月と星が放つ光がわずかにさす深い森の中。
その小さな体躯で、身の丈に合わない刀を獣相手に振り回している少女がいた。
肋骨をすり抜け、狼のような獣の体に深々と突き刺さった刀を引き抜く。
ぴくりとも動かなくなり、息の根が止まっているのを確認して、刀を一振り、垂れている血を飛ばす。
「……あと三匹」
そのまま気配のする方へ走り、茂みの中に潜んでいる妖怪に向けて刀を振るう。
飛び退いた狼の姿をした妖怪に刀を向けて突き刺し、肉を貫いたのを感じるとそのまま力一杯に振り回して、刀が抜けた身体が木に衝突する。
掠れるような鳴き声を少しあげ、その場から動かなくなる狼。
背後から飛びかかってくるもう一匹の狼の首を、振り向きざまに切り落とした。
「っ…!」
一匹は斬り伏せたが、後ろからもう一匹の狼が突っ込んできていた。
刀を振った後で、防御はできない。
身を捻って避けようとするが左肩に噛みつかれ、その重さに身体がガクンと傾く。
痛みに顔を歪めながらも、肩に噛み付いている狼を下敷きにする様に倒れ込み、体重を乗せて肘をその腹に捩じ込む。
高い声を上げて顎を上げた狼、その鋭い爪の生えた足を振り回されて突き飛ばされてしまう。
「このっ……」
尻餅をついたのを確認するとすぐさまに仕留めようと喉元に飛びかかってくる。
「は——」
防御するために刀を構えたが、狼の顎に挟まれた瞬間にポキッと折れてしまった。
咄嗟に左腕を自分の前に出して防御、深々と鋭い牙が突き刺さり、さっきよりも激しい痛みが脳を刺激する。
そのまま腕を振り回されて、身体がぐわんぐわんと左右に揺れてしまってろくにバランスも取れない。
右手で握ったままの折れた刀を見ると、思いついたかのように狼の目に向けて突き刺した。
「づぅっ!」
離さない、向こうもこちらを意地でも喰い殺す気らしい。
それが分かった途端思考が切り替わり、折れた刀をそのまま狼の目に押し込むように突き出した。
何かが切れて行くような感触、無我夢中で刀を捻って、狼の頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜて行く。
「死ねっ!死ねっ!し……」
腕に噛み付いたまま、狼は動かなくなっていた。
「………はぁ」
ほっとしてため息を吐く。
「いづっ…」
ゆっくりと、腕の骨まで達しているその牙を引き抜いていく。
上顎も下顎も、深々と突き刺さっている、それだけこちらを殺す気でいたのだろう。
目の前で三匹も同族を殺されれば、逃げるか死ぬ気でこちらを喰い殺そうとするだろうが。
「……折れたし」
また新しい刀を買わなければいけない。
質が悪いのか、使い方が悪いのか、それとも両方か。
離れたところに置いてあった荷物から布と小刀を取って、狼の首を落としていく。
傷を負った左腕と肩を布できつく縛り、狼の妖怪の死体の首に小刀の刃を当てる。
血の匂いが既に当たりに充満している、獣や獣の妖怪は鼻が効くから、放っておけばまた新しい奴が飛び出してくることだろう。
首の骨だけをしっかり切って、硬い筋肉を力任せに切り裂いて行く。
いちいちこうする必要があるから、出来ることなら刀で首を切り落としておきたかった。
もともと首を落としていた一匹に加え、四匹の狼の首を切った後、適当に紐で縛り、地面に擦りながら引きずって持ち帰る。
血塗れになりながら五匹の妖怪の首を引っ提げるその幼い姿は、まるで小鬼の様だと人は言う。
もっとも、そんな大層な名前ではなく、化物と簡単に済まされてしまうことの方が多いだろうが。
まだ幼い小さな妖怪狩りは、その仕事を終えて、首だけ無くなった狼の死体を置き去りにし、異様な光景の中心に立ちながら人里へ帰って行った。
「……確かに、狩ってきたみたいだな」
「一眼見ればわかるように首を取って来たんだけど」
「あぁそうだな、ほら報酬だ、それ持ってさっさとどっか行け。いつもいつも気味の悪いもん持って帰って来やがって」
押し付けられる様に、ずっしりと袋の中に入った小銭を受け取る。重さを見るに、そこそこの額にはなったみたいだ。
口は悪いが、ちゃんと金は払ってくれるここは他に比べれば良いところだ。だからここの依頼をよく受けている。
こんなことを始めて、もう一年くらいになるのだろうか。
最初はただ妖怪を武器も持たずに殺しただけだった、そこまで強い妖怪でもなかった。
でもそれがあってからは、人里全員が私を妖怪狩りにしようと言って来た。
私もそれを受け入れている、だからこうして傷を負って帰って来ている。
親からは縁を切られた、名前もしばらく呼ばれたことはない。
でも、何故か性に合っていると感じた。
傷を負いながらも、血に塗れながらも、妖怪と戦っていることになんの疑問を抱くことはない。
そうするために生まれて来たんだろうとすら思えるほどに。
「………寝よう」
刀は折れた傷も負った、しばらくは何もできないだろう。
妖怪狩りになったころに与えられた、小さな部屋。
荷物を置いて、血に濡れ、汚れた服を着替えて、薄い毛布にくるまる。
腹が鳴る、近頃冷たくなって行く風が壁の隙間を通って体を震わせる。
それでもすっと、眠りに入ることができた。
「………」
頭が痛い。
左腕から熱を感じる、多分普通に熱もあるだろう。
引き出しの中にしまっておいた軟膏を取り出す。
昨日はあのまま寝てしまったから、傷はそのままだ。一応帰りの途中で川の水で洗い流しはしたが、結局布で縛ったままだった。
縛っていた布を外し、軟膏の入った容器の蓋を開けて指で取ると、もうほとんど底しか見えなくなっていた。
傷口に適当に塗って、包帯を巻く。
何故かこの身体は頑丈で、傷が治るのも早い。雑な処置だが、これで一年続けて来た、大した問題もない。
「朝飯と軟膏と……包帯ももうないか」
昨日報酬で手に入れた金と、自分の手持ちを合わせて計算する。
まずは刀だ、仕事道具がないと困る。
金が足りなくなれば野草でも食べればいい、何より刀……刀だ。
立ちくらみがして、布団に突っ込みたい衝動を押し殺して金を持って扉を開け、外へ出た。
「……また来たのか、お前」
「ここの質が悪い」
「馬鹿言え、まけてもらってるくせに文句言ってんじゃねえよ。それにお前の使い方が悪いだけだ」
「刀の使い方なんて教わったこともない」
「あぁ、だろうな」
刀工の男。
こちらの顔を見るなり嫌そうな顔を向けてくる。
「で、手持ちは?」
「ん」
昨日の報酬と、元々の手持ちを男と自分を挟んでいる机に乱雑に置く。
「……結構溜め込んでるんだな。これなら前よりもいいのを…」
「それが無くなったら生活できなくなる」
「……そうかい。じゃ、前のと似たようなやつしかやれないな」
「それでいい」
本当にこちらの使い方が悪いのであれば、良い刀を買おうがなまくらを買おうが同じことだ。
斬れるのならなんだっていい。
「ほらよ、持っていけ。ったく、その身体でよくそんなもん振り回せるもんだよ」
押し付けるように金と刀を渡され少しよろける。
袋の中に残った金を確認して、一旦刀を置きに帰って次は食糧を買いに行くことにした。
この分なら、今日の分の食事と、他にも色々買える。
溜め込んだ分は一気に使ってしまおう、また稼げばいいだけだ。
特に、使いたいものがあるわけでもないのだから。
「………はぁ」
「随分と損になることするんだねぇ」
「うるせえな」
前よりいい刀を渡したのを、後ろから指摘される。
「そんなことされるとあたしらの生活が苦しくなるだけなんだけど」
「……あれでもまだ子供だ、死なれたら寝覚めが悪いだろ」
「………」
試し斬りをしたけれど、前の刀より軽くて鋭い。
前のと同じと言っていたはずなのに……渡し間違いでもしたのだろうか。まあそれならそれで幸運だ。
小刀についた血を拭いてすぐ側の川から水を汲んで、解体した猪の肉を焼く。
傷はまだ治っていないけれど、ただの獣なら武器さえあれば片腕でも狩ることはできる。
流石に刀を買えば金もごっそりと減る、節約のために人里から出て自分から獣を狩りに出ている。
昼間なら妖怪も出てこない。
出てきたら狩るだけだ。
「……くさい」
肉を齧るのをやめて、もう少し焼くことにする。
香草くらいは買っておいた方がよかったか……その辺に生えてるので代用できるだろうと甘く考えていたが、そう上手くいかない。そもそも知識もない、考えなしにもほどがある。
「………」
よく食べてよく寝ろ。
縁を切られる前、今よりもっと幼かった頃、もう朧げになりつつある両親の顔から、その言葉が発せられたのを覚えている。
なんて事のない言葉だったが、多少なりとも愛情はそこにあったとおもっている。
結局はこうやって捨てられ、刀なんて振るっているわけだが。
身体が早く成長すればいいのに、とは思う。
今はまだ獣を狩るのが精々だ。たかだか妖怪狼五匹にああもやられてしまっては、人の形をした妖怪を狩れるのはいつになるだろうか。
同じ歳くらいの子供は親と楽しそうに暮らしている。
平穏に、里の中で、互いを認識し合って。
よくこの川辺には来る。
少し人里から離れた場所、ここなら水を汲みにくる人もなかなかこない。
会えば奇妙なものを見る目を向けられる。
同じ歳くらいの、何も知らない子供は興味本位で話しかけてくることもある。まあ親に連れられて私を避けるように教えられるが。
そっちの方が、ありがたい。
あの里にとって私は異常だ。他の妖怪狩りは皆大人、男ばかり。
まだ幼い女の自分が妖怪狩りをしているなんて、普通の人間からすれば怖くてたまらないんだろう。
「……かたい」
肉、ほぐした方が良かったか。
余った肉は干し肉にしよう、毛皮も剥げば何かしらに使えるだろうか。
傷が治れば、また仕事に出よう。
それが私の生き方だから。
「………」
無惨に食い荒らされた、若い男の死体を見つける。
もう所々骨になっている、見覚えはないがあの里の人間だろう。
たまに捜索の依頼がやってくることもある。遭難や妖怪に襲われ、なんとか凌いで生き残っていた事がないわけではないが、大半はこうやって死んでいる。
「……行商か」
血で濡れて真っ黒になった服や荷物から身元はある程度判断できる。
そもそも、態々人里の外に出るような人間は限られている。大体は妖怪が恐ろしくていつも中で安全に過ごしているから。
持ってきた布を広げ、死体を置いて包み始める。
落ちないように縄で縛った後、腕を通して抱えた。
もうすぐ雪の降る時期だ。
雪が積もれば足が取られてそう簡単に移動できなくなる。そうなる前に仕事を終わらせておきたかったんだろう。
もしかしたらこの遺体は依頼に出ていたものとは違うかもしれないが、置いていくわけにもいかない。
「ん……」
持ち帰ろうとした矢先、今度は猪の妖怪がやってきた。
僅かに感じられる妖力、殺意の高い形をした牙、明らかな敵意。
狙いはこの死体か、それとも私か。
「出会いたくないから日の出てるうちにと思って必死に探したのに…」
もしやこの人を殺したのがこいつだったりするのだろうか。
「…これ抱えて逃げるわけにもいかないか」
依頼にない奴は殺してもなんの得にもならないけれど。
そっと遺体を地面に置いて、静かに刀を抜いた。
「ありがとう…」
汚らしい身なりの母らしい女性が、布に包まれた遺体を見てそう言った。
…まあ、汚いのは私もだが。
「でも死んで…」
「こうやって帰ってきただけでも、骨を拾ってくれただけでも嬉しいことなんです」
「………」
そうか、そりゃそうか。
行方不明になったって時点で、生きている確率なんてないに等しい。
なら、身体だけでも帰ってきて、弔う事ができるっていうだけでも嬉しい事なのだろう。
「怪我はなさっていませんか」
「……まぁ」
「そうですか、よかった……まだ幼いのに、妖怪狩りなんて」
この女性は私のことを知らないらしい。
知っていれば、気味悪がってお礼なんて言うはずもない。
報酬はあの仲介所から既にもらった、これ以上会話をする気もないと、早々にその場を立ち去った。
この依頼自体は、今までにも何度か受けている。
人里の外ではよく人が死ぬ。外に出てしまった子供が攫われたり、人が妖怪に襲われたり、妖怪狩りが返り討ちに遭ったり。
今回の件が頭に残るのは、お礼を言われたからだろうか。
仲介所の男には直接遺体を渡しに行けと言われた、それだけ。
「……墓」
この後、あの人は息子を弔って、墓に埋めるのだろう。
きっと、親以外も悲しんで手を合わせるはずだ。
それが普通なんだろう、人里の外に出れば危険に囲まれていて、いつ死んでもおかしくはない。
なら、心配するのも当然だ。
死ねば悲しむのも、当然だ。
でもきっと、私が死んでも悲しむような奴はいない。
せいぜい、気味の悪い餓鬼が一人死んだ、程度にしか思われないはずだ。喜ぶ奴だっているんだろう。
「……心配、されたな」
怪我はないか、と。
実際怪我はなかった、突進が木を倒した時は冷や汗をかいたが、大して妖力の強くもない猪、そこまでの脅威ではない。
分かっている。
心配されたのは私がまだ子供で、彼女が私のことを何も知らないから。
何も知らない者からすれば、私は幼いのに親もおらず、妖怪狩りをして食いつなぐしかない可哀想な子供に見えるのかもしれない。
だから、私のことをもう少し知れば、あの女性も私に消えればいい、死ねばいいと思うはずだ。
これだけ気味の悪い子供なのだから。
「………はぁ」
そうは思っていても、なぜかいつもとは違う気分になる。
平静を装おうとしても、歩幅が短くなる。
もし私が死んだ時、悲しんでくれるような奴はこの先現れるのだろうか。
「……いや、無理だな。きっと」
「いっつ……」
血を体の各所から流して横たわっている、木の幹ほどはありそうなほど太い胴体を持つ蛇の妖怪の死体にもたれかかる。
少しは体も成長して大きな獲物を狩れるようになったはいいが、牙こそ避けれど、打撃で骨が軽く何本か折れてしまったようだ。
「人を十人は飲み込んだっていうが……」
腹をかっ捌けばどろどろに溶けた人の死体でも出てくるのだろうか。
見たいとも思わないが、とにかく首だけは持ち帰らないといけないだろう。
この骨の折れた体であの大きさの蛇の首を持って帰るのは、心底面倒くさいが。
同時にいくつかの依頼もこなすつもりだったけれど、この痛みじゃ死にかねない。
折れたかひびが入ったか……右足と左腕、あと肋が何本か。
右足はついでに捻挫もした。
痛くて仕方がない、今すぐにでもこの場に横になりたい。
証拠としては少々薄くなるが、両目だけでもほじくって狩った証として持ち帰った方がいいだろうか。
「——っ!」
気づいた視線の方向へ足下にあった石を投げる。
「……なるほど」
人の形をした、人ならざる気配。
桃色の髪を持つそいつが短くそう呟いた。
「妖怪…」
今のこの状況で人の形をした妖怪が襲ってくるのは想定外だ。
万全の状態なら戦えたとしても今のこの傷じゃ到底無理だ、立ち振る舞いでなんとなくその辺の妖怪とは違うということがわかる。
逃げるか?どうやって?
「私は妖怪じゃないわ」
「…はぁ?」
その気配でよく言う、明らかに人じゃない。
立ち上がり、せめて刀だけでも構える。
「よく立てるわね、あちこちの骨が痛んでるでしょうに」
傷すら見破られている。
これじゃ今の私の姿もただの虚勢にしか見えないだろう。
「それでも闘志を見せる、か」
「ただで死ぬ気はない」
「随分と思い切りがいいわね」
逃げられるか?
人里まではそう遠くはない、無事な左足でなんとか跳んで行けば……いや撒けるならどこかで撒いて身を潜めたい。
「まずは刀を納めて落ち着きなさい」
「妖怪に武器を捨てろと言われて捨てるわけがない」
「私は妖怪じゃないって……はぁ、仕方がないわね」
「っ——」
一瞬姿がぼやけたと思えば、あっという間に距離を詰められて拳を胴体へと捩じ込まれていた。
頭は伝わってくる感覚と同時に握った刀を振り下ろすが、力が入らずにそのまま手から刀が滑り落ちてしまった。
「ぐっ…ごほっ」
「しばらくは動けないわよ」
さっき腹にめり込んでいたのは、感覚的には拳じゃなく指だ。
ただの指でこうも体を……
ついさっきまでと同じように大蛇の死体にもたれかかる。
「先天的な身体能力だけで戦ってきた、霊力の使い方も知らない未熟な妖怪狩り……いや、教わる相手もいなかったのかしら」
「はぁっ…はぁっ……」
人を呻かせておいて一方的に喋ってきやがる。
「お前はっ、誰だよっ…」
「…通りすがりの仙人よ、信じるかどうかは勝手にしなさい」
「はぁあ?」
「敵わない相手の見極めくらいは出来るみたいね」
なんだこいつ……
急に出てきたと思ったら指で突いてくるし勝手に上から偉そうに言ってくるし。
敵意はない……のか?
「はぁ、ったく……なんであいつもこんな面倒くさいことに…」
「……?」
「……ちょっと、じっとしてなさいよ」
動きたくても動けないんだけど。
仙人を名乗る奴が私の骨の折れているところに手を当てる。
「……はい、痛みは治まった?」
「はぁ?んなわ……はぁ!?」
痛くない……本当に痛みが治まっている。
「治ったわけじゃないからね、痛みを和らげただけで」
「……あんた一体」
「知る必要はないわよ」
今何を……
「用は済んだから、帰って傷を癒やしなさい」
「今の、どうやって」
「………はぁ」
目を見てため息をつかれる。
「心臓のある場所に手を当ててみなさい」
言われた通りに、右腕を胸に当てる。
「何かが掴めるまでそうしておくことね」
「は…え?は?」
「それじゃあ。もう会うこともないでしょう」
「ちょっ………」
一瞬で姿を消した、桃色の髪の……仙人?
