留守番中、扉が勢いよく開かれた。
「あたい、参上」
「…退場して欲しいんだけど」
「イヤだっ!!」
大きな声が家に響く。
「今毛糸さんいないんだね」
「ん、今人里だと思う」
「最近多いね」
家主がいないのにこいつらは平気で入ってくる。まあ毛糸も怒らないし、こんなんでも本人たち……というか、チルノは一応弁えているからあまり気にしてはいない。
「あ、なんか割っちゃった」
「だ、大丈夫!?怪我ない!?」
「へーき、あたい最強だから」
……弁えているはずだから、あまり心配していない。
「なあなあ、今日もあいついるの?」
「……いるよ、自分の部屋にいると思うけど」
「にひっ……」
悪そうに笑った後、どたどたと家の中を走っていくチルノ。
「あっちょっ、チルノちゃん待って!」
「片付けやっとくからいいよ、追いかけて」
「う、うん、ごめんねっ」
割れた食器の破片を集めてくれていた大ちゃんにチルノを追いかけるよう促して、代わりに食器の破片を集めて、適当な紙……がなかったので、その辺にあった布で包んで置いておく。
割れたものを放置してるとあいつがうるさい。けどそれで指切ったりしたらもっとうるさいから。
「………あ」
今完全に忘れてた、私も行かないと。
「見ろ!あたいのこの絶技!」
走るのも面倒だったので歩いてきてみると、ミナの部屋でチルノが何やら氷を出して頑張っていた。
「これがあたいの弾幕だ!」
「………」
目の前で奇行を見せられて黙っているミナ。
「これをこうして……こうするとっ!ほら!毛糸になる!」
「チルノちゃんそれただの玉だよ」
「今から顔作るの!」
「そういう問題かなあ」
「………」
依然として黙っているミナ。
………確かこいつは毛玉の毛糸を見たことがなかったはずなんだけど……そもそも毛玉を見たことあるのかな。
「………」
「くっ……あたいの氷を見ても全く驚かないだと…人間のくせに!」
「……もう見たから」
「なん……だと……」
バカかな。
そのバカと他の二人のやりとりを壁に寄りかかって眺める。
毛糸は割とすぐに、大ちゃんとチルノにミナのことを説明したみたいだ。それと、ルーミアには特にキツく言ったとも聞いた。まあ食べられたらって考えると当然なんだけど。
チルノたちには「仲良くしてやってね」と言ったらしい。そのおかげで、毛糸がいてもいなくても家にやってくる頻度が増えた。
たまーに家に来てはミナを探して、いなければ帰って、いたらこうやって謎の行動を見せてくる。
ミナがどう思ってるのかは、よくわからない。毛糸がどういう考えだこいつを家に連れてきたのかも、なんで気にかけてるのかも、あまりわからない。
「無理に話しかけなくても良いけどさ、私がいないときは、ミナと一緒に家にいてあげて」
そう言われたから、散歩もあまりしないようになって、家でゴロゴロしたりしている。
毛糸が言うには人間も妖怪も、そんなに変わらないらしい。
見た目で言ったら、チルノたち妖精とミナは歳はそう離れているようには見えないと思う。
でも、普通の人間とは違うってのは私にだって分かる。
あんまり喋らないし、表情も変えないし、何考えてるか全くわからない。
どこかへ行ってしまったりしてないか、急に不安になったりして時々確かめたりする。
最初に見た時は、人間ってこんな感じなのかと思って、単に興味深かった。毛糸の姿を見ているとそうじゃないってことは分かったし、普通の人間じゃないってことも分かった。
気にかけ方が尋常じゃない。それこそ割れ物を扱うかのように慎重に、優しく接しているっていうのがよく分かった。そういう姿を見ていたら、普通じゃないってことは分かる。
普通じゃないっていうのは、強いとか変な能力を持ってるとかじゃなくて………
あれだ。
あの参ってる時の毛糸の、誰も見てないところでする顔見たいな、そんな表情をしてた。
人前では普通っぽく振る舞うくせに、誰も見てないところでは寂しそうで、悲しそうな……色んなものが入り混じったような表情をする。
そんな顔を、あいつはずっとしてる。
「…だからか」
だから気にかけてるのかな、毛糸は。
「ぐぎぎ……!こーなったら最後の手段だ!外行くぞ!外!」
「チルノちゃん、それは流石に……」
完全にぼーっとしていて分からなかったけれど、何やら痺れを切らした様子のチルノ。ミナの座っている椅子を掴んで揺らしながら外へ行こうと訴える。
「まあ、良いんじゃない?湖くらいなら」
「本当にいいのかな…」
「いーくーぞーほーらーっ!!」
「………」
特別嫌がる様子もない、無言のまま、手を引かれるままに走っていく。
あのバカは何そんなに必死になっているのだろうか。私よりも人間と関わったことはあると思うんだけど。
