「………あっやべ」
またぼーっとしてた……
自分の体を見て、特に異常がないことに胸を撫で下ろす。
誇芦は最近よく外に出ている、というか、出てないのは私か……
どうにも、出る気にはなれない、もっと早く時間が過ぎ去ってしまえばいいのに、とすら思ってしまう。
「………はぁ」
思えばここ最近、顔を見た知り合いなんてそれこそ誇芦くらいのような気がしてきた。
まあ会えば私の様子がおかしいことみんなにバレそうだし……さとりんに心を読まれようものなら何を言われるかわからない。
別に心を読まれるのが嫌というわけではなく、単に人と会いたくない。
惨めな姿を見せたくない。
「……ん?」
家の扉をノックする音が聞こえてくる。
妖力じゃない、霊力だ。
妖精……じゃないな、ノックするようなのなんて大ちゃんくらいしかいないし、来るなら大方チルノと一緒だ。
じゃあ誰か。
人間
そう思った途端、足がすくんだ。
また、ノックが響く。
「紅魔館のメイドの十六夜……あれ、開いて……あ」
「……咲夜かぁ」
扉を開けて姿を見せたのは、初めて会った頃より随分と背が伸びた咲夜。
「いるなら返事をしてくだされば……」
「ごめんちょっとぼーっとしてて……いやほんと背伸びたねぇ!」
「……?えぇ、まあ」
「私とそう変わらな……いやもう抜かされてるか?これ」
成長するたびにメイド長らしくなっちゃって……これで時を止められて超有能で見た目もいいんでしょ?ハイスペックメイド……
「あごめん一人で盛り上がって。えーと……何の用事でわざわざ」
「お嬢様から、今晩、紅魔館に毛糸様を招くようにと言われておりまして、それを伝えに参りました」
「へぇ………ん?レミリアが?」
「はい」
「フランでなく?」
「はい」
え……いつもあんなに冷たくされるのに何で急に……
心当たりは…………ない……
「手土産は不要、とのことです」
「あ、うん……それを言いにわざわざ?」
「この後人里に買い出しに向かいますので」
「あ、そう、気をつけてね」
「それでは」
お辞儀をして、人里の方へと飛んでいった咲夜。
今時のメイドって飛ぶんだぁ………
「…………」
このくらいの関わりなら、苦しむことも………
「あ、どうもー……」
「お待ちしておりました、さ、どうぞ中へ」
「これはこれはご丁寧に……美鈴さんなんで今日そんな感じなの?いつももっとフランクじゃない?」
言われた通りに夜、紅魔館を訪ねて来たが、早速いつもと態度の違う美鈴さんに疑問を抱く。
「今回はお嬢様が招いた正式な来客ですからね、真面目にやりますよ」
「とか言って、昼間はどうせ寝てたんでしょ〜?」
「あはは……ま、まあ、こういう時にちゃんとしてないと咲夜さんに怒られちゃいますから……」
「咲夜、さん?」
美鈴さんの言葉に首を傾げる。
「あの人怒るとすっごい怖いんですよ……笑顔で首筋にナイフ突きつけてくるんですよ?ちょっと昼寝してただけなのにもう怖いのなんのって……あ、今の話内緒ですよ?バレたらナイフで串刺しにされかねませんから……」
「わかった、見かけたら今の言葉そのまま伝えておくね!」
「いや本当、勘弁してさい……ほらほら、早く行かないとお嬢様が機嫌損ねちゃいますから」
美鈴さんに急かされるまま紅魔館の中に入ったが……やっぱりいつもとは違うみたいだ。
まあいつもって言っても、不定期に訪れてやってきてフランに骨を折られてレミリアに適当にあしらわれて帰ってるからなあ。
正式な来客ねえ………
あ、なんか嫌な気配。
「しーろまーりさ——っとと、危ない危ない」
「お前っ……成長したなぁ!!」
「でしょお!?」
あのフランが私に突進する前に急ブレーキをかけるようになるなんて……
わたしゃもう肋骨とお別れを言う準備をしてたってのに……
「でも今まで何回言っても折ってきたのになんで……」
「それは……ほらしろまりさん、前来た時なんだか元気なさそうだったからさ」
「あ、バレてた?」
「みんなにバレてたよ?」
「あちゃー」
まああの時が一番酷かったからなあ……
「でもほら、今はいつも通りでしょ?」
なんとか取り繕えるようにはなった、普段通りの私でいられることができてるはずだ。
多分。
「そういう風に振る舞ってるの、私にはわかるよ」
「……え?」
普段はあまり見せないような顔で、私を見てそう言ったフラン。
「私、一応しろまりさんのことはなんとなくだけど理解してるつもりだよ」
「………」
あの時か。
きっと、私がフランの中に入って狂気とどんぱちしていたあの時の事を言って……
「毛糸さんがどういう感情なのかは、なんとなく分かってるつもり」
「………」
「だから……あ、そうだ、今回はお姉様にしろまりさんを貸すんだった」
「………貸す?」
「またねしろまりさん!」
「いやちょっ……えぇ………」
「術式構築は?」
「順調です」
「そう」
小悪魔に適時確認を取りつつ、術式の組み上げを続ける。
