「——っ……なんとか、耐えたみたいね」
手元には無惨にも割れた水晶玉。
「わ、割れちゃったよ!?」
「でもなんとか無事みたいです」
「防ぎ切れてよかったわ」
一瞬、閃光が見えたと思った瞬間にとてつもない衝撃が結界の内側から発せられた。
結界がなければ周囲は跡形もなく吹き飛んでいたと思っていいだろう。
「それに……もうすぐ、終わるわ」
「………っあー」
一瞬、気を失った。
全身の骨の至る所が折れてしまっているらしい。
骨を残りわずかな妖力で再生した後、影も形もなくなっている右腕に気づく。
「くぅっ……」
「………」
まだ、立てるようだ。
私ほどではないにしても全身に傷を負っていて……なにより、レミリアも右腕がなくなっている。
さっき切断したのが治りきっていなかったからだろうか…‥それとも、さっきの衝突に巻き込まれて私と同じように消し飛んだか。
いずれにせよ。
「まだ……終わってないわよ」
「………そうだな」
妖力を搾り出し、身体能力の強化に回す。
少し頭がふらついたが気力で立て直す。
そうしている間に、レミリアが拳を振り上げ目の前まで近づいていた。
「づぅっ!」
避ける余裕もなく、顔に拳がめり込む。
「んなろっ!」
「がっ…」
お返しに服を掴んで、身体を無理やり引き戻して頭突きをかます。
「ふぅ…」
「はぁ…」
互いに息も絶え絶え、腕も失い、今にも倒れそうで。
向こうは身体の傷が治りきっていないだろうが、私は右目が潰れたままだ。
「はあっ!」
「があっ!」
もう、武器すら作る余裕も残っていない。
お互いに、不自由な体で泥臭く殴り続ける。
頭が揺れて。
身体がだんだん動かなくなってきて。
妖力もなくなってきて、殴り、殴られ。
それでも、終わらない。
でも、何故だろう。
互いの命を削り合っているだけなのに。
どこか楽しいと、そう思っている自分がいるのは。
今のこの気持ちは、戦いが楽しいとか、そういうんじゃなくて、もっと別の……
「くぅっ」
「チィっ」
足がふらつく、肩が上がらない。
まさに気力だけで立っている。
あと一発、あと一発と、己を立ち上がらせて、拳を握って。
「はぁ、はぁ………くっ」
レミリアの動きが一瞬止まる。
「いい加減に……倒れなさいよ!!」
「っ!」
目を見開き、叫びながら拳を向けてくるが、何とか反応して防御する。
「目障りなのよ!!何食わぬ顔でこの館に立ち入って、あなたを見てフランは笑って………あんたがいるとっ、私は……私は!」
表情を崩して、大声で叫んで。
感情を吐くのと同時に、拳が私に向かってくる。
「ぐぅっ」
顔に一発思いっきり食らったが、なんとか立ち続ける。
「死なないのなら失せろ!なんであんたはそうやって……あんたは一体……なんなのよ!!」
「知るかぁ!!」
思わず、口が動く。
「私が何かなんて……そんなの私が教えて欲しいんだよ!誰が私のことを証明してくれる!?ずっと、ずっと一人な私を……どこにいたって、誰といたって、ずっと孤独を感じて……お前に分かんのか!?私のこの気持ちが!!」
「そんなこと知るわけないでしょうが!!」
あぁ、そうだ。
互いに、そんなことはどうでもいい。
どうせ分からないんだ、それなら、拳で……
なんとなく、次が最後ということがわかった。
今までよりももっと強く、拳を握る。
相手の顔をまっすぐ見据えて、鉛のように重い体を動かして。
互いに拳を振り上げて。
「っ!」
「………」
相手に向けて……
鈍い音が、私の顔から鳴る。
私の左腕は、空を切った。
身体が後ろにのけぞって、そのまま、仰向けに倒れた。
私は床に伏して。
レミリアは、立っていた。
「はぁ……はぁ……」
「……あー」
脱力感。
一気に体から力が抜ける。
「負けかぁ……」
「……チッ」
私の呟きに、レミリアが舌打ちをする。
「最後、わざと当たったでしょ」
「………」
「拳も、当てる気がなかった」
納得のいかない様子で、私を上から睨み付けるレミリア。
「この期に及んで、何考えてんのよ」
「何って……疲れたから」
