評判を気にする毛玉
「帰ったら久しぶりに紅茶淹れてよ、飲みたい」
「いいけど……なんで私なんかが淹れたやつをそんなに好いてくれるのよ」
「色々」
アリスさんと魔法の森を適当に散歩する、イノシシを添えて。
この魔法の森、少し目を離しただけでも結構光景が変わってたりするので割と迷う。というか何回か迷いかけてる。
「人里じゃ最近どう?」
「まあぼちぼちかしら。まずは子供たちから人気を集めていかないとね。人形を操って喜ばせておけば評判も良くなるでしょう」
「結構ずるいこと考えてるね…」
「そっちこそどうなのよ」
「私?私は……まあ……うん……………」
なんか…軽く見られてる。
いや、私の姿見てギャーギャー騒いで欲しいわけじゃないけども……あ、もじゃもじゃだ。すげえ頭だな。程度にしか思われてない。
いや、いいんだけども。それで構わないんだけども。
「思えば私も子供たちから髪の毛に関して質問攻めされるわ……そう考えたらどっちも同じようなもんだね」
「一緒にしないでくれる?」
「そんなぁ………ん?イノヒズムどうかした?」
少しイノシシの様子がおかしい。いや、おかしいというか、なんかやたら匂いを嗅いでいるというか……
「ふごっ!ふごごっ!」
「…なんかいるんだな?どっち?」
「ふごっ!」
イノシシが道を逸れて走り出す。
こんな森の中にいるのなんて歩くキノコか動くキノコか叫ぶキノコか普通のキノコくらいのものなんだが。
あれ、私の記憶なんか偏ってない…?
「こんな森の中に、なんだろ」
「あの子がこうやって私たちに知らせるようなものだから……人間?」
「まっさか〜。いくらなんでもただの人間がこんなところもまで来れるわけないよ。ここまだ森の奥の方だよ?普通の人間ならもっと手前で倒れてるって」
「普通の人間じゃない可能性は?」
「……さあ?」
あ、なんか冷めた目線を感じる、なんでだろう。
そうこうしてるうちにイノシシが目的地に着いたみたいだ。
茂みに鼻を押し付けてふごふご言ってやがる。
「そこになんかいるんだな?」
「ふご」
アリスさんと共にその茂みに近づき、その中を覗き込む。
「………子供?」
人間……だよな。
「ただの人間が…なんだっけ?」
「いやぁなんのことかわかんないなぁ」
なんか金髪で怪しいが、倒れてるのを放置するわけにもいかないしアリスさんの家に持って帰ることにした。
「………何歳くらいだろ」
「まあまだまだ幼いわね。よくこんなところまで一人で来れたものだわ」
ソファーに寝かせて様子を見る。
どうやら単純に変な胞子を吸ってしまい気を失っただけのようだ。
「どこかの誰かさんを思い出すわね」
「うっ……いやしかし……この子のこれ……」
「えぇ、魔力ね」
金髪だし……
「人間……なんだよね?」
「その辺は違いないわね、まだ人間は辞めていないわ。それにしても……人里にその手の書物あったのかしら」
「霊力を魔力に置き換えるって奴?」
「えぇ、そうよ」
まああったからこうして魔力を持った子供がここにやってきたんだろうが……それにしてもなんでこんなところに?
「……ん…んぁ…?」
「あ、起きた」
「気分はどう?そこまで重大なことにはなっていないはずだけど」
「……う、うわあ!まりもの妖怪!!」
「は???」
「毛糸、ステイ」
チッ、命拾いしたなクソガキが。
「私はアリス、このもじゃもじゃは毛糸。あとこれは毬藻じゃなくて毛玉よ。あなたの名前は?」
「え、えっと…」
「アリスさんちょっとこっち」
「え?」
アリスさんを子供から引き剥がして、背を向けてひそひそと話しかける。
「ダメだよあんなに急に情報を一気に与えちゃ……相手は人間の子供だよ?まだ状況とか、はっきり理解してないのに」
「そうかしら……私なりに気をつけたつもりなのだけれど」
「はーっ、これだから人外は……」
「むっ……じゃああなたがやってみなさいよ」
「おうやってやろうじゃんか、よーく見とけよ」
ゆっくりとした動作で、子供と同じ高さまで目線を落とす。
「びっくりさせたよね、ごめん。気分はどう?どこも悪くない?」
「………」
「………」
……あれ、おかしいな……返事が返ってこない。
というかこいつ……私の頭見てるんだけど………
「……まりも」
「んんんん!!んんんんんんんん!!」
「毛糸ステイッ!」
言っていいこととダメなことがあるでしょうが!!人の頭をまりもって呼ぶんじゃねえ!私は毛玉だクソガキ!
