毛玉さん今日もふわふわと   作:あぱ

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引きこもりだって成長する

 

「………またかぁ〜」

 

何度目かの病室。

何度目かの包帯ぐるぐる巻き。

何度目かの大怪我。

 

まあ、指の一本も動かせないってわけじゃないから、過去に比べたらまだマシな方だけれど。

 

「今回も無茶したなぁ……恥ずかしいこと言ったしやっちゃったなぁ…」

 

少しずつ何があったかを思い出していき、羞恥心から顔を伏せたくなる。そもそも仰向けだし、動いたら痛いんだけど。

 

「はあぁぁっ……死にたいぃ…」

「死なれたら困るよ、るり」

「あ……にとりさん」

「やっほ、元気?1日寝てたけど」

 

起きて早々死にたいって言った人が元気に見えるわけないだろうに……というか、丸一日寝てたのか。

 

「心配したんだからね?実際、あの二人が向かわなかったら危なかったって聞いたし……」

「はい……すみませんでした……」

 

勝手なことしまくっちゃったからなあ……倉庫とかもめちゃくちゃにしたし、隠してた電磁加速砲も使っちゃったし……あの辺りめちゃくちゃだろうなあ……うづきさんに記憶を掘り起こしてもらって、あの兵器の存在を思い出したんだけれど……

 

「まあ、時間がなかったんだろう?お前はよくやったよ。おかげで吸血鬼の狙いを阻止できたし、眷属にされてた奴らも元に戻ったし、失踪事件もパタリと止んだし……よくやったよ」

「そう……ですかね」

 

結局あたし一人じゃ何もできなかっただろうし、うづきさんも巻き込んで危険な目に……うづきさん?

 

「そうだうづきさん!あの人はっ……ってて…」

 

彼女のことを聞き出そうとして身を起こしたが、全身に激痛が走る。

 

「そう焦るなって、黄梅うづき…だっけ?彼女なら特に怪我もなく、復興作業に勤しんでるよ」

「そうですか……よかった」

「にしても……」

「…?」

 

にとりさんが何か言いかけて止まる。

 

「…なんです?」

「いや、少し変わったなって」

「あたしがですか?」

 

そう聞き返すと、にとりさんは深くうなづく。

 

「こんなに積極的に面倒ごとに関わることなんて、今までなかったでしょ?いつもは成り行きとか、仕方なしだったし……危ないから私はあんまり関わってほしくなかったんだけどね」

「そうでしたっけ?まあいつも成り行きな気はしてましたけど……」

「なんで今回はこんなことしたの?」

「なんでって………」

 

自分でもよくわかっていないんだけど……聞かれても困る。

 

「強いて言うなら……にとりさんがいなかったから、ですかね」

「……私?」

「えぇまあ……にとりさんがいなかったから、代わりにあたしがどうにかしてあげようと……」

「つまりお前は私がいなかったら立派に生きていけるんだな?」

「待ってくださいそれは普通に死んじゃいます」

 

今回は、なんていうか……役に立ちたいと思ったと言うか。

じっとして待っていることができなかった、というか。

 

「山の人たちは大切な仲間ですし、色んな人がいるからあたしがこうやって生きていられるわけで……ただじっと待つことはできなかったというか」

「………そっか」

 

仲間意識……って言っていいのかな。

とにかくこう、衝動的に動いてしまった。

 

「でも……結局うづきさんの友達は……」

「仕方がないよ、お前はよくやった」

「仕方がないで済む話じゃないんですよね……」

沈黙が訪れる。

 

「……じゃ、私はそろそろ行くよ。元気そうで安心した、じゃあね」

「はい、わざわざありがとうございます」

「ん、また来るよ」

 

忙しいだろうに……それだけ心配してくれてるってことだよね、申し訳ないけれど、ちょっと嬉しい。

 

「………」

 

ずっと、自分に何ができるのか考えていた。

引きこもりで、人が苦手な自分は、どうやったら人の役に立つことができるのか。

 

ただ人を拒絶しているだけではダメで……自分一人じゃ生きられないから、他者を求めて。でも他者がやっぱり苦手で。

苦手なくせして、仲良くしているのが好きで。

 

人と関わるのが好きな自分と、人を拒絶する自分。

矛盾していて……

 

自分はどうしたいのかわからなくなって、堂々巡り。

 

「……はぁ」

 

自分は、何かを成し遂げることができたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「決まんねえよぉ……どうしたらいいのかわかんねえよおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉ」

