「うーん……うーん………ううううううううううう」
「うっさい」
「いてっ」
書庫で首を捻っていると、お燐に頭を叩かれた。
「いや本当に……そろそろ名前決めたら?」
「わかってんだよんなこたぁ……それができねえから唸ってるでしょうが」
「頑張りなよ」
「頑張ってるよ」
伊達に数日間「なんも思いつかねえ〜」って、言いまくってた訳じゃない。
「どんな風な名前にするか自体は、もう決めてあるんだよ」
「へぇ……じゃあ何をそんなに悩んでるのさ」
「それがねぇ……こっちはもう気付いてんだよ……というか、忘れるようにしてたっていうか……」
「……?」
これだけ永い間共に過ごしていれば、多少の変化にくらい気づく。
今までは疑念程度だったし、気にしないようにしてきたけれど、地底に来てほぼそれが確信へと変わった。
イノシシの体格じゃ届かない場所のものが動いていたり、時々獣じゃない人の気配が感じたりと……
「そんな訳ないって思ってたんだけどねえ……」
「なんのこっちゃかさっぱりだけど……好きな人からつけられた名前なら、なんでも好きになるもんだよ」
「お燐も?」
「まあね」
「うぅむ」
私も……そうなのかな。
名付け親は大ちゃんだけど……
「いや……そういう話じゃないんだよ」
「んじゃなんの話なんだよ!」
「本当は人型になれるの知ってるけど向こうが知ってほしくなさそうだから知らんぷりしてたんだけど、いざ名前つけるってなると動物みたいなのにするか、普通の妖怪みたいにするか悩むって話だよ!!」
「それなら本人とちゃんと話すればいいだろ!!」
「できたらこんなに悩んでねえんだよ!!バーカ!」
「はあぁあ〜!?」
おっと口が悪くなってしまった。
「いやさあ……向こうが関係壊したくないみたいでさ?私としても、向こうがそう望むなら向こうに合わせたいんだけど……でも名前は欲しいっていうじゃん!もうどうすりゃいいのかわかんねえし……そもそも名前考える段階で随分時間使っちゃってるし……」
「……難儀な性格してるなぁ」
「毛玉もそう思う……」
要するにヘタレの意気地なしなのだ、私は。第一そんな度胸があるなら、もっと早い段階で事を終わらしている。
「どうすりゃいいんだろうね……」
「どうって……あたいに伝えてどうすんだよそんなことを」
「毛玉もそう思う……」
「何それ気に入ったの?」
「とのことです」
「うっそだぁ……」
「ほんとです」
お燐と毛糸さんが書庫で話していたのを盗み聞きして、そのまま猪さんへと伝える。
言うの迷ったかと言えば迷ったけれど、黙っていたらあの人は永遠とこのことで悩みそうだったので、彼女に伝えることに決めた。
「バレて……うそ……うっそぉ……」
「そんなに衝撃ですか?そんな可能性もあったとは思いますけど…」
「いや……馬鹿だから気付いてないかなって」
馬鹿なのはどっちなんでしょうね〜?
「……まあ、気づかれてるのは事実です。毛糸さんは気付いてないていを装いたかったみたいですけど」
「………」
黙ってしまった。
……この数日間、なんどか会話をしてみたけれど、結構話し方が毛糸さんと似ている。
性格こそ違えど、飼い主に似るとかそういうところだろうか。お燐とお空は全然私に似なかったけれど。
「で、どうするんです?私としては、さっさと伝えるだけ伝えて、適当に名前をもらえればそれで万事解決だと思うんですけど……」
「………」
「猪に戻っても無駄ですよ、私心読めますから」
……二人とも考えることは同じ。
今の関係が壊れるのが怖い……って、なんなのこれ、両想いだけど告白するのを躊躇っている男女みたいな状況。
正直言ってかなり面白いのだけれど、いつまでもこうやってもじもじされていても困る。
「気持ちはわかりますけど……実質逃げ道がないようなものですよ、あなたも、毛糸さんも、さっさと腹を括るべきです」
「………」
恐れ。
今までずっと、言葉を喋らない猪として彼女と接してきたのに、急に人の形を取って接することへの抵抗、躊躇い。
たったそれだけ、たったそれだけのことが、彼女を立ち止まらせている。
……まあ、何百年もそうしてきたなら、そうなるのかもしれないけれど。
「難儀なものですね……」
「っていう会話してたよ!」
「うっそだぁ……」
「ほんとだよ」
盗み聞きを盗み聞きで返すこいし……そしてそれをわざわざ丁寧に私に言いにくる。
いやしかし……どうすれば良いんだこれ。
さとりんに盗み聞きされてたのも驚きだけど……あいつ……
「……なんかすごいややこしいことになってない?」
「なっちゃってるね〜」
「こじれてない?」
「こじれてるね〜」
「私は一体どうすれば……」
いや……何をすれば良いかって、単純明快。
普通に名前をつければいいだけなんだけど………「本当は気づいてました〜」って笑いながら言えば良いだけなんだけど……
「私そんな度胸ねえんだよ………」
「しろまりさんも悩むんだね」
「私をなんだと思ってるんだ」
「しろまりさん」
「正解」
えーと……イノシシは本当はもう身体をもってること隠したくって?それを本当は私は気づいてて、でもそれを隠したくって?そしてそれをさとりんにバラされて?そしてそれをバラされた事を今度はこいしが私にバラして?