「……はぁ?」
心底理解できないという表情だ。
「今、殺し合いの真っ只中ってこと忘れたの?」
「なら、今のこの無防備な私のこと殺してみなよ、できるんならね」
「………はぁ」
ため息を一度つくと、私と同じように仰向けに倒れたレミリア。
「ふざけんじゃ、ないわよ」
顔は見えないが、どういう気持ちなのかは察することができる。
「ふざけてないよ」
「さっきまであんなに殺意むき出しで戦ってたじゃない!」
「そうだな」
「じゃあなんで……」
「フランが、悲しむだろ」
「………っ」
戦っている時、結界が張られていたのには気づいていた。
でも、フランが私とレミリアの戦いを見ていたことは知らなかった。というよりは、考えもしなかったって言った方が正しいだろうか。
戦うことしか頭になくて、命を奪うことしか頭になくて。
「このまま果てるまで殴り合っても、どっちが死んでも、フランは悲しむ。……まあ、私よかお前が生きてた方が喜ぶだろうけどな、絶対」
「……そういうとこよ」
「……?」
「あんたのそういうところが、癪に触るのよ」
苛立ちと、悲しみが入り混じったような声を出すレミリア。
「最初に会った時もそう、自分のことなんか顧みないで、フランのことを考えて……まるで自分なんてどうなったっていいかのように」
「………」
「認められるはずがないじゃない、今までずっと……ずっと、あの子のことを考えて生きてきて、どうすれば助けられるのか悩み続けて……パチェにも色んなことを頼んだし、他のみんなにも色々迷惑をかけて……父様と母様だって……」
同じくらいの年数を生きてきても、彼女は私と背負っているものが違う。
家族がいるからこそ、辛いことがあるのだろう。
「それだけやっても、解決できなかった。それを、こんな場所で、初めて会った奴に、全部丸く収められて………まるで、私の今までを全部否定されたような気分で」
「それはっ」
「そう、あんたは自分だけの力じゃないと言った。それがなおさらムカつくのよ……自分より他人を優先して、フランを助けて、仲良くして、いい奴で………あんたと会えば会うほど、あんたと話せば話すほど、あんたを知れば知るほど、自分がこんな奴に劣った存在に劣る存在だと思わされて……敗北感、劣等感……だから、あんたを拒絶し続けた」
何度私が仲良くなろうと思って近づいても、むしろ距離が離れていくように感じていたのは、そのせいだったのか。
「本当は、殺してやりたかった。でも、フランはあんたが好きで……妹を助けてもらった恩はあるのに、感謝はしているはずなのに。それでもあんたを受け入れられない自分が、惨めで……」
今まで堰き止めていた感情を解き放つように、次々と自分の思いを言葉にしていくレミリア。
「あんたのことを知れば知るほど、自分がちっぽけな存在だと思わされて。それでも私に会いにくるあんたを見て、もっと惨めになって…………」
顔は見えないのに、その心のうちの思いが見えてくるようで。
「でもあの日、前にあんたが紅魔館に来た時に見せたあの顔」
「………」
「まるで死にたそうな……心の底から消えたいと願っているような、あんたの顔を見て、少し気になった」
「………意外だった?」
「あいつもあんな顔するんだ……って」
「そりゃ、するよ。私だって、色々あるんだから」
二人の顔が、浮かんでくる。
いつも一緒にいて、まるで親子のように過ごしていた、あの二人。
「……で、死にたそうな顔してたからわざわざ呼びつけたとか言うなよ?それだったらこんな決闘みたいにやる必要ないんだから」
「それは……」
「…………それは?」
「………」
なんで言い淀むんだよそこで。
「…………励まそうと、思って」
「………」
「………」
「………ぷっ」
「今笑ったな!?殺す!殺す!!」
「ごめんて」
いやでも、レミリアが優しい奴なのは分かってたけどさ。
「見てられないのもあったし……あんたがそんな顔してちゃ、フランが悲しむでしょ?」
「あぁ、そうだね……ありがと。なんで励ますことが殺し合いになるのかはわからんけど」
