毛玉、帰るってよ
「え?」
「いや、え?じゃなくて」
「今なんと言いました……?」
「しばらく家を留守にするって……」
「……………家出?」
「なんでそうなる」
突然のアリスさんの発言に困惑してしまう。え?家出じゃないの?家出じゃなかったらなんなの?出家?
「これから慧音に話があるのよ」
「慧音さんに?何の」
「色々よ色々」
「そんな言い方で納得できると思ってんの?」
「何であなたに納得してもらわないといけないの?」
「アリスさんがいなかったら私はどうやってこの森で生きていけばいいんだ!」
「知らないわよ」
そんな無慈悲な。
「とにかく、私はしばらく帰ってこないから」
「しばらくってどのくらいよ」
「短く見積もってひと月くらい?」
「そんな時間何するんだよ…」
「だから色々よ、色々」
はぁ……これからどうすればいいんだ。
私がこの森で生きてこれたのは毎朝の紅茶のおかげだというのに……紫から渡された種も半分以上食虫植物だったのに……トマトみたいなのあったけどさ……
「留守にしてる間、この家は好きにしてくれていいけど……」
「いいけど?」
「これは提案なんだけどね?」
アリスさんがすごい言っていいか迷ってる顔してる。
「一旦帰ってみたらどう?」
「…………帰るぅ?」
というやりとりがあり、私は今霧の湖へ向かっている。
アリスさんには何年も前に湖の方から来たとしか言ってないのに、よく覚えてるもんだ。
別に持っていくものも無かったし、手ぶらで出かけている。
1時間くらい迷ったけど、確かにあの森にいてもジメジメしてるし変な猪とキノコがいるだけなので結局帰ると決断した。
帰る……帰る家無いけど。
まずはどこ行くかな……今は霧の湖にとりあえず向かってるけど、ぶっちゃけ湖は墓参りで結構通ってるから……妖怪の山か地底…まあ妖怪の山か。
ということを考えて妖怪の山に向かった私。
今現在
「何だ貴様は」
私は
「怪しいな」
目の前の白狼天狗達に
「連行しろ」
捕まりました。
ちゃんと鉄格子のある部屋にぶち込まれた私。手枷と足枷付きで。
いやー、そりゃそうだよなあ。何年経ったかは数えてないけど、数十年来なかったらそりゃ顔忘られるよね……なんなら新人とかもくるだろうし。
私のことを知らない奴が出てくるのもしょーがないね、うん。
一応昔にこの山のために戦ったんだけどなー!もうこの山爆撃しよっかなー!!
これからどうしようか、手枷を腕力に物を言わせて破壊しようかとか色々考えていると、足音が聞こえてきた。
その足音はだんだんと近づいてきて、その主は私の部屋の前に座った。
「よーう、久しぶりだな」
「ハッ、おまえは……誰っすか」
「いや、俺だよ俺」
「あ?オレオレ詐欺か。ワシに血縁者はおらんぞ」
「柊木だって!」
「柊木……?あ、もしかして私が金貸した…」
「借りてねえよ」
「あ、じゃあ私が金を借りた…」
「貸してねえよ。じゃあってなんだ、じゃあって」
「あ、思い出した思い出した。足臭の」
「よし帰るわ」
「待って待ってちょっと待ってごめんって」
「わざとだろお前」
バレたか。
「変な白い毬藻頭捕まえたって聞いて来てみれば、まあ案の定」
「お?誰がス○モだ尻尾ちぎるぞ」
「元気そうで何よりだ」
そう言って柊木さんは私を部屋から出した。手枷と足枷は毛玉になって抜けた。
「そっちこそ。死んだ目に磨きがかかったね」
「それはお前もだろ」
「アッハッハッハ」
「あっはっはっは」
「何やってるんですかあんたら、気持ち悪……」
柊木さんと睨みつけ合いながら脚を踏みつけあってると、今度は椛が来た。
「ねえ、会って第一声が気持ち悪って酷くね」
「安心しろ。こいつこれでも大分丸くなった方だから」
「ぶん殴りますよ」
あ、本当だ。私の知ってる椛はぶん殴るんじゃなくて刃物を突きつけて斬りますよって言うし。
「お久しぶりです、毛糸さん」
「久しぶりー。ってか二人とも変わらんね。文は?」
「………」
「………」
「…え?」
私が尋ねた途端に、二人とも下を向いて黙りこくってしまった。
「お、おい、まさか……嘘だろ」
「文さんは……昨日酒を飲みすぎて……」
「酔った勢いで焚き火に直行、丸焼きになって…」
「死んだ…のか……………よしっ」
「いやいやいやいやいやいや!何言ってるんですかあなた達!昨日は酒飲んでませんし焼き鳥にもなってませんよ!あと毛糸さんよし、ってなんですか!よし、って!」
「ペッ」
「けっ」
「ちっ」
どこに隠れてたのやら、文が高速で飛んできてツッコミを入れる。
「文も久しぶりー」
「ねえ、よし、ってなんですか。よし、ってなんですか。そんなに私のこと嫌いですか。そんなに私に焼き鳥になって欲しいんですか」
「あ、私タレがいいな」
「私は塩で」
「俺も塩」
「何なんですかあんたら、そろそろ泣きますよ」
「だって一人だけ髪の毛黒いから……」
「え、そんな理由だったんですか?白くないだけでこんなに虐められるんですか?」