「はぁ、はぁ………名前は?」
「……魔理沙」
「そう、魔理沙っていうのね。なんであんな場所にいたのかしら」
「………」
だんまりかぁ……何か言いたくない事情でもあるんだろうか。
にしても、一人で魔法の森に入るなんて……そもそもこんな子供だ、人里の外にすら出してもらえないんじゃないか?
「……まあ、言いたくないなら言わなくてもいいわ。体力が戻り次第人里へ送り届けるわよ」
「そ、それはだめ!」
アリスさんの言葉に立ち上がって大声で食いつく魔理沙って子。
「ダメって……何が」
「それは……その…」
「何も知らない私たちとしては人間に人里の外を彷徨かせるわけにもいかないし。人里に送りと届ける他ないんだけど」
「………わかった、話す……」
またソファに座り込んで俯く魔理沙。
大丈夫だろうか、急にこんな人外二人に問い詰められて精神的に参ったりしてないだろうか。
「……喧嘩した」
「え?」
「父さんと…喧嘩した」
はぁん、喧嘩、親子で。
いいねえ親子喧嘩、私もしてみたいよ。
「……ってか、たかが喧嘩で人里出んの?命知らずだなお前……」
「理由なんてどうでもいいわ。なんで魔法の森になんか来たのよ」
「それは……魔法使いに…なりたかったから……」
「………」
「………」
アリスさんをまた魔理沙から引き剥がしてひそひそと話す。
「今度は何よ」
「あれあんたの影響でしょ、あんたのせいで子供が魔法使いなんぞに憧れるようになったんでしょ」
「はあ?言いがかりも甚だしいわね。私あんな子供見たことないわよ」
「てかなにあの髪の毛」
「染めたんじゃない?」
「めっちゃ不良やん……」
「あなたも染める?」
「ほざけ」
いやしかしなあ……やはり家に返してやるのが正しい判断なんじゃなかろうか。
ある程度物事を正しく判断できる歳になったなら好きにすればいいが、こんな幼いうちはまだ親と一緒にいた方がいいに決まってる。多分、親も子もいないからわからんけど。
「どうする?ふん縛って人里にポイする?」
「それもいいけど……多分あの様子だとまあ外に出そうじゃない?」
「でもなあ……」
何があったんだろうか……年頃の子供ってこんなもんなのか?
「何があったのか話してくれるかなぁ」
「まあ無理矢理脅せば話すだろうけど、その場合私たちの評判に関わるわね」
「そりゃ大変だわ」
むぅ………
「あなた人里行って来なさいよ」
「へ?」
「子供が一人失踪してるのよ、話題にはなってるでしょう」
「聞き込みしてこいと?」
「親ならちゃんと事情話してくれるでしょ」
「こんな頭で門前払い食らう可能性は?」
「脅せば?」
「おいおい……」
まあ、それ以外にいい案も思いつかなかったのでそうすることにした。
「着いた…とはいえ誰に聞けば……」
苗字聞いてなかったなそういや……言ったら家に連れてかれるとか考えてたのだろうかあの子は。
「えーと……あ、そこのお兄さんや」
「はい?」
「なんかこう、このくらいの女の子がいなくなったって話聞かない?今預かってるんだけどその子の家がわからなくって」
「さぁ………もっと人通り多いところに行ったら知ってる人もいるかもしれないな」
「そうですか、わかりましたありがとうございます」
めっちゃ不思議そうな目で見られた。
まあ妖怪が人間の子供の家探してるって言われたらそりゃあ不思議に思うだろうが……なんで視線が私の頭向いてたんだろうなあー。
「慧音さんいたら早いんだけど、今どこにいるかわからんし……」
人里広いんだよなぁ……とりあえず人多そうなところ行って聞いて回るか……
「あ、その子知ってるよ!」
「マジすか!」
そのあと数時間くらい聞き込みしてようやく手がかりを掴んだ。
なんか、人間がいなくなるとか割とよくある話だからそんなに話題にならないのだろうか……単純に私の運が悪かっただけか。
思えば捜索願いとか出されてるはずだしそれ見ればよかった。
「で、どこの子?」
「あそこだよ」
「え、嘘んそこ?」
「そこ」
霧雨店……?
