毛玉さん今日もふわふわと   作:あぱ

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毛玉の優雅な朝とその日常

アリスさんと一緒に過ごすようになって、まあそれなりに月日が経った、と思う。

朝起きるとまず、必ずリビングに行ってアリスさんが淹れてくれた紅茶を飲む。良い香りの紅茶と、すごく優雅にそれを飲むアリスさん。

 

それに対して、雑に紅茶を飲んでアリスさんを眺めるだけの私。ぶっちゃけ紅茶は香りがいいなあ、程度にしか思わないけど。そりゃもちろん美味しいですよ?

 

しかしながら、アリスさんが視界にいるだけで、私の朝は

 

P E R F E C T・T E A・T I M E

 

となるのだ。

素晴らしい………

 

「……最近朝起きたらいつも薄笑いしてるけど、どうしたの?」

「いえ、優雅な朝を過ごせて幸せだなあ、と心の底から感じているだけでございます」

「口調どうしたの」

 

そりゃあ毎日こんな朝を過ごしてたら口調だって変わるやい。

 

「今更の質問だけど、この茶葉どこで?」

「あぁ、風見幽香に貰ってるのよ」

「ブッフ………」

 

まさか幽香さん経路で来てたとは………そうだよね、幽香さんだもんね、ひまわりに囲まれて生活してる幽香さんだもんね。茶葉を作るくらい雑作もないもんね。

 

「いつ知り合ったの?」

「さあ?覚えてないわね。少なくとも二十年以上は前だったと思うけど」

「私より付き合いなげーや………よくそんなこと頼めたね?幽香さん何も知らないとすっごい怖いのに……」

「私も最初は気が気じゃなかったけど…まあ、紅茶は朝には欠かせないしね」

 

その考えが、今となっては分からなくもないんだなあ……いや、私の場合アリスさんを眺めながら紅茶を飲むことに喜びを感じているのであって、紅茶がめっちゃ好きというわけではない。

 

「そうね…そろそろ茶葉も切らしそうだし、また貰いにいかないとね。………今でも会うの少し怖いんだけどなあ」

「やっぱり幽香さんが作った茶葉ってそんなに良いの?」

「良いとかそういうレベルじゃないわ、あれは。プロフェッショナルすら既に超えているわね。総ての植物をどう育てたらいいのか理解してるわよ彼女は。少なくとも、私は彼女ほど上手く茶葉を作る人を知らないわ」

「はえぇ………」

 

ベタ褒めだ。

でも話聞いてる限りだと、そこまで仲が良いわけではないらしい。本当に、茶葉をあげて、貰う、それだけの関係だ。

でも幽香さんならそれだけで喜びそう。寂しがり屋だし。

 

「茶葉、近いうちに私が貰ってこようか?幽香さんとも面識あるし」

「ありがとう。でも別に急がなくてもいいわよ、まだあと一週間分はストックがあるから」

 

幽香さんにも時々顔を出しておかないとなあ。りんさんが死んでからは会いに行ってないし。

そういや紫さんにも長い間会って無いなぁ………いや、会いたく無いよ!?絶対会いたく無いよ!?あんなのと関わり持ちたく無い!

………湖にはいつ行こうか。

 

「それはそうと、今日は茶葉変えた?」

「あ、分かる?今回のは甘みが抑えめだけど、その代わりに香りがすごく良いのよ」

「私これ好きっす」

「気に入ってもらえてよかったわ」

 

……うむ、今日も素晴らしい気分で過ごせそうだ。

 

 

 

 

 

 

「気分最悪滅べ雨雲」

「そこまで言う必要ないんじゃ無いかしら……」

「何言ってんだアリスさん!ただでさえ暗くてジメジメしてるこの森がさらにジメジメするんですよ!?」

「昨日の朝にちょっと降ってただけじゃ無い」

「毛玉は湿気に弱いんだよ」

 

はい、P E R F E C T・T E A・T I M E終わったら気分がめっちゃ落ち込みました。どのくらい落ち込んだかって言うと妖怪の山のてっぺんから地底にまで真っ逆さまに落ちたくらいです。

 

ジメジメしてる森がイヤで中に戻ろうとした時、こちらへ向かってくる足音が聞こえた。

わあ、猪くんだあ、すっげえ泥んこぉ。

 

「ぶふぉお」

「ちょ、こっちくるな、泥臭いぞお前」

「ぶふぉ……」

「洗ってやれば良いじゃないの」

「イヤだね」

「ぶ、ぶふぉ」

 

この猪随分と元気だなあ………身体中泥まみれじゃん、絶対泥浴びて来ただろ。実に猪らしい…

 

「名前とかつけないの?」

「名前?いや、どうせいつか死ぬし、つけても悲しいだけだし」

「いやこの子妖怪だからかなり長い間生きれると思うけど」

「……え?」

 

妖怪だったのこいつ!?通りで変な配色してると思ったわ!

