「これかしら」
「そうそうそれそれ!ありがとうアリスさん」
「にしてもこれ何に使うの?」
「いやちょっとね…あ、ソファー借りるよ」
「えぇいいけど」
アリスさんに持ってきてもらったのは、私が最初に魔法の森に来た時に胞子を吸って気を失ったキノコである。
いらないのかもしれないけど、一応念のために、ね。
ソファーの上に横たわってキノコを手に持つ。
「すぅーっ……じゃ、おやすみっ!」
「あ、ちょっと」
思いっきり胞子を吸って、そのまま気を失った。
「………えぇ」
気がつくと一面真っ白な場所に私はいた。
あの時も見た、真っ白な世界?
『さあ、答え合わせの時間だよ』
突然、私の声が聞こえた。
私はしゃべっていないけれど、紛れもなく私の声。
声のする方を向くと、そこには私がいた。
「……はあぁ……やっぱりかぁ………信じたくなかったんだけどなぁ……」
『……何落ち込んでるの』
「いや、散々謎だった自分の秘密が二重人格とかいうありきたりで面白みもないことだったことについて落胆してるだけ」
『……そんな理由で今まで……まあいいや、座りなよ』
何もなかった真っ白な世界に椅子が二つ、向かい合って置かれていた。
もう一人の私がそこに座ったので、私もそこに向き合うように座る。
「…一応聞く、お前は誰だ、あとここどこ」
『私は白珠毛糸、一応言っておくと二重人格じゃないからね。ここはまぁ……精神世界みたいなものかな』
私の目の前には、私と同じ姿で、同じ声で、私と同じ名前を名乗るものがいる。
うーん、頭破裂しそう。
「二重人格じゃなかったらなんなんだよ」
『私は君だよ』
「いやそういうのいいから、なんなのか聞いてんの」
『えぇ……まずは君が私のことなんだと思ってるのか教えてよ』
「私がこの世界に生まれた瞬間から私の中にいるもう一人の自分、私とは別の人格」
『大体合ってるけど多重人格ではないからね』
「じゃあ納得のいく説明をしろよ、ったくよお、私と同じツラしてるくせに回りくどい奴だなぁ。やっぱ別人格だろお前」
『………じゃあもう答え言うよ。もうちょっと勿体ぶらせてくれてもいいのに…』
ジト目になった私は、ゆっくりと口を開いた。
『私は元毛玉の白珠毛糸、君は元人間の白珠毛糸』
「………?」
『君が転生した時に毛玉という器が生まれたんじゃなくて、もともとあった一つの毛玉という存在に、突然君がやってきたんだ』
「………なるほど?」
『わかってないよね……毛玉って何も考えずに浮いている存在だけど、意思、というか魂がないわけじゃないんだ。かなり小さくて幽かな魂だけどね』
「そこに突然私が入り込んできた結果こうなったと……じゃあ私、というかお前が持ってた元々の霊力は?普通の毛玉は持ってるけど」
『君が入ってきた時、魂として弱かった私は裏側に押し込められた、その時に元々持っていた霊力も、なんやかんやあって霧散したんだよ』
ふむ……それじゃあ私は転生したばかりのころ、霊力も妖力も何もないからっぽの魂が二つあったってことか。
「それでチルノと幽香さん、霊力と妖力がそれぞれ私の中に入ったと……なるほどなぁ」
『ちなみに私が霊力で君が妖力ね』
「どして?」
『もともと私と君は今みたいに別れてなかったんだよ。そもそもその存在すら認識されてなかったし、それこそ私は元は何も考えていない毛玉だったからね、最初の頃の私達は全く同じ存在だったと思うよ。それで、元々の魂が幽かだった私に幽香さんの妖力は強大すぎたから、自然と君が妖力、私が霊力って別れたんだと思う』
はぁ……初めにあったのはチルノと大ちゃんだったけど、二人の霊力が入ってくることはなかったよな……なんでだろ。
『あと、単純に霊力同士は反発するから、あの時は力の強かったチルノの霊力が入り込んだんだ』
私が聞く前にもう一人の私がそう言った。
同じ存在だからと言って思考が読めるわけではないらしい。
「じゃ、もともと全く同じ存在だったって言ったけど、いつから別れたんだよ」
『君が最初に魔法の森を訪れた時』
「へ?あぁ、あの時」
