「……なんです?このちっさい汚ったない人形」
「お前自分の大切なものが他人にそんな風に言われたらどんな気持ちになる?」
「えっあっ、すすすみません…」
「まあ私のものじゃないんだけど」
「???」
働いてる途中のるりの部屋にやってきた。紙束と睨めっこする仕事の最中だったらしいけどとりあえず中に入れてもらえた。
「聞いてない?私の家にいる人間の子」
「あー、にとりさんから聞きました。それが?」
「それね、その子の大切にしてた人形」
「直せと」
「話が早いぃ〜」
「ひえぇ〜」
なんで怯える必要があるんだ。
「人形の修繕って面倒くさいんですよねぇ……というか面倒くさいからやったことないですし…」
「いけるいける」
「あたしの何を知ってそんな無責任な……というか、その、なんでしたっけ?魔法の森のご友人?に頼めばいいじゃないですか」
「それはそうなんだけどねぇ?他にもやりたいことがあるっていうか」
「やりたいことぉ?」
なんだその訝しげな視線は。
「別にそんな怪しいことじゃないよ?」
「まあ…なんでもいいですけど。どうせ拒否権ないですし」
「拗ねんなって」
「拗ねてません」
ちょっと機嫌悪そうじゃん…いやまあ無償で色々頼んでる私がそれにどうこう言う権利はないんだけど。
「それで、いつまでに直せばいいんです?」
「んー、るりの次の休みまでに」
「……なんですか?その日時指定」
「なんだと思う?」
「あー、うあー、おあー」
壊れちゃった。
「なんか面倒くさいことになる確信があるので……まあとりあえずその日は空けておきますね」
「分かってんじゃーん」
「大きなため息つきながら睨んで背を向けましょうか?」
「的確に私の心を抉る所作するじゃん、やめてね」
「冗談です」
そんなことされたら泣いちゃうぞ。
お前私に対しては気が強くなったなあ……成長を感じてあたしゃ嬉しいよ。
「じゃ私はこれで」
「あ、ちょっと待ってください」
「ん?」
引き止められたと思ったら、左肩に手を回され一瞬で義手を外された。なに急に、怖いが。
「恐ろしく早い取り外し、普通に見逃した」
「あー、やっぱりここ歪んでる……ちゃんと定期点検はしないとダメですよ毛糸さん」
「んえぇ、めんどくさくて…」
手早く中を弄って確認し始めるるり。歪んでいるっていうのは肘の辺りの間接部の話だろう。確かにちょっと動かしにくかったけども、別にいいかなあって……
「おかしいって思ったらちゃんとその時に持って来てくれないと……にとりさんは毛糸さんに甘いからって、そういうのは良くないですよ」
「え?甘いの?」
「甘いです」
「そうなの…?」
そう感じたことないけどなあ…
「というか、にとりさんに限らずみんな毛糸さんに気を使いすぎなんですよ。私なんてことあるごとにやれ引きこもりだの、ぼっちだの、陰気だのうじうじしてるだの内向的だの」
「そこまで言った覚えないけど、ごめんやん」
「とにかく、今軽く調整してるので、それ終わってから帰ってくださいね」
「うぃす…」
気を遣ってるかあ。
まあ実際そうなんだろうな。私の何がそうさせてしまっているのかは自分でもよくわからないんだけど……
そういうの、ちゃんと直さないとな。
「……ありがとうな、るり」
「…何に対して?」
「んー、全部」
「…どういたしまして」
「……それで?」
毛糸さんの横にいる、黒い髪の少女に目を向ける。
「あたしに子守をしろと?」
「イェア!」
「あたしにも堪忍袋ってものがあるのはご存知で?」
「なにそれ初めて聞いた、どんな袋?」
「待っててくださいね、今散弾浴びせるので」
「ガチだあ」
イラっと来てしまった。
「とりあえずちゃんと説明してください、話はそれからです」
「用事あるからその間預かっててほしいなって」
「なんでここ?しかもここ妖怪の山ですよ?人間の子供連れてくるやつがありますか?」
「……社会経験?」
「あ、もういいです分かりました」
苛立ちをぶつけるくらいなら甘んじて現実を受け入れた方が楽だと、そう判断した。
「別にいいんですけど、毛糸さんなんか用事あるんですか?」
「うん、文たちと遊んでくる」
「弓矢と毒どこにあったっけ…」
「毒矢射ろうとしてる?やめてね?」
人に子供押し付けて自分は遊んでくるって、なんかこう……殴っていいやつだろうか、これ。殴らないけど。でも怒っていいと思う。
「ハァ…日が落ちるまでには迎えに来てくださいよ」
「ん、よろしくね〜」
軽く言ってくれる……
落ち着かない様子の人間の子供にゆっくり近づく。
「これ、君のだよね」
修繕が終わったクマの小さな人形を手渡す。
「あ…直ってる…」
「毛糸さんに頼まれたから」
色んな角度からジロジロな見つめたあと、直っているのを確認してほっと息を吐くその子。よほど大事にしていたものだったんだろう、大切に持っていたのは直していても伝わってきた。