 

「気づかんかった……」

「いや、あなたね。こんなに知性があるのに妖怪じゃ無いわけないでしょう?まあこれは妖獣って感じだけど」

「ぶふぉぶふぉ」

「ほら、この子もこう言ってるわよ」

「ごめんなんて言ったのか全然わかんない」

 

アリスさん、私よりこの猪と仲良くない?でもそうか、だからアリスさんはこいつは食べられないって言ってたのか。

魔法の森の生物は森の魔力を大量に含んでいるせいで食用には向かないって。

 

「それにしても、名前かあ……うーむ名前……猪八戒…いや意味わからんな。…………………無理です思いつかないです」

 

猪1号くらいしか思い浮かばんかった……

 

「色は紫っぽいけどねえ」

「それじゃもう猪八戒でいいな」

「何がそれじゃなのか全く理解できないんだけど」

「よしイノガワ水浴びしてこい」

「ぶふぉ」

「え?なにイノガワになったの?猪八戒じゃないの?」

「別にどうでもいいかなって」

 

名前なんてね、適当でいいんだ適当で。

私の名前だって大ちゃんがノリでつけたようなもんでしょ。案外ずっと同じ呼び方してたら定着してくるもんだよ。多分。

 

「じゃあそろそろ始めようか、アリスさん」

「え、えぇ。そうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

これはすっごい今更なのだが、幽香さんは花を操ることができるらしい。今更なんだけど、凄い今更だけど。

ただまあ、本当に花を操ることができるだけなのかは気になるところだけど、幽香さんと同じような力を持っているのなら私も花を操ることができるはずだ。

というわけで、妖力の扱いの練習がてら花を操ってみようということに。まあ妖力の使い方の練習だけなら幽香さんと会ったときにやることもあるけど。

 

「ぬぅ…………無理っす」

「気持ちが足りないのよ気持ちが」

 

そんな適当に言われても………

私はひたすらに花を頑張って成長させようとしてるけど、アリスさんは人形の扱いの練習をしている。既にもうマスターしてると思うんだけど、本人曰くまだまだらしい。

取り敢えず同時に10体操ることが目標らしい。何言ってんだこいつとは思ったけど、まあそれが魔法なんだろう。

 

「どうしても駄目なら花に土下座でもして頼み込みなさい」

「土下座っ!?え、えーと、お願いします育ってください」

「気持ちが足りない!」

「すみませんお花さん!もしよろしければこの私みたいな毛屑の為に少しばかり成長していただければ大変嬉しいの極みでございまするのでお願いします育ってくださいなんでもするのでええええ!!」

 

……………ハッ、ちょっとだけ伸びた!

 

「成功ね」

「いやこれ妖力の扱いの練習になってないよね!?ちょっと妖力込めて頼み込んだだけだよね!?」

「それが3秒で出来るようになるまで練習ね」

「そんなバナナっ」

 

第一、花を操れるようになったところでなんの意味が……戦いに使えるわけでもないし。

というか、幽香さんはただ花を操れるだけなのに山の一角を吹き飛ばせるとか言われてんのか、ちょっと理解できないね。

じゃあ幽香さんはそもそもの身体能力が高いとかそういう話になるのか。まあ私なんて妖力を体に込めなきゃ猪の突進にぶつかるだけで骨折れまくるし、私の身体能力が低いのもあるんだろうけど。

 

妖力弾を一つだけ作って宙に浮かばせてみる。

懐かしいなあ、昔はこれの威力が思ったより高くて死にかけたっけ。思えば今みたいに妖力や霊力の扱い方を練習してたのも随分久しぶりなわけか。

思えば私って、今まで氷や妖力弾を飛ばす、物を浮かして高いところから落とす、妖力任せに殴る蹴る、しかしてこなかったわけだ。そりゃあ力の扱いが下手にもなるわなあ。

もっと扱いが上手くなれば戦いも強くなれるか………いや待てよ!なんで戦いが起こる前提なんだよ!もう嫌だからね!当分は戦いたくないからね!平和な日常送るからね!

