毛玉さん今日もふわふわと   作:あぱ

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白い毛玉

真っ黒だった。

 

四肢も、頭も、胴も、痛覚も味覚も聴覚も視覚も触覚も、何もかもがない、真っ黒な世界だった。

 

ただそこで思考する、自分という存在、それだけがいた。

 

次第に真っ黒な感情がやってきた、どうやら私の周りにあった真っ黒な空間は、私の感情そのものだったらしい。

段々と染まっていった、その真っ黒な感情に。

 

色んな出来事が思い出された、怒った。

色んな人が思い出された、後悔した。

 

一つ何かを思い出すたびに、負の感情が私の中に湧いていった。

 

そうやって私の中に感情が湧き続けて、私も真っ黒になって、潰れてしまいそうになった時。

 

白い光が見えた。

ぼんやりとした、丸い形の光が。

 

その光が私の方に近づいてきた、何を考えているのだろうか、そのまま暫く動かなかった。

 

 

動いたと思った時には既に、周囲の暗黒がどこかへと集められていくのを感じた。

 

段々と、私の周りが真っ白になっていく。真っ黒な感情が集められて、押し固められていく。

 

その白い光は私にさらに近づくと、突然私の体が現れた。

不思議なことに、心は穏やかそのものだった。

 

その白い光は私の左腕に近づくと、その押し固められた黒い何かを私の左腕に侵食させていった。

左腕が、指の先から肩まで真っ黒に染まっていく。その時に飛び散った黒い何かが私の体のあちこちに染み付いていった。

 

 

ふと目をやると、白い光がどこかへ行こうとしているのが見えた。

 

その正体が知りたくて、必死に腕を伸ばした、去りゆくその光の存在を知りたくて、動かない左腕を放って右腕で、高いところへ上っていく白い光を掴もうと、必死で手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

気づくと目の前は土が一面に広がっていて、右手には刀が握られていた。

 

何も考えずに立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

「触んな」

 

さとりんに触れようとしていた奴を殴り飛ばし、そう言い放った。

殴り飛ばした時にやつの持っていた道具がいくつかぶっ壊れているのをみた、案外脆いもんだ。

 

「お前、なんで……生きてるっ!!」

「さあ、なんでだろね、私も知らんよ」

 

さっきまで私の中で暴れていた感情がきれいすっぱりなくなっていた。

他に変わった点と言えば……あ、服がもう真っ赤に染まってる、それはもう血色に。

 

思考できることなんて、その程度だ。

 

「おかしいだろ……あの術は完全に発動していた、十分すぎるほどにだ!なのに何故、お前はそこに立てている!」

「だから知らないって言ってんだろ…」

 

私だってさっきただの肉塊になったと思ったら体治ってたんだもん、よくわからんわ。

いや……答えはもう知ってるのかもしれない。

 

「毛糸さん……あなたは…」

「あぁごめんさとりん、早く終わらすからもうちょっと待ってて」

 

なんの感情もなくそう言う、本当に無感情で、淡白に。

あまりにもあっさりした返答に我ながら疑問を抱く。……まあ、今考えることでもないだろう。

 

今は目の前のこいつをなんとかしないと。

 

「くっ……あまり時間はかけてられない、ここは引くか」

「いや逃げられると思ってんの?おめでたい奴だなぁ」

 

逃げようとする男を追おうとすると、寧ろ奴はこちらへ向かってた。

というよりはこいしに向かっていった。おおよそこいしの目が目的なのだろうが、その前に足元を凍らせて、ついでにこいしの周りを氷で囲んでおく。

 

「邪魔をするな!!」

「するに決まってるだろ何言ってんだお前」

 

足の拘束を抜け出した男は改めて私の方へと向かってくる。

左腕に何かを隠し持っているようだ、多分あれで私の動きを封じて、さとりんから目を奪ってとっとと逃げるつもりなのだろう。当然そんなことをさせるわけにはいかない。

 

「消えろ!」

「お前がな」

 

突き出された左手を右腕で刀を握りながら避け、左腕を斬り落とした。

断末魔を上げる前に口を氷で覆って足先から凍らして目だけ見えるようにしてやった。

 

「欲張ったな、さっさと逃げときゃよかったのに」

 

まあ逃げれても地上地底問わず追いかけられることになるだろうけど。そもそもさとりんのサードアイが目的だったらしいし、ここで諦めるわけにはいかなかったのだろうか。

 

「いいか、よく聞け。私はお前を殺さない、このまま凍らして放置する。氷が溶けたら好きにしたらいい」

 