よく考えてみよう、今の私の髪の毛が黒い知り合いなんて文くらいだ。
いや、割とマジで。
「まあそれは置いといてだ。今までどこに行ってたんだ」
「割と近所」
「とりあえず場所を変えましょうか。せっかくの再会ですし、ちょっとはしゃぎましょうよ」
「はしゃぎたいだけでしょ文さん」
「なんでものの数分であいつらこんなに酔うの」
「……知らん」
私が柊木さんと会った頃には既に日が落ちかけていたので、なんだろう、宴会場?みたいなところに連れてかれた。
そしたら文と椛が呑みまくって早々に酔って………まあ、ここにいる他の天狗も似たようなことになってるけどさ。
「それにしても、結構賑やかになったねここ」
「そうか?」
「今日は別に何か祝ってるわけでもないんでしょ?それなのに他の天狗達もなんか酒臭いし……というかこの場所が酒臭いし」
「そうかもな。まあ争い事とか無くなって落ち着いて、ってことはあるかもな。実際椛も丸くなったし」
柊木さんがそう言った瞬間に、柊木さんの持っていた盃に短剣が突き刺さった。
「ねえ、あんだけ泥酔してるのに的確に短剣投げてくるのやっぱおかしくね。やっぱり椛おかしくね」
「蹴られることは減ったぞ」
「なんで何事もなかったかのように机拭いてんのあんたは」
「慣れた」
「慣れるのか……」
柊木さん、遠くに行っちまったなぁ……とか思いつつ水を飲む。
結局、酒が飲めない理由は分かったけど飲めるようにはならなかった。
いや、いつかは飲めるようになるのかもしれない。ただ単に、私が飲みたいと思わないだけだ。だって酔ったらあの二人みたいになるんだから。
「で、あれはどうするんだ」
「あれ?」
「俺がお前から預かってる刀」
「………あ、あれねーはいはい。どうしようかな…」
「俺はさっさと返したいんだが」
「なんで?」
たしかに人から物預かるってのは中々に気を使うけど……なんかこう、預かるのが面倒くさいって顔じゃないなこれ。
「あの刀……時々夜中にかたかた動くんだよ」
「え、なにそれこわ」
「聞かなかったけどあれなんだ?妖刀か?呪われてんのか?」
「そんなはずはないけど……えーやだ私も返してほしくない」
「じゃあ処分しとくな」
「はい返してもらいまーす」
りんさんの刀……実はあれ妖刀だったの?そんな感じはしなかったけどな……カタカタ動くってのも柊木さんの勘違いかもしれないし。
まあ気持ち的にはもう持っててもなんの問題もないし、ずっと預けてるのも悪いから引き取ろう。
「河童の方には顔出したのか?」
「いやまだ。明日にでも行こうかと」
「そうか」
時間が経つにつれどんどん酔っ払いが増えていく……
椛と文が酒瓶持ってふらっふらしてる……うわこっちに飛んできた!あっぶな……これだから酔っ払いは。
「そういや柊木さんも結構呑んでるけど酔わないね。そういや相当強いんだっけ?」
「あ?あぁ、まあな。正直酒の旨さがわからんが。強い酒とか弱い酒とかもわからないし」
「えぇ…じゃあなんで呑んでんの」
「みんな呑んでるから」
「雰囲気で呑んでたのかー」
もしかしてあれか?私はアルコールとか毒物とかの耐性全然ないけど、柊木さんは逆にめちゃくちゃあるのか?それとも単に酒に強いんだけ?
「というか、もうあいつら呑みたかっただけだろ。呑み始めて私一回も話しかけられてないもの。肩組んで呑みまくってるだけだものあいつら」
「今更気づいたのか」
「いやさっきからずっと思ってた」
「なあ」
「なんすか」
「一つ質問させてくれ」
「いいけど」
「怒るなよ?」
「はい?」
人を怒らせるような質問ってなんだよ。
「お前って……女だよな?」
「知らね」
「は?」
だって知らねーもん。
それっぽいものが付いてるってだけで、私は男か女か実際のところわからんし。いや男ではないな。多分女、多分である。
「なんでそんな質問すんの?というか、結構付き合い長いよね?なんで今更」
「それもそうなんだが……俺、あいつらの考えてること全く分からないんだよ」
「あいつら……あぁ、あの二人」
私も柊木さんの視線は、離れたところで酒瓶を振り回している文と椛の方へ向いた。
「考えてることわからないって、つまりどういうことよ」
「まずなんでとりあえず足臭いって言ってくるのかわからん」
「……それはね、柊木さんの足が臭いからだよ」
「俺お前らに足の臭い嗅がせたことないんだが?」
「それがこの世の理なんだよ」
「ふざけんな」
……まあ、本当に柊木さんの足が臭いかは私知らないけど。
だって嗅いだことあったらそれはそれでキモいもの。
「まあその他に、やたらと俺につるんできたりな」
「なんで自分なんかにつるんでくるのか分からないと」
「あぁ」
………こいつ、さては……
「柊木さん、友達いないっしょ」
「……それがどうした」
「別に向こうはそんなにつるんでるつもりないと思うよ?」
「は?じゃあなんで会うたびにほぼ毎回足臭いって言われてんの?」
ほぼ毎回言われてんの?
