毛玉さん今日もふわふわと   作:あぱ

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ちょっと安心した毛玉

 

「そう……名前つけたのね」

「まあ……恥ずかしいっす」

 

名前をつけたあと、早々に地底を立ち去ってアリスさんの家にきた。

 

「で、その本人は?」

「あぁ……アリスさんとこに行くけど、どうする?って聞いたら、恥ずかしいからまた今度、だってさ」

「……あの子そんな性格だったの?」

「だったみたい」

 

アリスさんの淹れてくれた紅茶はやっぱり美味しい……

 

「背、私より高かった」

「あらそう」

「あと……何がとは言わないけど、それなりにあった」

「あら……そう」

「アリスさんって服作れたよね」

「え?えぇまぁ……それなりには」

「今度連れてくるからさ、採寸とか色々して作ってくれない?あいつの服、私のダメになったやつを継ぎ接ぎで使ってたから」

「別にいいけど、裁縫できるのね」

 

そう言われてみれば確かに……イノシシのくせして裁縫はできたのかあいつ。

毛玉のくせして手足いくらでも生やしたり氷出したりしてる私が言っちゃダメな気がするけど、気にしないでおこう。

 

「……そういや、結局あいつって私と一緒に暮らすのかな」

「そりゃ、今までそうしてきたんだしそうするんじゃない?」

 

てことは二人暮らし……?いやまあるりが住んでた頃もあったし、なんなら今目の前にあるアリスさんとも数十年くらい一緒に住んでたから、そこはどうでもいいか。

 

「しっかしあの子がね……いつかはこうなるとは思ってたけど、いざそうなったって聞くとなかなか感慨深いものがあるわね」

「そうだなぁ」

 

会った時はただの妖怪イノシシだったけど……そういや、あいつとは初めて会った頃からなんか変なやりとりしてたような気がする。

 

「……あいつって戦えんのかな」

「なんでそんな心配を?」

「いや……割と私の周りって戦いが起こったり、私自身巻き込まれたりするから…きな臭い話はもう吸血鬼くらいしか聞かないんだけど、それでも一応心配でさ」

 

私が一緒にいれば基本どんなやつでも殴り倒せるとは自負しているけど………まあ、あいつも一応妖怪だしなあ。

 

「あなたは気付いてないみたいだったけれど」

「ん?」

「あの子、あなたの妖力を少しずつ吸ってたのよ」

「……ん?」

「元は幽香の妖力だし……あなたほどではないでしょうけれど、それなりの強さではあるんじゃない?」

「………んー?」

 

oh……そうきたか。

 

「妖力が二つ存在することは殆どあり得ないけれど、変質はするからね。事実あなたの妖力も、幽香のとは少し違ったものになっているし」

「幽香さんのなら大丈夫だな!」

「あなた、彼女に全幅の信頼を置いてるわよね」

「そりゃあもう」

 

あの人の強さは、この私自身が数百年間ひしひしと実感してきた。素が貧弱な私でも鬼の四天王とある程度のレベルまでは殴り合うことができ、傷の再生にも使え、イカれサイコ妹吸血鬼とも戦うことができる。

これを信頼せずに何を信じられようか。

 

「なんていうの?最強には届かないけど結構強いみたいな感じ?それだけ強けりゃ十分でしょ」

「……幽香よ?」

「へ?」

 

眉を狭めながらアリスさんがそう呟いた。

 

「あなた幽香が全力を出したところ、見たところある?」

「……ないけど」

「えぇそうね、私もないわ。でも、計り知れないってことは理解出来る」

 

何度か見たあの人の力。

圧倒的だった、あの人が苦戦する様子なんて全くもって想像できない。

 

「そんな彼女の妖力を、あなたは持っているのよ?」

「まあ……そうだけどさ」

「私は、あなたが本気を出せばもっと強いと思うのだけれど」

「本気って……私、今までもかなり本気出してきたよ?死ぬ思いも何度もしてきたよ?今更……」

「なんらかの要因が邪魔してるのかもしれないけど……」

 

そんな……私によくある覚醒イベントなんてあるわけないじゃないか。あるとしたらそれはりんさんの刀の妖刀化でもう終わってるよ、あれくっそ強いもん。

 

「まあ戦うことを想定した話すんのも辛いじゃん、まず戦わなくていいような世界になって欲しいよね、全く」

「まあ一切争いのない世界なんてものは不可能だけど、傷つかなくていいようにはなって欲しいわ」

 

まあ世の中には戦うの大好きでしょうがない戦闘民族みたいな妖怪もいるし、そういうのに絡まれたら、それはもう仕方のないことだとは思うけど。

 

「………あ」

「どしたの」

「そういえば、鴉天狗の子があなたのこと探しにきてたわよ」

「文が?……なんで?」

「なんか山で厄介なことがうんたら……詳しくは教えてくれなかったけど、早く向かったほうがいいんじゃない」

 

