毛玉さん今日もふわふわと   作:あぱ

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失踪と引きこもり河童

「行方不明者?」

「えぇ、そうなんです」

 

文さんから告げられたその言葉を思わず聞き返してしまう。

 

「原因はわかってるんですか?」

「それがさっぱりみたいで……調査隊も出向いてるみたいなんですけど、まだ原因は突き止められていないみたいです」

「被害に遭ってるのは」

「それが本当に幅広くってですね……下っ端天狗から上役天狗、河童山童まで……流石に組織に所属してない妖怪まではわかりませんけど、とりあえず色々です」

 

無差別に襲っている……?だとしたらなんの目的で?

無目的でやっているとしても、調査隊がなんの手がかりも得られていないというのが気になる。

 

「それに妙なのが、帰ってきている者がいるってことです」

「帰ってきてる?」

「はい。数日前行方不明になった者が、ある日ふらっと帰ってきた…そんな報告がいくつか上がっています。妙でしょう?」

「妙ですね……いなかった間何してたかは覚えていないんですか」

「それが、自分は妖怪の山にずっといたとか、何も覚えていないとか、ここでもまた共通性が見られなくって……それに帰ってきていない人もいますしね」

 

妖怪の山を狙った計画的な行為……被害に遭った者たちの共通点とかがわからなければ、相手の狙いもわからない。

 

「上はどうするつもりで?」

「警戒度を上げるのは簡単ですけど、それじゃ相手に勘付かれて逃げられてしまう可能性があります。ですから、一部の妖怪が動いてどうにかして引っ捕らえろと……」

「無茶言いますね……その間にどんどん被害が増えることは想定してないんですか」

「まあ上の奴らって大体長く生きてるだけの無能ばっかですからね」

「問題発言ですよそれ」

「みんな酒の席じゃ同じこと言ってますよ」

 

まあ……それもそうか。

 

「で、それを私に話した理由は」

「決まってるでしょ」

 

まあ、察してはいたけれど。

 

「その目は非常に有用です、相手に察知されずにこちらが捜索するっていう点に関しては本当に有能」

「この目はそんなに融通効かないんですけどね」

「じゃあそういうことで。相方は柊木さんにしておきますね」

「なんでですか嫌がらせですか」

「そんなんじゃないですよ」

 

そもそも相方なんて必要ないんだけれど。

 

「単にあなたと一緒に仕事をしたがる人がほとんどいないってだけです」

「………」

「つまり自業自得ってことです、頑張ってくださいねー」

「………」

 

……誰か。

知らないところで勝手に今回の事件を解決してくれないものだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

机に座って各部署の報告書に目を通す。

 

「こっちは……光学迷彩かぁ、あれも研究完成したらすごい便利になりそうだなぁ……」

 

それでこっちは……きゅうり炸裂爆弾……河童の研究なんてこんな感じの使えなさそうなのが大半で、光学迷彩とかの有用そうな研究してるところは本当に珍しい。

 

「にしても……なんで工房の留守なんか」

 

普段ならこういう仕事も自室でやるんだけれど、今日はにとりさんに呼び出されて、工房の留守番をしていて欲しいと言われた。

 

にとりさんが工房を空けるのってなかなかないし、あるとしても大体すぐに戻ってくる。

ということは……帰るの遅くなるのかな。

まあ人の工房に入ってくる人なんてそうそういないし、とりあえず早く仕事を終わらそう。

 

「ふんふんふふーん」

「すみませーん」

「んふぅ!?」

「わっ!?そ、そんなに驚かなくても……」

 

し、知らない人入ってきた……!!

 

「にっにににとりさんなら今はこ、ここにいませんよ」

「だ、大丈夫……?」

「だっだだっだだだだだだだだだ」

「あー……やばい人だー……」

 

誰も来ないと思ってたのに知らない人きてびっくりした……

 

「だ、大丈夫です……」

「にとりさんの工房に人、そしてその様子……まさか、あなたが噂の引きこもり無職の……」

「働いてますけど!?」

「え、そうなの!?」

 

あたし働いてないことになってるの…?ちゃんと働いてるよ……?

