断するのも早計だろう、厄介な能力を持っていたりするだけで色々変わってくる。
「っとと、始まりそうですね……とりあえず椛たちのこと見ておきますか」
地雷によって立ち上った土煙の中から妖怪たちが飛び出してくる。
この戦いにおいては俺たち白狼天狗はあまり動き回らない、前線で敵を堰き止めつつ、危なくなったら後ろに下がる。
理由としては、こっちの戦力を無闇に減らさないため。
どう見ても向こうのほうが数は多いため、できる限りこちらの戦力を温存して長期戦に備える必要がある。だから動き回って下手に退路を断ってしまうくらいなら無理せずに下がって前線を下げる。
無理に敵を堰き止めず、ある程度は後ろに通す。
後ろに通したところで狙撃隊のいい的だ、多くの敵を一気に通さなければ十分処理は追いつくはず。
「……多いけどな、敵」
正面から突っ込んできた敵が腕を振りかぶって殴りかかってくる。
盾でそれを受けつつ弾いて隙をつくり、がら空きになった脇腹に刀を突き刺す。
すぐに刀を引き抜いてまた前から突っ込んできた複数の妖怪に備える、が三人ともまとめて椛に斬り伏せられた。
地面に倒れ込んだ敵を再び動き出さないように一太刀いれておく。
「相変わらずめちゃくちゃするなお前は」
「めちゃくちゃできる程の技量を持っていれば問題はないはずですけど」
「おう問題なんてねえよ、なんにも」
「無駄話もほどほどに、四人ほどこちらに来ます」
椛の言った通り四人の敵が土煙の中から出てくる。椛が速攻で斬りかかったがどうやら一人が馬鹿力なやつだったらしい、無理やり刀を受け止めた。
その隙に三人が俺の方へ向かってくる。
「どうにでもなりそうだが…」
数歩後ろに下がって敵三人を引きつける。
少し開けたところにでた瞬間に銃弾が三人を貫いた。それで怯んでいる隙に体を斬りつけていく。
「無理はいけないよなぁ」
椛の方を見るとさっきいたやつの首を切り落としていた。やりすぎとも思ったが、確かに確実に殺したほうが起き上がる可能性もないので安全と言えば安全だ。
「ひっきり無しに来ますね…こっちが押し切られるか向こうが全滅するか、どっちが先だか」
「正直こんな雑魚どもに体力使ってちゃ後に控えてる奴に苦戦必須だからな」
「あ、感じてたんですね」
「流石にな」
余裕ある時に会話しながら向かってくる敵をただひたすらに切り捨てる。正直俺のいる場所は椛がいるせいでほとんど前線が下がらないんだが、他の同族のいるところは結構下がっている。
「少し下がるぞ、囲まれる」
「わかりました」
椛も感じた大きな妖力、ほかの天狗たちが感じ取っているかわからないが、とりあえず面倒なことになるということははっきりしている。
それが二つだ、多分敵の大将、そいつらを殺してしまえば楽になるだろうとは思うが……まあそう簡単にはやらせてくれないだろう。
「っておい下がれって言ったろ!」
椛が敵に囲まれていた、とりあえず背中側にいたやつらに体を硬くしながら突っ込み、姿勢を低くして足を斬りつける。
前側にいた奴らを斬った椛が俺が足を斬った奴らにとどめを刺す。
「わかりましたって言ったよなお前」
「…思ってたより囲まれるのが早かったので」
「………」
正直俺が入らなくてもどうにでもなりそうだったが……
「貴方が後ろにいたのを斬ってくれるのを見越しての立ち回りですよ」
「そんな厄介な立ち回り今すぐやめてくれ」
こうやって少しづつ後退しながら敵を削り切る。
銃の発砲音は鳴り止まないが、それでもひっきりなしではない、まだ余裕はあると言うことだ。
結局敵を一番多く倒すのは兵器だ、俺たちはそこまで頑張らずにいざとなったら河童の発明品に全てを押し付ければいい。
「あ、そこ」
「は?ちょおま危ね!」
「後ろに敵いましたよ」
「だからといってそんな急に刀を向けるやつがあるか!」
「じゃあ後ろにいるから失礼しますって言ってからやればいいんですか?知りませんよ死んでも」
「なんでそんな極端になるんだよ!」
「何余裕ぶっこいて会話してんだてめえら!!」
「「黙ってろ雑魚が」」
事実余裕だから会話してるんだよ。少しばかり種族や能力が違うからってその辺から寄せ集められた雑魚どもに手を焼くわけがない。
ただひたすらに斬る、斬る、退がる、敵を避けて味方に撃たせる。それを敵の攻撃にあたらないように、死なないように繰り返すだけ。
これだけなら楽なんだ、これだけなら。
「……来ます」
椛の言った通り、大きな妖力の持ち主の一人がここへ近づいてきた。
……なんか俺たちのいる方向に来てないか、これ。
「だらしないなあ、君たち」
姿を現し、ただ一言言い放った。
それだけで確信した、こいつはやばい奴だと。
「こんな群れて臆病な戦い方してるだけの雑魚天狗たちすら倒せないちなんて…あ、群れてるのは君たちも一緒か」
そう言った奴は腰に差した刀を抜いた。
見た感じは普通の刀だが、構え方の時点で只者ではないとわかる。
「あんまり私の手を煩わさないでほしいなあ」
悪寒がした。本能とでも言えばいいのだろうか、体が命の危険を感じ取っているような感覚。
「柊木さん防御姿勢を!」
「っ!」
椛にそう言われ体を硬くし盾を構えた瞬間。盾が真っ二つに割れた。
周りの木々も盾と同じように切断されて音を立てながら倒れる。
「じゃあとは頑張れー」
……帰るのかよ。
胸を押さえながらなんとか立ち上がる。
「無事ですか、柊木さん」
「胸がひび割れて血が出てること以外は無事だ」
「ならよかったです」
「よくねえよ、そっちはどうなんだ」
「剣一本で受けたので剣が折れてそのまま斬られて血が出てること以外は問題ないです」
椛も食らったか……あの攻撃どれだけの範囲があったんだよ、遠くの方の木まで倒れてるぞ。
「この様子だと向こうの奴らは……」
「まあ完全に不意打ちですからね、当たった奴は半分に割れてると思った方がいいでしょう」
「……まずいな」
「……まずいですね」
何をされたのかはわからんが広範囲の攻撃、後ろの方まで届いていないみたいだが前線が完全に崩壊した。まだ控えに白狼天狗たちはいるがこの隙にかなり侵攻される。
「俺たちもさっさと退かねえと……」
前方から大量の敵が湧いてくる。……まあ数え切れないくらい。
「私の武器半分に折れてるんですけど……」
「それ以前に動いたら血がどんどんでてき…っ!」
とんでもない妖力が当たり一体を埋め尽くす、目には見えないはずなのに、見えると勘違いしてしまうほどの大きな妖力。
「今すぐ退け!!」
「間に合いません!防御してください!」
さっき斬られたばっかだってのにそりゃないぜ……
体を再度硬くし大して多くない妖力で身を守る。
数秒後、轟音が当たりを揺らした。
目を開くとそこには巨大な氷塊があたり一面に聳え立っていた。
不思議と俺たちのいるところには氷が迫ってきていなかった。
何があったのか理解する間も無く、敵が文字通り上から落下してきた。全員意識を失っている。氷に打ち上げられたのだろうか。
呆然としていると、一人の人影が見えた。
えらく特徴的な頭をしたその人影はまっすぐこちらへ向かってくる。
「危ない危ない、巻き込んじゃうところだった。あれ、二人とも血出てるじゃん」
白い毬藻野郎だった。