変わった。
笑顔を見せてくれるようになった。笑っている姿をよく見かけるようになった。
どういう気持ちの変化があったのかは分からない。きっかけはあの出来事なんだろうけれど……まあなんであれ、彼女が前を向けるようになったのであればそれは何よりなんだと思う。
最初に笑ってくれた時は思わず涙が出そうになって……正直、視界が少し滲んだ。
多分元々、よく笑う子だったんだと思う。
悲しい事や辛い事があったんだろう、そのせいで笑えない……笑わなくなったのかもしれない。
今は違う。
自分を取り戻したかのように、笑ってくれる。
ご飯を食べたり、人里でのことを話している時だったり。
ほころんやチルノたちと遊んでいる時だったり。
その笑顔に、毎日あの子のことを気にかけていた私の心も、段々と絆されていった。
それでもまだ、何があったのかは話してくれない。
元の世界で何があったのか。
どうして心を失くしてしまったかのような、あんな状態に何故なってしまったのか。
今のあの子の根幹の……私にとっては一番知りたい、その部分だけは一向に、いつまでも、話してくれる気配はない。
単に話したくないのかもしれない。話す必要性を感じていないのかもしれない。話せないのかもしれない。
知らなくてもきっと、このまま過ごしていくことはできる。
私も教えてと詰め寄るような真似はしていないし、するつもりもない。
けどやはり、知らないっていうのは不安だ。
危険な爆弾を抱えているような……初めて会った頃の、あの危うさを思い出して、どうしたって不安になる。
杞憂であれば、もちろん良い。あの子からその危うさが無くなって、不安を感じないようになってから聞いたって良いと思う。このまま……待っていれば、話してくれるのかもしれない。
ただ、致命的な何かがまだ残されているような気がして。
このまま見過ごしちゃいけないような、そんな考えが頭をよぎって。
今日もまた一つ、緊張をほぐすように息を吐いた。
「あっ毛糸さーん!こっちこっち!」
「ちょっ声でか…」
こっちを発見した途端大手を振って、大きな声で呼んでくる早苗。駆け寄ってすぐに静止させる。
「恥ずかしいからあんまり大きな声で呼ばないでくれない…?」
「え?そんな頭しといて?」
「てめおまっ、言って良いことと悪いことがあんぞッ」
「冗談ですって。気をつけます、えへへ」
こんな髪の毛してるからって今更恥も外聞もないだろみたいな言い草は普通に傷つくぞ。
「じゃあカフェ行きましょうカフェ!いいとこ見つけたんですよ〜」
「あぁうん……任せるけど…」
「なら行きましょうすぐ行きましょう!」
元気だ……これが若さ故の活力か。
……私も昔は同じくらい元気だった気がするから、本当に年取って色々衰えた可能性があるな。こわ……
「いや〜、毛糸さんからお茶のお誘いなんてびっくりしましたよ〜」
「お茶っていうか、ちょっと話したいことがあったからなんだけど…」
「なんだっていいですよお、神奈子様からお小遣い貰っちゃいましたし」
お小遣い制なんだ…
「毛糸さんを懐柔するようにって!」
「まーだ諦めてなかったん!?」
「本当ですよ〜、毛糸さん結構お金持ってるのに」
「いやそういう問題では…」
「やだなあ分かってますっても〜」
やけに上機嫌だな……何かいいことでもあったのかな。
鼻歌まで歌いながら歩いていく早苗のあとをついていく。
「あ、聞きましたよ〜。外の世界から来た子を引き取ったそうじゃないですか」
「引き取……まあ…そうなのか?」
まあ別に隠してはいないし、文も家を訪ねてきたし、人里でも知っている人は知っているだろう。
その「聞いた」相手が誰かっていうのはどうでもいい。
