「ははっ………死ぬかと思いましたよ………」
「死んでも骨は拾ってあげませんよ」
「酷くないですか?あとあなたは回復するの早いですね」
「文さんとは体の作りが違うんですよ」
いや、椛あなた、すごい足元ふらついてるけど、まだ具合悪いでしょ。
「で、説明してくれる?」
「あ、はいはい、そうでしたそうでした」
だから、忘れんなよ。
何のために我が家の周りを汚してくれたんだよ。
「状況が変わったって?」
「えっと………なんでしたっけ。あ、そうだ!うちの山の偵察に来てた敵の白狼天狗を捕縛したんですよ。そしたらですね、お前らはもう終わりだとか言い出したんですよね」
それだけでわざわざ状況が変わったとは言い出さないだろうに。
まだ他に何かあるのだろう。
「それでですね、いろいろ尋問してみたら、向こうが攻めてくる日程がわかったんですよ」
「それが思ってたより早かったから、状況が変わったと」
「えぇ、お陰様で天狗の里の方はとてもつもなく混乱に陥ってますよ、天魔様と大天狗どものおかげでなんとか統率はとってますけどね」
思ってたより早かったって、どれくらいのを想定してたんだろうか。
というか、それなら自分ら人の家きて飲み始めるって呑気すぎるよね?
「で、それいつだって言ってたのよ」
「明日です」
「………は?」
「明日です、今が最後の夜ですね、決戦前夜って奴です」
「………はぁ?」
「大丈夫ですか?」
「はぁ」
はぁ!?
明日っておまっ、明日って!どんだけ呑気やねん!ちょっとまってや心の準備がまだ出来とらんのやけど!
ちょっとまって!?これ寝る暇ないよね!?時計あったらもう0時過ぎてると思うんだけど!これもう実質今日じゃない!
「いやでも、こっち側を錯乱するために嘘の情報をとか………」
「椛が確かめるために哨戒した時に、確かに敵は近くにいて、もう攻め込む準備をしてたらしいです」
「はぁ………じゃあなんでおたくらこんなところで飲んでんの」
「やけくそです」
めっちゃ堂々と言うやんけ………
「そういうわけで、そのことを柊木さんに言おうとしたんですけどもう帰ってきた後で、それからは私たちもやることいろいろあったので言うのが遅れたってわけです」
「それでやけくそになるぅ?ってか飲むなよ」
「ふっ、部下からの視線、同僚のとの競い合い、上司からの圧力、こんなに人生疲れる要素あるんですから、ちょっとくらい飲んだって問題ないでしょ」
「あるよ?もれなく天罰がくだるよ?」
はぁ………ったく。
ふて寝したから?ふて寝したからこんなことになってんの?天罰くだってんの私?
「ま、我々もなんの備えもしてないわけじゃないんですけどね。この日のために私たちは名の知れた妖怪から有象無象まで頭を下げに行ったんだから。天狗としての矜恃もあったもんじゃないですね!はっはっは!」
「文さん、本番は明日なんですから、帰って一度休んだほうが——うっ、また吐きそうに………」
「お前が一番休まなきゃ駄目だろうが。俺はこんな酒で死にそうになってる奴らを運ぶためにここにきたんじゃないんだよ」
「苦労人だなぁ柊木さんは」
次第に文も顔が真っ青になっていき、椛といっしょに死にかけになったので、霊力を使って浮かせて柊木さんにテイクアウトしてもらった。
「あ、そーだ。にとりんはどうすんの?」
「河童は臆病だからなぁ、多分情報伝達されるのは一部の河童だけだと思うよ。相手の狙いはうちの技術力でもあるだろうからね。多分毛糸も河童の集落まで来て防衛に加わることになるんじゃないかな。武器製造とかも全部河童が受け合ってるし」
「にとりんはしっかりしてるねぇ」
「お酒飲んでないだけだよ、普段ならあの二人ももっと有能なんだけどね。じゃあ明日、日が昇る頃に私のところまで来ておいてよ。近くの天狗にはちゃんと伝えておくからさ」
「あぁ、うん、わかった」
「お互い頑張ろう、盟友」
そう言ってにとりんも帰っていった。
こう言う戦争っぽいの、私いけるのかな………今まで何度か戦いというものはしたけれど、全部私死にかけてるし………
生き残ることを最優先にしたほうがいいかな。
なんで私はこの戦いに参戦する前提で話してるんだろうなぁ。
本当はそんな義務はない、私は争いなんてのはごめんだし、まだまだ人生を謳歌したい。
それなのになぜ、自ら争いに身を投じませようとしているのか。
わからない………だけど、このまま逃げるという選択肢が私の中にないのも事実、なら戦って生き残るしかないだろう。
なにかそれっぽい理由でも作っておこうか。
親しい人を、無くしたくないから。
私如きがそんな大層な理由作っていいのだろうか。
私にそんな、何かを守れるほど力があるとは思ってはいない。
私に守って欲しいも思っている人もいないだろう。
だったらこれは、私の胸の中にだけしまっておく。
それに、期待されているんだ、答えてあげなければいけないだろう。
死んだらそこまで。
明日は明日の風が吹くんだ、深く気にしたってしょうがない。
生きて帰る、なにも失わずに。
なんかすごい死亡フラグだってる気がするけど気のせいだよね。
気のせいだよね!?
