ちょうどいい時に現れる毛玉
「おーいるりー、いるー?」
返事がない、しかばねになっているようだ。
あっれぇおっかしいなぁ。
確かこの部屋………あ、ここ私の前の部屋だわ、るりの部屋となりだったわ、いっけね。
「るりー、生きてるなら返事をしろー」
返事がない、しかばねになっているようだ。
なんでだよ。
なに?引きこもり卒業したの?とうとう就職したの?ハローワーク行っちゃったの?社畜街道歩み始めちゃったの?
「るりならそこにはいないよ」
「あ、にとりん、久しぶり」
「久しぶり盟友!元気だったかい?」
「元気元気ー、何回か死にかけて殺されかけたけどすこぶる元気ー」
「お、おう、それは良かったね?」
「そっちこそ、なんなのその爆撃に巻き込まれたようなナリは」
「あ?これかい?ちょっと向こうのほうで爆発事故があってね。いやぁ、久しぶりに命の危険を感じたよ。はっはっは」
「笑ってなくね」
爆発に巻き込まれてもピンピンしてるあたりさすが妖怪といったところだろうか。
そしてその服の耐久性にも興味がある、爆発巻き込まれたんだよね?なんで汚れるだけで済んでるの?かっぱの技術すご。
「で、るりがいないってどういうこと?もしかして死んだ?」
「死んでないし生きてるし。まぁいろいろあったんだよね」
「いやなにがあったし。とりあえず今なにしてるのアイツは」
「地下労働してる」
「は?」
「山の地下で鉱石採取したり地下空間広げたりしてる」
「えぇ………」
どーしてそーなった………というかマジで社畜街道まっしぐらじゃん、怖い、妖怪の山怖い。
「何故そんなことに」
「私がやった」
「えぇ………」
お前がやったんかい………なんでそんなことを。
「毛糸なら知ってると思うけど、電力ってやつのちゃんとした使い道ができたからね、発電してその電力を消費するところとか、それによる装置の自動化とか工業の発展とかその他もろもろとか。とにかくやることがいっぱいでさ」
「つまり簡単に言うと?」
「人手不足」
「そっか。まぁ働けるのはいいことだよ。私は永遠無職だけどな!」
いやー、地下労働かぁ。
というより地下空間なんて作ってるのね、今なに時代だっけ?かっぱ怖いわー。
「無事に就職できたようで、よかったよかった」
「よくないですよおおおおお!!」
「あ、なんかでた」
「なんかってなんですかなんかって!」
「元気そうでなにより」
「元気じゃないですぅ!死にかけてますぅ!周りの視線があたしに突き刺さって体の至るところから血が吹き出てますぅ!」
「元気じゃん」
すごく、こう、悲惨な表情を浮かべて涙目になりながら叫ぶるりが目の前に現れた。
気配消すの上手だね、アサシンの素質あるよ、ダー○神殿行ってきなさい、そしてスキル全部奪われろ。
「よかったじゃん、これでもう遊び人名乗らなくてよくなるね」
「あたしもともと無職じゃありません!部屋の中で布織ってます!」
「へ、初耳。にとりん知ってた?」
「いやぁ、知ってたけどそれもう手作業でやる必要ないからさー。それにやってたって三日だけじゃん、研修じゃないんだぞ」
「どっちにしろもう地下はいやですぅ!時々変な煙が発生するんですよ!?あの日のあれなんてあの人があーなってあああああ」
「落ち着け」
いやぁ、懐かしいっちゃ懐かしいこのテンション。
そしてうるさいのも変わらないようで。
「そういえば聞いたよ?毛糸、なんかよくわからないへんな化け物と遭遇したんだよね?」
「なんかよくわからないへんな化け物?あーりんさんのことか、確かにあれはなんかよくわからないへんな化け物だね。まーとくにこれといって大したことはなかったよ」
「そうなのかい?それならいいんだけど」
「なんかよくわからないへんな化け物ってなんですか」
「なんかよくわからないへんな化け物」
「えー………」
あの人のどこがなんかよくわからん以下略なのかって、それはもう以下略だよね。以下略!
