「うげぇ」
その白いもじゃもじゃ頭が視界に入って第一声、そう言ってしまった。
「うげぇ、って何だよ」
「うげぇ、って事だよ」
「どういう意味だよ」
「そういう意味だよ」
「失礼とは思わんのかお前」
「思わない」
適当な店に座って適当に注文する。
「……で、俺に何の用だ?暇つぶしなら他をあたれよ」
「何、柊木さん暇じゃなかったの?」
「暇だが、迷惑だ」
「ひっでぇや」
てか、暇つぶしするなら真っ先に一番暇そうなるりのところ行くっての。いや働いてるけど、いるとこ大体いつも同じだし。
「わざわざ俺んとこにくるってことは、文には言いにくいこと言いにきたってことだろ?」
「おっ察しがいいねぇ、そゆこと」
文…めちゃくちゃ心配してくれるからなぁ。
嬉しいけど、それはそれで……話しにくい。
「まあ、そんなに重苦しい話じゃないから安心してよ」
「で、なんだよ」
「うん、親しい人を亡くしたことあるかなって」
「………重くね?」
「ちょっと重かったかも」
「ちょっと……?」
運ばれてきたものを適当に口に放り込んで柊木さんの反応を待つ。
「……まずなんでそんなこと聞いてきたのか教えてくれ」
「んー?んー……いやまあ、もしそういう経験あるなら、どうやって折り合いつけてんのかなって」
ただでさえいつも真顔なその顔がより一層神妙になる。
「………あまり詮索はしない主義だが、何があったのかはよーく分かった」
「察しがいいようで」
「今もそれで悩んでんのか?」
「今は…悩んでるのはそうなんだけどさ、他にも色々絡み合って……」
そこで言葉が詰まった。
「言わなくていい。変に知って気がかりになる方が迷惑だ」
「冷めてんねぇ」
「要するにあれだろ、自分以外の奴がどうやって気持ちに整理つけてんのか知りたいって話だろ」
「まあ…そうなる」
分かってるんだ、大事なのはそこじゃないって。
目を向けるべきは、別の場所にあるって。
それでも求めてしまうから……縋ってしまうから。
「先に言っとくが……ってか、お前のことだから分かってると思うが」
「あい」
「他人のそういうのっておよそアテにならないもんって考えた方がいい。いくら見知ってる相手とは言え、他人は他人だ。自分は自分しかいない」
「……そうだね、分かってるよ」
「ならいい」
人のはアテにならない、か。
そうだな……私ほど拗らせてる奴、なかなかいないだろうしな。
「で、なんだ。そういう経験があるのかって話だったな」
「うん」
「ある」
「はぁ、そうだったの。私てっきり椛と文くらいしかいないもんだと……」
「今はな」
机の上に置かれた料理をつまみながら話を続けていく柊木さん。
「最初、俺は自分の名前もわからないくらい記憶を失ってたのは知ってるか?」
「……そーいやそんなこと言ってたな 」
「で、そんな何もなかった俺に名前をつけた奴のことだ」
「……足臭って?」
「それは椛」
それは一体いつの話なのだろうか。そんなことあれば私の耳にも入ってくると思うんだけど……
私が生まれる前か……アリスさんのとこにいた数十年間?
「まあお前は知らないだろうさ。あの時確かお前どっか行ってたからな」
「あ、やっぱり?」
「……にしても、あいつのことしっかりと思い出すの久しぶりだな。名前なんだっけ………」
「………名前覚えてないのに親しい相手なの?」
「一応」
「えぇ…」
まあ、でもそうか。
名前を忘れるくらい、どうだっていいことになってるんだ。
過去の記憶に縛られていないというのなら、それはそれで羨ましくはある。
「……まあ、名前なんてどうだっていいか」
「おい」
「そいつとはまあ……仲違いみたいなもんだよ」
「……喧嘩?」
「なんか反逆とかやりだしたから叩き潰して処刑された」
「………」
「まあそんな馬鹿な奴だったってことだ。どちらにせよそのうち死んでたな、ありゃ」
ドライ……
そうも簡単に決別できるものなのだろうか。名付け親なら、私にとっての大ちゃんのようなものだろうに。
「……で、落ち込んだ?」
「多少は」
「想像つかないけどなぁ」
「まあ時間が解決してくれたってのもあるし、最終的にあいつには呆れ果てたってのもあるし……お前らの方がやかましいからな」
でも、そうか。
敵対したんなら、あっさりとしてるか。
「……お前はそういうわけでもないんだろ?」
「まあね」
私は……
私………
「………」
「…はぁ、そんな顔されると調子狂うんだが」
「…私そんなに酷い顔してた?」
「似合わん」
「…そ」
両手で顔を叩き、強張っている表情筋を手のひらでぐりぐりとしてほぐしておく。
「……で、参考になったか?」
「いや全く」
「だろうな。俺は中々に薄情だが、お前はそうじゃない」
「……薄情なんてことないよ、こうやって話聞いてくれてんじゃん」
「聞かなきゃ付きまとうだろお前」
