さて。
そろそろ向き合わなければならないのだろう。
彼女が死んだ……死んだと言っていいのかはわからないけど。
彼女がいなくなってからはや数百年、私にとってはそこまで親しい相手ではなかったけれど……
それでも決して忘れることのできない人物である。
彼女には…まあ襲われたこともあるが、助けられたこともある。
妖力の使い方をまず最初に教えてくれたのは彼女だし、あの人がいなければ今の私がいない可能性だってある。
それにまあ……妖力が無駄に強い私が、自分が強いと調子に乗らないようにと思えているのも、まず最初にあの人に会ったからかもしれない。
それに何より、あの時、りんさんと一緒に戦った相手だ。
りんさんと一緒に私から離れていってしまった人だ。
「そろそろ、かぁ……」
まあ、ルーミアさんと向き合うと言ったところで、まだあの人が復活したところを私が見たわけではない。てか多分まだ復活してないかもしれない。
ただ、時々ルーミアから感じるあの気配。あれは間違いなくルーミアさんのものだ。
ならどうやって接触するか。
ある程度復活するタイミングを目星つけて、粘り続けるしかないだろう。
妖怪は基本夜が得意なものが多い。ルーミアさんなんてそれこそ夜が大好きなんじゃないだろうか。
ついでに言うと妖怪は満月が好きである、綺麗だもんね。いやそう言う話ではないけど。
なんかよくわからんけど、満月っていうのは妖怪にとって重要なものであるらしい。
私は夜にも満月にも特に何か感じたことはないが……元が毛玉だからだろうか。
まあそういうことで、復活するのなら満月のタイミングだろうということで、満月とその前後の2日の夜をルーミアを見張って過ごすことにした。
ルーミアが普段何しているのか。
なんともまあ……大して妖精と変わらない気もする。
少し肉への執着が強いくらいで基本は温厚だし、人間も積極的に襲いに行くわけでもない。
妖精や他の妖怪と混じって遊んでいることが多い。
まあ基本そーなのかーと適当に相槌打ちつつ謎に両手を広げて周囲と会話したり遊んだりしているくらいだ。
「………なんか不安になってくるな…」
やってることが昼間も大して変わらないのだ。
夜だから何か特別なことしてるわけでもなく……いや私の見てないところで血生臭いもの食べてるのかもしれないけどね?
妖精も基本昼も夜も元気なため、妖怪であるルーミアは昼も夜も妖精に混ざっていることが多い。
昼にも寝るし夜にも寝る。
「あれ本当にルーミアさんなんか……?なんかもう可愛らしい子供にしか見えないんだけど……」
「どうかしましたかしろま…毛糸さん」
「わざと?」
「わざとです」
私大ちゃんの素直なところ好きだよ。
ある日の昼間、暇だったので妖精たちの群れに混ざるルーミアを少し遠くから見つめていると大ちゃんが話しかけてきた。
「やっぱりルーミアちゃんのことですか?」
「わかる?」
「まあ、最近明らかにルーミアちゃんのこと気にしてますし」
幼女たちを遠くからずーっと眺めるのって不審者でしかないよね。
幼女(私より年上)だけど。
私以外にあの日のことを知ってるやつはほとんどいない。
いやルーミアさんは覚えてるかな。
りんさんが死んだあの日の出来事。あの場には私たち以外誰もいなかったし、私も誰かに話したりはあまりしないし。
「まあ色々とねえ、色々……」
「あれですよね、背が高い方のルーミアちゃんのことですよね」
わかるかぁ……まあ大ちゃんもあの人の存在は知ってるだろうし。
「そう、背が高くて強くて怖い方のルーミアが戻ってきそうだから、最近ずっと様子を見てるってわけ」
「そうなんですか……」
ルーミアさんは封印が緩んだ結果、夜の間だけたまに出てきたって感じだった。
多分今回も封印が緩んできているのだろう、なんともまあ不思議な体ですこと。
ルーミアさんにかけられた封印はかなり強いものなのか、一度封印が破られても、ルーミアさん自身が弱ると勝手にまた封印されていた。
「そこまで気にかけるってことは大切な人だったんですね」
「大切……そんなんじゃないと思うけどなあ」
なんというか、複雑なのだ。
特別親しいわけでもないし……私は友達殺されたようなもんだし。
