「それじゃあ……装着するよ」
「おうよいつでもかかってこい」
にとりんの手によって義手が私の肩に取り付けられる。
ブッピガアアン!
「どう?どんな感じ?」
「最高っす」
「いやまだ動かしてもないでしょ」
いやもう付けられただけで満足感が……まあ動かすけど。
左肩から義手にかけて妖力を通す。
少しずつ、ゆっくりと。
妖力が行き渡ると……特に何も感じなかった。
試しに人差し指を曲げてみる。
「お、おぉ……おおぉ……曲がった」
「どう?異常ない?」
「うん、全然大丈夫。自分の手みたいに動くよ、マジで」
ええと、結局最初に話が持ち上がってから……半年くらいか?ずっと忙しかったらしいのに合間を縫って、るりとにとりんがちょっとずつ作業を進めてくれたらしい。
まあるりは今はもう外れているとはいえ全身包帯ぐるぐる巻きだったからあんまり作業できてないみたいだけど。
それでも私のためにやってくれたのは本当だ、感謝しかない。
「とりあえず試作機ってことであんまり機能とか搭載できてないけど……あ、手首のでっぱり押してみて」
「ん?これ?」
言われた通りに手首のスイッチを押してみる。
「………回ってる」
「回ってるね」
「何これ」
「ちょっとした遊び心ってやつさ」
「あっふーん……」
めっちゃ手のひらドリルしとる……
いやまあ、面白いけどさ。
「あ、中にちっさい電池が入っててそれで動いてるよ。だから回しすぎには要注意ね」
「散々変な機能要望しておいて、こんなこと言うのもなんだけどさ」
「うん」
「使わんわこんな機能」
「だろうね」
手のひらドリルとか……なんに使うのよ。
これで穴掘ればええんか、穴掘ればええんか。電池式のくせに。
「いやしかし、半年動かなかったのがこうやって動くってだけでなんていうかこう、嬉しいねえ」
左腕が自分の意思で動くのが楽しくてついつい振り回してしまう。
バキッという音がした。
後ろを見ると椅子の背もたれに穴が空いていた、デカめの穴が。
「あ……」
「……まあ、毛糸の妖力だもんね、力加減難しいよね」
「はい…」
「霊力で使ってね」
「うっす…」
妖力を抜いて霊力を流し込む。
あ、軽い。軽いと言うか重さ感じないわ。
あー、妖力は力強すぎて重くないし霊力は浮かせるから重さ関係ないか。
いやでも浮いてるとなんか動かしにくいな……左腕だけ無重力状態だもんな、そりゃ普段と一緒のようには使えないか。
まあ、そんなに重くないし浮かせないで使おうか。
「……霊力でも問題なく動くね」
「よしよし、とりあえず基本動作は問題なさそうだね。でも耐久性とかはまだ問題あるから、あんまり激しく動かないでよ?あとうっかり左腕生やさないように」
「わかってるってー」
いやしっかし左腕がガシャコンガシャコン鳴ってるな、なんか面白えな。そのうちうるさいとか思い出すんだろうが。
でも妖力も使えるってことは、素の金属の硬さでそこがさらに妖力で強化されるってわけだから……盾みたいに使えるかも。
いや壊れそうだからあんまりそう言うことしたくないけどさ。
私攻撃は普通に受けて治せばいいと思ってるから、それと同じ考えで左腕を使ったら取れちまうな……その辺の意識も変えてかないとな。
「いやでも、ありがとうね、本当に。忙しかっただろうに、私なんかのためにさ」
「友達を助けるのに理由なんかいらない、でしょ?」
「………泣いていい?」
「駄目」
あの後、忙しいからさっさとどっかいけって追い払われた。
なんでや友達とちゃうんかったんかウチらは。
といっても自慢する相手なんて……というかこんなの自慢したところでなあ。
まあ、家の修復作業まだ終わってないし、慣らしでその続きやってみるか。
「………ん?」
家に帰ってくるとイノシシが扉の前で座っていた。
「何してんのお前そんなとこで」
「ぶふぉ」
「チルノは?」
「ぶふぉっふぉ」
「あ、そう、居ないのか」
こいつとの付き合いも長いなぁ。
アリスさんによると、やっぱりここまで長生きしてるなら私みたいに人型の肉体を獲得してもおかしくない、なんならするはず、とのことだ。
まあ本人がそれを望んでいないのならそうはならんだろうが、なんでいつまでも私のところにいるのかねぇ。
なんで懐かれてんのかもわからんし……なんか下に見られてる気すらするし。
「この前はごめんな?私がもっと早く帰ってたら怖い思いしないで済んだのにな」
「ぶふぉぶふぉ」
私の家が壊れた時に巻き込まれて、そのあとちょっと怯えてたらしい。
悪いことをした、いや悪いのはあいつらなんだけど、怖い思いをさせたってのはやっぱり申し訳ない気持ちになる。
「……そういや最近構ってやれてないよな、散歩行く?」
「ぶふぉ!」
「あら良い返事」
そういえばこいつには未だに名前がない、私はずっと変な呼び方をしてるけどね。
名前ってのは妖怪として大事なものらしく、その存在を定義するのにうんたらかんたら……
こいつもちゃんとした名前与えたら人型になったりすんのかね。
ん?いや待てよ。私の名前って確か、私が体を手に入れたあとに大ちゃんが名付けてくれたんだよな。
よし!わからん!細かいことは気にすんな!
