「来たか」
「みたいですね」
奴の太刀筋から飛んでくる斬撃を予測して、先に体を動かして斬撃が飛んでこないところへと体を動かす。
想像通りの場所へ斬撃が飛んできて、木々薙ぎ倒し地面を切り裂いた。
「まともに食らったらひとたまりもないな……」
「当たらなければなんの問題もないんですよ」
「それができたら苦労しないんだよ」
「…ん?何君たち、まだ生きてたの」
やってきた奴が少し驚いたように俺たちを見つめる。
傷を負ったと言えば負ったが、椛も俺も動くのに支障はない程度だ、多少傷は傷むがこの程度で根を上げてちゃ到底戦いを続けられない。
「来ましたね……宣言してやります」
「何、雑魚天狗が調子乗ってるの」
「その首を斬り落として敵に晒してやる」
奴を指差して物騒な宣言した椛。
「……ぷっ、くくくっ…あっはははは!え?なに?君みたいな雑魚天狗が?私の首を?あんまり笑わせないでよ」
心底おかしそうに笑っている、まあ正直俺も椛の正気を疑うが。
「あのねぇ……力の差ってのは理解した方がいいよ。そうやって雑魚は雑魚らしく慎ましく生きるのが、長生きする秘訣だよ」
「雑魚雑魚って、語彙それしかないんですか」
「よく口が回るねえ」
「おい椛、その辺りにしておけ」
「あいにく、暇だったら君たちをしっかりといたぶってあげるんだけどさ。さっきうちの雑魚たちを爆破してったあの……白い毬藻?あれを探して殺してやらなきゃいけなくてさぁ………」
構えを取る敵。
「さっさと終わらすよ」
縦、横、切り上げ……刀を振るたびに尋常じゃない範囲と威力の衝撃波が飛んでくる。
でも予備動作はわかりやすい、当たれば重症だが当たらなければ全然戦える。
「お、躱せるんだね。思ってたよりは雑魚じゃないみたいだ」
「はっ、お前の太刀筋なんぞそこそいつに比べたら鈍間だわ」
「全くですね」
散々あいつの攻撃をこの身で受けてきたからわかる。
椛の動きは、隅から隅まで研鑽された動きだ、隙のない上に様々なことに柔軟に対応できる動き。
対してのこいつはなんだ、ちょっと切れ味がいいだけでその辺の白狼天狗となんら変わりない。
「そんな攻撃じゃその白い毬藻見つけても返り討ちなんじゃないか?」
「ほう、言うねえ。じゃあ君たちはあの毬藻の居場所を知ってるのかな?」
「知らねえなぁ!」
「しらばっくれるか、じゃあ死なない程度に痛めつけて聞き出そうかな」
「随分大口を叩きますね」
椛が隙を見つけて斬りかかるが、刀を向けられ斬撃が飛んでくるすんでのところで回避した。
「受けれないというのは厄介ですね」
「全くだな」
相手、妖力量がかなり多い。
妖力自体の強さもそれなりだが、妖力量はどこぞの白いもじゃもじゃくらいにはあるんじゃなかろうか。正直俺とは少し次元が違いすぎてよくわからんが。
その妖力量にものを言わせてどんどん妖力を刀に纏わせて見境なく振り回してくる。お陰でこちらは様々なことに神経を使わなければならない。
いくら避けれているとはいえ、当たれば一撃で死が確定する攻撃を避け続けるのは冷や汗が流れてくる。それは椛も同様らしい。
俺は反応さえできれば体を硬くして耐えることができるが、椛は刀一本を折ってやっと死なない程度の威力に抑えられていた。
つまり刀で防御しようと、受けることができても刀が折れて攻撃手段を失ってしまう。
敵の姿勢、刀の向き、視線。
自分の体勢、周囲の地形、視界を遮れる遮蔽物。
全てを即座に判断して頭に叩き込み、最善の選択肢を取り続ける。
「動き回るねぇ、全然攻撃が当たらないや」
「この山は私たちの縄張りです、あなたのような闇雲に刀を振っているだけの奴の攻撃なんぞ当たりませんよ」
「そうかぁ……それじゃあ、少し速度を上げていこうかな」
あいつ……煽りやがって。
敵がそう言った瞬間、攻撃が加速した。傍目から見ればそこまでの違いはないと思うかもしれないけれど、相手にしている身としては速度を変えられるだけでこちらの調子が狂う。
「大丈夫ですか柊木さん」
「ま、まあな…てかお前煽ってんじゃねえよ」
こちらとしては煽ったつもりは全くないんですけど……
にしても、向こうはまだまだ全力を出していないのは事実だろう。あれだけの有象無象の集団をまとめるだけの力は持ち合わせているというわけだ。
