毛玉さん今日もふわふわと   作:あぱ

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堕ちる

「……本当に、それでいいのね」

「………はい」

 

神社の屋根の上。

紫さんが私に問う。

 

「分かっていると思うけれど……これはとても……虚しいわ」

「……まあ、そうですね」

 

あの日から三日ほどか。

巫女さんはずっと床に臥している。

もともと身体もボロボロだったところにあの傷だ、人間、ある程度歳を取れば自然治癒能力も低くなる。

 

「何も言わなくていいの?」

「巫女さんとはもう昨日も一昨日も話したし……霊夢は、記憶……」

「霊夢は記憶を失うのも少しの間で、ある程度時間が経てば……」

「分かってる……分かって、ますよ」

「………そう」

 

神社の中から霊夢が出てきて、辺りをキョロキョロと見回す。

 

「やってください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故あの人がああなってしまったのか。

私を連れて行って欲しいと頼んだが、断られて。

帰ってきたと思えば傷だらけで。

 

毛糸に何があったのかと聞いても、何故か適当にはぐらかされてしまって、返ってくるのは妖怪と戦って怪我をしてしまったと言われるのみ。

何があったのか、どんなことがあったのか、それを聞きたかったのに。

 

彼女だって傷ついているのだろう、私もだ。

あの人は起きている時間も少ないし、もう長くないというのにわざわざ聞くのも気が引ける。

 

だからこそ、そろそろ本当に聞かせて欲しい、教えて欲しい。

 

 

外に出て当たりを見回していると、屋根の上に毛糸を見つけた。

 

「そんなところで——」

 

後ろから気配を感じた瞬間に、意識は深く堕ちていく。

 

目を閉じる前に見えた彼女の表情は……

 

とても辛そうで……悲しみに、満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

花を持って、墓の前に立ち尽くす。

巫女さんのではない、りんさんの墓だ。

 

あれ以来、人間のいるところには近付いていない。

 

「どうかしました?」

「……文」

 

急いで花を墓に添えて、文の方へと向き直る。

 

「いや、何でもないよ。それより仕事は?」

「今の私は新聞作りが仕事ですよー」

「あ、そっか」

 

そういえば、そんなことも言っていたっけか。

 

「ようやく色々と纏まったので、試しに一部もってきたんですけど、いります?」

「あぁ、うん、貰っとくよ、じゃあ」

 

読む気にはなれなかった。

私はまだ、知らない。

知りたく、なかった。

 

「……取り繕ってるの、分かってますよ」

「………え?」

「というか取り繕えてませんし……あなたのその無理してる表情、初めてじゃないですから」

「………」

 

見透かしたような目でこちらを見ている文。

 

「全く、気持ちはわかりますが…」

「何も言わないで」

「はい?」

「ごめん……本当ごめん」

「いや、え?」

「あぁ、いや、その……新聞?帰って読んでまた今度感想伝えにいくよ、それじゃあ」

「待ってください」

 

まるでその場から逃げるかのように立ち去ろうとする私を文が腕を掴んで引き止める。

 

「頼ってくれって、以前にも言いましたよね」

「……うん、言った」

「苦しんでるのなら、頼ってくれたっていいじゃないですか」

「………大丈夫」

 

それしか、言葉が出てこなかった。

 

「大丈夫、だから」

「あ、ちょっと!」

 

腕を振り解いて、家に向かう。

 

「何やってんだろ……私」

 

 

 

 

 

「ったくもう……あなたはいつも……」

 

大丈夫って……それが大丈夫な人のする顔ですか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれほど、経っただろうか。

今までゆっくりと流れていた時間が、まるで思い出したかのように早く流れていって。

 

それは、あの人と会う前の生活に戻ったからか。

私がおかしくなったからか。

 

朝食を食べ終わって、箸を置いた。

 

「……ちょっと、なにこれ!」

 

誇芦が少し怒ったかのような声を上げる。

普段ならまず突進してから私のことを責めてくるのに、今回は様子が違う。

 

先に食器を片づけにいった誇芦が、台所から出てくる。

 

「何?どうかした?」

「どうかって……これ!」

 

誇芦が手に持ったそれを私に見せてくる。

 

 

「なにそれこっわ!誰のだよ」

「いや……自分のだろ……」

「え?」

 

何故か苦しそうな顔で私のことを見てくる誇芦。

 

「まな板の上にあった」

「いやいや、私の手この通り……あれ」

 

ない。

人差し指の先が、ない。

 

「………」

「なんで平然としてんの……こっちも気づかなかったし…」

 

空気が鎮まって、人差し指が再生する肉の音だけが響く。

 

「ねえ……本当にどうしちゃったんだよ」

「い、いやこれはその……そう、最近色々あって疲れてて、ほら私って大怪我しても痛み感じないでしょ?だからぼーっとしてて……」

「………」

「ごめんね、指切った包丁で切った料理なんて気持ち悪——」

 

