毛玉さん今日もふわふわと   作:あぱ

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九

声が聞こえる。

本当は聞こえちゃいけない声。

 

聞こえないふりをする。

みんなには聞こえていないから。

 

 

それでもお構いなしにその声は話しかけてくる。

 

私にしか聞こえない、声。

 

 

 

耳を貸しちゃダメなことは分かる。

でも、油断するとあっという間に飲み込まれそうで。

ずっと、ずっと、耐えてきて。

 

じんわりと、沈み込むように、自分が消えていくような気がして。

 

 

私はそうやって、少しずつ擦り減っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声が聞こえる。

気遣うような、やさしい声。

 

あの声を聞いている時は、心が温かくなる。

一緒にいると、あの声が遠ざかっていく。

 

 

その声は誰にだってやさしい。

もちろん私にもやさしい。

 

でも、私に向けて話してくれる。

 

私のために発してくれる、声。

 

 

なんだか居心地が良くて。

一緒にいると、どんどん記憶や想いが蘇ってきて。

 

沈んでいた私を、浮かばせるように引き上げてくれる。

 

私もまだ、沈みたくないと思った。

 

 

 

 

そうして私はまた、聞こえないふりをする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……終わった?」

「うん、終わった」

「じゃあ帰ろっか」

「うん」

 

花畑を見せた少し後から、毎日ミナはここに通うようになった。

 

この花たちは、枯れない花だ。

もちろん花の散り際が好きって人の気持ちは尊重するしその気持ちも大いに理解できるんだけど。

 

なんというかこう、散って欲しくないこともあるというか。

 

 

そんな枯れない花畑にミナは毎日のようにやってきて、まるで祈りを捧ぐかのように毎日、日が暮れる前に一本ずつ、花の前で目を閉じて佇んでいる。

 

何してるんの?と聞いてみたら。

 

 

「刻み込んでるんだ。1日1日を、このお花たちに」

 

 

そう帰ってきた。

言葉の意味は……良く分からん。

しかしよく見てみると、ミナの霊力が私の作った花に流れ込んでいくのを感知できた。

 

その霊力を流すということが「刻み込む」ということなのだろうか。

 

 

「忘れるのは怖いよ」

 

ぽつりと、そう呟いた。

 

「………怖い?」

「そこにあったってことをみんな忘れちゃったら、それはなかったっていうのと同じになっちゃうから」

「………そうだね」

 

きっと両親のことだろう。

この子はちゃんと理解している、知っているんだ。死んだ人たちの存在を保っているのは、残された私たちの記憶だけなのだと。

 

恐怖しているんだろう、いつの日か、両親を忘れてしまって、その存在が消え去ってしまうことを。

 

 

「今日のこの一日も、今までも、これからも……忘れるのが怖い。だからこうやって、一日ずつ思い出を刻み込んでるの。忘れても思い出せるように。形にして」

「……そっか」

 

例えば、記念に写真を撮るように。確かにそれは実際にあったことなんだと、その証拠が欲しいから。

だから彼女は花に思いを込めるのだろう、

 

「……いいね、私は好きだよ、そういうの」

「……好き?」

「うん、好き」

 

私だって、忘れるのは怖い。消えるのは怖い。

 

ある種、進むことへの恐怖なんだと思う。

明日になるたびに、少しずつあの人たちの生きた痕跡が掠れていく。記憶から抜け落ちていく。

 

私はこんなんだから、忘れることもないけど。

多分その恐怖を感じているのは霊夢だ。

 

だから私が繋いであげないといけない。

 

 

「……私は覚えておくよ。ミナのことも、ミナとの思い出も」

「………忘れない?」

「忘れない」

 

安心させようとして。ちゃんと目を見て笑顔を浮かべながらそう言った。

そんなことで悩むにはまだ若すぎると、そう思ったから。

 

 

「……忘れられないから辛いことも、あると思う」

「え?」

 

 

憂うような顔をされるとは思ってもみなくて。

 

「なんでもない。帰ろう」

 

取り繕うようにそう言ったのが、引っかかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この言葉はなんて意味?」

「ええと……嘘も時と場合によっては必要、みたいな」

 

嘘も方便か。

寺子屋ってそういうことわざも教えるんだね。まあ教養というか、知育の面もあるのかな。

 

……いや、そういや私がそういうあんまり使わないのも思考力の向上に繋がるから必要って言ったんだった。

 

「じゃあこれは?」

「これ……は、なんだっけ。思い出す」

 

 

寺子屋の教材。慧音さんが作ってるんだけど、たまに私も手伝ってるから一冊ずつサンプル?みたいな感じでもらって家に置いている。

本当なら寺子屋の教科書は買ったりせずに使い回すから家で勉強したりとかはないんだけどね。

 

なんとなく思い出したので引っ張り出してみたら、意外にも興味を示したのはほころんだった。

 

 

「あ、これは確かね———」

「へぇ……人間って無駄な言い回しが好きなんだな」

「…そうかも」

 

