「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛」
「うーわなんだお前気持ち悪っ」
「ひでえなおい。ってルーミアさん!?なんで!?」
「来ちゃ悪いのか?」
「いやいやそういうわけじゃ……よいしょっ…と」
河童に作ってもらったビーズクッションで変な声を上げながらくつろいでいると、突然ルーミアさんがやってきた。
このまま話をするわけにもいかないのでとりあえず立ち上がる。
ビーズクッションから立ち上がる時って、やたらと重力を感じる。
「で、急に何の用で……血!?」
「心配するな、返り血だ」
「いやいやそういう問題じゃ……何があったの」
「さっきちょっとな」
戦闘があったってこと?まだそんなに時間は経ってなさそうだし……なんで戦闘終わってすぐに私の家くるの、やだよ血生臭いの。
「まあ怪我ないならなによりだけど……」
「残党だよ、残党。吸血鬼のな」
「あぁなるほど………殺ったの?」
「いや、逃した。あっちの姿でいるあたしを見て、大方簡単にやれそうだと思ったんだろ。こっちの姿で応戦してちょっと傷を入れてやったらすぐに逃げていきやがった」
自在なの怖いなこの人……かわいい見た目の妖怪がいると思ったら、急にこんなになって戦闘能力上がるんだもんな……そりゃあびっくりして逃げるだろう。
「とりあえずその報告だ。どれくらいの吸血鬼がこの幻想郷にウロウロしてるのかは分からないが、まだそれなりにいると踏んで間違いなさそうだ。そっちはどうだ?何かないのか?」
「いや、こっちは特に何も……なんでだろう」
「まあお前はあの時幽香と一緒に大暴れしてたからな、顔を覚えられて避けられてるんじゃないか」
あぁ……割とありそう。
まあそれならそれで私は平穏な生活を送れるから良いんだけど……いや良くないな、他のみんなが割と危険になる。
「奴らも馬鹿じゃない。仲間意識ってものがあるかは知らんが、雑魚を襲いつつしっかり力を蓄えた上で襲ってくる可能性も十分ある」
「気は抜けないってことか」
「まあお前は年中間のぬけた顔してるけどな、さっきも変な声出してたし」
「いやいやこれは出ちゃうんだって、ルーミアさんも乗ってみなよ、絶対変な声出るから」
「今血だらけなんだが」
「…………はぁっ」
周囲の冷気を操ってルーミアさんについてる血を全部固めていく。
「よし行けた」
「……器用だな、そんなに乗って欲しいか」
「うん」
「お、おう………」
私だってね、成長するんだよ。
そもそもチルノの能力は厳密に言えば氷を出す能力じゃなくて、冷気を操る能力だ。
「ほらほら乗ってほらほら」
「わかったよ……お?お……お゛お゛あ゛ぁ゛………」
「ほらね!出るでしょ!!」
「出ちゃうのだー」
「………変わった!?」
「はっ……予想してなかった座り心地のせいで思わず入れ替わってしまった……」
それってそんな簡単に入れ替わるもんなの?ビーズクッションで?こんなんで変わるの?
「……立ち上がれん…身体が重い」
「わかる…」
まあ空飛べば簡単に立ち上がれるといえば立ち上がれるけど。
「よっ…と、これ河童か?」
「あっわかる?」
「まあこんなのを作るのは昔っから奴らって決まってるからな」
その昔っからがどの程度なのか知らないが、やっぱり河童っていうのはそういう種族らしい。
…てかルーミアさんってどのくらい生きてるんだろうね。まあ本人に聞いても覚えてないとか返ってきそうだけど。
「ルーミアさん、今更なんだけどさ」
「あ?」
「昔復活した時って、やたらと攻撃的だったじゃない、私のことも喰う喰うってうるさかったしさ。最近はそうでもないけど、なんで?」
「なんで、って、変わることくらい別におかしかないだろ」
「それはそうだけども」
吸血鬼の話を私に持ちかけてきたのも、きっと心配してくれてのことだろうと思うし……妖怪としての在り方が随分変わっているように感じる。