机を力強く叩く誇芦。

皿が揺れて音を立てる。

 

「違うでしょ………分かってるくせにそういうこと言うの、やめて」

「………」

 

本当に悲しそうな顔をするその顔を見ていられなくて、視線を下に落とす。

 

「最近様子がおかしいの黙ってきたけど…これは、あんまりだよ……」

「………」

 

何も言えない、言葉が出ない。

 

「意味もなくただぼーっとしてることは多かったし、昼間はずっとどこかにいてここにいない。チルノ達と遊んでると思ったら妖精の言われるがままで、まるで自我がないみたいで……二人からも、心配されてたんだよ」

 

チルノと大ちゃんの困ったような顔が思い出される。

 

「さっきのこのご飯だって……どんな味だったか分かる?」

「どんなって……そりゃあ醤油の…」

「じゃあどれだけ使ったの、醤油」

「そりゃあ、普通の…」

「普通って量じゃなかったよ……匂いも、わからないの……?」

「っ…」

 

自覚……なかった。

料理している時もぼんやりしていて……食べている時も、気づけば食べ終えていて……

 

「なんで……何があったか教えてくれないんだよ……」

「………」

「これだけずっと長くいたのに……この姿だから?ずっとあの姿のままなら愚痴こぼすみたいに言ってくれたの?」

「それは違う……けど……」

 

あぁ、本当に。

私は……何やって……

 

「……ごめん」

「私が聞きたいのはそんな言葉じゃないって……分かってるくせに……」

「………ごめん」

「………っ」

 

ずっと下を向いているせいで、顔は見えない。

けれど、あいつが外に出ていくっていうことは、わかった。

 

「………ちょっと出かける」

 

そう言って扉を開けて出て行った。

 

「……っはああぁぁ……」

 

ダメだ。

もう本当に……私は………

 

「………あ」

 

右手の親指がなくなっている。

左手に握られていたのは、右手の……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは……完全にあなたが悪いわね」

「まあ……それは、分かってるよ」

 

また、逃げるかのように家を出て、アリスさんのとこにやってきた。

 

「……紅茶、気に入らなかった?」

「え?いやそんなことは……」

「そう?いつも本当に美味しそうに飲んでくれるから」

 

何故なんだろう。

あれほど好きだったはずのアリスさんの淹れてくれた紅茶なのに。

感じるのは熱だけで。

 

「何があったのかは、分かるけど」

「………」

「……この前、魔理沙がやってきたわ」

「え?」

 

そうだ、魔理沙。

あいつにも負担を……

 

「あなたね……あの子にどんな伝え方したのよ。半べそかきながら私のとこに駆け込んできて、言いたいこと言って帰って行ったのよ?」

「どんな……って」

 

胸ぐら……掴まれたっけなあ。

気付けば私とそう変わらない身長になってて……

 

「まあ……あったこと伝えて、霊夢は私のこと忘れてるから、話は合わせておいてって……」

「それだけ?」

「まあ……」

 

ふざけんな、お前はそれで納得してんのか、本当にそれでいいのか。

記憶に残ってるのはそんな言葉で……あまり、覚えていない。

 

「納得は、してくれたみたいだけど」

「納得って言えるのかしらね、あれ」

「………」

「納得っていうよりかは、自分でもどうすればいいかわからないから、あなたの言う通りにしてるだけのように見えたけれど」

 

まあ、そうだろう。

私だって、何をするのが一番いいのか、分からない。

 

「それに、あなたの顔見たら、何も言えなくなったって」

「……顔?」

「あの子がああ言うってことは……余程酷い顔してたのね、あなた」

「………そうは…見えないように、してるつもり…なんだけど」

 

魔理沙に話したのはあの後すぐだったから、変な顔になってしまっていたのだろうか。

 

「……私も、もう過ぎたことだから何も言うつもりはないわ」

 

そう、過ぎたこと。

やり直せない。

 

「落ち込むなら思いっきり落ち込む、吹っ切るならちゃんと吹っ切る。そんな中途半端に平気ですよって顔されても、心配になるだけよ」

「………ごめん」

 

アリスさんも、もっと言いたいことはあるのだろう。

気を遣ってくれている、だからそんなことしか言わない。

いや、気を遣っていても、それだけは言いたいのだろうか。

 

「……話したくなったら、いつでも聞いてあげる。というか、みんなあなたが話すなら聞いてくれるはず。まあ……とにかく、魔理沙と誇芦には、後でちゃんと謝っておきなさいね」

「そうだね……魔理沙には、また謝っておくよ。誇芦にも帰ったら……」

「……あの子も、あなたといる時間が長くて。それでもあなたの見たことない姿を見て、きっと……心配もそうだろうけど、混乱してるのよ。あなたに似て他人のことを気にしすぎなのね」

「………」

 

どうやって……謝ろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なんにも、言わないんだな」

 

