「………風見幽香が門番みたいな人をこてんぱんに叩きのめしてますね」
「あぁ……お気の毒に。よりによってあの幽香さんを相手取ることになるなんて……その門番さんもついてませんね」
椛からの報告を受け、率直に思ったことを口にする。
「正直、あの四人に攻め込まれる紅魔館の面々が哀れにも思えますね。まあ攻め込んできたやつらの自業自得ですけど」
「で、中に入って行った毛糸さんたちの様子は?」
「それなんですけど……結界で認識阻害かかってて中の様子までは」
「そうですか……まあ心配する必要もないですかね」
どちらかといえば、今は自分達の心配をするべきなのだろう。
「報告だ」
柊木さんが急いだ様子で部屋に入ってくる。
「前線の雑魚……まあつまり吸血鬼の眷属とあっちに降った妖怪どもは白狼天狗と兵器による攻撃でなんとかなるが、問題は吸血鬼の方だ」
「小隊でも対応できないほどですか?」
「あっちは普通に種族として俺たちは白狼天狗を上回っている。そもそもの格が違うんだから、ちょっと徒党を組んだくらいじゃ敵わないって話だ」
種族の違いによって生まれる差……吸血鬼は妖怪の中でも上位の種だったってことなのだろう。
その差をひっくり返せるものがどのくらいいるのか、という話だが。
「……つまり私に出ろと」
「ま、そうなるな」
「わかりました、行きましょう柊木さん」
「あぁ。………案内役だよな?」
「もちろん盾役です」
「よーしわかった任せとけクソが」
この二人は昔からこうだなぁ………邪魔しない方がいいのかな、これ。
「文さんも、行きますよ」
「あ、私も行くんですね」
「私だけが頭おかしい強さしてるみたいな扱いよくされますけど、文さんもよっぽどですからね」
少し飛ぶのが早いだけなのだけれど……
「……まあ、この三人なら心配はないだろうな」
「盾役頑張ってください」
「……今更ですけど、もう少し優しくしてあげたらどうです?椛」
「…………お?」
なにやらこの館を包んでいた何かが綺麗さっぱり……いや、少しばかり残っているが、大体無くなったみたいだ。
どうやら何かしらの術によって私は延々と迷子にさせられていたらしい。
「これでやっと動けるな」
そうしてあたりの探索を再開しようとした矢先、見つけてしまった。
「すぐ見つかったな……」
目の前の大階段を登った先、大きな扉。
この先にこの館で一番強い存在感を放っている奴がいる。
「さあ、ご対面と行こうか」
「よし、これで動けない………はず………」
「えらく自信なさげだなあ」
「だってこの程度の拘束普通に抜けてきそうだし」
まあ気持ちはわかる。
私でもその凄まじさが理解できるほどの魔法使いだ、ちょっと魔力糸で縛って結界で閉じ込めたくらいじゃ、全然拘束出来てない気がする。
でも私そっくりの人形に上手いこと引っかかってくれてよかった。
私が氷の槍を放って、それを相手が受け止めてる間にゴリアテ人形の準備を終えたアリスさんと合流。
認識阻害の魔法をかけてもらい、私の人形の方には妖力をそれなりに込めて置いて適当な場所に配置して、身を潜めていた。
人形を操るのは苦手だし、あんな大きさのものは初めてだったけど、まあなんとかなってよかった。
「さて、パチュリー・ノーレッジ。あなたの目的はなに?」
一応拘束されているパチュリーの顔に自分の顔を近づけるアリスさん。
「今は話すつもりはないわ」
「今は?………はあ、本当になに考えてるんだか」
「館にかかってる魔法が解けたならさっさとルーミアさんと合流したほうがいいんじゃない?」
「それはそうなんだけど……」
ゴリアテ人形を片付けながら悩ましげな表情を浮かべるアリスさん。
「流石に放置してはいけないでしょ…」
「まあ、確かに……」
このレベルの魔法使いだ、隙さえあれば一瞬でまた館に魔法をかけることも容易いだろう。なぜか本人にその気がないように見えるが。
「……それなら私が一人で行ってくるよ」
「……危険だわ」
「いや、そんなことないって」
「あなたじゃなくて、私が」
「…………お、おう」
凄い真顔でそんなこと言われても………
「安心しなさい、最初から勝てる戦いとは思っていないわ」
唐突にパチュリーがその口を開いた。
「……と、言いますと?」
「この戦いは私たち紅魔館の者が、幻想郷においてある程度の地位を確保するための戦い。侵略して支配しようなんて考えてるのは、今外に出てる阿呆どもよ」