「失礼な」
30分くらいしか粘着しないし。
「お前は他人に優しいからな。誰かを失ったら、その分引きずるのは当然だろうさ」
「……友達に優しくするのは当然でしょ」
「それで戦争に首突っ込むアホはお前くらいだろうさ」
「褒めてる?」
「七割くらいは」
結構褒めてくれてるやん……
「…ま、私にゃ友達しかいない……し……」
「……なんでこっち見てんだ?」
「そういや柊木さんも家族とかいないよね……」
「そりゃ…そうだが」
………存外、私と境遇って似てるのかも。
家族がいなくて、友達しかいなくて、記憶がなくって……
でも同族はたくさんいるもんなぁ。
「この妖怪の山で家族なんて括りは大して意味をなさないし……俺はその記憶も、家族がどういうものかっていう知識もない」
「ぁ………」
「だから、お前が友人しかいないってんなら、俺も同じだよ」
お前より少ないがな、と付け加えた柊木さん。
同じじゃないよ。
あなたの方が余計なしがらみを持ってないじゃないか。
私は知っているから、覚えてしまっているから。
自分が誰かもわからないって言うのに、家族の温かみを。
存在している安心感を。
知らないから不必要なのと、知っていても手に入らないのとじゃ、全然違うんだよ。
「そっかぁ……そういうことかぁ……」
「…何が?」
「いやあ、自分を改めて見つめ直せたというかなんというか」
「……?」
知らないから楽なんだ。
知っているから辛いんだ。
たったそれだけの違いで、考え方もかわってくる。
いや…妖怪なんて家族みたいなのがいる方が珍しいんだろう。
つまるところ。
私がこの世界においておかしい、それだけのことだ。
実に今更である。
「まあ、お前が自分の気持ちにどう整理つけるかは俺の知ったことじゃないし、お前のことだから誰もそういうとこで頼ろうとすることはないんだろうが」
「………」
「お前が言い出せば、二つ返事で動いてくれる。そういう奴らがお前にはいるってこと、忘れんなよ」
「……当たり前でしょ」
知ってるよ、そんなこと。
「柊木さんはなんか悩みとかないの?」
「俺?」
「足臭さん」
「いや別に名前じゃねーよつか足臭くねえよ」
悩み聞いてもらったんだから悩み聞かないと……
「俺は別に……変わり映えのない日々送ってるからなぁ」
「かーっ、つまらん男やんね」
「お前が波瀾万丈すぎるんじゃねえか」
否定はしない。
「でも妖怪の山で生活が完結してる柊木さんに言われたくないなあ」
「この山の妖怪なんてそんなもんだぞ」
「んなこたないでしょ」
「お前なあ…この量の妖怪が好き勝手あちこちに散らばって、何も起こらないって思いながら今まで生きてきたのか?」
「………」
確かに。
言われてみりゃそれはそうである。
実際、幻想郷は色んな勢力が幻想郷を維持しようと努めているから成り立っているところがあるし……私が知らないだけでもっとヤバそうな人たちいるしね。
例えばそう……仙人とか。
「でもそうだな……悩みなら無くはない」
「足臭のことなら言わんくていいよ」
「じゃあ無いわ」
「悩みのない人生で羨ましいねっ!」
あ、ため息つかれた。
「お前らほんっ……とに飽きないよな、それ」
「いや、もう面白いとかそんなん関係なしにそういう習慣というか、そうして当然みたいな域に入ってるから」
「塵みたいな習慣だな」
「でも、つまらん柊木という男に、足臭というあだ名が存在していることによって他人の取り入る隙ができるわけであってだね」
「塵みたいな隙だな」
もう何言っても塵って言ってきそう。
「まずはその目つき直したら?」
「しょうがねえだろそういう顔なんだから」
「死んだ魚の目してるくせに」
「お前だって似たようなもんだろ」
「あ、そう?そんなに死んでる?」
「腐ってる魚の目」
「臭いのはあんたの足だろうが」
「腐ってんのは脳みそだったか」
失敬な、小さいだけだわ。
「……なんか前もこんな感じで食べながら話したことなかった?」
「そうか?覚えてないが」
「てか、私ここに居てもあんまり気づかれないね」
割と周りには人いるのに。
「まあお前遠目から見たら白狼天狗と変わらないしな」
「ちょっと癖っ毛の強い?」
「癖強すぎて耳に見える」
そうだったのか……
「……気を遣ってくれないからこっちも色々楽だわ」
何気ないやりとりが弾むのが楽しく思える。
「気を遣ってくれる相手を大事にした方がいいぞ」
「おっしゃる通りで」
ちょうどいい距離感。
このくらいの、近いようで離れている方が、やっぱり気が楽だ。
そう思ってしまう私は、救いようのないくらい面倒なんだろうな。
「あ、そだ」
「まだ何か?」
「いや、ちょっと椛に渡しておいて欲しいんだけど」
すっかり忘れていたそれを懐から取り出す。
「いやあの、最近その……手合わせ大好きな知り合いができてさ」
