毛玉さん今日もふわふわと   作:あぱ

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悲壮

 

「あぁ?お前も手負いだったか」

 

うずくまっている私を見下すかのようにして、そう呟く奴。

傷は負っていない、というかそもそも左腕は義手だ、壊れこそすれど怪我なんてしようがない。

まだ義手の付け根の肉体の部分が痛むというのならわかるが、痛みを感じているのはあるはずのない左腕。

 

義手ではない、それだけははっきりわかる。

 

幻肢痛……じゃあないな、今までそんなものを感じたことがない。

 

となれば、奴のなんらかの能力と考えるのが自然、考えられるものとしては……

傷の再発……いや、というよりは——

 

「悪化か」

 

立ち上がった巫女さんがそう呟く。

 

「おぉ、解るのか、流石は博麗の巫女だな」

「発動条件は……その腕に触れること」

 

指で吸血鬼の右腕を指す巫女さん。

 

「察しがいいな」

 

やはり、あの触れることだけを目的としたような攻撃はこれをするために………

 

「お前に右腕を吹き飛ばされた後、お前を殺すことばかり考えてたらなあ?いつのまにかこんな力が手に入っててよ」

「で、悪化させる能力か。古傷ばっかり痛むと思ったらそんなことか……面倒くさい」

 

あるはずのない左腕がずっと激痛に襲われている。

 

「ダメもとでそのもじゃもじゃにもやってみたが……存外、そいつが一番効いてるみたいだなあ?」

 

あの攻撃を氷なりで防いでいれば……いや、そもそも最初の攻撃を右腕で受け止められていた時点でこうなるのは確定していたか。

 

「……大丈夫か」

「右腕はちゃんと動く、左腕のこれも死ぬようなもんじゃない。痛みは辛いけどどこかの誰かさんに棒で叩かれてたせいで多少は耐性ついた」

「無理するなよ」

「そっちこそ」

 

はっきり言えば強がりだ、お互いに。

今すぐに大声で叫びたいくらい左腕が痛む、気合いで抑えているだけだ、ジンジン痛んできて……悪化するって言うくらいだ、今より悪くなることだって十分に考えられる。

 

それに巫女さんは……平気そうに装ってはいるが、汗が体を伝っていて、道具も痛みを堪えるかのように強く手で握っている。

 

「私が前」

「はあ?お前その傷……は負ってないが」

「治るから、いいんだよ」

「………危なくなったら下がれよ」

 

苦しんでいる私たちの様子を見て愉快そうな顔をしている奴を見て、憎悪が湧き上がってくる。

 

「っ……」

 

あぁ、そうだった。

この呪いはそういう感情を餌にして強くなる、落ち着かないと。

 

右腕で左腕の服の袖を引きちぎって、丸めて口の中に突っ込んで噛み締める。

痛みは堪える、幸い左腕は動かないわけじゃない、いや痛いが。

痛みで動かないのなら、全部委ねるしかない。

 

頼むよ……りんさん。

 

右腕で刀を引き抜き、左腕を動かして両手で構えを取り、激痛に耐えながら体の主導権を譲る。

 

「その刀……」

「ん」

「……わかった」

 

口に布を突っ込んでるせいで会話はできない、というかそうでもしないと今にも叫び出してしまいそうだ。

 

でも、遠慮はしなくていいよ。

 

私の体をどんな風にしてもいい、この人を守ってくれ。

 

「……来るか」

 

動いた痛みがやってくるより早く、敵へと斬り込む。

即座に反応されて形を変えた右腕で防御されるが、そのまま力を込めて刀を振り切り切断する。

 

「——っ!」

 

痛みで声が滲み出る。

今まで怪我をしても痛みを全部無視してきたが、その清算とも思えるような痛みが脳へと伝わる。

 

「随分辛そうな顔してるじゃねえ——の!!」

 

腕を切断されたが何事もなかったかのように戻っている吸血鬼に巫女さんの弾幕が飛んでいく。

奴も腕を上がった時痛がっていたはずだが……痛覚を遮断したか、あの痛がっていた様子は嘘なのか。

はたまた痛みに耐性があるのか……どうだっていいことなのに、自分が激痛を感じているせいでどうにも気になってしまう。

 

そんな思考とは関係なしに体は動く、動いてくれる。

 