『君があのキノコの胞子で私の存在を認識したから、その時から徐々に私と言うもう一人の白珠毛糸に分かれていったんだ。とは言っても、君が私という存在を否定したせいで、こうやってコンタクトを取るのがかなり遅れてしまったんだけど……なんで私のことは勘づいてたくせにずっと否定してたのさ』
「それは………」
こいつ、てか私の言ってることは事実だ。
私も、昔っからもう一人の私の可能性について考えていた。でも認めたくなかった、なんでかって……
「……なんか、二重人格とかいう変な個性持つの嫌だったから」
『………』
「なんだよその目」
『呆れてるんだよ、あと私は二重人格じゃない』
二重人格じゃないと言われましても……じゃあ今目の前にいるお前はなんなのって話だ。
『いい?私の名前は白珠毛糸だし、君の名前も白珠毛糸。私は、白珠毛糸という人物を構成する要素でしかない。白珠毛糸の記憶は私も持っているし、全ての出来事を私も同じように経験している。それに、表に出ている白珠毛糸って、君をベースに私が少し入ったものだよ?』
「あ?どゆこと」
『私って君に比べて温和でしょ?』
「……私と同じ顔で、温和でしょ?とか言われたら腹立つな……一発殴りてえ」
『ほらそういうとこ、まあ言っててもキリがないからもういいけど』
むぅ……少し納得できるのがちょっと悔しい。
要するに表に出ている白珠毛糸という存在は、私にこの自称温和な白珠毛糸が混ざったものらしい。
……確かにちょーっとばかし喋り方が柔らかいとは思うけど。
「なんかなぁ……」
『あ、これからは君が表に出ていても語りかけるから』
「は?」
『そんなにキレないでよ……言っとくけど君、私のおかげで結構助かってるんだよ?』
「………ハッ、まさか……」
今までの不可思議なことが全て思い出される。
まさかあれらは全部こいつの仕業か……!?
「ドス黒い感情に飲み込まれた時、唐突に気持ちが落ち着いて冷静になったりしてたのは……」
『そう、私が裏で感情を制御してたから』
「私の背が小さいのは……」
『それは私関係ないね』
「私が酒に弱いのは……」
『それも私関係ないね』
「私の頭がもじゃもじゃなのは…」
『それは種族柄だね』
「私に前世の知識があって記憶がないのは…」
『それは私が裏で操作してたから』
「さとりんや紫さんが何か知ってる風に言ってたのは…」
『私のことかな、多分』
「んだよ大して役に立ってねえじゃねえかよー」
『いやいやいやいや、特に感情に関しては私結構役に立ってたよね?』
「別にー、あのくらいなんとかなってたしー」
『そうやって強がるから文やさとりんにキツく言われるんだよ』
「ぐっ……」
私だってさ…わかってんだよそんなこと……でもさぁ……なんていうかこう……自分の中でそれはもう曲げられないものになってるって言うか…なんというか……
「………あ!てかお前今私の前世の記憶操作してるって言ったよな!」
『言ったね』
「……なんで?」
『なんでって、そりゃあ知らない方がいいと思ったからだよ。元々君はこの世界に来たショックで記憶を失ってて……その記憶を私は見つけたけどそのまま封印しておくことにしたんだ』
「なんでそんなことを……」
『いいのかい?前世の自分が中年のおっさんだったとして、その記憶を取り戻した君は、今後この幻想郷の住人たちと変わらず接していけるのかな?』
「無理」
『あら即答、まあそういうことだよ』
……それに前世がおっさんじゃなかったとしても、今の私が私で無くなってしまう可能性はある。流石にそこまでしてもう死んでる前世の自分に戻りたいとは思わない。
『それに不意の攻撃とか、意識を失った時に再生してるのも実は私だったりするんだよね』
「そうなのか……こんな奴が」
『なんでさっきから私に対して当たり強いの』
「胡散臭い怪しい恩着せがましい」
『わあすっごい……そんなつもりないんだけどなあ』
なんていうか……こいつが気に入らない。何がって聞かれたら答えられないけど……
『……もしかして君…』
「…ん?」
『自分のこと嫌い?』
「……そう、かも」
もう一人の私に言われた言葉が頭の中を駆け巡る。
自分のことが嫌い……
「………ちょっと私の話聞いてくれる?」
『どうぞ?』