胸に手をって、一体何を……
「……って、あ」
痛みが戻ってくる前にこの蛇の頭を切って………
いや、大きいし、目玉ほじくればいいか。
「………本当にあれ、放置するつもり?」
「仕方がないでしょう、忘れてたんだから」
「忘れてたって、あなたね……」
後ろに出てきた、空間の裂け目のような場所から顔を出しているそいつに向かって話しかける。
「博麗の巫女の重要さは、誰よりもあなたが分かっているはずでしょう」
「でも忘れてた」
「馬鹿なんじゃない?」
「なんとでも言えばいいわ」
何を開き直ってるのかしら、この冬眠妖怪。
「……今の巫女が死んだら、どうするつもり」
「席が空くわね。あなたが臨時でやってみる?華扇」
「冗談じゃないわよ、そんなことしたら拗れるに決まってるじゃない」
博麗の巫女は人間の守護者、妖怪の天敵。
幻想郷の創立と同時に創られたその役職は、今まで常に誰かが背負っていた。
空席だったことなど、一度もない。
「荒れるわよ、妖怪たちが活気付く」
「でもなんの因果か、彼女は妖怪狩りになった」
「博麗の力を持たない人間にその役目の代わりをさせると?」
「素質はある」
「素質だけでしょう、使えないじゃない」
今からでも遅くはない、彼女を博麗の巫女に……
「今からでも、とか考えてるんでしょうけど、そんなことできたら既にやってるわよ」
「……で?」
「斬りかかられたわ」
「手遅れ、と」
妖怪は見かけたら全部斬るつもりなのかしら、あの子は……
「今は様子を見るしかないわ。どちらにせよ、彼女はもう博麗の巫女にはなれない」
「あなたがもっと早くあの子を……」
「過ぎたことは仕方がないでしょう?」
「あなたが言う資格はないわよ」
「おぉっ……なんか出た」
いつもの川辺。
突然手から出た光る弾を見て、思わずそう声を漏らす。
「………」
持ったまま木の幹にぶつけてみると、少し皮を剥がして消えてしまった。
そうか……たまに力の強い妖怪が出してきてたのはこいつか……なんかそういう妖怪特有の能力かと思ってたが、私も出せるとは。
霊力とあの仙人は言っていたか。
言われた通りに二日ほど胸に手を当てて頭を捻りながら傷が痛まないように生活していたが、突然何かを掴んだ。
ちょっと胸に手を当てれば身体の中にそれが満ちている事がわかった。
傷が治ってきてある程度動けるようになったから、こうやって川辺に来て色々試している。
「痛む部分に集めると痛みが少しだけ……」
あの仙人が使っていたのはなんだろうか。
今のこの霊力を使った痛みの緩和とは、また別の何かのような気がするけれど……
案外、手足のように操ることができる。
使うたびに自分の中の何かが減っていく感覚があるから、きっと使える量にも限度があるのだろうが。
これなら戦闘中に傷を負ってもある程度は継戦できるはず。
まあ本来なら戦いを続けるより逃げた方がいいんだろうが……逃げやすくなった、とでも考えるか。
「………不味いなぁ」
釣った魚は人里でも売ってるのを見かけるくらいには美味しいはず。
だとすれば私の調理方法がいけないのか……とはいえ、教わる相手もいない。
思い切って聞いてみたとしても、教えてくれる人間なんていないだろう。
たまに人里で店主から嫌な顔をされながら食料を買うが、ああいうのは美味いもんだ。
だとすれば、やっぱり私の料理が下手なんだろう。
食えないほどじゃないから、まあいいか。
「あっ人間」
「あ?」
声。
台詞からして人間じゃない、かといって妖怪ならある程度は気配を探知しているはず……
妖精か。
「ねえねえ、悪戯はあの人間にする?」
「でもこんなところに一人でいる人間なんて怪しくない?」
「確かに……どうする?」
複数人で固まって、ちらちらとこちらを見ながら話し込んでいる。
大体聞こえているんだが……妖怪じゃないならこっちも特に殺す理由はない。
「見て、あいつ武器持ってるわよ」
「本当だ、怖いから別のやつにしよう」
「そうしようそうしよう」
比較的頭のいい妖精だったらしい。
見境なく襲いかかって、相手が妖怪やら妖怪狩りやら陰陽師やらで雑に返り討ちにあってるって言うのもそう珍しくない。
というかそういう経験が何度かある。
弱いくせして全然危機感のない種族。
生きてて悩みがなさそうで羨ましい、死んでも復活するって聞くし。
森の中へ進んだ妖精が見えなくなるのを確認すると、特に意味はないが釣り糸を垂らして獲物が引っかかるのを待つ。
不味い魚でも、腹が膨れるのなら、か。
人里も中心の方が裕福なだけで、端の方に行けば貧困地帯が広がっている。
痩せた子供、覇気の感じられない大人たちの目。
外に出て妖怪を狩って金を得て……
命の危機こそあれど、常に空腹に支配されているあれらに比べれば、私はまだ裕福と言えるのかもしれない。
妖怪さえいなけりゃ、そういう格差も少しは減るんだろう。
皆が発展より自分のことを重視して……何も悪いことじゃないが、それじゃ現状が変わるわけもない。
「所詮自分が一番大事、か」
妖怪を全部狩れば、そういうことから解放されるのか。
いや……依頼で色んな人間を見てきたから、わかる。
妖怪がいなけりゃいないで、きっと人間同士で争うのだろう。
人里の中でもそうだ、きっと妖怪がいるから人間同士で争う暇がないだけで。
そもそも妖怪を全部狩るというのも無理な話だ。
だとすれば、どうすれば今より良くなるのか……
人間と妖怪の共存
「ないな」
馬鹿馬鹿しくて思わずそう口から漏れてしまう。
現状を見れば分かる。
人間は妖怪からすれば餌で、妖怪は人間から見れば憎い敵、その間に立って今まで仕事してきたんだ、私がよく分かってるはずだろうに。
もしそんなことが実現するとすれば、それは……
「………」
立ち上がった。
悪寒、殺気、何かが千切れるような音、消えゆくような悲鳴。
「っ!?」
川を挟んだ奥の森から転がってきたのは、さっき森の中へと入っていった妖精の首。
ごろごろと転がって川の中に入った後、光る粒になって宙に舞ってしまった。
急いで刀を持って立ち上がり、身体中に霊力を回し始める。
「よせ」
一つ、低い声が聞こえた。
威圧するように僅かな敵意が含まれた、低い声。
「昼間っから人間の餓鬼を殺すほどやる気はない」
妖怪。
人の形を持った妖怪。
言葉を喋る妖怪。
「こいつらはちょっかいかけて来たから殺したが……お前もその口か?」
汚い肌。
血で染まった服。
虫のような尾に生えた大量の足のようなもの。
異形。
「違うならその刀を置いて、何も見なかったふりをしろ」
勝てない。
死ぬだけだろう、斬りかかった瞬間に殺される。
言われた通りに刀を地面に置いて、木にもたれかかって始めて、自分が震えていることに気づいた。
恐怖に覚えて、みっともなく震えている。
「叫びもしないとは……妙な餓鬼だ」
そう言ってその妖怪は、ゆっくりとその場を立ち去っていった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
息が詰まっていたらしい。
結局気配が感じられなくなるまで全く動かなかった。
「あ……」
釣り糸に魚が引っかかっている……。
特に支えもなかったから、釣竿ごと川の中に引き摺り込まれてしまった。
「………」
ああいう化け物は博麗の巫女がどうにかするべきだろう。
私がどうこうできる相手じゃない、自分の手に負える範囲で仕事してるんだ、わざわざ死ぬつもりも毛頭ない。
「はああぁぁぁ……」
一つ、大きなため息をついた。
「昼間からっ、襲ってくる、なんてっ……相当追い詰められてんのか?」
「黙って殺されろくそ人間っ!!」
随分と必死な様子だ。
その伸ばした爪で必死にこちらの喉元をかき切ろうと迫ってくる。
刀で伸びてくる爪を塞ぎつつ、霊力で強化した足で下がり続ける。
「会って間もないお前に糞呼ばわりされる筋合いはないが」
距離を取ってそう言いながら刀に霊力を流し込み、体の右側で構える。
「くそはお前だろう」
「死ね!!」
爪を身体の前で構えて突っ込んでくる妖怪、その爪で私の攻撃を防いで首を貫くつもりか。
「くそ妖怪が」
前に踏み出し、腕ごと霊力を流し込んで敵をぶった斬った。
真っ二つに割れた爪、喉の半分程度まで食い込んだ刃。
首から血を噴き出しながら血を垂れ流して力なく倒れ込む妖怪。
「参ったな……今日は荒事やる気は——」
「…ァ゛ア゛ア゛!!」
「あぁ!?」
こいつまだ動い——
「っ!てめぇ!!」」
右腕に噛み付いてきたそいつの左目に指を突っ込む。
「ギイッ!?」
声にならない声を上げて呻く妖怪、気にせずにそのまま目の中に手を突っ込んでぐちゃぐちゃにする。
「このっ——」
噛む力が弱まった瞬間に蹴り飛ばし、右腕で持った刀でそいつの体を滅多刺しにした。
「くそが……」
いらない傷を負った……
首を切断しきれなかったのが悪かったか……いや、これで生きてたこいつが異常なのか。
「ったく……」
昼間とはいえ血の匂いがあれば獣やらが寄ってくる。
止血だけしてここは離れるか。
いつもとは違う川の浜辺で、持ってきておいた弁当を食べる。
あの汚い口で噛まれた傷は川の水で洗い流したが……腫れなきゃいいんだけど。
「……まだまだか」
あの仙人に会ってから、もう一年ほどになるか。
ずっと霊力の使い方を模索してきたが、剣に纏わせるなりして攻撃の強化をするのが精一杯だ。
手のひらに弾を一つ作り出す。
こうやって弾にしても、刀で斬った方が致命傷になる。
確かにこれなら今まで斬れなかったものも斬れるようになるし、事実人型の妖怪もあの程度の雑魚なら大して苦労もせず倒せるようにはなった。
そう言いながら悪あがきで傷を負っていたら世話ないか……
「はあぁ…」
思わず大きなため息を——
「——年頃のお嬢さんがそんな大きい溜息を吐いちゃいけないよ」
「ぁぁああ!!?」
反射的にそばに置いてあった刀を隣に向かって振りかぶった。
「なっ、指で…」
「刀はそう粗末に振り回すものじゃない」
「誰だお前!?」
「通りすがりのじじいだよ」
また通りすがりの変な奴が……いや身なりが人里の老人のそれじゃない。
気配も……妖怪じゃなければ、あの仙人と同じものでもない。
何より指。
指で挟んで簡単に刃を受け止めた、しかもがっちり掴まれていてびくともしない。
「それはそうとお嬢さん、私は腹が空いていてね。申し訳ないがこのおにぎり、一つ貰ってもいいかい」
欠けたおにぎりを手に持って指差す老人。
「………もう食ってるじゃねえか」
「いやはや、申し訳ない」
呆気に取られて手の力が抜けると同時に指で挟んでいた刀を離された。
ゆっくりと、刀を鞘に収める。
敵意は……驚くほど感じられない。
気配も、こうやって目の前にいるのにまるでその場にいないかのような…
「………」
「そう睨まないでくれ、老人は大切にするものだよ」
「あんた何歳だよ」
「さあ、もう数えるのも億劫になってしまってね。お嬢さんこそ刀なんか持って……今はいくつなんだい?」
「数えてない」
「似たもの同士というわけか。はっはっは」
何を笑ってんだこのじじい……
周囲を回っている、何かよくわからない白い玉みたいな奴。
腰に刺さった刀。
指で受け止められたという事実。
敵意を向けていられなくてもわかる、どう足掻いたって勝てる相手じゃない。向こうがその気になれば、瞬く間に切り裂かれることだろう。
「刀というと……人里の妖怪狩りは刀を使うと聞いたな」
「……飛び道具は闇夜じゃろくに狙えない」
「なるほど、それもそうか。なら君も妖怪狩りか」
「………」
「無言は肯定と受け取るよ」
人のおにぎり勝手に食ってべらべらと……
「霊力の使い方も慣れていないみたいだね。刀の振り方も適当だし……誰かに指南は?」
「ない」
「そんなので今まで妖怪狩りを……?」
「なんか文句あるのか」
「あぁいや、気を悪くさせたならすまない」
おにぎり食われた頃から既に機嫌が悪いんだが。
飄々とした態度、力では敵わないと肌で感じるだけ質が悪い。
さっさとどっかいってくれないか、そんなことを考えていると、老人が口を開いた。
「そうだ、せっかくおにぎりを貰ったんだ。ここは一つお礼をしようじゃないか」
「はぁ?誰がそんなこと」
「ほら、刀を抜きたまえ」
「あぁ?」
「いいから」
……帰りたいところだが、そしたら人里まで着いてきそうだ。
言われるがままに刀を鞘から抜く。
「そうだな…私はこれでいい」
そう言ったじじいはその辺に落ちてた木の枝を拾い上げた。
「さあ、かかってきなさい」
その枝を、薄ら笑い浮かべながらこちらへと向けた。
「……舐めてんのか」
「そんなことはないさ。さあさあ、早く早く」
鼓動が早くなっていくのを感じる。
明らかに舐められている。そりゃあさっき指で受け止められたばかりだ、でもあれは不意だったから。
急に横に現れてちゃんと振れなかったから。
それをこのじじいは、自信満々、随分と楽しそうな顔で私のことを見ていやがる。
「潰すっ!!」
霊力を込めた刀を横に一度振った。
「ふふ」
「なぁっ……!?」
真っ直ぐ横に振ったはずの私の刀は、地面を抉って静止していた。
「さあ、もっと来たまえ」
「このっ……」
もう一度振った、今度は斜めに切り上げるように。
そしたら今度は横向きに刀が動いていた。私は切り上げていたのに。
「相手は木の枝一本、刀を持って折れないはずがないだろう?」
「ぐっ………」
このじじい……
「ぜぇ…ぜぇ……はぁ」
「おや、もう終わりかね」
「もう、日も暮れてきた、はぁ」
「そうか……残念だよ。この木の枝は傷一つついちゃいないが、これで終わりか」
一々言うなよ見りゃわかる、腹の立つじじいだ。
「君には教えてあげたいことが山ほどあるが……終わりなら、仕方がないなぁ」
「………」
「いやあ惜しいな。君は素質なら十二分にあるんだが」
「………」
「磨けばもっと強くなれるんだろうけどなぁ」
「………」
このじじい………
「じゃあそろそろお別れと行こうか、おにぎりおいしかったよ、ありがとう」
「待てよじじい」
「……なんだい?」
顔は平静だが、目が笑っている。
心底腹が立つ。
「明日もここに来い、ぶっ飛ばす」
「……ふふ」
馬鹿にされたままじゃ終われない。
潰す、絶対潰す、必ず潰す。
「そうか、恩人の頼みとあっては断れないなぁ」
あんたが勝手におにぎり食ったんだろうが。
「お望み通り、明日もここで待とう。お嬢さん名前は?」
「ない」
「ない……?」
「親とは縁を切ってる、名も名乗るなと言われた」
「そうか……」
顎髭を弄り、考える素振りを見せるじじい。
「なら私が名前をつけてあげよう」
「いらない」
「そう言うな。お嬢さんや君と呼び続けるのも虚しいだろう、そうだな…」
十数秒経った後、顎に手を当てたままのじじいが口を開けた。
「りん、君の名前はりんだ」
「………」
「不満かい?」
「なんだっていい」
名乗る相手がいるわけでもない。
名前が付けられたところで……
「……あんたの名前は?」
「む?そうだな……じじいでいいよ」
「はぁ?教えろよ」
「私に勝てたら教えてあげるよ」
「なっ…くそっ」
一生かけても勝てる気がしないんだが……
「じゃあまた明日会おう、りん」
「………」
「何か言ってくれよ。……まあいいさ」
当然のように空を飛んで、どこかへ去ってしまったじじい。
………りん、か。
「ん」
「……ん、って言われてもな」
刀工の男にいつも使っている刀を押し付ける。
「なんだなんだ、返品か?金は返してやらねえぞ」
「しばらく預けるから、手入れしてて欲しい」
「………分かった」
訝しげな表情を浮かべられたが、承諾してもらえた。
「あと木刀を二本欲しい」
「木刀?なんだ修練でもするのか」
「………」
「黙るなよ……ほら、そこの持っていけ」
代金を置いて、木刀を二本持つ。
「………」
男の視線を感じながら、川辺へと向かって歩き始めた。
「木刀?」
「枝で防がれるのは心底腹が立つから」
じいさんの疑問にそう答える。
「確かに、戦いの中の激情は大した利点にはならないからね」
「分かったら早く——」
「その前に…」
「……何」
つい不満げに声を出してしまう。
「まずはちゃんとした刀の振り方を知らないとね」
「………」
「上手いな、流石今まで刀を振り続けてきただけはある」
「流石にこのくらいは……」
「振りやすくなったろう?」
「……まあ」
所々で煽られるせいで腹が立つが、このじいさんは驚くほど剣術に長けている。
「肉体の方は十分力がついている、これからも成長するだろう。あとは霊力と力の使い方だね」
「打ち合いしてたら学べる」
「いやでもそれじゃあ…」
「あんたの弟子になるつもりはないから」
私がそう言い切ると、少し驚いた表情を浮かべた。
「私には私のやり方がある、あんたの真似をして強くなる気はない」
「……確かに、君の剣は相手を殺すための剣だ。その通りだな」
「分かったら早く……」
「でも基本は抑えるべきだと思うけど。なありん?」
「………」
………基本、出来てないのか。
「自分じゃどこがいけないのか、いまいち分からないだろう?」
「………」
「別に悪い事じゃない。むしろ何も知らずにそこまでの腕に到達しているんだ、私はすごい事だと思うよ」
「………」
「……不服そうな顔をして黙り続けるの、そろそろやめて欲しいのだけれど」
「………」
不服というか、少し悔しいだけだが。
「君はなんで妖怪狩りなんてしているんだい?」
木刀を下ろし、座り込んでそう聞かれる。
「……それをする他なかったから」
「親はいない?」
「縁を切られた。なんで切られたかは、あんまり覚えていない」
「じゃあなんで妖怪狩りに?親に捨てられても、他に日銭を稼ぐ方法なんていくらでも……」
「周りにそうしろと、言われたから」
「………」
もうあまり覚えていない記憶を、断片的に散らばってしまったそれをどうにかして思い起こしていく。
「まるで妖怪みたいな扱いだった。気味が悪い、怖い、理解できない……そんな感じの目だった」
「……そうか」
昔のことを思い返すことは少ない。
想起したところで今が変わるわけでもないのだから。
「でもまあ、妖怪狩りをやれって言われたのは、力が強かったからじゃないだろうなぁ」