「色々気にしすぎなのよあんたは、妖怪なら妖怪らしく、自分のことだけ考えて生きてりゃいいのよ」
「それで殺し合い?」
「死にそうになったら本能かなんかで妖怪らしくなるでしょって」
「んな適当な……まあ、実際そうなったか」
……レミリアは運命を視れるんだったか。
なら、こうなることを知っていて、確信を持って行動に出たってことなのかな。
「でも、あんたは最後に手加減した。私やフランのことを考えて、負けを選んだ」
「………」
「あんたにも、妖怪らしい一面があると思って少し嬉しかったのに、あんたは……」
「……まあ、どっちも私だからね」
あの時の衝動、戦いの逸楽や、闘争本能のようなもの。
あれは紛れもなく、私のものだった。
「戦いを楽しむ私も、人のことばっか考えて勝手に傷ついてる私も……全部ひっくるめて、私なんだよ」
「………」
「とか言ってる私も、今までそんな自分を否定してきたんだけどさ………二人のおかげだよ、こう思えてんのは」
「はあ?」
「レミリアが私のそういう部分を引き出してくれたし、フランが自分の狂気と向き合ってるのを思い出したらさ。フランに偉そうに色々言った私が、自分の一面否定すんのもおかしな話だと思って」
「………結局人のおかげっていうのね、腹立たしい……」
「ごめんって」
数秒、何も言わない沈黙が流れる。
その間もずっと、フラン達は私たちを遠くから眺めていて。
「………色々、あったんだよ」
「………」
「でも、どれもこれも後悔ばっかでさ。予感はしてたはずなのに、認めたくなくって。それで結局、失って」
ちゃんと別れを告げることすら出来ずに。
「思い返せば後悔、後悔、後悔。悔いることしかなくって、過去の自分の選択を呪って、呪って、呪って…辛かったよ?でもさ、それを人には見せたくなくって、必死こいて隠して……でも、皆んな察しがいいからさ、すぐ気づいちゃうんだよ」
「あんたが分かりやすいだけでしょ」
「それもあるけどね?……無理に隠そうとして、逆に心配かけて。それでも相談したくなくって。それで苦しみ続けて……お前に胸を貫かれた時、思ったんだよ。全部、どうでもいいやって」
全てを投げ出して、自分の思うがままに生きる。
「でも、やっぱり私には、何も考えずに好き勝手にするなんてこと、出来なかった。レミリアでも色々考えて、悩んでるんだしね」
「………」
「やっぱり私は、人でありたいんだよ」
人としての私がいたから、今の私がある。
でも、妖怪としての私があったから、こうやってレミリアと話ができる。
「あんた人間じゃないでしょ」
「おっとそうでした」
「……もう、吹っ切れ、なんて無責任なことを言うつもりはないわ。ただ、あんたは自分のことを考えなさすぎよ。あんたがどういう奴なのか、私はよく知らない、けどね……」
他人ばかり優先して、自分のことをおざなりにしすぎだと、よく言われる。
それでも、私は……
「たまにでいい、自分に素直になりなさい」
「………」
レミリアの言葉を、私の中で何度も繰り返す。
「迷惑かけたくないんだかなんだか知らないけどね……時には自分に正直にならないと、いつまで経ってもしこりが残るだけよ」
「………私は」
「本当は泣き喚きたいんじゃないの?何かに縋りたいんじゃないの?私には、あんたが全部一人で抱えられるほど、強い奴には見えなかったわ」
………それは、私の問題だから。
私がどうにかしないといけないから。
「あんた、泣いたことある?」
「っ!」
「………ないの?……え、嘘、ないの?」
「……覚えてない」
「えぇ………」
「そんな引かなくてもいいだろ……」
「………まあ、そういうことよ」
レミリアの言葉の一つ一つが、私の中の何かに突き刺さる。
その違和感を掴みかけても、分からずに手放してしまう。
「あんたの性格は分かったけどね、自分の感情を無視し続けるのはよくないわ」
「……うん」
「迷惑かけるとか……他人のこと考えすぎよ。散々私に劣等感植えつけてくれちゃってるくせに」