男の目が動き回る、何を言ってるのかわからないって感じだ。

 

「今の私には、お前を殺したいなんて気持ちはこれっぽっちもない。だからこうする、それだけだよ」

 

未だ納得いかないって目の男から離れて、倒れているこいしとさとりんを右腕で浮かせて運ぶ。

 

「……よかったんですか?」

 

私にそう聞くさとりん。

まあ、自分で考えても不思議だ、本来ならあんな奴生かしておかずにこの手で殺しておくべきだ。そのことは理解している。

けどまあ……よくよく考えて冷静になってみた。

 

「私は許すってだけだよ、私は」

 

二人を運んで、地霊殿の方へと向かっていった。

 

 

………頭が痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

何を考えてるんだあいつは……だがこれは都合がいい、早くここから逃げて立て直しを……

 

「よお、知り合いが随分世話になったみたいだな」

 

っ!?この声は……

 

「ついでに鬼もいいように操ってくれちゃってまあ……覚悟はできてんだろうな、氷漬け男」

 

この姿、この気迫、間違いない星熊勇儀だ!

こんな時に遭遇するなんて……

 

「あいつはお前を見逃すと言ってたが、正直私たちは到底そんなことはできないんでね」

 

やめろ……やめろ……

 

こっちにくるな……

 

「地獄の果てを見させてやるよ、大罪人」

 

やめ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んがっ」

 

あぁ?………あぁ、気絶したか……

えーと確か、さとりんとこいしを運んでて……地霊殿に入ったところで気絶して……どのくらい経ったんだろう。

 

とりあえず起き……誰か私のベッドに座ってる……?

 

「もう起きたんですか…」

「さささっさちょっ、さとりん…」

「驚きすぎですよ、怪我人を看病することは、別におかしな話じゃないでしょう」

「い、いや、まあ、その…そうですね」

 

私傷はすぐ治るから怪我人って……

 

「ん?今もう起きたって言った?私どのくらい寝てた?」

「半日ですよ、半日」

「あら割と早い……」

 

半日か……あれだけのことがあって半日寝てるだけで済んでるのか……まあまだ正直体はだるい、やっぱり私怪我人かもしれない。

 

「そうだ、さとりんは大丈夫?こいしは?」

「私は今は問題ないです。こいしも、しばらくすれば目を覚ますでしょう。……あなたの心配事ですが、今回こいしはいきなり襲われて倒れていただけですので、私のように悪意を見せられていたわけではないので大丈夫です」

「そっかぁ、よかったぁ…二人に何かあったらどうしようかと……さとりん?」

 

何かさとりんが、下を向いて黙りこくっている。

 

「あの、さとりん……?」

「貴方って人は……本当に……!」

「へ?」

「どうして人の心配ばかりして、自分のことには目もくれないんですかっ……貴方が傷ついたら私が…」

「………」

 

……まあ、そうだよなぁ……

 

「でも、私はほら、なんともないからさ、心配しなっ…なっななに急に抱きついてきてんの!?」

「嘘言わないでください」

「………」

「左腕、動かないんですよね」

 

………うん

 

「それに右目がぼやけてる、右肩も少し麻痺してるし、左足首も上手く動いていない」

「………」

「取り繕うのはやめてください、私にそれは全く意味をなさないこと、わかってますよね……?」

「……ごめん」

 

さとりんの言う通り、視界はぼやけてるし、右肩と左足首も上手く動かない。

多分あの呪いの効力の無くせなかった分を左腕に集めて、うまく集められなかったのが体のあちこちに残っているんだろう。

 

「何がなんともないからよ……貴方はしっかり傷ついているじゃない」

「これは……その………私が…」

「自分が油断してたのが悪いって……馬鹿なんですか、貴方は」

「うん」

「いやうんじゃなくて……もっとこう…誰かのせいにすればいいじゃないですか」

「そう言われてもなぁ……さとりんを恨むのは完全にお門違いだし、あのクソ野郎だって、クソ野郎だけど結局は自分のしたいことしてただけだよ。対立した私が悪い、油断した私が悪い。どうしてもそうなっちゃうよ」

 

結局私はこの世界にいて良いやつじゃない、だから私がこの世界の奴を恨んで良い筋合いなんて……多分ないんだよ。

 

「……その考え方ですよ」

 

私から離れて、真っ直ぐこっちを見つめてくる。

 

「そうやって自分を必要のない存在だと言い切って……私たちが助かっても貴方が傷ついていたら駄目なんですよ、貴方が死んでしまったら私だけじゃない、色んな人が悲しむ」

 

……言いたいことはわかる、わかるんだ。

 