「なら、あなた達は最初から……」
「何もせずに幻想郷に住まわしてくださいって、頭を下げたらどうなるか……ある程度の力を示しておくこと、それが私たちの目的よ」
……頭の悪い私にもわかる。
それだけじゃない。
私たちをここにおびき寄せる理由としては弱い、他にも何か目的があると見るのが普通だ。
この言葉をどの程度信用できるかって話にもなるが……
「それに、知性の低い吸血鬼がのうのうと生きていたら、評判に関わるでしょう」
同族を切り捨てにいったのか……なかなかえぐいことを考えなさる。
「そういうわけで、私の役目はもう終わったわ。あなた達に危害を加えるつもりはないから好きにしなさい」
「………それならまあ、私は行くよ」
「えー……」
「アリスさんは一応その人見ておいて」
「……わかったわ」
あの人の話したことが本当か嘘かなんて判別することはできないけれど、ルーミアさんが一人のままってのは事実だ。
あの人も最盛期と比べたら随分弱くなってるはずだし、レミリアってのと早速交戦し始めてたら心配だ。
「えーと入ってきた場所は……こっちか」
「……そっち逆。出口は向こうよ」
「………」
「あ、どうもー……」
敵に教えてもらっちゃった。
ここまでは計画通り、ね。
目を閉じて紅魔館の内部の様子を感知する。
美鈴は……もう限界ね。
レミィは敵の妖怪の一人と交戦中。
あの毛玉は……狙い通りあのルートを。
ここからが正念場ね。
「あがっ……かはっ………」
「……もう動けないみたいね」
ごみのように横たわっているその体を上から見下ろす。
「防御に徹した上でこの私に一撃良いのを入れた。門番としてはこれ以上ないほど優秀ね」
「はぁっ、はぁっ……それはどうも」
まだ喋れるほど体力が残っているらしい、本当に丈夫だ。
「………園芸、ね」
門を通ると、そこにはよく手入れされているであろう草花が広がっていた。
「あなたが世話を?」
流石に辛いのか、声を出さずにかすかに頷いて返事をする門番。
「そう……あなたとは気が合いそうね」
紅魔館内部の様子を伺う。
この感じ……毛糸とアリスは既に戦闘を終えて、今はルーミアか……早く向かったほうが良さそうね。
「そんなものか!幻想郷は!」
「ぐぅっ……」
強い。
初手扉を開けて妖力弾をぶっ放したはいいものの、軽く弾かれてむしろ反撃とばかりに妖力弾を撃ち込まれた。
恐らく外の吸血鬼たちも統べているのだろう、その辺の雑魚とは到底比べ物にならない。
「チッ……あまり舐めるなよ」
その体を串刺しにしようと、奴の周囲から棘のような形をした闇を伸ばす。
「……今の反応するか」
当たって普通に避けられた。
慣れないことはするもんじゃあないな。とはいえ慣れていることしても敵いそうにないんだが。
まさかここまで弱体化しているとは自分でも驚きだ、相手が強いってのもあるがこっちも弱くなっている。
相手は吸血鬼だ、闇で視界を奪っても意味はないだろう。
「意気揚々と壁をぶち抜いた割には随分弱いな」
「うっせえよ、てか見てたのか」
見た目ガキのくせして偉そうな話し方しやがる。大体こういうのはカッコつけて喋ってるんだ、素はもっと子供っぽいだろうなこいつ。
強さは全然子供じゃないが。
「くっ……」
まともに食らえば体の肉が弾けそうな弾幕がぽんぽん飛んできやがる、以前なら打ち消したりしてたが、今の体だとそうはいかない。
……まどろっこしい。
「悪いが数少ない友人に一緒に来てと頼まれて、こんなとこで簡単に死ねないんだよ」
正面から迫ってくる槍の形をした妖力の塊を床をぶち抜いて回避する。
下だ、下へ降りて他の奴に頼るしかない。
「……ははっ、情けないもんだ」
このあたしが他人頼り……か。
まあ、変わらない奴なんていないんだ、今の緩い幻想郷に似合った性格になってきたってことだろう。
「傑作だな」
鼻先まで飛んできた槍型の妖力弾を右手で無理やり掴んで受け止める。
骨が軋む。
「受け止めた……!?」
受け止めた槍を即座にその辺に投げ捨てる。
「こんなになったあたしにも矜持はある」
いいようにされたままじゃ気が済まない。
今宵は満月、こんな夜にこそ
闇が際立つ
ふむ………道なりに進んでるけど……どんどん下に向かっていってるんだけど大丈夫なのこれ?
