一言で言うなら、怖かった。
何が怖いかって、向こうがどう思っているのか分からないこと。
紅霧異変まではあわないようにしていたが、それでも記憶が戻った時の反動……困惑は、確かにあったのだろうと思う。
それを経て、彼女は私に何を抱いているのか。
失望か
憎しみか
怒りか
もしくは、何も思っていないか。
それを知るのが怖くて、知りたくなくて。
それでずっと逃げていた。
「聞きたいことがある、それも山のように」
「……そう」
「でも、まずはこれ」
そう言った霊夢は、スペルカードを見えるように私の方に突き出した。
少し驚いたけれど……向こうは至って本気らしい、表情からそれが窺える。
「…わかった」
彼女の願うままに、スペルカードを取り出した。
淡白な弾幕
初めてそいつと弾幕勝負をして最初に出た感想はそれだった。
見栄えが悪いとは言わないが、決して良くはない弾幕。
密度も全然、やる気がない、と言っても間違ってはいないような、そんな弾幕。
まるで何かに遠慮しているかのように、そんなつまらない弾幕が続く。
「………」
「………」
表情も、硬い。
やめられるなら今すぐにでもやめたいというのがひしひしと伝わってくる。
でも、簡単には終わらせない。
ただただ、このつまらない弾幕ごっこをさせ続ける。
「恨んでないのか?」
毛糸がポツリとそう呟いた。
「なんて答えれば、あんたは満足する?」
「………」
私の返答に黙り込む。
そう、恨んでると思ってるはずなんだ。
私の記憶を消して、先代にも会わずいなくなって、そのまま何年も経って。
記憶が戻った私が、あんたを恨んでる。
そう思ってるんでしょう?
「……これに何の意味がある」
「意味って?」
痺れを切らしたように口数が増えていく。
「私を倒す気もない、もちろん倒される気もない。ただただこうやってお互いに飛んで、弾を飛ばしあって……これに何の意味が——」
「分からない?」
早く終わらせたいと顔に浮かんでいる奴の言葉に割り込んで私が続ける。
「本当に、分からない?今こうしている意味が、私が、これをしている意味が」
「………」
なんとも言えない表情。
ただ、苦しそうだということはわかる。
「あんたって物分かり悪かったっけ?それとも会ってないうちに変わっちゃった?」
「………」
伝わっていようと、伝わっていなかろうと、私はやめない。
弾幕勝負が私の伝えたいことだから。
「私は……」
「…はあ」
言葉を続けられずに黙り込むその姿を見て、だんだんと腹が立ってくる。
その感情を反映するように弾幕の勢いを強めた。
「私はあんたを恨んでなんかいない」
「………」
「恨んじゃいないけど、怒ってる」
進まない話を進めるために、私が切り出す。
「答えて。なんで先代から逃げたの」
「………」
「なんであの時、あんなに悲しそうな顔をしたの」
全てはあの日の出来事が始まり。
他人が他人の考えを完全に理解する、なんてことは不可能だ。けれど想像の余地くらいはあるのが普通。
でも、私には分からない。
あんたが何故その選択をしたのか。
「記憶を消されたことなんてどうでもいい。というか、それに文句言うのなら今私の目の前にいるのはあんたじゃなくて紫よ」
弾幕を避けながら考え方をするかのように黙る毛糸。
何をそんなに言葉を選ぶ必要があるのか。
自分の選択なのだから、自分がその理由を一番知ってるはずでしょう。
「逃げた」
口を開く毛糸。
「逃げたんだよ、私は」
「何から」
「全部」
どこを見ているのか分からないその真っ暗な目をこちらに向け、必死に感情を殺しているような、そんな顔で。
「巫女さんからも、お前からも、自分からも、全部が私には抱えられなくなって、それで逃げた」
「抱えられなくなって……って、あんた…」
「余裕なかった、憔悴してた、辛かった、悲しかった、苛立っていた、なんて、そんな言葉は全部言い訳ですらない」
「っ……」
「私は逃げたんだ、お前たち二人から」
なんて悲しい目……
「全部間違いだった、取り返しのつかないことをした、それは分かってるよ」
「…でしょうね。じゃなきゃそんな顔できないもの」
ああ、こうやって顔を見て、言葉を交わして、何となくわかってきた。
こいつは許されようとしてるんじゃない、罰せられようとしているんだ。
他でもない私に、罰せられようとしてるんだ。
「で?何から逃げたって?私たちの何がそんなに怖くて、目を背けたくなるほど辛かったって?」
「それは………」
言葉に詰まる毛糸。
そっちが何を望んでいようと関係ない、こっちは最初から、あんたに質問する気で——
「言っても分からないよ」
「……は?」
思わず、そう口に出た。
「あんた、今何て」
「霊夢には、分からない」
さっきまでの様子が嘘かのように、まっすぐな目でそう言い切った。
「……ふざけんじゃないわよ」
「………」
「あんたね…この期に及んで相手には分からないから突き放すって、何考えてんのよ!!」
「事実だよ」
「なっ……」
ああ、やっぱり分からない。
何を考えているの?何を感じているの?
