「………ありゃ?」
萃香……萃香さんでいいか。
萃香さんが素っ頓狂な声を上げる。
そりゃそうだろう、何倍にも膨れ上がった己の体を高所から自由落下させたのに、自分は地面に激突せずに宙に浮いているのだから。
そう、宙に浮いている。
激突する寸前に萃香さんに張り付いて妖力を大量に霊力に変換、相手に流し込んで宙に浮かせた。
勢いはなかなかあったが重さがないから関係ない。
私は今萃香を両手をつけて、霊力を未だに流しながら冷や汗をダラダラと流している。
「ふううぅぅぅ〜………」
あせっっったああああ……し、死ぬかと思った……
あの状況でよく相手を浮かせるという選択肢が出てきたものだ、褒めてやろう私の頭。
ちょっと間に合わなくて足がすごい潰れて短足になってしまったのは内緒である。はよ治そ。
しばらくすると萃香さんの体が急にしぼんで元のサイズに戻った。
「一体何をしたんだ?能力か?」
「えぇまあ…能力というかなんというか、浮かせるだけですけど」
「へぇ!他にどんなことができるんだ?」
「浮かせられるだけです」
「え?」
「浮かせられるだけ」
「……あ、そう」
まあ私のできることを能力にしていったら、冷気を操ったり植物をちょっとだけ操れたり再生能力がバカ高かったり……そんなもんだ。
前者二つはパクリだし再生能力はどっちかというと体質だし。
「まあとにかく、あんな防がれ方をしたのは初めてだよ」
「私もあんなの食らったのは初めて……」
怪獣に吹っ飛ばされたウルト○マンが市街地に倒れ込んでビルを薙ぎ倒すところに巻き込まれた感覚だぜ……
「じゃあやっばりこっちで行こうか……」
こっちってなんすか、拳っすか。やめてくださいよ鬼の得意分野じゃないですかやだなあもう。
「ふん!」
「んひぃ!!」
突き出された拳を必死に避ける。心なしかさっきまでよりキレが増しているような……
「避けてるだけじゃ何も変わらないぞ!」
「いやそんなことんひぃ!!言われましてもっふぅ!!」
風圧がすごい、一発一発がブオンブオン言ってある。
しかし逃げてるだけじゃ何も変わらないのも事実……私が相手に対抗するには………
いつもお世話になります幽香さん!!
普段よりさらに多くの妖力を体に循環させる。
身体能力が上がったことを感じると同時にまた突き出された相手の拳を避けて懐に潜り込み、腹に一発拳をねじ込んだ。
「くふっ……いいねえ、いいの持ってるじゃん」
「人からもらったものなんで」
「…やっぱりその妖力はあいつの…」
「………幽香さんとは知り合いですか?」
「ま、何回か殴り合いをした仲さ、全力でな」
ひえっ……鬼の四天王と幽香さんの全力の殴り合いとか…地形変わるでしょそんなの……
「しっかしそれなんでお前が持ってるんだ?不思議だなぁ」
「話すと長くて面倒くさいので」
「そうかそうか、じゃ、続きしようか」
うーんこの人怖いよ!
見た目幼女で気さくに話しかけてくるのに言動が怖いよ!
両腕でガードに集中しつつ、出来るだけ直撃を避けて隙を見つけた時に攻撃する、深追いしすぎないように。
「いいねいいね!初めての相手とここまで長い間やれるのはやっぱり新鮮で楽しい!」
「楽しくないんでやめてもらっていいですか」
酔ってる上にどんどん表情が明るくなっていくよこの人…怖いよ…
「何より素手ってのがいい!」
いや腰に刀差してるんですけどね?氷だって出せるんですけどね?
ただこういう人相手だと氷も簡単に砕かれるし、りんさんの刀も万が一折られたら嫌だから使えないだけでして……
なんとか攻撃を食らっても耐えられている。まあ体感だが勇儀さんの方が一撃は重いような気もする。
けどまあなんというか、この人は動きがちょこまかとしているというか、ふんわりしてるというか、読みづらいというか。
戦い辛い相手だ。
「うらああ!」
「こわっ…」
雄叫びを上げて殴りかかってきたので防御の姿勢を取る。
だが想像に反してやってきたのは攻撃じゃなくて掴もうとする腕、両腕を掴まれてしまった。
「くらえ!」
「ちょま」
頭突きだ。
両腕をがっしりと掴まれて絶対に避けられない。
反射的に毛玉に戻って拘束を抜け出し、距離を取ってからいつもの体に戻った。
「ありゃ、良い線いったと思ったんだけどな」
「殺す気っすか…」
「死なねえだろ」
死ぬわバカタレ!