「………」
「きっと、気味悪いやつはさっさと死ねって、そういうことだったんだな」
理解できないものは、怖い。
他の人間にとって私は理解のできない存在で、恐怖や嫌悪の対象で、いない方がいい存在。
「まあそんなのが理由で死んでやるほど私も素直じゃないが」
「……死にたくはない?」
「ない」
「そうか」
妖怪を斃すことで存在価値を示せるなら、それに則って生きていくだけだ。
どうせ死にたくないとは思ってても、こんなことしてたらそのうち死ぬんだろうが。
「妖怪狩りを止めるという選択肢も…」
「ない。そんなことしたら居場所がなくなる。あそこ追い出されたら妖怪どもに四六時中身を晒しながら生きるしかない」
「……そうか、そうだね」
それに、自分のおかげで助かってる人がいるなら。
望まれていなくとも誰かが救われるのなら、それはそれで悪くない。
見た感じは十五というところ。
まだ身体も成長しきっていないと言うのに、随分と達観している。
聡いとはまた少し違うが、賢いのは間違いないのだろう。
……やはり、博麗だろうか。
「じろじろ見てくんな」
「あぁ、すまない」
降るう刀は力強く、相対する妖怪には殺意と闘志が向けられていることだろう。
刃を向ける理由も重たいものではあるが、純粋な思い。
ただ殺すと言う目的のみ、単純だけれどそれもいい。
でもきっと、私が望む剣をこの子は望まない。
「………惜しいな」
「…?」
素質だけなら十分にあると言うのに。
彼女を取り巻く環境が、今までの記憶がそれを許さない。
いや、もし今とは違う環境だったとするならば、それは博麗神社なのだろうが。
「あと少し休んだらまた再開しようか」
「………そんなに私につきまとって、何がしたい」
まだ幼さの残る顔で睨むようにそう言われる。
「当然の疑問だな。まぁそうだね……年寄りの気まぐれ、もしくは暇つぶしでとでも思ってくれ」
「………はぁ」
「ただちょっと、興味が湧いただけだよ」
死にたくはないと言っているのに、どこか諦観した目に。
巫女であらずとも妖怪と対峙するその因果に。
興味がある。
「……まあ、強くなれるなら何でもいい」
それは生きたいからじゃないのだろう。
生きるための存在価値を示すために、強くなりたいのだろう。
「妖怪は、憎い?」
「昔はなんとなくそう思ってたけど、今は別に」
「なら、戦わずに済まそうとは?」
「思わない。狩るのが仕事だから」
随分と割り切りがいい。
「もし向こうから歩み寄ってきたとしたら?」
「知らん」
「……まあ、そうか」
まずは何よりも先に強くなる、か。
「妖怪だって道楽や享楽にふけって人を殺してるわけじゃない。まあ中にはそういう悪趣味なのもいるんだろうが……向こうだって生きるために襲ってるんだってのは、理解できる」
「………」
「それなら私たちとは相容れない。生きるための行いなら、それをどうにかする余地もない。だからこうやって殺し合いをしてる。それだけだと思ってる」
……私が思っているより随分と聡い子らしい。
「そこまでわかっているのなら、十分さ」
「……何が」
「さあ、続きを始めよう。今のままだと強敵に出くわした時に逃げることもままならないよ、りん」
例えるとするなら、霧だ。
どこへ打ち込んでも流される、捉えたと思ったら抜けていく。
隙が見えたと思ってもそれは誘われているだけ、そこを突いたとしても結局は逸らされる。
どうすればそこに辿り着けるのかわからない。
掴みどころのない、というのはこういうことなんだと感じた。
「何も当たらん!!」
「いやいや、ちゃんと成長しているよ」
「どこが!!?」
「抜け目なくなってきている」
「………知らん!!」
実感はない。
こいつがそう言うならそうなんだろうが……自覚がないってのはなかなかにつまらないものだ。
せめて一撃くらい入れたい。
「隙を見逃さないというのは大事なことさ、決め手は機会がなければそもそも出すこともできないからね」
「………」
「そもそも、君のような幼子に一発入れられるほど老いぼれたつもりもない」
「幼子って呼ばれるほど未熟じゃない」
「私からすれば人間は皆幼子さ」
「………」
どれほどの年月、研鑽を重ねてきたのだろうか。
どれほどの時間を、剣に捧げてきたのだろうか。
私と同じ尺度では測れない。
「……あんたは普段何してるんだ?」
「ふむ……ただ単に、放浪しているだけなんだが」
「…何十年もふらつきながら剣を磨いたと?」
「何百年、だね」
………本当に何年生きているんだ、こいつ。
「今は…そうだな。この土地には少し馴染みがあってね、少し寄ってみた。そしたら、面白そうな子供がいたんでね」
「……いつまた旅に?」
「気が向いたら」
放浪……随分と自由な生き方をしている。
あまり理解は、できそうにない。
「りん、旅をするという選択肢は……」
「ここから離れるつもりはない」
「……何故?」
「なんとなく」
特に理由はない。
ただ単に、ここで生きていこう思っているだけ。
生きづらいはずの、ここで。
「…なに、生き方は人それぞれさ。そこに理解なんて必要ないし、棲み分けができていれば十分」
「………」
棲み分け……区別…
「それができるほど、割り切りのいいわけじゃない」
それができているなら、他の人間を気にすることだってなかったろうに。
「私は異物だし、それを理解してる。この世界にとってはありふれた存在であったとしても、私の生きてるあの場所じゃ私ははみ出しものだ」
「……離れようとは?」
「できるならとっくの昔にしてる」
知らないんだ、何も。
あの場所以外での生き方を、知らない。
他の場所で生きようとも、思わない。
「………まあ、そう悲観することはないさ」
「…?」
「人間という一つの種族の中で君のような奴が生まれ出てくるんだ」
その皺くちゃの顔を少しだけ歪ませて笑う。
「探せば妖怪にも、君と同じようなはみ出しものがいるだろうさ」
「………いたとして、分かり合えない」
「その時になってみなきゃわからないだろう?」
「………」
そう都合のいい話があるだろうか。
寿命の長い存在だからそんなことが言えるんだ、妖怪狩りなんて続けてるやつがそんなのと出会うことなんて……
「……もし、そんな奴と会えたら」
「ん?」
「それは、相当運のいいことなんだろうな」
「……そうだね」
ほどほどに期待しておこう。
先のことなんてわからないのだから。生きているのかさえも。
「どういうつもり?」
背後から現れた気配、不機嫌そうなその声に肩をすくめる。
「これはこれは、紫殿。私になんの御用でしょうか」
「白々しいわよ、魂魄妖忌」
……少しばかり、威嚇されているか。
「何故あれに接触したの。ただの人間にそこまで興味を示すなんて…」
「ただの人間、ですか。あなたも中々に白々しいですな、八雲紫」
「……ちっ」
本当にただの人間ならあなたがそうやって私に接触してくることもないだろうに。
「分かっているの?あれは……」
「あなたの手からは抜け落ちた存在でしょうに、何をそう気にかけることが?」
「だからこそ、あなたの意図が知りたいと言っている」
「自らは見ているだけなのに?」
「それが役目よ」
ふむ……そうか。
やはりあれは…あの子はそうなのか。
「……次代は見つかっているので?」
「生憎、まだよ」
「ほう?それはそれは、由々しき事態ですな」
「………」
「そうあからさまに不愉快そうな顔をしないでくだされ、綺麗な顔が台無しになってしまいますよ」
「…はぁ」
理由はわからないが、後継とするのに失敗したか。
だからああやって、素質のあるものを放置しているか……
「しかし、次代の博麗の巫女がいないとなれば、代わりとなる者が必要ですね」
「………」
「調停者に代わる者……不思議なことに、それになれる素質を持った者が刀を持って妖怪たちを斬り伏せているではありゃせんか」
心底不愉快そうな顔をしてくる。
あなたの落ち度だろうに。
「私としてもこの土地が荒れるのは本意ではありません、結構好きですからね、ここ。ならば、彼女を、この私が、博麗の巫女に変わる調停者にしてみせましょう」
本当はただの気まぐれだったが、我ながらそれらしい理由を作り出せた。
「なぜか妖怪の賢者も静観している様子、それならばこの私が動くしかない……そう思った次第ですよ、紫様」
「………そう、分かったわ」
渋々と言った感じだが、納得してくれたらしい。
「何故そんなことする気に、って聞いても、気まぐれだって返されるんでしょうね」
「よくご存知で」
「……やっぱり、あなたのことは好きになれないわね」
「私はそうでもないですよ」
「………」
おや、本当に嫌われているらしい。
「……あなたほどの存在、世に放っておくのは危険なのよね」
「私が幻想郷を滅ぼすような存在に見えると?」
「そうは言ってないわよ」
まあ、彼女の心境を思えば、私を幻想郷に置いておきたいという気持ちもわかるが。
「……首輪でも嵌めてやればいいのかしら」
「…なにやら不穏なことを考えていらっしゃるような気がしますが」
「あなたも半人半霊、冥界にいるのも苦ではないでしょう」
「あぁ、そういうことですか」
あの方の従者に私をしようと。
「…考えておきます」
「すぅ………ふんっ」
霊力を腕と刀に纏い、斜めに振り下ろして目の前の大木の幹を真っ二つにする。
「やるじゃあないか」
「………五十二回目、ようやく斬れた」
「十分早いと思うが」
その五十一回全部全身全霊でやって、ようやくだ。
ようやく掴めた。
「あんたは一息で細切れにするだろう」
「私と張り合おうなんて千年早いさ」
「あんた何歳だよ」
「さあ?」
飄々としたその性格にも段々慣れてきた、腹は立つが。
「…雨を斬るには三十年」
「あ?」
「空気を斬るには五十年」
斬ってどうすんだそんなもん。
「時を斬るには二百年かかる。……まあ、励めってことさ」
「……それなら」
刀の切っ先を向ける。
「あんたを斬るには、何年かかる?」
「……あまり調子に乗るんじゃない」
「あだぁっ!?」
拳骨いってぇ……
「だけどまあ、その意気や良し」
「………」
親か何かのつもりだろうか、このじじいは。
こちらは師とすら思っていないのに、ただの修行相手としか…
「実際君は才があるよ、もし剣術を極めるのならいつか私にも届く。そう確信しているくらいにはね」
「そこに行き着く前に寿命で死んでるだろう」
「人間が妖怪のように長生きする手段なんて、意外と探せば見つかるものさ」
別にそこまでして生きたいとも思っちゃいない。
「あんたに稽古つけてもらうのも、そういつまでもやるつもりじゃない。ある程度妖怪を斬れるようになったら、もうこういうことは辞めるつもりだし」
「私は別に構わないが……」
「そういう問題じゃないし。大体あんただって旅があるんだろう?私のためにそんなに構い続けることもできないだろう」
「………」
一つの場所に留まるような人じゃないってのは、話していれば段々とわかってくる。
「それとも、他にやりたいことでもできたか?」
「…おやおや」
なぜか困ったように髭を撫で始めた。
「やはり勘がいいね…」
「あ?」
「いや……君のいう通りさ。私も、自分のやりたいことがある」
あぁ、それが剣のことだってのは、私にも分かる。
「…やっぱり君、私の弟子に…」
「断る」
「まあ、だろうね」
もうとっくの昔に自分の生き方は定めた。今更誰かの弟子とか、旅だとかするつもりはないし……できない。
……できることなら、私だってまともな………
「………」
「……ふふ」
「ぁ…あぁ!?」
ちょっ、何頭に手置いてんだこのじじい!
「やめろぉ!!」
「おっとっと」
何がおっとっとだよ木刀振られるの分かってたくせに……
「いきなり何すんだ殺すぞ!?」
「そうだよ」
「あぁん!?」
「君みたいなあ子供は、そうやって感情豊かに生きればいい」
「………」
だから……親でもなんでもないくせに、何を……
「羨望、かな」
「……なんだよ」
「まだまだ若いんだ、そう眉を顰めて難しい顔をすることもないじゃないか。年相応の想いだって君には……」
「黙れよ」
「………」
人じゃないくせにべらべらと……
「ちょっと一緒にいるからって私のこと分かったつもりかよ。私はお前の子でもなければ弟子でもない。少なくとも私はそう思ってる」
羨ましいかって?そりゃ羨ましいさ。
だからって……
「手に入らないものを望むほど馬鹿じゃない、私には私の定められた生き方がある。私はそれに従うだけ」
「……そうか、悪かった」
………
なんだよ、その悲しそうな目は。
「物分かりが良すぎるっていうのも、考えものだなぁ」
「………」
「………?」
朝、寝過ぎたかと思いつつ家を出ると、十数人の人が私の家を取り囲んでいた。
「なんだよ」
憎い敵を見るかのような目。
経験がないわけじゃないし、むしろよくあるが、こうやって家までわざわざやってきて複数人で見られたのは初めてだ。
「お前だろ」
そのうちの1人の男が睨みながらそう言った。
「何が」
「倉庫を荒らしたのは」
「………はぁ?」
全く身に覚えのないことを言われている。
「なんで私だと?」
「今朝見たら壁が切られていた」
………夜切りか?
倉庫の壁を夜の間に切って侵入……か。
刀持ってる私のこと疑ってんだろうが…やるにしても刀は使わないんだけどな。一応商売道具だぞ。
「付き合ってらんねえ」
「おい待て!!」
「私がやったって証拠あるんならまた話聞いてやるよ」
「この……っ!」
第一、私倉庫の場所知らないんだが。
「はぁ………」
まあこういう疑いかけられるのも別に驚いちゃいないんだが。というか、私に疑いがかかるのも当然だろう。
「………まぁ、慣れたが」
道を歩くだけで化け物を見るかのような目で見られる、今も昔も変わらずに。
知らないものを知ろうともしない、自分にとって恐ろしいものは皆排除する、共存、なんて考えは存在しないし、してたとしてそれは不本意なもの。
それが人間、私も人間。
「………そうだなぁ」
暇があれば、その盗人を引っ捕えるのも……いや。
そういうのは私の役目じゃないか、第一人間相手だと間違って斬って取り返しのつかないことになるかもしれない。
「………いいか」
自分のすべきことだけしていよう、そんなことしたって私に向けられる目は変わらないだろうし。
変えたいとも思わない。
第一、あいつらは都合が良すぎる。
「……受け取りに来た」
「おう」
いつもの刀工の男。
少し、しわが深くなったか。
「お前、この刀は随分大事に使ってるんだな」
「……まあ」
実際、これより前の刀は随分と折っていたから。
そう何度も折ってちゃ金も勿体無いし、折ってるって時点で苦戦してるってことだ。
今は多少なりとも、振り方を覚えた。
「……里中で噂になってるぞ、お前のこと」
「いつものことだろ」
「……そうだな」
………この男は、私のことを疑っていないんだろうか。
いつものように手入れされた刀を受け取りつつ、そう思う。
「お前じゃないのは少し考えたら分かることなんだけどなぁ」
「…え?」
「別にお前、金に困ってるわけじゃないだろ」
「まあ…」
使い道がないから。
妖怪は狩るし報酬も受け取るが、それの使い道が食い物と服、あと刀くらいしかない。
普通に生きてるやつよりは金も手に入るし。
「人ってのは分からないのが怖いからな、知ってる怪しい奴になすりつけようとすんのさ」
「………あんたは、違うのか」
「お前のことは、知ってるからな」
「………」
知ってるのか、私を。
そうか、何度も顔を合わせているからか。
「あと、別にその刀使い続けなくたって、新しいの打ってやったっていいんだぞ?それもそのうち…」
「いや、いい」
「…そうか」
どうせならしばらくは使い続ける。
せっかく手に馴染んでるんだし。
「……最近失踪する人が多い?」
「あぁ」
「そりゃあ君、妖怪の仕業だろう」
「そうなのか?」
最近噂になってることをそのままじじいに伝えた。まあ当然のように私も疑いにかけられたが……相変わらず証拠もないのによくもまあ。
「だが、いなくなってるのは人里の中だぞ?誰かと一緒にいたのに忽然と消えたって話も…」
「それが何度もあったっていうなら、妖怪だよ」
「だから、人里の中に妖怪なんていたら……」
「人に化けるものだっている、気配を隠すのが得意なのもいる。人里の中なんて妖怪にとって格好の餌場だ、入り込めるなら入り込んでるだろうさ」
「………」
妖怪なら、狩った方がいいだろうか。
「……強いか?」
「さあ?まあ知能は高いだろうね、人里に忍び込むなんて考えついて、それを実行してるようなら」
「………」
頭がいい妖怪か。
私が今まで相対してきたのは獣のようなやつか、人間の恐怖を喰うことしか頭にないような頭の悪そうな奴らばかりだったから。
そういうやつと戦うのは、初めてになるか。
「……いいことを教えてあげようか」
「……あ?」
「気配の消し方」
失踪事件を追ってる同業者に、訝しげな表情をされながらどこに住んでる人間がどこで消えたのか、おおよその位置を教えてもらった。
その同業者も妖怪の仕業だと睨んでいるらしい。
今は夜の間に怪しそうな場所に張り込んで、妖怪が見つかるのを待っているが……
「………」
気配を消そうとしているからため息もつけないが、本当なら大きなため息をかましているところだ。
毎晩毎晩読みが外れて、違う場所で失踪事件が起きる。
息を潜める、体を動かさずにじっとする……
その上で霊力すら全く漏らさない、そうしてやっと気配を消せる。
簡単に言うが、難しい。
それができないから同業者も気配を察知されて逃げられ続けているんじゃないだろうか。
「———」
声が、闇に溶けていった。
間違いない、近くだ。
置いていた刀を握って屋根から飛び降り、違和感のあった方へ静かに走っていく。
周囲の民家から人の動く気配はない、なるほど誰にも気づかれないわけだ。私も今の声が耳に入らなきゃずっと足を組んで座り込んでたところだ。
目に入ったその姿は、そう寒い時期でもないのにぼろ布の服を着込んで、夜なのに編笠を被って顔を隠すようにしている。
「おい」
「…なんでしょう」
女の声。
「さっきこの辺から叫び声がしなかったか」