あとめっちゃ臭いなぁ!我ながら恥ずか死ぬ!
「あわわわわわわ、せ、戦争?今日?今から?ふぇ?」
「うん、そーだね」
「ふぇ、ふぇ………ふぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「なんでこいつに教えたのにとりん」
「いや、どうせならここでお荷物を処分しようかなと」
あ、にとりんお前、このニートをこの戦いに乗じて抹殺しようと企んでるな?いいぞもっとやれ。
「無理です無理ですぅ!そんな、こここんな近くでたた、戦いなんて起きたらあたし、し、ししし、し死んでしまいますよおお!!」
「大丈夫だ、すでにお前は社会的に死んでいる、安心して逝け!」
「逝けるわけないでしょお!?あたしはまだまだやるべきことが——」
「じゃあ頑張って生き延びてね」
「そんなあああ!!」
力無きものは死ぬだけよ。
まぁここに攻め込まれる時点でもう終わってるような気もするけどね。
「にとりん、あとどれくらいで攻めてきそうなの?」
「北の方から大軍が押し寄せてきてるらしいよ。天狗の里より先にここが戦場になるだろうね」
「でもまぁ、こっちが有利は有利だよね」
「立地はね。戦力差は覆しがたいな」
「ま、なるようになるんじゃないの?最悪、河童は降伏したら生かしてもらえるんじゃないの」
相手が河童の技術を目的に攻め込んでくるならあっちだって河童を殺したくはないだろう、じゃあさっさとあっち側に寝返るのも手だ。
「そうはいかないんだよねぇ、今河童はこの山で天狗と対等な関係を結べている。降伏なんてしたら奴隷みたいな扱いになるのは目に見えてるからね」
「ど、どどど奴隷!?やだ!そんな引き込もれないような人生は!絶対に勝ってやる!意地でも勝ってやるうううう!!」
「なんか火がついた。いいぞその調子だ、そのまま命燃やしていけ、爆弾持って自爆特攻しろ、君はボマーだ」
「それ結局死ぬじゃないですかあああ!!」
いちいち騒がしい奴だなぁ。
騒ぎたいとはこっちだってのに………ってか眠いわぁ、緊張感のかけらもないからすごく眠いわぁ。
「あ、そうだ毛糸、部屋に置いてあったものは取っておいてくれた?」
「あぁ、うん、一応、全部じゃないけどさ」
私の部屋、つまりるりの隣のあの部屋、あそこににとりんが武器とかいろいろ用意してくれていた。
まぁ武器とは言っても短剣やら長剣やら細剣やら刀やら弓やら槍やら短槍やら投げ槍やら斧やら………武器オタかって思った。
あ、そうだ、ハルバードもあったわ、あと籠手も。
「短剣だけもらっておいた」
「なんでさ、あんなに用意してやったのに」
「バリエーション豊富過ぎない?重いわ、完全に枷になるわ」
「もっと小さくて殺傷力高いのもあったんだけどね、量産ができてないからさぁ。銃って知ってるかい?」
「あ、あるんだ、銃」
てっきりないもんだと………
どっちにしたって私使えないよね、だって私筋力ないもん。
例え両手でしっかり構えて撃っても多分腕が動かなくなる。
まぁやっぱり使い回しのいい武器しか使えなくなるんだよね。
「狙撃銃ってのもあるんだけど、それだけはいくつか作れたんだけど、いかんせん狙いがつかなくてね、目がいいやつしか使えないんだよ。あ、るりは使うけどね」
「え、使うの、狙撃銃」
「目だけはいいんだよ、目だけは」
そんなに目いいのか………
現代にも戦争はある。
歩兵は銃を乱射し、その弾丸がたまたま敵に当たって相手を殺す。
しかし狙撃は違う、引き金を引けば確実に敵が死ぬ。
これほど死がはっきりと分かるのは狙撃手くらいだ。
ってなんかの作品で聞いた気がする。
「できんの?こいつに」
「やらなきゃ死ぬだけだ!最終手段で投石機でお祈りする!」
「やっぱりやけくそじゃあないか」
やれやれ………大丈夫かな、私、死なないかな。
いや、死ぬ前に撤退しますけども………
「あ、そうだ、これも渡しておくよ」