「でも今の感触……その左腕、どうなってる?」
「……義手ですよ」
「義手!そうかそうか、なるほどなあ」
なんか1人で勝手に頷いてるんだが。
というかこの人との戦いいちいちこんな風に会話を挟んでくるからやりにくいったらありゃしない。
とか考えたら何も言わずにこっちに突っ込んできた。
「ぐふっ…」
防御しようと思ってたら腹に一発ねじ込まれてしまった。
痛みなんてもうろくに感じていないが、口から息が無理やり吐き出される。
足から氷を出して相手を無理やり引き離す。
「氷も出せるのか!」
あー……内臓半分くらい潰れたんじゃないか今の。
なんか位置もめちゃくちゃに散らばってるし……ええい、肺と心臓だけ無事だったらそれでいいわ!他は後だ後!
それにしても急に早くなったな……
「調子上がってきたしどんどん行くよ!」
「今まで本調子じゃなかったと!?」
相手が一歩踏み込むと地響きが起きる、どんだけ力を溜めてんだおいおい……
姿がブレたと思えば既に私の眼前まで移動してきていた。
突き出された拳が私の体を貫く。
「いぎっ……つぅかまえたあ!!」
どうせ防御してもとんでもない衝撃が襲ってくるだけなので妖力で防御せずにわざと貫通させた。
驚いた表情をしている萃香の私の体を貫通している右腕を左腕の義手でがっしりと掴む。
右手に妖力を集中させて思いっきりぶん殴る。
相手も左腕で防御して吹っ飛びそうになるが、私の足元を氷でガッチリと固定して、義手で掴んでいるのを離さずに引き戻す。
「もう一発!」
また右腕に妖力を込める。
今度は身体能力を上げる奴ではなく、妖力弾と同じイメージで。
当たれば妖力弾をゼロ距離でまともに受けるのと同じことになる。
私はそれを躊躇なく相手の顔面に向けて放った。
「——ってはあ!?」
左腕でちゃんと掴んでいたにも関わらず相手の姿が消えてしまっていた。
即座に切り替えて、地面に向けてその右腕を放った。
当たった場所から爆発が起こり、私の体を高く打ち上げた。
爆発が起こった地面を上から見つめる。
「すぅ……はあぁ……」
地面に向けて自由落下しながらぐちゃぐちゃに破裂した右腕を再生し、息を整える。
速度を落としながら着地すると、頭を押さえて痛そうにしている萃香が見えた。
「私が消えた瞬間に思考を切り替えて周囲丸ごと爆破するなんて、機転が利くじゃないか」
結構この人ずっと褒めてくれるなあ……
「もし当たらなくても空中に逃げて一旦距離を取るって考えだったんだろ?」
「………も、ももっもちろんそうですよ?」
「………あー……そうか、やっぱりな」
はいそんなこと何も考えずに見切り発車でやりましたっ!気を遣ってくださってどうもありがとうございます!ごめんなさい!
「じゃあ続きを……何?両手を上げて」
「負けです、負けでいいです。もうこれ以上は勘弁してください、妖力も結構使っちゃったし」
「えぇ〜?じゃあしょうがないなあ」
萃香さんはちょうどいい岩を見つけると、そこに座って、私がお供えしてた酒をどこからか取り出して飲み始めた。
「お疲れー、楽しかったよ」
「はあ、さいですか、そりゃよかった」
義手大丈夫かな……後でるりかにとりんに見てもらおう。
腹をさすりながら、内臓の位置とかを確かめて、再生を始める。
「そういや名乗るだけ名乗ってそっちの名前は聞いてなかったな」
「白珠毛糸です」
「そうか毛糸、あんたって幽香の妹かなんか?」
「そう見えますか?」
「いや全然」
まあ、こいしとさとりんを知っているがあの2人の妖力も、なんとなーく感じが似てるなあってだけで、そこまで一致してるわけではない、と思う。
私の妖力はもともと幽香さんのものだけど、時間が経つにつれすこーしずつ私流にアレンジされたものになっている。だから同じというほどではないけど、幽香さんのそれとは結構似ている。
チルノの霊力も同様だ。
「まあ、ちょっと色々あって。ただの他人ではないってのは確かです」
「そうか……そういや白珠毛糸ってあれか」
「あれ?」
「噂になってたよ、妖怪の大衆を一人で壊滅させた白いもじゃもじゃの毬藻妖怪がいるって」
毬藻だと…………?
