毛玉さん今日もふわふわと   作:あぱ

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十九

「——ア、ァア」

 

ノイズが走っているかのように漏れ出る声。

依代を失って地面にべちゃりと落ちた泥が、少しずつ人の形を形成していく。

 

まあ彼女は切り離しただけでこの泥自体をどうにかしたわけではないから、予想の範疇ではあったが。

 

毛糸があの子の体と泥を切り離したと思ったら、こいつは勝手に人の形を取り始めた。真っ暗な泥なせいでどんな姿なのかは分からないけど…

 

 

 

 

「ァ……ア、あ…あー」

 

 

 

はっきりと聞き取れるようになった声。人の所作にそっくりな動きをする泥。

 

「あぁ……博麗の巫女か」

「あら、初対面だと思ってたけど」

「その馬鹿みたいな色見たら誰でも分かる」

 

バカ…?

さっさと消し飛ばそうかしら。

 

「……まあいいわ、話せるようになったんなら一つ聞いておきたいんだけど」

「あ?」

「結局あなたは何がしたかったのかしら」

 

 

そもそも目の前の喋ってるこいつが何なのかすら計りかねているけれど……せっかく会話できるんだから聞けることは聞いておきたい。

 

 

「あー……こいつらはこんな世界無くなってしまえばいいっていう願望だな」

「こいつら……?」

「俺は違う」

 

あーなるほど、そういう感じね。

 

 

「この世界がムカつくんでな。上でふんぞり返ってる賢者どもも、人間のくせに幅を利かせてる奴らも、全部気に入らねえからぶっ壊す」

「あんた、人間じゃないわね」

「そういや、元は妖怪だったなァ」

 

 

色々と納得がいった。

たとえ強い憎しみを抱いていた霊が固まったところで、ああいうふうになるだろうか。何か別の要因があるんじゃないかと。

 

この妖怪の魂が悪さをしていたのね。いつ死んだのか知らないけど、ずっと幻想郷に復讐したいと思っていたのなら大した執着ね。

 

 

「まずは博麗の巫女のお前を殺したあと、あの黒い刀をへし折る」

「……刀?」

 

疑問を抱いたがすぐに泥の形が変貌していく。より増えて、巨大に。

長く、太い体躯にいくつもの足を持っている。まるで虫のような体つきで……

 

 

「うっわ、なんですかあの気持ち悪いの」

「あら、まだいたの早苗」

「いましたけど!?」

「………大百足ね、あれは」

 

 

黒い刀、と言っていたか。

まず間違いなく毛糸の持っているあれだろうけれど、あの刀は確か……

 

 

「……まあどうでもいいか」

 

 

毛糸があの泥とあの子を切り離してくれたおかげでもう懸念はない。思う存分やらせてもらうことにしよう。

 

 

 

 

あなたたちの憎しみは最もだと思う。

けれどそれは、今の私たちには必要ない。

 

それがなくとも私たちは変わっていける、前へと進める。

その犠牲や憎しみを無視するわけじゃない。どれもこれも全部全部背負って、次へと託していく。

 

そうやって変わってきたのよ、私たちは。

 

 

「彼女たちの邪魔はさせない」

 

 

今ここで、私が清算をつける。

 

 

「や、やるんですね!?今、ここで!!」

「………あー、そうね」

「なんですかその気の抜けた返事!?」

 

 

……まあ、手伝いはいた方がいいか。

 

 

「怪我しても知らないわよ」

「ご心配なく!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嫌に爽やかな風。

開けた湖の周りを吹き抜ける、気持ちのいい風。

 

あれだけ派手にやって何ともないか心配だったけれど、どうやら杞憂だったらしい。

 

 

「……ねえ」

 

 

ミナを運んでいる誇芦が不安そうに声を漏らす。

 

「こいつは……起きるの?」

「………起きはすると思う。だけど、私たちのことは…」

「………そう」

 

 

そのまま歩を進める。

多分、彼女がここで一番好きだった場所へ。

 

 

一つ一つが、彼女にとっての思い出の証明。

花畑の中心へ、一歩ずつ、踏まないように、足を進めていく。

 

目覚めるのなら、せめて彼女の好きだった場所で目覚めてほしい。

 

 

 

花畑の中心にまできた時、何も言わずとも誇芦が彼女の身体を地面にゆっくりと寝かせた。

 

やるべきことは成した。

あとは霊夢に任せれば上手くいく。

 

ちゃんと、この子の命は救うことができた。

 

なのに……なのに……

 

 

「なんで……上手くいかないことばっかりなんだろうな」

「………」

「この子も……あの人たちも…ただ生きようとしただけなのに」

 

 

なんで、私が関わる人間はいつも……

 

いつも……っ!