「何してるの?パチュリー」
フランがやってきて、私の小悪魔の作業を不思議そうに眺める。
「触っちゃダメよ」
「いや触んないけどさ……結界?」
机の上の水晶玉を見つけ、そう呟いたフラン。
「そう、レミィの頼みでね」
「お姉様の?」
「思いっきり頑丈なのを作りなさいって、今朝言われて」
「ふぅん……いつまでに?」
「今晩」
「えぇ!?」
全く……人使いの荒い吸血鬼だこと。
「もう夜だけど…間に合うの?」
「大方出来上がってるわ」
「流石だねぇ」
お陰で朝からずっとこの作業だけれど……せめてどのくらい頑丈なのか言ってくれれば良いのに。
「この水晶玉にその結界を入れるの?」
「まあ、それを発動の媒介にして維持するって感じね」
「どのくらい頑丈?」
「そうね……フランが能力抜きで全力で暴れ回っても、ヒビ一つは入らないんじゃないかしら」
「へぇ!」
その代わりに常に結界維持に手を回す必要があるし、私が付きっ切りじゃないとすぐに綻んでしまうから……どうせ完成してもそれをやらされるんでしょうね……
「でも、何に使うんだろうこんなの」
「大方予想はつくけどね」
「……?あ、そういえば、さっきしろまりさんが来てたよ」
「………こあ、急いで仕上げるわよ」
「え?あ、そんな急にぃっ……」
ペースを一気に上げたせいでこあがたじろいだけれど、構わずに術式を水晶玉に組み込み始める。
「さっさとしないと……この館が吹き飛びかねないわ」
「いらっしゃい」
途中で咲夜に会い、今はいつもの部屋にはいないと言われて、案内された先はとても大きな部屋。
「どうも?」
何もない、ただただ広い部屋の中にポツンと、椅子が置かれていて、レミリアはそこに腰掛けている。
「今日は話があってね」
「………話って?」
明かりもほとんどなく、座っているレミリアの背後の大窓から差し込む月光だけが、この部屋を照らしている。
「なに、ちょっとした世間話よ」
立ち上がり、こちらへゆっくりと向かってくるレミリア。
いつもとは雰囲気が違う。
「博麗の巫女が、死んだんですってね」
………
「なんでも、殺ったのは吸血鬼だとか」
まるでこちらの様子を伺うかのように、口角を少し上げながら、ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。
「もう新しい人間が博麗の巫女になったらしいけれど……聞けば、先代の博麗の巫女とあなたは随分と仲が良かったそうじゃない」
何もない空間で、レミリアの声と足音だけが響いて。
私の目と鼻の先で、まるでこちらが激昂するのを待っているかのように……
「——お気の毒さま」
そう、言われた。
「……それを言うために、わざわざ私を呼んだのか?」
「……つまらない奴ね」
こんなことを言われても、私の体は動かなかった。
ただただ気持ちが深く沈んで………何も、する気が起きなくて。
「もちろん用はそれだけじゃないわ」
踵を返して数歩、私から距離を取るレミリア。
その手には紅い槍が握られている。
「今日、わざわざ私が呼んだのは、あんたを……」
寒気。
「殺すためよ」
氷の剣を作り出し、横薙ぎに振るわれた槍を受け止める。
その小さな体からは想像できない、まるで鬼のような力。
「っ……」
「なんで?って顔してるわね」
数秒拮抗したが、剣が真っ二つに折れてそのまま私の体に槍がめり込んで吹っ飛ばされる。
「あぁそりゃ気になるよ、妹思いのレミリアさんがなんでわざわざフランの友達奪うような真似するのかなって……ねっ!!」
氷の棘を飛ばして牽制しつつ、すっかり歪んでしまった腕を再生して立ち上がる。
「そんなぬるい攻撃で私を倒せると?」
「んなっ」
氷の棘を飛ばしていたにも関わらず、腕を見て目を離した一瞬で接近される。
反射的に妖力弾を足元に撃って爆破し距離を取り、煙で見えなくなったがいるであろう方向に蛇腹剣を伸ばして乱雑に振り回す。
「私は本気よ」
どうやら私は空を斬っていたらしい、既にレミリアは私に接近していた。
かろうじて右腕で防御したがまた吹き飛ばされる。
「何を遠慮してるの」
「そらお前っ、フランの姉を……っ」
今まで目にしてきたどの吸血鬼よりも。
その速さは天狗を、その力は鬼を。
「あなたも本気になった方がいいんじゃない?」
「——は」
瞬く間に私をいくつもの大玉の妖力弾が取り囲んでいた。
受けてたら身がもたない、回避の方がいいか。
「なんつー弾幕をっ…」
乱射される大玉に加えて小さな妖力弾も飛び交っている、
小さい方は当たっても大したダメージは受けなさそうだが、当たればその衝撃で大玉の方に巻き込まれてしまう可能性がある。
「あんたも妖怪なら、くだらないことに囚われるのをやめて、自分の思うように生きてみなさい!」
「……私の何を知って、そんなことを……」
「知るわけないでしょ、あんたのことなんか」
あぁそうでしょうねえ!!