アリスさんの家から帰る途中、誰もいないところへそう語りかける。

 

『なに、いつまでうじうじしてるんだって、叱責でもして欲しいわけ』

 

今の今までずっと何も言ってこなかった私。

 

『……私は君だよ、君と同じ気持ちなんだよ。私含めて君だから、君にガツンと言ってやることはできない。それは自分で、自分に同じ言葉を投げかけているのと変わらないから』

 

自分ではこのままじゃいけないと分かっていても、何も出来ないのと同じ。

 

「君の思ってることは、私の思っていること。……感情の制御とかで、どうにかなる話でもないでしょ』

 

あぁ、たしかに、そうだ。

 

『それでも、これだけは言っておくよ、君も、分かっていることだけどさ。……今このままだと、ずっと辛いままだよ』

 

………分かってるさ、そんなこと。

……分かってるのに、なあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん」

 

帰ると誇芦が既に帰ってきていて、私を見るなりそう言ってきた。

 

「無神経だった、何かがあったからそんなになってて、言いたくなかったから言わなかったんだよね。それなのに…私……」

 

やめてくれよ。

私のことで、私なんかのことでそんな顔をしないでくれ。

 

「謝るのは私の方、心配ばっかりかけて……平気を装って、逆に気を遣わせて……」

「平気なふりしてたのも、私やみんなに迷惑かけたくないからだったんでしょ……それを私、自分勝手に責め立てて……」

 

そんな、申し訳なさそうな顔をするなよ。

悪いのは私で……全部全部、私のせいで……

 

「私も……どうにかして、立ち直るからさ。それまで迷惑かけると思うけど……ごめん」

「……私も、手伝うよ。みんな、心配してるから」

「……うん」

 

どうして私のことをそんなに……

いっそ放っておいてくれれば……そうすれば……

 

………とりあえず。

ぼーっとするの、直さなきゃな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

館を出て飛んだ帰っていくその姿を、窓辺から頰に手を添えて見つめる。

妙に無気力そうなその姿は、すぐに闇に紛れて見えなくなってしまった。

 

「お休みになりますか?」

 

咲夜がそう聞いてくる。

人間に合わせて夜に寝て朝に起きる習慣をつけようとしているけど、やっぱりなかなか慣れない。

 

「今日はもう少し起きてるから、先に休んでなさい」

「承知しました、それでは」

 

咲夜が姿を消した後、フランの部屋へ向かう。

普段通りならもう部屋に入っている時間だ、ついさっき毛糸が帰ったばかりだからまだ居ないのかもしれないけれど……

 

何度もつっぱねているのにわざわざ顔を見せにきて、手土産を持ってきてどうにか私と話そうとする。

今回は納豆というものだったか……なかなか悪くなかったけど。

 

「………あの顔」

 

一瞬見せた、あの表情。

あいつも、あんな顔できたんだ。

 

 

「あれ、お姉様」

「フラン」

 

私と同じように部屋へ向かっていたのだろう、フランと廊下で鉢合わせする。

 

「私の部屋に何か用?」

「部屋じゃなくてフランに、ね。毛糸のことなのだけれど」

「しろまりさん?」

 

意外、という表情だ。

まあでしょうね、普段あれだけ冷たくしているわけだし、そんな私が名前を口に出すってことは、意外だろう。

 

「今日の様子、どうだった?」

「今日の?うーん……確かにちょっと変だったけど……なんで?」

「話がしたくなったから、今度来た時は私に貸してくれないかしら」

「え?」

 

これまた意外という様子。

表情豊かになったものだ。

 

「なになに、お姉様ってばやっとしろまりさんと仲良くする気になったわけー?」

「まあ、そんなところよ」

「そういうことなら全然いいよ!しろまりさんとお姉様が仲良くしてくれたら私も嬉しいし!」

 

気まぐれ。

ただの気まぐれで、そうしてみようと思った。

 

けれど、運命を見通すこの目には、武器を持った私とあいつの姿が写っている。

 

そろそろ私も、振り切る時が来たってわけね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

紅魔館へ行くのは、あれ以降は初めてか。

そろそろ顔を見せとかないと、次訪れた時にフランに拗ねられて骨を折られかねない。

 

正直行きたくなかったけれど、持って行く手土産を買いに人里にやってきた。

 

何故行きたくなかったか。

知ってしまうから、知りざるを得ないから。

 

あの人が今、どうなっているかを。

 

適当に目についた納豆を買って、今晩にでも紅魔館を訪ねようと思っていた。

周囲の声を耳に入れないように、ただ前へ進むことだけを考えて。

 

 

「あ」

 

 

視界の端に映った、赤と白の服。

里の人と会話して、そのまま通りを歩いて行く、その姿。

 

その隣には、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

気づけば自分の家にいた。

 

「おかえり」

 

誇芦にそう言われて、やっと気がついた。

 

「ただいま」

 

その日のことはもう、何も覚えていなかった。

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