「何やってんのルーミアさん」
「んあ?」
夜、適当にブラブラ歩き回ってると、りんさんの墓の前に立っているルーミアさんを見つけた。
ルーミアではなく、ルーミアさんだ。
「夜中にこんなところで……いや、夜なのは当たり前か」
「お前こそ、いつもならこの時間寝てるんじゃないのか」
「まあそうなんだけどさぁ……最近寝れなくて」
「大丈夫か?」
「別になんともないよ」
まあ寝れないのもそこそこ続いているし、もうこれがわたしの平常運転のような気もしてきたが。
「そもそも妖怪って夜からが本番みたいなもんでしょ?私は昔っから昼起きて夜寝てたけどさ」
「寝なくてもいいからな、あたしたちは」
「流石に3日経ったら私は絶対寝るよ」
何気ない話が続く。
「で、結局何してたの」
「墓参り」
「………いやまあ、それ以外の理由で来ないだろうけどさ」
正直驚いたが、あの人のことをちゃんと記憶しているのはルーミアさんと私くらいのものだろう。
「お前からこいつ奪ったのはあたしだからな」
「何、気にしてんの?本人だって望んでたことなんだし、今更……」
「いや、最近のお前の顔見てたら、そうしたくなっただけだ」
「……そっか」
「わざわざ聞かないが、なんかあったんだろ」
ルーミアさんに話したことはないが、勘づいてはいるんだろう。
何があったのか……大体のことは。
「人間ってのは難儀もんだな」
「………」
「すぐ死ぬくせして、その姿を私たちの記憶に焼き付けてくる。忘れようもないことをして、去って行く」
「……りんさんのことじゃないよね」
「昼間のあたしの記憶だ、お前と会うより前のな。あったんだよ、あたしにも」
「へぇ……そんな素振り見せなかったけど」
「さあな……忘れてるのか覚えてるのか、あたしはあんまり興味ないが」
何があったのかは知らないが……ルーミアにも、そんな経験があったのか。人間に触れた記憶が。
「お前は、どうだ?」
「………何が」
「人間にはうんざりしたか?すぐ死ぬくせに、頭の中にこびりついて離れない、脆い存在に」
「……さあね」
ルーミアさんが言いたいことはわかる。
わかるけれど、私にはわからない。
「わかんないよ。うんざりとか、そういうのもいまいち分からないし……そんなこと考えても、今は答えは出ない」
私自身、人だと思っていた。
けれどそれは、私が思っていただけで。
明確な差が、そこには確かにある。
「人間も妖怪も、そう変わらない。そう思ってたはずなんだけどな」
「………」
「今は嫌というほど、その差を実感してるよ」
いずれと思っていたものが、突如としてやってくる。
それは人間に限った話ではないだろうに、人間ばかりが短くて、すぐに去って行く。
「分かんないことだらけだよ、しくじったこともあるし……だから、いつか、その時が来たらさ」
刀に手を添える。
「その時が来たら、確かめようと思う。その時しかきっと、分かり得ないだろうから」
「……いまいちなんの話か分からないが、その様子を見る限りじゃ、今は大丈夫そうだな」
「なんともないって言ってるだろー?」
少なくとも今は。
いざ相対して、私は平常でいられるだろうか……
「まだ花添えてるんだな」
「まあね」
毎日ってわけじゃあないし、なんか面倒臭くて放置しちゃってることもあるけれど……
「こんなの差してるんだから、忘れられるはずもないよ。もう随分長い間持ってるけど、紛れもなくあの人の物なんだから」
「殊勝なもんだな」
「祟られても嫌だし」
「あぁ出てきそうだ、あいつなら確かに出てきそうだ」
とっくの昔に死んでるのに化けて出てきそうとか思われてるりんさん……
「せっかくだ、適当に回らないか」
「んー?別にいいけど…急になんで?」
「そんな感じで過ごしたことないだろ、あたしたち。まだ夜は長いんだ、たまにはいいだろ」
「ま、それもそうだね、帰ってもどうせ寝れないし。どこ行くとか決まってんの?」
「いや全然」
「で、行くのが空と」
「見下ろせるしいいだろ」
「まあ……なかなかこんな高いところまで昇らないからなあ、私」
高いところが嫌いとかじゃそんなんじゃないが……落ちたらぐちゃってなるだろうなあとか考えてると……昇る気にはならない。
「なあ知ってるか」
「ん?」
「雲の上には人が住んでるらしい」
「空島かよ」
「天界って言うんだってよ」
「天界かぁ……」
あるのそんなの……いやこの世界だしあるんだろうなぁ……
「聞いただけで実際に見たわけじゃないけどな」
「あったら戦いを挑んでるでしょルーミアさんは……」
「昔はそうだろうなぁ」
「今は違うと?」
「そもそも普段は昼間の姿でいるんだし、そこまで好戦的じゃない」
「それもそうか」
そもそも復活する気はなかったって言ってたしな。
二人して宙をふわふわと浮きながら、月明かりに照らされた幻想郷を見下ろす。
「昔の幻想郷って、今と比べてどうなの?」
「どうって?」
「私はせいぜい500年しか生きてないから、それより前はどうだったんだろうなって」
「……500年もそれなりだと思うが」
「そお?」
でも私の知り合いほぼほぼ私より先に生まれてるからなぁ。
……周りと比べるからいけないのか?