「もしかして今回の話ってその子に関係あったりします?」
「んー……するっちゃあする、のかな」
「まあとにかくその子の話聞かせてください!なんやかんやで外の世界から来た人って仲間意識感じちゃうんですよね〜」
未練とか……ではなさそうか。
普通に心配で気にかけるとか、興味が湧くとか、そういう話だろうか。
「まあ別に話したって良いんだけどその代わり、ちゃんと私のしたい話もさせてよ?」
「それはもちろんです」
まだ何も聞いてないし、望み通りの情報が得られない可能性だってあるけれど。
早苗と出会えたのは幸運だったと思う。
「……文とは、仲良いの?」
「射命丸さんですか?はい、良くしてもらってますよ」
「へえ」
順調に妖怪の山でも交友関係を増やせているようだ。コミュ力お化けめ。
私は……友達作ろうとして出来たわけじゃない。たまたま出会って、話して、ちょっとずつ仲良くなっていっただけだ。
早苗くらい前を向いてガンガン突き進んでる子を見てると少し安心する。自分とは違うんだなと思って。
「なんかこの前さ、文が急に乗り込んできて、『毛糸さん元人間だったんですか?』って言われてさあ……」
「あー……」
「誰に聞いたのって言ったら、早苗だって言われて」
何で隠してたんですか、とも言われたけども。
いう必要を感じなかった、これに尽きる。……アリスさんも文と面識あったはずだけど、黙ってくれてたんだな。
「もしかして、あんまり言わない方がいい話でした?」
「さあ、どうだろ。別に隠してきたつもりはないんだけど……まあ言わなきゃ隠してきたのと同じかあ」
「あー……これからは気をつけます…」
「別にそんなに気にしなくても…」
高かったテンションが急に萎れてしまった。ごめんよ……
「射命丸さんとも長い付き合いなんですよね?そんな人にすら言ってないから、実はめちゃくちゃ大事な秘密なのかと…」
「付き合い長いからこそ言いたくない、言えないものもあるんだよ」
「そういうものですかね…?」
今更言ったら関係壊れちゃうかも、みたいな。
まあ私の場合は普通に言うの忘れてたり、言わなくてもいいやで黙ってたりなんだけど。
「まあそう……気にしなくてもいいけど、まああんまり他人にポンポン話さなかったらそれでいいよ」
「…はい」
うーん、完全に下がり気味だな。どうしようか。
……美味しいものでも食べたら直るだろうか、直ってくれ。
「ぐすっ……よがっだでずねぇっ」
「泣きすぎでは」
「ずびばぜん……昔から涙もろぐっで」
ちょっと前までの私とは正反対だな。まあ感受性豊かなのは結構なことだと思うけれど。
「すみませんちょっと……」
チリ紙で鼻をかんだ早苗。息を整えて、少し腫らした目をこっちに向ける。
「思いはちゃんと伝わるんですね……私も会ってみたいな、ミナちゃん」
「今は寺子屋にいると思うけど……時間になったら一緒に迎えに行く?」
「わあっ、いいですね是非!」
すこし元気になったようで何よりだ。
相手が落ち込んでるのって見てて辛いしね、元気なのがそりゃあ一番いい。
「…あ、そういえば話をしたいのって毛糸さんでしたね。すみません私のために…」
「いいよ全然、大した話でもないしね」
早苗にしか聞けない話だけど、大事な話ってわけでもない。ただ個人的に私が知っておきたいだけ。
「それで、聞きたいことって?私にお答えできるものならなんでもお教えしましょう!あ、スリーサイズは秘密ですよ?なんちゃって」
「妖怪とか神様とか、そういう幻想郷じゃ当たり前のものが外の世界でどうなってるかが知りたいんだ」
「わお完全スルーですか?恥ずかしいなこれ…」
どうリアクションしろと…?