そういう問題じゃないのか。
「……鍵閉めないと」
見飽きた湖。今日は霧が控えめで、遠くの方を見るのに支障はない。
「はぁ、はぁっ」
息切れしている。いくらそう遠くはない距離とは言え、ずっと走ってきたら普通の人間には厳しいだろう。
「ぜぇっ、これしきでっ、疲れるとはっ、はぁっはあっ………っまだまだっげほっごほっ」
普段飛んでいるせいで走るのに慣れておらず、その上で人を引っ張りながら来たせいで、誰よりも息を切らしているのにも関わらず、誰よりも態度がデカいバカがここにいる。
「ふぅ……よし!今からあたいがお前に弾幕ごっこを教えてやる!」
飛び上がってミナを見下ろしながら指差すチルノ。
「…この子飛べないけど」
「!!?」
飛べないからお前がさっきまで手を引っ張って走ってたんだろ。
まあ私も普段は飛ばないけど。
というか飛ぶの下手だから飛びたくない。
「ぐ…ぐぐぐ……」
「というか……弾幕ごっこがどんなのかは知ってると思うけど。だよね?」
「…まあ」
「なっ………」
絶句するチルノ。
「人間のくせに……人間のくせに生意気だぞ!!」
「チルノちゃん落ち着いて……」
何がしたいんだこいつ。
「このままじゃあたいのいげんが…」
「そんなもん最初からな——」
「誇芦ちゃん」
「………はぁ」
大ちゃんのそれは過保護って言うんじゃないのか、それ。
気を使いすぎだと思う、一回自尊心木っ端微塵に粉砕するくらいでいいと思う。どうせ寝て起きたら元に戻ってるんだろうし。
まあ言ったら言ったらでまた喚き始めそうだけど。
「こうなったら大ちゃん!あたいと勝負だ!」
「え、えぇ!?なんで私!?」
「だってほころんは弾幕ごっこやってくれないし!」
「うぇぇ……分かったよ」
仕方ないなあ、と言いながらチルノのいるところまで飛んでいく大ちゃん。
私は弾幕ごっこはしない。
理由は下手なのと、よく分からないのと、目がチカチカするから。
性に合わないと言ってしまってもいい。
「手加減してね…?」
「分かった!全力出す!」
「………あはは」
バカの相手は大変だなあ、と遠巻きに見つめながらその場に座り込む。
「流れ弾飛んでくるかもだから、前に出ないで」
「…分かった」
「ん」
毛糸も、よく弾幕ごっこは苦手だと溢している。
むしろよくみんなあんなのを楽しんで出来るものだ、当たれば普通に痛いし怪我だってする。
弾幕が綺麗だっていうのもよく分からない。毛糸はその辺分かっているみたいだけれど。
「……あの二人は、友達?」
「んー……友達ってのが、よくわからないけれど、多分そう」
あんまり人と会わないから。
知っている相手は、毛糸と、何人かの妖精たちと、アリスくらい。
あとあの金髪の妖怪……苦手だからあまり思いだしたくない。
どこまでが、どこからが友達なのか、その線引きがよくわからない。
「ミナは友達いないの?」
「…昔はいた」
「そ」
昔っていうのがどの程度を指すものなのかはわからない。人間と妖怪の時間の感覚が違うっていうのは毛糸から何度も聞いたし、実際にそうなんだと思う。
人間ってたったの数十年で皺くちゃになるんだ、その昔っていうのも私たちの尺度からすれば大して昔でもないんだろう。
「…流れ弾危ないな」
飛んでくる弾を手で弾きながらそう呟く。速度も遅いけれど当たれば痛いし……そもそも、大ちゃんは避けるのに必死で、チルノが一方的に虐めているだけじゃないか。
「……あれ、楽しいのかな」
「楽しいからやってるんでしょ。やりたくもないことに真剣になるのって面倒くさいし」
「………何で私を誘ったんだろう」
疑問が止まらないな
実際に見るのは初めてなのだろうか。
「何で誘った…か」
特に考えなんてないと思うけれど、バカのやることだし。
……でもまあ、うーん……
「自分の好きなものを、ほかの人にも好きになってもらえたら嬉しいから……とか?」
「………」
わざわざ理由をつけて言葉にするのなら、そんな感じだろうか。
もちろんただ単に自分の力を誇示したかっただけの可能性もあるけれど……それを言ったところで仕方ないし。
「……そうなんだ」
少し黙った後、空を見上げたミナ。
「……ミナはあれ、綺麗だと思う?」
そう問いかける。
まるで絵のように繰り広げられる弾幕、それを私も同じように見上げながら、こいつがどう思っているのかを聞いて見る。
「……ほころんは、どう思ってるの?」
「…私?」
質問を質問で返され少し戸惑う。
「私は……そういうのあんまり分からない」
「どうして?」
「分からないものは分からないんだよ」
綺麗…美しい。
それがどういうものなのか、正直あまり理解していない。だから弾幕ごっこをやらないってのもあるけれど。