「あたしるりって言うんだ。君は?」
「……ミナ」
「よろしくね、ミナちゃん」
「うん……あと、ありがとうございます」
ぺこり、と頭を下げたミナちゃん。
毛糸さんより全然礼儀正しいや。
「とりあえず座ってゆっくりしてて。暗い部屋だけど」
毛糸さん、本当に預ける先がないとか、嫌がらせとかでわざわざこんなことはしてこない人だとあたしは勝手に思っている。
となるとこの子をあたしに預けてきたのは、多分この子に何かしらを得て欲しいから……なんじゃないかと思う。
まさかあたしの為に、ってことはないだろうし。
そんなにおかしな子には見えないけど………あ、でも妖怪を目の前にして特に動じてないってのは不思議なところかもしれない。
「るり…さんって」
口を開いたので耳を傾ける。
「カッパなんだよね?」
「うん、そうだよ」
「そう……」
毛糸さんから聞いたんだろう、妖怪の山じゃ特に珍しくもない種族だけど、気になったのだろうか。
「じゃあやっぱりハゲてるの?」
「……ハゲ?」
「頭」
頭…?
「…………………………………はっ、ハゲてないけど!!?!?」
「じゃあお皿があるの?その帽子の中」
「そっそれは……」
「ハゲてる?」
「ハゲてませんッッ!」
「じゃあ帽子の中見せて」
「なっ…こっ、あっ、ぐぎがっ」
初対面でいきなりなんてことを聞いてくるんだこの子はッ。
「……企業秘密っ!!」
「……そっか」
ちゃんと躾けてもらわないと困りますよホントッ、毛糸さんのバカッ。
「ふぅ……でも毛糸さんが迎えに来るまで暇だよね、どうしようかな…」
あの人はあたしに何を期待してるのやら……
お話……見る限りじゃう向こうもそんなに話すタイプの子じゃないっぽいから盛り上がらないだろうし。
かといって子供が遊べるようなおもちゃ……人間の子供って何して遊ぶんだろう…
外に行くのは……他の妖怪からすれば人間の子供は目立つだろうし、そもそも引きこもりにとっては論外だし……
「んー……ん?」
首を傾げて思案していると、その子が壁の方をじっと見ているのに気づいた。
え……見えちゃいけないものが見えるタイプの子……?確かにそんな雰囲気が……
「これ……描いたの?」
「え?あ、絵」
見てたのは壁に立てかけていたいつぞやの風景画だった。そういえば飾ってたなあ、そんなの。
「うん、あたしが描いたよ」
「すごい……」
そう漏らしてじっと絵を見つめているミナちゃん。
……なるほど、それがあったか。
「一緒に描いてみる?」
「…え?」
「お前ら昼間っから飲酒とかいい身分だな」
「休暇の特権ですよぉ!」
勢いよく元気な返事を返してくる文。いい笑顔だ。
「毎度思いますが、酒が飲めない毛糸さんと好きじゃない足臭さんは人性の九文九厘損してますよ」
「お前らの人生ほぼ酒で構成されてるんだよな、その言い分だと」
「そうですよ?」
「そうですけど」
「なーんで俺はこいつらと一緒にいるのかねぇ」
かわいそうな足臭さん……
「にしても、毛糸から誘ってくるなんて珍しいじゃないか。休日の調整まで気を回してたんだろ?」
「まあそうだけど……大体文だよ。こいつ酒飲める時だけめっちゃやる気出すんだもん」
「当たり前ですよねぇ!」
にとりんと一緒に文に呆れた視線を送る。
そう、文たちを誘ってプチ宴会しようと誘ったのは私。
何故かっていうとまあ……やりたかったからだが。
ミナとるりを会わせてる間、暇なのでこうしてみようと思った次第だ。実質押し付けてる間に飲み会するのもいかがなことかと思わんでもないが……
まあ、どうせるりは来ても萎縮して泡吹くのがオチなので、それならあいつ抜きでやらせてもらおうと思ったわけで。
イジメではない、断じてない。
「みんな最近どうなのよ、急に神様生えてきて大変だったりしない?」
「俺と椛は特に変わりはないな」
「下っ端と一緒にされるのは癪ですけど、まあそうですね」
まあそりゃそうか。白狼天狗なんてそれこそやること変わらないだろうし。
「宴席で仕事の話やめません!?酔いが覚めるんですけどッ!」
「くだらない新聞作るのやめたらいいんじゃねえか」
「同感です」
「同感〜」
「そんな酷いん?それ」
話には聞いてるけど読んだことないんだよな……燃やされてるのは見たことあるけど。
「うぅ…みんなしてイジめてくる…今日はヤケ酒だぁ!」
まあ……このテンションが収まらないところ見るに、色々大変なのは察せられるけども。
「にとりんは?なんか変わったことある?」
「変わったも何も、人間が簡単に神社に来れるような移動手段作れって言われて頭抱えてるところだよ」
「あ〜………そういやそんな話あったな」
ゴンドラだっけ。……いやロープウェイだったか?