「なんだお前どんだけ動けるんだよ!」

 

何も考えていない、痛みで思考が鈍る。

時々関節が無理な方向に曲がったりしているが、呪いのせいかその分の痛みも伝わってくる。

 

痛いが動く。

奴の伸ばした肉の触手、それに触れればまたこの呪いが悪化するかもしれない、というか段々酷くなっている気がする。

巫女さんに触れさせるわけもいかない、片っ端から切り落とし、ただひたすら肉薄し続ける。

 

だか仕留めきれない。

こいつ本当に巫女さんに腕を吹っ飛ばされたのか?凛での攻撃が上手いこと流されたり避けられたりしてほとんど当たっていない。

こちらが相手の攻撃に当たらないように、全て捌いて立ち回っているのもあるだろうが……

憎しみでここまでの動きを……いや、他の妖怪や人間でも喰って力をつけたか。

 

「ぐうぅっ」

「苦しそうな顔でえげつない攻撃してきやがって……」

 

意識を手放せばどれほど楽だろうな、だがそんな選択肢は存在しない。

言ってしまえば相性が最悪だ、古傷が多い巫女さんや呪いを抱えた私。何故こうもちょうどよくこんな奴が来てしまうのだろうか。

 

せめて霊夢がいたなら……

 

「……随分と必死そうじゃねえか、なあ?」

 

私と遠くからの巫女さんの攻撃をいなし続けて、吸血鬼がそう呟く。

 

「そこまで必死になるってことは……お前、相当俺のことをあいつに近づけたくないらしいな?」

 

 

悪寒

 

 

「おぉ!?」

 

私の考えに呼応するかのように凛の動きが加速する。

 

「図星か」

 

嫌な予感しかしない。

正気を失いそうなほどの痛みが襲う中、胸騒ぎだけは止まらずに、むしろどんどん大きくなり続けている。

 

「ギィッ!」

 

奴の喉元を目指して切り込んでいるはずなのに、肉の触手が邪魔で近づくことができない。

 

目まぐるしく変わる景色の中、何かが蠢くのが見えた。

 

すぐさまそれが見えた方向へ飛んで、木々の中に紛れていた巫女さんへと伸びていく触手を切り刻む。

巫女さんへと到達する前になんとか斬ることができたが、無理に動いたせいで激痛も走るし体勢も崩れてしまった。

 

こいつ、この状況で巫女さんを狙って……

 

「隙あり」

 

直接胴体に攻撃を受けるのを避けようとして、咄嗟に手足で防御した。

 

四肢に触手が捩じ込まれ、痛みを感じるよりも早く内側から裂くように右腕と両足を切断される。

拍子に口から布が出ていく。

 

「——があああっ!!」

「毛糸っ!」

 

痛い、痛いがこの程度すぐに生えて……

 

「……は」

 

治らない。

というよりは治りが極端に遅くなっている、治したところから抉れていって……治る感覚と悪化する感覚が両方襲ってくる。

だが治さなければ死ぬ。

 

「さっさと死ね、死に損ない」

「やらせねえよ」

 

私に右腕の触手を振り下ろそうとした吸血鬼との間に、凄まじい速度で巫女さんが割り込んでくる。

 

「巫女さっ…わたっ、あぐぅっ」

 

痛くて痛くて、ちゃんと喋れない。

 

「あいつも相当妖力失ってる、ありがとな。休んでてくれ」

「………っ!」

 

ダメだ。

優しい表情で語りかけてくれるが、その目は……まるであの時の……

 

「まっ……」

 

あの人だって辛いはずなんだ。

それなのに、私がこうなってしまったからあの人は……

 

身の回りに結界を張って直接触れられるのを阻害しながら、弾幕を貼りつつ霊力を練り始める巫女さん。

 

私も何かしないと……

そうは思っても、身体の傷を維持するのに妖力を使い続けているし、痛みでうまくコントロールできない。

 

何もできない、残っている左腕も刀が手から離れて、動かせば呪いで悶絶してしまうほどの痛みが襲う義手。

そもそもそれ以前に千切れてしまった手足が痛くてたまらない。

 

何もできない。

 

「くっ…」

 

全身に痛みが走っているなら動きも鈍る。

動きが鈍れば自然と受けに回ってしまう。

受けに回ってしまえばもう攻めに転じるのは難しい。

 