「それで、急にこんなとこ訪れてどうしたんだい?」
「あーそうそう、久しぶりにみんなに会いにきたのもそうなんだけどさ」
「寂しがりなんですか?案外そんな一面あるんですねぇー」
「うっせぇ黙ってろこの社会のゴミクズ」
「ごみくずっ!?」
「いろいろと作ってほしいものあってさー、頼める?」
「あぁもちろん!河童の技術の範囲内でできることならなんでも頼みなよ。なんてったって盟友だからね!」
前から思ってたけど盟友ってなんなんだ、会って一日で盟友認定されたのもなかなかに謎である。
「あ、これさらに品種改良を重ねたきゅうりなんだけど、食べる?」
「いやいらんし突然だな?そしてなんだその色は、黄色ってなんだ黄色って、怖いんだけど、漬物とかじゃないのそれ」
「視覚的にも新鮮な味がおえっ」
「それ食えないやつだよね、視覚的にもじゃなくて視覚的限定だよね?目で味わうやつだよね?そうだと言ってくれ」
「これがある一定層に人気があるんだよ、こんな気持ち悪い色してるのにねー、河童にもいろいろな奴がいるって再認識させられたよ」
「多分それ調合に使えますよ………劇薬の」
劇薬て………きゅうりが素材の劇薬とかなんか嫌なんですけど。
いやもはやそれはきゅうりなのか?河童としてそれがきゅうりでいいのか?認めるのか?
「そんなの食べるくらいなら漬物食べてるわ………漬物苦手だけど」
「そんなこと言ったらきゅうりの神様の天罰くだるよ」
「そんな神様いないし、もし天罰くだるんだったらきゅうりをそんな色にして食べ物じゃなくしたお前らが天罰くだるべき」
「人には人の好みってものがあるんだよ、その好みに合わせて品種改良することの何が悪いんだよ」
「いや悪くないけどそのきゅうりは悪い、もう見てるだけでまずい、存在自体がまずい」
「毛糸さん、きゅうりが泣いてますよ」
「泣かんわ」
八百万の神の中にきゅうりの神様っているの?いや、八百万の神っていろんなものに神様が宿ってるとかいう意味だからもしかしたらいるのかもしれないけど。
私べつにきゅうりは嫌いじゃないんだけどなぁ、知り合いがきゅうり教だからなんかいやだ。
というより最近きゅうり食べたっけ?そもそも毛玉になってからまともな食事したっけ?
河童もきゅうりしか食べないってことないよね、魚とかも食べるんだよね。
「とりあえず、その作って欲しいものとやらを聞こうじゃないか。向こうの建物の方でどうだい?」
「あたしも休憩ついでにいいですか………ちゃんと目標は達成してきたんでいいですよね?というか駄目って言われても休みます」
「るりは働け」
「なんでですか!?」
「いや、本来まだ休憩時間じゃないから」
おう、黒いなぁ。
柊木さんから渡された資料を手に取り、一通り目を通した。
一番上に書かれている文字を再び目にし、これから起こるであろう面倒ごとを考えて頭を抱えたくなった。
「地底への侵入者、ですか」
「あぁ、少女の姿をしたやつだって話だったが、どうもおかしいんだよこれが」
「おかしいとは?」
「この報告書によると、この日の朝に地底へ通じる穴から少女が現れたと書いてあって、そのまま姿が消えたらしい。そして次に確認されたのがこの二日後、また地底から現れた」
「ちょっと待ってくださいおかしくないですかそれ。ちゃんと穴の見張りはやっていたんですよね?」
「あぁ、三人交代でな。なのに何故か地底から出てくるところしか確認されていない。これだけじゃない、地底へ戻るのを二回連続で見たってのもある」
「同じような服装の人が出入りしてたってことは………まぁないですよね」
なんなんですかこれ………見張りの天狗が仕事してないってわけでもないでしょうし。
それになんのために地底と地上を行き来しているのか。
地底の人物なのか地上の人物なのか。
「こちらとしても調べたいところなんだがな、なんせ色々あるからなぁ。地底へ直接天狗を送り込むこともできんし。まぁできたとしてもやるやついないだろうけどな」
「まぁ鬼がいますからね………」
「あ、やべ、あの日の出来事が思い出されぐはっ」
「思い出して苦しまないでくださぐはっ」
天狗で鬼が苦手じゃないのなんて、鬼が地底に行ってから生まれたやつしかいないんじゃないですかね………からみ酒はもう勘弁してほしい。
