「………はぁ」
誰がこんなことしたのやら。
神社への階段の前の道が吹き飛んでしまっている。誰かが妖気の正体を探し始めてから忙しくて、こんなとこまで手も回らないか目も届かなかったけど……
木もへし折れてるし明らかに戦闘の跡、妖力がまだ僅かに残ってるからそう昔じゃないはずだし、力の強い妖怪同士が戦ったのだろう。
道がこんなだと参拝客が来たくても来れないじゃないのよ……
「むぅ……」
妖力の残滓が一番濃い爆心地のような場所に立つ。
これだけ濃ければ、会ったことある妖怪なら誰がやったかくらいは探知できそうなものだけれど。
まあ私が戦う前に、あの萃香とかいう鬼と戦った奴は相当数いたみたいだし、その中の誰かなのは間違いないだろう。
実際あの鬼の出していた妖気と同じものが強く感じられる。
それともう一つ別の、とても強い妖力。
これは……あの毛玉?
「なんで…?でも……」
間違いない、あの白珠毛糸とかいう妖怪だ。
春雪異変の時に会ったっきりだったけれど……なんでここで萃香と戦っていたのだろうか。宴会にも来ていなかっただろうに、なんで……
「…?」
何か見つけた。
爆心地のように空いた穴の中に、小さな木の装飾のようなもの。
爆発に巻き込まれたのだろうけど、それにしては割と綺麗な状態だ。拾い上げつつ、土を払って確かめる。
「これって———」
持っている、これも同じものを。
木彫りの花びら。
昔、人里の祭りで、先代と魔理沙と三人で行って買ったはずのもの。
そうだ、なぜか三つしかなかったんだ、四つ揃って完成するものなのに、何故か先代と魔理沙のものを合わせても三つしかなかった。
てっきりそういうものなんだと、今まで思い込んでいた。一つ足りないのは明らかなのに。
なら、残った一つを持っていたのは……ここからする妖力からして、あの毛玉、ということになる。
でも、おかしいだろう。
確かに私の記憶では、あの時の祭りであの場にいたのは3人で……
「…三人?」
何かがおかしい。
何かが消されている、何かが歪められている。
今まで気づかなかった違和感が、その木彫りの花びら一つで一気に浮き彫りにされて行く。
果たして今の私の記憶は信じられるのだろうか。
手に持ったこの花びらと、記憶の矛盾と違和感を前にして。
まだ、自分の記憶は正しいと言い切れるのだろうか。
「私は…一体……」
「やっっっっっ………っっっ…〜〜べぇ〜〜」
あの花びら無くしたァ〜……色々あったけど思い出の品だったのに…
てかどこだ?どこで無くした?そんな無くなるような場所に入れてなかったんだけど、たまにポケットに入れたまま洗いそうになるけど。
うーん……うーん……
「あ」
あの時か〜…
萃香さんと拳がゴッツンして右半身が吹っ飛んだ時ねぇ〜はいはい、そういや右側のどっかに入れてたよねぇうんうん。
うん……
「ぜってぇ消し飛んだわふぁっっっっくぅ!!!!」
まぢむりリスカしよ……
「ぐああああああああ病む病む無理無理現実直視できない泣けるぅぅうううっうっうぅぅう」
「うっさい!!!」
「ヴェァァァァァアヴァあああああっあっ辛いよおおおおお」
「え…なに…こわ……」
引けよ!好きなだけ引けよ!ドン引きしろよ!
「うぅ……つら……」
「えっと…どうしたの?」
「ほころんにゃわかんねえよお!!」
「うっわぁめんどくさ」
あー……つら。
「………あ、お昼何食べたい?」
「振れ幅怖いって」
「いやもうなんか、切り替えていこうかなって」
「切り替えすぎだよ怖いよ」
消し飛んだもんはしゃーないし………萃香さん絶対許さねえからな!!今度あったら……今度あったら……
ツノに塗料ぶちまけたんねん。
「……叫んでるうちは大丈夫か」
「お前には発狂状態が私の平常のように見えているのか?」
「どちらかといえば、まあ」
「うへえ悲し」
まあ、そうか。
こっちの方が心配かけないのか、ふぅん……
ならなおさら気に病んでちゃいられないか。
「夏だしそうめんしよっか」
「流しそうめんは?」
「えーあれめんどいし……チルノとかも呼ぶ?」
「多い方が楽しいでしょ」
「そりゃそうだが………やるぅ?」
「手伝うよ」
「なら……やるかぁ」
あれ?準備してたら昼の時間すぎるよね?
