毛玉さん今日もふわふわと   作:あぱ

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十一

 

 

これはまあ、なんだって当たり前のことで。

 

終わりというものはいつか必ず来る。

終わりがあるから始まりがあるとも言えるし……

それが永遠に続くだなんて自信持って言える奴は少ないだろう。

 

 

私たちはいつか来る終わりのために生きているのかもしれない。

 

全てが終わった時に心晴れやかな気持ちでいられるように。

心残りのないようにするために。

辛いことが終わったあとを楽しむために。

 

 

最後のその時を、笑顔で迎えるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミナがやってきて4、5ヶ月くらいだろうか。

 

「今日晩ご飯何?」

「焼きそば」

「やった」

 

随分とまあ、色々豊かになった。

言葉の扱いもそうだし、表情も感情も……本来のこの子に戻ってきたと言うべきなのかもしれないけれど。

 

「あ、また後でついてきてくれる?」

「ん、いいよ。ご飯の支度終わったら行こうか」

「ありがとう」

 

何より、よく笑うようになった。

最初に出会った頃がまるで嘘かのようにくしゃっとした笑顔を見せてくれる。

 

最初の頃はあんなに長く感じていた日々が気づけば何ヶ月も経っていたのは、彼女との生活が日常となっていたからなんだろう。

 

「……そろそろかなぁ」

 

寺子屋でも上手くやれているらしい。仲良くしている子とも関係が続いているようで、多分友達と呼んでも差し支えないだろう。

 

そろそろ、人里に預けてもいいかもしれない。

 

この子は魔理沙や霊夢のように強いわけじゃない。いや、もちろん鍛えればあるいは……かもしれないけれど。

感覚で霊力はちょっと扱えるみたいだけど、人里の外で生きていくとなるも流石に心配になる。

 

押し付けかもしれないけど、人間は人里で暮らすのが普通なんだ。少なくとも私の目から見てこの子は「普通」になった。

辛いことがあったんだろうに、逃げ出さずにここまで前を向いてくれるようになった。ならもう私は、この子に普通を与えてあげたい。

 

「……っし、行こうか」

「うん」

「ほころんは?どうする」

「…めんどいからいい」

「一緒に行こうよ」

「……仕方ないなあ」

 

なんかミナに対して甘くない?お前。

素直というか優しいというか……私にもそれくらいしてくれていいんだよ?

 

 

 

 

 

 

「毎日飽きないなぁ」

「それだけあの子にとって意味のあることってことなんだよ」

 

日課となった、まるで祈りを捧げるかのように一日に一本ずつ花の前で静かに佇むミナの姿を見て、ほころんが欠伸をしながら呟いた。

 

「なんだっけ、思い出を残してるんだっけ?」

「霊力流し込んでるし……私たちにゃよく分からんけど、あの子にとっちゃ日記みたいなもんなのかもね」

「日記ねぇ…」

 

ミナはこの行為を随分と大事にしている。雨が降っていようが暴風が吹きつけていようが何とかして完遂しようとする。

まあ熱意を持つのはいいことだが……

 

人里に住んでもらうとなるとこれがなあ……今は私たちがついていけるから大丈夫だけど、毎日人里とここを往復するとなると流石に……

 

様子は見るつもりだけれど、毎日私が人里に行って面倒見るようじゃ今と大差ないし……

 

「……というか、そろそろ咲いた花全部になるんじゃない?」

「ん?マジ?」

 

言われてみればそうか。

もともとそんなに広く作ったわけでもないし、せいぜい200本もないくらいの花だったろう。

月日の流れを感じてすこし感慨深いが……

 

「そろそろ新しく咲かそうか?」

 

日課を終えてこちらへ歩いて戻ってきたところにそう言った。

 

「……ううん、大丈夫」

「…へ、そうなの?」

 

咲かす気満々だったので肩透かしを食らってしまった。

 

 

「これだけあれば十分だよ。もう十分込めたから」

「……ミナ?」

 

 

まるで何かを悟っているかのような物言いに、根拠のない不安感が込み上げてくる。

この子はまだ全てを話してくれてはいない。

 

「ほら、早く帰ってご飯食べようよ」

 

先を行って振り返り、私たちに向けて笑顔をこぼすミナ。

何か大事なものを……取り返しのつかないものを見逃している…そんな不安。それを私はひとまず飲み込むことにした。

 

今彼女がそうやって笑えている日常が何よりだと、そう思ったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…暇ねぇ」

 

床に転がって、シミのついた天井を見上げる。

無駄に立地の悪い神社だ、まともなやつはやって来ない。

 

