「…あ、にとりさん。さっき毛糸さんがここに書いてるもの作っておいて欲しいって」
「毛糸が?」
作業場に先に来ていたるりがその紙を手渡してきた。
毛糸が山まで来ていたのか、直接言いにこないあたり忙しいのかな。
紙に書いてある内容を読み上げる。
「何々……ベッド机椅子本棚、クッションに……何これ、新生活?」
サイズまで指定してきてる……
この大きさだとまるで子供が使う用だけど……え、なに自分用?
「あたしも聞いたんですけど適当にあしらわれちゃって」
「……守矢の神に喧嘩売った話を聞いてひっくり返ってたら、今度は模様替えか……落差がひどいというか、らしいというか……」
期限は……別に指定なしか。まあさっさと揃えちゃおうか。
「あ、あと変な機能つけたら承知しないからなって」
「ちぇー」
「………」
ミナが我が家に加わった。
……我が家ってなんだ?
あのイノシシがほころんになってからも結構時間経ってるし、共同生活ってだけならアリスさんともやったことがあるが……
まあいいや。
「ここがミナの部屋。……の予定」
「……何もない」
「予定だからね、許して」
幸いにもいい感じの空き部屋があったので、掃除だけして家具とかは後回しにしておいた。
「送り迎えは私がするけど、寺子屋には行ってね。あと……友達も作ってくれたら嬉しいな!」
「………」
「って言われても困るよね……無理はしなくていいよ」
ミナ……私は苗字は知らないし、漢字も知らない。名前を書かせても平仮名で『みな』と書くのみなのだそう。実際にそういう名前なのかもしれないけれども。
流石に背は小さいが、人里から湖まで徒歩でやってくるくらいなので体力……運動能力?はそこそこありそうな気がする。
肩までつく程度の黒い髪、黒い目……普通の日本人の女の子といった感じの見た目だが、顔立ちは整っているように感じる。
「たまに私の家に遊びに来る人たちがいて……まあ同じくらいの歳……みたいな子もいるし、子供じゃない人も来るけど、みんな人間じゃなくて、妖精とか妖怪だからね」
チルノ……あいつは何をするかわからんからな……とりあえず加減だけはするように言っておくけども。
私や誇芦は頑丈な方だけど、ミナは普通の人間なんだ。あんまり荒っぽいことをして怪我されては困る。
あとルーミア……ルーミアさんも万が一にも食べたりしないように……
私の家に住むって危険多くない…?
「あの大きい湖はたまに霧がめっちゃ濃くなる時があって、そうなると何も見えなくなるから気をつけてね。私か誇芦がいたら大丈夫だけど」
「………」
「それと…見えないところに行くのはやめてね。危ないから」
これでも顔…というか頭か。それなりに広まっているもんで、私の普段いる範囲……縄張りって言っちゃっていいのか?
その範囲には私と面識のない妖怪はほぼ入ってこないようになっている。このご時世だしそこまで心配することでもないと思うけど……
「もし外に出たくなったら———」
「ねえ」
「……どしたの?」
話を遮ってまで私に声をかけてきたミナ。……今までの彼女から鑑みれば珍しい……何か気になることでもあったのか。
「……あなたに親はいないの?」
私の顔を見上げてそう言った。
私はフッと笑い、足を少し曲げて視線の高さを合わせる。
「いないよ」
「………」
どういう気持ちでその質問をしてきたのだろうか。
私が人間じゃないってことは教えたはずだけど……いや親子の関係がある妖怪もいることにはいるが。
妖怪がどういう存在かまだ知らないからか。
私が人間に近い存在だと勘違いしたから。
家に私とほころん以外の人がいる気配がなかったからかもしれないし…
単に彼女の親が……
「…一旦休憩にしようか」
「………うん」
……しかしこれも、ミナから私にしてくれた貴重なアクションだ。
些細なことであったとしても、彼女に寄り添う取っ掛かりを見逃したくはない。
「何か好きなジュースとかあった?カル○スとか」
「……別に」
「そう……りんごジュース飲める?アレルギーとかない?」
「大丈夫」
「おっけ」
ミナのためだけにジュースを買い置きしておきました!