「だから調査できなくてな。肝心のその少女を捕まえられれば話は早いんだが、まぁこれが捕まらない捕まらない」
「そんなに速いんですか?」
「部下に聞いた話だと、急に存在を認識できなくなるとか、わけわからんことほざいてたな。とりあえず引っ叩いてやったわ」
「酷くないです?」
「それはともかく………なんかちょうどいいやついない?」
「いないですよそんなの………」
でもこれは山としても看過できないことですし、何か手を打たないと………
でも不可侵条約とかもあるし、誰かいないかな………
「おいっすー久しぶりー元気ー?」
「………いた」
「ん?え?なになんすか、なんすかその目は。え?いやっすよ自分、なんかもう変なことに巻き込まれるのいやっすよ?」
作って欲しいものをにとりに伝えて二人とさよならして、偶然会った椛に二人の場所を訊いて、顔出したら変なことに巻き込まれそうになってるでござる、解せぬ。
「だからさぁ、いい加減よその変なもじゃもじゃにそーゆーことやらせるのやめない?」
「都合の良い時だけ変なもじゃもじゃにならないでください。お願いしますよー、もちろんお礼はしますし、毛糸さんなら絶対できますって」
「本音は?」
「お前もう前科あるから別に良いだろってこと」
「いやよくねぇし」
「大丈夫だ、既にお前は勝手に妖怪の山に侵入して地底へ行き、そのままひょっこり帰ってきている。あとはもう墜ちるだけだ」
「堕ちないし、浮くし。えぇ、いや、うん………うーん」
地底………地底かぁ。
いや、まぁ、それは置いておいて。
その謎の少女………こいしじゃね?いやこいしだな、うん。
自信ないから言わんけど。
「まー、一応話だけなら」
「引き受けてくれるんですね!ありがとうございます!」
「おい待てやおい」
「以前起きた毛糸さんにも参加していただいた戦争、そして件の妖怪狩り、そして今回の少女。このへんの処理は全て山の管轄で行わないといけません。そして戦争で一応天狗の数も減ってしまい、下手に重労働すると反乱が起きてしまうので、そのしわ寄せとかは全部上層部にいくんですよ。そしてとうとう我慢の限界だったようで、部下にあたるのが増えてきたんですね。わたしの知ってる人は両足が吹っ飛びました。その辺どうにかしたいんでさっさと今回の問題も片付けてしまいたいんですね」
「………あ、終わった?じゃあつまりあれだな、そのうち自分たちも上司にやつあたりされそうだか早く片付けたいってことだな。だいたいわかった」
うん、やっぱそっちがめんどくさいだけじゃない。
納得いかないわー、凄い不服だわー。
まぁ頭を悩ませるのはわかるけど。
地底と地上ってすごい微妙な関係らしいし、下手に行動すれば取り返しのつかないことになるから慎重にならざるを得ないんだろう。
まぁそれを私がやる意味だけど………
ちょっとさとりんに会ってみたいって思うんだよなぁ。
「………わかった、その少女ってやつを調べてきてくるよ」
「ありがとうございます!いやー無理言ってみるもんですねぇ」
「あーそうだな、上手いことめんどくさいこと押し付けれたよな」
「しーっ、柊木さんそれ言っちゃ駄目ですよ!」
「いや隠さなくても知ってるし」
「あ、そーですか」
逆になぜバレないと思ったのだ。
それにしても地底、地底かぁ。
何があったかもう忘れたなぁ、薄暗いところってのは覚えてるんだけど。
まぁさとりんにも改めて礼を言っておきたいし、この機会逃したらいつ会えるかわかんないからなぁ。
「それにしてもお前………髪伸びたか?」
「え?いや伸びてないと思うけど」
「確かに、ほんのちょっぴり伸びてる気はしますね」
「マジで?あれ、てっきり私髪の毛は伸びないもんだと。なにせこんなもじゃもじゃな訳だし、今まで伸びたって感じることなかったし」
「不思議ですね、毛玉って髪伸びるんですね」
私はともかく、毛玉の毛って髪の毛なのか体毛なのか。
………あんまり伸びないんだったら体毛?だとしたら私の髪の毛と思ってたものも実は体毛だったってことに………
ま、まぁいいや、とりあえず地底は行く準備でもするとしよう。
毛糸さんが部屋を出たあと、柊木さんといっしょに散らかった紙を片付ける。
「………なんか上手く行きましたね」
「本人もなんかやりたがってたみたいだったし、好都合だったな」