そのやり取りがなんだか微笑ましくてじっと見ていたら、ほころんに睨まれたので肩をすくめて視線を逸らす。

 

 

ほころんの知識レベル。頭はいいから気にしたことなかったけど、確かに知識自体はそんなにないのかもしれない。

一般常識とかは私も教えたりしたけど、身体を手に入れた時点でなんか既に頭は良かったっぽいから妖怪にも色々なんだろう。

 

まあ…多分今の誇芦のこれは、知識欲というよりはミナに教えてもらえるのが新鮮で楽しいとか、そういう感じだと思う。

 

 

「…私も勉強するかな」

 

 

勉強(読書)だけども。

 

小鈴ちゃんは初対面であんなんされてびびったけども、今は普通に話してくれる。

本が色々置いてあるということで、気になった本を貸してもらってこうやって暇な時に読んでいる。

 

 

まあ…今まで散々暇な時間あったんだから、その時にもっと早く読書にハマっていたら今頃私は知識人だったかもしれないが。

 

読んでいるのは小難しい本ではなく一種の図鑑のようなもの。不思議な現象だとか、呪いとか、怪異とか……そういう奴が纏められてる本を読んでる。

 

まあ特にこれといって理由があるわけじゃない。妖怪として生きてる割にこういうのあんま知らないなあと思って手に取ってみた次第だ。

 

 

パッチェさんのところの大図書館とかも本がアホみたいにあるけど、あそこにあるのは魔法関連の本とかそういうのばっかりで……まあ読む気にはならない。

魔理沙もよくもまああんな本ばっかり読めるよ。

 

 

ミナがうちにやってきてから、もうすぐ三ヶ月くらいになるだろうか。

あそこまで追い詰められていた子が、今じゃこうやってほころんと笑い合いながら本を見ているのだから、私にしちゃあ上出来だと言えるだろう。

 

子供の感覚なんてそれこそとっくの昔に失ってしまったけど……三ヶ月は子供に取っちゃあそこそこ長い。

今まで生きてきた時間が短いから、必然的にそれの割合も大きくなる。

 

前を向けるようになるには十分な時間だったのかもしれない。

 

 

 

いい方向に進めていると思う。

 

放浪癖なんてのはそんなのあったっけ?ってくらいにはなっているし。

 

最近は寺子屋でも子供たちと話していることがあるって慧音さんから聞いて、それはもうたまげた。

家でも寺子屋の話をしてくれることもあるけど……友達ではないかもしれないけど、ちょっと仲がいい子もいるみたいで。

 

 

多分元々はとても明るい子だったんだと思う。

元々……というか、本来の気質的には、か。

 

 

「……そのうちなあ」

 

 

いい方向に向かえているのなら、また変わらなきゃならない。

ミナは人間だ、妖怪じゃない。

元々は普通の、人の子だったんだ。人里でも生きていけるようにしなければならない。

 

多分嫌がるだろう。

あの子にとってこの家が居心地のいい場所だと思ってくれているのなら、それは何よりなんだけれど……だからと言って彼女から選択肢を奪うのは良くない。

 

 

これは私の押し付けかもしれない。霊夢にしたことと、そう変わりないかもしれない。

 

そうだとしても、やっぱり彼女には自分で判断できるようになってほしい。

 

 

ちゃんと人間との関わりも知って、人里でも生きていけるようになって。

それでも私達と一緒にいたいって言ったなら、それには応えてあげたい。だからせめてその判断をちゃんと出来るようにしてあげたい。

 

 

「分からない、もっと分かりやすく」

「えぇ……もうだいぶ噛み砕いてる…」

「分かるようになるまで教えるのが教えるってことなんだよ」

「そもそもなんで教えてるんだっけ」

 

 

……花。

思い出を刻んでいるという、花。

忘れないように、思い出せるようにと、そう言ってどこで使い方を覚えたのか、霊力を流し込んでいる、花。

 

私たち以外にも素敵な人は、事はあるんだと。

幻想郷は素晴らしい場所なんだと、そう教えてあげたい。

 

いやそれ以前に人里で落ち着けるようになってもらわないと……

 

最悪私も一緒に人里で生活するって手もあるか……

 

 

まあ、今はまだ早いと思う。

ゆっくりと進めていこう、時間はあるんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何を無くしたって?」

「キーホルダー」

「キーホルダー?……あっあのクマのぬいぐるみのやつ?」

「うん、可愛くないクマのやつ」

「あっ自分で言っちゃうのね」

 

キーホルダーといいつつ鍵なんて持ってないのでただの小物なんだけど……そういえば幻想郷に来る前から持っていたらしい。

 

ちゃんと会話してくれない頃からちゃんと持ってたらしいけど、正直最近になるまで気づかなかった。まあずっとポケットに入れられてたらわからんてな。

 

「……それで、どこで無くしたかは分かる?」

「分かんない」

「分かんないかあ。いつ無くしたかは?」

「今日」

「ざっくりしてんなあ…」

 

今日…今日何したかって。

普通に寺子屋まで送って、寺子屋に迎えに行って、帰ってきて……

 

「家にはなかったんだよね?」

「うん」

「じゃあ無くしたのは帰り道か……まだ時間経ってないだろうし…」

 

私もミナも落としたのに気づかなかった?