……そういや、長い間幻想郷で過ごしてるから忘れてたけど……私って元々方向音痴だったような……
「………まいいや」
完全に迷ったら壁なり床なり天井なり破壊して、ゴリ押しで直進してしまえばいい話だ。私馬鹿だから許される
「しっかし趣味悪いな……」
外から見た時もなんとなく赤いなー、とは思っていたが……いざこうやって内装を見てみると、本当に真っ赤っかだ。
床、壁紙、カーペット、果ては調度品に至るまで。
赤い、ひたすらに赤い。
「血の色を誤魔化せるから……だったりして」
相手は吸血鬼なのだから、本当にそんな理由で選んでそうで困る。
紅魔館の名は伊達じゃないってことだ。
………紅魔館の者は殺すな。
紫さんの言ったそれは、紅魔館の者たちの狙いを理解した上での発言だったのだろうか。
『幻想郷は全てを受け入れる』
紅魔館……というかパチュリーって人は、そもそもの狙いはこの幻想郷において自分達の力を示し、ある程度の地位を確立すること。そしてついでに一緒にやってきた雑魚どもを幻想郷の面々に殲滅させることだと言っていた。
嘘は言っているように見えなかったが……いや、私に嘘を見抜く技能なんて存在しないが。
それでも、なんとなくはわかる。
アリスさんの言った通り、あの人の狙いは別にあるのだろう。それが、レミリア・スカーレットの考えと同じ者なのかはわからないが。
じゃあ、その狙いはなんなのか、と言う話だ。
……なんかわかる?
『私に聞いても意味ないよ、だって私は君だもの』
所詮私は馬鹿ってことか……まあ、アリスさんがわからないものを私がわかるわけないんだろうが、ね。
……でも、もし私がこうしていること自体が、敵の策略だったら?本当にアリスさんは今は無事なのか?あのパチュリーって人にもう戦意は残っていないのか?
そもそも狙いっていうのは私なのかも………
「……戻ったほうがいいかな」
やっぱりあの魔法使いの意識奪うか何かしてから、アリスさんと一緒に行動したほうが……
「………え?」
そう思って振り返ってみると、そこには今私が歩いてきた道ではなく、全く違う風景が広がっていた。
………まだ空間魔法は解けてなかった?それともまたかけ直された?誘い込まれた?やっぱり狙いは私?アリスさんは?
焦燥感が頭を埋め尽くし、冷や汗が流れてくる。
今すぐにでもこの館を爆破して動いたほうが………
『落ち着け』
心の中でもう一人の私に頭にチョップを入れられた。
………確かに、今更焦ったところでしょうがないな。
今は冷静に………
「………ん?」
取り乱していて気づかなかったが、目の前に小さな女の子が静かに佇んでいた。
「あなたはだあれ?」
「………ぼ、ぼくわるいけだまじゃないよ………」
びっくりして、なんとか絞り出したセリフがこれである。というか今それはどうでもいい。
可愛らしい女の子だ。
整った容姿、金色の髪、小さな体、あどけない表情。
そしてその背中から生える一対の翼には、翼膜がない代わりに色とりどりの宝石たちが引っ付いているかのように浮いている。
「毛玉?」
「あぁ、うん、白珠毛糸って言うんだけど」
「ふぅーん……私、フランドール・スカーレット」
なぜこんな少女が廊下にいて、突然こんな場所で出くわしたのか。この少女は……まあ、吸血鬼と見ていいだろう。この館の主であるレミリア・スカーレットと同じ名であり、身体的特徴も吸血鬼のそれと同じだ。というかこれで吸血鬼じゃないとか言われようものならひっくり返るわ。
「ねえねえ、私、ずっと一人だったんだ」
「へ、へぇ、そうなの」
「うん。それでね、遊んで欲しいんだ」
ほうほう、寂しいから遊んで欲しいと。
可愛らしい話だ、妖怪なのだから見た目より歳をとっているだろうに、精神的にはそれなりに幼いようだ。
「……ダメかな?」
上目遣い……こんな表情で頼まれて断れるやつはなかなかいない。
だが、私の全細胞は叫んでいる。
「いいよ、なにで遊んで欲しいのかな」
だが、私の本能が警告している。
「えーっとね」
だが、もう一人の私が告げてくる。
「鬼ごっこ!」
『逃げろ』と