 

 

「…そんな顔してたら、見たら不安になると思うよ」

「……そうだね」

 

 

私なんかよりこいつの方がよっぽど強い。

 

 

「……今まで生きてきて、色んなことを受け入れてきたつもりだった」

 

出会いも別れも。

この世界の理不尽も、かなしみも。

私自身も。

 

全部そうなってきたものは仕方ないって、誰かを恨んでも仕方ないって。

もし恨むのだとすれば、それは私自身なんだって、そう思ってきた。

 

全部必要なことなんだって、なるべくしてなったものなんだって。

 

私がいたから起こったこと……そう思っていれば、私の好きなこの世界を恨んでしまうことなんかなかったから。

 

 

「でも……でも、やっぱり受け入れらんないよ」

 

 

仕方ないって思ったって悲しいものは悲しいし、辛いものは辛い。

 

 

「この気持ちを素直に飲み込めなんかしない」

「……うん」

 

 

分かってるんだ、どうしようもなかったって。

私と彼女が出会う前から、こうなることは定められたことであり、()()であったと。

 

彼女がみんなと違って生まれてきてしまった時から……

私には彼女の結末を変えることなんかできるはずもなかったって、解ってるんだ。

 

けど……だけど……

 

 

「何度も何度も……ちゃんとしたお別れができなくって……」

 

 

次に目覚めた彼女に「おかえり」と伝えても、私が望む言葉はきっと帰ってこない。

 

 

恨み言の一つでも吐いてくれればいいのに。

私を置いていく人たちに限って、私のことをどうしようもなく好いてくれている。

 

 

「ああもう……こんな顔してちゃダメなのにな……」

 

 

でも……それでも。

 

私は、色んな奇跡が積み重なって今を生きていられる。

私と出会ってくれた奇跡、私が生きてこれた奇跡。こんなどうしようもない浮いたやつが、大好きなこの世界で笑って生きていられるっていうのは、奇跡以外のなんでもない。

 

 

だから……だからさ

 

 

もう誰でもいい、なんだっていい

 

 

少しでもいいからその()()

 

 

この子に、分けてあげてくれよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でかいくせにすばしっこいの気色悪いわね…」

 

弾幕を交わしつつ、振るわれたその巨躯に身を掠めながら弾幕を放ったり、打撃を加えたりしてその身を抉っていく。

 

 

「分からんか、博麗の巫女」

「ああ?」

 

 

唐突に話しかけられ、威圧しながら弾幕を飛ばす。

向こうは気に求めていないけれど代わりに隣にいた早苗がビクッとなっていた。

 

「こうなることは必然だったんだよ。こうして《(俺たち》》がこの幻想郷に牙を向くことはな」

「…で?何が言いたいのかしら」

「意味がないと言っているんだよ。ここで俺を消滅させようと、いつかまた必ずこいつらのような怨念が積み重なり、またこの世界へ害をなす存在へと成る」

 

表情はわからないが、きっと憎たらしい笑みを浮かべているのだろう。気分の良さそうな声でほざいてくる。

 

 

「この世界が歪んでいる限り。人間を食い物にするような世界である限り、いつかこの世界は滅ぼされる」

「………で?それが今あんたをぶっ飛ばす意味がないって理由になるのかしら?」

「なるさ」

 

言い切ってくる。

そこで互いの弾幕が止まった。

 

 