段々と結界に綻びが生じていく。

 

「そんなにそいつが大事か、妖怪が!」

 

いや……単に私を庇うように戦っているからかもしれない。

私が枷になっている、私のせいだ。

 

「ならもう——」

 

吸血鬼がこちらを向く。

 

「爆ぜろ!」

 

巨大な妖力弾。

今の私が喰らえばひとたまりもないだろう、最悪、死ぬ。

 

「この——」

 

あぁ、そうだろう。

巫女さんは私を守る結界を張るためにこっちに近づく。

投げられた複数枚ののお札が私の前で形をつくり、結界が張られる。

 

だが、吸血鬼は巫女さんをずっと見ている。

巫女さんが私を守るためにこちらを見ている間も、ずっと。

 

私のことはいい、気づいてくれ。

奴を見てくれ、じゃないと……

 

 

結界と妖力弾がぶつかり合い、激しい音と光り私の目の前で発せられる。

 

そんな中でも見えた、目が離せなかった。

吸血鬼が伸ばした触手が巫女さんを捉える。

 

こうやって守られていて、手も足も出せなくて、見ているだけしかできない私を守って無防備な巫女さんを、触手が貫こうと。

 

焦燥

 

何もできない私は、ただ掠れた声を出すことしかできなくって

目の前の光景を否定したい一心で

 

「やめ——」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ははっ」

 

奴の笑い声が静かに響く。

 

「まさか博麗の巫女が妖怪を庇うなんて、なあ?」

 

巫女さんの体を数本の触手が貫いている。

 

「どうしようが私の勝手だろ」

「そりゃそうだが……お前、もう放っておいても死ぬぞ」

 

血が滴る。

開いた傷口がじわじわと広がっていく。

 

「どうせ死ぬなら…お前を殺してから死んでやるよ」

「そのなりでよく言えたもんだなあ?」

 

右腕は再生が遅い、左腕で拾え。

 

「勘違いしてるようだから、一つ教えておいてやる」

「あぁ?」

 

ただでさえ意識が飛びそうなくらい痛いのに、さらにそこに左腕を動かした激痛が走る。

それでも、刀を拾って、霊力を流して浮かして、巫女さんの方へと投げる。

 

「私たちはまだ死んでない」

 

それを受け取った巫女さんがが素早く刀を振るって、自分を貫いている触手を素早く切り裂いた。

 

「っ!?こいつ——」

 

間髪入れずに首に刃を向ける。

 

痛いはずなのに、あの人だって叫び出したいだろうに。

ボロボロになりながらも刀を振るう姿は、私の目にはまるで……

 

「ま——」

 

その刃は月光に鈍く照らされて。

奴の首を切り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あ゛あ゛ぁ゛」

 

変な声を出しながら巫女さんが倒れた。

同時に体から痛みが引いていく、まだ痛みは辛いが脚はすぐに生やした。

 

「巫女さんっ!」

 

首と胴体が離れてしまった奴の体に、念のため氷の杭を何本も打ち込んでから駆け寄る。

 

「叫ぶなうるさい……」

「叫ぶわっ!体に穴空いて……」

「急所は避けた、喚くな…」

 

確かに急所は見事に避けられているが……

 

「そうだ止血、止血を」

「霊力で止めてる」

「なんでそんなに落ち着いてんの!?」

「慌ててもしょうがないからだろ……あとこれ返す」

 

再生し終えた右腕で刀を受け取る。

 

「歩けそうにない、肩貸してくれないか」

「神社に戻るんだったら私が浮かせば……その方が早いし」

「肩、貸してくれ」

「………わかった」

 

言われた通りに巫女さんを起き上がらせて肩を貸す。

 

「悪い、身長のこと考えてなかった」

「………」

 

からかうように言ったのかもしれないが、到底そんな気分にはなれない。

 

「……そんな顔するな、すぐに死ぬわけじゃない」

「すぐにって……」

「話がしたいんだよ」

 

博麗神社の方へと歩みを進めながら、巫女さんの言葉に耳を貸す。

 

