「ねぇねぇ柊木さん」
「なんだよ、仕事忙しいんだよ喋りかけてこないでくれ」
「酷いですね………昔は敬語使ってくれてたのに」
「いつの話してるんだよ」
「一年以内ですが?割と最近ですよ?それまではずっと敬語でしたよ?」
「記憶にないな」
「記憶力大丈夫ですか?」
山の周辺の哨戒に出ていたところを絡まれた。
今すぐ帰っていただきたい、ってかあんたも仕事しろよ。
「相変わらず目が死んでますね………それより話を聞いてくださいよ」
「断る、仕事の邪魔をしないでくれ」
「仕事って言いますけど適当にほっつき歩いて空を眺めるだけでしょう?」
「それで飯食ってるんだから文句は言わせない」
もし山への侵入者がいて交戦することになったら命の危険を伴うことになるんだ、平常時くらい楽させてくれ。
「じゃあ仕方がないですね………この手段だけは使いたくなかったんですが………」
「………?」
「柊木さん、貴方より私の方が組織においての地位は高いですよね?」
「まぁそうだな」
「つまり上司ですよね?」
「………そうだな」
「命令です」
「職権乱用しやがって畜生が」
これだから組織って奴は………俺なんか悪いことしたか?みんな俺の足臭いって言ってくるけど全然匂わないし。
もしかして俺、弄られてるのか?
「じゃあ話すこと話して帰ってくれよ………」
「まぁそんなに大した話でもないんですがね、最近噂になってるでしょう?妖怪狩りの女」
「………その話か」
もう噂とかそういうんじゃないところまで来ている。
新人で馬鹿で若かったとはいえ、既に白狼天狗数人が首だけになって帰ってきていた。
誰がやったのか、目星はついていたが確証も無かったし、先に逃げていた奴から喧嘩をふっかけたのは天狗の方だった聞いて、何も行動を起こさないでいる。
「その妖怪狩りっての、そんなに強いのかね」
「まぁやられてるのは大体雑魚の野良妖怪達ですから、ある程度の実力があれば同じようなことはできると思いますけど………最近、少し名の知れた妖怪達が一気にやられましてね」
「だからといって、山が全力で警戒態勢になるほどでもないんじゃないか?たかが人間一人に」
「そうやって高を括る人から死ぬんですよね」
怖いこと言うなよお前………
まぁ俺なんかが本当に遭遇したら首が一瞬で飛ぶのは確実だろうがな。
「で、それが?」
「なんか、毛糸さんが妖怪に襲われてる人間を助けて回ってるんですよね、それも発狂しながら」
「なんで発狂?いやいい、なんでそんなことを」
「発狂しながら喋ってる内容聞いてるかぎりでは、このまま妖怪と人間の小競り合いが続いて最終的に人間と妖怪の大きな戦争になり、それに巻き込まれるのを回避したいようですよ」
なんでそんな自殺行為してるんだあいつ………
「まぁ状況がこのまま悪化していけばそうなるのは確かでしょうけど、だからといってそんなことしてたら他の妖怪からも目をつけられて敵を増やすだけでしょうねー」
「その妖怪狩り、どの程度の強さなんだ?」
「そうですね………これは上の人たちもも言ってたことですけど、多分その人は、あのルーミアさんと同等の化け物………そう思いますね」
あいつ死んだなぁ………
「お前か、近頃妖怪を襲って人間を助けている奴ってのは」
「んだごら文句あんのかこら」
人間を襲っていた妖怪を蹴り倒し、人間が持っていた剣を妖怪に刺し木に縫い付けた。
刺したところから血が少し滲んでいて、それを見るとすこし気分が悪くなる。
人間じゃないとはいえ生きている奴を刺してるんだ、今更ではあるが少しばかり気分が悪くなる。
「そりゃあ文句しかないがな。まずお前は妖怪なのか?そんな感じはしないよな」
「知らんわ、私が知りたいくらいだわ」
「なんで人間を助ける」
「さっき大声で言ったでしょうが、やっぱり聞いてなかったなお前」
「声でかいんだよ」
腹に剣刺さってるのによく喋るなこいつ………
近くで死んだように転がってる人間を見る。
死んではないと思うけど出血がひどい、このまま放って置いたら死ぬのは間違い無いだろう、早く人里へ送ってやらないと。
「私は今からあの人間を人里に送っていく、トドメは刺さないけど後ろから襲ってきたりするなよ」
