毛玉さん今日もふわふわと   作:あぱ

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笑顔とはなんだろうか。

意味のない問いをしてしまった。

 

どんな時に私たちは笑うんだろうか。

 

私は……まあ普通に、楽しい時だと思う。

でも、相手に心配をかけたくない時も無理やり笑顔を作ったりするし……ふと幸せを感じたりして笑ったりすることもある。

 

まあ多少の差異はあれど、みんなそんなもんだと思ってる。幸せな時、楽しい時に笑う。それが当たり前で、当然で、かけがえのないもの。

 

「……霊夢」

 

彼女の顔を思い浮かべながら質問を投げかける。

 

「巫女さんって最期、どんな顔してた」

「……急にどうしたのよ」

「知りたくって」

 

確かに藪から棒すぎたかもしれないけど。

何もしないくせに一緒にいたりすると、そういう唐突な疑問が浮かんでくることだってある。

 

「……笑ってたわよ。多分、私に向けてだと思うけど」

「…そっか」

 

違う記憶を掘り起こす。

もっと昔で、大切な、私の記憶。

 

「……りんさんもね、笑ってたんだ」

「………」

「悲しすぎてそんなの考える余裕なかったんだけどさ。霊夢と同じで、私を安心させるために笑ってくれてたんだと思ってた」

 

あの人の前での私の顔、相当不細工なことになっていただろうから。

 

「でも、もしかしたら違うのかなって。もっと別の理由で笑ってたのかなって思ったんだ」

「……別のって?」

 

いきなりしみったれた話をする私にもちゃんと付き合ってくれる霊夢。私の目を見てから彼女の姿にちょっとだけ微笑んでしまって、話を続ける。

 

「満足だったのかもなって」

「満足?……最期の、その時が?」

「どっちかって言うと、自分の人生に……かもしれないけど」

 

本人たちの気持ちはいくら考えても妄想にしかなり得ないから。

 

「りんさんは私に、巫女さんは霊夢に。……あの二人ってどこか似てたからさ。私たちに想いを託せたことが……自分を刻みつけることができたのが嬉しかったのかもなって、そう思っちゃって」

 

 

私も霊夢も、そのことを決して忘れない。

それほど深くまで刻み込まれた感情が、存在が。

 

あの人たちにとっては案外、満足だったのかもしれないと。

 

 

「私が最後に見た巫女さんの顔も、笑ってたよ」

「……そう」

 

 

最後に言われたのは、ありがとう、だったか。

 

 

「……まあ、その理由がなんであれ。…笑って逝けたのならよかったのかもって、私は思うけれど」

 

そう言う霊夢。巫女さんのことを思い出しているのだろう、視線は天井へと向いている。

 

「…いい別れ方だったとは、言えないけどね」

「……この期に及んでまだ蒸し返す気?」

「そんなまさか……笑えてたとしても、そんな別れ方は…そんな笑顔は悲しいなって、思っちゃってさ」

「……悲しい、か」

 

好き放題言ってる自覚はある。もう本人たちは何も言えないのに、勝手な憶測で、決めつけで。

 

「そのりんって人も、先代も……あなたと出逢えたから笑えたんだと思う」

「だといいけどねぇ」

「……もうちょっと前向きに考えられないの?」

「それが簡単に出来ないから私はこんなんなんだよ」

「まあ…それもそっか」

 

 

気楽にそう会話する。

私が人に見せてこなかった面を間近で見られた相手なもんで、こういう話をしても軽く済む。

 

 

「それで?結局何が目的でそんな話を?」

「……今うちにいるやつがさ、ぜっんぜん笑ってくれないのよ」

 

冗談を言っても無反応だし、喜んで笑ってくれるとかもない。よーく観察したら、気分のいい時は足取りが軽かったりするから、無感情とかそういう類のものではないってのはわかる。

かといって無表情ではない。限りなく無表情に近いような気もするけれど……寺子屋の課題してる時とか、口をへの字に曲げてたりするので、存外感情は豊かな方かもしれないし。

 

「一回でもいいから、笑ったところが見てみたいなあって、思ったんだけなんだけどさ」

「行き詰まって変なこと考え始めたと」

「う゛ん゛」

 

すぐ迷走するのは昔からの悪い癖だ。

 

「なーどーしたらいいと思う〜?もう一緒に住み始めて1、2……3週間くらい?未だに笑顔の一つもないって……」

「余程拗れた経歴持ってるのね……何かあったかとか聞いてないの?」

「聞きはしたよ?………………うん」

「大体察した」

 

これが博麗の巫女の勘か……

 

「外の世界の人間でしょう?多分人に聞くより、あなたが自分で考えた方が効果的だと思うけど……」

「心に傷を負った子供のケアの仕方とかしらないよ…」

「放置したものね、心に傷を負った子供」

「うひぃいぃいい、そあっ、どっ、えあっ」

 

勘弁してつかあさい……何も言い返せねえわ。

……ニヤついてんじゃあないよ。

 