どう見たって私たちのような普通の妖怪より上の存在……だけどそこまで長くは生きてきていないのだろう。
そんな中途半端な存在故に……
「きっと、上を知らないんでしょうね」
あの自信満々な言動、きっと負けたことがないのだろう。自分より格上の存在を知らないのだろう。
きっとここで仕留めずとも、どこかで大妖怪に勝負を仕掛けて消されていそうな奴だ。
だからこそ…
「やる気が出てくるってものですね」
柊木さんと目が合うと同時に、今まである程度固まって動いていたのを一気に二手に分かれる。
柊木さんが相手の背後に周り、私が敵の攻撃を避け続ける。柊木さんに攻撃を入れようとした相手にはすぐさま肉薄し、柊木さんを攻撃対象から外す。
逆に私に攻撃が続きすぎたのなら柊木さんが肉薄して自ら狙われる。
「鬱陶しいなあ!」
「そういうやり方ですので」
所詮は自分の元々の強さに自惚れて研鑽を重ねてこなかった相手だ。きっと今までは最初の一撃のように不意打ちで相手を殺してきたのだろう。そしてそんなやり方で自信をつけてきた。
だからこうやって、攻撃を当てられない敵、それも二人に攻撃を仕掛けられるとなかなか対応できない。
自分の反射神経や身体能力に頼り切った動きでは、いつか限界が来る。
敵の刀を握っていた手が一瞬緩んだのを見て、即座に二人で敵に接近する。
私の攻撃の方が早かったが、それは敵に素手で掴まれて抑え込まれる。そのまま刀を振り下ろされそうになるがその背後から柊木さんが攻撃を仕掛け、奴の背中を切り裂いた。
そうして私の刀を掴んでいた手の力が緩むと同時に、その手ごと奴の胴体を切り裂いた。
一太刀入れた後は二人とも一旦距離を取る。
「ふぅ…ようやく一撃、入りましたね」
「あぁ、俺のも入れたら二撃だけどな」
「細かいですね」
「ぐうっ……この雑魚どもがぁっ…」
「その雑魚どもに攻撃を入られてるのはどこのどいつだ、あぁ?」
………柊木さんも煽ってますよね。
「もういい、お前らは絶対に生かさない……必ずその体を細かく切り刻んて殺してやる」
「柊木さんが煽ったせいで彼女怒っちゃったじゃないですか」
「沸点の低いあいつが悪いんだろ」
敵から今までにないほどの怒気と殺気が感じられる。というか、今までこれほどの殺意を感じられなかった方がおかしいような気もするけれど。
「舐めやがって……殺す!」
今度は敵がこちらに急接近してくるが、その瞬間に二人ともその場から離れる。
「どうしたどうした、口調が崩れてるぞ」
「そうですよ、そうやって殺すとか簡単に言うと弱く見えちゃいますよ。そんなに雑魚に苦戦するのが悔しいですか?」
「黙れぇっ!!」
どうやら随分とお怒りなようだ。
確かに怒りと明確な殺意によって攻撃の速度は上がったが、さらに攻撃が単調になってむしろ避けやすくなっている。
………いや、これは……
「柊木さん来ます!」
「わかってる!」
敵の刀が発光し始めた、妖力を多く流し込まれている証拠だ。
「死ね雑魚どもぉ!」
相手が刀を誰もいない方向に振り下ろす。
その瞬間周囲を大量の妖力が包み、無数の斬撃が大地を切り刻んだ。
「っ!」
幸いにも刀から直接放たれる斬撃よりはかなり威力は低いが、流石に数が多すぎて捌き切れない。切り傷をかなり負ってしまった。
「大丈夫か」
「えぇ、なんとか」
どうやら柊木さんは体を硬くして全て防げたようで、切れているのは服だけだ。
しかしこれを何度もされると身がもたない……
始めますか。
「柊木さん、やりましょう」
「っ!」
椛のその言葉を聞いて急いで敵から距離を取る。
「……やるんだな」
「はい、お願いします」
「はぁ………絶対に決めろよ、じゃなきゃ俺は確実に死ぬ」
「約束しましょう、失敗はしないと」
椛との合図で、俺が敵の前に立ちはだかり、椛が後ろで膝をつく。
「どうしたぁ!一人で私の技を受け切るつもりかぁ!」
「あぁそうだ、ごちゃごちゃ言ってないでさっさと仕掛けてこい」
「舐めてんじゃないよ!」
刀に妖力を流し込み、それを後ろへと投げ捨てる。
すぐさま体に妖力を纏わせてさらに硬質化、俺の出せる最大の硬度を出す。
ふと文の言葉が脳裏に浮かんだ。
三人とも生き残る……か。
