毛玉さん今日もふわふわと   作:あぱ

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十八

 

私は滅多にしないスペルカード宣言。

いいものだって言いつつ、今までずっとまともにやらずに逃げ続けてきたけれど、きっと、今するべきなんだと思う。

 

 

今まではずっと、凜に全部任せてきた。この刀に頼って、身を任せて、色んなものを斬ってもらった、

今回は違う、一緒に往く。

 

 

私自身の手で、彼女を救う。

 

 

「ふうぅぅ……」

 

泥の何かが変わる。

形とかじゃなくて、存在の根幹のようなものが。段々とミナの身体や心を掌握してきているんだろう。放っておいたら面倒なことになるのが目に見えている。

 

まあ、私とあの子のことを考えたらそうなる前に終わらすしかないんだけど。

 

「本当に今までは抑えててくれてたんだな……」

 

ずっと頑張ってくれてたんだよね、ありがとう。

今迎えに行くから。

 

 

凜が白く淡い光を纏い始める。

妖力を流し込んだ刀身の外側に、膜のように私の霊力で覆っていく。

 

 

さっきミナに晴れたおかげで完全に形を捉えることができた。

今なら———断てる。

 

 

「ふっ———」

 

 

加速、近づいてその泥に一閃、斜めに斬り下ろした。

黒い刀の白い斬撃が、思念の塊である泥だけを斬り離す。

 

斬った所から身体が見える。

泥に溶け堕ちてしまっていたミナの身体が、凜の攻撃によって切り離されて出てきた。

 

「っと」

 

ものすごい勢いで泥が飛んできたので斬り払いつつ一旦距離を取る。

そうしている間に傷は塞がりミナの身体は見えなくなってしまった。

 

 

「よかった、ちゃんと行けそうだ」

 

 

安堵したのも束の間、泥が大量の弾幕を放ってくる。

 

「ふんっ!」

 

凜を横に薙いで斬撃と氷の弾幕を飛ばして相殺して、再度接近する。

 

「———」

「おっ逃げんなよ」

 

距離を詰めようとしたら空中へ飛んで逃げてしまった。斬られればまずいってことを理解しているのだろう、やっぱり思念の塊じゃなくて一つの自我を形成し始めているように思える。

 

あの子は今依代になっている。切り離したあと泥がどうなるかは……今は考えなくていい。

 

 

「とはいえ…」

 

 

妖力と霊力の減り方が尋常じゃない。2回もあの子の心に触れるっていう荒技をしているせいもあるんだろうが、一番の理由はこの刀だろう。

あの泥を断てるように、本来斬れないものを斬れるように無理やり霊力を調整して届くようにしている。自分の存在ごと概念を捻じ曲げているようなもんだ。

 

霊力妖力云々以前にいつ私自身がぶっ倒れてもおかしくないくらいだし。

 

一度斬るたびにごっそりと減っていく、時間はかけられない。

 

あの子のためにも。

 

 

 

 

地面を強く蹴って飛び上がり、氷の蛇腹剣を作って伸ばす。飛ぶよりも早く伸びていく蛇腹剣は泥の体に突き刺さり巻きついた。

 

 

ぐんっと巻き戻して引き寄せ、凛に妖力と霊力を流し込む。

 

 

「すううぅぅぅっっ………」

 

 

目の前まで戻ってきた泥の塊に向かって、空中で大きく一回転しながら凛を振り下ろして叩きつけた。

 

また斬り裂かれた泥の間からミナの身体が見える。

 

 

「ギ———」

 

 

振り下ろした凜から氷の弾幕と大きな斬撃が飛び、泥をそのまま地面にまで叩きつけた。日の光を反射した氷が空中でキラキラと輝いている。

 

「……ふぅ」

 

 

切り裂くたびに伝わってくる。

 

あの子の思い出が欠けていくのを。

私たちとの思い出が失われていくのを。

 

 

止まるわけにはいかない。

また逢おうって、約束したんだから。

 