「………」
「椛紹介するって言っちゃったから、一応訪ねてくるかもしれないってことだけ伝えておいて欲しいんだけど」
「それで手紙か?」
「まあ、はい」
勝手に約束してしまって申し訳ないという旨の内容をつらつらと……あと妖夢の大雑把な特徴とか……
「お前……手紙とか書けたんだな」
「蹴るぞ」
まあ手紙なんて人伝いに渡すもんだし、基本直接会いに行く私は書くことないってのもそりゃそうなんだけどさ。
「分かったよ、会った時に渡しとく」
「ありがと。……まあこれ以上拘束するのも悪いし、私そろそろ帰るわ」
「そうか」
手持ちから適当にお金を出して席を立つ。
「それじゃ」
「辛気臭い顔はもうやめにしとけよ」
「………善処する」
「辛気臭い顔だってさ」
帰り道。
誰もいないところに向かってそう呟く。
「なんか前も言われた気するよ、そんな顔似合わないって」
そもそも辛気臭い顔が似合うやつってなんだよ。
「……私ってそんなに顔に出てるかな」
『さあ?』
「私でしょ、分かれよそのくらい」
『そのまま返すよ』
確かに。
『私と会話したって何も生まれないよ』
「自分を見つめ直すには丁度いいだろ」
『君がそうしたいなら付き合うけどね』
にしても……
何でどいつもこいつも、隠しても気づいてくるのやら。
『それだけ君…というか、私たちのことを見てるってことでしょ』
そうだよなぁ……
付き合い長けりゃ、私の機微も見通されるか。
「ってか、いつまでもズルズル引きずってるからいけないんだろうな」
『仕方ないさ、何も解決しちゃいないんだから』
そう、何も解決しちゃいない。
『あの人が死んで終わりだったあの時とは違って』
「今回はあいつがいる」
向き合うべき相手から逃げ続けている。
『逃げるしかないから逃げている』
「それを言い訳にしているだけのヘタレ」
『それが分かっていてもどうしようもない』
「何もできない」
『怖いから』
「辛いから」
そんな自分が嫌いで仕方がない。
「……お前、私の記憶をコントロールしてるんだったよな」
『うん』
「私から前世の記憶を……跡形もなく消し去ることってできるか」
そこで会話が止まり、乾いた土を踏む音だけが鼓膜に届く。
もとより鼓膜ではなく頭の中から響く声だが。
『できるね』
「……そっか」
『でも君はしない』
それは逃げだから。
『それは今までの自分を否定することになるから』
「今の私を好いてくれているみんなを裏切ることになるから」
『それを私が許すわけないもんね」
「……そうだな」
……ほんとだ。
自分と話してても何にも生まれないや。
全部私が思ってることだから。
「…はーあ!自分と話して損した!」
『私はただ少しだけ俯瞰しているだけだからね』
「つっかえねー二重人格ですこと」
『二重人格だったならもっと会話に意義が生まれてるさ』
「……そっか」
どろどろとしたしがらみは、私から離れることはない。
解き放たれることない軛は、私を縛り続ける。
私を世界から浮かせるその記憶は、手放すことはできない。
手に入らないものを想って、勝手に苦しむ。
「……さて、そろそろ取り繕う準備しないとな」
『そんなことなるくらいなら考えなきゃいいのにね』
「仕方ないだろ、忘れる方が私は辛い」
「おかえり」
「……ただいま」
……なんか変だぞほころん。
「なんか隠してる?」
「は?え?何が?」
「慌て方おかしいやん、なんか隠してるよな」
「いや?別に?何も?」
「…後ろに何持ってんの?」
「………」
恐る恐る、手に持っていたものを前に出した。
「皿…割ったから…」
「……接着剤でくっつけようとしたの?」
「………うん」
「……ぶふっ」
思わず吹き出してしまった。
「……あ、慌ててなんとかしようと」
「おまっ、おま接着剤ておま、そ、そんなんで直るわけないだろっ、てか隠そうとした理由しょうもねっ、イヒッ、ヒヒヒッ」
「笑いすぎだろどつくぞ」
「いやっ、ちょっ、ごめっフヒヒ」
あー……
なんか、気が楽になった。
てか私笑い方やばいな。
「そんなに笑わなくたっていいでしょ!結構気に入ってそうな皿だったし……」
「いやあ、にしても接着剤はちょっと…くくっ…」
「このっ——」
「怪我はしてない?」
「……え?」
手に持ったそれを投げつけようとした誇芦の動きが止まる。
「怪我、してないかって」
「……してないよ、皿割っただけだし、妖怪だから」
「あ、そっか」
私の肉体が貧弱すぎるだけで普通の妖怪は怪我しないわ。素の状態だと私ほころんに逆らえないからなぁ。
「でも、怪我ないならよかったよ」
その皿気に入ってたのは事実だけど。
でもあれだなぁ……やっぱり元はイノシシだな!私よりデカいけど!
「……え?なに?何こっち見てんの?あ、突進はやめて笑ったの謝るから!」
「……別に」
「……?」