「……にしても、外の世界での妖怪ですか…」
「ああいや、妖怪に限った話じゃなくて。予知夢とか神隠しとか、宇宙人とかポルターガイストとか……怪異だとか怪奇だとか……そういう感じのものが、幻想郷の外だとどうなのかなって思って」
「……そうですねぇ」
私がそういうと、早苗は考え込むように顎に手を当てて、視線をドリンクの方に移して黙りこくってしまった。
なんでこんなこと知りたくなったのかっていえば、まあ……ミナのことを思ってではある。
幻想郷に来たんだ、そういうのとなんらかの繋がりとか、こう……あってもおかしくないな、と思って。
「結論から言えばあります。まあ……存在しないわけではない、って言った方が正しいですかね」
「あるのはまあ……わかるよ。神奈子さんとか早苗がその証拠だしね」
正直言って、早苗たちがくるまでは私てっきり外の世界ではそういうのが無くなったもんだと思ってた。だから私の知る前世の世界ではそういう話が都市伝説としか扱われてなかったのか、と思ったりもした。
まあもちろん信じられてないからこそ幻想なんだろうけど……幻想郷なんてもの、ちょっとくらい都市伝説として耳に入っても良さそうなものなのに。
「ただ、外の世界だとだいぶ弱まっています。神奈子様たちはそれこそ神様ですから、信仰心がないと弱くて……見えるのも私だけでしたしね」
「あー……そっか、普通の人には見えないのか」
「実体が曖昧…って感じでしょうか」
だから初めて幻想郷に来た時は結構驚いたんですけどね、と笑顔を浮かべながらドリンクを飲む早苗。
「吸血鬼異変、でしたっけ。あれも私たちみたいに、幻想郷の外で存在自体が危うくなった吸血鬼たちが無理やり入ってきた、って感じでしたよね」
「あぁ、知ってるんだ」
「勤勉なので!えっへん」
「偉いなぁ…本当に偉い」
「思ったより心の底から褒められてる…?ま、まあ悪い気はしませんけどねっ」
勉強とかほぼしてないからなあ私。
向上心があるのは本当にいいことだ。
「例えば霊魂だとか幽霊、この辺は割とありましたね。自殺スポットの辺り行くとうじゃうじゃいてなかなかこう…気味が悪かったですよ」
「なんか生々しいな……てか行くなよ、そんなとこ」
「そういう機会がありまして……魂の重さ、なんて話もありましたよね」
「あぁ……24gだっけ」
「惜しい、21gです」
ウインクと共にそう言われた。
そっかあ、21かあ……どうでもいいやあ。
「ああ言うのもあって外の世界でもオカルト気味ですけど、ちょっと信じられてるものはちょっと存在してるよって感じです。流石に幻想郷と同じくらいとはいきませんけどね」
「同じくらいあるなら幻想郷はいらんわ」
「ですね」
しかしあれか、私の前世での怪奇現象とかも全部ちゃんと起こってたことかもしれないってことだよな。
……なんか怖くなってきたな。
『こんな世界で500年生きておいて何を今更』
確かに?
「……やっぱり、ミナちゃんのことですか?」
「ん?」
心配そうな表情を向けてくる早苗。
「…ま、そんなとこかな」
「理由を聞いても?」
「いいよん。……あの子の両親、死んだって話はしたでしょ?」
「はい、可哀想ですよね…」
私もちゃんと確認したわけじゃないんだけどね。ミナは嘘とか冗談とか、そういうことを言うタイプではない。
だから親が云々ってのも、本当なんだと思う。
だからこそ解せないことが一つある。
「あの子、幻想郷に来る前の話を全然してくれないんだ」
「……というと」
「元の世界でどんなことがあったか。両親はどんな人だったか、好きな食べ物は、場所は……そういうことは答えてくれる」
最近はむしろ自分から話してくれるようにもなった。
「でも何で親が死んだのか……幻想入りする前は何をしてたのか。その時何があったのか……その辺のことは話してくれないんだよ」
「……そうですか」
「そもそも聞きにくいってのもあるけどね」
そんな安易と聞ける内容ではない。人の心はまだ捨ててねえから。
「まあ辛いことがあったんでしょうし、話したくないって気持ちも分かりますけれど……」
「それはそうなんだけどね…ただ」
「……?」
私も飲み物で喉を潤して、話を続ける。
あの時の言葉を思い出しながら。
「最初に両親のことを聞いた時、確かに言ったんだよ。殺した、父親と母親を……って」
「………」
到底忘れることのできないあの言葉。
考えないようにはしてきたけれど、でも結局、考えられずにはいられない。
「そう…なんですか」
「もちろん事故かもしれない。あんな小さな子供が親を殺せるとは到底思えないし、やってないと思う」
「………」
あの感じだと、両親のことがよほど好きだったんだ。
なんで殺したと、そう言ったのか。その理由が知りたい。
「幻想郷に来たのはただの偶然じゃなくて、外の世界でそういう怪異とかと繋がりがあったから……とかね」
「まあ、なくはない話だとは思いますけど……実際にそういう感じはするんですか?」
「いやもうまったく」
「あら…」
心を痛めた普通の人間の子という印象しか……
一応、霊力とかも僅かではあるがあるみたいだった。でも反応に僅か……というか、普通の人間と同じくらいしかない。
本当に、普通の女の子。
私の目にはそうとしか映らない。
「まあ…考えすぎかもしれないけどね」
「そうだといいですねぇ」
「……うん」
また一つ、そう言って不安を飲み込んだ。