そっかぁ……やっぱりなんかあったのか。なんか胸騒ぎはしてたんだけども……

 

もう少しここでゆっくりしていたかった。

というか世界よ早く平和になれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地底への縦穴からもじゃもじゃが出てきたとの報告を受けて、急いで毛糸さんの家まで直行してきた。

もう事が済んだ後なのでよかったけれど、せめて地底へ行くなら無断はやめて欲しい、一言くらい誰かに伝えてから言って欲しい。

 

扉を開けてそのまま人の気配のする場所まで飛んだ。

 

「やっと帰ってきましたね毛糸さ……」

「へ?」

「ほぇ?」

 

紫と緑の……それなりに長めな髪で、奇抜な髪色をした妖怪がそこにはいた。

 

「知らない人だああああああ!!?」

「なんか急にきたあああああ!!?」

 

二人して同時に叫ぶ。

 

「ちょ……ちょーっと待ってくださいね……あれ、家間違えたかなぁ……いやいや、この近辺に家なんてここか、あそこくらいしか……」

「……あー」

「よし分かりました!毛糸さんが地底から連れてきた妖怪ですね!?どうです!合ってるでしょう!!」

「違うけど」

「なっ……ならばあれでしょう!毛糸さんが散々生やして散らかしてきた肉片の残骸が怨嗟を吸収して受肉した新たな妖怪!」

「なにそれ気持ち悪……」

 

かなり引かれた。

 

「じ、じゃああなたは一体なんだって言うんですか!」

「猪」

「……なんて?」

「ここに住んでた猪」

「………ほぇ?」

 

・・・ほぇ?

 

「……えぇ?」

「………」

「………え?」

「あ、この人壊れた」

「ええぇえぇええ?」

 

……え?

 

「ほ…ほんとですか」

「……本当」

「ひぁ……それはそれは……なんとも……」

 

そう言われてれば確かに……面影がある。

髪の毛の色とか、耳とか。

 

「……前の姿にはなれるんですか?」

「まあ…」

 

私の問いに彼女は、一瞬だけ見慣れた猪の姿になってみせた。

 

「本当だ……最近なんですか?そうなったのは」

「まあ…そういうことで」

 

そういうことでってどういうこと……?

 

「…あの人なら、今は魔法の森にいると思うけど」

「あ、そうですか、ありがとうございます」

 

いや、それにしても……そうきたのかぁ。

 

「あの猪がこんな姿に……全体的に毛糸さんよりは大きいんですね、一回り」

「………」

「あ、すみませんジロジロと」

 

不快に感じさせてしまったのか、猪の姿に戻ってしまった。

 

「そうだ名前、名前はあるんですか?毛糸さんのことだし未だにあの変な名前で呼んでることもあり得ますけど……」

「……一応、普通なのはついこの前付けてもらった」

 

私の問いに答えるため、再びさっきの姿に戻った。

 

「へぇ!毛糸さんちゃんと名前つけたんですね」

 

いやぁ……今思い返してもあの呼び方は本当に意味がわからなかった。やっぱりあの人は根本的に何かがズレてるような気がする。

 

「聞かせてもらっても?」

「……日隠誇芦」

「誇芦さんですか……よし、覚えました。というか、あの人ちゃんとした名前つけられたんですね」

 

今の本人に聞かれたら不機嫌になられそうだけど。

 

「いやぁ〜でもあの猪がこうなるとは〜……今までずっとなってなかったみたいですから、てっきりそういうものだと……それにしても驚きです」

 

それと、毛糸さんと一緒にいたからと言って、毛糸さんのように強い妖力を持っているってわけでもなさそうだ。

まああんな力を持った妖怪がぽんぽん生まれてきたら幻想郷も大変なことになるんですけど……

 

「あ、知ってるかもしれないけれど一応自己紹介を……清く正しい射命丸文です、よろしくお願いしますね!」

「………あ、うん」

 

結構気に入ってる名乗り口上なのだけれど、あっさりとした反応が返ってきた。

まあせっかく出会ったのだしなにか話題を……あ。

 

「ほぼ初対面で頼むのもなんですけれど、毛糸さんの誰も知らなさそうな秘密とか知ってたりしませんか?」

「………なんで?」

「人の弱みっていくら握ってても損はしないじゃないですか〜」

「そのうち後ろから刺されそう」

 

刺される前に逃げれば問題ないんですよ。

 

「別に……そういうことあんまり分からないし、知ってたとしてもあんまり言う気には……言ってバレた時の報復怖いし」

「それは……まあ、その通りですけど」

 

まあ親しい相手の弱みなんて探るものじゃない、かぁ。

そういうことしてたらまたあの人落ち込みそうだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「入れ違いかよぉ」