「それじゃ、行くか」
私がそう言うとイノシシは先導して歩き出した。
うむ…頭いいよなコイツ、私より長生きらしいし。
妖怪といっても人間を食ったりするわけじゃない、いや見てないところで食べてるのかもしれんが……食べてないと信じよう。
こいつが食べるのは……なんでも食べるな。
私は時々、気が向いた時にしか散歩に連れて行かない、というかわたし自身散歩に行かない、インドア派です。
なんかチルノが勝手に連れて行って、イノシシが一人で帰ってくる。大体そんな感じだ。
「……んあ?」
なんか上空でバッサバッサ聞こえる、翼が動く音だ。
鳥かなんかが飛んでいるのかと思って上を見ると文だった。
「帰れ!帰れ!」
「目が合った瞬間それはなくないですか!?」
お前ら妖怪の山は厄介ごとしかないやんけ!わたしゃもう働かんぞ!私はイノシシとゆっくりスローライフ送るんじゃ!
「何しにきた馬鹿野郎!」
「何しにきたって、偶々通っただけですよ?急に帰れとか言われたから、構って欲しいのかな〜、と思っただけで」
「じゃあいいよ、帰っていいよ、別に構わなくていいよ」
「いやまあそう言わずに、周辺の調査って名目で仕事抜け出せるんで、そこをなんとか」
またサボろうとしてんのかこいつ。
「今は山、忙しいんじゃないの?」
「いや、もう大分落ち着いてきましたよ。あ、そういえば義手付けたんですってね、ちょっと見せてくださいよ」
「え、やだ」
「ありがとうございまうぇえ……なんでですか」
「なんとなく?」
「………」
「ええいそんな顔をするでない、そんな…何その顔!やめろよ、その構って欲しいからイタズラばかりする子供を暖かく見守る目やめろよ」
「えらく具体的ですね」
仕方がないので左腕を見せる。
これが自慢するってことかなるほど。腕あるやつに自慢してもしゃーないけどな?
「ほほう…動くんですよねこれ」
「ん、なんなら回るよ」
「回る…って……なんですかその機能」
「遊び心」
「あ、そうですか」
左腕は動くっちゃ動くけど、痛覚とかはない。でも霊力を通してるおかげか、何か当たったりぶつかったりされると、あ、なんか当たったなー。くらいのことは感じ取れる。
つまり手のひらドリルしても別に痛みとかはない。なんか回ってるなー、って感じがするだけ。
「それで、何してたんですか?その……なんでしたっけ、イノ次郎でしたっけ」
「イノーマンだよ」
「あ、そうですか」
「今散歩中」
イノシシが暇そうにしてたので歩きながら文と会話する。
「ずっと居ますよねその子……」
「そう、なんかずっといるんだよ。ねえ文、こういう妖怪っていつ私みたいな身体手に入るの?」
「身体ですか?さあ……確かに、それだけ長い間生きてるんだったら身体を手に入れてもおかしくないと思いますけど…」
「なんか本人がこのままがいいって思ってるとかなんとか」
「はあ…そういうもんなんですかね」
文もわからないか……まあ天狗は生まれた時からこういう見た目だろうし知らないのも当然か。
っとなると……今度地底に行った時にお燐にでも聞くか?いやでも、誰に聞いても大した返答返ってこなさそうなんだよなあ……
「なんとなーく意思疎通はできるんだけど、言葉を話さないから何言ってんのかわからないんだよね」
「そうですか。もしこの子が身体手に入れたらどんな見た目になるんでしょうね」
イノシシの擬人化の話始まったぞオイオイ。
「毛糸さんは割と見た目通りの容姿になってますよね……この子なんか体毛毒々しい色してますし、そういう髪の毛になるのかな」
「さあ、興味ないね」
「活発ですし、元気な男の子になりそうですね」
「いや興味ない……ん?」
「?どうかしました?」
「いや今……なんて?」
「元気な男の子になりそうだなーって」