……まあええか、明日やればいいし。
「紫」
……出て来ない。
今は夏だ、冬眠してる、なんて言い訳はできない。
ならなんで出て来ないのか、間違いなく私に隠し事があって、私がそれに気づこうとしているから。
間違いない、私の記憶に何かしたのは紫だ。
先代が死ぬまでの私の記憶を弄って、何かをしたのは間違いない。
そして、それにはあの毛玉の妖怪が関わっている。
思えばあの妖怪は私を避けていたように見えた。
妖怪なのだから、博麗の巫女を避けるのは当然と言えるかもしれないけれど……
春雪異変の時に見せたあの妖力、あれだけの力を持っているなら私を恐れるのはちょっと不自然だ。
「……掴めない」
違和感を見つけたと思っても、それが頭の中からすり抜けていく。
一度見失ってしまうと、もう見つからない。
思い起こせば起こすほど、違和感は溢れてくるのに。
何か術にかかっているかのように、全て手からこぼれ落ちていく。
なら、会いに行けばいい。
紫に聞かなくたって、あの毛玉か………そうだ、魔理沙だって何か知っているに違いない。
だというのに、それをしないのは………
「なんでかなぁ…」
魔理沙が隠してる、というのにどうも引っかかる。
あいつの性格はよく分かってる、隠し事とかそう得意じゃ無いはずだ。それなのに、彼女は昔からずっと私の記憶について隠し通してきた。
魔理沙もよくよく思い返せば不自然な言動をしていた気がする。それに気づかなかったのも紫が私に何かしたせいか。
きっと、隠さざるを得なかったんだろう。
私に気づいて欲しくないから……
だから多分、私が聞いたってはぐらかされるか、逃げられるだろうし。
それはきっと、あの毛玉も同じだろう。
確証はないけど、確信はできる。
結局、自分で答えを見つけるしかないってわけね……
でも不可解なことがある。
わざわざ記憶を消すのなら、紫ならもっと完璧に消せるはず。
私が今こうして違和感を抱いている時点で、紫にはその気はなかった、ということになる。
それになんの意図があるのか……
きっと考えても無駄ね。
それが分かる時は、記憶が戻る時だろうから。
「……昼は何食べようかしら」
人里でそうめんを買い込んで、麺つゆも買い込んで、なんかもう色々買い込んで……
竹売ってるとこは見当たらなかったので、仕方なく迷いの竹林にまでやってきた。
そうめんって昔はなかった気がするけど……あれか、幻想入りしたって人が流行らせたんかな?
知らんけど多分そんなんやろ、幻想郷だしそのくらいしててもおかしくない、知らんけど。
「………居ないな」
妹紅さんに貰っていいか聞こうかと思ったんだけど……見つからない。
人里にいるのかな?でも今から戻るのもなあ……
「仕方ないか」
勝手に貰っちゃおう、こんなに生えてんだから数本くらいバレへんて。
程よい竹を見繕い、その目の前に立つ。
うん、馬鹿高い。
根っこから取るわけにもいかんよなぁ……スパッと行った方がいいよな、スパッと。
腰を落とし、黒い刀に手を置く。
「………あれ」
もう一度腰を落とし、凛に手を置く。
「…………調子悪いのかな」
軽くストレッチをしてから、もう一度深く腰を落とし、目を閉じて集中して、凛の柄を握った。
「…………う!ご!け!や!!!」
いつもすんなり動いてくれるじゃん!あれか!?つまらぬものは斬りたくないとかそんなんか?ほなしゃーないなあ!!