あれなのだろうか、そういう店の名前なのだろうか。それとも店主が霧雨という名前なのだろうか。
「そこの店の店主の娘さんだよ、早く行ってあげな」
「うっすあざっすおっちゃん」
急いでその店に駆け寄る。
つかでかいな、おい。見た感じ道具屋かな…?
中に入って店の人を探す。
「突然すみません、私怪しい妖怪なんですけど店主さんいますか?」
「店主は私ですが。…自分で怪しい妖怪って言った?」
中から強面のおじさんが出て来た。……あんまし似てないね?
「えーと、娘さんがいなくなられたんですよね…?」
「そうですが……あぁ、なるほど……」
何やら合点があったようだが話を続ける。
「いやね、私が攫ったとかそういうんじゃなくて、倒れてるところを保護したんですけど……一応確認しますけど、魔理沙って子で合ってますか?」
「はい、魔理沙は私の娘です」
強面だが礼儀正しい人だ。
「娘は今どこに?」
「魔法の森の友人の家で預かってもらっています。本人に事情を聞いても話してくれなくて……聞かせてもらえますか?」
「……そうですね。上がってください、中で話しましょう」
霧雨さん…でいいのか?とりあえずその人に居間に案内される。
「どうぞ、お掛けになってください」
「どうも……そんなに気を遣ってくださらなくても」
お互いに向き合って座る。
うん、この人顔怖い。
「いえ、娘を助けてくださったのはあなたなんでしょう。白珠毛糸さん」
「あ、知ってるんですね」
「まあその頭を見れば」
チッ……どいつもこいつも頭頭ってよぉ……
いやそんなことはどうでもよくて。
「この度は娘がご迷惑を……助けていただきありがとうございます」
「改めて聞きますけど、何があったんですか?まだあの歳の子供が人里を抜け出すなんて……」
私の問いに、霧雨さんは重々しく口を開いた。
「……娘は、ずっと魔法使いになりたいといいつづけてきました」
うん、言ってた。
「どこで見つけてきたのか魔法の本まで持ち出して……もちろん親としては子供の夢は応援したい。ですがそれとは別に娘には普通の人生を歩んでほしい」
「そりゃそうですわ」
「普通に成長し、普通に結婚して、普通に子供を産んで、普通に幸せに……そんな人生を送ってもらいたい」
すごく気持ちはわかる。
こんな世の中だ、子供が魔法使いになりたいとかいいだすのは危険極まりないのだろう。
親としては、そりゃあそんな危ないことするより普通に生きてもらったほうが心配もせずに済む。
「ずっと反対し続けたんです。まだ子供だから、今のうちから言い聞かせておけばいいと。まだ物事をよく理解していないからと」
「それである日人里を出て行ったと……」
「どうやらあの子は本気で魔法使いになりたがっていたみたいですね……」
まあ魔力を持ってたし……魔法使いになりたいという想いは本物なのだろう。
「どうします?連れ戻しますか?」
「………一つ頼みがあります」
「はい?」
「どうか、娘のことを見守ってやってはくれないでしょうか」
頭を下げられた。
頭を下げられるのってむず痒くて好きじゃないんだけど……
「きっと魔理沙はここにいては幸せにはなれないのでしょう。であれば好きにさせる。しかし人里の外は危険だ。せめて一人でも生き延びられるようになるまで、面倒を見てやってはくれませんか……」
「……頭上げてください」
こんな風に頼まれてしまっては断ることはできない。
「わかりました、一人でも生きられるようになるまで私と友人で面倒を見ます。……本当にいいんですか?」
「えぇ……あの子が幸せであることが一番なので」
「………そうですか」
……親っていいなぁ。
「そうだ、何かお礼の品を…」
「あーそういうのはいいんで。白珠毛糸はまりもじゃなくて毛玉って広めてくれればそれでいいです」
「え?毬藻じゃなかったんですか?」
あかんキレそう。
「てわけで私たちで面倒見ることになりましたーいぇーいぱちぱち」
「何私巻き込んでくれてんの?」
「しゃーねーでしょ、私魔法とかからっきしだし?弟子とかとって見るのも悪くないよ?」
「でも………」
「今人間に友好ですアピールしとけば人里で私たちの評判が…?」
「あなた悪いこと考えるわね」
へっへっへ……妖怪ってのは悪の存在なんだぜ……
「って、魔理沙は?」
「寝てるわ。まだ子供だからね」
「……もう良い子は寝る時間か…」
まあ、明日から色々動くとしよう。