 

「…それで、あなたは……」

 

改めて相手の様子を見る。

河童の作業服に帽子、まあ見るからに河童だろう、黄色く長い髪に帽子をかぶっている。

 

「黄梅うづき、工業地帯の第二区画で技術担当をしてる」

「紫寺間るりです、担当は……えーと……」

 

机の上に散らばった資料を纏めて机の中に入れる。

 

「にとりさんの補助……ですかね」

「……つまり無職?」

「し、失礼ですね!色々あるんですよ色々……」

 

あたしがいつもやっている作業……報告書を纏める作業は、下手なことをして外部に流出してしまうと取り返しのつかないことになりかねない。

だから、にとりさんは信頼してあたしにこの仕事を任せてくれている。

 

あたしが報告書を纏めてるのは、私が他の仕事を嫌がってしないというのもあるけれど、存在感が薄いような私がやった方が、この資料たちを狙われたとしても辿り着くのに苦労するだろうという考えでのこと。

……まあ、大体あたしが我儘言ってやらせてもらってるって言って間違いないんだけど……

 

「えーと…う、うづきさんは工業第二でしたよね、ってことは……光学迷彩のところですか」

「知ってるんだ、まあ、一応ね」

「あれ凄いですよね、周囲の風景に合わせて一瞬で溶け込んで隠蔽することのできる技術、もし完成したら、この河童の集落もそれで隠せるでしょうし」

「あ、褒める?褒めちゃう?あれ発案したの私なんだよねー」

「へぇ!」

 

それは凄い。

今のこの河童たちの中で、大多数が意味のない迷走した作業をしている中、実用的なものを発案しているというところが。

 

「じゃあ完成を期待して待ってますね。それで……何の用でここに来たんですか?」

「あぁそれは……ちょっと行き詰まってるところがあって、にとりさんに助言をもらいに来たんだけど…いないなら帰るよ」

「あ、えっと……私一応にとりさんの代理なので……話だけでも聞きますよ」

 

私がそういうとうづきさんはこっちに訝しげな表情を向けてきた。

 

「…まあ、あとでにとりさんに伝えておいてもらえるなら」

 

あぁ……言わなきゃよかった。

疑われてるもん……あたしのこと怪しい変なやばい奴って思ってる目してるもん……いや実際ほぼほぼ事実だけど……

 

懐から図式のようなものを取り出して広げたうづきさんが話を始めた。

 

「ここの図式なんだけど、ここの機能を作動させるとどうしてもこっちで混線しちゃって……どうにか切り離して区別できないかなって」

「……ちょっと貸してもらえます?」

「え?あ、はい」

「うーん………それならここで一度分けて——」

「……なるほど、でもそれをすると今度はこっちが——」

「いえ、それはこっちに行くから——」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——い、起きろー」

「ん……んぅ…?」

「やあおはよう」

「………へあっ!?にっににっにとろさん!」

「にとりだよ」

「なんでここに…いやここはにとりさんの工房……なんであたしはにとりさんの工房に……」

 

慌てて周囲を見回す。

寝てた………自分の体の調子を考えると、普通にぐっすり寝てたっぽい。

 

「覚えてないのかぁ?お前、私が帰ってきた時にはすでにぐっすりだったんだよ」

「……あー」

 

確か、寝る前はうづきさんとの話し合いでなんか盛り上がっちゃって……柄にもなく結構頭使って、疲れちゃってそのまま寝ちゃったんだった…

 

「仕事も終わってないし……何かあった?」

「あ、いや……うづきさんって人がにとりさんを訪ねて来たんですけど、いなかったからあたしが代わりに対応してて……」

「え」

「それで、話し合いが割と白熱しちゃって……それで仕事してる暇なくって、疲れてそのまま寝てしまって……って、どうしたんです?固まって」

 

あたしの話している途中でにとりさんが固まって動かなくなってしまった。

 

「あの……?」

「お……」

「お?」

「お前が……初対面の相手と……話し合い……!?」

「………はっ!?確かに……!!」

 

あっああっあっあっあたし、全く知らない人と話できてた……!?

 

「お前……幻覚でも見てたんじゃあ…」

「そういえば記憶が曖昧……い、一体誰が……」

「怖い……最近失踪騒ぎとかよく起きてるのに怖いよ……」

「失踪騒ぎの方がめちゃくちゃ怖いですよ!!……って、失踪?」

 

にとろ……にとりさんが何気なく発した言葉が引っかかった。

 

「あぁ、きな臭い話なんだけど、この山の妖怪たちが失踪する事件が起きてるらしくて……昨日私いなかったのはその対策を講じててね。一昨日も1人白狼天狗がいなくなったらしくって……今日もまた文との打ち合わせがあるから、留守番頼めるかな」

「えぇまあ……どのくらい周知されてるんです?」

「変に混乱を招かないように公には知らせないって……まあ、るりもあんまり人には言わないようにね」

「それはもちろんですけど」

 

ついこの前吸血鬼異変が解決したと思って、またゆっくりできると思ってたらこれかぁ……なかなかどうして、落ち着けない。

 

「……一応、気をつけてくださいね。にとりさんにいなくなられるとあたしの居場所が無くなります」

「そういう心配?まあ大丈夫だよ、るりこそ気をつけて」

 

そう言ってにとりさんはまた工房を後にした。

 

「………お腹空いたなあ」

 

……今回の件、吸血鬼の生き残りが関係してたり……

 

 

 

 

 

 

 

「にとりさんいる!?」

「むぐっ!?んぐ!んぐううう!!」

 

やっぱり幻覚じゃなかったぁああ!!