「なにこの……なにこれぇ……」
何をどうしたらこんな状況になるんだよ……
「………名前をちゃんと決めるか」
「おっ、決心ついたんだ」
「まあ……そんな感じ?」
決心というか……どちらかと言えば逃げ道を塞がれたというか……
「もう適当でいいんじゃなーい?」
「良くない……私、名前つけるとか本当にしなくって……」
技名とかも考えたこと本当にないし……逆に聞くけど、他のみんなは考えたことあるの?自分の技名。
……そういやフランはあの炎の剣に大層な名前つけてたし、案外みんな言ってないだけでつけてるのかも……
「……というか、そう考えたら私は姿も見たことのないやつの名前考えるのか?難易度高くね?こいしよ、どんな見た目だった?」
「え?うーん……髪の毛派手だったよ!」
「私に似たか……」
「かもね〜」
派手って……どういう派手?まあどうせ紫とか緑が混じった髪とかそんなんだろうけど……
大ちゃんを責めるわけじゃないけれど、見た目の特徴を名前にするってのはあんまり気が進まない。どうせならもっと色々考えたい。
自分の子の名前を考える親って、本当に凄いんだなぁ……
「やっぱりさ、一回ちゃんと話をしてみたら?」
「こいしもそう思う?」
「だって、そんな距離感を感じる状態で良い名前なんて思いつくはずないもの。決めるならちゃんと向き合わないと」
「だよなぁ……」
覚悟……決めるかぁ。
「………」
「………」
「………何してるんですか2人とも」
「にらめっこ」
「ぶふぉ」
「いや本当に何してるんですか」
いざイノシシとちゃんと向き合ってみようとすると、やっぱり気まずいしなんか恥ずかしいしでそのまま黙り込んでしまった。
「ほんとに面倒臭いですねあなたたち」
さとりんが呆れたようにそう言う。
「むぅ………」
「ふご………」
「……私席を外しますね」
「ぅん……」
「ふごぉ……」
果たしてさとりんは空気を読んだのか、この気まずい空気に耐えかねたのか……どちらなのだろうか。
「どっちもですよ」
「あ、はい、すんません」
そう言ってさとりんは部屋を出て行ってしまった。
「………さて、2人きりになったわけだが」
「………」
「まあ…お互いに把握しちゃってるんだし……姿見せてくれてもよくない?無理にとは…言わないけど」
視線を逸らしながらそう伝える。
あのあと紆余曲折あって……もう人型になれることを知っていることを知っていることを知っているって言うとんでもない構図を、イノシシと私はどちらも理解した。
だからこそ、このままこうしていても仕方がないわけで。
「まぁ〜、正直私も見るのこ——」
「見るのこ……なに?」
怖い、と言いかけたところで、目の前にいたイノシシが消えて、紫と緑の、少し長めの髪と獣の耳を持った妖怪が現れた。
「……どうして」
「……?」
「どうして……私より明らかに背が高いんだよ……」
「………そこ?」
そりゃあ……私はチビだけどさ?妖精よりちょっとだけ大きいくらいのサイズだけどさ?イノシシに……猪に負けるほどの身長って……
「そこ……どうでもよくない?」
「どうでもいいけど……」
改めて、イノシシが変化したその姿を見つめる。
……大きい。
「……舐め回すように見んな」
「変質者みたいな言い方やめてくれるかね」
「事実じゃん」
「あ、ふーん………」
君も私に辛辣なタイプの妖怪なんだね……?いうてずっと突進してきたりしてきたから、変わらないけど。
攻撃から口撃に変わっただけで。
「………」
「………」
やっぱ気まずい……私こういう空気苦手なんだよ……でも話進めないとだし。
「いつくらいから?」
「いつって?」
「いつからそうなれたんだって」
「………」
私がそう聞くと彼女は考える素振りを見せて黙り込んでしまった。
「いつからって言われても……いつの間にかとしか」
「大雑把でいいからさ」
「……大体50年前?」
「結構前じゃねえか」
「大雑把だって」
「なんだお前、50年も私に黙ってたのか!」
「だからなんなの!」
「別になんもないけど!」
「はぁ!?」
