「………ぬぅ」
「………」
「むぅ…ぅん……」
「………」
「ぬぅぅぅん……」
「………」
「なんか言えよめっちゃ唸ってんだぞこっちは」
「めんどくさ」
これ見よがしに悩んでる素振りしてるのにこういう時だけ呆れた目向けないで。
「じゃあなに、刀見つめてうんうん言ってるヤバそうな人の話聞けっての?」
「何を今更、ヤバいのは知ってるだろ」
「それもそうだけどさ」
否定してよほころん。
「………で、何、どうしたの」
「今日ね、大事な用事があるんだけどさ」
「はあ」
「これ持って行くか悩んでるの」
「はあ」
「どう思う?」
「知らない」
えぇ……
「大事なものなんだったら持って行きなよ、いつも肌身離さず持ってるくせに」
「それはそうなんだけどさ」
これを抜くことは絶対にない。
それだけは断言できる。
けれど……
「……あの人ならきっと、付き合ってくれるか」
「………」
そうだよな。
今までずっと一緒にいてくれてたんだもんな。
連れて行かなかったら文句言われそうだ。
「何かあるんでしょ?」
「え?」
改めて腰に刀を差したのを見て誇芦がそう言った。
「見てれば分かる、大事なことなんでしょ?」
「……そうだね」
「なら、待ってる」
「………」
待ってる、ねえ。
「…そっか」
「うん」
「……何してるんだ?」
「ん?」
声がしたと思ったらチルノがいた。
墓にもたれかかって空を見上げている私の視界を埋め尽くさんとばかりに視界に入ってきた。
「日が暮れるまで時間潰してんの」
「こんなとこにいたんですね」
「……大ちゃん」
わざわざ探しにきたのか?何のために?
「どうかした?私に用?」
「用というか……最近ずっと毛糸さん、無理してそうだったので」
「……そう」
よく見てんだなあ……
「チルノちゃんが突然探しに行こうって言い出して、それで」
「ふぅん……で、チルノはなんで?」
「理由なんかないぞ」
「ふぅん……つまりバカと」
「バカはそっちだろ」
「ぉ………」
真面目なトーンで冷静にそう返された。
「あたいにはよく分からないけど、何かあって大変なんだってことは分かる」
「………」
「あたいは親分でお前は子分なのに、毛糸は何も言わないから」
「……ごめん」
謝罪、それしかできない。
「二人には、心配も迷惑もかけたくなかったからさ」
心配はあっちこっちにさせちゃってるけども。
「………」
「………」
「………ふぅ」
会話はない。
けど何故か二人とも私から目を離さない。
辛い、気まずい、なんか言ってくれ。
「……私は、最初に出逢えたのが二人で良かったと思ってるよ」
「随分と懐かしいことを言うんですね」
「なんだ?いつのこと?」
まあお前は覚えてるとは思ってないけどさチルノ。
「二人だったから、今の私がある。もし違ったら、私はここにいなかったかもしれない」
全ての巡り合いに意味がある、そう思いたい。
意味を見出したい。
「ありがとう、私と出逢ってくれて」
「……なんなんですか、急に」
いけないな、つい感傷的になる。
そんな気はさらさらないのに、まるで最期の言葉だ。
「そんな顔で言われてもしかたないぞ」
「……私、そんなに酷い顔してる?」
「ひどくないけど、辛そうに見える」
チルノにそこまで言われるとは……
私もとうとうダメだな、こりゃ。
「だから、もっといい顔で言ってください。私たちも同じ気持ちですから」
「大ちゃん……」
「ううん、私たちだけじゃない。きっとみんな、同じ気持ちだと思いますよ」
……そっか
「…よし、おかげで気力出てきた。そろそろ行ってくるよ」
「気をつけてくださいね」
「気をつけるって……宴会に行くだけだよ」
「ならあたいも連れて行け!」
「チルノちゃん…」
「ははっ……」
足取りは重いが、止まらない。
進まなきゃならない、避けてきた分、拒んできた分。
逃げてきた分。
全部背負わないと、私は———
「あなたも飽きませんね」
「椛…と、柊木さん」
「空ばっか見て楽しいか?」
「物思いに耽ってるだけですよ」
明らかに気持ちは晴れないと言った様子でそう言う文。
「お二人はどうしてここに?」
「お前が最近何度もここに来てるってこいつから聞いてな、暇だから一緒に煽りに行こうかと」
「仲良く暇を潰してて羨ましいですよ全く」
仕事終わりに寄っただけなんだが。
「……毛糸さんのこと、ですよね」
「あやや、バレてましたか」
「まあ、文さんがそうし始めた時期と同じですからね。毛糸さんの様子が変わったのは」
毎日のように会ってなくたって分かる。
昔のあいつはもっとこう……はっちゃけてた?アホだった?