何も分からない、何も知らない。
「話す気がないなら、あんたは何でここにいんのよ!」
「呼んだのは霊夢だろ」
「そういう話じゃない!!分かってるでしょ…?」
意味がわからない。
呼ばれたから来て、求められたから弾幕勝負して、言いなりになって。
聞きたいことは理解できないからと突き放され。
「あんたは……私に殺されてって言ったら、黙って殺されるの?」
「お前がそれを望むなら」
「っ…」
何で即答すんのよ……
「じゃあなに、あんたは消え去りたいから、私がそう命令することを願ってここにやってきたってわけ!?」
「そういうわけじゃないけど……まあ」
「消えられるなら、消えたいとは思ってる」
「………は」
「私は、いちゃいけない存在だから」
その言葉に思わず弾幕が止まる。
言葉を飲み込めない私を、静かに毛糸が見上げていた。
どれくらい経ったか、ようやくその言葉の意味を理解した……というか、受け入れた私が口を開く。
「いちゃいけない存在って……何よ」
「いない方がいい存在……言っても———」
「ああそうね、きっと私には理解できないとかほざいて逃げるんでしょうね、あんたは」
自分の存在は間違ってる、その意識があんたのその考え方の根源か。
「私にはあんたのことが分からない。今のを聞いてもっと分からなくなった。でも……それは……」
懐からそれを取り出し、相手の視界に突き出す。
「あんたがいてはいけない存在だって……いない方がいい存在だって、そう言うのならあの人はっ……!先代はどうなるのよっ!!」
「………」
自分でも分からない、色んな感情が込み上げてきて、手に持った木彫りの花びらを握りしめる。
「あんたが隣にいる時のあの人の表情は本当に楽しそうで……私の目には幸せそうに見えた。それをあんたは……あんたは、あの笑顔すらもなければよかったものだって否定するの!?」
「………」
「先代だけじゃない私だって魔理沙だって………あんたがいなけりゃ、今の私たちはいなかった!」
あまりにも無責任すぎる。
これだけ人に関わって、変えておいて、そんなものはなければよかっただなんて。
「答えて、あんた本当に、それを望んでいるの?私たちを全部否定してまで、そう思えるの?」
「…そんなの否定できるわけないよ」
「だったら…!」
「でも、さっきの言葉は全部、紛れもない私の本心だよ」
「なんでっ……」
「言っても、分からないよ」
……そう
「そうやって、閉ざすのね」
「………」
「………私は、あんたのおかげで今がある」
「…そうだね」
「私だけじゃない。この幻想郷に生きるもの全部……いいえ、幻想郷そのものが、あんたのおかげで今の姿がある」
「私、そんなに大それたことした覚えは…」
「事実よ。……本当に分からないって顔ね」
それは演技だと思いたいのだけれど……もしくは認めたくない、とか。
まあなんだっていい。
分からないというのなら説明するだけ。
「あんたと先代の姿を、ずっと見てた」
違う種族で、それも博麗の巫女と妖怪が、並んでいるその姿。
「良いなって、あんな風に語らえる人が私も欲しいなって」
「………」
「あんたが本心でどう思っていたのか、今どう思っているのかは分からない。けど、少なくとも私の目にはそう映っていた」
私には見せないような表情をしていたから。
「自分が成長していくにつれて、段々と見方が変わっていった。あんたたちはただ仲が良いんじゃなくて、互いに違う種族で、本来なら敵対する関係であっても笑い合っている。それは凄いことなんだって」
幼い頃はなんとなくとしか分かっていなかった博麗の巫女という名の重みが、段々と理解できるようになっていった。
だからこそ、あんたと先代の姿がどんなに異常なことなのかよく分かる。
「そして想像するようになった、願うようになった。人間と妖怪が、共生とまでは行かなくたって今よりもっと仲良く、平和に………あんたと先代のような人が増えてくれたらって」
妖怪は人間を襲う。
恐怖を喰う奴もいれば、その血肉を喰らう奴もいる。
でも、それだけじゃないはずだ。
「あんたのような妖怪がいるんだったら、そんな世界も作れるんじゃないか……互いを憎み続けて笑顔の生まれないような今じゃなくて、もっと笑い合えるような、そんな世界があったらって」
「それが理由で、
「そうさせたのはあなたよ」
「………」
現に異変の後は宴会が開かれ、人里の中で生活している妖怪だっている。これからはもっと増えていくはず。
人間と妖怪の在り方は変わってきている。
「あんたと先代のような人たちが確実に増えてきている。私は何十年も生きていたわけじゃないけれど、あんたの目にだってそう映っているはず。あんたたち妖怪だからこそ、変化していくこの幻想郷を感じ取れる」
「……そうだね」
何より、そうやって生きていたのは紛れもない、あんたと先代なんだから。
「なのに……私の望む世界になっていってるはずなのに、そこにあんたの姿はない」
「………」
私が憧れたあの姿を目指していたのに、それは失われて、残ったのはひどく辛そうな顔。
「今の幻想郷は、あなたの望んだ姿じゃなかった?」
「……いいや。私も望んだ姿、そのものだよ」
「…そう」
なら何故あんたはそこにいない?
