毛玉さん今日もふわふわと   作:あぱ

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十七

驚いた表情をするミナ。

まだいてくれてよかったと、その顔を見て安堵する。まだ切り離せる余地はありそうだ。

 

 

「あれでバイバイはそらないよ。私全然納得行ってないもん」

「でも…」

「でも会えてよかった。君は君で、ちゃんとこの中に存在してるんだね」

「………」

「そんな顔すんなよ、私に会えて嬉しくないの?」

「嬉しいよ、嬉しいけど…っ」

 

 

近づけない。

ここに入り込んだはいいものの、私は泥に足を取られて動けなくて、ミナの方は近づかない。

背中を丸めて悲しそうにするあの子を抱いてやることもできない。

 

 

「なんで……分かってくれないの…?」

「分かってるよ」

「全然分かってない!私はっ!」

「私がためらわないように、ちゃんとできるように、わざとあんな風に突き放したんだよね」

「っ…」

 

 

この子は優しい子だけど、それだけじゃない。

自分が幸せになるのが……満たされるのが許せないんだ。

 

 

「お別れって悲しいもんな。それでも私が迷わないように、一方的にお別れ言ってきたんだろ?でも納得できないよそんなの」

「………」

 

もっと自由に生きていいはずなのにな。

私たちは何かに縛られずにはいられない。

人の想いとか、良心とか理性とか……そういうのに。

 

 

「…私は、この沼から抜け出せない。それは嘘じゃない」

「……うん」

「もし抜け出せたとしても、みんなとの思い出は無くなっちゃう」

「…そうだね」

「だから、どうしようもないから、私を…」

「無理だよ」

「……なんで」

 

今にも泣き出しそうな顔

泣いていいのにな、別に。誰が止めたわけでもないのに。

 

 

「なんで、私のことを諦めてくれないの?」

「君とこのままお別れするのが嫌だから」

「っ……だから…無理なんだって……」

 

 

顔見りゃわかるよ。

君も本当は、もっと行きたいんだよね。行けるとこまで、息が切れるまで走って……もっと、先へ。

 

 

「無理なんだってば……もしどうにかなったとしても、私は全部忘れてて……ここで生きてたミナじゃなくなっちゃう」

 

 

…これは間違いじゃない。

この闇の中に私も足を踏み入れてるからこそわかる。彼女とここを切り離すと、大事なものもなくなってしまう。

 

それでも……

 

 

「大丈夫だよ。きっと思い出せる」

「……何で、そう言い切れるの……」

「思い出って、そう簡単には消えてくれないんだよ」

「………」

 

ようやく私の顔を見るミナ。

 

「もちろんいつかは色褪せて消えてしまうかもしれない。でもさ、自分を照らしてくれるような、輝かしい思い出も。消えてしまいたくなるような暗い思い出も………私たちの中に残り続けるんだよ」

「………」

 

君もそうだと思うよ、ミナ。

私たちはみんな、いつかの思い出の、その残光を脳裏に焼き付けて生きているんだ。

 

「きっと思い出せるよ。私たちはちゃんと、それだけの思い出を積み重ねてきた」

「…できなかったら、どうするの」

 

 

やるせなさが伝わってくる。

 

 

「私はもう死んでる!普通じゃないっ!……思い出せなかったら、どうするの」

「………」

 

 

君がなんで無縁塚で力尽きていたのか。

幻想郷に入り込んでしまうその直前には何があったのか。

それはもう、聞かないよ。

 

 

 でもさ

 

 

「幻想郷じゃね。普通じゃないなんて、普通のことなんだよ」

 

 

目を閉じて、思い出す。

 

今まで出会ってきた全てを。

その色を、輝きを、華やかさを。

 

 

「心を閉ざすやつもいる、運命が視えるやつだっている」

 

 

まるで種類の違う、何一つとして同じもののない、花畑のような、そんな世界を。

 

 

「不死身なやつだって、時間を止められるやつだって……」

 

 

この美しい世界に、咲き乱れてきた沢山の花々を。

 

 

「こんな変な毛玉だって、いるんだから」

 

なんだっているんだ、この世界は。

 

 

 

