働いて寝て、働いて寝て、働いて寝て、働いて寝て………
「いい加減にしろよ!いい加減に!」
「どうした柊木、急に叫んで……」
「叫びたくなる気持ちもわかるだろお前なら。俺ら白狼天狗の暮らしを見てみろよ。毎日とくに何も起こらない山の中をずーっと見廻ってるだけだぞお前。叫ぶに決まってんだろ!」
「まあまあ、酒でも飲めよ」
「ったく………なんでこんなに進展のないことさせられてるんだ俺は」
目の前の友人、楠に勧められるままに酒を飲む。
「でも平和なことに越したことはないだろう?」
「そりゃ少し前のあの時期に比べたらいいと思うさ。だがそれなら多少業務内容変えろよ、いつまで同じ場所に通い続けてたらいいんだ俺は」
「全く、お前は愚痴ばっかで……何がそんなに嫌なんだよ。ただ退屈なだけだろ?」
退屈なだけ……本当に退屈なだけならこんなに愚痴ばっか言ってない。
「厄介なのが定期的に俺のところに通ってくるのがよ…」
「あー、そういうことか」
同族の椛は俺と目が合う度になにかと突っかかってくるし、鴉天狗の文は仕事中にやってきてどーでもいいこと話すし…
「俺は羨ましいけどなあ、美人に囲まれて」
「楠お前……何も知らないっていいよな」
退屈って言うより、あいつらに絡まれるのが本当に……なんでそんなに俺のところに来るんだよ。
椛は何故か俺に突っかかってくる……というか、足臭い足臭いうるさいんだよあいつ。本当になんなんだよ。臭くねえよ。
文は椛と仲が良いってだけで、俺との接点なんてほとんどないはずなんだが……
「文句ばっか言ってないで、何か自分で変えてみたらどうだ」
「周りを見ろ周りを、ここにいる奴の半分は愚痴を垂れ続けてるだけだぞ。俺はおかしくない、むしろお前がおかしい」
「なんでそうなる」
河童はいいよなあ、自分の好きなことだけやってられるんだから。
「俺のできることなんてせいぜい見廻りを死ぬまで続けることだよ…」
「……なあ柊木、これはお前さえ良ければなんだが……」
「なんだよ」
急に表情が変わった楠、こっちが目を逸らしたくなるようなまっすぐな目で俺を見てくる。
「あのな」
「はぁ………最悪だ」
「何が最悪なんですか柊木さん、私でよければ相談相手になりますよ。もちろん話したくないなら話さなくても」
「聞く気満々だろお前、絶対言わねえからな。てかいつからそこにいた」
「今来たところですが?」
鴉天狗である文速さだけは天狗の中でもかなり上位に入るだろう。その速さを仕事を抜け出すのに使っているのがなんとも……
「いやですね、柊木さんがいつにも増して死んだ魚の目をしていたので気になってつい声をかけたんですよ」
「別に放っておいて…おい誰が死んだ魚の目だって?」
「あ、すみません、魚というにはあまりに目つきが悪かったですね。死んだ不良妖怪の目です。あ、やっぱり魚かな?」
「何しに来たんだよ」
「いやですね、柊木さんがいつにも増し」
「初めに戻ってる……」
文も毎日来るわけじゃない、大体二日に一回とかその程度だ。
それでも毎日仕事を抜け出してわざわざ……そもそもなんの仕事してるんだこいつは。
「山の情報収集ですが?」
聞いたらあっさりそう返された。
「いやもう大変なんですよー?せっかく面白そうな話を見つけても、上司に話したら裏は取れてるのか、とか確証はあるのか、とか」
「そりゃ不確定なものを信じるわけにはいかないだろ。間違ってたら取り返しののつかないことになるかもしれない」
「別にいいじゃないですかそんなのなくても、面倒くさい。ちょっとした間違いも全く認められないなんて間違ってますよ。世の中、ちょっと大袈裟なくらいが賑やかで楽しいものですよ。そうは思いませんか柊木さん」
「………………あ?すまん、聞いてなかった」
「そんな………まあいいです。私ばっかり話すのも不公平だと思うので柊木さんの仕事のことも話してくださいよ」
「突然うるさい鴉がやってきてとても迷惑」
「それは大変ですねー」
「こいつ…」
それにしても情報収集…俺のところに来たところで大して情報なんて手に入らないだろうに。
「あ、柊木さん今、自分のところに来たって意味ないのに……とか思ってましたよね?ね?」
「何故わかる」
「勘です」
ただの勘でそんなに言い切れるのか…