「こんな世界、存在していても悲しみと虚しさを増やし続けるだけだ。誰かが誰を食い物にする世界なんかない方がいいだろう?」

「詭弁ね。妖怪が消え去り、幻想でなくなったこの場所がそのまま普通の世界になれるとでも?」

「そう歪ませたのは賢者どもだろう。この世界を外の内に分け、隔絶させて己たちの都合のいいように支配してきた。それがこの世界だろう」 

 

話にならない。

そもそもこいつ自身はただ己が死んだ恨みを幻想郷に対して晴らしたいだけだ。都合のいい言い訳をしているだけにすぎない。

 

「確かに、妖怪がいなくなっただけでこの土地が正しい姿を取り戻せるとは限らない。………だが、少なくとも人間がいなければ存在することすらできない妖怪に、人間が支配されているなんていう歪んだ世界でなくなることは事実だ」

「………」

「お前にならできるはずだ、博麗の巫女」

「……は?」

 

意味のわからない言葉に、また荒んだ返事をしてしまう。

 

「この世界と外とを隔てる二つの大結界。それを解いてしまえばこの世界は瓦解する。……そうすれば、お前は博麗の巫女でなくなる」

 

 

まるで魅力的な提案をしていると、そう信じて疑わないような声をしている泥。

 

 

「お前たちが理不尽に背負わされてきたその業から、ついに解き放たれるんだ。普通の人間になれるんだよ」

 

 

こいつは。

こいつは、先代や色んな人たちが紡いできたことを、すべて無意味と断じるつもりか。

 

 

「もう一度言おう。必然だったんだよ、こうなることは。お前たち世界が奪ってきた奴らの憎しみが、この世界に復讐することは。全てが、お前らの招いた必然なんだよ」

 

何を…

その彼らの想いに便乗して自分の願いを叶えようとしているお前が言うことか。

 

 

……いや、こいつの言っていることはそう間違ってはいない。

無関係でもない、彼らにはそうするだけの動機がある。そしてそれを招いたのは他でもない、この幻想郷の仕組みだ。

 

 

だとしても……必然だったとしても、私は……

 

 

 

 

 

言葉に詰まっていると突如、星を描いた陣が飛んできて大百足の体を弾き飛ばした。

 

 

 

 

「っ………あぁ?」

「……早苗」

 

あまり積極的ではなかった彼女が急に攻撃を仕掛けてきた。

何かを決したような表情で。

 

「すぅ……」

 

大きく息を吸い込んだ彼女は

 

 

 

 

 

「私は奇跡が好きです!!」

 

 

 

 

 

高らかに、そう宣言した。

 

 

「自分の今の幸福は色んな幸運の、奇跡の上に成り立ってるって、そう思った方が楽しいので!私は奇跡が好きです!!」

「……なんだ急に」

「必然だったなんてつまらないじゃないですか!この世の全部が奇跡と偶然に満ち満ちているって、そう考えた方が絶対楽しいですよ!」

 

 

急に出てきて語り始めたので、私も泥の百足もあっけに取られる。

 

 

「……私にだって、挫けたり、折れたり、辛くて全部投げ出してしまいたくなった時はあります。このまま時間が止まれば、何も変わらなければ、明日が来なければ。そう思ったことはあります」

 

勢いよく啖呵を切っていたのが一転、神妙な面持ちで語り始める早苗。

 

 

「だから私は明日に希望を抱くんです。奇跡はあるって知っているから……明日いいことあればいいなって、そう願って次の日を迎えるんです」

 

……そういえば、彼女も普通ではなかった側だったんだろう。

この世界の常識は、外の世界の非常識だ。

 

「明日も嫌なことしかないって、そんなことをずっと思ってたら……きっと、生きるのも辛くなっちゃいますから」

「………」

「だから私は奇跡を信じるんです。だから私は、前を向いて明日を迎えることができるんです」

 

 

 

……なるほど。

正直、ちょっと見縊ってたわね。

 

そう思えるってだけで、相当立派よ、あんた。

 

 

 

「必然とか、宿命とか……そんなのつまらないですよ。嬉しいことも、悲しいことも、最初から決まってたなんて虚しいことじゃなくて……全部が全部、偶然だったって。その方が絶対いいですから」

「……それがなんだってんだ、あぁ?」

 

 