50年も何食わぬ顔でこいつはふごっ、とかぶふぉ、とか言ってたのか……いや、イノシシの何食わぬ顔なんて知らんけど。
「……それはそうと、その服何?凄いチグハグでボロボロだけど」
「あぁ……最初この姿になった時全裸で……」
お前もか……お前も生まれたままの姿だったのか……
「そのあと何とか戻って、あなたのボロボロになって捨てた服とかを集めて、縫い合わせて……で、これ」
「ちゃんとしたの作ってもらおうな……」
……やっぱ大きいな。
「………」
「………」
そして再び沈黙が訪れると……
「……正直言って、安心したんだ、私」
「安心?」
「ずっとお前が何考えてて、なんで私にくっついてきたのかわかんなかったからさ……かと言って話もできないし、それを明らかにする方法もなかったわけで」
これが大した知性のない普通の獣なら大して気にもとめなかっただろうが、こいつは妖怪だ。
昔っから人くらいの知性は持ち合わせていたから、その行動にちゃんとした考えがあるのは間違いなかった。
それを聞こうにも聞けなくて、もやもやしてて、不安だ。
「別にその口からちゃんと理由を聞きたいってわけじゃないし、せがむものでもないだろうし。ただ……こうやって初めて目の前にいるお前と、こうやって話が出来て、安心したんだよ」
「………」
話すのは初めてなのに、初めて会う相手じゃないからだろうか。
思っていたことが、口からスルスルと抜けて出て行ってしまう。
「……ずっと、言い出せなかったのは」
私が黙っていると、彼女が言いづらそうに口を開いた。
「もしこの姿を見られたら、この関係が変わると思って……もし、この私が受け入れられなくて、拒絶されたらと思うと、怖くて言い出すことができなくて……」
それは私も同じだ。
本当は薄々勘づいていたはずなのに、それを認めてしまうと何かが壊れてしまう気がして……知らないフリをして、そのまま過ごしてきた。
「でも、杞憂だった。あなたは今の私と話せて安心したって……そう思ってくれたってことは、そういうことなんだなって、今気づいた」
「……そうだね」
正直言って、あのイノシシの中身がこんな奴ってのはかなり衝撃だけど……まあ、意外ではないか。
そもそもメスだし。……女性って言ったほうがいいか。
「ただの猪の妖怪でしかなかった私と、ただただずっと一緒にいてくれて………最初は興味本位でついて行っただけなのに、それが段々居心地良く感じて……」
突進して、されて。
ただそれだけ、それくらいの関係がちょうど良くて。
「ちゃんと私のことを想ってくれてるのが伝わってきて、嬉しかった」
「私は何もわからんかったけどな、会話できなかったし」
「……だから今こうやって話してるんじゃん」
あぁ〜……なんか妙に小恥ずかしいことポンポンしゃべるなと思ったら、そういうことだったか。
「ま、こうやってちゃんと話せて……なんだかすっきりしたよ。でもさ……」
「……?」
「これ……チルノたちにはどう伝えるのさ」
「あ…」
……よし、この反応を見る限り、チルノたちはこのこと知ってるのに私は知らないとか、そんな悲しいことにはなってなかったみたいだな、よし。
「……ま、あとあと考えるか。……急だけど名前つけるよ、私のこの矮小で残念な脳みそで考えた名前だから、気にいるかはわからないけど」
私がそういうと彼女は真剣な表情になった。
「……そう身構えるなよ、こっちまで緊張する」
「いやだって……」
「……じゃあ行くよ?」
一息ついて落ち着いてから、その名前を口に出す。
「
相手の表情を見るのが怖くて、目を瞑りながら指で字を書いたり、早口で喋ったりして、必死に由来を話す。
「誇るっていうのは……私が自分のことあんまり好きじゃないから、お前には自分のこと、好きなままでいて欲しいなって……芦は…えっと……語感で」
話してて段々自信がなくなってきて、声も小さく、恥ずかしくなってきた。
「えー……はい、以上です」
恐る恐る、目を開けてみる。
「ありがとう」
以前では想像もつかなかった、優しい笑みを浮かべて、そう言ってくれた誇芦。
「……どういたしまして」
心置きなく、そう返せた。
……でもやっぱキャラ変わりすぎじゃね。