「んーっ、よく寝たぁ」
「よくこの状況でそんなにぐっすり寝られるわね、寝るなら自分の部屋で寝なさいよ」
「あらパチェ、随分疲れた顔してるじゃない、寝てないの?」
「当たり前でしょ……」
防御結界や大規模転移魔法の調整……主にやってるのはこの二つなのに、この二つだけでかなりの労力を使わされる。
「もうすぐ幻想郷に攻め込むっていうのに……」
「だからこそ今のうちにゆっくりしておくんじゃない」
「はぁ………で、前に言っていたのは?今はどうなってるの?」
「………あぁ、あれね」
思い出したかのように目を閉じて集中する。彼女が運命を視る時はいつもこの動作をする、視覚情報を遮るために。
「相変わらずなんか変な白いもじゃもじゃが浮かんでるのよね……私の力も随分弱まってるからか、だいぶあやふやなイメージしか視えないし」
「白いもじゃもじゃねぇ………」
「まあそいつが悪いものじゃないってことだけはわかるわね。スピリチュアル的なあれなのよ、きっと」
朧げにしか視えていないくせしてよくもまあそんな確信が持てるなと思う。まあレミィが視たものはほぼその通りになっているのだけれど。
「フランのことも想定しておかなきゃダメよ、幻想郷に入れば私たちの力は一気に上がることが予想される。そうなればフランも……」
「その時は私がなんとかする、それにその白いもじゃもじゃがフランと一緒にいるところが視えたわ。きっといい方向に進むわよ」
「まったく……つくづく、その自信はどこから湧いてくるのやら」
大図書館を出ようとしていたレミリアが足を止める。
「当然でしょ?私はレミリア・スカーレットなんだから」
自信満々な表情でこちらに笑みを向けてくるレミィ。
「そういうことだからあとは頼んだわよ、パチェ」
「はいはい」
………フランのことも、打てる手は打っておこう。
「ふがっ………んあ?」
気付いたら地面に落ちていた……
「いってぇ……って、木から落ちたのか」
いやあ、たまには木の上で寝てみようかなぁって思って寝てみたけど、思いっきり落ちてしまった……普通に寝にくかったし布団でいいや。お布団最高。
「………って、もう夕方じゃん」
やることないし昼寝すっかーって思って昼寝したらこれだよ。寝た時まだ太陽上の方にあったと思うんだけどなぁ……
とりあえず家に帰って夕飯の支度でも……あ、そういや昼飯もなんか食べるのめんどくさくなってそのまま寝ちゃったんだった。
1日3食は守った方がいいよね、この体別に何も食べなくてもある程度は活動できるけど、流石にそこまで人間やめる気にはならない。
「………せっかくだしあっちでもいこうかな」
「すみません待たせました?」
「いや別に。てか文が1番先か」
「やりたくない仕事以外は何でも早いですよ私は」
最近会うことも少なくなってたし、もうすぐ戦いも始まるということで文たち妖怪の山の友人たちに一緒にどうかなと誘った。
急な誘いだったのにみんなオッケーだったらしい、あなたたち本当に戦いの前ですよね?誘っておいてなんだけど、結構呑気だな。
誘う私が1番呑気か。
「椛たちももうすぐ来ると思いますよ、それまで二人でお話でもしましょうか?」
「またお前にあんなこと言われたらたまらんから喋んない」
「えっ……結構を根に持ちますね……」
そりゃあ私にも原因があったけども。
というか別に文に対して何か思ってるわけじゃない、けれども普通に怖かったからなぁ……
まだ二人しかいないけど文が先に注文を済ませた。
「ま、とりあえず妖怪の山側の戦力の話でもしておきましょうか?」
「いいの?私部外者だよ?裏切るかもよ?」
「以前のやりとりまたしますか?」
「いえ結構っす」
「なんでわざわざ蒸し返すんだか……まあそんなこと言ってるうちは大丈夫だと思ってますから」
ふざけてること言ってるうちは大丈夫と思われてるのか……え、なに真面目にしたら裏切ったと見られるの?常にふざけていろと?
