あの時の妖怪は、家へと連れ帰ったんだけど次の日起きたらいなくなっていた。
もう会うことはない、なんとなくそんな感じがした。
こんな世界だ、きっとその辺でのたれ死んでるかもしれないなぁ。
遺体見つけたら埋めてやろう。
昨日はやばかった、もう何がやばいかってもう、やばかった。
語彙力が崩壊するくらいにはやばかった。
あの妖怪の人がいなかったらたぶん私は今頃死んでいたんじゃないだろうか。
今思い出してもぞっとする。
もうね、怖いよねうん。
怖いよね。
朝起きると溜めてある水で顔を洗い、溜めてある食料から何か適当なものを選んで、毛玉を眺めながら朝食にする。
この時大体が干し肉である。
この環境だと自生してるものもどれが食べられるのか全くわからないし、そもそもそんな知識もないので植物系は無しである。
妖精が稀に変なキノコ拾ってきて食べて死んでるのをみてるので本当に怖い、命の危険がそこら中に転がっている。
干し肉の貯蓄を見ると、そろそろ補充しておかないと絶食DAYが始まりそうである。
まぁ二日三日くらいなら食べなくても大丈夫だと思うんだけどね。
狩りをしに行くのは湖の近く、というか私は基本家から湖にしかいない、それ以外の場所に行くのが怖い。
そうですよ私はビビリなんですよ。
時々ルーミアが家に侵入してきて干し肉喰らいつくしていくからそういう日は完全に絶食DAYである。
河童のところからくすねてきた………ボウガン?クロスボウ?なんかよくわからないやつと短剣を持って湖の方へと向かっていった。
森の中、木の上から下を見下ろし、手頃な獲物がやってくるのを待つ。
鳥が近くを飛んできたらボウガンっぽいのを放ち、当たらなかったら全速力で追いかけて仕留める。
そのままひたすら待っていると、猪がやってきた。
多分この辺で最も手に入りやすい肉だ。
一度突進をモロに喰らって骨がいろいろ折れたことは懐かしい思い出だ、とても痛かったよ。
猪が立ち止まるまでひたすら息を潜めて待ち、脳天に向けて矢を放つ。
急所に刺さり動かなくなった猪のそばに行く。
ある程度狩った後は、食べる部位だけ捌いて残ったところは全部河童のところへまとめて押し付ける。
迷惑じゃないらしいからべつにいいよね?
猪を浮かして持って帰ろうと辺りを見回したとき。
「あ」
「ん?」
目と目が合った。
昨日の妖怪ではなく、人間の方と。
「あー、お前昨夜の」
「うわぁ………」
世界のなんと狭いことだろう。
2日連続で自分を殺そうとしてきたやつと会いますか?普通。
エンカウント率どうなってんすか、おかしいっしょ。
「お、お前なんか怖かねぇ!かかってこいやおんどぅらぁ!」
「めっちゃ足震えてるけど」
「え?あ、ほんとだ。い、いやこれ武者震いだから!ぜぜぜんぜん怖くねぇし!おら上等だこらかかってこいやぁ!」
「いや今は別に」
「この猪あげるから見逃してくださいこんちくしょう!」
「おい言ってること真逆になってんぞ」
「何が欲しいんだ!金か!?なに私の首!?そんなの欲しいの!?」
「そんなこと言ってないんだが、ってか落ち着けよ」
「落ち着いてるわ!これ以上ないほどに落ち着いてるわ!そうかあれだな!?他の妖怪の首持ってくればいいんだな!よし今からとって——」
「いいから落ち着け」
「アアアアア!!目潰しィ!なんで目潰しオアア!」
「落ち着け」
「ぐどぅふ!」
なんで蹴ったぁ………あばら数本逝ったぞこのやろう………
「頭冷えたかおい」
「頭どころか全身が冷え固まりそうな勢いだった、死にそうな勢いだった………ってか何しにきたんだよ!」
「散歩」
「………」
散歩て………散歩てなんやねん自分、あなたの散歩は他人を目潰ししてあばらを折ることなんですか?それは散歩とは言いません通り魔と言います。
「わかってんだろ?私に敵意がないことくらい」
「え?あ、うん、もも、もちろんわかってたよ」
「………」
なんだよその目、別の生き物を見るような目で見るなよ。
「お前が助けた人間、なんとか無事だった」
「ソーデスカ、ソレハヨカッタデス」
ったく、そんなことどうでもいいし。
もし死んだとしても私はできることはやったつもりだから悔いることもないだろう。
「なぁ、お前にもう一度聞いておきたいことがある」
「………なんだよ」
「なんで人間を助ける、まさかその頭で実は人間だから助けたとかはねぇだろ?」
「なんでや頭関係ないやろ、私は毛玉だよ」
おいなんだその顔は、どんだけ衝撃受けてるんだ。
毛玉が喋ったらあかんのか?