話終えたのを確かめて、陰陽玉を取り出して大百足に接近、その身体に押し付けながら巨大化させてぶち込む。

 

 

「ぐおおっ!?」

 

 

さっきの早苗の攻撃より大きく吹っ飛ぶ大百足

 

……いいこと言うじゃないのあの子。おかげで少し吹っ切れた。

 

 

「幻想郷は変わっている。少しずつでも、確実にいい方へ。人と妖怪は必ずしも戦わないし、隣で笑っている光景だって見られる」

「ああ!?」

「あなたたちの犠牲があったことは否定しない。この世界が色んな歪みを抱えているのも、否定しない」

「ならなんでお前は抗ってんだ、ああ!?」

 

霊力を一気に解放して、弾幕を作り上げていく。

見るもの全ての目を奪い、魅了してしまうような弾幕を。

 

 

「私たちが生きているのは()、そして私たちは()()に向かって進んでいる。あなたたち()()を理由に足を止めることはない」

 

だから私は否定しない。

彼らのことを犠牲というのであれば、きっと先代もその犠牲だったんだろうから。

 

 

「今はまだ不十分かもしれない。でもきっと明日は…いつかの明日は、今よりもいい幻想郷になっている。そんな希望を抱いているから、私は博麗の巫女であり続けることができる」

「なんの確証もないだろうが!今更この世界が変われるなんて!!」

 

激昂して叫ぶ大百足。それは彼の感情なのか、彼らの感情なのか。

 

そうね、そんな確証なんてどこにもない。次の幻想郷は悪い方向に変わってしまうかもしれない。

 

 

 

「だからわたしは、()()を信じる」

 

 

 

だからここで止まってちょうだい。

私たちの、明日のために。

 

 

「霊符『夢想封印』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七色の閃光が、橙に染まり始めた空を彩る。

 

 

その光に当てられた花々が、風に吹かれ揺めきながらその光を反射しているかのように光を放つ。

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 

私の作った花たちが、彼女が思い出を刻み込んだ花たちが、何かに呼応するかのように一斉に輝き出した。

儚いような、今にも燃え尽きようとせんばかりの光を放って——

 

 

 

そうして枯れてゆく。

外にある花から光と色が託され、中心にへと移ろっていく。

 

次の花へ、次の花へ。

連綿と続く継承、何かを次へと託すように、リレーのように受け継がれていく。

 

 

 

 

「……思い出」

 

 

 

1日1日、欠かさずにあの子が想いを込めていた花々が。

その光を強く、重ねて、中心へと向かってくる。

 

あっけに取られることしかできない私たちを置いて、その光がどんどん集まってくる。次は次へと、花畑の中心のソレに向かって託されて行って。

 

やがて眩い白色の光となって。

 

 

 

 

この子の中に、入って行った

 

 

 

 

「………はは」

 

ああでも、そんなのは都合が良すぎるよ

もうとっくに諦めていたのに

 

次に遭った時、怖がらせないような顔をしようと思っていたのに

 

そんな()()……

 

 

 

「ん………」

 

 

 

目が開く、ゆっくりと。

少しの間ぼーっとしたあと、何度か瞬きをして私の顔に焦点を合わせ始めた。

 

 

何も言えずにいる私に、何もできずにいる私に。

 

 

今目覚めた彼女は、今咲いたばかりの花のような、そんな笑顔を向けて。

 

 

 

「ひどい顔」

 

 

 

楽しそうにそう言った。

 

 

言い返そうとして、自分の顔が歪んで、どんどん視界が涙で霞んでいくのを感じて。彼女の言う酷い顔がどんどん酷くなっていくのがわかって。

 

慌てて袖で涙を拭ったら今度は身体の震えが止まらなくって、まだ何も言えてないのに嗚咽が止まらなくなって。

 

 

もう取り繕うのを諦めて、なんとか少しだけでも落ち着かせて

 

 

 

それでも一言だけ、たった一言だけ必死に搾り出した。

 

 

 

 

 

 

「おかえり」

 

 

 

 

 

 

抱きしめて、その体温を噛み締めながら、震えた声で———

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うん、ただいま」

 

 

 

 

 

 

 

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