「まあそうだな……例えば人里は随分大きくなった。昔はもっと色んなところに集落があったんだけどな」
「今じゃ人里くらいにしか人住んでないもんね……というか、他の場所に住むのはもはや自殺行為だし」
「まあ固まるのが利口だしな」
畑とかも含めたら相当な面積あるよなぁ……
「そもそも幻想郷自体がまだなかった時もあったし……鬼は地底に行ったんだったか?」
「あぁうん、旧地獄とも言われてんだっけ。鬼はほとんどそっちに流れ込んじゃったみたい」
「鬼は強かったなぁ……妖怪の山があそこまで大きくなれたのも鬼のおかげってのが大きいだろうな。いなくなったってのによく残ってるもんだよあの山は」
さも当然のように鬼と戦ってらっしゃる。
幽香さんにも喧嘩売ってたみたいだし……本当に戦闘狂だったんだなぁこの人。
「色んな妖怪がいなくなったし、色んな妖怪が増えたよ。お前みたいな変な奴は初めてだったけどな」
「褒めてる?」
「褒めてる」
「わーい」
そりゃあ私みたいな奴どの時代探しても見つからんでしょうね!
「今じゃ人間と仲良くしてる妖怪もいるんだもんなぁ、昔じゃ考えられなかったよ本当」
そういえば。
自警団みたいなのは見かけるが、陰陽師はめっきり見なくなってしまったな……博麗の巫女一人しか、そういう妖怪に対処する人がいないんじゃないだろうか。
それだけ平和ってことなら、それはそれでいいんだけど。
「今のこの世界台無しにはしたくないからな、いっぺん死んでおいて本当によかった」
「言ってることがやばいな……今は私のこと食べたいとか思ってないんだよね」
「まともな知り合いお前だけなのに殺してどうする……」
「いやまあ……それは……うん」
そうか、そうなるのか。
そもそもそう易々と食べられてやる気は、昔っから欠片もなかったけれど。
「今お前に勝負仕掛けたら返り討ちにあって死にそうだ」
「命までは取らんよ?……まあ確かにルーミアさん昔はもっと強かったもんね」
「もう主人格は昼間のあっちだからな、戦う予定もないんだ、元の強さに戻りたいとも思ってない」
「まあそっか……」
弾幕ごっことかも、するのなら昼間のルーミアだろうしなぁ……ルーミアさんがどうこうする話じゃないか。
「お前は?もっと強くありたいとか思わないのか?いや、思ってないんだろうけどさ」
「私〜?」
顎に手を置いて少し考える。
「生きていく分には力はいくらあっても困らないとは思うけど……現状で満足してるってのもあるし」
「まあお前今でも十分強いもんな」
「いやまあ……そうだけどね?運が良かったんだよ、幽香さんと都合よく会ってなきゃ…まあ、ちょっとは強くなる努力したんじゃない?」
妖力の扱い方はずっと上達しようと頑張ってきたけれど。
「別に鬼じゃないんだから戦いたいとも思わないし、最強を目指すとか、力が欲しいとかそういう願望もないよ。力を誇示するのも好きじゃないしさ。生きてりゃそれでいいよ」
「自ら戦いに乗り込んでいくやつの台詞とは思えないな」
「人聞き悪いな、成り行き上仕方がなかったんだよ。友達のためなら力は貸したいと思うのは普通じゃん」
「その助力で化け物が加勢に来るんだ、相手からしたらひとたまりもないだろうな、はははっ」
「なにわろてんねん」
笑いながらそういうルーミアさん。
「お前みたいなお優しい妖怪そうそう見ねえよ」
「優しい奴は死んでいくから?」
「わかってんじゃないの」
「力があるからこそこんな好き勝手ができる、その辺の自覚はあるつもりだよ」
だから幽香さんやチルノには感謝してもしきれない。
二人のおかげで今の私がある……いや、二人だけじゃないな。
みんなだ、みんなのおかげで、今の私がある。
「強くて損はないからな」
「なくはないけどね……」
「あぁ?」
「鬼の四天王と戦う羽目になった経験が2回ほど」
