「大丈夫ですか?」
「……えぇ」
とっくに槍に刺し貫かれた傷が塞がった永琳さんがそう答える。
「平気そうだけど通してくれるのかしら」
「そうね、負けたもの」
「あのな、お前な、体貫通するのはやりすぎな?」
「失礼ね、あんたじゃないんだから手の抜き方くらい心得てるわよ。やる必要性を感じなかっただけで」
そりゃまあ、あれだけ本気でやってりゃ手加減なんてできないだろうけども……相手が普通の妖怪とか人間なら致命傷だったよなあれ。
「はぁ……早く行きなさい、まだ異変は解決していないわ」
「は、はぁ……それじゃ失礼して…」
永琳さんにそう急かされ、レミリアと一緒に通路を飛んでいく。
「でもやっぱり流石だな、普通に氷の槍ぶん投げてくれるとは」
「私を誰だと思ってるの、当然でしょ。まあ確かに槍の生成には少し手間だったけど……おかげで良い感じに硬いのができたわ」
やっぱり結局は質量が物を言うんだなあ……
「ってか、結局私に何の用だったの?何かあるんでしょ?」
「…そうね」
わざわざ二人きりの誰もいない状況を作ったっていうことは……何の話だ?
しばらく言葉を選ぶようなそぶりを見せた後、飛びながら言葉を待っていた私を一瞥して、レミリアが口を開いた。
「道って、どこまで続いていると思う?」
「…道?」
想定していなかったわけじゃないけれど、その曖昧な問いに思わず聞き返してしまう。
「私たちは色んな選択をして、今ここに立っているわ。いくつもある分かれ道のどれか一つを私たちは選んで、今の結果がある」
「……それで?」
「私たちの道の果てって、いつ来ると思う?」
質問が曖昧すぎるが……ちょっとだけ表情をのぞいてみても、その顔は真剣そのものだった。
「…そりゃ、死ぬ時とかじゃないの」
「そう……あなたはそう思ってるのね」
「……え、なになに怖いんだけど、意味教えてよ」
……無視すんなよ。
人生を道と表現するなら、確かに分かれ道という選択をしたその先端に私たちは立っていることになる。
その果ての見えない道の果てを、何だと思うとか聞かれても……
「あなたの運命を視たわ」
「へぇ」
「反応薄いのね」
「何?恥ずかしがればいいの?」
「………」
「………」
やれやれ、また悪癖が出てしまったようだ。
「…んで、何を見たって?」
「その果てよ」
「…果て」
………
「あ、もしかして私死ぬ?」
「さあね」
「さあね…って、お前あんな前振りしたら確実に私死ぬやんけどうしてくれんねんおい、何とか言えよおいおいおいおい」
「うっさい!」
いやだってお前があんな会話させるから……
「私に視えたのは、あんたが色んな分かれ道を進んだ先の果て。途絶えた道を眺めて立ち尽くす姿」
「………それはどういう…」
「さあね」
「いやさあねじゃなくてさあ……」
「その意味の答えを私は持ち合わせていない」
……そりゃ、そうだろうが。
「でも、それが何らかの終わりを示していることは事実。そしてそれは、決して遠くない未来…というよりは、もうすぐそこまで来てると言える」
「………」
「正直あんたが死ぬようなとこは思いつかないし」
「そういうこと言うから死ぬんだよなぁ…」
「これをどう捉えるかはあなた次第よ」
……選択の果て、立ち尽くす私、ねぇ。
思い当たる節は、あるけども。
すぐそこまで来てるって言うのもなあ……それなんだろうなあ……
「運命なんてものは、得てして不安定なものよ。私たちが今に生きている以上、確定した事象なんてものは存在しないし、私たちは今この瞬間にも選択を重ねている」
「……それで、わざわざ運命を見て、私にそれを伝えた理由は?気まぐれとか言ってくれるなよ」
「理由、ねぇ…」
これを私に伝えてレミリアはどうしたいのだろうか、私にどうして欲しいのだろうか。
まあ本当に気まぐれでとか、面白そうだったからとか言われたらそれはそれで受け入れるけども。
「最善を選んで欲しいから、かしら」