「…さあ?存じ上げませんが」
「…そうか」
すっとぼけやがる。
「ところで、こんな時間に女一人で何してるんだ」
「あら、それはあなたの方では?」
「私は……いいんだよ別に」
言われてみれば確かに、私も女一人で屋根の上に座り込んでたが。
「………問答も面倒くさいんだがな」
「………」
確かに、こうもしっかり受け答えをしてくる妖怪ってのもなかなか見たことないか。
「……微かに、血の匂いがするんだが」
「……気のせいでは?」
「だといいんだけどな」
腰に差した刀に手をかける。
「………察しの良い人間が」
「っ!」
その体から突然伸びてきた太い何かが突っ込んでくる。
刀でずらしつつ横に飛んで回避し、霊力を纏わせた刀を振って斬撃を飛ばす。
軽い一撃だったからか、簡単に腕を振るってかき消された。
「………正体表したな」
「お前を消せば分からないままだよ」
「そうかい」
一歩踏み込んで斬りかかろうとしたところで気づいた。
ここは集落の中、周囲は森とか川とかじゃない、ここで戦えば巻き添えをくらう人間たちが大勢いる。
もしさっきの太い何かを民家に向けてられでもしたら、家は一気に崩れるだろうし人間も無事じゃ済まない。
面倒くさい相手だ。
「………」
「………」
ゆっくりと、目線は外さずに、民家に攻撃が当たらないような位置に移動する。
出来るだけこの位置関係を維持する。
さっきまでの動きでよくわかった。
こいつは強い。
あのじじいやあの時会った私を見逃した妖怪よりは随分劣るが、私が今までずっと相手をしてきた奴らは雑魚だったんだなと認識させられるくらいには。
「ふぅっ」
さっきも向けられた太い……尾か。
どこから伸ばしてるのかは知らないが、その太い尾のようなものをまたこちらに向けられる。
刃をその尾に擦りつつ接近しようとするが、軽く横に揺さぶられてあしらわれる。
「硬いな…」
刀を擦った感じで大体を察した。
これは相当気合を入れないと傷ひとつつけられない奴だ、厄介。
霊力を腕と刀に纏わせる。
その上で全身に満遍なく循環させて、動きやすいように。
相手から視線を離さないように。
「——っぁ!?」
瞬きをした瞬間に近づいて腕を伸ばしてきた。
急な接近に驚いたが、頭を狙ってきたその腕を屈んで避けてその胴体に刀を押し当てようとする。
それも身を捻って避けられるが、そのまま振り返って斬撃を飛ばし、自分も一緒に突っ込む。
「歳の割には動けるみたいだね」
「そりゃどうも」
斬撃をかき消してそのまま伸びてきた尾を飛んでかわし、伸ばしてる間は本体は動いていないことを確認して、そのまま空中から刀を振り下ろそうとする。
「あ、違うか」
そいつの口元が笑っているのを見てすぐさま刀を横向きに自分の前に出す。
そいつの手から伸びてきたのは蛇の頭、刀を咥えてぶん回してきた。
「あっ…ぶな」
どうにか屋根の上には着地した。
あのまま行ってたら蛇の頭ごと斬ってたか、喉笛を噛み切られていたかのどちらかだった。
だけれど…
「蛇か」
蛇って人に化けるんだな。
いや、そう呑気なこと考えてる場合じゃないんだが……
「蛇なら丸呑みか?蛇女」
「フフ…」
何の笑いだ?それ。
思い返せばちらりと見えた顔も蛇そっくりだったような気がしないでもないが……
「時間はかけられないか」
今は向こうも私だけ始末して誰にも悟られずに終えたいから、なりふり構わず攻撃、なんてことはしてこないが。
もし誰かが戦いを直視しようものなら一気に広まって、向こうがやけになる可能性もある。
「お互いに望むは短期決戦……」
握っていた刀を鞘に戻し、腰を落とす。
居合。
これが一番力を真っ直ぐに伝えやすい。
霊力を手足と鞘の中の刀に纏わせる。
単に相手の首を狙っていたんじゃキリがない。
既に相対しているから不意打ちも不可、そもそも実戦で正面から不意打ちをするような技量はまだ持ち合わせちゃいない。
なら正面から相手の反応できない速度で斬るしかない。
「すぅ…」
息を少し吸って、屋根を蹴った。
蛇女に向かって直行していく自分の体を感じながら、鞘から思いっきり引き抜くようにそいつの首筋に向けて刀を振るう。
「——チィッ」
手応えはあった。
それと同時に斬れていないという直感もやってくる。
「危ないねぇ」
そう言った蛇女の声からは、ほんの少しだけ焦りのようなものも見えた。
寸前で避けられた。
首を少し切った程度で、私の刃は深くまで届いていなかった。
「じゃあこっちも反撃に——」
人の気配。
「やはりいたか、妖怪め」
同業者の姿。
「………」
「……まずい」
その手に持った笛を吹かないでくれ、頼むから。
そう思っても、行動に移さなければ意味がない。
妖怪狩りの笛から高い音が放たれる。
「妖怪だ!人里に妖怪が現れたぞ!!」
「はぁ……」
思わず手を顔に当ててため息をついてしまう。
「お前、戦っていたならなんで皆に知らせ——」
それまで黙っていた蛇女からまた尾が伸びてくる。
二人してそれを避けて、そいつの方を見る。
「せっかく騒ぎにならないように静かに戦ってたってのにねぇ」
「……なんで知らせなかったかって?」
みるみるうちに蛇女の体が膨れ上がっていく。
「こうなるからだ」
瞬く間にヘビ女の姿は巨大な蛇……以前戦った大蛇よりも一回りも二回りも大きな、巨蛇。
「……まずいか?これ」
「あんたやらかしたよ」
「………」
「………」
その巨躯から薙ぎ払うように振るわれた尾を地面に刀を突き刺して支えにして受け止めた。
体の髄まで轟くような衝撃が伝わってくる。
「私が抑え込むから寝てる奴ら起こして避難させろ!」
「なっ、それなら俺が…」
「私が声掛けても聞かねえだろ!!」
そう言いながら離れた尾の行き先を眺めていると、その巨蛇がとぐろを巻き始めた。
「………」
「………」
まっず。
何も見えない暗闇の中、手を開いたり握ったりして、右手に刀を持ったままなのを確認する。
次に足、僅かにある空間でちゃんと動く。
そうして少しづつ戻っていく感覚を頼りに、今の身体の状態を確かめていく。
「………ぬぅん!」
手をつきつつ、上半身だけ瓦礫を押し退けて体を起こした。
「………はぁ」
やってくれたもんだ。
周りの家が全部崩れて瓦礫になっている。
感覚的には、意識を失ったのは一瞬か。
妖力を撒き散らしながら頭から尾をぶん回してきて、それを防御して突っ込んで……そのままあの蛇は止まらずに好き勝手やってくれたってことだろうか。
「——まだ生きてたの」
「……ん」
声のした方向を見れば、ついさっきまで暴れ回っていたであろう巨蛇。
改めてみるとでかいな、人を五人以上は容易く飲み込めるだろう。
「傷ひとつないが?」
「そう、残念」
刀を支えに体を起こしながら、瓦礫の下敷きになっている足を引き抜く。
目立った傷はないし、骨も折れてはいない。
頭がぐわんぐわんと揺れるような感覚だけが残っている。
「………周りの人間はどうした」
「さあ?」
何人か死んでてもおかしくない。
…いや、生かしてるか。
これだけの巨躯、また暴れれば今下敷きになっているかもしれない人間たちは間違いなく潰れ死ぬだろう。
これだけの衝撃、里中の妖怪狩りやら陰陽師やらがやってくるのも時間の問題。
だがこいつは逃げずにここにいる。
「姿を知ってるお前とあいつだけは、殺さないといけないからね」
なるほど、そういう魂胆か。
だから人間を生かして半ば人質のようにし、私の行動を制限しようとしている、と。
「……ふぅ」
一息をついて、刀を構える。
頭の揺れも治った、体を動かしても痛む場所はない。
「…さっきやって分からなかった?お前じゃ私に傷ひとつ——」
なら、この場で斬れるようになればいいだけ。
状況は最悪、想定外。
相手は自分より格上、尻尾巻いて逃げるのが正解。
だが、それをするわけにもいかない。
妖怪を狩ってこそ私だ、狩らなきゃ生きてる意味がない。
あの蛇の頭を———
「一撃を通す力」
「あ?」
「最終的に求められるのはこれだよ」
言い切るじじい。
「どれだけ相手の攻撃を捌くのが上手くても、どれだけ隙をつくのが上手くても、決め手に欠ければ行き着く先は負けさ」
「そりゃそうだろ」
何を当然のことを言ってんだこいつは。
「自分より強い相手と遭遇した時、なんとか勝つためにはどうする?」
「そりゃ、どうにかして相手の急所を…」
「そう、その通り」
何が言いたいんだこいつ。
「窮地に陥った時に乗り越えられるかどうか。それは最善の一手を通せるということ」
「………」
「だがもちろんそれができたら苦労しない。実際はそんな状況になったら冷静さを失い、何をすればいいかも分からず終わってしまうことがほとんどだろう」
………打ち合ってるときにも感じていた。
一度崩されると立て直せずに、そのまま押し通されてしまう。
「それが出来るのと、出来ない人がいる」
「………」
出来ていないから、そのまま負けてしまう。
「でもね」
「…?」
「君は出来ると、私は思ってるよ」
薙ぎ払われた尾を受け止めずに、その場を跳んで飛び越える。
何度も何度も同じことされれば速度にも慣れる、むしろ人型の時より予備動作が見えやすい。
「避けるのか」
続いて振り下ろされた尾を軽く横に跳んで、打ち上がった瓦礫を刀で蛇の方に飛ばしつつ接近する。
「周りには人間が——」
「知らん」
ほどよい緊張感。
思ったとおりに動く身体が心地いい。
一手誤れば死へと繋がる状況で、何故か冷静な私の頭は最善の行動をとり続けている。
「さっきより動きが…」
不満そうにそう言いながら、尻尾をひたすらに私に向けて振るい続けてくる巨蛇。
薙ぎ払われるたびに風を切る音が耳に伝わってくる、叩きつけるたびに地響きが轟く。
そして、自分でも驚くほどにそれらを避け続けている。
「ふぅっ」
ひとつ息をついて、全身を循環する霊力を増やす。
左から薙ぎ払うように飛んで来るその尾を斬るために、霊力を多く纏わせた刀を振り下ろした。
「——ギイッ」
蛇の悲鳴のような声が聞こえる。
私の振り下ろしたそれは巨蛇の太い肉を両断していた。
「なんでっ!」
「慣れた」
これだけ見ていれば、それに合った斬り方と言うのもわかる。
「おぉ」
尻尾が切られたからか、その大きな口を開けて私の方に突っ込んできた。
私の寸前まで迫ると、その牙を閉ざすように周りの瓦礫ごと飲み込んだ。
「……っ、どこに…」
周囲をキョロキョロと見回して動いている蛇の頭の上から、左目の部分に刀を突き刺した。
「的がでかいと目を瞑ってても当たるな」
「お前ぇ!!」
激昂したように頭を振り回してくる。
あんまりに振り回されるので、刀を引き抜いて飛び退く。
「——死ね」
その隙をつかれて、血が流れ出ているその尾を私の方に横振りにしてきた。
当たるとまずいと考える間も無く反射的に刀をその方に構えて、衝撃で身体の姿勢を変えられないほどの速度で瓦礫の中に吹き飛ばされた。
「はぁ、はぁ、これで……」
ようやく死んだか。
そう、安堵したかのように呟いた蛇。
見えていないであろう、その顔の左側に立っている私。
静かに、さっきと同じように刀を振り下ろした。
「——おっと」
寸前で気づいてその大きな身体をよじってきやがった。
「なんで動ける!お前!」
「頑張って受身とったから」
なりふり構わずに振り回される尻尾、突然伸びてくる頭。
吹き飛ばされたばかりだが、頭は冴えている。
それらを最小限の動きで避けつつ、斬る。
切断は気合を入れないとダメだが、切り傷を与えるだけなら、やり方がわかってきた。
「っ!来るなぁ!」
地面の瓦礫を尻尾で打って飛ばしてくる。
そんな狙ってもない適当に飛ばしてきたやつに当たるわけもなく、伸びてきた尻尾を上に飛んで回避しながら、体を横向きにして刀を振るって斬り飛ばした。
窮地に陥った時に乗り越えられるかどうか。
冷静さを失う。
あぁ、そうか。
目の前の蛇が、そういう状態なんだな。
傷だらけで血を撒き散らしながら暴れ回るその身体を全て無視して、頭のある方へ瓦礫を蹴って跳んでいく。
「すぅ…」
「ひっ…」
随分と情けない声を出すものだ。
それこそ、恐怖したかのような、そんな声。
「お前っ…お前は何なんだ!!」
切ったはずの尻尾が今更生えて元に戻って、まっすぐ進んでいく私を叩き潰そうと振り下ろされる。
軽く横に跳んで避けて、その蛇の目と鼻の先まで跳んで。
「私が教えて欲しい、そんなもん」
その首を刎ねた。
「いっ…」
案外攻撃がこの身に染みていたらしい。
瓦礫にもたれかかって、落ち着いて呼吸をとる。
「………やっとか」
周りを見れば、今更きた他の妖怪狩りたち。
頭のない巨蛇の死体にぎょっとしながらも、瓦礫に埋もれた人々の救助を始めた。
「……なあ」
「……あ?」
じっとして地面を見ていたところに声をかけられ、視線を上げる。
そこには、周りに知らせたせいで周囲が瓦礫だらけになった原因の男が立っていた。
「…あの時、お前が防いでくれたおかげで助かった」
「……そんなつもりはないが」
「なくてもだ」
とぐろを巻いた後のあれか。
確かに咄嗟に庇ったような気がしないでもないが……
「…そうか、よかったな」
「……あぁ」
まあ結果斃せたのだからどうだっていい。
「………んぁ?」
なんか……私の周りに人が集まってないか?
何だ何だ、弱ってる私をよってたかっていじめるつもりか。
「———とう」
「……は?」
里の外まで走って、口元を押さえながら木に手をつく。
周囲に誰もいないことを確認すると、木を支えにしながら口から臭いそれを思う存分吐き出した。
「はっ…おえぇ……」
——ありがとう。
それに続くように、他の奴らもそう言ってきた。
思い返しただけで、また吐き気がやってくる。
「きっ…しょくわるぅっ」
あいつら何なんだ。
普段は敵でも見るような目で私のことを見てくるくせして、都合のいい時だけありがとうか。
あらぬ疑いだってかけてくるし、幼い子供を誰も助けようともしないくせに、自分の命が助かった時だけ態度を変えるのか。
「はぁ……」
くだらない。
心底、くだらない。
すぐに手のひらを返すあいつらも、そいつらと同じ場所で暮らしていかないといけない自分という存在も。
心の底から、くだらない。
木にもたれながら座り込んだ。
そうしていると、どこからともなく声が聞こえてくる。
「りん、体調でも悪いのかい?」
「……なんでいる」
「たまたまさ、たまたま」
たまたまでそんな都合よくいるわけないだろう。
今日はもう別れた後だってのに……
「はぁ……全部知ってて言ってるだろ」
「……まあ、そうだね」
「………」
ここで声をかけてくるのは都合が良すぎる。
「凄かったじゃないか、しっかり成長しているみたいで何よりだよ」
「………」
「……隣いいかい?」
「…吐いたから臭いぞ」
「あー……ならここでいい」
臭いし私も少し移動するか…口を洗いたい。
「どうだった?」
「何が」
「賞賛の声は」
「………」
「感謝の言葉は」
「………見りゃ分かるだろ」
吐くほど気持ち悪かった。
これならまだ軽蔑の方が心地いいくらいだ。
「感謝されるのは、嫌かい?」
「…私が嫌なのは、都合のいい時だけ掌を返して、綺麗な言葉を並べてくるあいつらだ」
何もしないくせに外野から好き勝手言ってきて、いざ自分に何かあると、それまでの言葉を棚に上げて小綺麗な言葉をつらつらと……
「なら、私が言えばどうかな」
「……あ?」
「ありがとう」
「………はぁ?」
なんだ急に、このじじいは。
何に対してのありがとうなんだ、それは。
「正直不安だった、だけど君はこうやって無事でいる。吐く余裕も私を睨む元気もあるみたいだし」
「………」
「生きててくれて嬉しいよ」
「……あっそ」
特に返す言葉を思いつかずに黙ってしまう。
月光が周囲を照らし、風が木の葉を擦っていく。それを見て、聞いていると、少し気分がマシになったような気がした。
「確かに君に取って、彼らの言葉は不快なものだったかも知れない」
「………」
「彼らが皆、君を迫害しているわけでもないと言うことは、君も分かっているだろう」
そうさ、わかってる。
でも、私を知ればそんな言葉を私に投げかけることもないだろう。
「彼らは確かに命の危機だった、それを君が助けた、その結果に対しての感謝さ。そこにおいて君がなんなのかは、さほど重要じゃない」
「……何が言いたい」
「上っ面の言葉だけでも受け取っておけばいい、紛れもなくそれは、君への感謝なのだから」
「………」
それを素直に受け取れるほど、私は単純じゃない。
そうさせたのは、あいつらなのに。
「……わかった」
「…そうか」
言っていることはわかる。
私が変な意地を張っているだけだ、気に入らないなら気にしなければいい。勝手に気にして、勝手に気分を悪くしているだけ。
別に私が何か間違ったことをしたわけではないのだから。
「……戻らないのかい?」
「体が痛い」
「おぶってあげようか?……冗談さ、睨まないでくれ」
巨蛇を斬っていくらかの日が経った。
いつものように、修練をしている。
「君は勘がいいんだろうな」
「はぁ?」
打ち合って軽くのされたところに、そう言われる。
「目で見る前に、なんとなく相手の動きが分かるんじゃないか?」
「……そんなの気にしたことない」
「それは気にした方がいいよ」
確かに、勘と言われれば勘のような気もする。
相手が次にどう動くのか、頭の中に浮かんだそれは、おおよそ現実でもその通りに動く。
「でも、あんたには関係ない」
「そりゃそうだろう、勘だけで凌げるほど甘くはないさ」
「けっ、腰をやって寝たきりになればいいのに」
「なかなか酷いこと言うねぇ」
年甲斐もなくそうやって自分が一番上だっていちいち示してくるあたりが腹が立つ。
「その勘の良さは君の武器になる」
「勘が?」
「直感で動くのは危険だけど、考えて動くよりは早いからね」
そんな不安定なものに……
いや、こいつがそう言うってことはそう言うことなんだろうが。
「会った頃から君は結構勘で動いていた、それも段々と鋭くなってきている。剣の腕もだけれど、確実に強くなっているよ」
「……褒めてんの?」
「逆に褒める以外の捉え方があるのかい?」
「皮肉かと」
「そこまで捻くれてはいないよ」
そうかぁ…?