「それにさ、思い出せなかったとしてもそれはそれでいいんだ。君の思い出は、私たちがちゃんと持ってるし、それにさ」

 

 

踏み出す。

 

足を抜こうとすると途端に伝わってくる、血管一つ一つが千切れるような痛みを無視して、無理やり足を泥から引き抜いて一歩、ミナの方へと近寄った。

 

 

 

 

「消えてしまったのなら、もう一度紡ごう。君と、私たちの時間を、最初から。……そうすれば、私たちは()()逢える」

 

 

 

 

泥がドクンと、まるで脈動のように強く揺れ動く。

 

 

「…今度は名前も覚えてないかもしれないし」

「うん」

 

弱々しい声で話し始めるミナ。

 

 

「今の私とは何もかも違う人になってるかもしれない」

「かもね」

 

不安そうな彼女に落ち着いて、優しく相槌を打つ。

 

 

「酷いことも言うかもしれないし、逃げ出したりもするかもしれない」

「その時は追っかけるよ」

 

記憶がなくなったとしても私は、君は君であると信じ続ける。思い出がどうとか関係ない、一緒にいたいからそうする。

 

 

「———して」

 

 

闇の中に消えてしまうようなか細い声。

 

 

 

「どうして、そこまでしてくれるの?」

 

 

 

泣き出しそうな、震えた声でそう聞いてきた。

 

「今だけじゃない。初めて出会った時から……こんな、おかしな私のため色んなことをしてくれた。()を思い出させてくれた。沢山の思い出を……作ってくれた」

「………」

「どうして?なんで私なんかのために……」

 

理由はそりゃあ、たくさんある。

放っておけなかったからとか、心配とか同情とか。

なんなら暇つぶしとか、そんな風にさえ思ってきたかもしれないと今になって思う。

 

いや……でも……

 

 

「理由なら色々あるけど……一番は…」

 

辛そうな顔をするミナに向けて、精一杯笑ってみせる。

 

 

 

「繋げたかったんだ、誰かに」

 

 

 

誰でもよかったってわけじゃない。

誰かがよかった、それがミナだった。

 

 

「私もさ、ずっと一人ぼっちだったんだよ。勝手に閉ざして引きこもって……伸ばしてくれた手を取れるほど勇気もなくて」

「……寂しかった?」

「寂しかったし、何やってんだろうなってなったよ」

 

でも、分かっててもダメなものはダメで。

変わった方がいいって解ってても、そうできなくて。

 

「それでも…みんな、私に色んなものをくれたんだ。たくさんのことをしてくれたし……全部、宝物みたいに大事な思い出だよ」

「………」

「最近の話なんだけどね。私がずっと酷いことしてきた子が、私のことを救ってくれたんだ。少しずつだけど、もっと好きに生きていいんだって……自由にしていいんだって、そう思えるようにしてくれたんだ」

 

出会ってきた人全てが。

経験したこと全てが。

 

全部ぐっちゃぐちゃになって、私はいる。

 

 

そして、今まで歩いてきた道を振り返ってふと、思った。

 

 

「私は、みんながくれたこの温もりを…………私はほんのちょっとでもみんなに返せてるのかなって、思ってさ」

「温もり…」

「そう。……誰かが一緒にいてくれるって、あったかいでしょ?」

「……うん、そうだね」

 

 

こんな私でも変わらずに友達としていてくれて、色んなものを与えてくれたみんなに、ちゃんと返せているのかなって。

 

 

「でも…みんな優しいからさ、きっと私が返そうとしても十分だとか、もう貰ってるとか言ってくると思うんだよ」

 

 

それに、返そうと躍起になっているのもみんなはあんまり良く思わないだろうし。

 

 

「だから、だったらせめて、私がみんなからもらったこの温もりを………想いを、誰かに……必要としている誰かにあげたいなって、繋げたいなって、そう思ったんだ。……それだけの、簡単な話なんだよ」

「………」

 

人よりも永い時間を生きるこの命で、誰かに託せるのだとしたら、それは私や誰かの想いなんだと思う。

みんなから色んなものを貰ってきた私は、その想いを、心を、意思を、温もりを、誰かに託すべきだと。

 

「それが私の役目なんだって、そう思ってるから」

「………」

「伝わってたかな、温もり」

「…うん」

 