「いい加減認めたらどうですか……貴方がこの世界にいてはいけない存在とか、そんなのは関係ない。貴方が今生きてるのはこの世界で、この世界で貴方は存在している。自分はこの世界に居ていいって……自分の存在を許してあげなさいよ……」

 

………そうだなぁ。

 

「本当に、その通りだよ。私がいなかったらなんていうのはもしもの話であって、今この世界には関係のない話だ」

「だったら…」

「でもさぁ…やっぱり考えちゃうんだよ、自分の存在が歪だって知ってるから。私がいなかったならこんな事は起きなかったんじゃないかって考えるとさ」

 

自分の存在のせいで大切な人が傷ついてしまう可能性があるのなら、私にはそれを命をかけて守る義務がある。

それが私がこの世界に居続けるための条件……って言ったらなんか変な気はするけど。

 

「こればっかりはしょうがないよ…私はそういう奴だから」

「………」

「私にとって大切なものって、友達しかいないんだよ。みんなが私の全てなんだよ」

「…寂しいですね」

「まあ、確かに自分は周りとは違う存在だって考えると少し孤独を感じるけどさ。それでも私は十分幸せだよ、こんな歪なもじゃもじゃを受け入れてくれる世界が大好きで、こんな得体の知れない存在と友達でいてくれるみんなが大好きだから」

 

 

 

 

 

 

 

そう言った後、すこし恥ずかしそうに首をかく毛糸さん。

 

「……強がりです」

「かもね」

「貴方はどうして…そんなに強いんですか」

「幽香さんのせいかな」

「私が言いたいのはそうじゃないって、わかってますよね」

「いやぁ〜……まぁ、うん…」

 

もう一度、彼女の心の中を覗く。

 

「……貴方はあの時、とてつもない苦痛と憎悪を感じましたよね」

「あぁあのぐちゃぐちゃになってた時?流石に死んだかと思ったよ」

「……あの時も貴方は、負の感情を抱いていた」

「…そうだね」

「怯えてますよね、その感情に。二度飲み込まれた真っ暗な感情に」

「さとりんがそう言うなら、そうなんだろうね」

 

彼女は恐れている、自分を飲み込んだあの感情を。

 

「あぁなると頭がぼーっとしてさ……怖いんだよ、相手を殺す事で満足しようとしてる私が。あの真っ黒な世界が」

「……なら、そう言えばいいじゃないですか。心の中の貴方は、それが怖くて怖くて仕方がなくて、泣き出してしまいたいって思ってるのに」

「泣いたって何も解決しないし」

「感情を吐き出す事は大事です」

「泣く事はないでしょ」

 

これだ。

これが彼女の強がりだ。

本当は全然大丈夫じゃないくせして周りには平気だと自分を偽る。相談するだけしても、結局一人で抱え込んで、押し込めてしまう。

 

「自分は他人に頼っちゃいけない存在だなんてつまらない事、考えないでください」

「そんな事は…」

「じゃあもっと、貴方のその大切な友人に頼ればいいじゃないですか。貴方の周りには沢山の人がいるのだから。私だって……私という種族が貴方や地底のみんなを巻き込んでしまったって考えてるんですよ」

「………」

 

他人を心配することだけを考えて、誰かに心配をかけることを考えない。

 

「辛いなら投げ出してしまえばいい、泣きたいなら涙を流せばいい、寂しいなら誰かを求めればいい。………これだけ言っても貴方はきっと、これからも変わらないんでしょうね」

「………かな」

 

私は……この人のあんな姿なんてもう二度と見たくない。

 

「でもさ…わかったんだよ、自分のことが。ここに来て、ようやく」

 

そう言った彼女の顔を見ると、とても穏やかな表情をしていた。

 

「それは……」

「私の正体とか、なんで私はこんななのかとか、今まであった謎とか………やっと全部答え合わせできそうなんだ」

「そう…ですか」

「だからさ、大丈夫。今私は自分のやったことで後悔もしてないし、悲しんでもないよ」

「そんな言葉…」

「そう思うんなら私の心を覗けばいい」

 

…………あぁ、この人は本当に。

心の底から私たちが無事でよかったと……それだけで十分だと思っている。

 

「……貴方っていう人は、本当に……」

「だからさ、もう行くよ」

「駄目です寝てください」

「いやでも、文たちも心配だし」

「駄目です」

「………はい」

 

この人は……真っ白だ。

いくら馬鹿でもじゃもじゃで強くて、黒い感情に呑まれてしまっていても、その本質は白色のように純真な人。

 

そして…友人だ。

 

 

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