丸くなったというか、なんというか。
「……あたしはこの姿でいるつもりはない、基本はあっちの子供みたいな方でいるつもりだ」
「結構そっちで出てくるけど」
「お前以外にゃあっちのままだよ。前も言ったが、そもそもあたしは復活する気はなかった。まあお前のせいで復活したようなもんだ」
「おかげって言いなさいよ」
過去に何があったとしても、ルーミアさんのことは憎からず思っている。別に昔のことをこの関係に持ち出すつもりはない。
「要するに、特に目的がないんだよ。やりたいこともない目的もない。だったらあたしは、あたしを友と思ってくれるお前とたまに行動したい。それだけだよ。それがあたしの存在意義だ」
「……そっか」
「…おい、何ヘラヘラしてる」
「いっやー別にぃ?げふっ」
腹パンされた……
普通に嬉しい、嬉しいんだけど……
「でも、それだけじゃないんでしょ」
「………」
「りんさんのことで、罪悪感感じてるんでしょ」
「……まあ、な」
私は恨んでないとは言ったが、向こうがそれで折り合いつくとも限らない。
「お前にとって大切だったのはあたしよりあの人間の方だ。それなのにあたしはあいつと一緒に死んで、こうやって今のうのうとお前の前に立っている。気にすんなってのは無理な話だ」
「別に、無理に割り切ってくれなくてもいい。けどさ、なんというか、こう……ね?」
「………」
自分の語彙力の低さを恨む。
「…ルーミアって、チルノたちとそれなりに仲良かったよね」
「あぁ、そうだな」
「…じゃ、私のことはそんなに気にしなくていいからさ。チルノたちのこと気にかけてあげてよ。私結構交友関係広がったし、あいつらと一緒に居れないこともあるからさ。『ルーミア』の大切なものを、守って欲しい」
自分に依存されるってのはそんなにいい気分じゃない。その要因が自分に向けられている罪悪感だってのなら尚更だ。
「私からの頼み、いいよね」
「……あぁ、そうだな、わかった」
「今本当に変なやつだなって思ったろ」
「思った」
「やっぱり」
「で、いつまで居座るつもり。夜が明けるまでとかいうなよ?」
「よくわかったな」
「だろ〜?……はぁ」
いやまあ、別に敵でもなんでもないんだけどさ。家に長居されると結構緊張しちゃうんだよな。
ビーズクッション占領してやがるし……来客用に作ってもらおうかな。
「……そういやさ」
「なんだ」
「昔私のこと襲ってきた時、お前美味そうだなとか言ってきたじゃん」
「言ったような気もするな」
「でも、ルーミアに腕食われたときは不味いって言われたんだよね、あれなんでなん」
「………」
……それ、そんなに考え込むようなことなの?
「多分……私はお前の妖力見てて、昼間の方は単純にお前の肉のこと言ってたんじゃないか?」
「つまり私の肉はクソまずいと」
「そういうことになる」
「うわ〜なんか傷つきそうで傷つかない微妙なラインだ〜」
そうか……私って本当に不味かったんだ……そもそも妖怪の肉って美味しくないと思うんだけどな……
毛玉の肉って……なんなんだろうね。
「そういやあの猪今どこにいるんだ?」
「んー?あーあいつ結構フラフラしてるからなあ……チルノたちと遊んでたり、適当に散歩してたり、普通に外で昼寝してたり……多分今は普通に外で寝てるんじゃない?」
「そうか、あいつあたしが近寄ったら逃げるんだよな」
「それはルーミアがあいつのこと食おうとしたからだと思うよ」
「そうかぁ………」
……私はともかく、ルーミアさんって完全に二重人格だよね、どんな感じなんだろう。
「…お前、あいつのことなんて呼んでるんだ?」
「イノクライシス」
「もう一回」
「イノランカー」
「さらにもう一回」
「イノガンディア」
「突っ込んでいいか」
「いいけどどこに突っ込むところがあるっていうんだい」
「おまえの頭」
「そう来たか」
……まあ、言いたいことはわかるよ?