「存在的には妖精とかに近いらしい」
「妖精?でもお前妖力持ってるじゃねぇか。霊力もあるが」
「毛玉にも色々あるんですぅ」
なんで妖力も持ってるのかって、私が聞きたいわ。
なんで私だけがこんなに世界から浮いてるんでしょうね全く。
「そうか、まぁお前がよくわからん変なやつってことは分かったが」
「おい誰が散り際のたんぽぽだこら」
「誰もそんなこと言ってねぇよ。あとお前が何かはいらん、何故人間助けるのかを答えろ」
そんなこと言ったってなぁ………私がやりたいと思ったからやっただけだし、それに関して聞かれてもどう答えようか。
「人間だからだよ、中身が」
「中身?」
「そ、前世ってあるでしょ?それが人間だった」
「そんなことあるのか?」
「実際あるんだからしょうがない。つまりそういうことだよ、自分の種族でもあった奴を殺す気にはならないし、そもそも殺す理由もないからね。それが目の前で殺されかけてたから助けてた。それだけのことだよ」
「だが私はお前のことを殺そうとしたぞ?」
なんだこの人めっちゃ質問してくるやん。
「そりゃあ私も命取られそうになったらやり返すけど、あんたは武器を下ろしてくれた。だったら私が戦う理由なんてないよ」
「………」
今度は黙ったよ、なんだこの人、変人か?
というかいい加減怖いんで帰っていいっすか?
「私がなんで妖怪狩りなんかやってるか、わかるか?」
え?すみませんどうでもいいです帰っていいっすか?
ダメですよねぇ………
「妖怪が憎いからじゃないの?」
「実のところ、別に妖怪に恨みはない」
じゃあ殺すなや。
「私が戦ってたのはそれでしか自分の価値を見出せなかったからだ」
「自分の価値?」
「昔っから私は馬鹿でな。学問もできず、女のように立ち振る舞うこともできず、力が強いだけが取り柄だった」
自分語り始めちゃったよ………帰っていいっすか?
「そうしていくうちになんかこう、全てがつまらなくなってな。周りから何も期待されず、親からは縁を切られ、何もすることがなかった。そんな時に、妖怪に襲われてる人がいたのを見つけたんだ。その辺に転がってたもので殴りつけてたら、気づいたら死んでいた。そしたら人里の奴ら、掌を返すように私を祭り上げた。その時理解したんだよ、私ができるのは何かの命を奪うことだけだって」
………あ、終わった?じゃあ帰るね。
ダメだよねはいはいわかってますよ………なんで自分の命狙ってきたやつの身の上話聞いてんだか。
「それからだ、こんなこと始めたのは。あいつらの掌返しくらったときは本当に唖然としたよ。人間価値がなければ死んでもいいんだって」
そんなこと思ってるのは一部の人だけだと思うけど………そんなことはこの人もわかってるだろう。
「お前らが羨ましいよ」
「え?」
「何にも縛られず、自由に生きていけるお前ら妖が。人間はそうはいかない、組織の中じゃないと生きていけない、弱い生き物だ。私だってこんなことをしてるのは組織の中にいるためだ」
人間は個として生きるには弱すぎる、か。
大きな組織の中で生きるのは楽だし、周りに同調するだけで生きていくことができる。
その分組織から外れると人間一人では厳しいことが多い。
それは前世でも変わっていない、むしろ妖怪から狙われる分こっちの方が厳しいんじゃないだろうか。
「私からしたら、そんな組織の中で自分の居場所を持てるあんたが羨ましいけどね。私はこんなもじゃもじゃに生まれてしまった以上そういったものの中に入ることは多分無理だ」
「確かにもとが人間ならそう思うだろうな、私がおかしいだけだよ、私だけが」
「全く以てそのとう——がっは!みぞおち、みぞおちィィ………なんでこんなことするんだ!」
「腹が立ったから」
理不尽!