私としても妖怪を殺すのは本望では無い、できれば話し合いでお互い平和に解決したいんだ。
話してたら人間を助けるのが間に合いそうに無いから攻撃するのであって、それ以降の攻撃はしたくない。
「わかってるよ、強い奴には逆らわない、お前の言う通りしばらくは人間を襲うのをやめておくよ」
「そうして」
こうやって相手がちゃんとわかってくれるのは初めてだな………
近くに血だらけになっている人間の近くに寄り、手を伸ばす。
「——え?」
手にナイフのようなものが刺さっていた。
どこからやられた、全く認識できなかった、早く何か行動をしないと。
「全く、お前ら妖怪は殺しても殺しても、虫みたいに湧いてきやがる。いい加減滅んでくれないか」
右の耳にその女性のような声が入ってくる。
その瞬間理解した。
右の方に木に縫い付けられた妖怪がいて、その先に女性がいた。
人間のことは考えずに、妖怪の腹の方に手を伸ばし、剣を体から引き抜いて妖怪を蹴り飛ばす。
驚いた顔をしていた妖怪、私の蹴った足が無くなっている。
「へぇ、そうくるか」
「ちょ——」
後ろから声がして即座に自分の首の後ろに引き抜いた剣を置き、首へと向けられた斬撃を受け止める。
「なんなんだ急に——ぐえっ!」
そのまま衝撃で体が吹っ飛び、蹴り飛ばした妖怪の体に衝突した。
首を触ると切り傷が刻まれており、受け止めきれなかったのがわかる。
「いたた………へぇ、その髪、その刀、最近俺たちの間でちょっとした話題になってる妖怪狩りさんじゃないか」
「へぇ、そりゃどうも」
さっきの攻撃、後ろから喋らなかったら確実に首が飛んでいた。
そのことがわかると急に冷や汗をかいて止まらなくなった。
足が膝から先がない、血が滴り落ちる。
首の傷はもう塞いだけど………
女性が左手に持ってるものは何かと気になり、目を凝らしてみると、いつぞやの舌野郎だった。
それが生首とわかりぞっとしたが、まぁなんか舌野郎だったらいいや。
「そいつも私たちの間では話題になってるよ、妖怪を襲い人間を助ける白いもじゃもじゃ」
「え?そんな感じで噂にされてんの?いや私のことが人間の間で話題になってるのはなんとなく知ってたけど白いもじゃもじゃ呼ばわりされてんの?マジで?」
「事実だろ」
はいその通りでございます。
目の前の女性が件の妖怪狩りということがわかり、緊張が高まる。
「どんなやつかと期待してたんだが、死にかけの人間を食おうとしたただの妖怪だったな」
「いや妖怪かは知らんが、誤解だよ。早く治療しないと出血多量で死んでしまうよ」
「じゃあなんでさっきその妖怪を助けた」
そう聞かれて何も言えなくなる。
あの状況で狙われるのなら身動きが取れなくなってるこの妖怪の人、あのままでは確実に体が真っ二つになっていただろう。
この人は話せばわかるいい人だ、多少殴って刺したけど本人気にしてないみたいだし。
そんな人が死んだら気分が悪い。
「無駄だもじゃもじゃ」
「あんたにもじゃもじゃ言われたくないんだけど」
「こいつには何を話したって聞かない、完全にもう俺たちを殺すと決めた目をしてる、生き残るにはやるしかないんだよ」
「………はぁ、結局こうなるのか」
片足で起き上がり、近くに木に持たれながら立ち上がる。
足に妖力を込めて再生を始める、片足じゃ流石にきついけど………
「その足治るまで俺が時間稼いでやる、動けるようになったらすぐに加勢しにこい」
「………ごめん、頼む」
体にある妖力をできるだけたくさん足へと突っ込む。
霊力を空中で氷にし、針にして妖怪狩りへと飛ばす。
その後に続くように走っていく妖怪、氷の針は刀で一振りされて吹き飛んだが、妖怪がその隙に蹴りをねじ込む。
だがその足が刀に貫かれ、胴体を殴られて吹っ飛んだ。足はまだ治癒しきっていないが、行くしかない。
体を浮かして霊力を放出し妖怪狩りに接近する。
片手に持った剣を相手に突き刺そうとするが、身を捻られ避けられる。
そんなことはわかりきっていた、体を霊力を放出して無理やり方向転換し回転してその胴体に剣を振った。
金属と金属がぶつかる音がする。
どうやら短剣を片手で持って塞がれたらしい、結構な威力があったはずなんだけどなぁ。