「正直言ってそんなん知らん」
「でしょうね」
でも……そうやって、我慢するのが私だから…
「妖怪なんだから、人のことなんか気にせずに好きにやればいい。できないなら、たまにでも。……もし、それでも吐き出せなくて、詰まって、苦しくなったなら」
レミリアがほんの少しだけ顔を上げて、私の顔を見る。
「また、殺してあげるわ」
「………にこやかに笑いながら何言ってんだよ」
「あら、嫌だった?」
「嫌に決まってんだろ……でも、ありがと」
また、力無くどさっと倒れ込むレミリア。
「………」
槍と剣がぶつかって、右腕が吹っ飛んだ時から、フラン達のことには気づいていた。
だから、あの時感じた、楽しいっていう感情は、戦いを楽しむとか、そういうんじゃなくて、きっと……
「嬉しかった」
「……は?何よ急に」
レミリアが気色悪い、と言った様子で言ってくる。
「紅魔館とか、フランとか……私よりも色々背負ってるレミリアが、私に本気でぶつかってきてくれてるのがわかってさ……なんというか、対等って感じがして、嬉しかった」
今までにない体験っていうか。
ああやって、全力で殺しに来てるのをそう感じるのはどう考えてもおかしいけれど………
形はどうあれ、私も想われてるって思ったから。
「……私もよ。今までずっと避けてきたけど、あんたの弱いところを見て、親近感っていうか……私と同じで色々悩んでるってのが分かったら、少しだけ、嬉しくなった」
「歳も近いしな」
「フフッ、そうね」
重たい身体をどうにかして起こして、身体を浮かして立ち上がる。
「ん」
「………」
倒れているレミリアに右手を差し伸べて、そのまま身体を起こす。
「これでやっと、友達になれた?」
「………えぇ、そうね」
互いに左腕はないけれど。
通じることは、できたと思う。
「——お姉様!しろまりさーん!!」
「ハッ!?」
「待ってフランっ、今そんな速度で抱きつかれたら゛っ」
フランの突進を受けて、3人まとめて倒れてしまう。
「せっかく頑張って立ったのにぃ!」
「お姉様もしろまりさんも、無事でよかった」
「……えぇ、ごめんね、心配かけて」
「無事っつーか、二人とも左腕ないけどね?」
まあ命あるだけで無事と捉えるなら、そうだろうな。
時間かければ治るわけだし。
「それに、二人ともやっと仲良くなってくれてよかった!」
「そうだなぁ……レミリアが変な意地張らなきゃもっと早いうちに仲良くなれたんだけど、なあ?」
「はあ?」
おぉ怖い怖い……
「ところで、さっきまでの勝負結局どっちが勝ったの?」
「もちろん私よ、こんな奴に負けるわけないじゃない」
あ?
「最後手加減してやったんだけど?妹の手前負けたらカッコつかなくて可哀想だなって思って花を持たせてやったんだけど?わかんないかなぁ」
「へぇ?なら今から決着つけてやってもいいのよ?」
「上等だこらやってやろうじゃねえか」
「ほら、気が合うって言ったでしょ」
「「合わない」」
「ね?」
……色々、辛いことはある。
やり直したくてもやり直せなくて、後悔ばかりが募っていく。
なら隠すのはやめて、向き合おう。
悔やんで悔やんで、悔やみ続けて。
そして、次のことを考えるんだ。
次は、後悔せずに済むように。
……でも、今は、今だけは。
こいつらと、笑っていよう。
「遅くなってごめん」
目の前の大きな墓石に向かって、そう語りかける。
「あと、死に目にも会わなくて、ごめん。本当に後悔してる」
自分が辛いからって、逃げた。
「もっと大きな後悔も、残しちゃったし」
相手のことも考えずに、逃げた。
「でもさ、ようやく前向けそうだよ」
逃げたから、振り返って向き合う。
「悲しいことの方が多いけどさ、いいこともあったんだ」
私に、ありのままの本音をぶつけてくれた人。
「あなたを失って、苦しんで……そのおかげでいい友達が一人増えたんだ」
本気で戦った。
「だからさ……私頑張るから、見守ってて欲しい」
「……?今、誰かいたような……」
博麗の巫女が、不思議そうに首を傾げた。