私が持ってきた昼飯を当然のように口に入れながら、話を続けるじじい。
「そもそも君は身体が丈夫だしね」
「何度も聞いた」
「…何度でも聞いて欲しいな、会話なんだから」
「………」
年食ったじじいは会話に飢えているとか、そういうことだろうか、これ。
「君の身体は常人よりも遥かに丈夫にできている。筋力だって多いし、持っている霊力の量だって、陰陽師にも引けを取らないだろう」
「そんなにないだろ」
「まあ今はまだ刀を振る鍛錬しかしていないからね、自覚がないんだろうさ。霊力をもっと重点的に使ってみればわかるはずさ」
というか、そもそも他人の霊力の量とかほとんど分からないんだが……そりゃ、戦えない奴らよりは多いんだろうが。
「……だから、私に目をつけたのか?」
「さあ?何のことやら」
余程の逸材だったのだろうか、私は。
「まあ、君の成長を見ているのは楽しくはあるよ」
「……孫かなんかだと思ってんの?」
「年寄りになると若い子を見守るのが趣味になるんだよ」
「枯れてんなあ」
「これだけ皺があればね」
人じゃないから、人より寿命は長いんだろうが。
本当に今まで旅だけして生きてきたのだろうか。
「あんた、やりたいこととかないのか?」
「やりたいこと?」
「旅以外で」
「……そうだね」
癖のように顎髭を触りながら、数秒考え込んだじじい。
「あるよ、死ぬ前にやりたいことは」
「……死ぬ前に」
「ただ、今はまだそれには早いからね。まだ先のことさ」
今はまだ……
そのうち、やる気なんだろうか。
「そういう君は、何かしたいとかないのかい?」
「……強くなる。どうこうしたいとか展望とかは、生きるのに難がないほど強くなってから」
「目標が高くていいじゃないか」
「あんたに届く気がしない」
「ははっ、そりゃそうだろうさ」
「蹴るぞ」
「やってみなさい」
片手で止められた。
「そう急ぐことでもないさ。君が図に乗らないようにと言わないようにしていたが……おっと」
腹の立つ物言いに睨んでいたら、しまった、という感じで口を閉じるじじい。絶対わかってやっていると思う。
「…りん、君が自分で思っているより、君には才がある」
「………」
「若い頃の私が羨むほどにはね」
「…嘘つけ」
「嘘じゃないさ」
図に乗る乗らない以前に、皮肉かと疑ってしまうんだが。
「私は長い年月をかけてこの領域に辿り着いたに過ぎない。だが君は……そうだな、戦うことに関しては、私より才があるかもしれないな」
「……自分は戦えないと?」
「若い頃は戦いというよりは、ただただ刀を振っていただけだからね」
…私は、小さい頃から刀を振っていたから。
生まれつき、他の人間より身体が丈夫で、力が強かったから。
「君はまだまだ強くなれるよ、私が保証する」
「……だから、師匠気取りかっての」
「私は別にそれでも構わないんだが」
私はあんたを師として見たことはない。
「私はあんたと打ち合って、勝手に学んでるだけだ」
「良いとこ稽古相手か……いいさそれでも、それで君は強くなってるわけだし」
いくら強くなっていると言われても。
まだ、あれには届きそうもない。
その日の修練の終わり、周囲を適当に歩き回っていた。
別に、依頼がなければ狩らないわけじゃない。私を一目見て狙ってくるような好戦的な妖怪は、遅かれ早かれ狩ることになるってだけで。
「すぅ……」
息を吸って感覚を研ぎ澄まし、周囲を探る。
強い妖力があればわかるし、そうでなくとも、生き物がいるかどうかくらいは何となくその気配を察知できる。
「………ふぅん」
微かな妖気すらも感じない。
まあ妖力垂れ流しにするような奴はどうせ大した奴じゃないんだが……
そうやって、時々周囲の気配を確かめながら散策を続ける。
こんな世界だ、その辺に地面のシミになっている人間がいたっておかしくはない。
「ん…」
そうやっていたら、もうすぐ日が暮れるとはいえど強めの妖力を感知したか。
段々とこっちに近寄ってくる、また飢えた妖怪だろうか。
妖怪は気楽そうでいいなと思ったこともあるが、実力のない妖怪はこうやって死んでいくのかと考えるとそうでもないなと思う。
まあ、人間は人間で面倒臭いんだが。
「……?」
構えていたのに、一向に来る気配がない。
確かにあのあたりから気配が———
「っ!!」
一つの気配が消え失せ、代わりに新しいそれが出てきた。
既視感。
感じたことのある重圧。
武者震いではない震えが、刀を揺らす。
「ぐぎぃっ———」
本能が咄嗟に前に刀を突き出した。
その瞬間に強烈な衝撃が全身を襲い、身体が大きく後ろに吹き飛ばされる。
頭が真っ白になるような感覚。
段々と冴えてくる思考。
視界が戻った時には私は血を吐いていた。
後ろにはそのまま薙ぎ倒したのであろう木。
「けほっ……」
刀は粉々に砕け散っている。
骨も、折れちゃいないがヒビは入っているだろうし、腕も痺れていて上手く動かない。
「よく防御したな」
「………」
ああ、聞き覚えのある声。
私の記憶に鮮烈に残り続けている、その姿。
虫のような身体の尾に、それについた無数の足。
「はぁ、はぁ…」
「まだ立つか」
向こうは覚えていないようだが、こっちは夢に出てくるくらいには頭の中に焼き付けられた。
「——っ!」
全身で危険を感じ、咄嗟に身体を捻った。
私がいたところに木を貫いている妖怪の腕があった。
避けた、避けはした。
だが、その目は真っ直ぐにこちらを見据えている。
「いっ——がぁっ」
首をとんでもない力で締め付けられる。
反射で腕を掴んだが、直感で理解した。
どうあがいても、ふりほどけない。
分かっていても、もがく。
みっともなくもがき続ける。
「お前、見えてたな?」
「ぎっ……」
苦しい。
息ができない。
我ながらよく首の骨が折れないものだ、と、つまらない思考が頭の中をよぎった。
四肢に力が入らなくなり、視界の端々が黒くなってきたころ。
「——その子を離してもらおうか」
一番、聞き慣れた声がした。
「あぁ?誰だおま——」
通り過ぎた。
一瞬で、私とこいつを。
「……けほっ」
どさっと、地面に落ちる私の体。
喉にはまだ、奴の腕がくっついていた。
「は……」
「離せ、と言ったはずだが?」
見たことのない顔、聞いたことのない声色。
今にも命を刈り取らんとする気迫が、そいつにはあった。
「お前……」
「今退くのなら、見逃そう。だが、まだもしその子の命を奪おうとするならば。私に向かってこようとするならば」
ただそこに佇んでいるだけで。
「今度はその首を斬る」
そこに立っているだけで、周囲の空気が重くなる。
「……チッ」
その舌打ちが聞こえたあたりで、意識が遠のいていった。
「………」
「……おや、起きたか。あまり動かない方がいい」
そう言われるがまま、身体を動かさないように今の自分の状況を確かめる。
……治療されていた。
「危ないところだったね」
視線を向けると、あっさりとそう返された。
焚き火の向こう側で、静かに火を見つめている。
「随分と都合のいい時に現れたな」
「………お礼の言葉を期待した私は間違っていたのかな」
「………ありがとう、助かった」
「それでいい」
満足そうに笑い、焚き火に視線を戻した。
「そうやってすぐ人を疑ってかかるのは良くないと思う。まあ疑い深いのは悪いことじゃないけれど、私は恩人なんだし」
「恩着せがましいのは好きじゃない」
「いや、普通に恩があると……」
「恩人恩人ってうるさいとみみっちく見えるぞ」
「………」
黙ってしまった。
「まあ、確かにそうだね、君のいう通りだ」
「………あれは?」
あの妖怪のことを聞く。
「前にも会ったが、普通じゃない」
「あぁ……あれは大百足だね」
「大百足?」
「強いよ、あれは」
もちろん私の敵じゃないが、と付け加えた。
「………君が斬りたい相手は、あれかい?」
「………」
あの感覚を思い出して、まだ手が震える。
恐怖して動けなかったあの感覚。
折られた刀、締められる首、全く歯向かえない実力差。
「勝てる気がしない」
「そう考えた時点で君の負けだな」
そう思っても仕方ないだろう、もうあれ相手に二度死にかけてる。
「少なくとも君は見えていた、違うかい?」
「……奴の、動きを?」
「そうさ」
いや…あれはほぼ勘だったようなもので……
見えたのも最初だけで、それ以降は……
「君が戦い方を教わっているのは誰だい?」
「………」
焚き火越しににやついている。
「…年寄りのくせして自己顕示欲の強くて勝手に人の食い物を食ういけ好かない老いぼれ」
「言ってくれるじゃないか」
にやつかれながらこちらの言葉を待たれれば、そりゃあ毒の一つや二つ吐きたくなる。
「君が剣を教わっているのは、あの百足よりはるかに強いこの私だ。なら、勝てない道理がないだろう?」
「………」
「勝てないなら、鍛えればいい。君はまだ強くなれる」
……爺さんはそう言って、焼いていた魚の腹に噛み付いた。
「……私にもくれ」
「いいけど、不味いよ?」
「………」
「………」
博麗の巫女が死んだという話が里中を駆け巡ったのは、それから数日後のことだった。
「私、博麗様に息子を助けてもらったことが——」
「俺なんか今に妖怪に食い殺されそうだった時に——」
私はあったことないし人ともまともに話をしないからしらなかったが、存外博麗の巫女ってのは随分と慕われていたらしい。
何で今まで一度たりとも出会わなかったのかは疑問だが。
「……お、おいお前、その傷どうした」
「死にかけた」
「死にかけた……って、これは…」
「悪い、折られた」
動かせば痛む身体を無理やり引き摺って、刀だけ返しにきた。
「また今度金持ってくる、その時に新しい武器を……」
「……まあ待て、いい話をしてやろう」
「………」
急に何を言い出すんだ、この男は。
待てって……こっちは動くたびにじんじんと痛みが響いてくるんだが。
「お前に刀を打ってやる」
「………鉄は無駄にしない方がいいぞ」
「ありがたれよ、善意だぞ」
「………」
何考えてんだ、こいつ。
「この俺が、お前に、最高の一本を打ってやるって言ってんだ」
「傲岸不遜も甚だしいな、大して腕も良くないくせに」
「行きつけだろここは、もっと手心を加えろ」
いや、まあ確かに長い間通い詰めてはいるが……
私のために打つ、なんて何を考えてるのやら。
「お前、以前の蛇騒動を解決してくれたそうだな」
「蛇……」
あの巨蛇か。
「あの近くに知り合いが住んでたんだよ、随分と感謝してたぞ?」
「知らん」
知らないやつから受ける感謝なんて心底どうでもいい、というか気色が悪い。
「お前は知らんだろうが、以前の倉庫に盗みに入った奴も捕まったんだ。ただ、そのことはこの辺の奴らは知らない」
「……なんで」
「お前がやったやったって言いふらし回ってた奴らが口閉じて広まらないようにしてんのさ。だからお前、まだ白い目を向けられたまんまだろ?」
「いつものことだが」
なんとも言えない表情になる男。
「まあ、人間ってのは汚いもんだからな。自分に都合の悪いことは全部隠そうとして、他の奴のことなんか気にもしねえのさ」
「……あんたは違うのか」
「俺は気味の悪い子供にも刀を売ってやる優しい人だろう?」
「………」
「………」
普通、戦おうとするのを止めると思うんだが。
「お前が力強くて可愛らしくないだけで、噂で聞くほど酷いやつじゃないってのは知ってるさ。ちゃんと人間のために妖怪狩りをしてるってのもな」
誰かのためにやってるだなんて思ったことないが。
狩ることでしか自分の存在を……
「お前の目には、人間はさぞ見苦しい生き物に見えるだろうさ」
「………」
人間が見苦しいなら、きっと、私も……
「ただまあ、一人くらい親切なやつがいたっていいだろ」
「あ……」
呆気に取られて、数秒固まってしまう。
「それに博麗の巫女さんもいなくなっちまったみたいだし、これからは妖怪狩りやら陰陽師に頑張ってもらわねえといけなくなるしな!せいぜい働いて俺たちの安全を守ってくれよ」
そうか。
妖怪への抑止力になっていた博麗の巫女が死んだのなら、妖怪の動きも活発になる。
必然的に、私みたいなのの負担が重くなる。
「じゃ、頼れる妖怪狩り殿にこんな折れちまうなまくらじゃなくて、ちゃんとした名刀を打ってやろうって話さ」
「………銘は掘るなよ、気持ち悪いから」
「いい、いいそんなもん。名前を覚えてもらうほど立派なもんでもねえよ」
名刀とか言っておいて立派なもんじゃないって……
腕に自信があるのかないのかいまいちわからん。
「どうせその身体じゃしばらく仕事もできねえだろ」
「………」
「治ったらまた来い、その時に渡してやる」
「……私の傷は治るのが早いぞ」
「こちとらこれで数十年食ってきてんだぞ」
「………じゃ、帰る」
「おう、養生しろよ」
………
初めて、人里の人間とこれだけ話したかもしれない。
「おや、機嫌が良さそうだね」
「いや、別に」
「そうか」
怪我で動くことはできないので、せめて霊力の使い方を練習しようと霊力を練り上げていたところをそう言われる。
「しかし君はやはり……傷が治るのが早いね」
「妖怪の方が早い」
「それは……あー…」
相手から攻撃を受けなければ済む話だ。
やられる前にやれば済む話だ。
「………やっぱり、博麗の巫女ってそんなに凄かったのか」
かねてよりの疑問をぶつける。
「そうだね。幻想郷における妖怪への最大の抑止力であり、調停者であり……人間の守護者さ」
死んでからの方が話をよく聞くんだが。
「そこが空席になったってことの重大さは、子供でもわかるだろうさ」
「……なら、一回くらい会っておきたかったな」
そんなに偉い奴なら、なおさら。
「…会って何がしたい?」
「別に、一目見ておきたかったってだけ。代わりのやつは立てられないのか?」
「特別な素質が必要らしいからね、そう簡単に決められるものでもないんだろうさ。なんなら、君がやってみるかい?」
「柄じゃない」
「私はそうは思わないけどなぁ」
「はぁ?」
神に仕えるのなんてまっぴらごめんだ。
そんな役職に縛られるのも、妖怪狩りで間に合ってる。
「ただ、気をつけるべきだね。博麗の巫女の不在は妖怪の活発化を意味している、今までより好戦的になってくるかもしれないし、実際そう言う動きがあるみたいだから」
「調子乗っただけじゃ強さは変わらんだろ」
「本当に逞しいね、君」
むしろいきがって向こうから首を切られにきてくれるんだ、歓迎してやってもいい。
「ただ、以前の大百足のような妖怪がいることも留意しておいた方がいいよ」
「あんなのがどいつもこいつも巫女いなくなってはしゃぎ出してたら終わるだろ、全部」
「それはそう」
実際、目の前の爺さんはあの大百足を軽く斬っていた。
そういう、誰が相手でも勝ってしまうような奴がこの世界には何人もいるはずで、そいつらはそこまで好戦的じゃない。
強ければ強いほど、自分から進んで戦わない。
だから、この土地は成り立ってる。
「ま、今はとにかく安静にしておくことだ」
「………してるだろ」
「私は寝てた方がいいと思うけどなぁ」
「人里の塵共がひそひそしてきて鬱陶しい」
「………」
我ながらよくあんな居心地の悪い場所で何年も生きているものだ。
「まあ、確かに今は動くことはできないだろうけれど、それでも得られたものはあったんじゃないかな?」
「何の話」
「自分より強い相手、命の危機……その状態でしか得られない経験もあるってことさ」
「………」
ろくな経験じゃなさそうだ。
まあ……冷静になって、今考えると。
「距離は、測れた」
「実力の差?」
「あの首までの距離」
遠い、まだ遠いけれど。
届かせてみせる。
「…ふふ、若いと活力に溢れてていいな」
「あんたも昔はそうだったのか?」
「まあ、ね」
爺さんの若い頃……
まったく想像つかないな、ずっと刀は振ってそうだが。
「旅とかしてんだから今も元気ある方なんじゃねえの」
「旅をして長い間過ごしてきたのさ、気力がなくたって自然と旅は続けているよ。人間と違ってそう足腰が弱るなんてことも今はまだないしね」
よぼよぼの爺さんになって腰痛に悩んでる姿なんてもっと想像できないんだが。
「剣を握れなくなるのとか耐えらんねえだろ、あんたは」
「よくわかってるじゃないか」
そのために生きてきたって感じだし。
私は……どうなんだろな。
「自分の終え方については、最近よく考えるようになったよ」
「終え方?」
どこか寂しそうな表情で、空を見上げながらそう言う爺さん。
「確かに、剣が握れなくなるまで歳をとった自分の姿はあまり想像したくはないものさ」
自分の終え方……死に方。
想像したこともない、老いる前に適当に妖怪に殺されるんだろうなとか考えてはいるが。
「ただ、その終わりまではまだ数百年はあるからね。それまでじっくりと、やりたいことを探していくつもりさ」
「いつまで生きてるつもりだよあんた」
「さあ?」
話の規模が違いすぎてついていけない。
こっちは一年経ったら自分も周りも随分変わってるっていうのに、それを数百年……
「まあ、君は若いからそんなこと考える必要は……いや」
「……?」
「なんでもない」
なんかある時の台詞だろ、それは。
「……生きていれば、死期というのが漠然と見えてくる。戦えば戦うほど。死に何度も何度も、近づけば近づくほど」
「………」
「きっと、君もいつかそれを感じ取る時が来るかもしれない」
自分がいつ死ぬかなんて察したくないんだが。
「自分の終え方は、その時に決めればいいよ」
「………覚えとく」
「………」
「おや」
「っ!?」
「そんなに驚かなくてもいいじゃないか」
気配出さずに近づいてくるのやめろよ。
「どうしたんだい、それをじっと見つめて」
私が鞘に収まった刀に見入っていたことを分かってて、わざといきなり声をかけたんだろ。
そういうことするやつだ。
「……新しい刀」
「へぇ…」
「…打ってもらった」
傷が治って動けるようになってからすぐに取りに行ったら、待ちくたびれたとか言われた。
いざ渡されると、なぜか緊張して礼の言葉も出てこなくて。
俯いていた顔を覗かれそうになったから、財布を顔に向けて投げ、そのまま走って逃げてきてしまった。
「それで、何でじっと見てるのかな」
「………なんか、使うの勿体無い気がして」
「斬るための道具で斬るのが勿体無いとか、初めて聞いたよ…」
「うっさいなぁ」
そりゃ、自分のために何かを作ってもらうことなんて一度も……
「まだ抜いてもない…とか、言わないだろうね?」
「………」
「………」
「………帰る」
「まあ待ちなさい」
全力で踏み込んでいるのに捕まれた腕が離れない。
「あんたと話してると腹立ってくるから帰る!」
「今に始まったことじゃないだろう」
「否定しろよ」
数秒間踏ん張ったあと、諦めてその場に座った。
「そんな調子じゃあ妖怪を斬るのも躊躇するんじゃないかい?」
「流石にそれは……」
「じゃ、とりあえず抜いてごらん。刀身すら見ないとか、打ってくれた人に失礼だ」
「………」
……礼も言えてないな。
足の上に置いて、ゆっくりと鞘から鍔から先の刀身を引き抜いていく。
「………なあ」
「…なんだい?」
「なんでこれ刀身が黒いんだ?」
「私に聞かれてもね…」
「………」
少し重くなったか。
でも、初めてあの刀を手にした時よりは身体も大きくなっている。むしろ、あれでは軽すぎたくらいなのかもしれない。
鞘や鍔を含めて、これといった装飾もない無骨な刀。
その黒い刀身だけが、日の光に照らされた周囲の光景の中で浮いている。
「……さ、試し斬りといこうか」
「何を?」
「巻藁や竹を使うのが普通だけど……そんなの、今の君なら素手でも簡単に両断できるだろうしね」
「無理」
「できるできる」
そもそも怪我してたせいで身体も鈍ってるんだが。
「試し斬りなんて妖怪の首でいいだろ」
「命を試し斬りに使うもんじゃない」
「殺すのに試すもくそもねえだろ」
「確かに」
身近に木やら岩やらはあるが……
木はいままでに散々切ってきたし、岩は万一切れなかった時に刀が傷つきそうで嫌だ。
「……すぅ」
「……ん?」
霊力を、刀に流していく。
ただ流して、纏わせるのではなく、霊力で刃を作り、それを刀の上に被せるように……
「ふっ」
誰もいない方へ、斬撃をひとつ飛ばした。
人が二人横になったほどの大きさの斬撃は、かなりその速度でそこにあった木々を切り飛ばしていった。
その方向にあった木がほとんど倒れたため、随分と見通しが良くなってしまった。
「………薪には困らなさそうだ」
「やりすぎた……」
「それで、振ってみてどうだった?」
「………」
今、初めて振った刀なのに手に馴染んで。
振っている時も、身体が鈍っているはずなのに、刀自体を握るのも久しぶりなのに、以前と同じように振れた。
いや、むしろ以前より……
「使いやすい」
「よほど君のことを思って打たれた刀だと見える」
「………」
じゃあなんで刀身黒いんだ?