「挨拶代わりでしょ。柊木さんがまともに会話する相手あの二人くらいしかいないから、あの二人のやりとりしか記憶にないんでしょ。それに、あんたみたいな暇そうで死んだ目してる奴見たらちょっかいかけるよ。誰だってそうする私もそうする」
「……つまり俺はとりあえず見かけたら煽ってもいい存在としてみられてるってことだな」
「今更気づいたのか」
柊木さんはこう、見かけたらとりあえず煽りたくなるんだよ。煽られの天才なのかも知れない。
「で、なんで今更性別のこと聞いてきたの」
「お前が女らしくないから」
「……それ私以外のやつに」
「言わねえよ」
私には言っていいと思ってるわけだ、ふーーん。
「まあ否定はしないけど。どの辺が女らしくない?」
「言動、髪、服装。体は子供って感じだが」
「それほとんど私女らしくないじゃん」
「喋り方はかろうじて女だと思うぞ」
「なぜ男のあんたにそれを語られねばならんのだ」
私にだって、女性らしいところの一つや二つ……んー……
「ねえ柊木さん。女の人の笑い方ってさ」
「おう」
「あははとか、うふふとかだよね」
「まあ色々あるだろうが、そうだな」
「でもあはは、とうふふって、私っぽくないよね」
「そうだな」
「どっちかっていうと、ゲハハハ!とか、ヴェーハハハ!とかだよね」
「そうだな」
結論、私は女のフリした毛玉である。
「お前さ、服装がどっちかっていうと男なんだよ」
「そうかー?そんな風に思ったことないけど」
「お前、あいつらみたいな服来たことあるか?」
あいつら、文と椛……スカートかぁ……
「ないね」
「だろ」
基本私はずっとズボン履いてるし。
んあ?ちょっと待って、私の知り合いほとんどスカートじゃね?えーとえーと、待って待って………
嘘やんりんさんもスカート履いてたし!いやあれはスカートというか袴見たいなやつだったけれど……待って待ってちょっと待って………あ!妹紅さんはなんか変なの履いてた!スカートじゃなかった!
「別に服装とかどうでも良くね」
「同じく。でも女ってどんな服着るか考えるらしいぞ」
「そりゃ多少は考えるでしょうよ。あ、私ろくに考えたことなかったわ」
ダメだ、この話を続けていると私の経歴に、女性[自称(笑)]とついてしまう……男ではないんだ、私は男ではないんだ……女という確証がないだけで。
「諦めろ、お前の思考は男寄りだ」
「くっ……こんな足臭と同じとは…」
「足臭くねえよ」
その後、適当に柊木さんと話ししてたら文と椛が寝てしまい、それを他の天狗が回収して行ったので私達も移動した。
「うわ狭……こんなちっさい部屋で生活してんの?」
「部屋なんて寝れたらそれでいいだろ」
「一理ある」
「つか俺の部屋はどうでもいい、さっさとそれ持っていってくれ」
りんさんの刀は部屋の隅に立てかけられていた。
……まあ確かにあの人の刀だからカタカタ動いても不思議じゃないんだけど……というか、刀身が真っ黒って時点で気味が悪いな。
「はい、確かに返してもらいましたよっと。……あれ、もしかして手入れしてくれてた?綺麗なんだけど」
「………手入れしたら夜中にカタカタなるの収まってくれるかと」
「あれあれー?もしかして柊木さんこれ怖いのー?へぇ〜」
「お前なぁ……いつ勝手に刀が抜けて自分が斬られるか分からない生活を送る奴の気持ち考えたことあるか?」
「……サーセン」
でも本当、預けたときのままだ。
正直、いま考えてりんさんの刀を勝手に形見にして、挙げ句の果てに関係ない人に預けたのは身勝手だったと反省している。ちゃんと手入れしてくれていたことに感謝だ。
「で、俺はもう寝るけどお前はどうするんだ。泊まるとこあるのか」
「………」
「いっておくがここはそもそも女は立ち入り禁止だからな」
「私は女っぽくないんだろ!?」
「男ではないだろ」
「まあ冗談はさておき、私の場合床下に毛玉になって入っときゃ場所は確保できるからね、心配しなくていいよ」
「………」
お、なんか言いたそうな顔してるやんけ。言うてみいや、おん?
私みたいな明らかに山の部外者がうろちょろしてても怪しまれるだけだろうし、適当にどっか人のいないところでじっとしておいて朝になるのを待とうかな。
朝になったら、にとりんとるりに会いに行こう。
……ちゃんと覚えられてるかなぁ。