「………」
暇だったから遊びに行った、妖怪の山からの帰り道。
何故だか普段通らない場所に寄って、ふと刀を見てみる。
まるであの日のような月の姿だったからだろうか、脳裏に焼き付いたあの日の光景とよく似ている。
肌身離さず持ち歩いている、刀身の黒い刀。
誰が打ったのかもわからない刀。
黒い理由は、その方が夜に見にくいからという適当な理由、現にこうやって夜に見ても、鈍く月光を反射しているだけ。
いやまあ、それもあの人が適当につけた理由なのかもしれないけれど。
「……今って振れるのかな」
少なくともあの時は。
レミリアと戦っていた時は、動く気は全くしなかったし、握ることもなかった。
「……よっと」
そもそも普段、たまに抜き身の刃を眺めることはあっても握ることはほとんどない。戦闘時くらいだろう、こうやって構えるのは。
「………」
ただ握って構えるだけじゃ、なにも起こらない。
私がこれを握る時は体をこの刀に押し付けてる時だし、何もない時は握っても体の制御を奪われることはない。
理由はまあ、斬るものがないからだろう。
時々思う。
この刀の中に、あの人の思念は残っているのか。
思念というよりは、意識といった方が正しいのだろうか。
そもそもこんな刀になったのは妖怪をずばずば切りまくってたからで、私の役に立ってるのはあの人の影響であって……
そこにあるのは思念というよりは、残滓……
言ってしまえば、残り滓。
そのほんの少しのものが、私にこの刀を使わせている。
「ほっ」
そばにあった木を標的にして、斬ろうとしてみる。
刀は勝手に妖力を引き出し、いとも簡単に切断、斜めに切られたところからずれて、土埃を巻き上げながら倒れる。
「………どっちがいいんだろう」
この刀に、あの人の意識が残っているのか、残っていないか。
私はどっちを望んでいるんだろう。
「昔はこんなこと、考えなかったのになぁ」
もう一度会いたい。
こんな姿、見られたくない。
そう思うのは、まだ私が私の問題を引きずっているから。
あの人と、あの人を、重ねているから。
「………」
どうしようもない思いを汲んでか、刀がどんどんと妖力を吸い上げていく。
一度考え出すと止まらない、思考を逸らそうにも、視界のど真ん中に居座るその刀が思考を縛り付ける。
「……づああっ!!」
だからといって、何かが斬りたいわけでもない、何かに当たって解決しないことは分かりきっている。
思いを断ち切ろうと、空に向けて刀を振るった。
枝葉を突き抜け、空気を切り裂いて上昇していく斬撃。
「なんで今日は思考放棄できないんだろーな」
いや、そもそも放棄するのが間違っていたか。
結局それも、目を背けて逃げているだけ……
「何か悩みでも?」
「………」
気配を感じなかった。
今体ビクッてなったけどバレてないかな、バレてないよね?
「………どちら様で?」
刀を納めずに、声のする方向を向く。
「近くに住んでる仙人よ」
「仙人……」
暗くてよく見えないが、桃色の髪。
どこか見覚えのあるような服装。
「………あぁ、聞いたことある。妖怪の山に住んでる仙人、人里じゃ説教臭くて有名な」
「説教臭いって思われてるの私……まあいいわ」
普段通らない場所通った時に限ってこれだ、知らない人と出会う。
「私もあなたのことは知っているわ」
「はぁ」
「白珠毛糸、名の知れた妖怪ね」
「種族なんだと思います?」
「…?毛玉じゃないの?」
人と会いたくない気分だったけど、まりもって言われなかったからいいや。
「毛玉で合ってますよ。まあ妖怪だけど……で、その仙人様が私に何の用で?」
「たまたま近くを通りがかって。そしたら強力な妖力を感じたから」
「そりゃ失敬、そういう気分だったもんで」
ほら、普段しないようなことした時に限って知らない人に絡まれる。
「元気なさそうね」
「ちょっと今考え事してたもんで……普段はもう少しマシな顔してると思いますよ、では失礼」
抜いたままだった刀を納めて踵を返す。
とにかく今はそんな気分じゃない、非礼ならまた今度詫びよう。妖怪の山に住んでるなら文とかに聞けば住んでる場所わかるはずだ。
「紫からは、もっと明るくて親しみやすい妖怪だって聞いてたんだけど」
自然と足が止まる。
「………あの人と知り合いで?」
「そりゃもう、旧知の中よ」
あーっといけない、さっさと帰るつもりだったのに一気に興味がぁ〜。
「………」
「………」
互いに見つめ合って、沈黙。