「あー……それは……気の毒に」
「まったくだよ」
勇儀さんはともかく、萃香さんは何してんのかなぁ。
会いたいわけじゃないが、決して。
「………何か、感じないか?」
「……何かって、なにさ」
ルーミアさんが声色と話を変えてくる。
「世の中の流れっていうか……雰囲気っていうか?」
「えらくあやふやだなぁ」
「とにかく、そういうのがこう、一気に変わるって感じがさ」
あやふやだけれど、言いたいことは伝わる。
「………分かるよ、私もそう思う」
「そうか!やっぱりな!」
「嬉しそうだねぇ」
「昔っから言ってただろ?いっぺん死んだ甲斐があるってもんだ」
「えぇ……」
まあ確かに……ルーミアさんがあの時あの選択をしたのは、そう感じたからだったんだろうが。
いっぺん死んだって……ねえ?
「お前もそう思うんなら、間違い無いんだろう」
「あてにされても困る。けどまあ、そうだね」
500年ぽっちしか生きちゃいないが、私もルーミアさんと同じ感覚だ。
そもそも、わたしたちを包んでいる幻想郷の中と外とを隔てる結界が張られた頃から、何かが変わっていく予感のようなものはあった。
「わざわざスペルカードルールなんて作ったってことは、それ使って大きなことをする前触れにしか思えないもんなぁ。楽しそうなことになりそうだ、長生きはするもんだな」
「さっきいっぺん死んだ甲斐があるとか言ってなかったっけ?」
私はルーミアさんのこと死んだとか思っちゃいなかったけども。
「まあ私自身は見物に徹して、昼間の方に好きにやらせるつもりだが……お前は?」
「………私は、どうかな」
できることなら、私だってルーミアさんみたいに見物客にでもなっておきたいけれど。
「いやぁ、今までの傾向からして、どーせ私また色々巻き込まれるもん!こっちは望んじゃいないのに面倒ごとは向こうからやってくるし」
「…諦観してんじゃねえか」
「もうどうしようもないよね!」
なんなら次起こるであろう異変も考えたの私みたいなもんだしね!ダメだこりゃ!
「……幻想郷も、まだちっさいけどさ」
空から見下ろして、思う。
「きっと、これから、色んな奴が増えていくと思うんだよ」
竹林にはヤバい人たちが住んでるし、妖怪の山には色んな妖怪がいるし、紅魔館っていうデカいのも突然生えてきたけれど。
「妖怪と人間が仲良くなったのなら、私みたいな力だけ強い奴じゃなくってさ。もっと色んな……個性のある奴が、みんなに知られるようになると思うんだよ」
「………お前も十分個性的だぞ」
「ぅん……」
………否定できない。
「お前のそういうところは昔っから変わんないよな、人間大好き毛玉」
「まーねぇ……人間とも妖怪とも仲良くしてるなんて、正直せこいと自分で思わなくも無いよ」
「実際せこいぞ」
「あっやっぱり?」
「そこがお前のいいところなんだろうけどな」
なんか褒められた。
「……そろそろ夜が明けるな」
「もうそんな時間?……まあそういう季節なのか」
「……あたしたちの時間は永い」
「どしたの急に」
「まあ聞けって」
何かを語り出したルーミアさん、表情は真剣そのもの。
真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
「当たり前だが、私たちと人間じゃ流れる時間の速さが違う。私たちからしたら人間が死ぬのなんて、長い寿命の中での一瞬の出来事でしかない」
「………」
「言わなくても分かってるんだろうけどな。違う時間を、共に過ごしたいって思うんなら、その一瞬一瞬を噛み締めておけ。
「……肝に銘じとくよ」
そう言ってルーミアさんは地上へ降りて行き、太陽が地平線から浮かんできたあたりで小さい姿になった。
「……んだよ、急にさ…」
そんなこと……分かってるってのに。