まあ、せいぜい耐え切ってやるさ。
「跡形もなく微塵切りにしてやる!」
刀が一度振られた。
両腕を目の前で交差させて受け止める姿勢を取る。
鋭い痛みが両腕に走る、次に左足、右腕、右腕と左足、また両腕、胴体………数え切れないほどの斬撃がこの身に降り注ぐ。
体が削れ、切れてゆく。言葉も出ない痛みに意識が飛びそうになる、だがそれをひたすらに耐えて、耐え続ける。
切り裂かれた場所から硬くしていく、肉から骨まで、硬く。
己の全てを硬く。
限界まで自分の命を削り、時間を稼ぐ。
どれほど攻撃を受け止めただろうか。
果てしなく長く感じられた時間の中、唐突に足が崩れた。傷で力が入らなくなってしまっていたようだ。
そのまま斬撃が飛んできて、俺の体を弾き飛ばす。
体が空中に投げ出され、意識も朦朧とする。今すぐにでも気を失ってしまいそうだ。
そんな時に声が聞こえた。
「流石です、よくぞここまで……」
準備が完了した様子の椛が視界に入ると、自然と口から笑みが溢れた。
「ここまで耐えたんだ……きっちり決めろよ」
「任せてください、約束は必ず」
その言葉を聞くと、俺はそのまま意識を手放した。
意識を失った柊木さんと入れ替わるように戦闘に出る。
「どうした今更出てきて!そいつは囮かぁ!?」
「その通りですよ」
「仲間を見殺しにしたか!そいつは傑作だなぁ!」
「死んでませんよあの人は、寝てるだけです」
そのまま敵に向けて刀を振るう。
大きな金属音を立てて刀と刀がぶつかり合った。
「え?」
「間抜けな声出してどうかしましたか?」
「なんで……なんで斬れてないんだよ、その刀!」
「さあ?その矮小な脳味噌で考えてみたらどうです?」
「このっ…!」
どうやら今まで斬れていたはずのこの刀が斬れずに相当焦っているようだ。
闇雲に振られる刀を全ていなし続ける。
刀が折れない理由は至って簡単だ。この刀は私のものではなく柊木さんのものだ。
柊木さんが攻撃を受け止める前に後ろに投げられた刀を私が受け取り、柊木さんが耐え続けている間私の妖力も流し続けていた。
本来なら質の違う妖力は反発して合わさることはない、だが同じ種族の、同じくらいの強さの妖力という条件が揃うことによって、柊木さんが時間を稼いでいる間に妖力の流れを操作して、刀を折れないように強化した。
自分のものではない妖力を操るというのはここまで骨が折れるものなのか。だけどそのおかげで、妖力を操ろうとするその過程で様々な感覚が限界まで研ぎ澄まされている。
これでやっと…正面から奴を斬れる。
「さあ、出せるものを全部出し切ってみろ、その全てをこの私に向けてみろ」
「ほざけぇ!」
私の言葉にさらに激昂して倒れていた柊木さんに斬撃を放つ敵。
だがそれが直撃する寸前で柊木さんの姿は消えた、鋭い風と共に。
視界の端に黒い翼が目に入った。
「文さん、ありがとうございます」
「くそったれえ!!」
今までで一番の妖力が相手から溢れ出る。
身体強化、おそらく速さもかなり上がっていることだろう。
だけどそれに臆することはなく、私は刀を構えて口を開く。
「私たち向けられた侮辱は白狼天狗という種族全体への侮辱と見做し、そしてそれは万死に値する。貴様に斬られ散った同胞達の無念は、この私が貴様の死をもって晴らす。…それとは別に個人的な拘りでお前を殺す」
高速で刀が私に振り下ろされる。
そのまま何十回もの斬撃が、空気を切り裂きながら飛んでくる。当たれば即死、死んでも数々の斬撃がこの体を切り刻むことだろう。だけど……
「すぅ……」
その全てを見切り、懐に潜り込んで刀を斬撃の間を縫うようにして相手を捉える。
次の瞬間、敵の刀は折れていた。
「——え?」
「死ね」
刀を折られて唖然としている相手の首に、刀を振るった。
あっけなく、その首は斬れてしまった。
斬り落とされた首が宙を巻い、頭を失った胴体は力なく倒れる。
「ふぅ……終わった…」
刀に維持していた妖力を解放し、全身の力を抜く。
気配を感じて振り返ると、意識を取り戻した柊木さんと文さんがいた。
最初は引くような顔を見せた柊木さんは、段々と柔らかい表情へと変わっていった。
「お前ってほんと……化け物だな」
「……ふふっ、そうかもしれないですね」