「色々あったな」

「なんだよその入り方……」

「何気ない日常だったんだ、ずっと。依頼を待って妖怪を退治して……」

「………」

「このまま適当に死んでいくのかなあって思ってた。けどな…霊夢が来て、お前が来て……変わったんだよ、色々」

「その最期の言葉みたいなのやめろって!」

「分かるだろ?」

「っ………」

 

もう長くない、そう言っているんだろう。

分かる、分かるさそのくらい、けどさ……

 

「楽しかったんだよ、この日々が」

「……私もだよ」

 

霊夢や魔理沙、もちろん巫女さんも。

久しぶりに人間と深く関わって……長らく忘れていた人の時間の感覚を、私に思い出させてくれた。

 

「見たかったんだよ、あいつがお前含めて、お前みたいな奴らと笑ってるところ。あいつの作ってく幻想郷を」

「……そうだね」

「でもそれも、叶いそうにない」

 

なんで。

なんでそうもきっぱりと言えるのだろうか。

 

「今更だけどな……こうなるなら、お前と酒の一杯でも酌み交わせばよかったと後悔してる」

「……私酒呑めない」

「………」

「けど、酌をするくらいならしてあげれるよ」

「……なら、帰ったら頼もうかね」

「……いやでも安静にしなよ」

 

私だって後悔してる。

もっと自分のことを伝えればよかった、時間はあったんだ、もっと色んなことをして……色んなことを話して……

 

「無事で……よかった」

「……なんにも良くない」

「どうせそんなに長生きできない私より、お前みたいなのがいた方が…」

「それ以上言ったら無理やり黙らす!」

「……悪い」

 

なんで私なんか。

そんなこと……聞けなかった。

 

 

「頼みが、あるんだ」

 

彼女が静かにそう呟く。

 

「あいつには魔理沙がいるから大丈夫だとは思うけど……それでも、やっぱり子供だけじゃ不安だ」

「………」

「紫もいるにはいるが、こんな状況になっても出てこないやつだ、期待しない方がいい」

「………」

「だからさ」

「ごめん」

 

言い切る前にそう言ってしまう。

 

「私、巫女さんに、伝えなきゃ……いけないこと…」

「……なんだ」

 

これも、もっと早くに話しておけば……

紫さんのあの時の言葉が脳裏に浮かんでくる。

 

 

「霊夢には………私についての記憶を全部……失って、もらう」

 

 

色んな感情が混ざり合って、口がうまく動かない。

 

「幻想郷の調停者である博麗の巫女が、妖怪に肩入れするようなことはあってはならない。だから……」

「お前という存在を記憶から抹消して、より調停者に相応しい状態にする。……なるほどな、紫がお前を霊夢と引き合わせたのは能力だけじゃなくてこのことも含めてか」

 

なんとなく察しはついていたのだろう、すぐに理解して受け入れてしまう。

 

「いかにもあいつの考えそうなことだ」

「で、でもさ、ある程度経ったら記憶は戻るようになってるって……だから、それからはちゃんと、巫女さんの頼みを」

「悪かったな」

「………え」

 

唐突に放たれたその言葉に、思わず間抜けな声が出てしまう。

 

「……なんで巫女さんが…謝るのはむしろ私で…」

「関係ないのに巻き込んだ。お前はただの妖怪だったのに……いや、ただのってわけでもないが……ここ最近ずっと思い悩んでたの、そのせいだったんだな」

「そんなのどうだって」

「友達が思い悩んだら理由自分にあったら、謝るだろ」

「なっ……」

 

なんでそう……優しいんだよ……

ちょっとくらい、恨むようなことを言ってくれたって……

 

そんなことを言われたら…むしろ……

 

「……まあ、お前ならきっと、いい方向に進めるはずだ。結構いい奴だからな、お前」

「……そうだと、いいね」

「もうそろそろ限界だ、意識失う前に…これだけ言わせてくれ」

 

肩を貸している巫女さんの顔を見る。

 

「ありがとな、一緒にいてくれて」

「……こっちこそ」

 

私の言葉を聞いて、巫女さんは意識を失った。

それでも霊力で止血はしているらしい、本当に大した人だ。

 

 

「………」

 

 

この人は、ずっと、私にやさしくしてくれた。

だというのに、何故だろうか。

 

何かがどんどん深みに堕ちていくような……二度と戻れないような…そんな感覚に満たされて。

 

私の中の何かが、折れた。

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