 

「ねえ、それしまってくれない?」

「へ?」

「危ない、怖い、危険」

「アッハイ」

 

そう言われて妖力弾を消した。

まあ下手したら大怪我するしね、私は再生力だけはたかいからどうとでもなるけど、幽香さんが出してるのと同じものを出されてるって考えたら恐怖だな。

 

「でもやっぱり戦闘に使うならこっちの氷か……」

「そういえばあなた氷も出せたわね」

「いやもうただの氷だから、普通に溶けて水になるし」

 

チルノが氷の塊を使って飛ばすくらいしかしてなかったから、私もそれ以外のこと考えたことなかった。

こう、せっかく氷なんだからカッコいいオブジェクト見たいな……形を凝ってみたりして………

 

 

 

「できた」

「………何それ」

「何って、氷の椅子ですが?」

「座り心地悪そうね。滑るし濡れるし冷たいし、実用性皆無ね。そもそもあなた宙に浮けるでしょう」

「ド正論」

 

日が暮れるまで外で奮闘してた結果がこれだったよ。

椅子が作れればいつでもどこでもくつろげるなあとか考えてたけど、まあ馬鹿だったね。ハハッ。

 

「でも成果はあったし」

「どんな?」

「私の作った氷に妖力を込めるとカッチカチになる」

「へえー」

 

へえー、って………これは重要な発見なんですよ!?

 

「まず適当な氷の棒を作ります」

「うん」

「腕と氷に妖力を込めます」

「うん」

「思いっきり振ります」

 

そばにあった木に向かって氷の棒を振るうと、簡単に木が折れた。バキィッ、って感じの音がした。

 

「折れます」

「へえ」

「リアクション薄くないっすか」

「どのくらい硬いのかわからないし………どちらかと言うと腕力じゃないの?」

「確かに」

 

実際どのくらい硬いのだろうか。木をへし折って傷ひとつつかないくらいには硬いけど。

………それって結構硬いのでは?

 

「まあ今までは脆い氷しか使えなかったから、そう考えたら進歩だと思う。思いたいです」

「……そうね。まあ氷なんだから、並の生き物なら変なことしなくても思いっきり氷でぶん殴ったら全然いけると思うけど」

 

そう、そうなんだよ。

そもそも私は防御する時とか、攻撃する時は体に妖力を込めている。だってそもそもの身体能力が低いから。素の筋力だけで言ったらチルノともあんまり変わらないかもしれない。

 

「妖怪って筋トレしたら筋肉つくの?」

「………さあ」

 

まあ、毛玉なんて精霊、つまり妖精と似たような存在なんだから同じくらいの力でもおかしくないと思うけど。

 

 

そんなことを考えていると、何やら後ろの方から駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。それを聞いた私は横へと飛び退く。

 

「ぶっふぉ!」

「甘い!グハッ」

「当たってるじゃないの」

「ぶっふぉっふぉ」

「てめぇ……今笑いやがったな……」

 

何なんだこいつ……私が横にとんでもすぐに反応して当ててくるんだけど。妖怪は妖怪でも人の姿を持たない獣、ちょっと知能が高すぎるんじゃないだろうか。

まあ私の骨が折れてないからだいぶ手加減してくれてるんだろうけど。妖怪の猪が本気で私に突進してきたら骨が軽く5本は粉々になるからなあ。

 

「にしても凄い懐きようね……私こんなの見たことないんだけど」

「私だってないわ。なんで妖怪猪に懐かれないといかないんだよ……なあイノージェン、私のどこがそんなにいいんだよ」

「え?イノージェン?イノガワじゃないの?」

「ぶふぉぶふぉ、ぶふぉっふぉ」

 

うん、何言ってるか全くわからん。

こう、動物の気持ちがわかる人とか居ないかな……まあ、何言ってるか分かったところで、私のこと凄い舐め腐ってそうだけど。

さとりん辺りに見せれば通訳してくれるだろうか。

 

「もしかしたら、貴方には妖怪を惹きつける何かが……」

「そう言うの期待しても、そんな何かが……みたいなものないんで、期待するだけ無駄っすよ。この猪がおかしいだけ」

「ぶふぉ!」

「ぐふっ……いいタックルだ…」

 

そういえば昔は、猪を解体することなんてグロくてできないよお。とか言ってたなあ……人間、生きてたら変わるんだなって。

なんならもう狩りとか普通にやっちゃってるしなあ。

あ、私人間じゃなかった。

 

「やっぱり10年って長いよ」

「言ってる間にその感覚も変わってくるわよ」

「そんなにぴょんぴょん時間飛んでたらたまらないし……お前もそう思うだろイノーザス」

「イノージェンじゃないの?あとその猪多分あなたより年上よ」

「え?」

「ぶふぉ」

 

マジか………

私こんなふざけた猪に生きてる年数で負けてるのか………いや待てよ、なんならほぼ全ての知り合いに年齢で負けてるだろ私。今更なにをって感じだな。

 

「さあ、暗くなってきたしもう戻るわよ」

「そう言うことだ、じゃあなイノジオ。また明日」

「ぶふぉっぶふぉ」

「………結局名前どうするのよ」

「イノ」

「………んー?」

 


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