「あんたがいたから今の幻想郷がある。でもそれだけじゃない、あんたにとってはどうでも良いことかもしれないし、私も今まで気にも留めなかった」
今こうしていることこそが何よりの証拠。
「私が飛べるのは、あなたのおかげ。あなたがいたから、今こうしていられる。だのに何故。私を避けようとするの?」
「………」
「これだけ私に影響を与えておいて、なんであんたは他人のように振る舞おうとしているの?なんであんたは———」
「分からないよ、霊夢には」
何食わぬ顔で、そう言い切った。
「っ………はあああぁっ」
大きなため息をつく。
「分からない、分からない分からない分からないって……そうやって拒絶し続けて、あんたには何が残るって言うの」
「………」
「分からないってのはこっちのセリフよ。分からないから、知らないから今こうやって知ろうと、分かろうとしてるんじゃない」
少しでも近づこうと、歩み寄ろうと。
「そうやって突き放し続けるからっ、誰にも分かってもらえないんでしょうが!!」
霊符『夢想妙珠』
「本気で来なさい、叩きのめして、それで口を全部割らせるわ」
「……そっか」
怒りだろうか、憤りだろうか、不満だろうか、八つ当たりだろうか。
なんにせよ、今の私が感情に任せて弾幕を放っていると言う自覚はある。
でも仕方がないじゃない、向こうが何言っても通じない頑固者なのだから。
少なくとも、私の記憶の中の彼女はあんな風じゃなかった。
だったら何が彼女を変えたのか。
それはもちろん、先代の死だろう。
あの時、二人の間に何があったのかを私は詳しくは知らない。
ただ、二人にとって相性が悪すぎるのが相手だったということだけ、先代から聞いたのを覚えている。
だから、別に私は毛糸を呪ってなんかいない。
先代の死への悲しみがそうさせているのなら、なんで私にそれを話してくれない?私だって、それを悲しんだうちの一人だというのに。
何故?どうして?
分からない
次々とスペルカードを切っていく、だけど向こうは何もしない。
ただ黙って、私の激情を受け止めるかのように黙々と避け続けている。
「はぁっ、はぁっ……」
上手くいけば宴会までには終わる、そう思っていたのに。
「………」
多少服が破れているだけで息も切らしていない相手を見て、ままならないものだと思わされる。
「あんたは……」
体が重い、もちろん気分も良くない。
向こうが拒絶してくるのが悪いはずなのに、何故だかこっちが無力感を感じるようになってきた。
それでも、口を開く。
「あんたは、どこへ向かおうとしているの?」
「………」
「今までどんな道を歩いてきて、何を感じてきたの?」
私はそれを知りたい。
でも、教えてくれない、知ることを許してはくれない。
「少しくらい……腹の底見せなさいよ———」
霊符『夢想封印』
色とりどりの巨大な光弾が毛糸に向かって飛んでいく。
「……ごめん」
一言、そう聞こえたかと思えば光弾と拳がぶつかっていた。
妖力と霊力のぶつかり合い、光弾は瞬く間に弾け、激しい閃光を撒き散らしながら私たちの視界を真っ白に染めて行った。
気がつくと、私は真っ白な空間にいた。
文字通り、私以外の全てが真っ白で……いや、私以外何も無い、と言った方が正しいだろうか。
どこか朧げな自我、まるで自分とそれ以外の境界線がわからなくなるような、そんな感覚の中。
どこまで行ってもひたすらに真っ白で、何もなくて、寂しげで。
そんな場所を見て、私は思わずそう呟いた。
「からっぽ———」