「………」
「……何よ」
「いや別に…」
最善かぁ。
「たくさん後悔してきたんでしょう?」
「…たくさんかは分からないけど、そうだね」
後悔なんて、時に任せて誤魔化したことはあれど、晴らせたことは一度たりともない。
「今自分が佳境に立ってることは分かってるはず。なら、最善の道を選択して欲しいって、そう思っただけよ」
「……今までもずっと、選んできたつもりだよ」
それでも後悔は付き纏う。
間違った選択をした時だってある。
「でしょうね。でも、あなたの後悔して、悩んでる姿を見たい奴なんて誰もいないでしょう」
「………」
「ましてや誰にも相談しない、全部孤独に抱え込んでどうにかしてしまうあなたの姿なんて、ね」
……いつの間にかそんなに見透かされたのだろうか。
「後悔のない選択…なんて、そんな都合のいいものにそうそうお目にかかれないのは私もよく知ってる。でもそれは、私たちが最善を求めない理由にはならない、違うかしら?」
「……いや、何も違わないよ」
後悔を晴らすことすらできないのなら、後悔しない道を選ぶしかない。
「私がこのことをあんたに伝えたのは、それが理由。私の視た運命をどう捉えるかは自分次第、それを踏まえてどうするのかも、自分次第。せいぜいフランを悲しませないような選択をしなさい」
「……そうだね」
私を悲しんでくれる人、嬉しいことにたくさんいるからなあ。
「なら、出来る限りその最善の道を探してみるよ。……選べる権利が私にあるのかは分からないけどね」
少なくともあの時の選択は間違っていた。
それだけは、わかる。
「……なら、自分の日頃の行いでも信じてなさい」
「…そうする」
「……あれ妹紅さんか?」
「あれも知り合い?あんた顔見知り多いのね」
「まあ、ね」
なんか妹紅さんと霊夢とか魔理沙たちと……黒い長髪のやんごとなさそうな人が入り乱れてすごい乱戦の弾幕ごっこになってる。
……まともに弾幕勝負できない私ってどういう……
「あんたは?行かないの?」
「疲れたしちょっと……ってか避けるの苦手だし」
「そ、じゃ私は行くから」
「今日は話がある人多いなあ。あ、夜が長いからですかね、紫さん」
「………」
「あー………はは」
あの弾幕の中に紫さんが見当たらなかったので不思議に思っていたら、見られてる気配がしたのでそう言ってみると、何も言わずに紫さんがヌルッと出てきた。
「えーとその……何の用で?」
「……伝えることがある」
「はあ」
……そんなずっと神妙な顔されたらこっちもやりづらいんですけど!
「私はこの異変が終わった後、霊夢の記憶を完全に元に戻すわ。そういう約束だから」
「…そうですか」
「だから、あなたには……」
「心の準備なら随分前からしてきてますよ。…十分かどうかは分からないけど」
「…そう」
今ようやく、その時が来ることが確定したってわけだ。
「あなたは、どうするつもり」
「どうって……」
質問されながら、目が痛くなるほど光り輝いている弾幕勝負の風景を視界に収める。
「まあ、後悔のないようにはしたいと思ってます。今度こそ」
「……そう」
「どうなるかは、あいつ次第ですけどね」
そうか。
あれっきり私とは関わらなかったけど、この人も私のこと心配してくれてたのか。
……いや。
……心配というより、私が不安なのか?
「…どうかしました?」
何も言わずに黙り込んでしまった紫さん。
……まあ、どうかしたというか、明らかに私のことで悩んでるんだが……
「…私は、あなたに謝らなければ…」
「それは霊夢にしてやってください、私はいいんで」
「……そうね、そう言うと思ったわ」
それは私のした選択だから。
紫さんは関係ない。
「……聞いてみればいい、か」
「ん?」
「その…はあ。やりにくいわね…」
「ぉ…?」
なんでそんな……悶々としていらっしゃる?
「……何故、あなたは私を恨まないの?」
「ちょっと質問の意図が……」
……あ、これ真面目な質問?