異変が起きて欲しいというわけじゃないけれど、何らかの刺激は欲しい。

少し前までは毛糸がよく訪ねてきてくれたが、今は人間の子供を相手するのに忙しいらしい。

 

ミナと言ったか。

もう数ヶ月になるけれど一度も見たことはない。見たいとも思わないんだけど。

 

 

「…守矢は通いやすくなるんだっけ」

 

何かこう、神社まで直通で行ける乗り物を作るとか何とか……山の妖怪のやることはよくわからない。

まあもし何か問題を起こしたら潰しに行ってやることにしよう、暇だし。

 

 

先代なら修行しろって口うるさく言っているところだろうが、死人に口無し。自堕落を叱ってくれる存在がいないというのは、気楽なようで寂しいものである。

 

「毛糸は私に甘いしねぇ…」

 

罪悪感が抜けきっていないんじゃないだろうか。……いや、昔から割と甘かった気がする。

自分には変な方向で厳しいくせに……

 

多分その人間の子供も、気遣いと優しさを飽きるほど押し付けられているのではないだろうか。想像に容易い。

 

 

「…やっぱり、未練とかあるのかしら」

 

 

まあそういうのを放っておけない性格なのだと言えばそうなのだろうけれど。

外の世界から来た子供に付きっきりになってしまうのは、何百年生きても元いた世界が気になってしまうからとか……

心のどこかでは戻りたいとか、うっすらと感じているのかもしれない。

 

「………」

 

別れはどんな形であれいつかは必ずくる。

願わくば寂しい別れはしたくないものだけど……

 

「……あ、来た」

 

隠す気もなく堂々と気配を出して、途中まで飛んできたくせに神社の手前まで来たら何故かかしこまって階段を登り始める。

 

「何の体裁なんだか」

 

そういえば昔からそうだったか。先代も同じことを言っていた気がする。

 

「…変わらないものね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どうなの、その子の様子は」

「随分マシになったよ。もうおつかいに出してもいいかなレベル」

「それは……どう……んん…?」

「同じくらいの年の子供とそう変わらないってこと。……まあ、少々落ち着きすぎなところはあるけどね」

 

お菓子を口に運んで茶を啜り、私の話を聞く霊夢。

 

「そろそろ人里で暮らさせようと思ってるんだ。妖怪ばっかといちゃあ、ちゃんとした人間に育つか不安だからさ」

「ああ、ちっさい頃から人のいない森でキノコに囲まれて頭やられて盗人になった知り合いならいるから、その方がいいかもね」

「あらやだ、私その子が森で暮らすの手伝った気がするわ」

「同じ失敗はしないといいわね」

 

親父さん泣くぞ魔理沙。……まあ逞しくやってるのを見て安心はしている‥…というより心配はしていなかったみたいだけど。

 

「あなたは寂しくないの?」

「え?」

「それなりに情も湧いてるでしょう、そんなさっぱり別れられるの?」

 

お前は私をなんだと思ってるんだ。

 

「今生の別れでもないのに、数ヶ月面倒見ただけでそこまでにはなんないよ」

「どうだか」

「そりゃあ寂しくはなるだろうけどさ、あの子がちゃんと生きていってくれるのが一番なんだよ」

「ふーん……」

 

なんだよその目。

嘘は言ってないぞ嘘は。

 

「その子は納得してるの?」

「してる……と思うよ?というよりはあんまり興味なさそうというか…」

 

そのうち人里に住んでほしいと伝えても、そんなに反応もなく分かったと溢すだけ。あんまり興味なさそうというか……

 

将来のこととか、ちょっと遠い未来のことを話すと途端に興味をなくすというか、どうでもよさそうにしてくる。

 

「まあよく分からないけど、拗れたりはしないようにね」

「私たちみたいに?」

「あれはあんたが勝手に捻じ曲がってただけでしょうが」

「はい……」

 

いやもう全くもってその通りです……

 

「……というか、このお菓子あなたが作ったの?」

「ん、そうだよ。焼いてみました」

「へぇ……やるじゃない」

 

そう言いながらまた一つクッキーを口へと運ぶ霊夢。

へへっ、クッキーっていざ作ってみるとめちゃくちゃ身体に悪そうなもん入ってるんだぜ、こえーだろ。

 

「これもその子のために?」

「ん、まあそんなとこ」

「頑張るわねぇ」

 

ほころんと二人で暮らしてた時はそんなに食事に気を使うこともなかった。あいつはそんなに食べたがらないし、私もぶっちゃけ作るの面倒臭いし。でもミナが来てからは毎日3食3人揃って食べれる時は食べるようになっていた。

 