これあれか、私警戒されてるやつか、そりゃそうださっき思いっきり刀振ったもん。
何か会話を…あっそうだ。
「名前をお聞きしても?」
「茨木華扇、あまり触れられたくないのかもしれないけれど、何があったのかは把握しているわ」
「………へぇ?」
名前を聞いただけなのに余計な情報までセットで来やがった。
何があったのか把握している、まあつまりそういうことだろう。
「紫さんから、ね」
「そうなるわね」
………大体わかった。
「いいの?帰ろうとしてたのに」
「わざわざ紫さんの名前出したってことは、引き留める気満々だってことでしょうに」
「まあそうだけど」
近くに手頃な岩がなかったので、木の根を地面から生やして座りやすい形に整える。
「どうぞ?」
「あら、ありがとう」
お互いに腰掛ける。
「紫さんは元気でした?」
「あれが不調な様子って思い浮かぶ?」
「ないねぇ」
惰眠を貪っている様子なら見たことあるけど。
「あなたのことは、本人からも聞いたし、山の中でもよく話題に上がっているわ」
「なりたくて話題になってるわけじゃないんだけど」
「でしょうね、見てればそんな感じするわ」
不可抗力……うん、不可抗力だ。
「それで……私の悩みを解決でもしてくれるんですかね?」
「まさか、ただの興味本位で話しかけただけよ。話には聞いていただけで、実際に話す機会はなかったから」
「さようで」
流石は仙人様、無責任に人の悩みに口を出すような真似はしないと。わざわざ口に出すくせに……
あーいやいや、さっきからなんか思考引き摺られてるな、切り替えていけ私。
「すみません、なんか今日に限って頭の中不安定で……明日ならもっと明るくて親しみやすい私をお見せできたと思いますけど」
「誰だってそういう時はあるものよ、取り繕うのにも限界があるし。人里でのあなたの評判は随分と良いからね、気にしてないわ」
「そりゃどうも」
寛容だなぁ……
改めてこうやって見てみると、頭に……鬼なら角でもありそうな位置に……なんだありゃ、団子?まあなんかよくわからんのつけてるが。
一番目を引くのは包帯でぐるぐる巻きになった右腕か。怪我でもしてるのかしら。
なんか鎖のついた腕輪と服装がどこかで見た気がするんだけど……どこの誰だっけなぁ……
「そんなに私の容姿が気になる?」
「あぁっと、失礼」
そんなにジロジロ見てたつもりはないんだけどな。
私が不器用なのか向こうが鋭いのか。
「……まあそれはそれとして、本題に移ってもらっていいですかね」
「何の話?」
「紫さんと古い知り合いって大体察せられますよ、幻想郷の維持側の人でしょ」
「………」
「まああまり考えたくないけど……紫さんが私を見極めるようにあなたに頼んだ、とか」
あんなことがあった。
私はあんなことになっていた。
自分に恨みを持っていないか、気にしてもおかしくないだろう。
要は警戒だ、警戒。
私が幻想郷……というよりかは、紫さんにとって敵にならないかどうか。
「半分当たり」
「半分」
「そう、半分。見極めに来たのは私だけ、別にあいつは私にそんなこと頼んじゃいないわよ」
「……そうですか」
そりゃよかった、変に疑われてんのは気に入らない。
「………恨まれていないかとは、気にしていたけどね」
「……なら、気にしてないって、今度会った時にでも伝えておいて貰えれば」
「報復とか気にしてるんじゃなくて、もっと人情味のある心配だったわ。簡単に言えば、嫌われたんじゃないかって」
………元から別に好きでもなんでもなかったけど。
嫌っては、ないかな。
「あいつにそんな心配させるなんて、どれほどの妖怪なのかってね」
「脅威になるかどうかを確かめに、ではなく?」
「そういう意図もあったけれど……もしそんなつもりがあるのなら、私が会う前に紫がどうにかしているでしょう」
もちろん、この件で誰かを、何かをめちゃくちゃにしようなんてことは考えたこともない。
……考えたくもない。
「聞いてた話じゃ、呑気で温厚な毛玉妖怪って聞いてたけれど……存外、鋭いわね」
「……そりゃどうも」
普段しないような邪推してるってだけだよ。
「それで、これだけは聞いておきたかったんだけど」
「……何」
「あなたは、どちら側なのかしら」
「………どういう意味で?」
「人か、妖怪か」
質問の意図を考えて、無意識に眉が狭まる。
「そう難しい顔をしないで」
「なら難しい質問しないでもらえますかね」