「すごい声出すねしろまりさん」

「こいしぃ……お前いつもどうやって名前つけてんの」

「んー?えっとね……直感?」

「フィーリングかよぉ……なんか最近すごいソワソワするんだよなあ、胸騒ぎというか、なんというか……上でなんかあったんかな」

「気になるならさっさと名前決めたらいいじゃないですか、そうすれば心置きなく地上へ戻れますよ」

「意地悪言うなよさとりん、できたらもうお日様に当たっとるわい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………やっぱ寝てるかぁ」

「起きました」

「うぁ!?」

 

うづきさんの声が聞こえて、一気に目が覚めて反射的にそう返事をしてしまった。

 

「ね、寝たふり…?やめてよ心臓に悪い…」

「ふりじゃないです、寝てました」

「嘘ぉ」

「本当ですよ」

「急に気絶してそのまま起きなかったから大丈夫なのかなって思ってたのに……意外とピンピンしてるんだ」

「慣れてますし」

「慣れてるんだ……」

 

気づいたら寝てしまっていたらしい。

特に怪我もなさそうなうづきさんがやってきた。少し顔色は優れなさそうに見えるけれど。

 

「……ごめん、私のせいでこんなことに」

「謝るのはこっちの方ですよ、結局捜してた人は……」

「ううん、いいんだそれは。あなたは関係ないし……仇は…とったしね」

「………」

 

本当にそれでいいのだろうか。

あたしは知っている、その顔を。

 

「嘘ですね」

「………」

「見たことあるんですよ、その顔。昔あたしの友達が同じ顔をしていて……結構記憶に残ってるんです」

 

あれは……もう何百年も前のことだっただろうか。

毛糸さんの様子がおかしくなって……何か悲しいことがあったんだろうに、無理に気丈に振る舞っていて。

 

「無理やり押し込んでませんか?蓋をして、何もなかったことにしようとしてませんか?」

「………」

「そんなものため込んだって……何も、いいことなんかないですよ」

 

あたしの言葉を聞いて、うづきさんが俯いてしまう。

 

「……じゃあ」

 

短く呟いた。

 

「じゃあ、この憤りはどこにぶつければいいんだよ……」

「………」

「誰かを責めようにも悪いのはあの吸血鬼で……そいつはとっくに死んでいて……やり場のないどろどろとした感情だけが残って……」

 

少し声を震わせながら、少しずつ言葉を紡いでいくうづきさん。

 

「どこにも……どこにもぶつけられないじゃない。だったら……閉じ込めるしかないじゃん、押しとどめるしかないいじゃん、誰にもぶつけられないんだから……」

 

諦め、か……

 

「あたしの記憶違いじゃなかったらいいんですけど……」

「……?」

「あたし、言いましたよね、たくさん泣いて、悲しんで、怒ればいい……その時は、あたしも付き合うって」

 

正しい言葉は選べているか。

ちゃんと声に出すことができているか。

 

「あたしなんかじゃ受け止められないかもだけど……ぶつけてきてください、精一杯受け止めますから」

「——っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病室の外に彼女の啜り泣く声が響く。

 

「わざわざ見舞いに来るなんて、お前もお優しいこっ——」

「しっ」

「あん?……なるほどな」

 

空気を読まずにずかずかとこちらにやってきた柊木さんを制止する。

 

「邪魔しちゃ悪いので静かに」

「そうだな」

 

扉についている小さな窓から、中の様子をチラリと伺う。

 

「……一応、調べはしたんですよね」

「あぁ、一応、な。でもまあ……見つかったのは血の跡と、彼女の識別番号のついた帽子だけだった」

「吸血鬼のくせして、妖怪の肉を喰うんですね」

「相当腹が減ってたんだろうよ」

 

迷惑な話だ、せめて血を吸うだけにしておけばいいものを。

 

「大方、人里には手が出しにくかったんだろう、博麗の巫女とか、何人かの妖怪とかいるし」

「というか、どこ襲ってもあの人やってきそうですけど」

「まあ……それは……そうだな」

 

今回はたまたまあの人が地底にいたからで……地上にいたら河童の倉庫があの惨状になることもなかっただろう。

……いや、むしろ酷くなっていたかもしれないか。

 

「にしても見舞いになあ……お前ってあの引きこもりとそんなに仲良かったのか?」

「仲良くなかったら見舞いに行っちゃ駄目なんですか」

「そんなわけないが……お前がだぞ?」

「私のことなんだと思ってるんですかあなたは」

「血も涙もない無惨が人の形をして歩いてる理不尽と暴虐の化身」

「今からその矛先をあなたに向けますよ」

「冗談だって」

 

否定はしないけれど。

 