「外の世界で生きてた頃の何倍の時間ここで過ごしてると思ってるんだよ。そも人間じゃないし、色々ズレてるよ」

「そう?あなたほど人間臭い人もそういないと思うけどね

「妖怪なんだけどなあ、人間臭いんだよなあ、半端だなあ」

「それもあなたじゃない」

 

半端も個性かもしれないけどさあ……

 

あれ、何の話してたっけ。

あぁ、どうやって笑わせるかって話だった。

 

「まあなんならあれよ、くすぐって笑わせたらいいわよ」

「何も解決しねえよそれ、多分進展せずに後退するよ、事態が」

 

まあ霊夢に言って解決するようなことなら、誰かに頼らずとも私がさっさと解決してるだろうし。

 

「まあ子供って案外敏感だから、きっと伝わってるわよ。あなたが歩み寄ってくれてるってことは」

「だといいけどなあ……」

「それでも待ってられないって言うんなら、自分から動いてみるしかないわ。ぐずぐずしてても何も始まらないしね」

「ぬん……」

 

まあ言う通りか。

 

「何かやろうって意識すると滑りそうだしなあ……まあ変わらずに接してみるよ。伝わってるんだろうし」

「そう、頑張ってね」

「あいよー」

 

そう言って立ち上がる。

ミナの面倒見なきゃいけないから、霊夢と一緒にいる時間もあんまり取れなくなってしまった。まあ別に本人は気にしてないだろうけど。

 

「また来るよ。じゃあね」

「はいはい、またね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「花は好き?」

 

急に、そう聞かれた。

 

「……好き」

「どんなのが好き?」

「……なんでも」

 

そう答えると、少しだけ嬉しそうに笑ってこちらを見つめてくる。

 

(……なんだろう)

 

いつもと、様子が違うように感じた。気になったから聞いただけなのかもしれないけれど、なぜかそれが違和感のように突っかかって。

 

「一緒に湖の方まで行こうか」

「…どうして?」

「見せたいものがあるんだ。気に入ってくれるかどうかは分からないけど……とりあえず、ね」

 

いつもより一層、優しい表情を向けられる。

 

 

 

 

促されるままに家の外に出て、湖の方へと向いた。

 

「手、繋いでくれる?」

「…?こう?」

「ん、ありがと」

 

手を繋いだあと、何かは分からないけれど、何かが流れ込んでくるような感じがした。

それと同時に身体が浮遊感に包まれる。

 

「え……えっ」

「じゃ、行くよ。手ぇちゃんと握っててね」

「わっ…」

 

浮き上がった毛糸に引っ張られるように、いとも簡単に自分の身体も浮き上がっていく。重さなんて、重力なんてないかのように、自由に、引っ張られるままに。

 

(これ、飛んでる…?)

 

初めての感覚に戸惑いを隠せない。妖精たちが飛んでいるのを何度か見たことはあったが、自分が浮かび上がるなんて経験はもちろん初めてだった。

どんどん上の方へと上昇していく。手は固く握られ、足はプラプラと浮き、地面は遠ざかって遠くの景色がよく見えるようになる。

 

「進むよ」

「んっうん…」

 

ある程度飛び上がったあと、緩やかに前へと進んでいく毛糸。その手に引かれ、宙に浮いた自分の体も一緒に飛んでいく。

景色が流れていく、家が遠ざかっていく。

 

「んんっ…」

 

風で髪がなびく。空いている手でそれをずらして何とか視界を確保する。

 

 

流れていく景色、向かってくる風。

 

(……なんだっけ)

 

どこかで、似たような経験をした。

記憶を掘り起こして、重ね合わせて、何だったのかを必死に思い出そうとする。

 

(…あ、思い出した)

 

なんて事のない思い出。

 

 

「……昔ね」

「…ん?」

 

それでも何故か、口に出して伝えたいと思った。

 

「お父さんの車に乗って、色んなところに行ったの。山にも海にも……とにかく色んな場所に」

「……そうなんだ、楽しそうだね」

「…うん、楽しかった」

 

好きだった。

窓から顔を出して、風を受けるのが。

流れていく景色を見ながら、風にかき消されそうな親からの声で咎められていた。

 

風を受けるのが、好きだった。

 

 

幻想郷(ここ)には海はないけどさ。あんな風に広い湖とか、妖怪ばっかりの山とか……変な森に、絶対迷う竹林…鬼が沢山いる地下とかね。まああんまり安全な場所とは言えないけど……そのうち一緒に行ってみようか。きっと…楽しいよ」

「……うん」

 

 

この人と一緒にいると、色んなことを思い出す。

楽しかった思い出を、記憶を。

 

失った自分に、溢したものを拾わせてくれる。

失くしたものを取り戻させてくれる。

 

感情を、記憶を、表情を。

 

 

「……この場所の空は、青いね」

 

雲一つない空を見つめてそう言う。

 

「……そうだね。澄んでるよ、凄く」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空の旅は終わった。

ゆっくりと、慎重に地面へと降ろされ、一気に浮遊感が戻り、地面に向かって押しつけられるような感覚が戻ってくる。

 

「っと……大丈夫?」

「…うん」

 

着地で躓いてこけそうになったところを支えられる。

 

(……この場所?)