……普段私もほころんも水くらいしか飲まないからね、ジュースとか無駄に高価だし常飲するもんじゃないし。
「……あ、ただいま」
「おかえり〜」
コップにジュースを注いでいるところにほころんが散歩から帰ってきた。
何かに驚いていたようだったが、多分ミナがいることに対してだろう。
「誇芦もこれ飲む?」
「……なにそれ、しょん———」
「りんごの!!ジュース!!」
「あぁ………別にいいや」
「左様で…」
……言葉遣いってもんを教えた方がいいのだろうか。嫌だよお前発端でチルノとかが下品なこと言い出したら。
「ったく……はいどうぞ」
「………」
無言で飲み始めたミナの様子を見て、口に合わない、なんてことはなかったようだと安心する。
「今日は晩ご飯する?」
「ん?あー……これからは毎日3食するよ?」
「え?なんで?」
「それが人間として正しい生活だから…?」
「人間贅沢すぎる」
「そうかぁ…?」
やっぱねぇ……食べる必要もないのに自炊するのって辛いんだ。面倒臭いんだ。人間性の維持のためだけに食事をするのは面倒臭いんだ。
「まあいいや、よいしょっと」
そして何故かミナの隣に座る誇芦。
「………」
「………」
飲み物を飲んでいるミナを頬杖をついてじっと見つめている。何してんのお前本当にマジで。
「ジロジロ見ないの」
そんな……人間を初めて見た猿じゃないんだから……いや初めて見たのかもしれないけども。この前も会ったでしょうに。
「まあ仲良くしてやってな。一緒に留守任せることもあるだろうから、その時はよろしく」
「あーい」
ほころんは……知能自体は高いだろうけど知識がない。私が教えようとしてこなかったのもあるが……
力加減とかを間違えたら怪我をさせかねないし、怪我じゃ済まないかもしれない。本人は理性も強い方だけど、妖怪は妖怪だ。人間見たら襲いたくなるかもとか思ったが………
まあそういうこともなさそうで少し安心している。
まあ以前人間に混じって何かしたような気もするし、そう心配することでもなかったかもしれないが。
誇芦は人里には興味なさそうだから人間と関わることもないと思ってたけど、こんな形でこうなるとは思わなんだ。
いい機会だし、ミナと一緒に色々教えてあげるのもいいかもしれない。
「ん……」
包丁がもう随分と劣化してしまっている。危ないなこれ。
にとりんに……いやあれ無償で請け負ってくれてるんだよな、流石に申し訳なくなってくる。
わざわざ河童に頼まなくていけるものは人里で済ませておきたいし……他にも色々買うものあるよなあ。一回張り切って買い物しなきゃか…
そういえば使わなくなった鍋とかもあるな……
要らないものの処分、足りないものの補充、改築、模様替え、ほころんとミナの面倒……
世の親って凄いんだなぁ……不労所得でぬくぬくと暮らしててごめんなさい。
………
「………仕事探すか…?」
やっぱ面倒だからいいや。私は世の中の労働者に睨まれながら生きていくことを選ぶ。
「……聞けないよなあ」
ミナの両親がどんな仕事してたのか気になったけれど、流石になあ…
心に空いた穴は、そう簡単には埋まらない。私はそれをよく知っているはずだ。
失ったものはそう簡単には戻らない。
心に穴を抱えて生きていくのは辛いんだ。彼女が一体どんな境遇で、どんな人生を送ってきて、どうやって幻想郷にやってきたのかは知らない。
けれど、辛くないはずがないんだ。
失ったものにはなれない。
空いた穴からは目を逸らすか、穴の形を変えて別のもので埋めてしまうか……
全部忘れてしまうか。
「………」
この子はその穴を…‥辛さを受け入れてしまっているように感じる。
忘れるでもなく、目の逸らし方も知らず、形を変えようとしてもどう変えればいいのかわからない……そういう風には見えない。年齢を考えたらそうであってもおかしくないと思うけれど……
ただ、すごく。
とても身に覚えがある。
私もそんな風だったから。
「こんなちっこいのがたったの数十年で皺くちゃになるのってマジ?」
「マジなんだよこれが」
「儚い…」
「なー」
「………?」
皺くちゃ、ねぇ。
人間誰しも老いるわけで、妖怪はどうなんだろうか。不老の存在に片足突っ込んでるような気がしないでもないが………
いや、老いてる妖怪ももちろん見たことないわけじゃないけど……紫さんとかどれだけ生きてるんだって話にもなるしね。
皺くちゃになるまで生きることは、難しいことなのだろうか。
生憎、知り合いの人間でそこまで生きてくれた人はいない。いや、人里で顔を知っているって程度ならあるんだけども。
「……でもまあ、難しいよな、生きるのって」
宙に浮く程度の能力。
またの名を「物を浮かせる程度の能力」空飛ぶのなんて私の知り合いは息をするようにやってるもんで、自分的にはこっちの方がしっくりきたりする。
まあ物を浮かせられるってのはなかなか便利なもので。
河童の集落で私が頼んでいた物をまとめて浮かして、縄で縛って飛んで持って帰ってきた。楽でいい。
流石に私の家まで持ってきてくれたりはしないからね、仕方ない。
「ふぅ……組み立てかあ」
空を仰ぐ。いや、視界に映るのは天井か。
もちろんベッドとかそんなデケェもんを直接持っていけるほどウチの家にスペースがあるわけでもなく。
パーツを作ってもらって、説明書つけるから勝手に組み立ててねのスタンスなのだ。まあ当然っちゃ当然だが。
「めぇんどくせぇなあぁ……」
ミナは寺子屋で授業中。ほころんはまあ……散歩してるから日向ぼっこしてるか、チルノと遊んでるかだろうか。
もちろん手伝ってくれる人もおらず。
黙々と説明書と睨めっこ、工具片手にネジを回しはじめる私。
「………」
布団で……布団でいいのでは?