まあいつもふざけてる自覚はあるけども。
「えーと、それでですね……まあ妖怪の山は妖怪の山で防衛をします。吸血鬼側につきそうな奴らは全員酷い目に合わせておいたので大丈夫です」
「大丈夫ですって……そんな笑みを向けられましても」
……まあ、文の言葉を信じるなら、その辺の適当な妖怪どもが向こう側につくって認識でいいのかな。
もう吸血鬼たちのことは幻想郷中に知れ渡っている。何も知らなかった人たちはそりゃあ混乱したそうな。
いざ戦いになるって時はその数日前に知らせが来るって聞いてるけど……まあそれがいつくるかわからない状況にも関わらず割と呑気に日常生活してる幻想郷の住人、肝が座ってるよほんと。
「まあ私たちは大丈夫ですので、毛糸さんは存分に敵の本拠地をぶっ潰してきてください!なんなら一人で全部終わらしちゃってもいいですよ!」
「無理無理……」
「遅くなりました」
「何で俺呼ばれんの」
そうこうしているうちに椛と柊木さんがやってきた。
「嫌だぞ俺、酔ったやつに絡まれんの」
「だから私も椛も、ちゃんと自制しますって……この戦いが終わったらその限りではないですけどね」
「覚悟しててくださいよ柊木さん」
「そんな覚悟したくねえ」
「憐れな……」
この人いっつもこんな役回りだな……南無三。
二人が着席してすぐに簡単な料理が運ばれてくる。
「というかお前ら呑気すぎだろ、なんでこの状況で集まって飯食えるんだよ、おかしいだろ」
うーん正論。
「まあいつくるかわからん戦いにビクビクしててもしゃーないし、とりあえず息抜こうよ」
「万年息抜いてそうな奴が何を言う」
「蹴ってやろうか、否定しないけども」
私も妖怪の山に混じって適当に妖力弾ポンポン打つだけの仕事したい。それでお賃金もらいたい。
敵陣地に乗り込むとか頭おかしいことさせられそう……つか本当に私何すればいいんだ。
「まあ山は山で大変だろうけど、頑張ってな」
「大丈夫です、いざとなったらこの足臭をまた盾にするので」
「私も同じくです」
「お前らふざけんなよ」
頭のイカれた奴が二人ほどいるみたいだ、何故人を盾にすることを宣言するのだろうか。
「どっちか一人までにしろ、二人は無理だ」
おっとみんな頭イカれてたみたいだ、ダメだこりゃ。
「いやーしっかし、前の戦いから……何年くらいですか?」
「8、90年とかそんなんじゃない?」
「そんなもんですかね。いやー、長いような短いような……なかなか平和が長続きしませんね」
100年近く平和だったならそれはもう長続きなような気がするが……まあ妖怪の基準だし、私よりずっと長く生きてるであろう文の感覚ならそうなんだろう。
「まあ今回の場合は内輪揉めとかでもなく、外部からの侵略行為なんでしょう?妖怪の山、というか幻想郷自体最近は安定してきましたし、これを乗り切れば、恐らく」
「あぁ、そうだな。俺ももう肉壁にはされたくないしな、さっさも終わってほしいもんだ」
肉壁にされる前提の戦いになってるよ柊木さん、本当にそれでいいのかあんたは。
「毛糸さんが相手全部蹴散らしてくれたら楽なんですけどね」
「だから無茶言うなって」
「割と無茶でもないと思いますよ私は」
「そうだな、普通にやりそうだなこいつ」
「お前ら私のことなんだと思ってんの」
「頼りになるまりも妖怪です」
「手足を幾度も切り離されてもすぐに生えてくる常軌を逸した化け物」
「変な奴」
「………………」
こいつら全員いっぺん爆破してやろうかな。
「まあとりあえず今だけは気を抜いて、明日からはまあ緊張感もって行動することにしましょう」
とか何とか言って酒を呑み始める文たち。
「今だけはって、飲み過ぎんなよ、本当に。せめて戦いが終わってからにしてくれよ」
「わかってますって」
「信用ないですね…」
そりゃそうでしょうよ。
「お前は絶対に飲むなよ」
「いや飲まんて……飲んだら気絶するもん」
「中途半端に意識失って暴れ回られても困る」
あぁ……うん……その件は……はい……ごめんなさい。
「なんですなんです、毛糸さんまだお酒呑めないんですか?」
「酒臭えこっちに顔向けんな」
これだから酔っ払いは……いやまだ酔ってないだろうけども。
「………まあ、確かにこんなやりとりしてられんのも今のうちか。じゃあ私それもらおうか———」
「ごめんちょっと借りてくわね〜」
「——へ?」
料理に手を伸ばした瞬間に空間の裂け目みたいなところに引き摺り込まれた。
「………今のって」
「ですね……」
「……どうすんだ?」
「………構わずに呑んじゃいましょー」
「そうですね」
「おいおい……」
周囲が目玉だらけの空間に引き摺り込まれた。SAN値下がるって……
「……こんなこと言いたくないんすけど、食事中に無理やり連れて行くってどうなんすか」
「ごめんなさいね、でも今後回しにすると戦い始まるまで本当に言わないままになりそうだったから」
「別にいいけど……」
私が誘ったのに私がいないという状況を見て、にとりんとるりは何を思うだろうか。
いや、大して何も感じないか。
「で、なんですか紫さん、吸血鬼絡みのことなんでしょうけど」
「えぇそうね、あなたの当日の立ち回りを説明しておこうかと思って」
やっぱりその手の話だったか………まあ私頼まれたら断れないタチだし、別にいいんだけども……できるだけ危なくないようにしてほしい。
「あなたには敵の本拠地、紅魔館と呼ばれる場所へ突っ込んでもらうわ」
「oh………知ってた」
まあそんなこったろうと思ったが……え?紅魔館?