ただなんとなく、派手だなあとだけ感じる。
「………でも」
そう呟いた私の方をミナが見てくるので、私も見つめ返して話す。
「綺麗なんだと思うよ。それは分かる」
「………?」
不思議そうに首を傾げるミナ。私は視線を弾幕の方に向け直す。
「毛糸がさ。弾幕を見るとよく、綺麗だなあって呟くんだよ」
何も言わない時でもふとその横顔を覗くと、弾幕の方を一心に見つめていたり。
何気ない会話で、誰かの弾幕がとても綺麗だったという話をされたり。
「あいつが綺麗だって言うんだから、綺麗なんだと思う」
「………それが理由?」
「おかしいかな、やっぱり」
自分でもまあおかしなことを言っているなって言うのは分かる。自分がどう思っているかを、他人の感覚に任せてしまっているのだから。
「……いや、別に、おかしくないと思う」
「そう?」
「…私もあったから、そういうこと」
寂しそうな目をしたその顔は。
いつかのあいつを見ているようだったら。
「ねえ」
「ん?」
「あの人のこと、好き?」
突然の問い。もはや上の方で繰り広げられている弾幕勝負など微塵関係のない質問。もう決着ついてる頃だろうけれど。
「……なんで急に」
「ずっと一緒にいるから」
「あー?」
つまりどういうことだろうか、何を聞かれているのだろうか。
そもそも好きってのは……いや、うーん……
「……一緒にいるのって、変?」
「…家族じゃないから、ちょっと変だと思う」
「そう……」
別に変だと言われたからなんだって話なんだけど……
「……まあ、家族ってのがよく分からないけどさ。多分私にとっては家族みたいなものだと思うよ」
「………」
向こうはそういうことよく気にしてるけど……正直、私にとってはどうだっていいことで。
今一緒にいる、それが大事だと思う。
「それと……」
一瞬口に出すかどうか迷って、やっぱり言うことにした。
「好きだよ。じゃなきゃ何百年も一緒にいたりしない」
「………そっか」
居心地がいいから一緒にいる、それに尽きる。
「…今の、あいつに言わないでよ、絶対」
「……わかった」
その時、一瞬だけミナの顔が綻んだような気がして。
その横顔を見たけれど、いつも通りのまるで何も感じていないような顔が、静かに空を見上げていた。
「……なんだ、そんな離れたところ行ってなかったのか」
日暮れ時になって戻ってきて見ると家に鍵がかかってたし、誰もいなかったので探しにきて見ると、湖の方に二人ともいた。
「毛糸おおおおおおおんおおおおおん」
「うわっなんだ急にっ」
バカが叫んで寄ってきた。な、なんだこのガキっ。
「あいつ…あいつなんなんだ!」
「あいつ…?ミナのこと?」
「あたいが氷見せても驚かないし」
「うん」
「飛んでも驚かないしっ」
「うん」
「弾幕見せても驚かないしっ」
「うん」
「あたいにレイジュウしないしッ!」
「どこで覚えたんだそんな言葉」
隷従てお前な。
「……まあ、かまってやってくれてんだな、ありがと」
「あたいのこと見向きもしないんだ!!」
もしかして泣き言なのか?これ。
私の目の前でめっちゃ私に愚痴を吐き散らしてくる。なぜ私に言うんだ、本人に言えば良くないか。
……気を遣ってるのか?
「大ちゃんは疲れて横になってるし!」
「何したんよそれは」
「あたいもうやだ!帰る!」
どこに……
ここまで心が折られているチルノも珍しい。少しだけ可哀想になってくる。ミジンコくらい。
「……頼んでおいてこんなこと言うのもなんだけどさ。なんでそんなにあいつに構ってくれるの?」
「え?」
あんまり期待せずに言ったものだから、少しばかり疑問になった。まあ考えとかないのかもしれないけれど。
「だってあいつぜんぜん笑わないから」
「え?」
思わずそう口から漏れる。
「絶対笑った方が楽しいのに」
「………ふっ」
そっか…だからか…
「ふっ…ふふっ…あはっはは!」
「……なんでお前が笑うんだよ」
「あいや、ごめんごめん。なんか嬉しくって」
「???」
意外と考えてるんだなって思ってしまった。
笑った方が楽しい、か。
笑顔ね、笑顔。そりゃそうだ、誰だって笑った方が幸せだ。
「笑わせてやらないとなあ……」
心のケアだとか、心を開いてくれるだとか……
ちょっと臆病になりすぎてたかもしれない。
「ありがとうチルノ、ちょっと考え直して見るよ」
「???」
「……晩御飯、大ちゃんも呼んでみんなで食べる?」
「…………デザートにアイスは?」
「…あるけど」
「食べる!」
「晩御飯を?アイスを?」
「どっちも」
「あ、そう」
……手を差し伸べるだけじゃ足りないのかもしれないな。
私がそうだったみたいに。