りんさんは自らそれを望んでいたのだけれども。
「なんて言えばいいんだろうな、この関係」
奇縁、腐れ縁、仇、宿敵。
色々頭に言葉が浮かんでくるが、そのどれも違う気がする。
まあ筆舌に尽くしがたい関係ってことだ。
「でも気にかけてるのなら、そんなに嫌いな相手じゃないんですよね」
「ん…そうかもね」
「覚えていてくれる、気にかけてくれるって嬉しいことですよ」
覚える……か。
確かに、りんさんと同じであの人は私が覚えていてやらなきゃいけない存在なのかもしれない。
いや、あの人のことだから名のしれた大妖怪たちと面識あるかもしれないけど。少なくとも紫さんは知っているだろう。
どちらにせよ、そう簡単に忘れられる人ではない。
この日課?始めてどのくらい経っただろうか。
この、満月の日とその前後の夜をルーミアを見張って過ごすという謎の日課。
まあ何回目の満月か覚えていないくらいには時間が経っている。というか私の時間感覚も大分雑になってる。
ちなみにすぐにルーミアを見つけられなかった日は諦めて寝てる。
私が付き纏っていること、ルーミアは特に気にしてないようだ。というか、あっちのルーミアはどういう状態なのだろうか。
私が最初にルーミアを見た時ともちょっと違ってるし……あの人どんだけ存在不安定なんだ。
今までなんの予兆もなかったが、今日は少し違った。
妖精たちと遊ぶわけでもなく、意味もなくふらふらとするでもない。
どこか目的地があるかのように移動していった。何かに釣られるように、すーっと。
辿り着いたのは月明かりも届かない深い森の中、そこで彼女はぼーっとしている。微かな光がその姿を照らしている。
ここに何かあるのだろうか。
「………」
「………」
「ねえ」
「ふぁ!?あ、はいなんでしょう」
突然声をかけられて驚いた、そんな私をルーミアは冷めた目で見つめる。
「ここがどこか分かる?」
「どこって……ただの森」
「だよね、私もそう思う」
「えぇ?」
何を言っとるんだこいつは………しかしこの森……
私も何回かこの場所にはきたことがある、だけど特別が何かがあるとかそういうことはないはずだ。
だけど、何か不思議と懐かしさを感じる。
「…………あ、そっか」
ここはあれだ。
私が二人と別れた場所なんだ。
ここで戦ったんだ。
すっかり忘れてた……いや覚えてるわけないんだけど。
でもそうか、ルーミアはこの場所に何かを感じているんだ。
彼女が戻ってくるにはきっかけが必要なのかもしれない。
まあどうすればいいのか皆目見当つかないけど。
何をすればいいかわからずに首を捻っていると、何かカタカタと音が立っている事に気づいた。
何かと思ったらりんさんの刀だった。
「ん?なんだ急に……」
不思議に思って抜いてみてもまだ刀が震えている。
「はぁん?なんじゃこれ……」
「それ……」
ルーミアが刀を見て不思議そうに首を傾げる。
「なんか……それに斬られたことあるような…」
「斬られたことあるって、まあ……」
そりゃあ斬られたんでしょうけども……
「っ……なんか頭痛い……」
「え?あ、大丈夫?いてっ」
頭を抱えるルーミアに近づこうとすると突き飛ばされた。
呻いて苦しそうにするルーミア、同時に濃い妖気を纏い始める。
「あー………こりゃあ……」
体躯が大きくなり、感じられる妖力は強大に、纏う妖気は濃く。
落ち着くまで待っていると、突然ルーミアが立ったまま脱力した。
なんの前触れもなく右腕を私の顔に向けて突き出してきた。予想はしていたため首を傾けてそれを避け、刀を首筋に当てた。
「………口角上がってる」
「あ、そう?」
なんともまあ気の抜けた返事が返ってきた。
「はぁ……当たったらどうすんの」
「当たっても死なねえだろ」
「いや顔面は流石に死ぬよ?多分」
自分でも不思議に思うくらい自然と会話をする。
「……久しぶり」
「あぁ、久しぶり」
「しかしあれ避けた上であの返しとは、お前成長したなぁ」
「何目線の感想なんだよそれ」
岩に並んで座り込み何気ない会話をする。
「その刀はあいつのか」
「覚えてるんだ、りんさんのこと」
「あぁ、色々覚えてるぞ。お前の片腕が動かなくなったこととか、妖怪の山が随分賑やかだったこととか、お前がしろまりって呼ばれて揶揄われてることとか」