なんでこんな面倒くさいことしてるんだ私。だってベッドだけでこの面倒くささだよ?他に棚、机、椅子………ハンガーラック……
「布団でいいのでは……??」
いや待て、そこで妥協してはいけない。
そんな接し方であの子は心を開いてくれるのか?自分を思い出せ。
お前が全てを吐き出すにはどれだけの時間がかかった、というか吐き出せたことなんてあるのか。
もっと全力で、全開で、真摯に、真っ当に、心を込めて、彼女に触れてあげなければならない。
たかがベッド一つがどうした、妖怪の時間は長い。
数多の妖怪を爆散させた私だぞ?一応大妖怪らしいぞ?たかが工作の一つや二つや三つや四つ、できない道理はない。
「やる気出て…こないが捻り出せ、やる気出ろ、出せっ」
あの子が私のそばを選んでくれたんだ。
だったら私は!全力で!それに応えにゃならんだろうが!!
「ふうううぅぅぅぅ……っし!!」
やってやろうじゃねえかこの野郎!!寺子屋の迎えに行くまでにベッドまでは何としても終わらしてやる!あと勉強机!
やればできる!!
「今日の授業はここまでだ。忘れ物ないように、気をつけて帰れよ」
「「「はーい」」」
荷物を纏める。昔から何度も使い回されているっていう、古びた教科書を机の上に置いて、立ち上がる。
「今日の授業どうだったー?」
「よゆー」
「うっそだあ」
楽しそうに会話しているのを聞いて、一瞬そこに目をやるがすぐに視線を戻し、部屋から出て行く。
「ミナ」
話しかけられる。
「毛糸とは上手くやっていけているか?」
振り向けば心配そうにこちらの表情を覗き込んでいた。
(……この人は、嫌いじゃない)
どちらかと言えば、好きな方。
しかし自分一人だけの存在じゃない、もっと沢山の、誰かにとっての先生。
他人に過ぎない。
「……多分」
「…そうか、ならいいんだ。この後は毛糸を待つのか?」
「…うん」
「分かった、気をつけてな」
それだけ聞いて向き直り、人里を後にする。
向かう先は近くの公園。
何故か遊具が外の世界のもの同じものがあって、見ていると家の近くにあった公園を思い出すから。
迎えを待つ場所はいつもここ。誰もいない公園を眺めたり、遊んでいる様子を眺めたり。
たまに話しかけてきてくれるが、無反応だったり、そっけなく返すと帰って行く。
いつもそうだった。
全てのことに意味を、理由を見出せなくて。
何もかもがからっぽだった。
友達はいない。
帰る家もない。
寺子屋の空いているところに布団を敷いて眠る毎日。
誰も迎えに来ない。
そのはずだったのに。
「っはあ〜〜……お待たせ、ちょっとバタバタしてて……」
「…大丈夫」
「あ、そう?ならよかった」
この人はなんなんだろうか。
本気で自分のことを想ってくれるこの人は、なんなのだろうか。
「今日のご飯何がいい?」
「……寿司」
「んん!……善処はするよ」
(……変なの)
「今までは一緒の部屋に布団敷いてたけどさ。ほら、ベッド作ったんだよ、これからはこの部屋で寝れるよ」
「…もう一緒に寝れない?」
「へ?」
…………………
「今日も一緒に寝ようか!!」
布団でね!