「いい加減ちゃんとした名前つけてやれよ」
「イノーティアっていう素敵な名前が」
「そういうの、いいから」
「へい………」
いや…さ。
名付けされたことはあれどしたことなんて……りんさんの刀くらいだし。
氷の蛇腹剣にも名前つけてないしな……結構使ってるのに。
「だってさあ…本人も別に今のままでいいみたいだしさあ」
「本人がどうかって、そういう問題じゃないと思うぞ」
「えー?」
「えー?じゃなくってだな……いいか、名前ってのは妖怪にとっては自分の存在を定義する重要な要素だ」
ルーミアさんに言われるとなかなか説得力がある。
「いつのまにか自分の名前を自覚してる場合もあるっちゃあるが、そういう場合は特殊な種族であることが殆どだ。あの猪の場合、今は普通に名無しの状態だろう」
「名前?イノトールとかイノテラスとかイノバーラーとかじゃないの?」
「そういうのいいって言ってんだろ」
「へい………」
凄むのやめてよ…普通に怖いよ……
「名前を得たらお前みたいに身体を得る場合もある」
「私は名前つけられる前から身体あったけど」
「大体その妖力と霊力のせいだ。……正直、お前はあいつのなんなんだ?飼い主か?」
「飼い主では……ないと思う」
あいつ普通に自我あるし、反抗してくるし。
飼う飼われるの関係ではないと思うんだがなあ……昔はペットだと思ってたけど今はなんかそんな感じしない。
「……同棲相手?」
「なんじゃそりゃ」
「いやだってさあ……なんというかこう……ね?」
「………」
「言葉じゃ言い表しにくいんだよ察せ」
「お前が馬鹿ってことは察した」
察せられた………
「向こうがどう思ってるかもわかんないし…」
「じゃあいっぺんちゃんと話し合ってみろよ」
「今の関係壊れるの怖いし………」
「めんどくっせぇな……」
「そもそもルーミアさんが口出しする問題じゃねーでしょ」
……でも。
確かに私、あいつがどう思ってるかは明確に知らないんだよな。
本当に一度、話し合ってみるか……
「…というか、それだけの間生きてたらもう身体くらいもっててもおかしくないんだがなあ」
「やっぱり?でもなんか全然変わる気配ないんだよね……」
「お前の前でなってないだけで、本当はもうこっそりなってるかもしれないぞ?」
「ないない、まさかそんな」
「言い切れるのか?」
「………」
まさかそんな……ねえ。
つーかもしそうだとしてなんで私に見せてくれないのよ、気になるじゃん、見せてよ。
「イノーツォ、かあ」
「そこは譲らないんだな」
「正直気に入ってる」
「………」
「引いた?今引いたよね?」
「おう」
「………」
なぜ…イノシシのことでこんなに悩まなければならないのだろう。
というかなに、この人は私に説教でもしに来たの?そんなキャラだっけ?
……なんで私なんかに懐いてるんだろうな、あいつ。
今まで色々あったけど、結局私のところにくるし、魔法の森に連れて行ったら喜ぶは喜ぶけど、私と一緒にいるっていうし。
……ほんと、なんなんだろう。
「お前、博麗の巫女とよくつるんでるんだってな」
「え?あ、うん、それが?」
唐突に質問されて驚く。ルーミアさんにまでバレていたか。
いやまあ隠す気もないんだけど、言いふらした覚えもない。
「………あんまり口出す気はないんだがなぁ」
何かを言いたそうだが、気が進まない様子だ。
少し悩んだ素振りを見せた後、口を開いた。
「またあの時みたいになるぞ」
「……またって、なにさ」
「言わなくてもわかるだろ」
「………」
あぁわかってるとも、いつかそういう時が来るってことは。
二度目だ、いやでも理解させられる。
……いや、違うな、あの頃から私はちゃんと、そういう時が来るってわかってた。ただそれが、あまりにも突然のことだったってだけで……
「お前とその巫女がどの程度の関係なのかは知らない、だけどな。お前は人間じゃないんだ、あんまり入れ込みすぎると——」
「わかってるよ…」
「……なら、いいんだがな」
……自覚はしている。
巫女さんにりんさんを重ねている自分がいるって。あの人の残像を追いかけている私がいるって。
意味のない事だとはわかっていても、頭が勝手にあの人を思い出す。
巫女さんの中にある、あの人の微かな要素を手繰り寄せようと。
「別れ方は、選べない」
「………」
「ましてや相手は博麗の巫女だ、いつどこで負けて死ぬか、わかったもんじゃない」
「………」
「それに、継手もいるんだろう?お前そいつともちゃんと……」
「………」
「……あー、その、なんだ。悪い、説教紛いみたいなことして。そうだよな、あたしが言えたもんじゃないよな」
「いや、私を気遣って言ってくれてるのはわかってるし、大丈夫だよ、ありがとう」
ルーミアさんの言う通りだ。
りんさんが死んだ時のあのやるせなさ……忘れたわけじゃないのに、私はまたそれを……
「………」
無意識に刀に手を置いてしまう。
「別に縁を切れって言ってるわけじゃない。だけど、どこかで線引きをしないと……って話だ」
「……そうだね」
解ってる、解ってるけど………
「悪かったな、もう帰るわ。邪魔した」
「……あぁ、うん、また来てね」
「……そうだな」
私は………