そもそも違いってなんだったっけ…?
……まあまず人里に話通さないと行けないだろうし、安全性とかも諸々人間基準だろうし、そもそも作ったことないだろうし……
河童の代表みたいなところあるから、大変なんだろうなにとりんも。
「……そういう毛糸さんはどうなんですか」
文が机に顎を乗せてジト目でそう言ってくる。
いやでもお前は私が人間の子供と一緒に暮らしてるの絶対知ってるだろ。
「うーん……まあそうだね。ちょっとだけ———」
「毛糸さんって変な人でしょ?」
「うん、すごく変」
「だよねぇ」
妖怪もあまり近寄らないような、山の妖怪たちの生活圏から少し外れた、周りの風景を見下ろせるようなそんな場所。
早速横に並んで描き始めたあたしたちは、取り止めもない話を続けながら目に映る世界を描いていく。
「ご飯作ってくれるし、怪我とかしたら心配するし、いつも人里まで送っていってくれるし」
親…?
「なんで私のためにそこまでするのか分かんない」
「まあ毛糸さん変な人だから……気まぐれじゃなくて何か考えがあるんだとは思うけどね」
「考え…」
まああの人、適当な時もあればそうじゃない時もあるからよくわからない。大概適当だと思うけど……
「毛糸さんってそういう人なんだよ。ただの知り合いとか友達とか、その程度の人のために必死で、全力になったりする」
「……お節介?」
「そうそう」
こんな小さな子でも共感できるくらいなんだ……と、改めて変な人だなという認識を強める。
「でもあたしは、あの人のお節介、ありがたいって思っちゃうなあ」
「…どうして?」
「うーん…」
色々あるけど…
まああの人の場合お節介だけじゃなくて面倒くさいこともさせたりしてくるけれど、それはあたしがそれをしてもいいくらい前を向けるようになってるってことだと思うから。
「毛糸さんだけじゃないけど……色んなものを見せてもらったから」
閉じこもってたあたしの扉をこじ開けて連れ出してくれたのは、あの人やにとりさんだったから。
「毛糸さんがいなかったら、今あたしはこうやって外に出て絵を描いたりしてなかったと思う。……変えてくれたんだ、あの人は」
「変えた……」
「君もそうなんじゃないかな」
「………」
彼女の塗る色は私のそれよりもずっと鮮やかだった。
私にとってはもう見慣れた景色でも、彼女の目にはもっと新鮮で、綺麗なものに映っているのだろう。
「変わるのは、怖くないの?」
「え?」
「いつも良い方向に変わるわけじゃないから……今のままで良いって思うことはないの?」
「うーん……」
それはその通りだ。
変わる必要なんてないかもしれない、今が最善かもしれない。
今を守るために戦ってきたことだってあるし……
「私はときどき…怖くなる。明日になったら、急に全部変わって、また全部無くなっちゃうんじゃないかって」
「………」
まるで一度、本当に全部無くしたかのような言い方。
何があったのかは知らないけど、辛いことだったんだろう。
「変わるのが怖いってのは……今のままを望むってのは悪いことじゃないよ。でも何もしなくたって明日は来ちゃうからさ」
誰もがそう強くあれるわけではない。
それはきっとにとりさんも、毛糸さんも、他のみんなもそうで。
「時間を止められるわけじゃない。止めれたって、いつかは時計の針を前に進めなきゃいけない。何だっていつかは変わっちゃうんだよ」
あたしが変わったように。
世界も変わったように。
「その変化をより良いものにしたいって、そう思いたいかな、あたしは」
「………」
「君だって、良い方向に変われていったから、今の君があるんだと思うよ」
「……そう、なのかな」
不変はない。
それなら前を向けるように変わりたいって、私は思う。
「…色の塗り方、教えてあげよっか?」
「…いいの?」
「もちろん」
綺麗な絵を描く子だと思った。
まるで葉っぱ一つ一つが輝いているような……見るもの全てが尊いほど美しく見えているような、そんな意志を感じる絵。
ただただ見たままを描きがちな私とは違う絵。
この子の目には、この世界がよほど綺麗に見えているらしい。
そう思わせたのはきっと、毛糸さんなんだろうなぁ。