 

 

 

「…確かにな、思い出を刻んでおきたくなるよ」

 

 

 

 

毎日、花畑に行って想いを込めていたあの子の姿を思い出す。

消えてしまうかもしれないから、忘れてしまうから、刻みつけて残しておく。

 

 

今ならその気持ちが痛いほどよくわかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄い…これが毛糸さんの本気…」

「本気……なのかしらね、あれは」

 

ようやく追いついたと思ったら、毛糸が氷を派手に飛ばして刀で泥を何度も斬っているところだった。

 

 

あの泥……既に変異が始まっている。

毛糸だから何とかなっているが、あそこまで活発になったものを人里に放置していたら大惨事になっていただろう。明らかに人里にいた時より攻撃的で動きが活発になっている。

 

 

「援護に入らなくていいんですか?」

「要らないでしょう、毛糸一人で十分よ」

 

 

それに……あの様子。

きっと、任せた方がいい。今が多分、彼女に取って大事な時だから。

 

 

「あなたはもう帰ってもいいわよ。あとは私と毛糸でやっておくから」

「いいえそういう訳にはいきません!ミナちゃんのことは私だって心配ですし、それに……」

「それに?」

「私だって、もう幻想郷の一員ですから!幻想郷の問題は私にも解決する使命があります!」

「……あっそ、好きにすれば」

 

 

無縁塚や冥界から流れ込んできた霊が、その悪意や、人里に漂っていた悪感情を餌にして成長していく。

 

あれは幻想郷が生んだものだ。

今まで何百年も、この歪んだ世界で何食わぬ顔で生きてきた私達の生んだものだ。

 

私が、どうにかしなきゃいけないものだ。

 

 

……とはいえ、既に毛糸にも背負わせてしまっている。

本当なら自分が、なんてくだらない拘りは捨てるべきなんだろう。

 

「見てください霊夢さん凄いです!あんなに高く氷が!」

「……そうね」

「弾幕も派手で綺麗で……毛糸さんってやっぱり凄いですね!」

「…………そうね」

 

彼女がちゃんと弾幕勝負をしているところは見たことがない。

異変で相手をしたという奴に聞いても、決して派手だとか綺麗だとか、そういうものではない弾幕だったと聞く。

 

本人は「できないから」とよく口にしていたけれど……

 

 

「……やりたくない、の間違いだったんじゃないの」

「はい?」

「何でもない」

 

 

彼女が刀を振るうたびに、白を基調とした弾幕が、日の光を反射した氷が、漆黒の刀身が美しく輝く。

一振りするたびに、まるで花のように。

 

儚さを孕んだ薄氷のように、淡く輝いている。

 

 

 

…無理、してるんでしょうね。

顔は笑っているけれど、辛そうな目をしているもの。

 

まるで誰かへの贈り物のように、らしくない弾幕を張って

 

 

「……綺麗ね、本当に」

 

 

思わず魅入ってしまうような、美しい弾幕。

真っ白で、輝いている。

 

 

 

行きなさい、振り返らずに、自分のために。

あとは任せてくれていいから。

 

 

 

「……頑張れ」

 

 

 

私は、ここで待っているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——うん、もう絶対無くさない

 

 

消える

 

 

 

 

——何でもいいからさ、君のことを聞かせて欲しいな

 

 

消える

 

 

 

 

——何だっていつかは変わっちゃうんだよ

 

 

消えていく

 

 

 

 

——今の、あいつに言わないでよ、絶対

 

 

あの子の思い出が、消えていく

 

 

 

 

——ほら、早く帰ってご飯食べようよ

 

 

私たちの思い出が、消えていく

 

 

 

 

——ようやく、名前で呼んでくれたなって、思っただけだよ

 

 

また一つ、また一つと消えていく。

 

 

 

 

「ぎぃっ」

 

棘に形を変えた泥が私の胸を突き刺す。

痛みのかわりに流れ込んでくるのは、誰かへの憎しみ、恨み、悲しみ。

それと絶望。

 