「私たちが到着するの遅れたからあんな怪我を負ったわけです、精神的な疲労も溜まってるでしょうし……今回の功労者を労わるくらいは、流石の私もしますよ。全く無縁って訳でもないですし」

「そうだなぁ……あいつもあのもじゃもじゃの友人だもんな。というか、それならあの中で泣いてる方のやつも休ませてやれよ」

「あれは本人が働きたいって言うからですね…」

「……現実から逃避するためか」

「恐らく」

 

だからこそ今、中で感情を吐露しているんだろうが。

 

「つか、あいつは結局何してるんだよ、結構な期間地底なんかで」

「さあ……」

 

というか、山に無断で地底にホイホイと行くのやめてくれないだろうか……一応あの縦穴は山の管轄なのだけれど……

 

まあ、許可を求められても許可するわけにはいかないからどっちにしろって感じか。今更だし。

 

「まあ、あの人に頼るのがそもそも間違いなんですけど」

「それはそうだ」

「それで……吸血鬼の生き残りはあとどれくらい居るんですか?」

「あぁ?あぁ〜……はっきりした位置や数はわかってないらしいんだが……まだいるのは確実だろうな。博麗の巫女も積極的に吸血鬼狩りに出てるみたいだが、向こうも当然避けるだろうし」

 

向こうも知性のない獣のような奴らではない。

今回のように、計画性を持って行動されたら……面倒だ、本当に面倒。

 

「賢者ももっと積極的に動いてくれないもんですかねぇ……」

「今の今まで何もせずに傍観してんだ、期待しないほうがいいだろうな」

「役に立ちませんねえ……」

「どこで聞かれてるかわかんねえぞ」

「私なんかに構ってる暇あるならこの状況どうにかしろって思いますよ」

「間違いない」

 

……さて、と。

 

「いつまでもここにいたってしょうがないですし、今日はもう戻りましょうか。……そういえば、彼女の能力で柊木さんの記憶って戻せないんですか?」

「流石に数百年も昔のは無理、って言われた」

「あー……まあそうか。というか聞いたんですね」

「一応、気になったんでな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん…と、よいしょ……と」

 

試しに柔軟をしてみる。

 

「んー………よしっ」

 

一通り体を動かしてみたけれど、特にもう痛む部分はない。妖怪といえど、その妖怪の中でも貧弱なあたしは治るのもそれなりに時間がかかる。

 

毛糸さんってその点便利ですよね……すぐ復帰できるし。

 

「やっぱり自分の部屋は落ち着くなぁ……」

 

いつもの部屋、いつもの明るさ、いつもの椅子、いつもの机……いつも変わらぬ風景がここには詰まっている。

 

ふと部屋の片隅に置いてある画材が目に入った。

 

「そーいや最近描いてないなぁ……」

 

また描き始めてみようかな……いつもは風景画とか抽象画とかだけど、たまには人物画もいいかも……やっぱり描くならにとりさんかな。

毛糸さんは……頭描くの凄い難しそうだ。

 

でもにとりさんは忙しいし……やっぱりあの人にしようかな。

 

「………」

 

なんだか最近、少し気が楽になった。

吸血鬼っていう目先の脅威がひとまずいなくなったっていうのもあるだろうけど……いつもは関わらない人と関わって…あんなことまでして。

 

自分のことを少し……ほんの少しだけ、認められた気がする。

成長を実感した……とでも言えばいいのかな、こんな自分でも少しは変わっているってことがわかって、嬉しくなって。

 

それと同時に、こんな自分を変えてくれたみんなのことが……にとりさんや毛糸さん、目つき悪い柊木さんや普通に怖い椛さん、ちょっと苦手な文さん……

 

それだけじゃない、この山に一緒に生きる様々な人がいるから、今のあたしがいる。

 

だからそう……少し、知ってみたくなった。

 

閉ざされた関係じゃなくって……受け身じゃなくって。

もっと自分から……この山のことを、もっと知りたいと思えた。

 

うづきさんと出会って……本当にひょんなことから出会って。

 

明確に自分の意思で、何かを成した。

 

その時はまだ、自分のことが好きになれなかった。

でもそのあと、うづきさんと話して……自信と言っていいのだろうか。

自己を肯定してくれるものが増えて……変わった。

 

「……そろそろ時間、かな」

 

身体はまだ重いけど、心は軽く。

 

 

部屋の扉を開いて、待ち合わせの場所へと向かう。

人の目線は気になる……けれど、今日だけはなんだか、いつもより顔を上げることができて。

 

「お待たせしました」

 

新たな友人へと、声をかけた。


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