あの時走って逃げなきゃちゃんと話も聞けたんだろうが……
「良い刀を手に入れた、傷も治った。これでようやく修練が再開できる」
「……あぁ」
「…いつもよりやる気あるって感じの目だね」
当然だろう。
「これだけは、折りたくない」
「……やはり、か」
まるで時間を前借りするかのように、恐ろしい速度で成長を続けている。
身体が、早く妖怪より強くなろうと……倒そうとしているのだろう。
そうさせるのは博麗の素質故か……
「まるで呪いだな」
妖怪と戦うという選択をとった時点で、長生きはできないと言っているようなもの。幻想郷へ戻ってくる度に博麗の巫女は変わっていた。
もちろん、強くなければすぐに負けて死んでしまう。だから、生きるために強くあろうとするのは何も間違っていない。
ただ、彼女の場合。
己の存在に課せられた使命が、命を削って力を与えている。本来博麗の巫女として使われるべきであった力が、ただの人、ただの妖怪狩りである彼女の命を摩耗させている。
特に、最近の彼女の成長は目を見張るものがある。
もしかすれば……
消えた博麗の巫女の穴埋めをするために、もっと強くなろうという意志が、その力にはあるのかもしれない。
もしそうだとするなら……いや、そうでなくとも。
「酷な運命を背負わせ続けてきたものだな、
刀を打ってもらってからは、特にこれといった大事が起こることもなく季節が変わっていった。
何もなかったわけではないが……自分が強くなっていくにつれ苦戦、というものがなくなっていき、記憶に残るようなことがそれほど無くなっていったからだ。
依頼を受けて妖怪を狩り、爺さんと打ち合って修行して、食って寝る。
まるでこれが日常かのように、時間が流れていった。
刀工の男にも刀が何故黒いのかを聞いてみたが……なんかやたらと自慢話になってくるし、関係ない話をやりだすしで、ろくに聞かなかった。
なんか特殊な素材を使ったとか言ってたような気もするが……
まあ、夜に見えづらいからとかでいいだろ。実際見にくいし。
「ふっ」
鍔迫り合いから右足を外にずらしながら重心をずらし、木刀を擦りながら切り上げるように飛んで距離を取る。
その時にやってきた追撃を木刀で受け、転がって受け身をとりながら木刀に霊力を流して斬撃を飛ばす。
爺さんが斬撃を弾き飛ばしたと同時に、その開いた脇腹に攻撃を差し込んだ。
「随分と機敏に動けるようになってきたじゃないか」
「ちっ…あんたは反応速度どうなってんだよ」
木に紛れながら音もできるだけ立てないように……
まあ最初から当たるとは思っちゃいないが、一度だって意表をつけたことはない。
「まともに打ち合ってもしょうがないと分かってからはやたらと色んな動きをするようになったね」
「……昔よりは手こずってて欲しい」
「そりゃもう、手こずりに手こずってるよ」
また適当言いやがって……
「まあ実際、今自分がどのくらいの強さかわからないだろうしね」
「あんたは分かるんじゃねえの」
「ふむ……まあ、以前の蛇の妖怪程度ならもう苦労せずに倒せるんじゃないか?」
「あれがどのくらいの強さかいまいち分かってないんだが」
「ならわからないままだね」
悪癖は指摘してもらった、相手のどこを見るのか、視線をどこに向けるのか。
自分がどんな動きをしている時に、相手は自分のどこを見ているのか……
自分だけじゃ出てこないであろう答えが、この爺さんからはどんどん出てくる。
「それに、自分の駄目なところは、まあとっくに分かってきたんだろう?」
「……すぐに距離を取ろうとする、もう少し肉薄を意識したほうがいい。飛ばす斬撃も、牽制じゃなくてもっと命を取る気持ちで振るべき。それと、息継ぎを忘れがち。他にも色々」
「上出来じゃないか」
私がこの人に教わってたのは技とか剣術じゃない。
何も知らなかった私に、刀の振り方と戦い方ってものを教えてくれていた。それだけだ。
「だけど、剣に雑念は必要ないよ。刀は自分の思いを乗せて振るうんだ、余計な考えがあっては鈍ってしまう」
「何度も聞いたそれ」
「ふふ、覚えてるならいいさ」
そうは言われても、無心で刀を振れということなら、相当に難しいことだと思うんだが。
「それなら、もう私が面倒を見る必要もなさそうだ」
その言葉で、木刀を立てかけようとしていた身体の動きが止まった。
「…行くのか」
「近いうちにね。それなりに長居した方だよ」
「そうか」
ようやく旅に戻るのか。
そもそもここに留まっていた間どこで寝泊まりをしていたのか知らない。……一度尾行してみたが、あえなく撒かれた。
「りん、君ならもう私がいなくともやっていけるだろう」
「………」
「なあに、以前の大百足のようなのが現れても君ならどうにかできるはずさ」
「いや無理」
「………大丈夫だって」
「そこまで驕ってない」
あの時感じた距離は、こんなもんじゃなかった。
「……まだ、残ってた方がいいかい?」
「冗談、これ以上あんたといたらこっちまで枯れそうだ」
「言うじゃないか」
爺さんが旅に戻るっていうのなら、私にそれを邪魔する権利はない。そもそも邪魔したいとも思わない。
「……これだけ顔を突き合わせて、見守っているとね。情が湧くのさ」
「………」
「それこそ、孫のようにね」
「介護はごめんだぞ」
「いやいや、介護するのはこっちだろう。私の寿命はそこまで切羽詰まっていないよ」
「だろうな」
こんな人間一人に時間を費やせるのだから。
「私には私の目的がある。それに君への情が勝らないうちに、ね」
「………」
人でなくとも、人間らしい感情を抱くのか。
それとも、人と人外にはそれほどの差がないのか。
「……いつ、出るんだ?」
「次の満月の夜にでも」
「……今日も満月だよな」
「そうだね」
三年程度か。
私みたいな奴が、随分とまあ長い間同じやつと付き合ってたもんだ。
「わかった」
「……どこへ行くんだい?」
「今日もうやる気なくなった」
「……そうかい」
こんな私でも、感謝の気持ちぐらいはある。
強くなれたのは爺さんのおかげ、今生きているのは爺さんのおかげ。
こうやって、あの爺さんのことで頭を抱えているのは、爺さんのせい。
「何を贈る…?」
物は旅の邪魔だろうし……食い物は食ったらそれで終わりだ。
雑に金でもぱーっと渡してやるか?いや、あの爺さんなら金は使わずに旅してそうだし……
「………」
いかに自分が妖怪を狩ることしかしていなかったか、よくわかる。
まともな暮らししていれば、もっといい案が思い浮かぶんだろうが……
そんな悩みに頭を抱え続けてから何度目かの夜。
ようやく決まった。
見上げれば満月。
本来なら日の出てるうちに始めるが、今日は夜にやろうと誘った。
どうせなら、綺麗な景色がいい。
「さ、今日で君の顔も見納めになるね」
「あんたの老け顔ももう見なくて済むんだな」
いつものように毒を吐く。
「………」
喉まで出かかっているのに、声に出さない。
自分に呆れながら手で髪をくしゃくしゃにして、ようやく口を開けた。
「……今まで世話になった。ありがとう」
礼だ。
まずは、礼を言わなければならないから。
「私も、ここ最近は飽きない日々だったよ。老人の暇潰しに付き合ってくれてありがとう」
「………」
あんたにとっちゃ確かに暇つぶしだったんだろうが、私にとっては……
「…今日で、最後だろ?」
「そうだね」
「だから、何か贈ろうと思ったんだ」
私にとって、爺さんは何なのか。
この、いつも薄ら笑いで私を見ているあの男は、何なのか。
それを考えていた。
「でも、何を思いつかなかった」
友人ではない。
気の置けない相手ではあるが、種族も違う。そもそも相手が飄々としすぎていて、親近感というものがない。
「だから、必死に考えた」
かと言って、親でもない。
確かに面倒は見てもらったが、私にとって親っていうのは、顔も声も忘れたあの二人だ。
「別れる前に、これを渡そうと思う」
なら、何なのか。
目の前のこの男は、私にとってどんな存在なのか。
見つけた答えは、至って簡単だった。
「全力であんたを斬りにいく」
ただの師だ。
「私の全力を、覚えていって欲しい」
黒い刀を抜いた。
「………フフ」
目を閉じ、静かにそう笑った爺さん。
「よくわかっているじゃないか、一番嬉しい贈りものだよ」
「………ふぅ」
初めて。
初めて爺さんの抜いた刀を正面で見た。
木刀持ってる時とは全然違う、見ているだけで伝わってくる覇気。
強くなったからこそわかる、その立ち姿が表している強さ。
打ち合ってきたから感じる、その壁の高さ。
「肩の力を抜く」
「ぁ……」
その言葉でようやく全身が強張っていたのに気づいた。
身体が勝手に怯えていた。
「最後なんだ、のびのびとした君の剣を見せて欲しい」
自分の呼吸を意識して、ゆっくりと息をする。
硬くなっている身体を、端から順に力を抜いていく。
「大丈夫さ、君のような幼子にやられるほど老いぼれたつもりはない」
「………幼子って呼ばれるほど未熟なつもりはない」
「かもしれないね」
お互いに刀を構えて、踏み込んだ。
あの頃、頭ひとつ分離れていた背は、今じゃ同じくらいになっていた。
ちゃんと聞いたことのない、刀と刀が擦れ合う音。
抜け目なくするりと潜り込んでくる刀、紙一重でかわし続ける私。
攻め続ける私、ほとんど動かない爺さん。
「……っ!」
刀と刀が触れるたびに、周囲の景色が気にならなくなっている。
私の視界には、一人しかいない。
胸から湧き出る言い表せない感情が、刀を握る力を強くし、足運びを滑らかにさせる。
三年も強くなろうと励んできたというのに、未だに私と爺さんの間には分厚い壁がある。
でも何故か、その壁に安堵している自分がいた。
むしろ、思う存分をぶつけてこい……そう言われている気がしてならない。
「強くなったね」
「お陰様でな」
だから、成長した自分を。
今の自分をその壁にぶつけたい。
「———!」
不思議な感覚に陥った。
刀がぶつかる度、何かが私の中に流れ込んでくる。
それは、目障りだけれど決して不快なものじゃなくて……
——そうか
楽しいのか。
私も、あんたも。
言葉の代わりに刀を交わす。
寸前で避けて、避けられて。
終わらない剣戟が、満月の夜に甲高い音を響かせている。
いつも飄々として掴めない人となりが、刀を打ち合っていると不思議と理解できそうに思える。
知らない刀の振り方。
こんな使い方をしてくるのか、そんな風に動くのか。
ああ、楽しいな。
これで終わりだってわかってるからこそ、楽しもうとしてから自分がいて。
それを分かっていて、私に合わせてくれる爺さんがいる。
自分が今何をしたかもわからないほど、身体が勝手に動いている。
本当に勝手に動いているのか、自分の動きを認識するほどの余裕もないのかはわからなかったけれど。
終わりは唐突にやってきた。
私の手から刀が抜け落ちてしまった。
暗い森の中、刀が地面に落ちる音が闇の中へと溶けていった。
「……結局、全く届かなかったなぁ」
そのまま地面に仰向けに倒れ込んだ。
手を伸ばしても届かない遥か遠くで、月と星は輝いている。
「君の目的は私を超えることだったのかい?」
「……いや」
上から顔を覗き込んでくる爺さん。
「……ちゃんと、渡せたか?」
「あぁ、しかと受け取った」
「なら、いいんだ」
別れを惜しむ想いがあるせいで、余計に楽しく思えた。
また会えたのなら、やりたい。
そういう思いが、私の中にはある。
「私からも贈り物があるんだ」
「……?」
そう言って懐から何かを取り出した。
「……酒?」
「呑んだことないだろう?」
「買わないしな」
その場に座り直すと、爺さんも隣に座ってきて酒の栓を開けた。
二つ盃を取り出し、私側の方に酒を注いだ。
「ほら」
短くそう言って、私に酒を手渡してくる。
「……?」
「……それは徳利って言うんだよ」
「………は?」
「……私の方にも注いでくれ」
「なんで?」
「そういうもんなのさ」
訳の分からないまま、さっき見たのと同じように注いでやった。
「本当に何も知らないんだな」
「酒なんて初めてだし、何かを教えてもらう相手があんた以外ろくにいない」
「……そうか」
爺さんが盃を持ち上げたのを見て、私も同じように持ち上げ
呑んだのを見て、同じように呑んだ。
少ないそれは、口の中を滑って喉を滑り落ちていく。
「……初めての酒はどうだった?」
「……よく分からん」
「ははっ、だろうね」
何が「だろうね」なのだろうか。
「なに、呑んでたらそのうち君も良さがわかるようになるさ」
「ふぅん……」
「私がいなくなったら、どうするつもりなんだい?」
互いに星空を見つめながら会話を交わす。
「どうって、今まで通りだけど」
「暇になるよ?会話する相手がいないって言うのは悲しいほどに寂しいからね」
「……別に、あんたと会う前はそんな相手いなかったし」
「最初から何もないのと、失って持っていないのとじゃ全然違うよ」
「………」
どうする、と言われても。
何もしないか、刀を振るか、妖怪を狩るか、寝るか……
「人の生は短い。特にりん、君のような人間はね」
「早死にするってか?」
「長生きがしたいならその刀を向ける相手を考えることさ」
「………」
死にたいわけじゃないが、死にたくないわけでもない。
ただ、生きるための行動を取り続けているだけ。
生にしがみつく方法を……自分の存在を示す方法を、追い求めているだけ。
死ぬ死なないは、私が刀を降ろす理由にはならない。
「……君は友人の一つも作れなさそうだからなぁ」
「いらねえよ別に」
「一人きりよりは楽しいはずさ」
「だとしても、そんな相手いない」
人間からは人間扱いをされず。
妖怪は人を襲う狩るべき相手。
「私では、君の友人にはなれない」
「………」
「君に、心を許せる友が出来ることを祈るばかりだ」
「余計なお世話だ」
「若いものには余計な世話を焼きたくなるのが老人の性分さ」
こいつは友人ではない。
そもそも、友というものがなんなのか、私にはよく分からない。
腹の内を明かし、分かり合えたのが友とするならば、目の前の爺さんは私の友ではない。
何も明かしちゃいないし、明かされちゃいない。
私にとっちゃっただの爺さんだ。
「次は、いつ会えるんだ」
「………」
その言葉に驚いたのか、顔をこちらに向けてきた。
「なんだ、寂しいのかい?」
「救いようもないほどボケちまってるな」
「冗談さ」
今までの私は、別れというものを知らなかった。
今日やっと、それを知ろうとしている。
「次あんたと会える時があるなら、それを目標に生きてやろうかなってな」
「………」
ついでに再会を知ったっていいだろう。
「もし次会うとするなら、そうだな……」
癖のように顎髭を指で撫で始めた。
「ふぅむ………君が死んだら、あの世でまた酒でも酌み交わそうじゃないか」
「……それ、あんたも死んでねえか」
「フフ、どうだろうね」
相変わらず飄々として、掴みどころのない、不思議な爺さんだ。
「私の存在で君の生き方を縛りたくない」
「………」
「君はこれから、新しく人生という道を踏み出していけばいい。こんな老いぼれとの思い出は、今日この日に置いていってね」
私に、あんたを忘れろと、そう言っているのか。
「君が君らしい人生を歩んだその先で、りん。君の思い出を、私に語ってくれ」
「………」
私らしい人生、か。
それも、生きていれば見つかるのだろうか。
「……分かったよ」
そういうのなら、死ぬまでに何か面白い話を用意してやらないといけないな。
「その時は、私の斬った妖怪の話でもしてやるよ」
「君らしいな」
——私の存在で君の生き方を縛りたくない
今まで散々私に影響を与えておいて、よくもまあそんなことが言えたものだ。
でもまあ、そう言われたのなら、そう生きるのもいいか。
今日までの記憶は、今日に置いていく。
明日からどうすればいいかなんてわからないが、それを手探りで探していくのも悪くはない。
少ない荷物を纏めるその姿を見て、そう考える。
「…それじゃ、これでお別れだ」
朝焼けが空を染め始めた頃、いつもと変わらない笑みを含んだ顔でそう言った。
「……ん」
「君が君の生に満足できることを願っているよ」
「………」
満足して死んでいける奴らがどれだけいるだろうか。
ただでさえ、いつ死ぬかわからないのに。
「……そっちこそ。次会うまでに痴呆になって私のこと忘れたりくたばったりするんじゃねえぞ」
「肝に銘じておくよ」
そう言って、私に背を向けて日の昇ってくる方へ歩いていく。
ただ、その姿を眺めているだけの私。
もう生きてるうちには会えないのではないか。そんな予感があたまをよぎる。
それなら、言うべきことがあるだろう。
息を飲み、喉まで出かかった言葉を絞り出した。
「世話になった、ありがとう」
思ったよりも小さな声。
聞こえたか不安に思う私とは裏腹に、爺さんは、こちらを見ずに手を振った。
その姿が見えなくなるまで、私はそこに立っていた。
「はあぁ………」
仕事が……多い……
今までは鍛錬やら何やらしてて、人里全体で妖怪狩りへの依頼が増えてることは知っていたがそこまで請け負わずにいたが……
「他の奴らは何してんだよ……働けよ」
あまりの仕事の多さに同業者への愚痴が湧いてくる。
「なんで俺の店の前でそれを言うんだ」
「一人で壁に向かって愚痴っても仕方がないだろ」
「働いてる奴に悪いと思わんのかお前は」
「どーせ客来ないくせに」
「やかましい」
鉄を打つのを休んでいる男の前で壁にもたれかかって不満を垂れ流す。
「別に、お前が仕事をありったけ取らなきゃいいだけの話だろ」
「そこにあるなら受けるだろ、依頼」
「なんでだよ」
どうせ他にやることねえし。
「そもそも博麗の巫女ってのが死にやがったせいで妖怪自体が強くなってきてる。今まではそこそこ強くても謙虚に生きてたやつも調子に乗り始めてなぁ……」
「妖怪狩り自体が減ってんのか」
「辞めてんのもいる」
ちょっと死にかけたくらいで怖気付きやがって。
「……お前、今日だけでいくつ依頼こなした?」
「一気に請け負って一気に消化したから……六?」
「………」
「………」
なんだよその顔。
「そりゃお前化け物って言われるわ」
「うるせえよ」
他のやつが頼らないから代わりに私がやってやってんだろうが。
「正直、目標を探す手間の方が疲れる」
本来なら、この人里の外に出るための護衛依頼とかもあるんだが……私の場合は私が怖がられてるせいでその仕事が回ってこない。
「陰陽師は人里の周辺くらいしか出張らないし……」
この人里の中だけで生活が完結してるならいざ知らず、魚を獲ったり畑行ったり交易したり……そういうのは周囲の安全を保証しないとまともにできないわけだ。
よって、私がそれやる羽目になる。
「そういや、最近近くの村の奴らが襲われて人里に流れ込んできたって話聞いたな」
「妖怪か?」
「足が沢山あったとかなんとか……虫みたいだったって聞いたぞ」
心当たりしかねえな。
「生き残りもそこまでいなかったらしい、十にも満たない若いのが何人かだって……」
「そのうち、この周辺からここ以外の村や里はなくなるかもな」
単純に考えるなら、あちこちに散らばるよりも一箇所に固まった方が身を守りやすい。
「てか、あんたそういうの詳しいよな」
「ここのお得意様はお前だけじゃねえんだぞ」
「………?」
「本当に困惑したような顔やめろ」
存在したのか……私以外の客。
他に客が来てるところみたことなかったからなぁ。
「……腰、悪いのか」
「よくわかったな」
常にそこを気遣うような動きをしていたから、なんとなくわかる。
「俺も年だからな、この店も言ってる間に畳むことになるな」
「………子供は?」
「鉄を打つのは性に合わないって言って出てったよ」
「引き止めなかったのか」
「好きにやりゃあいいさ」
「………」
家族ってそういうもんなのだろうか。
「別に、喧嘩したとかそんなんじゃないしな。ここだって客がいないわけじゃないが、取り柄は安さくらいでそこまで儲からねえ」
「…そうか」
ここが仕事を辞めたら、どこで刀の手入れを頼もうか。
……いや、自分でも出来るか。
別に今までだって、わざわざここにきて頼む必要はなかったし。
「……じゃ、私やることあるからそろそろ行く」
「おう。……今日の分は終わったんじゃないのか?」
「終わった」
「なら一体何を……」
「明日の分の仕事」
「………は?」
は?って、そこまで驚くことか?