まあそんな感じだ。
「そうやって空を見てなきゃいけないくらいなら、直接話せばいいんじゃないか?やってないってことはそうしない理由があるんだろうが」
「…そうですねえ」
日が暮れて、生ぬるい風が葉を揺らす。
「これでも私、毛糸さんのことはよく知ってるんですよ。どういう人なのか、何を考えて行動してるのか……」
「それで?」
「聞いたって、話したって、あの人は私たちには教えてくれませんよ。そういう人ですから、昔から」
寂しそうに、そう言った。
「何が必要なんでしょうね、あの人には」
「あたし、何となく毛糸さんの気持ちが分かるんです」
私のその言葉で、にとりさんが動きを止めてこっちを見る。
「分かるって?」
「その、何に悩んでるかとかは分からないんですけど……何を思ってるかって言うのは、少し」
「ふぅん……」
この前会った時に垣間見えた、あの表情に覚えがある。
「私と同じ顔なんです」
「同じ?」
「自分はいてもいいのかって……自分は、誰かにとって必要なのかなって」
「……なるほど、確かにるりの考えてそうなことだ」
「やっぱりそう思います?」
難しい悩みだ。
でも毛糸さんは私なんかよりずっと凄い人だ。そんな人がこんな悩みを抱えるってことは……
「何で急にその話を?」
「なんでって、宴会があるからですよ」
「……なるほど」
本人は隠せている気なのか、そうじゃないのか分からないけれど、何となく博麗の巫女と関係のあることなんだってのは想像つく。
「……にとりさんは、毛糸さんのことどう思います?」
「ん?そーだねぇ……無理してんなとは思うよ」
「……それだけですか?」
「そ、それだけ」
…信用とか、そういった類のものだろうか。
「……多分、毛糸さんの抱えてるものは、あたしのなんかよりもっと複雑なんだと思います」
「本当にそうだったら?」
「……自分でも解決できないし、他人でも解決できない。そんな状況になってるんだと思います」
「まだ早いですが…そろそろ向かいますか、お嬢様?」
「そうねぇ……もう少しあとでいいわ」
「了解しました」
視界に入れることはできないからだ、窓から差し込む光で日が落ちていくのを感じることはできる。
「気になりますか?」
「…何が」
「毛糸様が」
「………かもね」
「不思議な方ですよね」
部屋の隅に控えながら咲夜が続ける。
「話しているとまるで人のようで。時折、この方は妖怪ではなく、もっと可愛げのある種族なのではないかと思ってしまいます」
「あなたの尺度じゃ、四肢を引きちぎってもすぐに生やしてくる生き物に可愛げを感じ取れるの?」
「それは……私が申しているのは人となりの話ですよ」
「そう」
誰から見てもあいつは変人だろう。
無論、力のある妖怪なんて大方まともとは言い難い性格をしているものだけれど。
「お嬢様も、そんな彼女だからこそ、気にかけてしまうのではありませんか?」
「口が過ぎるわ」
「ふふ、申し訳ありません」
おかしなやつ、本当に。
でも……
「きっとあいつは一人でどうにかするわよ。そういうやつだから」
「…そうですか」
「っと……なあアリス、これってこの辺りでいいか?」
「ええ、そこでお願い」
「分かった」
昼間から神社に来て、霊夢とアリスと一緒に宴会の準備を始めた。
始めた……はずだったんだが……
「……霊夢のやつはどこ行ったんだ?」
「さあ…そういえば居ないわね」
「手伝えって頼んでおいて自分はサボりかよ……」
だけど……
「…なんか、胸騒ぎがするんだよな」
「……心当たりは?」
「いや…心当たりしかないんだが……」
まあ、水を汲みに行ったとかそんなだろう。何も言わずに居なくなるのが引っかかるが……
宴会の前だ、何か事が起こるわけでもあるまいし。
「…なあアリス、ずっと聞きたかったんだけどよ」
「何?話してる間があるなら手を動かして欲しいのだけれど。あなたも私に準備手伝えって頼んだ身分よ?」
「そういうなって…」
結局人数多い方が作業は楽だし……
ただそうやって言われ続けるのも癪なので、一応手は動かしていく。
「それで、聞きたいことって?」