「まさか断られるとは思わんよ……」
えーとノコギリノコギリ……
手元で氷の包丁みたいなのを作って、その刃先を尖らせていく。
繊細な霊力操作が要求され、私でも慣れてないのを作るにはそこそこ時間がかかる。
夏の日差しに当てられ、額から汗が溢れ落ちるのと同時にようやく完成した。
「よーしこれで………」
……溶けてる。
トゲトゲしてるとこ、溶けてる。
「………ははっ」
一人で何やってんだろ、私。
「ウヴァアア!!!ふんぬぅっ!!」
蹴ってへし折ったった。
ムカついたのでもう4本くらい追加でへし折って氷漬けにして浮かして持って帰った。
結構虚しかった。
「……箸、四膳」
木彫りの花びらのほかに、神社の中のもので何か違和感のあるものがないか探していると、それに目が止まった。
箸が四膳。
別におかしいことはない。
予備のために置いてあれば、人数分より多くあるのもおかしくはないだろう。実際そう思って、私も今まで暮らしてきた。
「……先代、私、魔理沙」
一人分、余る。
魔理沙を数に入れるのがおかしいのかもしれないけど、確かにここで一緒に食事したことはある。
何もおかしくないはずなのに。
何かが引っ掛かる。
「さて、今からこの竹を切っていくわけだが」
「めんどく——」
「言わせねえよ?」
「………」
誇芦の頭をガッて掴んで口を閉じさせる。
「お前が最初にやりたいって言い出したんだからな?手伝うって言ったんだからな?手伝えよ?な?」
「……わかった」
やれやれ。
何気に身長差あるから飛ばないと頭掴まないんだよ、なんか負けた気分になる。
「とりあえずここに私が河童から借りた工具がある」
「はぁ…」
「作り方は聞いてきたから一緒にやろう」
「はぁ………」
めっちゃ面倒くさそう。
「……それなら河童に作って貰えばよかったじゃん」
「………」
「………」
………あ。
「なんでそれを早く言わねえんだよ!!」
「知らんわ」
「うっわぁだっるぅ………一気にやる気無くしたぁ」
「一番面倒くさいのはその性格だったか」
あー……もう昼ごはん別で済ませたしもうやんなくても……いやそうめんと麺つゆ大量に買い込んだわ、やらざるを得ないわ、つら。
「竹も多分これ無駄に多いし……」
「文句言ったってしょうがない、やるしかないでしょ」
「ほころん……言い出したのお前だから全部お前がやれ」
あ、やめ、突進はやめて、やるから、私もちゃんとやるから。
「とりあえず半分切れたはいいけど……ここからどうするの?」
「節の部分を取って、その部分をさらに細かく削って、ヤスリで擦って、それから……」
「………やめていい?」
「ダメだが?」
「じゃあちょっと待ってて」
「?お、おう」
そう言ってどこかへ行ってしまった誇芦。
……流石に逃げたわけではないと信じたい。
「これ全部使ったらアホみたいな大きさになるよなぁ……」
まあデカけりゃデカいほど楽しいと思うけど、デカけりゃデカいほど作るの面倒だもんなぁ。
人数との兼ね合いもあるし……
そうやって思案していると誇芦が戻ってきた。
ガキンチョを引き連れて。
「あたいの力が必要と聞いて!」
「えっと…付き添いで?」
「そーなのかー」
「……ほころん?」
「え?人手は多い方がいいでしょ?」
いやまあそれは、そう、だけども……
「……みんなでやるかぁ」
元からこいつらも呼んで大人数でやるつもりだったし……ちょうどいいか。
そこからはまあ……言うまでもないと思うけど、混沌だった。
ルーミアが竹を食った時は流石の私も叫んだ。
とりあえずお菓子でチルノとルーミアを釣って、大ちゃんに面倒見てもらって…
私と誇芦で構想して、組み立てて……
ってしてたら日が暮れた。
晩御飯をついででチルノたちと一緒に済ませ、そのまま帰らせ、ほころんと寝る支度をして、相変わらず寝付けないので一人で作業の続きを真夜中にして。
たまに黄昏て。
やってきたルーミアさんと適当に会話して。
作業の続きをしてたら、朝になっていた。
それでまあ、完成したのでみんなを集めて念願の流しそうめんを始めようとしたわけだが。
「なーんか呼んでないやつめっちゃいるなぁ……」
天狗三人河童二人……
「あ、毛糸さんこんにちは」
「文、お前は帰れ」
「私だけいきなり扱いが酷くないですか?」
なんでいきなり大所帯で押しかけてくるんですか?