「……人間の里にも当然のように行き来し、数々の妖怪と親交を持つ。人間に与するにしても、妖怪と関わりを持ち続けている」
あぁ、それが言いたいのか。
「あなたは——」
「決まってるなら、もっとわかりやすい行動取ってますよ」
「………そう」
少し食い気味に言ってしまう。
「紫さんから聞いてないんです?」
「………?」
「ならいいや」
あの人は私について色んなことを知っている、盗み聞きをして。
なんとなく見られてると気配でわかるように最近はなったんだけど……あの一件以降は、全然見られていないなぁ。
「私は妖怪も人間も、どっちも好きってだけ。争いは好きじゃないし、何か事を起こす気もない。人と妖怪、どっち側の存在なのかと言われれば、どっちも。強いて言うなら、人間」
「……もし、人里と妖怪の山が戦うことになったとしたら?」
「争いが起こる前にどうにか解決する。出来なきゃ友達が最優先」
すんなりと口から出ていく言葉を聞きながら、私をまっすぐに見つめる華扇さん。
「………そう」
納得したようにそう呟いた。
「……あの人も負い目感じてるってことですよね」
「そうらしいわね」
「そっかぁ…」
気にしなくて、いいのになぁ。
「……私も人間側だけれど、できるだけ間を取り持つようにしたいと、常々考えているわ」
「ふぅん……」
「さっきはああやって聞いたけどね、人里にいれば人間からのあなたの印象もよく耳にする。私たち同じような考えを持ってるってことは、なんとなく分かっていた」
……紫さんがわざわざ話に行くってことは、この人も幻想郷の成り立ちに関わってたりするんだろうか。
それこそ、妖怪の賢者の一人だったり。
「あなたの心情も、想像しかできないけれど、分かるつもりよ」
「………」
「だから、そうね……無責任な事を言うつもりはないわ。一つ、言うとするなら……」
何を言われるのやら。
これまでだって散々思い悩んできたんだ、今日初めて会った仙人様に貰う言葉なんて……
「自分が誰にとって、どういう存在なのか、もう一度考えてみたらいいと思う」
自分が、どういう存在?
………今まで散々考えて答えの出なかった問いだ、考えたところで今更何かが掴めるとも思えない。
「話はそれだけよ、付き合わせて悪かったわね」
「………ふうぅ、なんか色々失礼な態度取ってたと思うんで、すみません。また今度会った時はもうちょっと愛想良くするんで」
「いいのよ気にしなくて、これでも人を見る目はある方だから、それじゃあね」
……仙人様は寛大だなぁ。
「ただいまぁ……」
「おかえ……今度は何」
「あだまいだぃ」
「バカなのに頭使うからじゃないの?」
「うぅ……」
誇芦に辛辣な言葉をかけられてるうちは、まだそんなに心配かけてないって最近わかった。
「なんかさぁ……さっき仙人って人に会ってさぁ」
「急に何」
「色々考えてたらなんかもう頭の中がぐちゃぐちゃでもう寝るぅ…」
「風呂はいいの?」
「今日はもういいや……」
荷物を下ろして、そのまま寝室の布団に倒れ込む。
「あ゛あ゛ぁぁ」
「……何か作ろうか?」
「お前は私のこの脳にトドメを刺すつもりなのか?」
「うっ……あ、あの時は悪かったって散々謝ったじゃん」
「謝って済むなら……いやまあいいけどさぁ」
反省してください、君はもう二度と台所には立たせません。
「じゃあ私も寝るけど、今日は寝れそうなの?」
「寝て頭の中すっきりさせたい……寝れそうになかったら打撃睡眠で失神するからいいよ」
「なんか今とんでもない言葉聞こえた気がするんだけど」
今日はほんと……疲れた。
私は布団にくるまり、誇芦は少し離れたところにある布団の上に腰を下ろす。
「………なぁほころん」
「なに、クソマリモ」
「しばくぞ。………ほころんにとってさ、私って何?」
「何って…何急に」
「なんでもいいからさ」
「えー……」
わかる、わかるよ、こんなこと聞かれても答えづらいよな。
私も昔似たような質問されて困ったことあるから、気持ちわかるよ、でも答えてもらう。
何度も首をひねり、うーんと唸ってしばらくしたあと、口を開いた。
「親…とはちょっと違うけど」
髪の毛を手で弄りながらそっぽを向いて話す誇芦。
「名前もらったし、ずっと一緒にいるし………よくわかんないけど、家族とか、そういうのなんじゃないかな」
「………家族」
「……なに、なんか嫌なこと言った?」
「いや、別に。おやすみ」
「結局何だったの……おやすみ」
………家族、か。