「お前まさか、依頼も出てねえのに妖怪を……」
「そうした方が効率的だろ」
「お前そりゃあ化け物って言われるわ…」
不本意だ。
「あの時の血濡れの子供、今じゃ里で一番の妖怪狩りだそうよ」
「まだ生きてたの?」
「気味の悪い奴だ…」
「博麗の巫女が死んだのもあいつのせいなんじゃないか」
「流石にそれは……」
言いたい放題
「でも俺あいつに助けられたことあるんだよなぁ…」
「俺もだ」
「少なくとも人里の平和には貢献してるらしいじゃないか」
都合のいい解釈
「あいつが依頼を一気に受けるせいで商売上がったりだよ」
「さっさと妖怪に殺されればいいのにな」
自分本位な考え
どいつもこいつも好き勝手言いやがる。
そう言えるのは、自分は襲われないという根拠のない安堵に包まれているから。
私が誰にも噛みつかないなんていう保証はどこにもないのに、ただ前例がないだけで勘違いしている。
陰で聞こえないように言っているつもりかもしれないが、私には聞こえてくる。
これだけ妖怪を狩り続けても。
これだけ命を削っていても。
この里にとって、私は邪魔者だという認識は変わらない。
そして私も、変わらない。
何故そんな場所で生き続けているのか。一人で生きていくには十分な力を持っているのに、何故ここを離れられないのか。
求めているから。
自分と同じ存在を。
はみ出しものの自分と同じやつなんて、そうそういないのはわかっている。
ただ、私は化け物じゃなくて、あいつらと同じ人なんじゃないかって。そんな淡い希望を抱いているから。
いつか分かり合える相手が現れることを祈ることしかできないから、この居心地の悪い場所に私はいる。
どれだけ人里の人間どもを心の中で嘲笑っていても。
そいつらから離れない私は、離れる方法を知らない私は。
一人になりきることもできなくて。
誰かに受け入れてもらうこともできなくて。
そんな私は、いつまで経っても孤独なままだ。
そんなことを何度も何度も同じように考え、同じような結論に達する。
気がつけばまた一年が経ち、遠くの山は葉が紅くなっている。
行ったことはないが、妖怪の山って呼ばれているらしい。天狗を中心として、妖怪がまるで人里のような組織を組んで多人数で暮らしているんだと。
実際に天狗にあったことあるわけじゃないが……人里とも表立って敵対することもなく、長年そこに存在し続けている。
そんな、人らしい部分を聞いてしまうと。
本当に妖怪と人間が分かり合えないものかと、意味のない思考をついついしてしまう。
人間は、怨嗟の声を轟かせる。
妖怪は敵であり、相容れない存在。
そういった思考が根付いてしまっている以上、少なくとも私が生きているうちは、人と妖怪が敵意を持たずに会話する、なんてことは無理なんだろうな。
私のやっていることだって、黙って妖怪をただただ刈り取っているだけだ。
自分に大切なものがないから。
失うものがないから、妖怪に対して憎しみを抱くこともないから、そんな呑気な考えが思い浮かんでくるのだろうか。
人間なら、妖怪は恐ろしい相手だから、生きるうえで障害となるから、憎むべき敵だから。そう思うべきなのだろうか。
なら、そう思っていない私は。
何もないから、そう思えない私は。
悲しいほどに、からっぽだ。
「はあぁ……」
動く右腕で痛みのする脇腹を押さえながら、自分の行動に呆れ果ててため息が出る。
気にもたれかかり、ゆっくりと呼吸を整えながら高まっている気分を落ち着かせていく。
「逃げるべきだった……」
ひと目見て勝てないとわかったはずなのに……
風見幽香
ろくに人と話さない私でも名前くらいは知っている存在だ。
馬鹿だったなぁ……
追いかけていた妖怪が逃げたからって、あの向日葵だらけの場所にそのまま突っ込んで行って……
花を掻き分けて逃げていた妖怪の首が気づいたら捩じ切られていた。
「………はは」
思い返すと何故か笑いが込み上げてくる。
それほどに、圧倒的だった。
反射的に攻撃をしてしまったが、避ける必要もないと片手で受け止められ、そのまま殴られて意識が飛んだ。
気づけば遠くの方の土の中に体が半分ほど埋まっていた。
色んなところで体をぶつけたのだろう、あちこち骨が折れていた。というか、生きていた自分を褒めてやりたい。
恐らくあれでも全く本気じゃなかっただろうし……こちらが斬りかからなければそのまま見逃してもらえたのではないだろうか。
なんならちょうど死なないくらいの加減で殴られたような気もしてくる。
ああいう、妖怪の頂点に立ってそうな奴らが好き勝手力を振るっていないからこそ、この土地は成り立っているのだろう。
爺さんと別れて以降、ある意味私は、指標を見失っていたといえるかもしれない。
何を目指して強くなればいいのか分からなかった。
ただただ、妖怪を斬っているだけの日々。
でも、今日はっきりした。
あれだ。
あのどれほど遠いかわからないあの存在を目指して、私は強くなればいい。
この世界における果ては見えたようなもの。
なら、そこに向かって、走るだけ。
道は定まった。
「髪、切らないのか?」
「あ?」
「随分と伸びてんだろ。邪魔じゃないのか?」
指で頭を指しながらそう言う男。
「髪如きで支障が出るような柔な鍛え方はしてない」
「そうかい」
わざわざ切る必要もないだろう、掃除面倒そうだし。
「……で、何で急に見てくれなんて言ったんだ?」
刀を預けた。
普段から気を遣って使ってはいるし、手入れだって自分でしているが、こういうのはやはり素人より慣れている奴がやった方がいい。
「…まあ、そう遠く無いうちに思いっきり戦うことになりそうだから」
「あれか?人里の人間がまた失踪してるってやつ」
「よく失踪してんな、おい」
もう少し自警団とか働いてくれないものか。人里の中くらいは頑張って自衛してほしいものだ。
「まあそうだ。なんでも人里の外に行ってるらしい、追いかけてった妖怪狩りが帰ってこなかったんだと」
「それでか、最近陰陽師やらが騒がしいのは」
「あぁ」
今回失踪してる人数は、既に以前の蛇の時とは比べ物にならないものとなっている。ついでに、帰ってこなかった妖怪狩りがそこそこの奴だったのもあって、警戒心が高まっているらしい。
「多人数で人里から出て行こうとする奴を追っかけて元凶を叩きたいんだと。……まあ、博麗の巫女を頼ることができないから、てのもあるだろうけどな」
だから私にまで声がかかった。
流石に自分達だけじゃ少し心もとなかったのだろうか。陰陽師だってついていくって聞いたんだが。
「お前も参加するのか?」
「まあ」
「よく断らなかったな」
「どちらにせよどうにかしなきゃな、とは思ってた」
無視して置く理由がない。
それに………
「予感がする」
「ん?」
「ずっと探してたやつに、会える気がする。だから行く」
「………そうか」
私の勘は、何故かよく当たる。
特に、何か異変があったときに。
「実はな、もう今年いっぱいでやめようと思ってんだ」
「……そうなのか」
「あぁ。俺も腰がそろそろ限界だし…女房も病気で元気ねえんだよ」
「………金はあるのか?」
「おう、お前から搾り取った分がな」
そうかもしれないが腹立つ。
「この前は驚いたぞ?いつだっけ……もう一年以上前か?またお前死にかけみたいな姿で帰ってきたんだもんな」
「あれは…まあ、若気の至りで」
「まだ若いだろお前」
あの風見幽香にぶちのめされた後、随分と心配されたもんだ。
そして、心配してくれる相手が私にいることに驚いた。
「まあだからなんだ。この刀は思い入れもあるし、精一杯手入れしたつもりだからよ。これ使って……無事に帰ってこいよ」
そう言って、刀を突き出す男。
「……あぁ」
静かにそれを受け取った。
「……今日は半月形」
丸い月は見えないが、代わりに周囲の星に目が行く。
木の上に登って、一層輝く星を眺めてながら酒を喉に流し込んだ。
人里の外。
周囲には妖怪狩りやら陰陽師やらが散開していて、何か異常を発見すれば笛を吹いて、他の場所から駆けつけてくる、ということになっている。
情報は少しだけだがある。
人里の外に出て行こうとする人間は、まるで自我を失ったかのようになると言うこと。
門番は気付けば気を失って倒れているらしい。
人里に直接攻め込んでこないで、こんな回りくどいやりかたを選んでいる時点で、その辺の頭の残念な妖怪じゃないことは明らかだ。
門番は無力化され、誰にも見られずに人里の外に連れ出し、そこで静かに仕留める。
人間が恐怖しているのは、次は誰が襲われるかわからないと言うこと。
場所が毎度毎度ばらけている、東端で失踪したと思ったら今度は西端で……おかげで位置を絞って探すと言うわけにもいかない。
だから、ある種の囮だ。
生贄、と言ってしまっても差し支えないかもしれない。
様子のおかしい人間を見ても手を出さずに、人里の外に出てくるのをじっと待つ。
見つけたところで、できればその人間が殺されないうちにその妖怪を倒す……と。
そう上手く事が運べばいいが。
何せこれだけの妖怪狩りが動員されているのは、その元凶の妖怪がそれだけ強いだろうと踏んだからである。
「……まあ、私は待ってるだけだ」
近頃感じていた違和感。
妖怪の動きは博麗の巫女がいなくなってから活発になり続けていた。
それこそ、私の貯金がとんでもないことになるくらいには。
それなのに、最近になって人間を襲う妖怪が少なくなってきた。
何故なのか。
私が狩り尽くした?いや、それはない。虫のように湧いてくる奴らを根絶やしにできるほど狩った覚えはない。
博麗の巫女がいなくなったことの影響が収まった?あり得なくはないが……時間経過にしては急に変わりすぎだった。
なら、複数の妖怪が意図的に、かつ同時に人間を襲う手を緩め始めた、ということになる。
それだけじゃない、まるで隠れて潜んでいるかのような……見つからないんだ、探していても。
「……まさか、な」
これだけ同時に妖怪たちが同じような行動を取っていると、不穏な妄想をついついしてしまう。
そう例えば……誰かが妖怪どもを率いているとか。
「………」
笛の音。
東の方から。
「……おいおい」
同時に、おそらく十個くらいか。
散らばった位置でほぼ同時に笛が鳴らされた。
「…あー」
目の前の光景を見て、どうすればいいか分からず思わず突っ立ってしまう。
大量の妖怪と大量の人間が乱戦を起こしている。
木々は薙ぎ倒され、陰陽師の弾幕が飛び散り、妖怪狩り武器を振るっている。
だが、血が出ているのは人間の方だ。
あの妖怪ども、数に加えて強さもそれなりにあるらしい。
「……ちっ」
とりあえず近場にいる奴らから首を切り落としていく。
ただただ殲滅するだけなら容易だが、それをすると人間も巻き添えを食らってしまう。
これなら一人の方がやりやすかった。
「数じゃ負けてねえ!勝てるぞ!」
一人の妖怪狩りがそう言った。
今まで何を相手にしてきたのだろうか、あいつは。
妖怪という存在に、力以外の序列は基本存在しない。
そして、これだけの数の妖怪に同じ行動を指示できるような存在は、それだけ上澄みだということになる。
百鬼夜行じゃあるまいし。
「だ、だれか助けっ…」
獣型の妖怪に食われかけていた奴を巻き込まないように注意しながら切り払う。
こういう知能の低い奴まで従えてるとなると、相手は本当に———
「あ」
その場を飛び退くと、とてつもなく長い虫の胴体のようなものが突っ込んできて、周囲にいた妖怪狩りや陰陽師をまとめて吹き飛ばしていった。
地面を擦れていく音と骨が折れ、人間が形を保てなくなるような音が鼓膜を刺激してくる。
「百足……!」
いた。
見つけた。
いつのまにか消えてしまった百足の胴体から逃れた妖怪どもを、霊力を足に纏わせて駆け回りながらその首に刃を押し当てていく。
二十程斬ったあたりで、周囲から妖怪が離れていくのを感じた。
「………おいお前」
「……は?」
近場にいた生き残っている陰陽師の男を呼びつける。
周囲の人間が薙ぎ払われ突如やってきた人間が妖怪の首を落としまくっていたんだ、呆然とするのも無理はないだろう。
「ここに来てるはずの人里の人間は」
「い、いや、この辺りでは…」
「じゃあ生存者とそいつ探して引き返せ。私が引き受ける」
「引き受ける……って、この数だぞ!?それにさっきのも…」
そこまで言って、何かに気付いたかのようにまた口を開いた。
「そうか…お前が噂の…」
「……はぁ、わかったらさっさと行け!」
そう返すと、周囲に転がって気絶している人間たちを抱えて飛び去っていった。
どうせろくな噂じゃないんだ、さっさと動いて欲しい。
「………さて、と」
周囲を見ればなんともまあ種類豊富な魑魅魍魎ども。
その中にひとつだけ、他とは別格に強い妖力を持つ奴がいる。
「私を覚えてるか、くそったれ」
静止した妖怪たちの中に一人混ざっているそいつに刀を向ける。
「……あぁ、よく覚えてるぞ、あの時殺し損ねた人間」
百足野郎。
私に初めて恐怖を植え付けてきた相手。
こいつのあの時の気まぐれと、爺さんのおかげで、私は今生きている。
「どういう魂胆だ?愉快なお仲間連れて」
「俺だって一人でこの幻想郷の上に立てると勘違いするほど愚かじゃない」
立つつもりなのかお前は。
「弱い奴は群れる、お前たち人間と同じだ」
「自分で自分を弱いと言い切るか……」
「お前如き矮小な存在に遅れはとらんがな」
言ってくれる。
「じゃあその矮小な存在に全部めちゃくちゃにされた感想、後で教えてくれよ」
私がそう言った瞬間に、周囲の妖怪どもが声を上げて私の方に突っ込んでくる。
所詮は強いやつの下について安心してる雑魚。
近づいてきたやつから順に身体を斬り飛ばしていく。
「………チッ」
何故動かない?
何故そこでじっと妖怪どもが斬られていくのを見ている?
確実に私を殺したいなら、自分も同時に動いて攻撃を加えるべきだろう。
とどのつまり、舐められているのだろう。
実際今までは歯が立たなかったわけだが……雑魚だけ相手してる方が楽なのも事実だ。
「ふんっ」
霊力を纏わせて周囲を薙ぎ払い、妖怪たちを真っ二つにする。
「…?」
あれだけいた妖怪の数が少なくなっている。
私、そんなに斬ってたか…?