顔を上げるミナ。

くしゃくしゃになったその顔を、私に向けてくれる。

 

 

「私ね、あなたに出会ってからちっとも寂しくなんかなかった。ずっとずっと、暖かくって、安心して……楽しかったし、嬉しかったし……ぜんぶぜんぶ、私に伝わってたよ」

「……そっか、よかった」

 

 

声がどんどん震えていく。彼女の心に呼応するように、空間を満たしている泥が揺れ動く。

 

 

「繋ごうとしてたんだよね、ミナも」

「……え?」

 

君は優しい子だから。

全部自分のせいにしてしまうくらい、誰かに優しい子だから。

 

 

「捨てたくなかったんだよね、彼らの想いも」

「ぁ…」

 

幻想郷を壊そうとする意思。人間を、妖怪を滅ぼそうとする意思。

それがよくないものだとわかっていたはず、それでも彼女はその身に抱え込むことを選んだ。

 

「見て見ぬ振りはしたくなかったんだよね。一緒にいてあげたかったんだよね」

「それ、は」

「でも好きにはさせたくなかった。……私がいたから、今までずっと我慢してたんだよね」

「………」

 

ここにいると段々彼女の気持ちが伝わってくる。

今の彼女それ自体が泥の中にある一つの意思の塊なのだから当然とも言えるけれど……

 

 

「ありがとう、彼らと一緒にいてくれて。……それは本来、私たちが向き合わなきゃいけないものなのに」

「…ううん」

 

笑みを浮かべながら首を横に振るミナ。

 

「あの人たちがいたから、私はあなたと出会えた。たくさんのものを貰った。……今がどうであっても、あの人たちのおかげであることは間違いないよ」

「…優しいね、本当に」

 

自分も辛かったろうに。

私たちのためにずっと押し殺すのは辛かったろうに。

 

あの思念の渦の中でこの子はずっと、私たちと一緒にいるために必死で頑張ってくれていたんだ。

 

 

「でもさ、やっぱり君が背負うべきものじゃないよ、これは。……自由で良いんだよ、ミナ。そうさせてあげるのが私たちの役目だから」

 

 

それは私たちが背負うべきものだ。

今まで見て見ぬ振りをしてきた私たちのツケだ、ミナが背負い込んでしまう必要はないんだ。

 

 

「ダメだよ、やっぱり」

「……それは、君のせいで両親が死んだと思ってるから?」

「…うん」

 

 

優しいし、哀しい子だ。

一体この子が何をしたというのか、ただ今をを必死に生きていただけじゃないのか。

運命っていうのはいつだって意地が悪い。

 

「奪ってきた私が、ちゃんと生きるなんて許されないよ」

「………ふぅ」

 

罪の意識っていうのは、消えない。

 

一度でも自分のせいだと思ってしまったのならたとえ何年、何十年、何百年かかろうと抜け出すことはできない。

自分を本当に許せるのは自分しかいないのに、他の誰でもない自分が一番、救われることを拒んでしまう。

 

自分が悪いと、そう思いたくて仕方がない。

 

この子の両親が本当にミナの体質のせいで命を落としてしまったのか、それを確かめる術はない。

本当にそうだったのかもしれないし……ただの、不幸な事故だったのかもしれない。

 

だから私が、彼女の罪悪感を取り除いてあげることはできない。

だって自分のものでさえ未だに抱え込んでいるのだから。

 

 

 

だったら、どう言えば良いのか。

 

 

 

 

 

 

……自由で、良いんだよな

 

 

 

 

 

 

「私は、君と一緒にいたいよ」

「………え?」

「私は、もっと君と一緒にいたいと思ってるよ。こんな暗闇の中で悲しんでる君じゃなくて、野原に咲いた花みたいに笑ってる、君と一緒に」

 

 

 

これはただのエゴ。

私が君を引き止めるために送る、自分勝手なことば。

 

でも、踏み込まなくちゃいけないんだ。

無理にでも手を引いて、日の当たる方へ連れて行ってあげなくちゃいけないんだ。

 

他の誰でもない、私がそうだったから。

 

 