「明らかにルーミアさんいなくなったあとの出来事あるんだけど。というか全部じゃね」
「共有してんだよ、昼間と」
へえ、今回のルーミアさんは昼間の記憶ちゃんと持ってるんだ。
「まああたしは相変わらず昼間はあっちの方に戻るけどな」
「そこは同じなんだ」
「まあ封印がちゃんと残ってるからなあ……多分出ようと思えば出られるが」
少し暗い表情を見せるルーミアさん。
「はっきり言って、この姿に戻るつもりはなかったんだ」
「へ?」
「あたしが死んだ理由、覚えてないか?」
「いや死んではないでしょ」
「そういうのいいから」
「あ、はい」
理由…理由……
んー……へい私。
あ、何も言わずに記憶だけ戻していきやがったあいつ。しかもなんかあやふやだぞ……?いつも雑に扱いすぎて拗ねたか?ありえるな、私だから。
「これからの時代に自分みたいな奴は相応しくない、とかだっけ」
「まあそんなとこだ。事実、妖怪も人間の関係は少しずつ変わってきてるだろ?」
「まあ、そうだね」
「あたしみたいな古い時代の奴がいたら邪魔になる。だから再び封印されることを望んだ」
「じゃあなんで今こうして出てきてるのさ」
「さあな、さっぱりわからん」
えぇ………
きっかけは明らかにりんさんの刀だろうが……
「単純にあたしという存在が戻りつつあったのもあるだろうが……嬉しかったのかもな。ずーっと、気にかけてもらえたのが」
「忘れられなかったのが?」
「あぁ、私みたいな奴気にしてるのどこ探してもお前だけだぞ」
まあルーミアさんとは友達ではないが……忘れられない相手だし、憎い相手でもない。
殺されかけたこともあれば、助けてもらったこともある。
「恨んでないのか?」
「何を?……あぁ」
ルーミアさんが言っているのはりんさんのことだろう。
「あいつは……あたしと戦ったから死んだ。あいつがお前にとってどれだけ大事な存在だったのかは今は知ってる。それなのに…」
「りんさんは……本人も死ぬことを望んでたし。多分ルーミアさんがいなくても、関係ないところで死んでたよ。なんなら戦った相手がルーミアさんで良かったとすら思える」
これが何も知らない変な奴だったらそいつのこと一生恨んでたかもしれないが……
「お前……つくづく変な奴だな」
「よく言われるよ」
なんだろう、この気持ち。
ルーミアさんとこうやって話せていることが嬉しい。
一度別れた相手と再会した。それだけでこう、込み上げてくるものがある。
「あの日の場所にまた三人が揃った、面白いこともあるもんだな」
「3人……あぁ、刀も含んでるのね」
もしここにりんさんがいたならば……叶わぬことだが、そう考えずにはいられない。
揃って苦笑しながら昔話でもしていたのだろうか。
あ、りんさんとルーミアさんはほぼ面識なかったなそういや……最期にやり合ったってだけだわ。
「変わったな、ここは」
「変わるさ、妖怪だって」
妖怪だって何年も生きれば少しくらい変化する。
妖精はあんまし変わらんけど……
「もうすぐ幻想郷は騒がしくなる、そんな気がしてならない」
「騒がしく、ねえ……」
たった数百年ぽっちしか生きてない私の感覚なんてとても信じれるものじゃないけど。
多分これからの時代、人間と妖怪の在り方が変わっていく中で何かが起こる。
なんの根拠もない話だけどね。
「なあ、頼みがあるんだ」
ルーミアさんから出た意外な言葉に思わず顔を見つめる。
「珍しい……何?」
「あたしはこうやって蘇ってしまった。蘇ってしまったからにはこの場所にいてもいいように、人間を襲わないようにするつもりだ。普段は昼間の姿でいるし」
「それが?」
「だから……その、なんだ。友達になってくれないか」
「………」
「……駄目か?大人しくするからさ」
「いやちょっと……そういうわけじゃないけど…」
ルーミアさんの口から友達とかいう単語が出てきたことに驚いてしまい、一瞬固まってしまった。
「全然いいよ、友達」
「そうか……ありがとうな。覚えててくれて」
「すうぅぅ………ふうぅぅぅ……」
この人こんなことポンポン言うような人だったか?
………丸くなったってことか。
「ちょっと引いてるだろ」
「いやいやそんなまさか」