「っ!」
妖怪たちの気配が一気に移動している。
私の後方、あの人間が向かった方向だ。
「お前ぇ…」
そこにいるはずの百足の男を睨みつける。
周囲が暗く顔は見えないが、そのせいでほくそ笑んでるんじゃないかと勝手に想像してしまう。
霊力の弾を地面に思いっきりたたきつけ、その衝撃と共に後方に駆け出した。
「………」
これは助からないな。
必死に抱えた人間を守ろうとしていたのだろう、そっちは気絶こそしているが、目立った外傷はなかった。
息も絶え絶えで、肉を食い荒らされたかのようにそこに横たわっている。
まだ息があるのが不思議なくらいに。
群がっていた妖怪どもを斬り伏せた刀、それについている血を片腕で挟んで拭う。
「……気づけなくて悪かった」
刀で、その身体を突き刺した。
「………」
あの時、百足に吹き飛ばされた人間たちは無事だろうか。
いや、無事じゃないだろうな。
ただ、感じられる気配で判断する限りは、まだ妖怪と戦っている奴らがいる。
陰陽師だっているんだ、雑魚妖怪どもに遅れはとらないだろう。
気絶したままの数人の人間を木にもたれかけさせて、妖怪と人間たちの間に立つような位置で刀を構える。
「すぅ…はぁ……」
呼吸を整える。
さっきの人を殺した感触は、思っていたよりも大したことはなかった。
妖怪だって、同じような姿をしているから。
「そいつらを守りながら戦う気か?」
「………」
奥からやってきた百足野郎。
「今まで攫ってきた人間はどうした」
「その雑魚どもが食ったに決まってるだろう」
あぁ、そうだな。
そうに決まっている。
「村を滅ぼしたのは」
「そこにあったからな」
気まぐれで人を殺す。
「………博麗の巫女を殺ったのは、お前か」
もし、やるような奴。やれるような奴がいるとするならばこいつしかいないと、常々思っていた。
「…そうだ」
「………はぁ」
どうやら私は馬鹿らしい。
何故妖怪に人間性を求めていたのだろうか。
あの爺さんは妖怪じゃない。
妖怪と人間は相容れず、敵対し合うしかない。
力が強い奴は、理性も強い。
だから、そういう奴となら、話ができるかもしれないと思っていた。
だけどこいつは違う。
当然のように、そう定められて生まれてきたかのように、人を襲い、恐怖を喰らい続ける。
要するに、こいつは弱いんだ。
私があの時見た、花の妖怪よりもずっと。
「群れると弱く見えるぞ」
不愉快そうな唸り声を上げた後、周囲の妖怪どもが一斉に飛びかかってきた。
後ろには人間がいる、動けない。
その場に立って攻撃を捌き続ける。
「お前ら人間も群れているだろうが」
「そうだな、あいつらは確かに群れてるよ」
その方が安全だから。
その方が自分の存在を感じられるから。
他者の中にある自分の存在を感じることでようやく、自分を定義することができるから。
だから自分以外の誰かを求める。
「だが私は違う」
全身の霊力を循環させ、一気に移動しながら刀を動かし、妖怪どもの首を裂いてやった。
「その辺の人間と一緒にすんなよ」
群れたくても、群れられなかったから。
でもそこには確かに、誰かの中に私は存在していた。
恐怖や嫌悪の中に、だが。
化け物化け物と言われてきたが。
そういう意味では、私は妖怪と似たようなものだったのかもしれない。
「勝てない奴がいるからって雑魚侍らせてその気になってるお前と、一緒にすんなよ」
個であることが強さであるとは思わない。
強さを語ることができるほど、力や経験があるわけでもない。
それでもただひとつ言えること。
目の前のあいつよりは、上でありたい。
「すぅ……はぁ……」
止めていた息を再開し、周囲の気配を伺う。
もう近くには妖怪はいない、全部斬った。
残るは百足野郎のみ。
雑魚妖怪が次々に切り捨てられていても、あいつは後ろでただただ見つめているだけだった。
「次はお前だ」
切っ先を向けてそう言い放った。
「……やはり、あの時殺しておくべきだったか」
そうだ。
二度、お前が私を見逃したおかげで、今私はここに立っている。
その傲慢さが、私がここに立っている理由だ。
「——っ!」
その場を飛び上がると、すぐ足元を巨大な百足の体が通り過ぎていった。
着地してそのまま斬り上げるが、刺さりこそしたが固くてなかなか刃が通らない。
相手の方を見れば、その場から動かずに体の一部を変化させて、地面の中に潜り込ませている。
いつぞやの巨蛇を思い出す、あれとは比べものならないが。
この調子だと足はどう見ても百本以上あるな、名前で嘘つくのも大概にしてほしい。
「うおっ」
飛び跳ねて地面をうねうね潜っている百足の体を避け続けていると、突然本体の方が殴りかかってきた。
身を捻りつつ刀で受けることで、吹っ飛びはしたものの着地はできたが、そんなのもお構いなしに接近してくる。
「ちっ……」
「そりゃ何の舌打ちだ、あ?」
動きに対応されていることへの苛立ちだろうか。
以前までなら見えるだけで反応はできなかったが、今なら動ける、戦える。
攻撃に込められる殺意もなんということはない。
あの花の妖怪の方が断然強かった。
「早く死ね」
「断る」
そう言った直後距離を取った百足野郎は、地面に手足をつけて四つん這いになった。
「……?地面揺れて——」
咄嗟に後ろに飛び退き、霊力を纏わせた刀を下から生えて来た百足の体に向けて振って切断しようとする。
悪寒がし、またその場を飛び退くと今度は上まで伸びた百足の体が押しつぶすようにその場に落ちて来た。
追撃のように生えて来たもう二つの百足の体も、刀を構えて防御した。
「四本…」
まるで蚯蚓のようなものが地面から生えて蠢いている。
足がある分あれより気色悪いかもしれない。
そして、単純に考えてさっきまでの攻撃より密度が四倍。
全身に霊力を循環させたと同時に四本の百足の身体がこちらに向かって木々をへし折りながら伸びて来た。
刀の角度を考えて構えながら衝撃を受け流して百足の先を逸らし、一番近いところにある百足の体を上から刀を振り下ろして叩き切った。
「まあまだ動くよな」
振り払われる百足の体にさらに切り傷を入れながら下がるが、そこにもまた百足が伸びてくる。
今度は寸前で避け、そこから伸びている細く硬い脚を斬っていく。
「………ちっ!」
「何の舌打ちだ?」
「黙ってろ虫が」
近づけない。
避けられているし、攻撃だって加えている。
隙を見つけた時は叩き切っているし、そうでなくとも傷はつけた。
なのに一向に勢いは衰えない。
そもそも向こうにとって傷になっているのかすらわからない。
四本の百足の体が、別々の動きをしながら私の命を削り取ろうとしてくる。その対処に息を使うのに、そのうえであの首を狙わなければいけない。
あの首までの道筋は、真っ直ぐ。
道の終わりも、すぐそこにまで見えているのに。
進んでいるのか、後退しているのかすらわからない。
あまりに険しいもんで、先が遠のいていくように思えてしまう。
「ぎぃっ…!」
目はずっとあの首しか見ていないのに、百足の体が障害となって私の前に現れると。
何度斬り伏せてもまたやってくる
何度斬り裂いてもまた生えてくる
何度斬り捨ててもまた立ち塞がる
邪魔なものが多すぎる。
当たらないように思考するのが億劫で、仕方ない。
もっと、もっと早く、鋭く斬り込まないと、あの首には———
「……は?」
肉の潰れるような不快な音。
思わず自分の身体を確認してしまったが、当然何ともない。
正面からやってくる百足の体をいなしていたら、あの音がした。
どこで?後ろで。
後ろには何があった?
私があの首に躍起になってる時に、その後ろでは何があった?
「………」
ゆっくりと、ぎこちない動きで振り向いた。
そこにあったはずの肉体は無惨な姿になっていた。
気絶していたから、私がそこにもたれかからせていた。
私が逸らした攻撃が、あそこに直撃した。
だから、ああなった。
血は飛び散り、頭は潰れ、臓物が辺りに飛び散っている。
「 っはあぁぁ……」
頭を抱えて、大きなため息をつく。
「今どんな気分だ?」
嘲笑うかのような破壊声。
「なあ、教えてくれよ。自分がずらした攻撃で守るべき奴が死んだ気分を」
そんなもの、最悪に決まっている。
結局、人紛いの化け物だというわけか。
人でなしに人は護れないと。
そう言われているような気がした。
酷い気分だ、頭痛がする。
いつまで経っても届かないあの首を、何も考えず戦ったせいで消え去った命を。
全部考えるのが面倒くさくなった。
いつまでも変わらない人里が、自分が。
成長した気になって、あいつを前にして苛立ってしまっている自分が。
せっかく守ってくれた人間を、むざむざと死なせてしまった自分が。
なら、もう何も考えなくたっていい。
身体に任せよう。
もう、無心でいい。
思うままに、刀を———
「チィッ、そのまま呆けていればいいものを…」
死角から飛んできたそれを避けて、そのままそいつの方へ走る。
今やっと割り切った。
所詮私は化け物なんだと。
きっと、あの人間を守ってそのまま人里に帰したとしても、人間の私への感情は何一つ変わらないのだろう。
そもそも人として育てられていないんだ、今更人に成れる道理もない。
ただ、それ以外に生きる方法知らないから。
それ以外に自分の価値を示せないから、妖怪を狩るだけ。
人のふりもできない、人の形をした化け物。
人間味がない、とでも言えばいいのだろうか。
同じ種族と見られていない、見てもらうことができない。
私だって人なのだから、誰かと関わって生きたいのに。
友と呼べる存在一つない私は
存在価値を示す相手もいない私は
それがわかっていて、何も変えられない私は
どうしようもなく虚しくて。
どうしようもなく、からっぽだ。
「簡単なことだった」
難しいことを考えるから剣が鈍る。
答えのない問答を自分の中で繰り返すから、身体がついていかない。
なら、何も考えなくたっていいんだ。
言われただろう、勘が鋭いと。
要らぬことを考える必要はない。
ただただ、目の前に立ち塞がるものを斬っていけば、それで———
「こいつ動きが……」
それまで必死に頭で考えて、どうにかしてあの首へたどり着こうとして回りに回っていた思考が、今は不思議なほどに澄んでいる。
まるで、ただ俯瞰しているだけのような……
雑念はいらない。
刀は思いを乗せるから、余計な考えは剣を鈍らせる。
「すぅっ…」
立ち塞がる障害は一つずつ斬り捨てていけ。
呼吸と同じように剣を振れ。
ただ目の前のそれを斬ることだけを考えろ。
突き進め
道は一つだ
たとえ一歩ずつでも、進むことができれば
あの首に届く
宙に切断された百足の身体が次々と舞っていく。
足を止めない私は着実に目の前に立ち塞がるものを斬り捨て続け、百足の元へと迫っていく。
「何故止まらない…!?」
驚いたような声を意に介さず、刀を降り続ける私。
霊力を纏わさずとも、その刃は百足の身体を切り裂いていた。
「チィッ!」
「——!」
勘が告げるままに、後ろに跳びながら刀を前へと構えた。
瞬間にとてつもない衝撃が刀ごしに身体を襲ったが、そのまま空中で一回転し木の上に着地した。
「……山を巻くほどの巨体、か」
さっきまで伸ばしていた百足の大きさとは比較にならないほどの巨躯が、森を踏み潰し空を覆っていた。
あの巨体で這いずり回れば、ここら一体は更地になるだろう。
もちろんそれに巻き込まれたら、私も血を噴き出しながら潰れる羽目になるだろうな。
「……ま、道は変わらない」
目の前の障害を斬っていくだけ。
木を薙ぎ倒しながら、鞭のようにその身体が私に向かって振るわれた。
あの時の蛇より数段早い振り回し、当たれば、痛いだろうな。
また、思考するより先に身体が動いていた。
振り回される百足の体を軽く踏みつけて跳ね、体の一部へと乗り移りつつその身体の上を駆けていく。
狙いはただ一つ。
依然変わりなくあの首だ。
道は直線のまま形を変えず、行方を阻むものを斬り捨てるだけ。
思考より先に身体が前へと進んでいく。
今、私の体を突き動かしているのは
勘か
衝動か
経験か
教えか
本能か
きっと全部なのだろう。
自分の体のどこから出ているのかわからないほどの霊力が放出され、それがそのまま刀に乗っかって光る斬撃を飛ばしていく。
斬れやしないが傷はついている。
自分の手で、この刀で斬ったのなら、
果てはもう、すぐそこに
「くそったれが……」
人型で百足の身体を伸ばしていた時とは違うのだろう、大百足の体では的が大きくなるだけだと判断したのか、人型の姿に戻っている。
「せっかく博麗の巫女をやれたってのに、こんな奴に……」
博麗の巫女だって人間なのだろう、たかだか人間一人殺しただけで図に乗ってるのなら、とんだお笑い種だ。
「すぅ…はぁ…」
息を忘れるほど激しい動きをしていたことに、今更ながら気づいた。
背筋を伸ばし、空気を吸って体の中で循環させる。
「お前…お前は一体なんなんだよ!」
そう叫んだかと思えば、妖力の弾が全方位に向かって滅茶苦茶に乱射され始めた。木を容易く穿ち、薙ぎ払われて倒れていた木々がさらに砕け散っていく。
刀に霊力を纏わせ弾き続ける。
私の刀が上段にある時に、獣のような低い姿勢でこっちの腹へと拳を捩じ込もうとしている姿が見えた。
反射的に身体が飛び跳ねて上に避けるが、そのまま百足の体が地面から生えてきて私を空へと突き飛ばした。
「ぎぃっ…」
咄嗟に霊力を纏って耐えたが、食いしばった歯の隙間から血が吹き出る。
「………あー」
よく考えたら、今初めて攻撃貰ったな。
痛みはあるが動きに支障はない、それどころかやっと我に帰ったような気がしてくる。
さっきまでは完全に身体だけが動いていた、それ自体は何も悪いことじゃない。
むしろようやく、自分の思ったような動きができていたと言える。
重要なのはそれを御すこと。
自分の持つ全てを総てこそ、力は正しく振るわれる。
「すぅっ」
落下していく自分の体と、地面から伸びてくる無数の百足の身体。
落ちて行く勢いに任せ、全身から霊力を放出して刀を握り締めた。
縦、横、斜め……その動作を何度も何度も繰り返し続け、私に追突してくる百足の身体を片っ端から細切れにしていく。
自分でもどんな動きをしているか分からないほど速く、速く刀を振り続ける。
月光を鈍く反射する刀が、景色と肉を切り裂いて行く。
「ふぅ…」
「お前ぇ……」
あぁ、なんだよ。
なんだよその顔。
妖怪にも煙たがられんのか、私は。
妖怪すらも恐怖させて、私はどこに行き着くというのだろうか。
「…いや」
どこに行き着くのかなんてどうだっていい。
今は目の前に見えている道を、ひた走るだけ。
「チィッ!!」
伸ばされた百足の身体を細切れにする。
「来るんじゃねえ!」
大百足へと姿を見て変えても、変わらずに。
一つ斬り裂き、二つ斬り捨て、三つ切り伏せる。
その虫の顔面に迫ったところで、また人型に戻った百足野郎。
そんなことを、幾度も幾度も繰り返して行く。
頭の中には常に同じ風景が浮かんでいる。
一本の道、その果てへの道を、いろんな障害が待ち受けている。
私はそれを、一つずつ押しのけて進んでゆくだけ。
果ては、もう眼前にまで迫っている。
「ふんっ!」
霊力を大量に纏わせた斬撃を十字に飛ばす。
不意に出てきたそれは、百足の身体を切り裂いて百足野郎の片腕を切り落とした。
「くそがァ!!」
切り落とされたところから百足の身体を生やし、後退りしながら誰もいない方へとその腕を伸ばしていた。
「……は?」
その後ろに、私は立っていた。
「お前は……お前は一体…なん——」
百足野郎の両腕が、細切れになってぼろぼろと崩れて行く。
「私が何者かなんてどうだっていいんだよ」
逃さぬように、今度はその両足を。
「このっ……化けも———」
その頭を、真っ二つに叩き斬った。
「はぁ………」
どっと疲れがやってきて、その場に仰向けに倒れ込んだ。
思考をせずに体を動かしていたせいであちこちが痛む。完全に身体は無意識で動いていたみたいだ。
他の場所ではどうなったのだろうか。戦いの決着は着いたのだろうか。
それを問うても答えは返ってこないし、自分から確かめる気力も残されちゃあいない。
ようやく、自分の出せる本気というものを出せたような気がする。
今までも自分が乗り越えるべき相手として掲げる相手を、今さっきなんともなしに殺した。
届く気がしなかったあいつを、今さっき殺した。
こんなことをしても、誰も見てくれない。
私が他者から向けられる感情は、変わることはない。
これから、どうして生きていこうか。
死ぬまでに、あと何をすればいいのだろうか。
傾いて見えなくなった月と、変わらず無数にある星々を眺めながら、そうやって意味のない疑問で頭の中をいっぱいにする。
ずっと見ていると、何か白いもじゃもじゃしたやつが星空に現れた。
「………?」
よく見れば、顔がついていた。
なんとも言えない表情でこちらを見つめながら、ただただふわふわと浮き続けている。
「……ははっ、馬鹿馬鹿しい」
そうだ、目的なんてなくたっていい。
私は今こうやって生きているんだから、難しいことは考えずにただただ生を貪ればいい、
あの毛玉だって、そうしているだろう。
目的もなく生まれ、なんともなしに浮き、そうやって生き続け、どこかで朽ち果てる。
生き方なんて、そんなもんでいいだろう。
一人だろうがなんだろうが、そうやって生きていれば、死ぬまでに面白い話の一つや二つ、きっと思いつける。
そうやって考え込むより、もっと楽観的に生きた方が、楽だ。
名を呼んでくれるものもいない。
「……お前が急に喋り出したりしたら、面白いのにな」
どこかへと渡って行く毛玉をながめながら、そう呟いた声は、血の匂いの充満する暗闇の中へと消えていった。
何もない日々。
ただただ妖怪を追いかけ回して、その首を刎ねるだけの日々。
それが私という存在の生き方。
あれから百足野郎のような厄介な思想を持っている妖怪は現れることは無かった。まああの時に集まっていた妖怪もほぼ殲滅したんだ、そう何度も現れてもらっては困るが。
「おい知ってるか?里の外れに妖怪が住んでるんだって」
「お前知らなかったのか?随分前からだぞ。それも半人半妖なんだと」
「妖怪は妖怪だろう?」
「まあな」
特に目的もなく道を歩く。
同じ場所にいるはずなのに、井戸端で話している声や、子供たちの騒ぎ声、噂話……
それら全てが、私とは別の世界のことかのように、何かに隔たれた場所に存在していて、私のいるところに届いてくることはない。
「気味が悪いしどっかいってくんねえかなあ」
「何もしてないから陰陽師も手を出さねえんだとよ」
あの刀工の男も隠居した。
この人で騒がしい道を歩いていたって何かが起こるわけじゃない。
これだけ声に溢れていても、それが私に向けられているとすれば、それは嫌悪や恐れの声。
そんなものは、もう期待していない。
「なあ、湖のあたりに毬藻の妖怪がいるらしいんだけど…」
「それがどうした?ってか、毬藻?」
「なんでも頭がもじゃもじゃなんだと、もじゃもじゃの白い毬藻」
大百足が消えた後も、妖怪の動きの活発化は止まらない。
抑止力である博麗の巫女がいない、それも当然だ。
漠然と、このまま行けば妖怪と人間の大きな争いになるのではないかという予感が頭の中に浮かんだ。
私じゃまだ、抑止力になれちゃいない。
「で、その頭がもじゃもじゃがどうした?」
「なんでも妖怪に襲われた人間を助けてるんだってさ」
「はぁ〜?」
足が止まった。
「どこのほら吹きが流した話だそりゃ」
「知り合いもそいつに助けられたって言ってたんだ」
「そいつはお前……頭がいっちまったんだよ」
人を助ける妖怪。
そんな道理に反することをしてる奴がいるのか。
「な、信じらんねえだろ?でも本当らしいんだよ」
「馬鹿言えそんなのいるかよ、そもそも毬藻って時点で本当にいるか怪しいわ」
「だよなぁ……」
そうだ、そんなのはいるわけがない。
私が出会った妖怪はどいつもこいつも人間を襲うことしか頭になくて、そうでなかったとしても人間と関わろうなんて思っちゃいなかった。
もしそんな奴がいたとしたら、そいつは相当頭のおかしくて……馬鹿なんだろうな。
そのうち会ったなら、妙なことやり出さないうちに斬り殺してやろう
今までも、そうして来たのだから