いや……あの……そいつ……
「メスだよ?」
「……へ?」
「そいつ、雌」
「へ?」
「女の子」
「へ?」
「ふぃめーる」
「へ?」
「………大丈夫?」
「冗談ですよね?」
「本当」
「………へ?」
あー…思考回路がショートしてらっしゃる。
「な、メスだもんなお前」
「ぶふぉ」
「ほら」
「いや、何言ってるか分かりませんけど……いやだって、牙ありますよ?ちゃんとしたの、ありますよ?」
「妖怪だからね、相手を攻撃する器官はあって損しない」
「でも…でも……そんな……」
なーにショック受けてんだこいつ。
まあ私も最初気づいた時はかなり驚いたけど……だからどうしたって感じあるし。
「嘘だ…」
「マジだ」
「え、いやだって、えぇ?」
「よしイノピロンこいつ放って散歩の続きだ」
「ぶふぉ」
アリスさんに聞いたけど、この妖怪はメスでも牙が普通にあるんだってさ。まあ見た目がイノシシってだけで実際は妖怪だし、そんなもんだろ。
ちなみにオスはめっちゃ長いらしい。てか長かった、実際見た。
もしオスだったらその牙で何回体を貫かれてるかわからんわ。
「し、知らなかった……チルノちゃんたちは?」
「知ってる」
「まじですか…」
「マジっすよ」
「………だからどうしたって感じですね」
「でしょー?」
「確かに驚きはしましたけど、それだけでしたねー」
「…汗ダラッダラだぞ」
「あ、ほんとだ」
めちゃくちゃ動揺してるやん……
「私……今までずっと男の子だと思ってて……これからどうやって向き合えばいいのか……」
「いや大して変わらんだろ、てかお前そんなにこいつと会ってないだろ」
「いやそうなんですけどね?」
「てかなに、そんなにこいつのこと好きなの?」
「だって可愛いじゃないですか」
「お、おう……可愛い…?」
「ふごっ」
「お、おう……」
見た目は別に可愛くないと思うけど……あれか、動物みたいな見た目してるとか、性格とかそういう話か。
まあどっちかっていうと憎めないって感じな気がするけどな。
「そうだ!ちゃんと名前考えてあげてくださいよ」
「考えてるよ、な、イノウンド」
「毎回呼び方変わってるじゃないですか!そんなの名前って言いません」
「チルノだってそんな感じで呼んでるぞ?イノ太郎とか、イノ次郎とか、イノ三郎とか」
「いやそれはなんかもう……あれですよ」
「あれってなによ」
「あれはあれです」
「第一本人もこれが気に入ってるし。な、イノシュタインドルフサンシャインブレイク」
「ぶふごっ」
「いや長いですよ……」
なんか名付けって、恥ずかしいというか、緊張するというか……なーんかそわそわしちゃってできないんだよね。
あとネーミングセンスないから。
やっぱ大ちゃんすげーわ。
「でもそうだなあ…何考えてるか気になるっちゃ気になるし、一回さとりんのとこ連れて行こうかな」
これで本人心の中ではめっちゃ毒舌だったり私のこと嫌ってたりしたらかなりショックだけど……まあ、多分、大丈夫でしょ、きっと。
「あと雌っていうのやめてあげてください、女の子にしてください」
「なんでお前にそんなこと言われなきゃなんねーのよ……」
「だって雌とか言ったら家畜みたいじゃないですか!」
そもそも性別とか意識することねえよ……てか実際ペットとだし…ペットだよね?
あれ?ペットだとして、私ペットに毎回突進されて骨折ってんの?
………まあいいや。
そんなことよりこの鴉めんどくせえなぁ。
「そんなに好きならあげようか、いつも一緒にいられるぞ」
「それは結構です」
「あらきっぱり」
「そんなに暇じゃないんで」
「私のこと暇人って言ってる?」
「はい」
「イノリュース、突進」
「ふご」
「あだぁっ!」
ケッ、いい気味だぜ!
……近いうちに連れて行くか、地底。