 

確かに湖の近くではあったが、何もない。

文字通り、何もなかった。

 

草の生えた地面が広がるばかりで、湖は見えるところにはあるし、木々も離れたところにある。

一体こんなところまで連れてきてなにがあるというのか。まさか一緒に空を飛んだってだけってことはないだろうか。

 

 

「ねえ、どうして花が好きなの?」

「どうして…って」

「何でもいいんだよ。何となくなら何となくでもいいし、何か理由があるなら、何だっていいから話してみてほしい」

「………」

 

 

さあ、どうだろうか。

好きということすら忘れていた自分に、それを思い出すことができるだろうか。

そもそも、その感情に今まで理由を求めたことがあっただろうか。

 

考える、聞かれたから。

考える、伝えたいから。

 

 

(……あ、そうだった)

 

また一つ、思い出した。

 

 

「お花は……綺麗だし、いい匂いがするし、可愛いし……」

「…うん」

「それも、あるけど」

 

 

一番の理由を、伝えたい。

 

 

「お母さんが、よくお花の絵を描いてくれたから」

「……絵を?」

「うん」

 

よく花を買ってきては、それと長い間睨めっこして、絵を描いて。

出来上がったものを得意げに見せてくれたのを思い出した。いつのまにか自分も、それを真似するように絵を描き始めて。

 

 

「お母さんの真似をしてたら、お花を綺麗に見る方法を教えてくれて。色とか形だけじゃなくて、他の花の組み合わせだとか、水滴だとか……つぼみだって可愛いって感じるようになって」

 

自分の絵は飾らないくせに、自分の……私の描いたお花の絵は額縁に入れて、何でもかんでも飾られた。それが少し恥ずかしいような、嬉しいような。

 

 

「だから、お花は好きだよ」

 

 

気がつけば私の描いたお花の絵だらけになった家を思い出して、そう言った。

 

 

「……素敵な理由じゃん」

「…そうかな」

「そうだよ」

 

理由なんて、何だっていいと思うけれど。

 

「……私ね、ちょっとした特技があってさ」

「………氷?」

「それもあるけど」

「宙に浮くの?」

「それもそうだけど」

「髪の毛?」

「特技じゃないね、それは」

 

困ったように頭を掻いて、少し微笑んで私を見る。

 

 

「私もね、花は好きなんだ。大好きってほどじゃないんだけど……大切っていうか、なんていうか」

「大切?」

「んー……私にとって花っていうのはね」

 

 

 

私から少しずつ遠ざかり始める。

 

 

 

「ずっと私と一緒にあったようなもので」

 

 

 

一歩一歩踏みしめるように。

 

 

 

「大切な人……恩人と私を繋いで……花を見ると、その人と繋がりがあるんだって、思わせてくれて」

 

 

 

振り向いて、こっちを見る。

 

 

 

「大切な人に、花を贈ったり、ね。誰かとの関わりになってくれるから、私は花が好き」

 

 

 

私を見つめたあと、笑顔を浮かべた。

元気に咲く白い花のような、そんな笑顔。

 

 

 

「だからミナとも、花で繋がれたら良いなって思ってるんだ」

「私と……」

「そ。だからこれは私から君への——」

 

 

 

彼女から何かが噴き出て周囲に満ちる。

それを取り込んだ地面が躍動し、大地が息づいて、世界が色味を増す。

 

 

 

 

 

 

「——贈り物」

 

 

 

 

 

 

暖かな風が吹き抜けるのと一緒に、あたり一面が、瞬く間にお花畑へと姿を変えた。

数え切れないほどのお花、少し見ればたくさんの種類の違うお花。

 

 

「わっ」

 

 

驚きと感動が入り混じったような、そんな声が思わず漏れ出てしまった。

 

足元にあった一輪のそれを摘み取って、空へと翳してみる。

 

「綺麗な白色…」

 

真っ青な空の色が、花びら越しに淡い青色となって目に入ってくる。

 

 

「……すご、い」

 

 

何もなかったのに。

さっきまで何もなかったのに、一瞬で、目を疑うようなお花畑になってしまった。

 

何もなかった私の心に、一瞬でたくさんのお花を贈ってくれた。

殺風景だった世界が、心が、瞬く間に色づいた。数えきれないほどの色で、鮮やかに。

 

 

 

そういえば、思い出した。

家族で、お花畑に行こうって話をして。

 

結局行けずじまいだったんだ。

 

 

 

お花畑って、こんなに綺麗だったんだ。

 

 

 

「……どう、かな」

 

 

 

何故か不安そうにそう聞いてくるその人。

それが何だか可笑しくて、お花に囲まれているのが楽しくて、嬉しくて。

 

 

 

「うん、大好き」

 

 

 

自然と笑顔を浮かべて、そう言っていた。

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