「しかしながら私は勘がいいので、無意味ではないことも知っていますよ。柊木さんなら私が情報を集めている理由、分かるでしょう?」
「………妖怪の山の反乱を起こそうとする者を即座に見つけ、排除するため」
「その通り」
今妖怪の山が静かなのは、勢力が分かれているからだ。少し前なら妖怪の山でも多少の抗争は起こっていたが、最近だとそういったこともほとんど見なくなっている。
妖怪の山側と、反乱側。声を大にして言うやつはいないが、反乱を企てているやつはかなりいる。
今山が平和なのは大きな争いの前触れ……緊張状態にあるから、ちょっとした争いも起こらない。
「そして柊木さん。あなたの友人の…楠でしたか。彼も反乱を企てている者の一人です」
「……知ってるよ」
「でしょうね」
つい先日のことだ。
急に、この山に革命をもたらさないか、とか言いだした時は流石に何かの冗談かと思った。
けどまあ、そんな嘘をつくやつじゃないってこともわかっている。
「誘われたよ。お前もこっち側に来ないかって」
「いいじゃないですか。友人と一緒に新しい風、吹かしてやったらどうですか?」
「あぁ……そうだな」
別にこの山に大した思い入れがあるわけじゃない。もちろん組織の腐った部分も知っているし、そこに関してはさっさと変わってしまえばいいと思っている。
「だけどなぁ……前から決めてたんだよ。そっち側には行かないって…」
「でもまさか友人がそっち側と思っていなくて迷っている、ってところですか」
「…そんなところだな」
俺のどこを見たらそこまで察せるのか…
「別に私は無理にこっちにつけとは言いませんよ。好きな方を選べばいいんじゃないですか?一応それなりの付き合いなので、刑を軽くするくらいならしてあげられますよ」
いやーははっ、めんどくさいな人生って。
面倒事が絶えない絶えない、なんでこんなにも難儀なのか。
どうしろって言うんだよ……
「おい、聞いてるか柊木。おい」
「聞いてるって……」
夜になり、ひとまず俺の仕事は終わった。どうせ明日も朝早くから行かされるんだけどな。
寮への帰り道、いつものように楠と出会い一緒に寮まで歩く。
「お前もなんでそんなに俺に絡んでくるんだよ」
「なんでって、今更何を聞くんだよ」
昔、何も知らなかった俺に真っ先に絡んできたのが楠だった。今じゃ少し鬱陶しいが、こいつがいたから今の俺がある。
感謝はしているが…
「なんであの時俺の面倒見てくれたんだ?」
「あの時……あー、お前が記憶なくしたばっかりの時か」
「それはそうだけどさぁ…」
聞いた話だと、昔の俺は強く頭を打って記憶をなくしたらしい。
記憶を無くす前の俺が何をしてたかに関しては全く興味はない。それに相当影の薄い奴だったんだろう、俺のことを知ってる奴もほとんどいなかったらしい。
「言ってしまえば上からの命令だけど……そりゃあお前、目の前に虚な目をした奴がいたら放っておけないだろう?」
「そんなことだろうと思ったよ………お前らしいな」
「あーあ、昔のお前はもっと素直で可愛げがあったのになあ」
「黙っとけよ殴るぞ」
「ほらそう言うところ」
「はぁ…」
俺って今までに何回ため息ついてるんだろうな。
「なあ楠」
「………なんだ?」
「あれなんだが…」
いきなり話を切り出すと楠が真剣な表情になる。今までは機会もなくてこうすることもできなくなったが、これからはどうなるかわからない。さっさとはっきりさせておきたい。
「俺って足臭いか?」
「何故だ!何故何も言わないんだ!」
「それはですね、言うまでもないからですよ」
「うわ急に来たよ……」
「うわとはなんですか、うわとは」
「そうやってすぐ首に刃を向けてくるところだよ!」
何故か気まずそうな顔をした楠と別れてすぐに椛がやってくる。いや、別れてというより逃げられたって感じだな。
「大体、そんな意味のない質問をしてなんになるんです」
「おい聞いてたのか、というか後をつけてたのか。あと意味なくはないだろ」
「己の足の臭さに気づけるいい機会だと思って邪魔しないであげました」
そこは邪魔して欲しかった……というか臭いとは認めてねえからな!そもそも俺は誰にも足の匂いを嗅がせたことはない!なのに何故俺の足は臭いってことになってるんだ!