「いやあ、でも料理って虚しいね。1、2時間かけて作ったものがものの10分程度で平らげられるんだよ。世の中のお母さんすげーわ」

「…確かにそう言われるとすごく非効率ね」

「食べ終えた後に笑顔で美味しかったって言ってくれなかったら私は心が折れてる」

 

時間だけはあるから毎回手料理だけど……分かったことといえば、紅魔館で出てくる料理はマジで美味しい。あそこに住んだら紅色が目に悪いのに目を瞑ればQOL爆上がりしそう。

 

「まあここ最近が今までの人生で一番料理頑張ってるかもなあ」

「………あなた」

 

霊夢が正面から見つめてくる。

 

 

「随分と楽しそうね?」

「……うん、楽しいよ」

 

 

私と彼女との日常が確かな糧として、積み重ねとして現れている。あの子は私に笑顔を向けてくれるようになったし、それを見て私はもっと頑張ろうと思える。

 

「……そう、ならいいわ」

「……?霊夢もよかったらミナに会ってみる?」

「気が向いたらね。偶然人里で鉢合わせるのを待つことにするわ」

「そっか」

 

すこし引っかかるところはあったが、本人がすぐに普段の調子に戻ろうとしていたので私も気にしないことにした。

何でもかんでも気にかけるのが親しい仲ってもんじゃないからね。私は弁えられる妖怪だよ。

 

 

「あなたのことだから心配いらないと思うけれど……その子のこと、ちゃんと大事にしてあげなさいよ」

「お生憎様、どこかの誰かさんよりは素直でいい子だよ」

「……捻くれてて悪かったわね」

「あれえ自覚あったんだぁ?………スペルカード構えるのは違うじゃん?」

「売られた喧嘩は買うタチなの」

「こちら非売品となっておりますっ」

「まあまあそう言わずに」

「ヒィェ…」

 

 

とっ、年頃の女の子がそんな顔をするんじゃありませんッ。泣く子も黙るどころか漏らすよそれ…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、また今度」

「えぇ、また今度」

 

彼女は飛び去っていく。

来るときは階段を登ってきたくせに、帰りはその姿を空に浮かべながら。

 

 

 

このもやもやとした感情はなんなのだろうか。

掴みどころのない違和感が私の中で燻って、無視しようとすると暴れ出して、存在を主張してくる。

見逃すなと、認めろと。

 

 

「……あの時」

 

毛糸が楽しいと、そう言い切った時。

不安や焦り…色んなものが入り混じったような、不快な何かが私の中に込み上げてきた。

それがもやもやの正体。

 

 

一体なぜ?

彼女が幸せそうにしていたら、何故私がこんな気持ちになる?

 

その人の子について話している時の毛糸の表情が、私には滅多に見せないような表情だったから?

だとしてもそれがどうしたというのだろうか、何の問題があるというのだろうか。

 

 

「……嫉妬?」

 

 

自分ではない人間と過ごし、心底楽しそうにしているその姿を、その表情を見て嫉妬した…?

 

 

「私が…?ないない」

 

くだらない考えを打ち捨てる。

私はあの表情を見て安堵したんだ、それなのに妬くというのは意味がわからない。

 

何よりしっくりきていない。

自分で納得いっていないものを自分の本心として受け入れられるはずがない。

 

 

もっと別の、もっと……もっと……

 

 

 

「……あ」

 

唸り声を出して思考しながら部屋を歩き回っていると、ふとその花が手に入った。

紅と白の花びらの、毛糸が私のために一から作ってくれた枯れない花。

 

 

 

 

すとんと、腑に落ちた。

 

 

 

 

確かに私は安堵した。彼女が笑えているのを見て。

そして同時に不安になった、その笑顔が消えてしまうのを想像して。

 

「懲りないわね…あなたも」

 

 

二度だ。

 

二度、彼女は失っている。

人間との繋がりを、絆を、命を。

その度に心に深く、深く癒えない傷を追い、それを抱えて今も生きている。

 

 

 

心配なんだ、彼女がまた大切なものを失ってしまうのが。

 

 

それだけ大切にしている人間の子供が、もしある日突然手の届かないところに行ってしまったら。

失ってしまったら、その時彼女はどうなるのだろうか。

 

 

杞憂なのはわかっている。過去の2度が不幸だったということも、私はその悲劇の上に立っていることも。

 

「…大丈夫よね、きっと」

 

今までとは時代が違う。

人が、妖怪が、幻想郷が変わってきたからこそ、私と毛糸は同じところにいることができるんだ。

 

 

「毛糸なら大丈夫。……そうよね?」

 

 

手に持った二つの木彫りの花びらを見つめてそう呟いて。

消えない不安を、花びらと一緒にしまい込んだ。

 

 

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