「だから私のために、私のいる世界で生きていてほしい。たとえ記憶が散ってしまっても、思い出が枯れてしまっても、君の笑顔を私に見せてほしい」

「……———」

「自分勝手なこと言ってるけどさ。本心だよ」

 

揺れ動く。

波のように、空間が、泥が、心が。

 

 

「それはきっと私だけじゃない」

「……え?」

「誇芦だって、同じ気持ちのはずだよ」

「——ぁ」

「もしミナがいなくなっちゃったら、あいつでも泣いちゃうかも」

 

 

あいつだって、私と同じくらいこの子を大切に思っているはずだ。

こんな形で失わせたくない、悲しんでほしくない。

 

それならせめて、もう一度紡がせてほしい。

 

 

「でも…でも……私はっ」

 

 

この子はあまりにも多くのものに縛られ過ぎている。

自分で自分のことを罰さずにはいられない。自分のことを許せない。

 

分かるよ、本当に。

私も同じだったから。

 

 

でも、だからこそ。

 

 

だからこそ私が、君を救わなくちゃいけないんだ。

みんなに救われた私が、今度は君を救わなくちゃいけないんだ。

 

 

 

 

「ねえ———」

 

 

 

問いかける、真っ直ぐ目を見て、笑いかけるように。

 

 

 

 

「この世界のこと、好き?」

「……うん、好き」

 

 

 

彼女をこの闇から引っ張り上げるために。

 

 

 

「あなたも…ほころんも……慧音先生も、寺子屋の子たちも。河童の絵描きの人も……チルノちゃんや大ちゃんたちも。みんながいるこの世界が、大好き」

「そっか」

 

 

 

手を伸ばす。

少しだけ離れた距離。

その場から二人とも手を伸ばしても届かない距離。

 

 

ミナが一歩踏み出せば、手を取れる距離。

 

 

 

「私も、大好きだよ」

 

 

 

君が踏み出した一歩じゃないと意味がないんだ。

だから手を伸ばすんだ、私がみんなにしてもらったみたいに。

 

次は君に、繋ぐために。

 

 

 

「だから帰ろう、あそこに」

「……うんっ」

 

 

 

勢いよく跳んで、私の手を取った。

ようやく触れられた、彼女の心に。

 

 

 

「……じゃ、また逢おう、ミナ」

「………うん、またね、毛糸」

「ぉっ……」

 

 

 

驚きで思わず変な声が出てしまう。

 

 

 

「……何?」

「フフッ……いーや?ただまあ……」

 

手を引っ張って抱き寄せる。

その小さな身体から確かな暖かさがじんわりと、身体に伝わってくる。

 

 

 

「ようやく名前で呼んでくれたなって、思っただけだよ」

「……あ」

 

本人も気づいたみたいで、少し恥ずかしそうに笑った。

 

 

「……ごめん。呼んだら、そっちにいたくなっちゃいそうだったから」

「いいんだよ、別に。また逢えるんだから」

「……うん、うん。そうだね、また逢えるもんね」

 

 

震えた声で強く抱き返してくれるミナ。

 

顔は見えないけど……なんとなく、どんな顔してるか分かっちゃうな。

 

 

「もうすぐ私でも完全に抑えきれなくなる。泥ももっと強くなっちゃうけど……」

「心配すんなって。必ず迎えに来るからさ」

「……うん、そうだね」

 

 

抱きしめていた手を解いて、お互いの顔を見つめ合う。

 

 

「バイバイ、毛糸」

「うん。バイバイ」

 

 

今度のサヨナラには、次がある。

 

気づけば私たちの周りには光が差し込んでいた。

日の光よりも強くて、暖かくて、真っ白な。

 

 

そんな光が——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて」

 

 

ようやく掴めた、彼女の心を。

見えれば追える、捉えられれば断てる。

 

やることはもう、あとひとつ。

 

 

 

 

「行こうか、りんさん」

 

 

 

 

黒い刀を…凜を向けて構える。

 

 

 

 

「どこまでも一緒に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああそうだ、結局ミナには見せるの忘れてたっけ。

こんな時でなんだけどさ、せっかくだから見ていってよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の弾幕ごっこ(スペルカード)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白符『氷晶の凛花』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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