「はぁ………妖怪でも組織というしがらみに囚われてる奴はいるよ。本人たちは気にしちゃいないけどさ」
引き篭りとか足臭とかバーサーカーとか………
「私は今までどっちも見てきたから思うけどさ、妖怪も人間も、その本質は変わらないんじゃないかな。バカな人間もいればバカな妖怪もいるし、気のいい人間がいたら妖怪もいる。違うのは考え方とか持ってる力とか、そんなもんだと思うよ」
まぁ殴らなきゃわからないバカが多いし、殴ってもわからないどうしようも無いカスも多いけどな。
「そんなこと私だってわかってるよ。そういうやつは何人も見ていたが、私は構わず斬ってきた」
「じゃあ私はなんで」
「人間を襲わなかったからだよ。私が斬るのは人間を襲ってる奴だけだ、それをするのが私の価値だからな」
自分の価値かぁ。
それを見出せてるだけでもあんたは随分幸せだと思うがね。
「………なんでそんな話をこんな白いもじゃもじゃにするんだよ」
「そうだなぁ、なんでだろうな」
チッ、こいつもバカな人間だったか。
「お前が唯一まともに会話した奴だからかな。里のやつはみんな私を恐れて目も合わせない。妖怪は妖怪で私をみるなり攻撃してくるか逃げるかの二つだしな」
「そらそうだろうね。怖いもん、こうやって会話してる間もいつ首とりにくるかわからないもん」
「人間を襲ったら首取るわ」
「襲いません神に誓います」
正当防衛は許されるよね?
向こうが襲ってきたらやりかえすからね、許せ。
「………本当に、変なやつだな、お前」
「そりゃあ髪が白くてもじゃもじゃで毛玉で前世が人間で霊力と妖力両方を使う奴だからね、変なのは承知だよ」
「そうだ、お前に聞きたいことがある」
「ん?なに」
馴れ馴れしいなこの人………断ったら斬られそうだから聞くしか無いか。
「最近人里で噂になってることがある」
「どうせあれでしょ?質屋の親父が浮気してるとか」
「なんで知ってるんだお前」
「oh………」
適当にホラ吹いたら当たってたでござる………なにやっとんねん質屋の親父ぃ………こりゃあ近いうちに修羅場を迎えるな。
「まぁそれは関係ない。最近になって大妖怪が姿を現したとかいう噂が立ってるんだよ」
「大妖怪?なにそれこわっ、どんなやつ」
「血のように赤い目、金色の髪に赤い装飾、黒い服に狂気的な笑み。満月の日に現れる妖怪らしく、とんでもない強さだって話だ」
「ふーん、そんなやつが………」
ん?
あれ、なんか聞いたことあるような………
赤い目、金髪、赤いリボン、とんでもない強さ………
脳内に、そーなのかー、とアホみたいなポーズをする少女と、それが背の伸びた姿が思い浮かぶ。
・・・
ルーミアやんけ。
いやまてよ?ルーミアさんとこの人がやりあったらどうなる?
天変地異が起こって天災となり、周囲は荒れ果てて血の海ができるかもしれない………
唐突に理解した。
この二人を合わせてはいけないと。
「………知らないなぁ」
「そうか、人外のお前なら知ってるかもしれないと思ってたんだが、当てが外れたな」
外れてよかったぁ。
いやもうほんと、あんな化け物とこの化け物が戦ったら世界壊れちゃうよ、遭遇してなくてよかったぁ。
ん?なんか後ろに気配が………
「そーなのか——ぷぎゃ」
「チェストオオ!」
「あ?なんか今いたような………」
「気のせい気のせい!いたとしてもあれだから、ロリしかいないから!」
「そうか?」
「そうそう!………ふぅ」
あっっっっっぶねぇぇぇ!!
終わるところだった、毛玉オワタになるところだった。
即座に蹴り飛ばしたしてぶっ飛ばしたからいいものを、あと少し遅かったら世界オワタになるところだった!
まぁ今は日中だからルーミアが死ぬだけで済むと思うけど。
それはそれで私は嫌だなうん。
「見かけたら教えてくれよ、そいつ妖怪も人間も見境なしに食ってるらしいからな」
「でしょうね………そういやあんた名前は?」
「名前?」
なにか考えるそぶりをしている。
もしかして今名前考えてるとか?
「………りんだ、りんでいい」
「絶対今考えたでしょ」
「名前なんて最後に呼ばれたのはいつか忘れたからな、自分の名前ももう忘れてるよ」
「なんじゃそりゃ………私の名前は白珠毛糸」
「そうか、いい名前だな」
「そりゃどうも」
そう言ってりんさんは帰っていった。
私の狩った猪を担ぎながら。
すんごい当然のように取っていったなあんた。