「あぁ……お前から見て、毛糸ってどんな奴なんだ?」
「…なんでそんなことを?」
「いいだろ理由なんて、気まぐれだよ」
私なんかよりずっと付き合い長いのは知ってる。
私が知らないあいつの一面だって……
「そうね…なら、あなたから見て毛糸ってどんな人?」
「私?私は……」
小さい頃から見ていたあいつの姿を思い返す。
背は高くない、というか子供みたいなナリして、中身は似つかわしくなくて……一度見たら忘れられないような頭で……
「人間が好きで、変な言動をよくしてて、悩んでて……人思いなやつ…とは思うな」
「…そう、そう見えてるのね、あなたには」
「……なんだよ思わせぶりなこと言って」
作業をしつつ早く話してくれとせかすと、はいはい、と言った感じでアリスが話を始めた。
「私から見た……というか、私のよく知ってる毛糸は、今よりもっと変なやつだったわ」
「今より…?もっと…??」
「そうね…口では言いにくいのだけれど、頭のおかしい…じゃなくて、浮いてる、と言えばいいかしら」
浮いてる……か。
「昔はもっと好き勝手してたのよ?」
「そうなのか…」
「主に私が」
「そうなの……え?」
「髪色を虹色にしたり、変な薬飲ませたり、こき使ったり…」
「えぇ……」
何してんだお前……
「でも、色々あって、年月が経つことに少しづつ、変わっていったのよ、あの子」
「変わった…って?」
「少しずつ、難しい顔をするようになっていった」
難しい顔……
「それが何故なのかは想像こそすれど、私は知らない。聞いたら、私が初めて会ったときでも落ち着いてきてた方だって、あの子の友人から聞いたわ」
「昔どんなんだったんだよ……」
「えぇと……一に理解不能な言葉、ニに大声、三に発狂だったそうよ」
「狂ってんじゃねえか……」
「まあ流石に誇張が入ってる……と、思いたいけれどね」
今のあいつからは想像でき……
できるな、割と容易に想像つくな。少なくともあの出来事さえなけりゃなあ……
「長く生きていれば、誰だって変わっていくものよ。でも、毛糸の場合はきっと……昔の方が自分らしくあれたんじゃないかしら」
木にもたれかかって目を瞑る。
正面からは通ってこなかったけど、神社の周辺だ、霊夢なら気づいて向かってきてくれるだろう。
その時が来るまで目を瞑って待っていようと思っていると
なぜだろう、懐かしい……すごく懐かしい気配がする。
ゆっくりと、目を開ける。
日も落ちて、橙色の空が暗く変わっていく中。
黒い髪のその人が、目の前に突っ立っていた。
それはもう真っ直ぐと、私のことを見つめて。
「……わーお、とうとう幻覚まで見えてきたか」
黙ったままのその人。
「まあ刀持ってるんだからいつか見えるとは思ってたし、割とそれを期待してたのもあるけどさ。なんで今なのかな?りんさん」
記憶と寸分違わぬその顔、その姿。
唯一、刀だけは持っていない。それは私が持っているから。
「…ま、喋らないよね」
全く表情を変えないまま、じっと私のことを見てくるりんさん。
りんさんにこんな姿は見せられないな、とか思ってたんだけどな。思いっきり見られちゃってるよ。
「何の用?もしかして嗤いに来た?」
そうであるなら…気が楽なんだけどな。
「…ま、違うよね、知ってたよ」
私の言葉で不満げな表情に変わって、まるで言い訳するかのようにそう言ってしまう。
あの人はあの時死んだ、それは分かっている。
目の前に映っているこの姿も、虚妄でしかない。
凛の中に残っている、あの人の残滓…
頭では本人じゃないと分かっていても、こうやってその姿を視界に入れられると……こう、込み上げてくるものがある。
「分かってるよ、言いたいことは。顔見りゃ、解る」
だからそんな顔をしないでくれよ。
ああ、それともまた、私の方が酷い顔をしてるのかな。
声のしないため息をついたあと、私の肩に手を置いた。
「———」
「………」
聞こえない言葉を呟いたあと、その人は消えてしまった。
そして、あの人が消えて、見えるようになったその姿。
「……久しぶり」
「……割と会ってるでしょう」
霊夢が、そこにいた。