 

「いないのか……」

「ごほっごほっ………き、急に来て大声出さないでくださいよ窒息死するところだったじゃないですか!!」

 

またうづきさんがやってきた。

食事中でびっくりして食べ物が喉に詰まった。

 

「はぁ……にとりさんならついさっき出て行きましたよ」

「一足遅かったかぁ……あの人ってそんなにここ留守にしてたっけ?」

「基本はここにいると思いますけど、用事があるみたいです」

「その用事って?」

「それは……なんかです」

 

あ、やめて、そんな目で見ないで、引きこもりたくなる。

というか既に引きこもりたい。

 

「今日は何しにきたんですか」

 

要件を聞きつつ食事を再開する。

 

「友人がいなくなったんだよ」

「むぐぅ!?」

「……大丈夫?」

「けほっけほっ……」

 

み、身近に失踪事件の被害者が………

 

「そ、それで……いつからなんですか?」

「五日前から姿を見かけなくなって……いつも決まった生活をしてる奴だから、全く会えないってのが不自然で……昨日も、行き詰まってるところがあるっていうのは建前で、本当はそいつのことを聞きにきたんだ」

「それなら警備とかに報告した方がいいんじゃあ…」

「もしかしたら違う場所に転属なのかなって……」

「転属ですか…?その人どこ所属だったんですか?」

「生産地帯の第三区画」

 

生産の第三区画……うーん。

 

「確かにそこは転属の報告ありましたけど、確か七日前ですよ?」

「じゃあやっぱり違うか……やっぱり失踪……いや夜逃げって可能性も……それじゃあ結局失踪だし」

 

友人がいなくなる、かぁ。

この人とその人が誰だから仲がいいのかは知らないけれど、もしにとりさんがいなくなってしまったらあたしは一体どうなるのだろうか。

 

「というか、なんで転属の情報なんか知ってるの?」

「……え?あ、いや、えーっと……あ、あはは」

「怪しい……まさかお前がやったのか!?」

「そっそそっそそそそんなわけなっいじゃないでしゅか!!なっななに言い出すんですか急に!」

「怪しすぎて逆に何もしてなさそう……」

「急に変なこと言い出すからですよぉ!」

 

……状況的に考えて、失踪事件と関わりがあるって見て間違い無いだろう。ただ、そのことをこの人に伝えていいものか……

 

「どこいっちゃったんだよ……」

 

……ここにいられても仕事できないし、何より放っておけない。

 

「手伝いますよ、捜すの」

「……え?」

「上にはあたしが報告しておきますから、あたしたちはあたしたちで情報を集めて捜索しましょう」

「でも……」

「仕事なら気にしないでいいです、もとより今の河童なんて大体暇人ですから、二人抜け出したところでなんの問題もないですよ」

「……ありがとう」

「どういたしまして」

 

さて、そうとなればまず用意をしなきゃ……

 

「あなた、良い無職なんだね」

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

河童の集落の外にある建物中で機械をいじくり回す。

 

「この映像を見て欲しいんですけど」

「はいはい」

 

文に言われて、画面に写っている映像に目を向ける。

 

「この人が昨日いなくなった白狼天狗なんですけど」

 

ゆっくりと映像を再生する。

すると突然白狼天狗の身体がぶれて、いなくなってしまった。

 

「……速いね、監視においてる機材の性能自体、数を優先して作ってるからそこまで性能がいいとは言えないんだけど……」

「これ、映像の死角に引き摺り込まれてるように見えませんか?」

「……確かに」

 

この監視カメラのことを知ってるってことか?それなら少なくとも、妖怪の山の者が今回の事件に関わってることになるんだけど……

 

「姿を全くとらえられないほどの速さ……そこらの下っ端じゃそんな速度は出せない。出せるとしたら鴉天狗くらいか……」

「しかし、そんなことをして何になるというのか……無差別な妖怪が被害に遭っています」

「……まるで、情報を集めるみたいに」

「はい」

 

文が画面を閉じてこちらに向き直る。

 

「もしこの山の妖怪が犯人だとしても、こんなことをする理由が思い当たりません。もっと違う方法で情報を集めれば良いですし、ここまで適当に妖怪を襲う必要もないでしょう」

「つまり敵は、ある程度この山の知識を持った、この山以外の妖怪…」

「……おおよそ、候補は絞れましたね」

「あぁ、毛糸だね」

「………いや、確かに条件には当てはまりますけど」

「冗談だって、ちょっとは気を抜きなよ」

「普通に困惑する冗談はよしてください……」

「ごめんごめん」

 

今の幻想郷の状況を踏まえれば、犯人はこれしかないだろう。

 

「吸血鬼……か」


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