「はれ?なに、妖怪メ○ルでもくれんの?」
にとりんから手渡されたのはやけに大きくて太いバレルがついている銃っぽいなにか。
なんだこれ、結構重いなぁ………
「これ、実弾は?入ってないけど」
「妖力を込めるんだよ」
「ほぇー、使い方わからないんだけど」
「妖力を持ち手から流し込むだけだよ。妖力を発射する分、弾を待つ必要がなくなるから軽くなる。妖力が通りやすくて丈夫な素材を特殊な配線でめぐらしているから、妖力を込めるだけで弾の装填と発射までできる優れものだよ。これなら妖力の扱いに慣れていない毛糸でも使えるでしょ?」
「なんで私が妖力あまり使えないって?」
「見てたらなんとなく分かるよ」
見てたら分かるんや………すごいな。
確かにこれなら込める妖力の量にだけ気をつければ私にでも扱えそうだ、いいものもらったね。
やっぱ河童すごいわ、うん。
「霊力込めても大丈夫?」
「え?さぁ、試してないからわからないけど」
そうかぁ。
妖力は傷の回復の為に出来るだけ温存しておきたいんだけどなぁ………まぁ、私の妖力量自体も、何故かそこそこ増えている。
むしろ最初に持っていた量が少なすぎたまである。
余裕のあるうちは、フレンドリーファイアしないように気を付けながら使っておこう。
まぁ幽香さんパワーハンパないからね、試し撃ちも怖くてできないけどね。
「きゅうりいる?」
「いらな…やっぱりもらっておく」
「お、きゅうりの魅力に気が付いたかい?」
「お腹空いたから」
無駄にめちゃくちゃ薄く輪切りにされたきゅうりを、手掴みで一気に口の中に放り込む。
「みずみずしい………なに、私の顔に何かついてる?」
「いや?………やっぱり最前線で戦うのかい?無理はしなくてもいいんじゃない?」
「後ろにいたってどうせびびって何もしないだろうからね。私みたいな臆病な奴は無理やりにでも前に行かせないと何もしなくなるから」
「そうか、そうか………」
………なにか言いたげだなぁ?
やたらと私に武装させようとするし………
「なにか言いたいことあるの?」
「いやぁ………死んで欲しくないなぁって」
なに恥ずかしそうにいってんだよ。
「だってさ、せっかく盟友と呼べる人物に出会ったと思ったら、いきなり戦いに行くって………そんなことってある?」
「さぁ?私まだまだ妖としても浅いし、自分の存在だってあやふやなんだよ。この世界はそういうものだって割り切ってるけどねぇ。首突っ込んじゃったし」
「まるで前世の記憶があるみたいに言うね。でもなぁ、天狗はわからないけど河童はさ、争いとかそういうのは無関係だったからさ。戦いが始まっても、普段通りの生活を送る奴も多いと思う」
「にとりんだって死ぬかもしれないじゃん」
「私は後ろで後方支援してるからね。というか、河童はほぼ全員後方支援だから」
いいなぁ!後方支援いいなぁ!私もそっちがいいなぁ!
私だって死にたくないもん!ルーミアとかあの辺の化け物が敵にいたらどうするんだよ!ってか人生経験少な過ぎてよくわかんないんだけどっ!ルーミアクラスの化け物とかうじゃうじゃいるかもしれないし、もしかしたら敵に幽香さんクラスのラスボスがあるかもしれないじゃん!どうしろと!?この貧弱もやしボールにどうしろっていうんだよ!
「はぁ………やだなぁ、憂鬱だなぁ」
「さ!しんみりするのは終わりだ!生き残る為になんでもするぞ私は!というわけで行ってこい盟友!」
「逝ってきます」
やってきた伝達役の鴉天狗が、もうすぐ開戦だと伝えてきた。
そういえば、相手妖怪だからちょっとやそっとじゃ死なないよね?腕吹っ飛んだくらいじゃ死なないよね?
いやでも、そんな甘っちょろいこと考えてるの私くらいかぁ。
うーん………憂鬱だなぁ。
ま、行くしかないんだよなぁ。
戦場にいるすべての兵は困惑していた。
空から降り注ぐ、氷の槍に。
突如現れたそれは、戦場を貫いた。