「とりあえず危ないから降ろせよ」
「やれやれ、しょうがない」
「なにが?」
なんでこいつはいつも行動が危ないんだ……特に俺に対してはいろいろと酷い。いやこいつが原因で怪我をしたこととかはそこまでは無いんだが、何せ怖いんだよ…突然首に刃を向けててきたら誰だって怖いよなあ!?
いや待て、確かこの前怖いからやめろって言ったら、怖いとか思う前に刃を跳ね除けて反撃するべきですよ?とか帰ってきたんだった。
「すぐに反応して反撃しないなんて、まだまだですね」
「お前は俺のなんなんだよ」
「同僚ですが?」
「お前は同僚に武器を向けるのか?」
「同僚には向けませんよ。柊木さんには向けます」
何言ってるのか全くわからねえ………理不尽なことを言われているってこと以外全くわからねえ………
「それで、結局どっち側につくんです?」
「……聞くかあそれ……」
「そりゃあ聞きますよ、もし私たちと敵対するって言うのであれば今すぐにその首を叩き斬らないといけないですから」
まあこいつは確実に妖怪の山側なんだろうな…文とこいつは仲良いし。
さてなんと答えるか…
「でもどうせ答えないでしょう?」
「ん…」
「まあいいです。それじゃ私はまだ用事があるので。………あぁ、あとそれと。これだけは言っておきますね」
「あ?」
「私たちは柊木さんのこと、信用してますよ。それじゃ」
「あ、おい」
信用ねえ…よくもまあ簡単にそんなことが言える。
俺みたいなやつに…
わかってるんだよ、自分がどうしたいかなんて。
わかってるのに選べない。選んだときに俺がそいつらに向けられる目を想像すると、どっちを選ぶのが自分にとって最善なのかがわからなくなる。
顔見知りと敵になるのは嫌だ、本当のことを言うならどっちにもつきたくないし関わりたくない。でもそうはいかないのは理解している。
この山にいる限り、そういったしがらみから抜け出せないのは知っている。
全部投げ捨ててこの山から出ていきたい。けど俺にはそんな度胸も力もない。もし俺にそんなものがあるのならとっくの昔に出て行っている。
逃げたい、逃げられない。
避けたい、避けられない。
もう嫌だ、考えたくない。
ふと、俺があいつから預かった刀が目に入った。
刀身は見たことはないが、かなり使い古されていてただの刀じゃないことはわかる。あいつ自身のものじゃないだろうが、随分大事に抱えていた。どんなものかは聞かなかったが、きっと誰かの形見のようなものなのだろう。
なんでそんなものを俺に預けたのか………
『突然ごめん柊木さん、なにも聞かずにこれを預かってて欲しいんだけど』
『はあ?……なんで俺なんだよ、もっと他にいるだろ』
何故か急にあの時のやりとりが思い起こされる。
『私にとって大事なものなんだけど、色々あって私が持っていられなくなって…』
『だったら尚更俺なんかじゃなくて他のやつに…』
なんで俺なのか、理解できなかった。あいつは俺とは違って自由だ。俺以外の相手なんていくらでもいるだろう。何故、よりにもよって俺なのか。
『いや、だって柊木さんが一番信用できるから』
あいつの中で俺がどういう扱いだったのかはわからないが、俺は信用されていた。信頼されていた。
数ある選択肢の中で俺を選んでくれた。
別にそこに運命とかそんなものを感じるわけじゃないが、少なくともあいつにとっては俺は、価値のある奴だったってことだ。
なんだか晴れやかな気持ちになった。
今までの俺は別にいてもいなくてもいい存在だと思っていた。この世界や、そこに生きる全てのものから絶対に必要な存在ではないと思っていた。
記憶のなかったただの空っぽなんて存在していなくても問題はないと。
でもそれは違った。
少なくとも俺は誰かに必要とされている。生きている価値がある。信用されている。
それだけでもう、空っぽな俺の生きる理由は十分なんだ。
決意はできた。
後はもう、俺のやりたいことをやればいい。