え?日本語なの?相手外国の方ですよね?え?え?
………よくよく考えたらチルノとかミスティアとかアリスさんとかいるし、今更だな、うん。
似たようなもんなんだろう紅魔館って奴も。
幻想郷に常識は通じねえんだ。
「………まさか一人って言いませんよね!?」
「当然よ、さすがにそこまで無茶はさせないわ」
「よかった……で、メンバーは?強い人がいいんですけど」
「それは………当日のまでのお楽しみってことで」
「はい?」
「まあ四人で行ってもらう予定ではあるんだけど……一人足りないのよねぇ」
「ダメじゃないっすか」
なんでお楽しみに取っておかれるのかもわからんが、一人足りないのダメじゃん、4人パーティは基本だろ、フォーマンセルにすべきだろ。別にスリーマンセルでも文句は言わんが。
「萃香は自由に暴れる方がいいって言うし、勇儀は地底にいるって言ったからねえ………」
知り合いの鬼の四天王二人に断られた、と。
あの二人のどっちかがいたらもう全部任せて適当に弾ポンポン撃っとこうと思ったのに………
「…そうだ藍さんは?」
「私の補佐〜」
「ちきしょー」
結局大体ダメじゃねーか、おい。
あとは幽香さんだけど……普通に太陽の畑にいそう。
「………敵の攻めてくる日ってわかってるんですか?」
「えぇ、次の満月の夜と踏んでるわ。確証はないけれどね」
「ないんかい。………でもまあ、満月か……あと4日5日くらい?」
「そうね、この後各所にそのことを伝達するつもりではあるわ」
満月といえば大体の妖怪が好きな日……まあ確かに、吸血鬼たちが攻め込んでくるならその日にするか。
「………多分その一人は私が埋められます」
「え?誰か知り合いが……あぁ、そういうこと」
応じてくれるかはわからないけれど、応じてくれるように願うしかない。
「まあ確かにその四人なら大丈夫そうね」
「結局その四人ってなんなんすか、他の二人」
「えー、知りたい?」
「はい」
「でもやっぱり楽しみとして取っておいた方が…」
「そういうのいいんで」
「釣れないわね」
だって命に関わることだもん、そりゃそうだよ。
「じゃあ教えるわよ。後の二人は———」
「………なるほど、じゃあもうどうにでもなりそうですね」
「でしょう?」
その後、いくつか敵に関しての情報を聞いて、あいつらの存在を忘れてることに気づいた。
「それじゃあ元の場所に戻してくれます?多分みんな待ってくれてると思うんで」
「わかったわ、悪かったわね。………次の満月の夜、頼んだわよ」
「わかりました」
そして私はみんなのもとへ戻った。
しかし待っていたのは裂け目に引き摺り込まれる前と同じ光景ではなく。
暴れる椛。
寝ている文。
気絶している柊木さん。
唖然としているにとりん。
泡を吹いて痙攣しているるり。
という、阿鼻叫喚の光景だった。
「どうしてこうなった」
もっと早く帰ればよかった……
4日後、満月の夜。
霧の湖の近くに大規模な転移魔法陣が現れた。
「うし……行くか」
戦闘用の義手とりんさんの刀……凛を引っ提げて、私は目的地……紅魔館へと歩き出した。