「……私はこの世界において異物だ、それは散々感じてきた。だから出来るだけ人に頼らないようにしてきたし、私がこの世界に来たせいで皆んなが危険な目に遭ってるなら、それを命に変えても助ける義務があると思ってる」
『それで?』
「……今回、確かに私は死にかけて、左腕を失った」
今この精神世界?にいる私の左腕も動かない。
「それで…散々みんなに迷惑かけて、心配させて……本当に申し訳なくなった」
『うん』
「それでなんかさ……前々からそうだったのかも知れないけど、私は多分……自分のことが嫌いになった。この世界を狂わせて、みんなを危険な目に遭わせて、心配かけて……そんな私が嫌い」
『そっか』
「私は……怖い、また誰かを失うのが…私のせいで誰かが傷つくのが……そんな自分が嫌いだ」
少しだけ、声が震える。
『……その姿をみんなに見せたら少しは安心するだろうに。そういう弱いところをさ』
「……心配かけたくない」
『だから、その顔見せたら安心するって』
「あと私と同じ顔してるやつに言われても素直に受け止められない、なんかムカつく」
『………私が言わなくても、もうみんなに言われたか。あとは君がどうするかだよ』
「……そうだな」
『まあ安心しなよ、なんてったって私は君だからね!君のことは誰よりも理解してるつもりだ、だから辛くなったら躊躇わず私に相談しに来ていいんだよ!』
「ちょっとそこでじっとしてろぶん殴ってやる」
『おぉ怖い怖い』
私ってこんなうざかったのか……いや、よくよく考えたら私めちゃくちゃうざかったわ。
「………この左腕、治る?」
『うん?うーん……そうだねぇ……私は君にかかってた呪いをほとんど左腕に集めて、その時の取りこぼしが体のあちこちに残ってる感じだから……目とか関節とか、その辺は多分長くても数年で治ると思う。けど左腕はどうかなぁ……』
やっぱりかぁ……この左腕だけ、本当にうんともすんとも動かない。このままずっと治らないのだろうか。
『でも……一応呪いを維持してた道具はあのクソ野郎を殴った時に一緒に壊れてたし、依代になる負の感情も今は持ち合わせてないから……時間経過で治るとは思うよ。何十年、何百年かかるかわからないけどね。再生能力高くてよかったね』
「そっか………」
本当に…都合のいい体だよ。
『さて、他に聞きたいことはある?』
「ん…いや特に」
『わかった、じゃあこれでお別れだね。と言ってもいつでも話せるし、私もずっと君のこと見てるからあんまり関係ないけど。呼んでくれたらいつでも答えるよ』
「ぜってぇ呼ばねえ」
『はいはい、それじゃあねー』
「………あ、おはよう」
「おはよう、どうだった?」
「………なんかもう一人の自分がいた」
「そう、やっぱりね」
にしてもまあ……もう一人の私か……
『呼んだ?』
呼んでねえし、でしゃばってくんな。
「……ん?今やっぱりって言った!?」
「言ったわね」
「知ってたの!?私のこと!」
「推測だったけど、まあ」
「あ、そう………」
「ちなみにあの文って子も知ってるわよ」
「マジ……?」
なんでい!みんな揃いも揃って知ってるくせに私に黙ってさ!ケチ!
『そりゃあ、自分で気づくのが一番いいからでしょ』
帰れ。
「なんか不機嫌そうね」
「そ、そう?まあ色々あったから……」
「あ、私何があったのか知らないんだけど、教えてくれる?」
「あそっか、アリスさん知らないのか……」
そこから、今回の事件?についてをアリスさんに長々と話した。
「馬鹿ねぇ……」
「んぐっ……しょうがないじゃん、本当に色々あったんだから……余裕なかったんだよ」
「私なんて知らないところで勝手に死にかけてこうやって平気そうな顔出してるからあれだけれど……周りにいた人たちは相当心配したんじゃないの?」
「まあ……その点は……申し訳ないなぁと……」
「はぁ……」
呆れたようなため息をつかれる。私呆れられすぎじゃね?
「もう少し自分を大切にしたらどう?……とか言っても、自分より他人の方が大事だとか言うんでしょうねあなたは」
「………」
「それなら、せいぜい心配かけないように心がけることね。別に私から言うことは特にないし」
「…さいですか」
………ちょっと色々考え直してみるか…