「…恨んだことないってわけじゃないと思いますが。怒ったことはあったような気がするんですけど」
確か…博麗大結界が張られた頃の事変で、りんさんの墓が壊れた時の……もうそんなに前になるか。懐かしい。
「あなたのその怒る、ってどの程度のこと言ってるのかしら」
「うーん……ちょっとムカムカする感じ?」
「はあ……」
何故ため息をつかれる。
……まあ、聞きたいことはわかるが。
「自分への不幸なら許せるからですよ、私が」
「………」
「墓の件は…友達のために作ったのだったんであれですけど」
紫さんが気にしてるのは、私を博麗の巫女のことに巻き込んで、そのまま色々あってこんなややこしい状況になってしまったことだろう。
……それも結局、私が間違ったからなんだけど。
「霊夢が記憶を取り戻せば、必ずあなたに会おうとするわ」
「逃げませんよ、もう」
「…どうするつもり?」
「それはあいつが決めることですよ」
「……そう」
それっきり、会話は止んでしまった。
綺麗な弾幕だ。
見惚れた奴の負けってルールがまともに適用されるのなら、私は本当に弾幕ごっこなんかやってられないと思う。
多分あのかぐや姫っぽい人と妹紅さんがいい笑顔でとんでもない弾幕撒き続けているので、あの二人は本当に楽しんで弾幕ごっこをしているのだろう。
よく見ればレミリアと咲夜は戦線を離脱していた、やっぱり疲れたのだろうか。
霊夢と魔理沙とアリスさんと……妖夢と幽々子さん。
「……眩しいなあ」
儚い光が燦々と煌めいて夜を照らす。
「紫さん」
「……何?」
「今の幻想郷は、あなたの望んだ姿になれてますか」
私がそう聞くと、神妙な面持ちで黙った後、クスリと笑って
「えぇ、手に負えないくらいにね」
そう言った。
「…なら、よかったです」
そうやって二人で、ただただ美しいその輝きを呆けて眺めているうちに。
どうやら決着がついたらしい。
あとから聞いた話によれば、どうやらあの異変は月に住んでる人?たちから逃れるために?月をすり替えたとかなんとか……なんでもあのウサギ耳の子が月から逃げてきたらしく、それを匿うために異変を起こしたのだそう。
でも幻想郷は特殊な結界で覆われているので、そんな心配は全くする必要がなかったとかなんとか。
私にはさっぱりだが。
「はーん……それで?」
ルーミアさんが興味あるのかないのか曖昧な表情でそう返してきた。
「で、その妹紅って人は、楽しそうなことやってるじゃねえかって理由で乗り込んできたらしいよ」
「野蛮な奴もいたもんだな」
「数百年前のあんたにも言ってやりたいよその言葉」
「もっと前でも行けるぞ」
何?長生き自慢?大方封印されてたろうに。
「……で、話はそれで終わらねえんだろ、どうなったんだよ」
「そうだねぇ………」
あれは……どういう表情だったのだろうか。
「まあ、会う約束を取り付けられたよ」
「約束?」
「今回の異変……永夜異変って言うらしい」
結局夜を長引かせてたのは紫さんだったらしいので、その呼び方はあくまで月がすり替えられたことに気づかなかった人間目線での名称、ということになるけれど
「その異変が終わった後の、宴会。……まあ、今日なんだけどさ」
「………」
「その宴会が始まる前に、神社の裏に来い。ってさ」
あの時の霊夢の表情は、多分。
自分でも色んなことの整理がついていなかったんだろうな。
戸惑いとか、焦りとか、他にも色んなものが一気に押し寄せてきて、ぐちゃぐちゃになって。
それをなんとか飲み込んで取り繕ってる様な、そんな顔だった。
「……聞いてきたのそっちでしょ、なんとか言えよ」
「聞いたってお前から返ってくる答えは分かりきってんだよ、必要ない」
「ルーミアさんって、いつそんなに私のこと理解したわけ?」
「お前がずっと独り善がりな考えしてるってことはわかる」
……独り善がりですか。
「あー、独り善がりってのはちょっと違うか。お前の場合、周りの言葉全部聞いて受け止めた上で突っ走ってんだもんな」
「………」
「お前のそういうとこ、嫌いじゃないけどな」
「はぁ」
言ってる意味が分からずに両腕を広げて空を仰ぐ。
「でもまあ、ルーミアさんがいてくれて良かったよ」
「ん?」
「ちょっとくらいは吐き出せてるからさ、気が楽」
「……そうかい」
独り善がり……独善的、か。
「………ぅおっ」
呆けていると、ルーミアさんが背中を思いっきり叩いてきた。
「痛いんだけど……」
「お前の助けになってんなら、あたしがこうやって存在してる甲斐もあるってもんだ」
「はあ…?いてくれるだけでも私にとっては十分だよ」
「だといいけどな」
そういうとルーミアさんは私に背中を見せて歩き出す。
「じゃあな、終わったらまた話聞かせてくれよ」
「……うん、そうする」
あの顔
先代が死ぬ前、最後にあいつが見せた顔
とても痛そうで、辛そうで、悲しそうで
記憶を取り戻す前からチラついていたあの顔が、記憶を取り戻した今、まるで瞼の裏に焼きついているかのように頭から離れない。
「…なんであんな顔を……」
なんでその選択をしたの?
何も分からない
「何も、知らない」