でも、このまま弾幕を避け続けるのも無理がある。
「どこかで一掃しな——」
体がぐわんと歪む。
目を向ければ直線状の妖力の塊‥‥レーザーが私の胴体に突き刺さっていた。
体が吹っ飛び、弾幕の大波の中へと押し込まれていく。
「チッ」
妖力を全身に纏ってこちらも妖力弾を周囲に散らして相殺をしようとするが、あの大玉の妖力弾も相当な威力でなかなか相殺できない。
一つ、また一つと妖力弾が私に直撃する。
打撃で破壊するが衝撃で吹き飛ばされ、あっちへこっちへと視界がぐんぐん移動し、今自分がどうなっているのか、どこにいるのか全くわからなくなる。
「がっ……」
視界は開け、壁にめり込んでいる私の体。
妖力で纏ってたおかげか、骨は折れてるが服自体はそんなに消失していない。
「随分と呑気ね」
その言葉を聞いて顔をあげる前に、視界に一本の槍が映った。
「え……?」
胸……いや、心臓の位置か。
心臓を、槍が貫いている。
「さようなら」
乱雑に引か抜かれ、体が前に引っ張られてそのまま地面に倒れた。
まるで興味を失ったかのように、私から離れていくレミリア。
再生しようとしても、妖力がうまく操れない。
意識も薄れていく。
心臓をやられたのは……初めてだなぁ。
臓器は再生に時間がかかるし……そもそも再生が上手くできない。
死ぬのかな、と。
まるで他人事のように思った。
でも、終わるっていうなら、終わりでもいいかもしれない。
もう、疲れた
終わったって、もう………
死にたくない
それは、本音。
でも、私がこの世界で生きるってことは、いろんなしがらみに縛られるってこと。
それは、覚悟してきた。
でも、ダメだった、耐えられなかった。
壊れそうな自分を必死に取り繕って、誤魔化して。
それももう、疲れた。
終わりでも良いって、思ってしまった。
疲れた、苦しい、楽になりたい。
でも、死にたくない。
生きたいのに、死にたい、消え去りたい。
自分の気持ちすらわからなくなって、それを考えることすら億劫になって。
それならいっそ
全部振り解いて
どんなしがらみも、足枷も、全部ぶっ壊して
軛を断つ
「………フフッ、そうこなくちゃ」
振り向けば、今さっき心臓を貫いて倒れたはずの奴が立っている。
「随分と暗い顔をしていたから、死にたいのかと思って殺してあげようと思ったんだけど、違ったかしら?」
私が貫いたはずの穴はきれいに塞がっている。
「あぁ、ちょうどその事で悩んでたとこだったんだよ」
違う、さっきまでとは、明らかに。
「色々考えることはあったんだけど、もう全部どうでもいいって思ってさ」
「思考放棄?」
「それそれ、だから今は……」
槍を構える。
「思いっきり、仕返ししてやるよ」
「こあ!」
「り、了解ですっ!!」
急いで転移し、二人のいる大部屋の前に移動する。
こあに指示を出して水晶玉を起動、組み込まれた術式が発動して、既に限界がなくなっている部屋を包み込むように結界を張る。
「展開成功、結界も安定化し——っ!?」
「なんとか、間に合ったみたいね」
結界越しでも分かる強大な妖気。
嵐のように荒れ狂い、波のようにぶつかり合う。
こあが動揺するのも無理もない、あれだけの妖気を、それも二人して放っていれば、普通の妖怪なら泡を吹いて失神しているだろう。
まるで嵐のように、妖気の奔流がぶつかり合っている。
「始まるわよ」
「仕返し……ね。やっと妖怪らしい顔つきになったじゃない?」
「お陰様でな」
「……そう、それならもう、お互いに躊躇はなしね」
「そうだな……」
「本気であんたを…」
「お前を……」
「殺してやるよ」
「殺してあげるわ」