「じゃあなんで来たのか言ってみろよ」
「タダでそうめんが食べられると聞いて」
「同じく」
「暇だったから」
「るりに日光を浴びせるため」
「光合成するため……」
フッ……帰れよお前ら。
その後はまあ……
やたらと高低差が激しくなった流しそうめんを、延々と私が流し続けた。
だって全員やってくれそうになかったんだもん、箸持ってせっせとスタンバイし始めたんだもん、世間話してるんだもん。
いい年した妖怪が流しそうめんくらいではしゃぐなよな!!
って思ってたら途中で空気読んだのか、山の奴らが持参したおつまみで酒盛りを始めた。
ほんとに何しに来たんだよお前ら。
「私結局一口も食べずに終わったんだが?」
「そういう日もありますよ」
「鳥肉食べたい気分なんだよね」
「おっと寒気が……」
食後の運動に弾幕ごっこを始めたチルノたちをよそに、酒飲んでる迷惑集団の方に入る。
「でも楽しそうだったじゃないですか。春にやった花見のときはなんだか落ち着きなさそうだったのに」
「まあ……そうかもね」
こうやって純粋に楽しめたのは、確かに久しぶりかもしれない。
それほどまでにここ数年は……
「無理してませんか」
「……してるよ」
素直に答えた。
少し呆気に取られたような表情をしたあと、酒を喉に流し込んで話を続ける文。
「いつになく正直じゃないですか、何か心変わりでも?」
「心変わりねぇ……」
私自身に何かあったわけじゃない。
「予感がするんだ」
「予感?」
「もう、すぐそこまで迫ってる」
多分、霊夢が気づき始めてる。
何故かはわからないけど、そんな気がする、
「今までのツケを全部払う時が、そこまで」
「………」
「その時、私がどうなってるかわからない」
運命でも見えりゃ、もっと安心できるんだろうが。
「だからまあ……やり残したこと…というか、悔いのないよう……というか………」
なんか死期を悟ったみたいな口ぶりになってしまう。
自分を自分で誤魔化してたけど、どうやら相当に不安らしい。
「上手く言えないけど、心構えとか、覚悟とか……今はそういうの決めようとしてるところ」
「……ケジメってとこですか」
「まあ、ね」
ぼんやりと、空を見上げる。
「酒で酔えたなら、そんな悩み忘れられるのに」
「それは逃避と変わんないよ。私はもう散々逃げた」
「……そうですか」
また、心配させてしまっているだろうか。
でも、これも紛れなく私の本心だから。
「色々ありましたね」
「んー?」
「初めて会った時はどんなふうでしたっけ」
「あー……一時的に妖怪の山の戦力に組み込みたいから…とかだったかな」
「……一時的、ですか」
「うん、全然一時的じゃないね」
その後、今までのことを二人で振り返り始めた。
妖怪の山で戦って、この場所を離れて、魔法の森に長い間いて。
帰ってきたら変な妖怪に絡まれて、そこから長い平穏が続いて……
幻想郷が結界で閉じられて、その時のいざこざに自分から乗り込んで。
左腕動かなくなって、吸血鬼がやってきて……
本当に、色々あった。
「でも私たちはここにいる」
「………」
「毛糸さんも、ここにいる」
優しく、こっちを見て微笑みかけてくる文。
「これだけ色んなことがあって、それでも私たちはここにいます」
誰かが欠けてしまっていてもおかしくなかった。
「だからきっと大丈夫ですよ、今度も」
「……根拠はあんの?」
「生憎、私は持ち合わせてません」
そりゃそうか。
「でも、毛糸さんなら何があったとしても、無理してでも私たちの前では笑ってくれるって、信じてますから」
「………」
そうか
励まされてんのか、私
「……だといいね」
「きっと、そうなりますよ」
私は笑えるだろうか。
彼女らの期待に添えるだろうか。
前を、向けるだろうか。