その噂を流したやつは殺さなければならないようだ。
「私は毛玉ですが」
「そうだな、見りゃわかる。私のことはどこで聞いたんだ?」
「えーと…勇儀さんから」
「勇儀!そうかあいつか!懐かしいなあ、あいつ元気にしてるか?」
「そりゃもう、すこぶる元気でしたよ」
「今度会いに行くかなぁ」
さとりんが頭を抱えるのが目に浮かぶ。
鬼の四天王同士の殴り合いで起こる被害とか想像できない。
いや、案外仲良く酒呑んでるだけかもしれないけど。
「ま、座りなよ。一杯どう?」
「私酒飲めないんで………」
「何!?それは…可哀想な奴だな……」
本気で憐れむ目をしてる……どんだけ酒呑んで生きてきたんだよ。やめろ、その悲惨な境遇の子供を憐れむような慈悲深い笑みをやめろ、本当に損してるみたいな気持ちになるだろ。
「じゃあしょうがないから私だけ呑んでるか…」
「どうぞどうぞ……そのひょうたんは?」
「あ、これ?これはあれだよ、あの……酒がとにかくいっぱい湧いて出てくるんだよ」
どういう仕組み…?まあ聞いてもちゃんとした答え返ってこなさそうだしいいか……
「で、その墓は?誰のなんだ?」
「これは……まあ、友達の墓です」
「友達ねえ、なにで死んだんだ?」
結構ズカズカ聞いてくるな……別に聞かれたくない話でもないが。
「怪我とか寿命とか、色々重なって弱ってるところに強い奴と戦って死んだって感じです」
「そうか。……それにしてもこんなところに墓を建ててるとねえ」
「そっすねえ……その友達人間だったんですけど、私以外にロクな友人もいなかったっぽいし、家族もいないって言ってたんで」
もう私以外にあの人をちゃんと覚えてる人はいないだろう、なおさら忘れられないな。
「人間のかあ……」
何やら物憂げな顔表情を浮かべている。
そういえば鬼って人間の卑怯な手にうんざりして地底に行ったんだっけ?まあ鬼が悪いと思うけどね私は。
「何年一緒にいたんだ?」
「さあ?流石にもう覚えてないっす」
「悲しかったか?」
「そりゃもう、吹っ切ったと思ってもなかなか気が晴れなくて……正直今でも寂しいと思うことはあるし」
もう会えないし、生き返らない。
分かっていても、一度だけで良いから会ってみたいものだ。
「そうか……」
「………さっきからどうしたんです?」
「いや、ちょっとね」
過去に何かあったのだろうか……それともやっぱり人間にうんざりして地底に行ったって話だろうか。
「こう見えても私はそれなりに長く生きてる。その中で人間と仲良くなったってやつも大勢見てきた」
「はあ」
「そいつらみんな、最後は後悔してたよ」
後悔……私もりんさん死んだときめちゃくちゃ後悔したなあ。
「そいつら大体が、こんな思いするなら人間となんか関わらなければよかったって言ってた」
「ま、そうでしょうね」
「お前はどうだ、そう思うか?」
ふむ……ぶっちゃけ思わない。
私は人間じゃないし、人間になりたいとも別に思っていない。
だから人間と仲良くなったとして、その相手に先に逝かれてもそれは当然のことだ、何一つおかしいことはない。
もちろんそれは落ち込むだろうし、後悔もするだろう。
だからといって関わらないという理由にはならない。
いつか死ぬということを忘れずに付き合っていくだけだ。
「私は単に人間が好きなだけだから、そうは思わないです」
「…変わってるけどお前、良いやつだな」
まあ私なんて最期に言葉を交わせたんだから良い方なのかもしれないけどさ。
「悪いね、しけた話して」
「いえ全然」
妖怪ってのは力を持っているし長生きだ、だから多分自分から何かを変えようとはせずに、変化が起こるのを待っている。
もしこの幻想郷で毎日がどんちゃん騒ぎみたいな日常が来るのだとしたら、その中心にいるのはきっと人間だ。
「萃香さんはなんでこんなところに?」
「んー?いや、適当にほっつき歩いてただけ。……聞きたいのはなんで地底にいないのかってことか?」
「いや、そんなことは…」
「いいよ、別に。単純な話、あんな薄暗い場所にずっと引きこもるってのは嫌だったってことさ」
あー…まあそれが普通か。
私も同じ立場なら地上に出そうな気もする。私だってあんな頭のおかしい酒狂いばっかの場所にはいたくない。
「じゃ、そろそろ行くよ。次あったらまたやろうな」
「お、お手柔らかに……」
はっきり言おう。
もう二度と会いたくない。