胴体を刀で刺され動けなくなり、短剣が喉元へと伸びてくる。
すぐに毛玉の状態になり回避、すぐに人の形に戻り距離を取る。
「あっぶな………化け物かよ」
「こんなものか、やれやれ、やっぱりその辺の妖怪と大して変わらないな」
この人、あの時のおっさんと同等、いやそれ以上の強さかも知れない。
相手の顔にはまだ余裕がある、本気を出されていなくてこれなんだ、まだ一撃も与えられていない。
「すこし本気出してやるか」
「おいおい、冗談じゃな——」
消えた。
その場を飛び退き背後に向かって剣を振った。
黒い刀と剣がぶつかった、あのままじゃ確実に斬られていた。
「へぇ、見えてたのか?」
「んなわけないでしょーが、山勘に決まってるだろ」
「面白い!」
「面白くない!」
繰り出される無数の斬撃、ひたすら距離を取り、剣で防ぐが捌き切れない。
体の至る所が斬られ、血が流れる。
この黒い刀が、なぜ黒いのかがわかった。
単純に見にくい。
今は夜、それも森の中だ、光を吸収する黒の斬撃が見えない。
かろうじて見える相手の手元だけを見て勘で捌いている。
このままじゃジリ貧だ。
「俺を忘れてんじゃ、ねぇ!」
「忘れてないよ」
さっきの妖怪の胴体をいとも容易く切った。
そしてすぐさま首を狙いその刀は振るわれた。
だけど動きが止まった。
「かかったな」
妖怪が首への攻撃を受け止めていた。
首の横で手を伸ばしその手に刃が食い込みながらも受け止めていた。
私が治った両足で地を蹴り拳に妖力を込めその身体へと叩き込む。
防御するために短剣で塞ごうとしていたが、それをも砕き胸へ拳をめり込ませ、木をへしおりながら吹っ飛んでいった。
「あーくっそいって。頼むから今のでくたばってくれ」
「いや殴った感じ多分まだ………」
土埃の中から一人の人影が見える。
その姿からはダメージを与えられた気がしない。
「ははっ、いいじゃないか。どうやら思ってたよりも骨のある奴ららしい。だが、もう終わりだ」
その黒い刀が霊力を纏い淡く光り出す。
「まずいな、今のうちに逃げるぞ」
そう言われて距離を取ろうとしたが、足がもつれて膝をついてしまう。
頭までクラクラしてきた、いよいよ私死ぬのか?
足の大事なところが切れたのか動かない、頭が痛いのは多分出血のしすぎ。
「おい、大丈夫か」
「気にしないでいい」
時間もない、早く体を再生しないと。
構えたその黒い刀から放たれる淡い光が一層強まり、横に振られた刀から斬撃が飛んでくる。
毛玉の状態になるかして避けないと………
いや、この位置はダメだ。
思ったよりも早いその斬撃は、木を切り裂きながらこっちに迫ってくる。
それをありったけの妖力を腕にこめて受け止める、持ってる剣じゃ簡単に斬られてしまうだろう。
斬撃が手のひらに食い込んでくる、どういうわけか痛みは感じないがやばい状況なのはわかった、妖力がめりめり減っていく。
私がかき消せる攻撃じゃない。
腕を傾けて斬撃の下から上へと押し出すように力を入れて、頭を下げて攻撃を上へと受け流した。
変わりに指は全部なくなって手の大きさが半分くらいになったけど。
妖怪狩りが驚いたような顔をしている、それは真正面から避けずに受け止めたことなのか、受け流されたことなのかはわからない。
「危ないなぁもう!よく見なさいよ!このままじゃあの怪我してる人に当たっちゃうところだったじゃないか!」
「なんだお前………気持ち悪いな」
「はぁ!?」
「まぁいい、今回だけは見逃してやる、そいつこっちに寄越せ」
そう言って後ろで倒れている人間を指さした。
「勝手に持っていけよ、もとから人里に送ろうとしてたんだ」
「そうかい」
私の横を通り過ぎて人間を担ぎ、そのまま歩いて帰っていった。
妖怪狩りが去ったあと、まるで死体のように転がってる妖怪を見つけた。
「足取れた………」
「あんた馬鹿なのか?」
「否定はしない」
はぁ………またルーミアさんの時と同じ、見逃しかぁ。
地面に寝そべり、残った妖力を身体中に循環させて体を再生する。
「あーなんか俺もう駄目かもしれない」
「諦めんなよ」
弱音を吐く妖怪を担いで、私も家へ帰った。
こんな感じで死なれたらやっぱり気分悪いよ。