 

 

何度も、何度もこれを繰り返している。

 

私が、私の手で、あの子の思い出を奪って。

頭の中を暗い言葉が駆け巡る。

 

 

斬る度に走馬灯のように駆け巡る記憶と、攻撃を受けるたびに飲み込むように雪崩れ込んでくる怨嗟の言葉。

 

 

何度も、何度も。

 

何度も、何度も。

 

 

 

とっくに頭はぐっちゃぐちゃで。

心がもう嫌だと叫んで、泣き出して。

 

痛みは感じないはずなのに、胸が痛くて、痛くて、たまらなくて。

 

 

 

 

 

それでも私は、止まるわけにはいかない。

 

 

「っ……あああ゛あ゛!!」

 

 

また一つ、斬ってしまった。

また一つ、切ってしまった。

 

 

 

感覚でわかる、分かってしまう。

 

あと3回断てば、彼女は泥から解放される。

あと3回斬れば、彼女は全ての思い出を失う。

 

 

あの子は、今どうしているだろうか。

自分の思い出がどんどん失われて、どんな気持ちだろうか。

 

怖くないだろうか、寂しくないだろうか、虚しくないだろうか。

からっぽになって行く自分が、怖くはないだろうか。

 

 

「…一番辛いのは、君だもんな」

 

 

でも、ごめんね。

やっぱり私も怖いよ。

 

思い出が消えるのが……

 

君に忘れられるのが、寂しいよ

 

 

 

 

「———でも、辛いのは、私たちだけじゃない」

 

 

ここで折れそうになってる場合じゃない。

何かに想いをぶつけなきゃいけないほど苦しんでる霊だって、私だって、君だって。

 

誇芦だって、悲しんでる。

 

だからこそ私が、止めなくちゃ。

 

 

「———っ」

 

 

腕が重い、足が動かない、瞼が開かない。

でも、斬った。

 

あと二回。

 

 

「もうすぐだよ、ミナ」

 

 

大丈夫、私はどこかへ行ったりなんかしない。

いつまでも、君の帰ってくる場所であり続けるから。

 

 

「だから、安心して」

 

 

 

 

また、斬った。

 

あと一回、あと一回で彼女は全部を失う。

依代を失った後のことは、もう全部任せよう。

 

 

「もう一踏ん張り、頼むよ」

 

 

私の願いに応えるように、消えかかっていた刀の光が輝きを取り戻す。

…いや、より一層強くなる。

 

 

 

「…ありがとう、りんさん」

 

 

 

なあ、ミナ。

私、君に会えてよかったって、心の底から思ってるんだ。

 

暗い顔してた君が笑えるようになったのは自分のおかげだって、そう思うと何だか嬉しくて。

ようやく私のおかげだって、胸を張って言えるようなことができたって思って。

 

 

それに……君と一緒にいるの、普通に楽しかったから。

 

 

 

「ぐぅう!!」

 

 

氷を足元から伸ばして空中に逃げている泥を捕まえる。

形を変えてすり抜けようとしたところから氷で閉じ込めて、その間に接近する。

 

想いを込める、記憶を乗せる、思い出を届かせる。

 

 

「ぐ…ぁぁぁああああああ!!!」

 

 

泥が飛んできて私の身体を貫いてくる。避ける暇はないし、多くて避けてたらキリがない。

刺さったところからやかましい声が怨嗟の念を吐き散らしてくるが、全部ぶっちぎって置き去りにする。

 

 

 

体の左側に刀を構えて、刃の届く距離に近づいて。

 

 

 

「これで———!!」

 

 

 

一閃

 

 

 

黒色の斬撃が泥を真っ二つに断ち切った。

 

 

白色の花が咲く。

刀が振られた途端に弾幕が放たれ、花のように列を成して飛んでいく。

 

確かに黒い刀が泥を切り裂いた。

 

 