 

文を探しに妖怪の山まで来たら、今しがた私の家に向かったばかりだと。あいつ飛ぶの速いし、まあ追いかけてもしょうがないだろう。

というか、今家にはイノシシ……誇芦がいたはず。

 

……まあめんどくさいし関わらんとこ、文ならどうにかうまくやるでしょ。

 

「で、なんでこっちに来るのさ」

「いやぁ……椛たちの仕事の邪魔したら悪いじゃない」

「こっちも仕事の途中なんだけど?」

 

にとりんの工房まで来た。

 

「……で、結局山で何があったの?私が地底で床を転がり回って頭捻らせてた間に」

「あぁ…簡潔に言うとだね。吸血鬼の残党が山でこそこそしてたから、頑張って見つけ出して殺したって話」

「直球に言うね?てか吸血鬼かぁ……私いたら殴り倒してたのに」

「だろうね」

 

まあ山自体にはそこまで荒れた様子なかったから、そこまでの被害出てないんだろうなとは思うけれど。

 

「まあ犠牲ももちろん出たけど……なんとかなってよかったよ」

「ふぅん……吸血鬼かぁ」

 

私も積極的に殴りに行った方がいいだろうか……というか、平和的な思考を持った吸血鬼の一人や二人いないものだろうか。

…いたとしても、ひっそり暮らしてるか。わざわざ騒ぎ起こしてるやつが平和な考えを持ってるわけないもんなぁ。

 

「こんにちはー……あれ、毛糸さんじゃないですか。戻ってきてたんですね」

 

るりがにとりんの工房へとやってきた。

 

「あ、るり、お前は大丈夫だったの?」

「大丈夫じゃなかったんだなそれが……」

「……なんでにとりんが答えてんの」

「まあ聞きなよ」

 

にとりんがちょいちょい、と手で招く動作をしたので耳を傾けてみる。

 

「それがね……るりは自ら進んで吸血鬼の起こした事件に関わっていっただけでなく、その狙いの場所を突き止めて瀕死まで追い込んだんだ」

「へぇ……えぇ?るりが?あいつが?あの内気引きこもり人見知り手先だけ器用で人付き合いがすこぶる苦手で何かあったらすぐ叫ぶ、あのるりが?」

「聞こえてますよー……」

 

そんな……お前は引きこもりなだけで比較的まともなやつだと思ってたのに、自ら進んでそんな危険なことに首を突っ込むなんて……

 

「それだけじゃなくってね……」

「ま、まだあるって言うのか……!?」

「これが一番驚きなんだけど……」

「そ、それは一体……」

「るりが……新しい友達を作ったんだ」

「………」

「………」

「………」

 

新しい……友達?

 

「……ぇぇええええええ!!?」

「なるよね!そうなるよね!!」

「なんで親しい人一人増やしただけでこんな反応されなきゃいけないんですか、あたし」

 

るりが…?あの……るりが?

 

「あの内気引きこもり人見知り手先だけ器用で人付き合いがすこぶる苦手で何かあったらすぐ叫ぶ、あのるりが?」

「それさっき聞きました」

「せ、成長したな、お前……わたしゃ嬉しいよ」

「なんで涙ぐまれないといけないんですか」

「全くだよ……ここまで長かったなぁ毛糸」

「なんでにとりさんまで涙ぐむんですか。てかなんなんですかこのノリ、もう突っ込むの疲れたんですけど」

 

るりのジト目が私の身体を貫通し始めたのでこの辺にしておく。

 

「それはそうとして、怪我とかしてないの?お前」

「したっちゃしましたけど、もう治りました、これでも一応妖怪ですし……というか毛糸さんこそ、地底で一体何してたんですか。10日以上いなかったって聞いてますけど」

「あぁ……長く、苦しい戦いだったよ」

「はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

るりやにとりんの仕事を妨害しながら、なんやかんや会話が弾んですっかり日が傾いてしまった。

 

「ん……」

 

自分の家の扉を開けようとして思いとどまる。

そういや中には誇芦がいるんだよな……いや、だからなんだって話なんだけど。今までもいたし。

 

「すぅ……ただいま〜」

「ふんっ」

「ぐえぇっ」

「………は?」

 

一応扉を開けたら突進される想定もしていたんだけど……突進されていたのは私じゃなくて文だった。

そういやこいつ山に帰ってきてなかったな。

 

「……いやいや、何してんのお前」

「腹立ったから」

「何言ったんだよ文」

「あやや……ちょっと口が滑りました…毛糸さんの悪口言ってたら突進され——」

「ふんっ」

「ぐえぇっ」

 

なんかよくわからんが……

 

「お前はやっぱりお前だよ、誇芦」

「……?」

 

お前は突進してこそだよ。


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