それとも寺子屋の中で…?まあそれが一番楽なんだけど…寺子屋の中なら慧音さんに言えば見つかるかもだし。

 

「……まだ暗くなるまでは1、2時間くらいか…」

「…私は——」

「ヘイほころん、探しに行くぞ」

「ゔぇええ、なんで私まで」

「いいから行くんだよ、30秒で支度しな!」

「そう言ったからにはそっちも30秒でやるんだよね?」

「………3分間待ってやる」

 

言うようになったじゃねえか。

 

「わ、私はっ」

「ミナはどうする?家で待ってる?」

「ぁ………」

「ん?」

 

しまった、何か言いかけてるところを遮ってしまったか。

 

「…一緒に行く」

「おっけ。暗くなると困るし急ごうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだった?」

「寺子屋にはなかったって」

「そう……ここ人間の匂い多すぎない?ややこしいったらありゃしないんだけど」

 

鼻をつまみながら不機嫌そうにそう呟くほころん。

 

人里への道には落ちていなかった。であれば人里のどこかで落としたって事だが……

 

「鼻が慣れるまで時間かかるかも」

「んー……じゃあそれまで待つよ。自力で探すのは流石にやる気出ない」

 

そう言ってミナをその辺にあったベンチに座らせる。

 

 

誰かが持って行ったとかなら面倒くさいんだけど……

ほころんにミナの匂いのついたものを追ってもらってる間、寺子屋と他の落とし物センターみたいなところに聞きに行ったけどどこにもなかった。

 

「あの…もう、いいよ」

「は?なんで」

 

ミナが申し訳なさそうに言ったのをほころんがくい気味、キレ気味に聞き返した。どうどう。

 

「…落としたことにも気づかなかったから……」

「……はあ?」

 

意味がわからない様子のほころん。

 

あれかあ、うぅん。

親からもらった大切なものなのに、それなのに忘れてしまったことに対してある種の自分に対する失望を抱いてる、みたいな。

忘れちゃいけないのに忘れてしまったことへの……

 

「じゃあそれ無くしたままで笑えんの?笑えるなら帰るけど」

「それは……」

「無理なんでしょ?じゃあ探す」

「ひひっ、強引だねぇ」

「うるさい」

 

ただまあ、否応無しに押し切るってのも大事だと思うよ。様子を伺ってるだけじゃ取りこぼすものだってあるから。

 

「……鼻は慣れた、探す」

「ん、よろしく」

 

人里へあまり来ることがないほころん、人の多さにくらくらしてたみたいだけどもう割り切ったらしい。

慣れたってのは建前で、さっさと見つけてあげたいってのが本音だろうな。

 

 

人里からの帰り道から匂いを嗅いで行くほころん。その後ろを二人でついていく。

 

「大切な人のことを想い続けたいって気持ちはわかるよ」

「………」

 

返事はせずに、黙って聞いているミナ。

 

「何があったのかは分からないけどさ。贖罪……罪滅ぼしのことだけ考えて生きるのは、辛いよ」

 

彼女にとって、片時も忘れず想い続けることが贖罪なのかもしれない。

けどそんなのは……それは、悲しいよ。

 

「忘れてしまうってことはさ、忘れちゃうほど他のことで満たされてるってことだと思うんだ。それは決して悪いことなんかじゃない」

「………」

「君の人生なんだから、君を生きたっていいんだよ」

 

私が囚われ続けていた分、この子にはそうあっていて欲しいと思う。

 

「だから探そうよ、もういいなんて言わないでさ」

「……うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しゃあ捕まえたァ!このっ、咥えんのやめろこの犬畜生このっ」

 

正体は人里の中で幅を利かせてる野良犬でした。

落としたやつ咥えて寝ぐらに持って帰っていたらしい。見つけたと思ったらそれを咥えて追いかけっこが始まり、激闘の末今に至る。

狂犬病とかねえだろうなテメェ…

 

「シッシッ、もう2度と面見せんなよ」

 

しかしまあ……

よだれまみれ……

傷も入ってるし、治せるかなこれ…私じゃ無理かも。

 

駆け寄ってきたミナが心配そうな私の手元を覗き込む。

 

「……ボロボロだけど、はい、これ」

 

とにかくミナに手渡す。

 

 

「……」

 

 

じっと見つめているミナ。

ボロボロになっててショックを受けてるのかもしれない。

 

 

「また直すよ、知り合いにでも頼ん——」

「ありがとう、二人とも」

「………ん」

「…もう無くさないでよ」

「うん、もう絶対無くさない」

 

 

太陽が沈んですっかり暗くなった景色の中。

そう言ったミナの表情を見て、顔を見合わせた私たちは安堵するように笑ったのだった。

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