少し間を置いて、たくさんの人々が絶叫しているかのような悲鳴が泥から発せられ、泥からミナの体が出てきてずり落ちていく。

 

 

見ればわかる。

私があの子を必要としているように、あの泥もあの子を必要としているのだろう。離すまいと、必死にミナの体にしがみついている。

 

ミナの体も落ちていってしまっているのに。

 

 

 

 

私は刀を振り切ったあともう身体が動かなくなって、地面に向かって落下していて、正直もうピクリとも動けない。

 

 

……だけど、心配はしてない。

私と同じくらい、同じ思いを抱いてる奴がもう一人いるから。

 

 

 

 

 

 

なあ、ミナ。

お前の居場所はちゃんとここにあるよ。

 

 

だからさ、安心して胸を張って、前を向いて。

隣には私たちがいてあげるから。

 

 

だから………だから———

 

 

 

 

 

 

「———帰ろうっ!!」

 

 

 

 

 

 

私の作った氷を猛烈な勢いで駆け上がって、ミナの体に抱きついて泥から引き剥がしたその姿。

 

私より体がが大きくて、乱雑で、ちょっと捻くれてる私の大切な家族が、ずっと走って、追いかけて……

 

 

 

大切にミナを抱きしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね、呼ばれてるから」

 

足を絡めとるそれに、諭すように伝えてあげる。

けれど離してくれない。

 

 

——呼ばれてるって、何に?

 

 

「……わからない、けど」

 

向こうは明るくて、白く光っていて、暖かそうだから。

 

 

——置いていくの?

 

 

「…うん」

 

行かないときっと、ずっと後悔するから。

 

 

 

———

 

 

「わっ……」

 

沈んでいく。

真っ黒な泥が伸びて、私の腕や足に取り付いて沈めてくる。

 

 

 

逃げるな

一緒にいろ

 

 

 

「…そうだよね」

 

 

誰かがいなくなるのは悲しいし、寂しいよね。

置いて行かれた気がして、会いたいのに会えなくて。

ずっと悲しんでいても会えないのは分かってるのに、溢れて、止まんなくて。

耐えられなくて、投げ出したくなって。

 

 

 

ああ、動けないなぁ。

 

 

 

足が重くて、前に行けなくて。

あの光のある場所に行きたいのに、届かなくて。

 

 

 

「…ごめんなさい」

 

 

誰に謝ってるのかもわからないくらい、自分が無くなっちゃった。

 

 

沈んでいく体と心を受け入れて、目を閉じようとした。

 

あの白い光の場所に行きたいのに、なんで行きたいのかもよくわかんなくなっちゃって。

 

もう、このままでもいいかって思っちゃって。

 

 

 

 

 

 

 

 

「——え」

 

 

そうやって全部放り捨てようとした時、背中を強く押された。

 

 

足が泥から抜けて身体が前へ前へと飛んで、吹っ飛んでいく。

少し力を入れて押されたくらいの強さのはずなのに、まるで身体が宙に浮いているかのように飛び続ける。

 

 

押された時、暖かかった。

触れているだけで安心してしまうような、暖かい手だった。

 

懐かしい暖かさ、懐かしい手。

 

 

白い光の方へと向かって飛んでいく身体はそのままに振り返る。自分のこの背を押すのは誰なのかと、それを確かめようとして。

 

 

 

「ぁ……」

 

 

 

見覚えのある顔、姿。

他の誰よりも知っていて、大好きな人たち。

 

未だに消えない思い出の数々。

 

 

 

「そっか……ずっと一緒にいてくれてたんだ」

 

 

 

あの時からずっと、私のそばにいて見守ってくれていたんだ。

離れ離れになんか、なってなかったんだ。

 

 

 

「ごめんなさい、気づけなくて」

 

 

  

何もない闇の中、あの光に向かって背中を押してくれた二人に向かって言葉を送る。

ここで本当にお別れだってことが分かってしまったから。

 

 

だから今度はちゃんと言うよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ってきます」

 

 

 

 

 

 

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